短編『坂本美緒の珍道記』
(ドラえもん×多重クロス)



――西暦2201年。暗黒星団帝国艦隊が総軍出撃で地球に向かった。それを察知してはいなかった地球連邦だが、万が一の事態に備えての指揮系統のバックアップの準備、政府が制圧されても大統領が直前に命令を出せばゲリラ化して抵抗は事後承認される事になった。そんな世界に初めて足を踏み入れた坂本であった。その最初の行き先は西暦2000年初頭。のび太たちの時代である。その際に起こった経緯を示そう。


「オッス坂本。迎えに来たぜ」

「黒江。その格好どうしたんだ?」

「時代相応の格好だよ。行き先は2000年代だからな。お前の分も買っといてやったぜ」

「なにぃ!?それを着るのか!?自信ないんだが」

「しゃーねーだろ、倫理観とか根本的に違うんだから」

「うーむ。これはズボンで通じるだろ?」

「バッキャロー、パンツだ!……おっと。先方が待ってるからとっとと行くぞー」

「お、おい!ちょっとは心の準備をさせろ〜!」

坂本は黒江に着包み剥がされ、無理矢理、スーツ姿に着替えさせられた。坂本は慣れない服装なためか、ガチガチだ。

「それじゃ自分は坂本を連れて行くんで、よろしくお願いします、中佐」

「頼みます、黒江少佐」

「綾香、坂本をおもちゃにし過ぎないでよ?」

「へいへい」

黒江は、タイムマシンに無理やり坂本を乗せていってしまう。ミーナは大らかな黒江の姿に閉口しつつも、智子同様に坂本を子供扱いするあたりは『遥かに先輩』なのだと言うことを教えている。戦線のウィッチ不足に対応するための苦肉の施策とは言え、本来は引退した世代が再び駆り出される事に複雑な想いを見せるミーナだった。



――とりあえず23世紀型タイムマシンで次元ワープ(幸いにもタイムマシン技術は至宝扱いされていたため、統合戦争の惨禍もくぐり抜け、保持の維持に成功した数少ないひみつ道具技術となった。発展が重ねられた結果、次元跳躍も可能となった)とタイムトラベルを行い、西暦2000年へ到着した。


――西暦2000年

「到着〜!」

のび太の机の引き出しから降りて華麗に着地する黒江。坂本のほうはというと、普通に降りたので、黒江から『芸がないぞ』と言われてしまったそうな。


「いらっしゃい少佐。今日は後輩の人を?」

「ああ、こいつがそうだ」

「坂本美緒。階級は海軍少佐だ。今回はよろしく頼む」

「野比のび太です」

こうして挨拶を交わす坂本とのび太。しかしながら、この後は彼女にはショッキングな出来事が続いた。日本は第二次大戦で敗北し、戦前・戦中の風俗が後世の人間の一部には『愚かな時代の象徴』と嘲笑されている事がここでは史実である事、連合艦隊も第二次大戦で全滅し、海軍のシンボルであった、戦艦大和と武蔵も悲劇的結末を迎えた事が伝えられたからだ。のび太の部屋に置いてあったプラモの箱の解説文に愕然となる坂本。

「そ、そんな……連合艦隊が全滅……!?」

「海軍のおめーには酷だが、大抵の世界じゃ連合艦隊はアメリカとの戦争で負けるんだよ。海軍ご自慢の大和と武蔵も、大艦巨砲主義の敗北の象徴として記録されるんだ。それで数百年は空母と潜水艦の天下だ。うちらと違って、戦艦を使う戦の機会なんて少なくとも宇宙戦艦の時代まで無いしな」

「その通りです。大和も武蔵もそれぞれ坊ノ岬沖海戦とレイテ沖海戦で最期を迎えます。大和は述べ1000機の航空隊に袋叩きにされて、10発以上の高性能魚雷を浴びて転覆、爆沈。武蔵は被雷が25発だったかな?6時間耐えた末に沈没です。その頃には日本軍はもう練度も大きく下がって、制空権確保もままならない状態でしたしね」

「そんな……」

のび太はプラモ作りや出木杉英才から聞いたりして得た知識を坂本へ説明する。日本帝国は工業力が可哀想なほどに無く、品質管理も不全としか言い様がないほどに『辛うじて列強を名乗れているにすぎない』国であった事、追い詰められた末に大博打を打って大負けしまくって、後世の国民から軍隊が恨まれている事……どれも坂本には信じられない事ばかりだ。

「東條や木戸とかのバカ野郎達が大陸戦線でアップアップになってるところを、無理に太平洋に戦線を広げちまったんだよ。だから、陸海軍共にアップアップの状態で戦った。しかも工業力の関係でこっちの新兵器は不調や完成しないのに、向こうは月刊正規空母や日刊飛行機と来てる。数年後の1944年には20隻の大型空母が艦載機付きで雲霞のように襲い掛かってくるようになった。日本帝国のパイロットの質は激戦でダダ下がり。1944年の時点じゃ、開戦時の『大空の支配者』からは程遠い『殻も取れないヒヨコ』にすぎない奴らばかり。そんなのが激戦のおかげで質が上がり、後方バックアップもパーペキなアメリカ軍に勝てると思うか?」

「……」

「案の定、サイパンじゃ、旧態依然としたゼロ戦では最新鋭のヘルキャットに歯が立たずじまい。空母搭載機の498機の過半数が海に消え、母艦群も、大鳳は魚雷一発で轟沈、翔鶴も撃沈。ここに絶対国防圏は崩壊、次のレイテ沖海戦で連合艦隊そのものが壊滅したわけだ」

「そんな馬鹿な……」

「頼みの綱だった紫電改は正式採用が1945年、烈風は試作段階……大多数はゼロ戦や隼を騙し騙し使い続け、海軍も陸軍もB-29の爆撃から本土も守れずじまいでした」

坂本には信じられなかった。零式戦闘機が旧式化して大戦後期には完全に『ハエ同然』の存在と成り果て、その後継者もまともに現れずじまい。さらに爆撃機に本土を蹂躙されたなどとは。しかも科学の発達が、自分が信仰した『練達の士』を否定したのだ。。未来世界の軍人らに、自分の技能の過信を咎められている理由の裏付けがここで取れたわけである。

「こ、これがこの世界の皇国の末路だというのか!?酷すぎる!」

「ああ。とどめに広島と長崎に核爆弾落とされて無条件降伏。皇国は息の根を止められて今に至る。陛下の聖断の遅さをお隠れになった今でも批判されている」

「バカな、陛下にそんな事を!?」

「戦後に天皇の地位の大きさを理解できない連合国では処刑、あるいは退位させる案まで出たが、マックとトルーマン大統領が統治に必要と気づいてそれを封じ込めた。もし処刑したら、日本人全員がゲリラ化して手がつけられない無法地帯化する危険を恐れたからだ。戦前的なこと言えば、この時代じゃ右翼のレッテル張りで疎まれるぞ、気をつけろ」

「……!」

黒江はこの世界の資料を熟読し、更にタイムマシンで調べたりして調べた事を坂本に話す。GHQが行った施策で一夜にして日本は別の国となった事、GHQの施策が日本人を、戦前と別の民族化させてしまった事に憤りを隠せない。そしてこの時代には戦前の価値観を肯定するような事を言えば、異端扱いされてしまうという。太平洋戦争が国民に植えつけた『戦争への恐怖』が解消され始めるのはこの時代よりも後の事だ。

「まるで外国に来た気分だ……同じ国のはずなのに、風景も文化も思想もまるで別の国のようになってるなんて」

「勝てば官軍負ければ賊軍ですよ、少佐。戦争で負けた国は勝った国の好きにされる。歴史も。戦後の日本やドイツ、統合戦争のアメリカがこの好例です。アメリカもあと150年しない内に敗者になりますけど、この時代は戦前の人間には結構辛い未来です。でも、結果的に自衛隊なんて軍事組織ができたんで、多少は報われたと思いますよ。」

「自衛隊?」

「1950年代にアメリカが政策の誤りに気づいて、急遽作らせた軍事組織です。軍隊を名乗らないのは陸軍への国民感情が白眼視されるほど酷かったのに配慮して、防衛用の再軍備を持つことに限定した旧軍の後継組織と言っていい。ただし旧軍の伝統を表立って『受け継いだ』と言えたのは海上自衛隊だけです。海軍関係者は陸軍より政治的立ち回りが上手くて、上手い具合に戦後社会でも地位を維持出来ましたから」

のび太はドラえもんの影響を受けて現実主義者となったところを垣間見せる。自衛隊が設立される課程にはアメリカ政府の思惑を上手く旧軍関係者が利用した経緯をがあるが、陸軍再建は完全には成功しなかった。ドクトリンに至るまで殆どがアメリカ軍式になったからだが、文化は一部引き継ぐ事に成功した。一方の海軍は一部が変わった以外は、ほぼ『帝国海軍』を復活させたに等しい状態で海上自衛隊を造り上げた。坂本は連合国が『自分達の都合で潰した組織を、都合が変わったから復活させた』点を差して『不愉快だ』と言った。『日本人が自分たちの手で再建した』のではないところが坂本には我慢ならないらしい

「坂本、仕方がない事なんだぜ。敗戦国は戦勝国には逆らえない。『次の戦争で勝たない限り』は」

「それはわかっているが……不条理すぎる!」

「それが戦争ってもんだぜ」

「お前……」

黒江は既に、思考が現在人ナイズされているためか、戦争に関しては『割り切っていた』。彼女の順応力が高い故に生じたこの相違に、坂本は一抹の寂しさを滲ませた。実際に坂本は戦争の敗戦という単語が踊ることに縁がなかった。ネウロイへの敗戦は自国国土の蹂躙と消滅を意味するからで、人同士の戦争も随分と行われていなかったからだ。それ故に坂本は黒江の言葉に『怖さ』を感じたのだ。のび太は自らの大冒険の経験から自衛隊に肯定的になっためか、坂本を自衛隊の存在を教えることで慰めた。自衛隊がいることで、軍隊が後世に遺したモノを受け継いでいく者がいるという点では安心したようだ。

「これがこの世界の、この時代での理屈なのか……負けるという事は辛いな……。」

「そうだ。負けた軍隊の末路の一つがこの世界の日本軍だ。陸軍なんて指導者の多くが戦犯認定されて地獄に堕ちていき、組織自体も関東軍の蛮行のせいで、戦後100年近く経っても一般人の認識は『陸軍が諸悪の根源』だぜ?だから言えねーんだよ。こいつらの母さんや親父さんに私が戦中日本の軍人だって。世代的に拒否反応出かねないし、そもそもこっちじゃ、軍に女軍人なんてのは消滅までいなかったからな」

そう。のび太の親世代は1960年代前半生まれ世代で、ちょうど戦争を見てきた子供世代が大人になり、子供を産み始めた時に生を受けた。その時期は陸軍悪玉論が権勢を振るっていたが、その影響でのび助や玉子の世代における、巷での日本陸軍への評価は低く、拒否反応が出かねない。のび太とドラえもんはこの点を重視して、やってきたウィッチ達の内、特に扶桑人のウィッチにはできるだけ『現在人』になりきるように要請しているのだ。

「お前らも色々大変なんだな……」

「穴拭は神社の巫女、ヒガシはジャーナリストと、それぞれ親御さんにはそれっぽいの言ってあるから、お前もなにか考えねーと」

「うーむ……。そうだな……剣道の講師?」

「それじゃ、バイトでもできんだろ……もっとマシなの考えろよ」

「しかしだな……私ができそうなモノといえば……そんなにないぞ。私は子供の頃から、武士(もののふ)以外の生き方はできなかったし。」

「はぁ……若い頃からオメーは体育会系だかんな。今回は一応、『私の高校在学中の後輩だった高校生』という事にしといてやるから、あとで鉄火丼奢れよ?」

「わ、分かった。恩に着る……しかし、このズボンの上にズボンなどとは……気持ち悪いぞ」

「そりゃここじゃパンツだからな?言葉には気をつけろ?お巡りさんの世話になっちまうぞ。あ、コスプレじゃないんだから、いい加減に眼帯は取れよ」

「あ、そうだな。だけど、私は固有魔法が魔眼だしなあ。」

「アイパッチでもしとけ。それとこの時代じゃ陸軍のポカのせいで軍隊より警察のほうが偉い状態でな、軍事裁判も憲法で禁止されてる都合でないから、一般法廷で裁かれる。軍人としちゃ嫌だが、東條のメガネザル野郎のせいで、戦後は軍事裁判そのものが否定されちまってるから仕方がない」

「なんだと!?そんな状態なのか、この国は!?異常だぞ!」

坂本は軍事組織と警察組織の力関係がこの国では逆転している事に驚愕する。そして軍組織内の裁判を否定している事を異常だとハッキリ言った。戦中の人間から言えば、戦後の日本の論理は少なからず異常に見えるらしい。

「所謂、軍事アレルギーってやつですよ、坂本少佐。太平洋戦争の時には陸軍の規律も段々と崩壊していって、東條英機の行った施策が悪い方に作用して、前線部隊で裁判なしで即、死刑にしちゃうケースが多くなったんです。敗戦後、東京裁判で連合側は報復代わりに多数の一般兵士をB級C級戦犯として処刑。とどめにGHQも日本政府も軍人が失脚した後の実権を握った官僚や政治家達が新憲法で軍隊の存在を否定してしまった。だから軍事組織がないんです。しかし、後々に防衛用の軍備の必要性に気づいた。そこで言い訳を立ててGHQの指令で軍事組織を再建した。今の日本はその時の憲法のままで、防衛用の軍事組織がある歪な状態なんです。正式な再軍備は当分先のことですしね」

ドラえもんのいう通り、戦後に軍隊の存在を否定したはずの日本も朝鮮有事に伴って防衛用の軍事組織の必要性に気づいたGHQの指令で『警察予備隊』の名のもとに軍備を再建。それが増強されて、できたのが20世紀末時点での陸海空自衛隊である。日本国憲法制定時の政治家やマッカーサーらの願いとは裏腹に第二次大戦後も戦争は絶えなかったがための措置だが、戦後日本が経済大国化した後に当の米国らの後年の世代、日本が『血を流さない汚い国』という認識を持ってしまう原因となる。その矛盾が学園都市が引き起こした第三次大戦で崩壊し、さらなる時を経て再軍備を果たした時には、日本はその軍事力を背景に地球連邦設立決議に離反した米国を、逆に叩き潰すほどの国家となるのは周知の事実だ。

「トラウマというのは消えないのだな……軍備が悪とされるなんて……」

「それも世代交代が進むまでですよ。100年も経てば人は変わる。そして次の時代になる。それだけです」

「君はリアリストなんだな、ドラえもん君」

「僕は統合戦争終戦前の比較的の平和だった時代のロボットですからね。僕達がいた時代の証は23世紀にはごく僅かにしか残ってないですが、それも現実です」

「僕は口下手ですから。でも時々はいい方向に作用するんですけど」

ドラえもんは度々、現実主義者的な発言で場の空気を凍らせたり、のび太などを落ち込ませる。それは同時に彼が口下手である故に、言葉を取り繕う事をしない表れでもある。ドラえもんの言う通りに時々はのび太を奮起させるのだが……。

「さて、そろそろうちのママが買い物から帰ってくるはずだよ、ドラえもん」

「よし。皆さん。居間に行きましょう。」

野比家の間取りは戦後数十年した後の、高度経済成長期に建てられていた住宅のそれである。元々は借家で、のび助の父の代から借りていたのだが、家主が代替わりした際に安く買い取ったとの事。未来ではのび太が成人する2008年までの間に街の再開発事業で立退き、当時に新築された町内のマンションに引っ越す事が確定しているとの事。居間に全員が座り終えてから数分後、玉子が帰宅した。

「ただいま」

「おかえりなさい。お客さんが来てるからお菓子ない?」

と、のび太が玉子に客人の存在を教える。玉子もこの頃には息子たちの人脈の広さに慣れたようで、耐性がある程度ついていた。なので普通に話が進んだ。

「いらっしゃい、綾香さん。あら?その子は?」

「高校時代の後輩ですよ。コイツが東京に上京したいっていうんで……」

「さ、坂本美緒です。お、お世話になります」(あいたっ!クソッ、舌噛んだ……どうも人を騙すのは性に合わないな)

仕方がない事とは言え、人を騙すのは自分の性に合わないと、坂本は独白する。しかし世界が違う以上はやらなくてはならない。黒江などは口八丁で玉子と語り合っている。ある意味これも凄い。

(若いころからアイツは口が上手くって、ハッタリも効かせられる。扶桑海の時の御前会議の時も『そうだった』……とても私には真似できないな……)

これは実のところ、黒江達が扶桑海事変の歴史を改変した後の帳尻合わせの際のあり得ない『思い出』である。未来世界で揉まれた彼女らが御前会議でハッタリを効かせまくって海軍保守派や強硬派の首魁を罷免させたという。その時のハッタリの効かせ方が匠だったとされ、当時12歳の坂本の心に印象に残ったという記憶が帳尻合わせで『造られた』。地味に歴史の流れにおいて、本来の流れとの合流点での帳尻合わせが行こなわれたのがわかる。

「それじゃ、ゆっくりしていってくださいな」

「え、ええ……」

坂本は柄にもなく緊張したようで、最後はしどろもどろになっていた。黒江はそんな坂本に、『幼い頃』の片鱗を垣間見たらしく、どことなく懐かしい気持ちになる。現在の坂本ではまず見られないレアイベントなのはよく知っているため、こっそりと携帯電話のムービーで撮影しており、後日に友人らに見せたという。無論、恥ずかしい場面を晒された事に憤慨した坂本に追われたものの、飛天御剣流と、御庭番式小太刀二刀流を以って返り討ちにしたとの事。



――玉子が家事のために居間を出て行ったあと、坂本は緊張の糸が切れ、その場に座り込んでため息をつく。

「……ふう〜。これでひとまず切り抜けた……」

「ご苦労さん。これでひとまず第一関門はOK。第二関門が親父さんだ。そこを切り抜ければいい」

「分かった……しかしお前はよくあんなハッタリ効かせられるな?」

「嘘も方便っつーだろ?時にはハッタリ効かせないと欲しいもんも手に入らないし、守りたいものも守れないさ」

「若いころのお前らのようにか…?」

「そーいうこった」

坂本は若き日の黒江達の政治的立ち回りを回想する。御前会議で黒江達がハッタリ効かせまくって上層部の何人かを失脚させたのは、今でも胸がすくのだが、どうしてあそこまで立ちまわれたのか?何故、当時は極秘中の極秘であったはずの大和型戦艦の予定艦名を言い当てて見せたのか?疑問が多い。

「なぁ。あの時からずっと引っかかってるんだが、なんでお前はあの時、未来人みたいな考えしてんだ?それに色々聞きたいことが…」

「あ、ああ。機会があったら話すさ。いずれな」

黒江はこの時、坂本が扶桑海事変後期における自分を朧げにでも覚えていた事、また、自分も扶桑海事変終結後、『その辺の記憶を喪失していた』事を自覚する。彼女らは精神が元の時空に戻っただけなのだが、その時には『何故、自分が激戦地に飛ばされるのか理解できなかった』のも思いだす。

――と、なると、歴史の帳尻合わせは、終戦後から44年までは細かいところは違うにしろ、だいたい改変前に近い経緯を辿った……。違うのはヒガシが欧州に行った位だろうか……。で……あれに繋がる。出来れば思い出したくはねーんだが……クソッタレッ!。



―505統合戦闘航空団基地


「嘘でしょ……?こんな事あっていいの…?こ、こんな…こんな…うわああああああ―――っ!」

黒江は1944年年初当時、505統合戦闘航空団の教官であり、同航空団に在籍していた。ある日、本国への召還命令が下ったために、帰国の途につくはずであった。その矢先、ティターンズの攻撃に遭遇した。そこに広がる悪夢は、黒江が生涯、力を渇望して生きていく姿勢の原点と言えた。教え子たちの死という、これ以上ない残酷な光景を目の当たりにし、慟哭する。教え子の腕を発見し、その場で泣き崩れる黒江。当時は教官として在籍していた、505から本国への召還命令が下ったため、本国への帰国の途につくはずであった。(後の時間軸と異なり、この頃は未来文化に感化されていないため、彼女の言葉遣いはまだ、元来の女性らしさを残したものであった)既に、敵と戦う力を喪失していた彼女、この時ほど、ウィッチのあがりという宿命を呪った事は無かったと、後に述懐する。教え子たちの非業の最期は、後方で教官としてのキャリアを積んでいた黒江にとって、事変よりも忌々しい出来事であった。人員が一人前になったと判断し、離れる事になった矢先の出来事。あの出来事がきっかけで、自分の運命に抗い、ウィッチとして、再び戦うことを選んだのだ。その無力感に苛まれた自分への怒りが、今の彼女を突き動かす原動力となっているのだが、それは同時に『悪夢』でもある。悪夢を振り払うために懸命の努力はしているが、未だに死んでいった部下達のことを夢に見るなど、けして浅くはないトラウマを負ってしまった。この事は『新三羽烏』の他の二人にしか知らせておらず、なのは達やドラえもん達の前では、『おくびにも出さない』。年長者である手前、弱音は吐けないからだ。今の彼女がドラえもんらの知るような、『仲間を守るためなら命を惜しまない』、『子供に好かれ、時には叱るけど、人当たりが良い好人物』となった背景には、自らが味わった悔恨を繰り返させないという、強い決意があったのだ。

「昔はお前を『カッコいいけど、なんか怖い人』と思ったが、こうしてみると、随分、世帯じみてるんだな」

黒江は現在の15歳程度の外見でも、一見して『クールビューティ』的な雰囲気がある。12歳当時の坂本は扶桑海事変時に『なんだか話しかけづらいなぁ』と思っていたらしく、付き合いができた現在に知る『世帯じみている』姿は意外だったようだ。

「まーな。かくいうオメーだって、ミーナ中佐に好かれてるのに気づいてるのかよ?」

「何ぃ!そりゃあいつとは数年来の付き合いだが……そんな馬鹿な。ハッハッハ」

「いや、内心ではカッチョいいお前に惚れちまってるってのは十分考えられる。な、のび太」

「ええ。白井さんや迫水中尉の例もありますからね。コ○ケも脈々とや○い、百合ジャンルが消えないのと一緒で、坂本少佐とかのような人は同姓に好かれるんですよ」

「なんだと……!?し、信じられん」

「穴拭の奴がそれで苦労してるからな。中佐は黒子やハルカのようにあからさまには出さないが、内心ではお前を失うのを恐れていると見える。お前を送り出す時の顔は明らかにそんな感じだった」

「う、うぅ〜む……」

坂本は他人に言われて初めて、ミーナが自分へ抱いている気持ちを自覚した。薄々とは感じていたが、気に止めなかった。しかし面と向かって言われては意識せざるを得ない。

「とりあえず、ここで色々覚えろ。料理には期待してないが」

「なぜそれを!?」

「宮藤から色々聞いたんだよ。まっ、とりあえず頑張れ」

「ぐぬぬ……あ、あいつめ」

芳佳があれこれ喋ったと言われ、ガクリと落ち込む。図星だったが、先輩である黒江の前では、多少は見栄を張りたかったのが分かる。

「それじゃ、この時代の電化製品を説明します。あ、1940年代ににTVってありました?」

「子供の時にベルリン・オリンピックがあったから、それを見た記憶がある。ただし、こっちだとドイツは第二帝政のままだ。ヒトラーとかいう男はこちらにはいるかどうか分からんし、いたとしても別の道に行っているかも知れん」

ウィッチ世界はある意味、第一次世界大戦前の国際秩序が崩壊しなかった世界である。ウラジーミル・レーニンやヨシフ・スターリンらが共産主義革命を引き起こし、ロマノフ王朝を崩壊させることも、ドイツ第二帝政が解体される事も無かった世界である。なのでベルリン・オリンピックは史実と違う意味合いで盛況だった。第二次大戦の勃発で東京オリンピックが延期された(史実と事情が違うために延期)ものの、TVなどの技術は史実通りに開発が進んでおり、カールスラントでは1936年、つまり坂本が12歳ごろに試験放映が開始され、1945年時にはリベリオンで白黒TVが普及している。事が順調に進めば、リベリオンで1950年代には、TVがカラー化されるはずである。坂本は軍人生活をする前に一度、ベルリン・オリンピックの中継を見る機会があったため、TVの存在を理解できた。

「そんじゃつけます」

野比家のTVは1999年当時としても旧型のもので、のび太が幼稚園児であった1993年製である。のび太の父親ののび助は社内の出世コースには乗っている(なんと、36歳にして課長である)ものの、務めている企業が中規模商社なためと、世の中の長年の不景気なためか、収入は飛び抜けていいわけではなく、同年代のサラリーマンの中では中の中程度で落ち着いている。玉子が物持ちが良い性格なためか、最新型に買い換えようとはしていない。

「おおっ!総天然色だぞ黒江!」

「たりねーだ。今の年代考えろよ、21世紀目前なんだぞ?本当なら、私達のひ孫がいたって不思議じゃない年だぜ?陛下だって代替わりしたし」


「そ、そうだな……」

「21世紀には技術革新が起こって、壁掛け型が実用化されるんですが、この時代はブラウン管TVが当たり前だった最後の時代です」

「ブラウン管はいつまであるんだ?」

「ドラえもんが前に調べたんですけど、2011年、つまりあと11年もすれば壁掛け型や非ブラウン管のTVが主流になるそうです」

「ここから11年か……何か寂しいな」

実のところ、学園都市では液晶TVがこの年より数年前に流通しており、オタクの間ではとっくのとうに液晶TVが出回っているのだが、国は体面上、公式には『液晶テレビはまだ実用化できていない』としている。のび太がそこまで触れなかったのは、ややこしいからだ。

「さて、外を案内します。ドラえもん、行くよ」

「OK」

こうして、街を案内するのび太達だが、それはそれでトラブルが続出した。出かける前に坂本が護身用にと、元の世界から胴田貫(日本刀)や南部十四年式拳銃を持ってきてた事が判明したり(もちろん黒江が没収)、『なんでいけないんだ?』というのを、戦後日本の銃刀法違反という理由で収めた。これには坂本はかなりぶーたれたが、お巡りさんのお世話になるわけにはいかないので……。

「警察に捕まるわけにもいかねーだろう。武器は預かっておく」

「あ、ああ。面倒い法律ができたものだな」

と、渋々ながらも了承した。

「のび太君、何故、この時代の人々は私達の時代に連なるものに拒否反応を起こした?それがわからん」

「戦後の時代になって、左翼的な考えが蔓延って、一時は日本も共産主義っていう考えに走ろうとしたんです。資本主義の弊害で無謀な戦争に突っ込んだ恐怖から、戦前から人気があった共産主義が持て囃された。でも日本を自由主義の陣営に組み込みたいアメリカからすれば危険思想だった。それで世論バランスを取ろうとして色々施策をしたけど、アメリカの思惑通りには行かなかった。左寄りの世論が結局主流になっちゃったんです。だから時の政府があなたの時代を思わせるような右寄り施策をしようとすると、その時々の国民に潰される事が、あと10年は続きます。戦前の流行歌も殆ど忘れ去られてます。左寄りの連中にとってあなた達の時代は暗黒期らしいんで……。子どもじみたバカみたいな考えです。その時代の人たちが全員トチ狂ってるみたいに決めつけて……」

「いいのか?そんなこと言って」

「民主主義の世の中ですよ?子供だからって思想を再教育すればいいと思ってるのが、この時代の一部の人間の悪いところです。戦前の思想が生きてれば間違いなく不敬罪で首チョンパなのに、戦うことを批判するのが正しいと思ってる」

「そうそう。戦争なんて外交の結果の一つでしかないっていうのに、『戦争なんて野蛮で、暴力的』なんて頭ごなしにいう輩は僕も嫌いだね。戦争なんて、どっちも正義掲げてやるんですから」

のび太は子供ながら、ドラえもんが現実主義者なのに影響された核心を突く言葉を、坂本に投げかける。坂本が慣れ親しんでいる流行歌も、変革を経たこの時代では忘れ去られて久しいという事実を突きつけると同時に、戦前の日本を否定して、『自分たちは戦前の人間より優れているんだ!』とさえのたまう一部の教師の持つ過激な思想を嫌っていると取れる発言だった。タイムマシンで戦中にも出向いて、人々の暮らしを直接見てきた彼は戦前の人々を『軍国主義に走って自滅した愚か者』と決めつける考えを許せないのだ。のび太のこの考えはタイムマシンで当時を見てきた彼やドラえもん達ならばのものだが、その考えは表に出せない。のび太の担任はともかくも、その他の教師から弾圧を受ける危険性があり、表に出していない。『子供が……戦争を知ったかぶりしやがって!一人前みたいな口を聞くな!黙って大人の言う通りに考えりゃいいんだ!』とさえ言われたケースを、のび太は以前に学校で目撃している。のび太の担任はそんな行為を侮蔑している気骨の有る教師で、のび太とドラえもんに『子供に考える事を放棄させ、大人の考えを押し付ける教育は戦前の軍国主義教育と何ら変わらない。いや、むしろ今のほうがひどいんじゃないかな。何も知らない子供を大人のパペット人形にしようとするからね』と述べているとの事。

「この時代はいいところも多いけど、昔より劣っていると言えるところがこれです」

のび太はそういうと、横断歩道を重い荷物を持って一人で歩く老婆の荷物を後ろから支えてやる。他の若者や大人が関心を見せない中、彼だけが老婆を手伝う。坂本はアメリカナイズされた日本の弊害だと感じ、落胆した。扶桑ではブリタリア文化が数百年間入っているとはいえ、戦国時代以来の『良妻賢母』像が理想とされ、ウィッチを引退した者達の多くは嫁入りし、子孫を残す事が国家的に奨励されてきたからだ。しかし、この時代の日本は公共マナーが低下していると思ったのだろう。しかしこの時代はまだいい方で、2000年代後半では更に低下傾向が見られた。これは良くも悪くも日本人が集団主義を美徳とする風潮から、次第に転換しつつある表れとも取れるが、のび太としては我慢ならないらしい。実際、彼は生涯通して優しさを失わず、孫にも優しい好々爺であったと後の世の野比家の記録に残されている。彼のような者が公共マナーの崩壊を押しとどめる防波堤になっていき、23世紀頃には戦前と戦後の良い所を併せ持つ国民性として新生していく。


「ふう。まったく近頃はこういうのを無視するんだから……」

「君は優しいんだな」

「それがぼくの取り柄ですから。ここが駅前商店街です。ここは割合、少佐の時代に近いです」

「確かに。こういうの見ると安心するよ、どうもコンビニやスーパーマーケットには慣れなくて」

坂本は対面販売が当たり前である1940年代の人間である。そのためセルフ方式であるコンビニやスーパーマーケットに違和感を感じてしまうらしい。しかし慣れればどうということはないとばかりにのび太がスーパーマーケットに入ろうとすると。

「しずかちゃんだ……んんっ!?」

彼の視線の先にはしずかがいた。だが、しずかはなにやらガラの悪い中年男性に因縁をつけられて困り果てているようだ。のび太はこの光景に怒り、しずかを助けようと勇むが、坂本が制する。


「待て!ここは私に任せてくれ」

「少佐」

「ああいう手合のはいつの時代もいる。話してわからんようならのすしかないがな」

坂本はスーツ姿ながらも完全に戦闘モードへ移行したようで、瞬時に鋭い眼光を発する。その眼光は『戦場を生き残った軍人』しか持ち得ぬ修羅のそれ。そして、大人げなく怒鳴りまくっているクレーマーと、完全に怯えているしずかとの間に割って入る形で介入した。坂本の服装は無難なキャリアウーマン風のスーツだが、その美貌と眼光から、周囲の注目を引く。クレーマーも思わず見とれてしまうほどに。

『子供相手に怒鳴るとは……やれやれ。男子の風上にも置けんな』

――周囲の注目は子供をかばう年の頃、20代前半ほどの若い女性に集中する。女優やモデルかと思わせるほどの美貌。それと相反するかのような鋭い眼光。坂本美緒がここで初めて戦闘時の姿をのび太たちの前に見せた。武器はないが、その姿はまさにサムライであった。



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