短編『異聞・扶桑海事変』
(ドラえもん×多重クロス)



――1938年 初頭

逆行して、数ヶ月が経過した陸軍新三羽烏。武子に未来世界の歴史を風呂に入りながら説明する。

「そのうち、コロニーへの宇宙移民が世代交代してくると地球から独立したいと思う輩が出てきたのさ。それが移民二世、三世が多数派になるにつれて独立を願う声が高まっていった。話を聞くと、そのあたりで宇宙移民者の間で、地球に残った人たちを特権階級とみなし、侮蔑する感情が生まれたらしい」

黒江は話に聞いたジオン公国の勃興と滅亡までをかいつまんで説明していく。地球連邦政府の樹立は21世紀頃の人々の理想であったはずが、時代が経過するに從ってそれを良しとしない動きが生じていくという歴史の皮肉を。


「結局、人間のすることって一回りするだけなのね……。統一政府を作ってもどこかで綻びが出来ていく……」

「もっともスペースノイドが先鋭化したことで却って連邦政府が抑圧を強めていっての悪循環に気づかなかったのが大きいさ。それで工業力があって、地球から一番遠いコロニーの集まりで平和的指導者だったジオン・ダイクンって人が死ぬとその側近だったデギン・ソド・ザビの一族が実権を掌握した事で更に先鋭化し、そこのコロニー群が抱いていた、『経済がいつ崩壊するか』って恐怖が戦争への欲に摩り替わって、革命的な新兵器の実用化と量産配備の完了が終わった時におっ始めたわけだ。」



黒江は一年戦争から連なる戦争の歴史に興味があった。メカトピア戦争後は連邦軍が平時編成へ移行したため、有事即応部隊であるロンド・ベルはパトロール以外にやることがほぼない。そのため長期休暇を取れる機会が生じ、彼女はそれを利用して数ヶ月ほど休暇を取った。その間に連邦大学の歴史関係の講義を聴講したり、一年戦争から戦歴がある軍高官や同僚ら、当時の政府関係者からヒアリングするなどして勉強したとの事。智子と圭子はその様子を知っているためか、明らかに楽しんでいた。自分たちも参加して武子にわかりやすく説明する。

「その新兵器ってのが巨大な人型のロボット兵器。戦争の時にはレーダーを撹乱し、通信も妨害する新粒子とを併せる事で20世紀以来のレーダーと長距離通信が前提の在来兵器に頼る地球連邦軍を圧倒。緒戦で当時の連邦軍の宇宙艦隊は大負けして政府も降伏一歩手前まで追い詰められたのよ」

圭子も説明する。モビルスーツ搭乗経験があるため、その辺は黒江より詳しいらしい。20世紀後半以後に確立された索敵手段を弱体化させられた地球連邦軍はこの時代とさほど変わらぬレベルの有視界戦闘を前提に訓練を組んでいたジオン軍に緒戦で大敗北し、対抗手段として同じ土俵に入った事を。

「それで連邦軍も同じ土俵に入ってこれでもか〜というくらい当時としては予算かけて一機の試作機を作った。これがモビルスーツ史上双璧の名機と謳われる“ガンダム”。これがなし崩し的に実戦で使われて戦局覆すほどの働きを見せて量産型と併せて連邦軍の大逆転勝利に貢献した。以後は連邦軍のフラッグシップ機として後継機群が君臨していくの。『試作機=とんでも高性能、量産機=そこそこの性能で高級機には勝てない』ってある意味、兵器としちゃ本末転倒な状態がモビルスーツじゃ常態化していくの。乗った経験があるから余計に実感したわ。」

圭子は逆行前にZプラスに乗った経験がある。MS分野での兵器開発はこの時代の常識から外れた仕組みと化している事をパイロットとして実感したらしく、呆れているような表情を見せた。

「兵器開発というより、殆どオートクチュールのオーダー服みたいじゃないのそれ。普通は量産型の方が強いでしょう」

「普通はそうなんだが、あの分野に限って言えば試作機というよりは最先端技術の実験機的なものなんだけど、慣例で試作機扱いされてるのよ。歴代ガンダムは時代ごとの最先端の性能を有し、優れたパイロットが動かせば一騎当千間違いなし。連邦の象徴、もしくは圧政者への抵抗の象徴として歴史にその名を残していった。」

圭子はファーストガンダム、ZガンダムとZZガンダムなどの歴代のガンダム達の勇姿を思い浮かべる。それぞれの時代を変え、突き動かしていった兵器。連邦政府が一時、殆ど核兵器同様の扱いとしていたほどのガンダムという名の兵器の威力。たかが一兵器を政府が恐れるなどあり得ない事だ。数年後に扶桑のシンボルとして竣工する大和型戦艦も政治的に利用されはしているが、ガンダムの影響力には到底及ばない。

「戦争の行く末すら変えられる超兵器……、そんなものがあるのなら私達が今すぐ欲しいくらいだわ……」



武子は歴代ガンダムの武勇伝に、思わず内心で抱いた想いを吐露する。苦しい戦局を打開する手段のないこの戦で精神を疲弊しているのが見て取れる言葉に、三羽烏は扶桑海事変中盤の苦戦を改めて思い出した。

(武子、相当参ってるわね……)

(そりゃネウロイは平均的な奴でもこの時期には大戦初期レベルの引き込み脚機レベルの速力と火力を持つようになったからな……。戦間期レベルのうちらじゃどうあがいても苦戦は必至。陸戦でもチハじゃな……せめてチヌがありゃいいんだが)

扶桑海事変の戦局は三羽烏の記憶よりは緩やかなペースとは言え、悪化の一途を辿っている。『前の時』ではユーラシア大陸領土を損失する大損害を被った。海上での決戦で坂本と智子の太刀で勝利をもぎ取ったもの、陸軍と海軍の対立は地球連邦軍によって『修正』されるまで続くのだ。

(この戦は向こうで言えばノモンハン事件だ。相手がネウロイか露助かの違いだが、勝利とされても事実上は負け同然だ。なんとか篠原さんの運命は変えたが、劣勢なのには変わりないしな……)

この度の黒江達の努力で運命が変わったウィッチの中に“東洋のリヒトホーフェン”と謳われた篠原弘子准尉がいた。彼女は圭子の同期で、前の歴史では智子や圭子達を遥かに上回る撃墜ペースを記録し、後々のカールスラント軍のエース、エーリカ・ハルトマンと同等以上の技量を謳われ、国民からも人気があった凄腕ウィッチであった。だが、アホウドリと呼ばれた重爆撃機型ネウロイとの交戦中に被弾し、墜落、戦死。戦後に事変中の重大な損失とされたほどであった。智子と圭子は彼女を何とか救出したが、彼女の所属部隊はほぼ壊滅。身柄は第一戦隊預かりとなったのだが、江藤も戦線における戦力の損失には頭を抱えているのが作戦室から漏れるため息から見て取れた。

(後々の海軍の343空やウチら64戦隊みたいに一箇所に精鋭部隊置いて無双させる手はあるが、今の参謀本部が了承するとも思えない。まったく嫌になるぜ……お偉方のお役所仕事はよぉ)

黒江は鹿児島出身だが、出身地で過ごした日々よりも関東地方で過ごした日々のほうが長くなったため、出身地の方言は使わなくなり、未来世界での戦友の兜甲児などの江戸っ子の影響によって多少であるが、江戸弁を使うようになっていた。『バーロ』がその典型だ。そのため江藤敏子には“お前、江戸っ子だったけ?”と突っ込まれたとか。

「武子、分かったと思うけど、お偉方は現状を見ようとしない。東條のあのメガネザル野郎見たって分かるでしょう?」

「圭子、いいのそんな事……仮にもあの人は大将よ」

「多くの兵士を地獄に送り込んだノータリンのどこが指揮官の器よ。軍官僚やってりゃいいものを、出しゃばるから……」

圭子は『前の時』とあいも変わらず無為な犠牲を出した前総理を大手を振って批判する。武子は上層部を批判するような性格ではないためか、ポカンとしてしまっている。

「陛下も信任する人を間違った。忠誠心はあるけど政治嫌いの東條に政治やらせちゃね……」

智子も続く。未来生活で反骨精神旺盛な独立部隊であるロンド・ベルの一員として戦っている内に彼等の反骨精神が身についたらしく、参謀本部の無策ぶりに、引いては人材がいなくて軍官僚に過ぎない東條英機を登板させた皇国政府に憤っているのだ。彼女らのこのような変化に武子は羨しさを覚えた。自分にはとても上層部の批判をする勇気はない。本人達曰く、『精神だけが大人化した』という他の三人がとても眩しく見える。未来世界の戦争というのは三人をここまで変えるのだろうか。

――8年後、か……。三人を知る人たちは新・三羽烏ってひとまとめにして呼んでるって言ってたな……多分それは私を入れた『三羽烏』と区別するためだと思うけど、みんなノリがよくなってる。まるで海軍さんみたいに。なんだか不思議……。


そう。新・三羽烏の面々は海軍の伝統が受け継がれた連邦宇宙軍に未来生活で属している。(宇宙軍の気風が海軍のそれであるのは、SFアニメが20世紀後半頃から盛んな日本人らが主に宇宙軍設立の際に音頭を取ったためだ。アメリカ人らは宇宙を空の延長と位置づけ、空軍の延長とする事を主張したが、ロマンチストな日本人らがそれを没にし、位置づけを宇宙時代の海軍としたために宇宙軍は海軍の延長線上の組織となった。)。三人はそれが当たり前となっているために自覚はしていないが、第三者から見ると海軍軍人的な、ユーモアを解する気質が生まれていた。それが元からのフランクな陸軍航空兵気質とが合わさって、全体的にノリがよくなっているのだ。真面目な堅物の評判な智子でさえ、以前より遥かに喜怒哀楽をはっきり表わすようになっており、親友を自負する武子でさえ見たことがないような表情を見せるようになった。単純な年月の経過では片付けられない変化だ。

「不思議ね……あなた達が仲良くなってるのもそうだけど、特に綾香。あなたって江戸っ子だったかしら?確か出身、鹿児島でしょ」

「ああ、こりゃ戦友の影響だよ。そいつと向こうで一緒になる機会が多くて、いつの間にか伝染しちまってな〜ガハハ」

黒江も自分の口調が明らかにちゃきちゃきの江戸っ子である兜甲児に影響されているのは自覚しているらしく、豪快な笑いを見せる。こういうところは大らかである。

「8年後か……あなた達みたいになれるかしら、私も……」


武子は8年後(1945,6年頃)の自分に思いを馳せる。しかし三羽烏は武子の未来に待ち受ける運命が過酷なものであるのを知っているために内心、憂鬱であった。

(フジ……お前の未来は情にもろいお前にゃ酷だ。風翔で教えてた教え子を目の前で……)

(目の前で炎上していく風翔を見て……あなた……)


黒江と圭子は思わず菅野や西沢、若本、超獣戦隊ライブマンの面々から後に聞いた呉襲撃の顛末が頭を過る。呉を襲う未来戦闘機“F/A-18のファミリー”や“ラファール”。艦砲射撃とミサイル攻撃で火の海になる呉軍港。崩れ落ちる戦艦の登楼、横転し、大音響とともにまっ二つに分断され、沈む空母。呉を救ったライブマンの面々によれば、戦いが終わった後の武子は夢遊病者のような様相を呈しており、うわ言を言いながら教え子達がいた風翔へ行こうとしていたと証言している。それからしばらく療養を余儀なくされたのは三羽烏も周知の事実。

(ドラえもんの奴が前に言ってたっけ。バタフライ効果で歴史の大まかな流れは変わらないって。だけど、この戦の行く末……いや、せめて仲間達の運命くらいは変えたいんだよ……!ジュドーたちのようにニュータイプじゃないし、兜や竜馬のように神様に喧嘩売れる強い意志もない、ヒーローたちみたいに崇高な志があるわけじゃない……!だけど……、だけど……!)

それは黒江が抱いている想い。未来生活で出会った数多の人々が見せた想いと奇跡。脳裏に思い浮かぶ様々な言葉。彼等のような奇跡は起こせないかもしれないが、せめて仲間達の運命くらいは変えたい。これが逆行後の彼女の行動原理であった。そのためにフェイトから魔法を色々と教わったのだから。扶桑海事変から続く長い戦いで散々に味わされた無力感と悔しさを打破するために……。それは智子や圭子も同じ事。三人はそれぞれ弟子達から逆にミッドチルダ式攻撃魔法の極意を教わり、それをモノにした。その力は強大な魔力を持つ弟子達に比べれば拙く、非力な代物でしか無いかもしれない。だが、『心』と、抱く思いはけして劣ってはいない。三人は未来で得た『剣』を手に、運命に立ち向かう。この戦で死ななくても良かった命を救うため、後輩らに自分たちの気概を見せるために
















――その黒江の想いとは裏腹に史実通りに戦局は悪化の一途を辿っていた。ユーラシア大陸東部はかつての織田幕府時代からの進出で扶桑皇国領となっていた(中国や朝鮮半島に当たる場所は荒涼地帯化しているか、存在しない)が、ネウロイの出現と攻勢でオラーシャ帝国との国境付近から順調に損失。冬で活動が鈍くなる時期である今のうちに複葉機から固定脚機や宮藤理論式ストライカーユニットへの機種転換を進めてはいたが、ネウロイの性能は当時の扶桑皇国の兵器を上回る力を有していた。


「クソッ、クソ!くっそぉおお!なんで上がれないんだよ!上がれ!」

ある基地上空では九七式戦闘脚の性能不足を嘆くウィッチらが絶叫していた。敵の重爆撃機型ネウロイによる情け容赦ない攻撃を阻止せんと上昇していたが、10000mを優に超える敵の高度まで上がろうとしても7000を超えた当たりから上昇力が急激に鈍り、一向に高度が上がらない。そして8000当たりでエンジン音が鈍り……発動機が息をつく。戦時生産された発動機が定格出力を出せず、カタログスペックが出せないものが後々の高性能発動機に比べて低い割合であるが、生じていた。彼女が使うストライカーユニットは正にそれであった。

「えっ……?」

薄気味悪い音とともに発動機の音が止み、黒煙が棚引く。次いで、発動機が停止、グライダー飛行しようにも無風であったのと、高高度であったのが災いし、彼女は墜死した。定格より出力が出ない状態で過出力を出し続けたためにエンジンがオーバーヒートし、エンストを起こしたのだ。彼女が属していた部隊は結局、この品質不良による出力の低下が原因で反撃出来ぬまま基地を失った。この事例は戦局が悪化する一方の軍としては大問題であり、製造元の長島飛行機へ文句が行った。

「なんで定格出力出ないんだよ!」

「おかしいなぁ……ちょっとその工場を見てきます」

と、技術者が視察に行ったその工場での発動機製造現場はなんと無能な監督官の指示で生産優先の指示が出されていた上に、鋳造の金型が型崩れを起こしていたという散々たる有様。ただちに金型の修理が行われ、その上でエンジンを作ってテストしたら出力回復したとの事だが、これは長島飛行機の体質的問題として軍内の一部で問題視されたが、癒着関係か強くは追求されずじまい。本格的に追求されるのは1944年に地球連邦と国交が出来る時である……。このように、内に問題を抱えた扶桑軍は後方支援態勢が未熟な事とネウロイの強力化と相成って戦線を後退させていった。次第に戦線を交代させる扶桑軍はウィッチを消耗していき、ついには部隊の練度平均化を打ち出した。これは軍の戦力平均化を狙ったものだが、現状に見合っているとは言えない。そこで新三羽烏は連名で上層部に意見具申を行った。それは一箇所に練度の高いウィッチと整備員、機材を集めた『精鋭』部隊を置いて防空に専念させる事。これに参謀本部は紛糾したが、山下奉文や今村均などを筆頭とする良識・改革派からはプロパガンダの側面からの価値も見込んで採用するとの声が高まった。結局、強硬派と改革派の真ん中を取った決定が下され、陸海軍共同で実験部隊という名目で名を挙げたウィッチや整備員、実験武装を扱う部隊として、後日、陸軍側名称、飛行64戦隊が正式に結成された。初代戦隊長は江藤敏子。所属ウィッチは黒江達の意見具申をある程度汲む形で、高練度のウィッチが優先配属された。機材は陸軍側が試作途中のキ43(後の隼)とキ44(鍾馗)。いずれも三羽烏が前年度に行った努力で試作が早まった大戦初期世代機だ。武装もそれ相応の新型だ。





「これがお前の答えか、黒江?」

「はい」

「随分とたいそれた事してくれたな?まぁいい。戦果で上の奴らをギャフンと言わせてやれ。じゃないと承知しないぞ」

「へいへい。了解してますよ、隊長。これで未来を変えたい、いえ、必ず変えて見せます。そのためにここにいるんですから」

「……フッ、変わったな、お前」

「10年近くもウィッチしてりゃこうなりますって」




黒江は江藤に呼び出されると開口一番にこう言ってみせる。『未来を変える』と。それは彼女の強い決意だった。それが仲間や弟子から教わった心と意志で結論づけた事。絶対に諦めないで奇跡を起こそうとする意志はどんな事だって起こせる。未来世界で歴代のニュータイプ達がそうしてきたように。

「随分と捌けたもんだ。加東と穴拭もそんな感じか?」

「ヒガシのやつが年長なんで一番苦労してますよ。私はユニットなり戦闘機なりをただ飛ばしてりゃいいんで楽な方ですよ。穴拭は別の意味で大変だし……」

「ふうん。あとでその辺詳しく話せよ」

「穴拭が知ったら怒りますよ?」

「あいつに負けるほどまだ耄碌してはいないさ」

江藤はいたずら小僧のような、茶目っ気のある笑顔を見せた。黒江にとっては何年かぶりに見る笑顔だ。懐かしくもあり、なんとも言いようのない寂しさも同時に感じる。歴史ではこの後、江藤は御前会議での軍の上層部の醜い争いを目の当たりにして軍を去る決心を固めるのだから……。

(江藤隊長……私達はあなたへの恩に今度こそ報いて見せる。上の連中がなんと言おうが、絶対に仲間を守ってやる。未来で出会う“アイツら”のためにも!だからなのは……、フェイト、箒。私達に力を貸してくれ!お前たちに誇れるようにも……)



――自分たちにできることは、いずれ出会う3人の弟子に恥じないように、この戦いを闘いぬくこと。そして、芳佳や菅野らのような新しい世代のために、彼女らは未知の歴史のドアを開ける――。時に1938年の事である。



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