「皆さん、無事ですか?」

 土埃で視界が遮られる中、皆の安否を確認するラクシャ。

「ええ、どうにか……」

 ラクシャの問いに弱々しい声で答えるアルフィン。
 状況を把握しきれていない様子で、どことなく困惑している様子が見て取れる。

「はい、姫様も私も怪我はありません」
「こちらも全員、無事のようです」

 そんなアルフィンを庇うように覆い被さっていたエリゼとノエル、それに親衛隊の三人にも戸惑いが窺えた。
 無理もない。集束砲に似た光で視界が白く染まった瞬間、死を覚悟したからだ。
 どうして助かったのかと、疑問を感じるのは当然だ。しかし、そんな疑問もすぐに解かれる。
 土煙が晴れると、背を向けて皆を庇うように佇む〝シグムント〟の姿が目に入ったからだ。
 両手の斧は粉々に砕け散り、全身に纏ったプロテクトアーマーもひび割れ、大きく損傷しているのが見て取れる。

赤の戦鬼(オーガロッソ)……まさか……」

 予想もしなかったシグムントの行動に驚く面々。そのなかでも特に驚きを隠せなかったのはノエルだった。
 伝え聞く噂程度で直接の面識がないアルフィンやエリゼ。それに事情をよく知らないラクシャと違い、ノエルは〈赤い星座〉がクロスベルを襲撃した事件にロイドたち特務支援課と共に直接関わっていたからだ。
 赤い星座にクロスベルを襲撃させたのは、当時市長だったディーター・クロイスのマッチポンプであったことが分かっている。とはいえ、彼等がクロスベルを襲撃したことで街だけでなく市民にも多くの怪我人がでた。警察署も爆破され、ノエルの妹のフランも一歩間違えれば死んでいたかもしれないほどの怪我を負うところだったのだ。
 それだけに、ノエルが戸惑いを覚えるのも無理はない。暁の旅団がクロスベルを守ったことで猟兵に対する評価が変わってきていると言っても、いまだにクロスベルの市民の中には猟兵を恐れ、嫌悪する人々も少なくないからだ。いや、それこそが猟兵に対する世間一般の認識と言って良いだろう。
 ミラを得るため、契約で特定の国や組織に加担することはあっても、ボランティアで守ってくれる訳ではない。
 彼等は英雄ではなく、戦争を商売としてやっているのだから――
 だからこそ、シグムントが契約すら交わしていないというのに、何の見返りもなく自分たちを庇って傷ついたという事実がノエルには受け止められなかったのだろう。

「――! 大丈夫ですか!?」

 そんな風にノエルが戸惑いを覚え、警戒するように様子を窺う中、ラクシャはシグムントに駆け寄る。
 意識があるのが不思議なくらいの傷を負っていることが傍目からも見て取れたからだ。
 普通の人間であれば、立っていることすら辛いはずだと言うのに――

「すぐに治療を……」
「必要ない。この程度の傷、少し休めば治る」

 シグムントは不要とばかりにラクシャの手を払い除ける。
 そして自分の目で全員の無事を確認すると、少し離れた場所から様子を窺っていたガレスのもとへと歩き始めた。

「ありがとうございます。お陰で助かりました」
「……礼を言う相手が違う。全員が無事だったのは、シャーリィが奴の攻撃を防いだからだ。俺は爆風を逸らしたに過ぎない」

 それでも助けられたことに対して感謝を口にするラクシャに、シグムントは素っ気ない態度を見せる。
 確かにシグムントのやったことは、緋の騎神が相殺した攻撃の余波を防いだに過ぎない。
 シグムント一人なら敵の攻撃を受けきることは出来なかっただろう。
 しかし、ラクシャたちが怪我一つなかったのはシグムントのお陰と言える。
 シグムントが攻撃の余波を防いでくれなければ、風通しのよくなった城壁のように要塞の外へ生身で放り出されていても不思議ではなかったからだ。
 とはいえ、

(素直に感謝を受け取るタイプではなさそうですね)

 これ以上は困らせるだけだと、ラクシャはシグムントの治療を断念する。
 感謝したくても素直に御礼を受け取ってくれない相手には慣れているからだ。

(まったく、男ってどうしてこう意地っ張りなのでしょうか……)

 リィンとアドルの顔が頭に浮かび、ラクシャの口から溜め息が溢れる。
 とはいえ、本当であれば強引にでも治療を受けさせたいところだが問答をしている余裕はなかった。
 轟音が響くなか空を見上げると、まだ戦闘が続いているのが確認できるからだ。
 恐らくはシャーリィの〈緋の騎神〉が、この惨状を引き起こした〝元凶〟と戦っているのだろう。
 敢えて空中に敵を引き付け、距離を離して戦っているのは自分たちが原因だとラクシャは察する。
 故に――

「お互い言いたいこと聞きたいことはあると思いますが、まずはここを離れましょう」

 ここに残っていては戦いの邪魔になるとラクシャは考え、皆に退避を促すのだった。


  ◆


 帝国軍の侵攻によって始まった戦争も半日が過ぎ、崩れ落ちた天井の隙間から月明かりが差し込む。
 そんななか激しく衝突する二つの影があった。
 まるで魔女の伝承にある焔と大地――二体の巨人の戦いを彷彿とさせる激しい戦闘。
 そんな戦いを繰り広げているのが、シャーリィの〈緋の騎神〉と瘴気に呑まれ、巨大な怪物へと変異したセドリックであった。
 怪物と化したセドリックの姿は、以前リィンが起動者となるために試練で挑んだ〝影〟――ロア・エレボニウスと瓜二つと言っていいほどよく似ている。
 しかしロア・エレボニウスと大きく異なるのは、その身に宿す力の大きさにあった。
 リィンが以前に戦った時は〝二体同時〟だったとはいえ、騎神に頼らずとも勝てる程度の強さでしかなかった。
 起動者を選ぶ試練である以上、力を試すことが目的なのだから騎神を超える強さを備えているはずがない。
 だが、目の前の影からは〝金〟や〝銀〟すら凌ぐ強大な力が感じ取れる。
 その証拠に魔王の因子を覚醒させたシャーリィのテスタロッサが攻めきれず、苦戦を強いられていた。

「ディザスター・オブ・マハ!」

 召喚した〝銃器〟から無数の弾丸を放つと共に、煉獄の炎を纏った斬撃を放つシャーリィ。
 セイレン島では、大地神マイアの眷属にも致命傷を与えた一撃だ。
 破壊力だけならリィンの集束砲に匹敵するほどの技。
 本来なら、この一撃で勝敗が決したとしてもおかしくはないほどの威力を秘めていた。
 しかし、

「――ッ!?」

 無数の弾丸を浴びせられ、大地を割るような斬撃を叩き込まれても倒れる様子はない。
 それどころか、実体がないかのような手応えの無さにシャーリィは違和感を覚える。

(テスタロッサの攻撃は確実に通ってる。なのに……)

 仮に実体がないのであれば、物理的な攻撃でダメージを受けないのは理解できる。
 しかし〈緋の騎神〉が召喚する武器は普通の武器ではない。
 マナによって錬成されたもので、むしろ幻獣のように実体を持たない敵に対しての方が有効と言える武器だ。
 更に言うのなら〈紅き終焉の魔王〉が纏う力には、触れたもののマナを奪い、自身の糧とする能力が備わっていた。
 例え瘴気を帯びた力であっても、魔王の力を覚醒させた〈緋の騎神〉にとっては餌のようなものだ。
 実際、緋の騎神の霊力が減っている様子はない。ということは、攻撃は確実に通っていると言うことだ。
 どう言うカラクリかは分からないが、消耗したマナを回復する手段が敵にはあると考える方が自然だった。
 本来であれば厳しい戦いになることが予想できる状況だが、

「面白いじゃない」

 シャーリィの戦意が衰えることはなかった。
 大地神マイアの眷属――テオス・ド・エンドログラムとの戦いで、緋の騎神は魔王の因子を覚醒させた。
 しかし〈紅き終焉の魔王〉が完全に力を取り戻したとは言えないことにシャーリィは気付いていた。

 故に、これはチャンスだと受け止める。

 いまのまま鍛えたとしても、リィンとの力の差は埋まるどころか開くばかりだと感じていたからだ。
 フィーが人であることを辞め、リィンの隣に並び立つ力を追い求めたように――
 シャーリィもまた魔王の力を取り込むことで、人間の限界を超えようとしていた。
 アリアンロードのように不死者となる程度では、リィンとの差は埋まらない。
 なら〝七十七〟の魔を束ねる魔王の力を完全に使いこなすことが出来たなら――

「存分に喰らいなさい――緋の騎神(テスタロッサ)

 獣のように獰猛な笑みを浮かべながら、シャーリィは〝獲物〟に狙いを定めるのだった。


  ◆


「一体なにが起きてるの……?」

 困惑の声を上げるユウナの姿があった。
 出航の準備が整うまでの間、押し寄せる異形の群れの食い止めていた彼女たちの前で予期せぬ出来事が起きたからだ。

「……皆して、幻覚を見せられていたって訳ではないわよね?」

 以前、集団催眠で片付けられたクロスベルの事件が頭を過り、ふとそんなことを口にするユウナ。
 夢でも見ていたのではないかと、ユウナが混乱するのも理解できる。
 それほど突然に、倒しても倒しても湧き出てきていた異形の群れが、まるで最初から存在しなかったかのように目の前から消えてしまったのだ。

「そんな訳ねえだろ。しかし、こいつは……」

 幾らなんでもおかしい。
 尋常ではない何かが起きていると、アッシュも険しい表情を見せる。
 そんななか、

「何が起きているのかは分からないけど、これはチャンスよ」

 困惑する皆を落ち着かせるように、サラは冷静に今取るべき行動を促す。
 確かに不可解な点は多いが、いまなら安全に船を出航させることが出来る。
 本来であれば出航の準備が整ったとしても、何人かは残って敵を食い止める必要があったのだ。
 それを考えれば、いましか全員無事に脱出するチャンスはないと考えたのだろう。
 消えた原因が分からない以上、また再び敵が現れる可能性はゼロではないからだ。

「確かに……いまを逃せば、厳しい状況に陥るかもしれません」

 そんなサラの考えに同意するかのように、会話に割って入るロジーヌ。
 その視線の先には、地精のアジトとも呼べる巨大な石造りの城塞がそびえ立っていた。
 ロジーヌがサラの考えに同意したのは、城塞の方角から大きな力が膨れ上がるのを感じ取ってのことだった。
 突然、目の前の敵が消えたことと無関係とは思えない。
 仮に数千、数万の異形を動かしていた力が一箇所に集められているのだとすれば――

「お嬢様……」

 ロジーヌと同じ結論に至ったのだろう。
 今まさに世界の趨勢を決める最後の戦いが始まろうとしているのだと――
 月明かりに照らされた城塞を見上げながら、シャロンはアリサの無事を祈るのだった。



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