「――オーバーロード」

 リィンが内に秘めた力を解放しクラフトを発動すると、ヴァリマールのアロンダイトが〝銃剣〟から〝大槍〟へと変化する。
 アリアンロードの愛用する聖槍を彷彿とさせる巨大なランス――グングニルと名付けられたその形態にはマナに直接作用する特性があり、物質よりも精神――幻獣種などに効果的なダメージを与えることが出来る。
 そして緋の騎神に取り憑いているイシュメルガは、騎神が人の悪意が学ぶことで生まれた精神生命体だ。
 機体を破壊するのではなく〈緋の騎神〉に取り憑いたイシュメルガに直接ダメージを与えることで、起動者に与えるダメージを最小限に抑えようとリィンは考えたのだろう。

必滅の大槍(グングニル)!」

 リィンは変化させた槍をテスタロッサに向け、一切の出し惜しみなく全力で突撃する。
 リィンには効果がなかったとはいえ、呪いの力は普通の人間に抗えるものではない。
 幾らシャーリィが強靱な精神力を持っていると言っても、時間をかければ戻って来られなくなる危険すらある。
 肉体が無事でも精神が崩壊し、意識が戻らないのでは意味がない。
 故にリィンは短時間で勝負を決めるため、最初から全力で攻撃を仕掛けたのだろう。
 しかし、

「な――」

 避けるでも防御するでもなく反撃に打って出ることで、テスタロッサはヴァリマールの一撃を相殺する。
 千の武器の特殊能力によって召喚された巨大な斧をタイミング良く振り下ろすことで、グングニルに直接ぶつけたのだ。
 膨大な量のマナと呪いを含んだ斧はグングニルの一撃で砕けるように消滅するが、同時に槍に込められた力も霧散してしまう。

(まずい! 再錬成を――)

 リィンのオーバーロードの特徴は、武器の形状や属性を敵に応じて変えられることにある。
 自分に有利な状況を作り出すことで敵を圧倒し、マスタークラスの使い手が相手であっても技量の差を埋めてきたと言う訳だ。
 だが、一見すると万能に思えるリィンのオーバーロードにも弱点はある。
 それはゼムリアストーンのようにマナとの親和性が高く強度に優れた触媒が必要であると言うこと以外にも、再び使用するには〝クールタイム〟が必要であると言うことだ。
 使用した力の規模や変化が大きいほど、武器に与える負荷は大きくなる。
 いまのアロンダイトは以前の戦いで外の理に近い武器へとその性質を変化させている。
 しかし、外の理の武器と言えど不滅と言う訳ではない。限界を超える負荷がかかれば折れもするし、砕けることもある。
 通常の形状変化程度であれば連続で使用しても問題はないだろうが、グングニルやレーヴァティンのような大技は別であった。

(間に合わない!)

 もう一度グングニルを放つのを諦め、錬成の途中で攻撃に転じるリィン。
 テスタロッサが再び千の武器を召喚する動作が目に入ったためだ。

「くッ――隙がない」

 ほとんど予備動作なく召喚した武器を使い捨てるかのように持ち替えながら、絶え間なく攻撃を仕掛けてくるテスタロッサの猛攻にリィンは徐々に押され始める。
 武器の強度や一撃の破壊力で言えば、リィンのグングニルやレーヴァティンの方が上だろう。
 実際、辛うじて相殺はしたもののテスタロッサの召喚した斧は粉々に砕け散り、ヴァリマールのグングニルは勢いを殺されたものの武器そのものは無傷の状態だった。
 しかしテスタロッサの千の武器は触媒を必要とするリィンのオーバーロードと違い、召喚するために必要なマナさえあれば幾らでも武器を創り出せるという特徴がある。
 強度で劣っていようと壊れてしまえば、また新たに武器を召喚すればいいだけの話だ。
 しかも千の武器の異名が持つように、テスタロッサの召喚する武器にはクールタイムのようなものが存在しない。
 それは一度に召喚できる武器の数は消費したマナの大きさで変わるものの連続での使用が可能と言うことを意味していた。
 それでも敢えて弱点をあげるとすれば、大気中のマナを利用してもマナの量には限りがあるため、召喚できる武器の量や質には限界があった。
 以前のテスタロッサなら先程のような一撃を放てば、周囲のマナだけでなく内包する霊力まで使い切ってしまい次の攻撃に移ることは難しかっただろう。
 だが、

「やっぱり呪いの力を――」

 戦場で散っていた三十万の兵士の嘆きと怨嗟。
 塩の杭の出現によって集められた人々の不安や悲しみ、怒りと言った負のエネルギー。
 それらを〝呪い〟の力を高めるために利用したのだと言うことは、最初から予想していたことだった。
 しかし、

「この様子だと完全に呪いの力を使いこなしているみたいだな。だが、どうやって……」

 呪いの力は誰にでも利用可能なものではない。それはイシュメルガとて例外ではないはずだ。
 だからこそ、アルベリヒはギリアスの心臓を触媒とすることで呪いの力を受け止める器――黒の聖杯を生み出し、それを幼いリィンに移植することで儀式の贄とする計画を考えた。
 贄と聖杯。そのどちらか片方でも足りていなければ儀式の成功は勿論、呪いの力を利用することも困難と言う訳だ。
 状況から言って恐らく〝贄〟の正体は、姿の見えないセドリック・ライゼ・アルノールで間違いないだろう。
 しかし、セドリックだけではリィンの代役は果たせない。
 もう一つ――聖杯の代わりを果たす何かがあるはずだとリィンが考えを巡らせていた、その時だった。

「な――ブレードライフルだと!?」

 剣や斧と言った単純な構造の武器ではなく、テスタロッサが銃を――
 それも猟兵が好んで使う剣とライフルが一つになったブレードライフルを召喚したのは――
 これには、リィンも驚きを隠せない様子で目を瞠る。
 以前シャーリィが〈テオス・ド・エンロドグラム〉との戦いで愛用の武器を模倣した巨大なブレードライフルを召喚したことがあったが、それは簡単なことではない。武器の構造を完全に理解していなければ複製は不可能だし、構造が複雑な武器ほど召喚の難易度は上がる。あれはシャーリィが誰よりも自身の武器の特徴や構造を理解していたから出来ることで、同じ真似がイシュメルガにも可能とは想像もしていなかったためだ。
 可能性として取り込んだ人間、シャーリィの記憶から再現したとも考えられるが――

赤い顎(テスタ・ロッサ)じゃない。おい、まさか……」

 それなら赤い顎(テスタ・ロッサ)ではなくてはおかしい。
 緋の騎神(テスタロッサ)が召喚したのはシャーリィの愛用する武器ではなくリィンのよく見知ったものだった。
 そう――

「くそッ! 間に合え――」

 危険を感じ、再び戦技を発動するリィン。
 次の瞬間、緋の騎神の放った〝集束砲〟が灰の騎神を呑み込み、天を尖つのであった。


  ◆


 同じ頃、少し離れた場所でアルグレオンとゾア=ギルスティンが激しい戦いを繰り広げていた。
 パワーやスピードで圧倒するゾア=ギルスティンに対して、培った経験と技で対抗するアリアンロード。
 しかし、

「よもや、これほどとは……」

 戦いは圧倒的にアリアンロードとアルグレオンの方が不利な状況に陥っていた。
 機体性能だけではない。ゾア=ギルスティンの技は、アリアンロードに見劣りするものではなかったからだ。
 そして、その特徴的な太刀筋にアリアンロードは見覚えがあった。

「上手く誤魔化しているようですが、私の目は誤魔化せません。その太刀筋――八葉一刀流ですね?」

 ――八葉一刀流。ゼムリア大陸西部では珍しい刀や太刀を得意とする東方剣術。
 剣仙ユン・カーファイによって創設された東方剣術の集大成とも言える流派で、刀を用いた一から七の型と無手を加えた八つの型から構成されており、それぞれの型を極めた皆伝者を『剣聖』と呼ぶことで有名な流派だ。
 刀ではなく剣を用いることで太刀筋を誤魔化していたようだが、完全に隠しきれるものではない。
 一流の達人は得物を選ばないと言うが、カシウス・ブライトは棒術に八葉の技を応用して見せていた。
 ゾア=ギルスティンの剣にも同じように八葉の特徴が覗き見える。
 並の使い手ならいざ知らず、アリアンロードほどの達人になれば気付かない方がおかしい。
 しかしそうなると、また一つ大きな疑問が湧く。

(こことは異なる歴史を辿った騎神と言う話でしたが……)

 世界が違えば、起動者が異なることもあるだろう。
 しかし八葉の使い手となると限られる。ましてや、これほどの剣の使い手はそういるはずもない。
 枝分かれした異なる歴史を辿った世界と言っても、ベースとなる世界は同じはずなのだ。

(似てはいても、この太刀筋……カシウス・ブライトやアリオス・マクレインのものではない)

 なら一体、誰が?
 敵の正体を探ろうとするもまったく見当が付かず、アリアンロードは違和感を覚える。
 アリアンロードの知らない八葉の使い手がいたとしても不思議ではない。
 しかしどう言う訳か目の前の敵からは、親しみや懐かしさに似たものをアリアンロードは感じていた。
 最近もどこかで会ったかのような――

「まさか……」

 敵の正体に気付き、その名を口に仕掛けたその時であった。
 ゾア=ギルスティンの姿が視界から掻き消えたかと思うと、目に見えない風の刃がアルグレオンを襲ったのは――
 八葉の技の一つ――弐ノ型・疾風。風の剣聖の異名を持つアリオス・マクレインが得意とする技だ。
 まさに神速とも言える一撃をアリアンロードは咄嗟にランスを盾にすることで、致命傷となる一撃のみを見極めて防御する。
 そして、無数の切り傷を負いながらも反撃に打って出る。

「見事な技です。しかし――」

 八葉の技で生じた風を突き破るように、アリアンロードは音速を超える速度で槍を放つ。
 確かに八葉の技は強力だ。アリアンロードの槍術にも引けを取らない。
 しかし達人は得物を選ばないと言っても、本来の八葉の技は太刀を得意とするものだ。

「逃しません!」

 残像を見せ、回避の行動を見せるゾア=ギルスティンの動きを読み、アルグレオンは追撃を放つ。
 機体性能はゾア=ギルスティンの方が上。剣と槍、得物の違いはあれど、武人としての技量はほぼ互角。
 これだけならアリアンロードに勝ち目はないと判断しても間違いではないだろう。
 しかし、本来の得物を使っているアリアンロードと違い、ゾア=ギルスティンは八葉の技を用いながらも剣での戦いを強いられている。
 僅かではあるが、道具の違いは技のキレを鈍らせる。それは実力が伯仲しているほど大きな差となる。

(――捉えた!)

 アルグレオンの放った槍の先端が、ゾア=ギルスティンの胸部を捉える。
 どれほど強大な力を持つと言っても、機体の構造そのものは他の騎神とそう変わりは無い。
 完全に急所を捉えた一撃。勝負は決したかのように思われたが、

「な……」

 アリアンロードの放った槍は寸前のところで見えない壁のようなものに阻まれる。
 ありとあらゆる攻撃を遮断する空間障壁。結社の神機にも搭載された至宝の力の一部だ。
 想像を超えた――いや、予想して然るべきだったゾア=ギルスティンの力にアリアンロードは表情を曇らせる。
 相手は至宝の力を備えた機体だ。ただパワーやスピードと言った機体性能が上という話だけではない。
 それは即ち、どれだけ技で凌駕しようとも至宝に対抗する術を持たない限りは勝ち目はないと言うことを意味していた。

「至宝の力を攻略できなければ、勝ち目はないと言うことですか……。しかし!」

 相手がどれほど強大であろうと、アリアンロードは目の前の戦いを諦めるつもりはなかった。
 攻撃が通じずとも、負けなければいいだけのことだ。
 勝てずとも時間を稼ぐ程度のことは出来る。
 少しでも相手の手札を暴き、リィンに繋げることが出来れば――

「――ッ!」

 しかし、そんなアリアンロードの考えを読んでいたかのように、これまで積極的に攻撃の姿勢にでていなかったゾア=ギルスティンが構えを取る。
 膨大な霊力を全身から解き放ち、まるでリィンのレーヴァティンのように〝黒い炎〟を剣に纏わせるゾア=ギルスティン。
 すべてを焼き尽くし、破壊するかのような力を前に嘗て無い危険を察知するアリアンロード。
 そして――

(この方角は――押し返すしかない)

 先程までの考えを撤回するかのように、アリアンロードは身体に残った闘気と騎神の霊力をランスにすべて注ぎ込む。
 そうしなければ、次の一撃ですべてが終わると確信したからだ。
 いや、回避しようと思えば恐らく不可能ではない。
 防御に徹すれば、ダメージは免れないが耐え凌ぐことも出来るだろう。
 しかし、そうすれば背後にあるものは――幻想機動要塞はゾア=ギルスティンの放った一撃で跡形もなく消滅する。
 リィンならそれでも無事かもしれないが、まだ要塞に残っている他の者たちは別だ。
 ローゼリアたちが準備を進めている転位陣が発動した気配はない。
 となれば、全員が無事に要塞を脱出するまで時間を稼ぐ必要があった。

(誰かを守るための戦い、ですか)

 ドライケルスや志を同じくする仲間たちと共に挙兵した二百五十年前の記憶が甦る。
 戦争での悲劇を、内戦で苦しむ人々を少しでも減らしたい。
 一人でも多くの命を救うため、敵の命を奪うことに矛盾を抱えながらも戦い続けた日々の記憶が――
 だからこそ、いまここで彼女は退く訳にはいかなかった。

「あなたの正体も、それがただの挑発でないことも分かっています。故に――」

 全身全霊で受けて立ちます、とアリアンロードは光輝くランスの先端をゾア=ギルスティンに向けるのであった。



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