「ジョルジュ――ッ!」

 親友の名を叫びながらクロウが残された力を絞り出すように闘気を爆発させると、オルディーネの全身が青白い輝きを放つ。
 ――覚醒モード。騎神の隠された形態にして、真の力を発揮するために必要な姿。
 アルベリヒが騎神にも格が存在すると言っていたが、あれは正しいようで正解ではない。
 確かに〝蒼〟と〝灰〟の騎神は七の騎神の中で最弱と評価されていたが、それは〝覚醒〟に至っていなかったからと言うのが理由として大きいからだ。
 最強と称された〝黒〟然り、金や銀も長き戦いの歴史の中で覚醒へと至っていた。
 騎神は起動者と共に成長する。そのため、灰や蒼が最弱と称されたのは、これまで起動者に恵まれなかったことが大きい。
 二百五十年前、偽帝オルトロスを倒して帝都を救ったドライケルスが弱かったと言う訳ではないが、覚醒に至るには幾つもの必然が重なり合う必要があった。
 もっとも重要なのが起動者と共に成長するという点だ。
 実際ヴァリマールはリィンの成長に自身の進化が追い付くことが出来ず、魔女の手を借りなければ覚醒へと至ることは出来なかった。
 至宝の力を借りて強化もしていたが、それが逆にヴァリマール自身の成長を妨げていたという側面もあったからだ。

 しかし、オルディーネは違う。

 クロウは最初から今のような力を身に付けていた訳ではない。
 彼は普通の人間だ。生まれ持っての才能や特殊な能力を持ち合わせている訳でもない。
 彼の力は彼自身の努力と、ギリアス・オズボーンへの復讐心から身についたもの。
 その過程で、彼の騎神であるオルディーネも起動者と共に地道な成長を続けてきた。
 そうして覚醒へと至ったのが、内戦が始まる半年ほど前のことだ。
 それからもクロウはオルディーネと共に強くなるための努力を重ねてきた。
 それが、クロウとオルディネーの強さ。リィンやヴァリマールにはない彼等だけの強さの証でもあった。
 だからこそ、

「こいつは〝俺たち〟の問題だ」

 リィンでなければ、ゾア=ギルスティンを倒すことは出来なかっただろう。
 イシュメルガとの決着も自分たちの力では難しいということを、クロウは誰よりも理解していた。
 しかし、それでも譲れない戦いはある。
 ジョルジュが命を懸けてトワを助けようとしたのは、罪滅ぼしだけが理由ではないとクロウには分かるからだ。
 仮に他にもっと良い手があったのだとしても、ジョルジュは自分の手でトワを救いたかったのだと――
 いまクロウがそのトワに頼られ、ジョルジュの目を覚まさせてやりたいと思っているように――

「この役だけは〝アイツ〟に譲る訳にはいかねえんだよ! そうだろ!? ジョルジュ!」

 そんなクロウの想いに応えるように、オルディーネもすべての力を解放する。
 起動者と共に積み重ねてきた努力と共に歩んだ歳月を力に変えて、更なる成長を自身に促す。
 オルディーネが求めたものは、覚醒を超える〝進化〟だった。
 まるで殻を破るようにオルディーネの装甲がマナの粒子となって剥がれ落ちていく。
 蒼穹よりも更に色濃く、群青に輝く装甲は夜明けの光を帯び、新たなステージへと至ったオルディーネの進化を祝福しているかのように金色の輝きを放つ。
 これが、クロウとオルディーネが共に作り上げた力。

「戻って来い――ジョルジュ!」

 すべての力をダブルセイバーに込め、クロウはオルディーネと共に渾身の技を放つ。

「デッドリーエンド!」

 ダブルセイバーから放たれた光は巨神の纏う闇を払うかのように、朝焼けに染まった空を金色に染め上げるのだった。


  ◆


「――なッ!?」

 誰の目にも決着はついたと思われた一撃。
 クロウとオルディーネの放った技は、あの一瞬――
 リィンの黄金の剣に迫る破壊力を秘めていた。
 確かに巨神が全身に纏う〝闇〟を斬り裂くだけの力はあったのだ。
 しかし、

「くそ……やっぱり、俺の力じゃダメなのか」

 闇を払うことは出来ても、巨神を形作る力の根源となっている呪いを浄化するには至らなかった。
 それだけ呪いの力が、クロウの想像を超えて強力だったと言うことでもあるのだろう。
 仮にリィンの黄金の剣でも、完全に浄化することは難しかったかもしれない。
 それでも全身全霊の一撃が通用しなかったことで、クロウは無力感に苛まれる。
 もう、ジョルジュを救う術はない。そんな風に諦めかけていた、その時だった。

『まだ諦めるには早いんじゃないか?』

 朝焼けに染まる空に響く声と共に、天を裂くような一撃が巨神の右肩に命中する。
 その衝撃でよろめくような動作を見せる巨神。
 クロウが困惑と驚きを隠せない様子で空を見上げると、そこには一体の騎神が堂々とした姿で浮かんでいた。

「紫の騎神……闘神……いや、その声は〝闘神の息子〟か」
『ご明察――ランドルフ・オルランド。まあ、ランディとでも呼んでくれや』

 どこか吹っ切れた様子で、クロウの疑問に自己紹介で答えるランディ。
 以前の彼なら他人に名前を名乗る時、ランドルフの名を口にすることはなかっただろう。
 その名は彼にとって、忘れ去りたい記憶を呼び起こさせるものでもあったからだ。
 しかし、いまの彼は忌まわしい記憶の象徴である父親との決闘を経て、過去を忘れるのではなく乗り越える覚悟を固めていた。
 特務支援課のランディ・オルランドだけでなく、赤い星座のランドルフ・オルランドも己自身であると認めることがようやくできたからだ。

『さあ、闘神ランドルフ・オルランドの初陣だ。〝相棒(ゼクトール)〟よろしく頼むぜ?』

 ランディの期待に応えるかのように、ゼクトールの双眸が輝きを放つ。
 起動者になったばかりとは思えないほどのオーラを纏うゼクトールを前にして、クロウは思わず息を呑む。
 この場にランディがいるということは、バルデルは彼に敗れたということになる。
 闘神の名と共に騎神も受け継いだのだとすれば、紛れもなく目の前の男も〝怪物〟の一人だと気付かされたからだ。
 それでもリィンには届かないだろうが、バルデルに勝利したと言うことは紛れもなく裏社会で最強クラスの実力者。
 未完であっても怪物と称させるだけの実力と才能を有していることだけは間違いない。

(これが、才能の差って奴か)

 リィンもそうだったと、クロウの脳裏に内戦時の記憶が甦る。
 クロウがオルディーネの起動者となった時は騎神の力を引き出すどころか、まともに動かすことにも四苦八苦していた。
 なのにリィンは最初からヴァリマールの力を最大限に引き出し、復活した〈紅き終焉の魔王〉を見事に討滅して見せたのだ。
 クロウが実力と才能を差を感じるのは無理もない。
 しかし、

「待て……」

 アンゼリカのお節介。トワから託された願い。
 他にも背中を押してくれたお人好しの顔が、たくさんクロウの脳裏に浮かぶ。
 賢い選択じゃないことは分かっている。任せてしまえば、楽になると言うことも――
 ただ、それでも――

「これは俺たちの戦いだ。〝部外者〟が横槍いれてるんじゃねえよ」

 どれだけ実力と才能に開きがあろうとも、この戦いだけは譲ることが出来なかった。
 ここで楽な方に逃げてしまえば仲間の期待を裏切るだけでなく、自分に嘘を吐くことになってしまう。
 二度と戦えなくなる。オルディーネもそんな弱者に応えてはくれなくなるだろう。
 不器用でも、弱くても、最後まで足掻いて見せる。それがクロウの導き出した決意だった。

『良い啖呵が切れるじゃねえか。そうでなくっちゃな』
「まさか、アンタ……」

 ランディがどうして戦いに割って入り、挑発するような態度を取ったのか?
 その理由を察して、クロウは驚きと困惑を顕わにする。
 闘神の名を継ぐ男のすることとは思えなかったからだ。

『おいおい、これでも俺は面倒見が良いことで知られてるんだぜ?』

 だが、それもそのはずだとランディは困惑するクロウをからかうように答える。
 古巣に戻ってからも、クロスベルで過ごした日々を忘れたことは一度としてない。
 彼は闘神の息子であると同時に、特務支援課のランディ・オルランドでもあるのだ。
 バルデルが生きていたら甘い考えだと否定するかもしれないが、ランディはそれが自身の強さだと考えていた。
 だから、闘神の名を継ぐ覚悟を決めたのだ。
 父親を超えることで、自分の正しさを証明するために――

『勝ちたい奴がいるんだろ? なら、証明してやれ。自分のやり方で』

 だからクロウが抱える悩みも察することが出来たのだろう。
 どこか昔の自分を見ているようだと感じたからだ。

「……まったく猟兵って奴は、どいつもこいつもお節介な奴ばかりなのか?」
『誰のことを言ってるのかは知らないが、俺は〝変わり者〟の方だと思うぜ』
「だろうな。だが――」

 ――感謝する。
 そう口にしてクロウが再び巨神と向き合った、その時だった。
 騎神を通して、何かあたたかいものが流れ込んでくるのを感じたのは――

「これは……まさか、ヴィータか?」

 オルディーネに注がれる膨大な力。
 恐らくは騎神と起動者を繋ぐパスに介入して、霊力を送り込んでいるのだと察する。
 そんな真似ができるのは、クロウの知る限りでは一人しかいなかった。
 オルディーネのことを誰よりもよく知り、クロウの成長を一番近くで見守ってきた人物。
 ――ヴィータ・クロチルダ。結社の使徒にして、蒼の深淵の二つ名を持つ魔女だ。

『我々の力も、もう余り残されてはいません。次の一撃で決めて見せなさい』

 そんななかアリアンロードの声が響く。
 ヴィータや仲間たちだけではない。アルグレオンやゼクトール。
 この場にいない他の騎神からも、オルディーネに力が流れ込んでくるのをクロウは感じる。

「たくっ、アイツからも力を借りたら、俺の力を証明したことにならねえじゃねえか」

 そう口にしながらも、どこか嬉しそうに笑みを浮かべるクロウ。
 確かに自分とオルディーネの力だけでは、巨神の呪いを祓うことは出来なかった。
 しかし皆の想いを束ねれば、きっと――

「今度こそ、終わりだ――ジョルジュ!」

 人々の想いがオルディーネのダブルセイバーに宿り、命の輝きを放つ。
 この世界で『根源たる虚無の剣』とも呼ばれる想念の剣。
 依り代となる少女がいないため、一度しか使えない模造品ではあるが、いまはそれで十分だった。
 すべてを終わらせるために――

「ヴォーパル・スレイヤー!」

 クロウはオルディーネと共に帝国の闇を祓い、千年に及ぶ戦いの歴史に幕を閉じる最後の一撃を放つのだった。



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