前書き
 この話は前作の99話〜101話の間に実際あった話となります。なお、以前やった東亰ザナドゥ編とは繋がりはありません。
 断章の長さは、前回の東亰ザナドゥ編よりも短く中編程度。あくまで最終章とを繋ぐ『導入編』みたいな感じなので。
 こちらは週一程度の更新を予定しています。


 青い空の下、公園のベンチで読書に耽るリィンの姿があった。
 眺めているのは近くの書店で購入≠オた本で、タイトルには『戦中・戦後史〜国防軍と軍事情勢〜』と記されている。
 並行世界から元の世界へと帰る途中、ツァイトの案内で養父の形見を探しに別の世界へ立ち寄ったら、そこにはリィンの良く知る風景が広がっていたのだ。
 高層ビルが建ち並ぶ街並み。クロスベルよりも発達した科学の街。――日本国、東京都。
 日本と言えば、リィンが前世を過した国だ。
 しかし、ここはリィンの知る日本とは辿ってきた歴史が微妙に異なっていた。

「やっぱり、ここは俺の知る日本≠カゃないみたいだな」

 まず、この世界の日本だが、先の大戦で大敗を喫していない。
 いや、正確には不利な停戦協定を呑まされ、巨額の講和金と財閥の解体を余儀なくされてはいるのだが、リィンの知る歴史と大きく異なる点があった。
 それが、各国が秘密裏に進めていた反応兵器の開発に日本が一早く成功し、当初は米国有利と思われていた戦いを膠着状態にまで持っていったことだ。
 大戦時に日本国内で起きたとされるクーデターがなければ、もっと戦争は長引いていたとリィンの持つ歴史の本には記されていた。
 そのため、リィンの知る日本と比べて、この世界の日本はアメリカに依存していない。
 帝国軍は戦後に解体されたが『国防軍』と名を変えて再編成され、いまも日本の独立と主権を守っている。
 現在は、その米国との関係も改善され、太平洋地域での戦略の一翼を担うまでに軍備を拡充させていると、本の内容は締め括られていた。

「冗談みたいな話だが、同じようなことを二度も体験すればな……」

 恐らくは並行世界と言う奴だろうと、この世界の正体にリィンは察しを付ける。
 そういう世界が幾つも存在することは、キーアやリィン自身が証明している。
 それに――

「〈機動殻(ヴァリアント・ギア)〉ね」

 ビニール袋から歴史の本と一緒に購入した雑誌を手に取るリィン。
 その表紙には、機甲兵とよく似た二足歩行の巨大なロボットの写真が印刷されていた。
 プラモデルや玩具ではない。実際に国防軍で採用されている最新型の兵器だ。
 全高七メートルを超える人型機動兵器など、リィンの知る世界では何処の国にも配備されていなかった。
 こんなものを目にすれば、ここは自分の知る日本ではなく別の世界だと信じざるを得ない。
 ゼムリア大陸が実在するのだ。ここも何かしらの作品を題材とした世界である可能性は十分にあった。
 しかし、

「SF系か? でも、ロボットアニメとか、余り見たことないんだよな……」

 有名な作品であれば、もしかしたら一度くらいは目にしたことがあるかもしれないが、少なくともリィンの記憶の中にはなかった。
 となると、以前のように原作知識をあてにすることは出来ない。情報も一から自分の足で集める必要があると言うことだ。
 差し当たっては――

「落ち着ける場所を探さないとな」

 幸いなことに金≠ヘ多少なりとも手に入ったので、ネットカフェを利用すると言った手もある。
 最悪の場合、一週間程度であれば野宿でもいい。リィン一人なら、それで問題はないだろう。
 しかし、

「リィン、調べ物は終わった?」
「ああ、エマはどうした?」
「もうちょっと、この辺りに反応≠ェないか探ってみるって」

 シャーリィとエマが一緒となると話は別だった。
 エマのことは今更語るまでもなく、シャーリィも中身を知らなければ美少女と言っていい。この世界にきて最初に絡んできたのも、頭の軽いナンパ男たちだった。
 リィンが間に入らなければ、シャーリィに殺されていただろう。別にそんな男たちが何人死のうと心は痛まない。帝国でも殺人は罪だが、野盗の類を殺しても非難されることないし、身を守るためであれば人殺しも正当化される。魔獣の徘徊する世界で一度街の外へでれば、自分の身を守れるのは自分だけだからだ。
 しかし、ここはゼムリア大陸とは違う。どんなに救いようのないバカだろうと、相手が犯罪者であったとしても殺してしまえば罪になる。現代の法治国家とは、そういうものだ。自分の知る日本とは違うと言っても、この世界の日本人が半世紀以上もの間、戦争を経験したことがないという点に変わりはない。平和な国で生まれ育った人々が、目の前で人を殺されるところを目にすれば、どう言う反応をするかは容易に察しが付く。
 なら、可能な限り目立つ行動は避けた方が良いとリィンは考えていた。

「ん? どうかしたの?」

 クレープを食べながら尋ねてくるシャーリィに、どう言い聞かせたものかとリィンは考える。
 いまの状況は言ってみれば、平和な日本の街中に危険な猛獣が徘徊しているようなものだ。
 しかも、ぱっと見は人間の美少女にしか見えないのだから、たちが悪い。

「さっき、しつこく話し掛けてきた男たちのことを覚えてるか?」
「ああ、リィンにカツアゲされた人たちのこと?」
「人聞きの悪いことを言うな。迷惑料を貰っただけだ」

 そもそも止めに入らなければシャーリィに殺されていた。
 そう考えれば、むしろ助けてやったと言ってもいい。
 その迷惑料と考えれば安いものだとリィンは主張する。

「俺が間に入らなかったら殺してただろ?」
「シャーリィでも、素人相手にそこまではしないよ。ちょっと痛い目には遭ってもらったけどね」

 ちょっとであってもシャーリィに壊されれば、再起不能となることは明らかだ。
 仮に殺されずに済んだとしても、一生消えないトラウマを抱えることになっただろう。
 下手をすれば、腕や足の一本や二本はなくなっていた可能性が高い。

「取り敢えず、変なのに絡まれても騎神や武器の類は禁止だ。素手も……」

 ダメとは言わないが絶対にやり過ぎるなよ、とリィンはシャーリィに釘を刺す。
 さすがに銃刀法違反で捕まる訳にはいかないこともあって、リィンも武器は騎神と共に隠してあった。
 多少は懐かしい気持ちもあるが、形見の武器が見つかったらさっさと立ち去るつもりでいたからだ。
 長くとも一週間以内には片を付けたい。フィーやアルフィンたちのことも気に掛かるし、長引くようなら形見の武器は諦めるつもりでいた。
 それまで可能な限り問題を起こさずに済ませると言うのが、リィンがエマと立てた方針だった。
 本当ならシャーリィにもツァイトやキーアと共に、次元の狭間で待っていて欲しかったところなのだが――

(言っても聞くはずないしな……)

 大人しくしていられないことは分かっていた。
 それなら、まだ目の届くところに置いておいた方がいいと言うのが、リィンのだした結論だった。
 それに食料の問題もある。神となったキーアや聖獣のツァイトと違い、リィンたちは生身の人間だ。
 食事を取らなければ、リィンやシャーリィだって衰弱するし、空腹で命を落とすこともある。
 こんなことなら、旅立つ前に食料を分けて貰うべきだったと気付いた時には遅かった。

「武器を持ち歩いちゃダメとか、変な世界だよね」
「こっちには魔獣とかいないしな」

 魔獣がいないと言うだけで、この世界にも戦争はある。
 しかし、それでも帝国の常識と比べれば、ここは平和な国と言っていい。
 少なくとも、猟兵が必要とされる国でないことは確かだ。
 故に――

「とにかく問題を起こすなよ?」

 リィンはシャーリィに念を押すのだった。


  ◆


「人心地つきましたね」

 ホテルの部屋に入ると、エマは荷物を置いて疲れた表情でベッドに腰掛ける。

「リィンも一緒に泊まればよかったのにね」
「まあ、他に部屋が空いてませんでしたし……」

 観光や仕事で日本にやって来る外国人がよく利用するホテルらしく、値段も手頃なことからカモフラージュにも丁度良いと、ここのホテルに決めたのだ。
 しかし空いている部屋が一つしかなく、エマとシャーリィが二人で泊まることになったのだった。

「このサイズのベッドなら、ちょっと詰めれば三人でも寝られたんじゃない?」

 ベッドは一つだが、シャーリィの言うように無理をすれば三人でも寝られなくない。
 しかし、三人で同じベッドに入っているところを想像するだけで、エマの頬は赤くなる。
 本音を言えば、リィンが紳士でよかったと思っているくらいなのだ。
 リィンのことは嫌いではない。どちらかと言えば、好き……だと思う。
 しかし、それが恋愛的な感情かどうかは、エマにもよく分からなかった。

「シャーリィさんは……リィンさんのことをどう思っているのですか?」
「好きだよ。リィンの子供なら産んでも良いかなって思うくらいには――」
「こ、子供!?」

 まったく予想もしなかった返答に、エマは声を上げて動揺する。
 まさか、そこまで具体的に将来のことをシャーリィが考えているとは思ってもいなかったからだ。
 そして、

「ずっとアプローチしてるんだけどね……」

 チャンスだと思ったのに、と独り言を呟くシャーリィを見て、リィンが逃げた理由をエマは察するのだった。


  ◆


 その頃、リィンはと言うと夜の街を一人で散策していた。
 西風にいた頃はフィーに内緒で夜の街へと繰り出し、ゼノと一緒に情報を集めたりしていたのだ。

「ツァイトの話によると、この街にあるそうなんだが……」

 東京都・杜宮市。この街になくした形見のブレードライフルがあると言う話だった。
 正確には、この街で臭いが途切れて具体的な場所までは分からないとツァイトに言われたのだ。
 そんなことがあるのかと思ったが、ツァイトが嘘を吐く理由がない。
 となれば、川や海の底に沈んでいたらお手上げだが、誰かの手に渡った可能性も考えられる。

「しかし、誰かが拾ったにしても物が物だしな」

 多少の違いはあるとはいえ、この世界の日本でも銃の扱いには厳しい制限が設けられている。
 一般人が気軽に持てるものではない。隠し持っていたと言うだけで、罪に問われるような世界だ。
 当然、質屋に持っていって気軽に買い取ってくれるようなものでもない。
 その線から最近それらしい事件がなかったかと情報を探ってみたが、それも見当たらなかった。

「いまのところ手掛かりはなしか」

 ゲームセンターの前で足を止め、どうしたものかとリィンは溜め息を吐く。
 夜の繁華街とあって、周囲は活気に溢れていた。
 店のなかにも仕事帰りの会社員や、若者の姿が確認できる。
 あとは居酒屋の他、クラブやパブの呼び込みが目に留まる。
 そして、通行人が揃って手にしているのが――

(サイフォンだったか?)

 今年発売されたばかりの小型導力端末のサイフォンだった。所謂、スマートフォンだ。
 通話やメールの他、アプリをインストールすれば様々な機能を追加することが出来、ゲームも遊べるとあって若者を中心に急速な普及を見せているらしい。
 見た目は〈ARCUS〉によく似ているが、リィンが注目したのは別のところにあった。
 そう、サイフォンを動かしている技術。この世界にも導力≠ェ存在するのだ。

「確か、サイフォンを製造している企業の一つが、この街にあるって話だったな」

 北都グループ。日本を代表する大企業の一つだ。その本社がこの街にある。
 そうしたことから、この街における北都の影響力は凄まじい。
 それこそ、警察やマスコミにまで北都の手が及んでいるという噂があるくらいだった。
 ただの勘に過ぎないが、仮に誰かの手に渡ったのだとすれば、その企業が怪しいとリィンは睨んでいた。

(俺のと同様、親父のブレードライフルはゼムリアストーンで出来ている)

 この世界にも七耀石があるのかは分からないが、その手の技術者ならゼムリアストーンの価値は理解できるはずだ。
 仮に誰かの手に渡っているのであれば、北都が回収した可能性は十分に考えられるとリィンは考えていた。
 勿論、証拠はない。ただの疑惑。憶測に憶測を重ねた程度のものだ。しかし、他に有力な手掛かりもない。
 この世界の人々は気付いていないのかもしれないが、そもそも導力とはただ便利な技術ではない。
 クォーツと呼ばれる結晶回路に術式を記録させることで、誰にでも教会の秘術に似た力が使えるようになる。
 同じことがこちらの世界の技術でも可能かどうかは分からないが、出来ないと決めつけるのは早計だ。
 というのも、この世界には機甲兵とよく似た二足歩行型の機動兵器〈機動殻(ヴァリアント・ギア)〉があるからだ。

(仮に、こっちの導力技術が俺たちの世界と同じものなら)

 導力魔法や、それに類似する力が密かに研究されている可能性が高い。
 となれば、いま調査すべきは北都グループ≠ノ関することだろう。
 取り敢えずの方針を決めると、リィンは手掛かりを求めて夜の街へと消えて行くのだった。



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