艦むす奮戦記
第四話


――おおよそ一世紀ぶりに戦時へ突入した日本。世代交代により前大戦を知る者がこの世の者でなくなっていた事もあって、予想よりも国民生活は穏やかであった。
















―― 首相官邸

「総理、予想より国民は整然と生活を送っております。杞憂でしたな」

「前大戦を知る者が既にいなくなって久しいからな。ある意味では良かったよ。これが私の若い時だったら、今頃はマスコミ共や反戦運動のバッシングだ」

官房長官や補佐官らを前にして、総理は言う。21世紀ももうじき半世紀に達するこの時代、戦後しばらくのように、戦争反対と反体制を叫んでいれば『市民運動』と持て囃された風調は日本人の海外進出が進むに連れて消え失せ、今では『防衛戦争もやむなし』というのが国民の認識となった。



「……敗戦後、軍隊は解体予定で、幣原喜重郎もマッカーサーもそのつもりだった。だが、敗戦からそんな経たない内に旧ソ連と冷戦に入った事で、一転して軍隊の存続が至上であるとGHQから指令が出された。当時の政治家らや官僚は軍人を公の場から追放したかったために、軍隊を存続させる憲法改正案に反対した。が、防衛の観点から自国の無力化はまずいと気づき、将来的に国連への参加が出来なくなるのを恐れたためにマッカーサーの施策を受け入れた……。マッカーサーも考えたものだよ。結果的に吉と出たのだから」

「ですな。GHQが軍隊の処遇を一時的に保留しておき、憲法改正案から不戦事項を削った上で与えたのが後々にプラスに働いたのですから、世の中わからんですな」



「当初の案では、たとえ防衛組織を設立しても国民の世論を二部してしまうし、米軍への反発も生じただろう。彼らは日本の経済復興を意図的に遅らせるため、ひいては将来的のに子分としてこき使うのを重視したのだろうが、我々にとっても良い結果を産んだ。こうして二国と正面切って戦える力を持てているのだからな。天佑とはこのことを言うのだろう」

総理大臣はかのダグラス・マッカーサーが軍隊を存続させてくれたおかげで、万が一の事態にも円滑に対応できるし、日本の国際的立場を結果的に良くしてくれた事を天佑だと言った。それは当たらずも遠からずであったが、歴代総理に災害などの有事に即応させられる力を与えてくれたのはプラスに働いた。そしてそれが今、自分の番になった。彼は軍事予算を増やした臨時予算を国会に提出すべく、議事堂に赴いた…。




















――横須賀 

「提督、買いすぎじゃありませんか?」

「久しぶりの休暇なんだ。たまにはいいだろ、加賀」

私は久しぶりに二週間ほどの休暇を取り、県内にある実家へ帰省したのだが、何故か何人かがついてきてしまった。金剛はもちろんだが、雷や電、天龍がついてくるのは納得したが、赤城と加賀までもついてきたのは意外だった。赤城はまだ『食いしん坊』だからと納得できるが、普段クールキャラな振る舞いを見せる加賀が子供みたいに『私も赤城と一緒がいいです〜〜!』とごねる姿に吹いた私は加賀を連れて市内のプラモショップに来ていた。


「お、〜〜ちゃん、今日は女の子連れかい?」

「部隊の部下だよ〜おっちゃん」

このプラモショップは子供の頃からの行きつけで、店主も私の親父が若い頃から店番しており、私も親父に連れられて子供の頃から出入りしていた。なので店主は未だに私を子供の時のアダ名で呼んでいる。私も子供の時からの惰性で「おっちゃん」と呼んでいるが。

(これは『私』……確かに私は間違いなく『世界最強の空母』だった……そう。あの時までは)

加賀は前世の自分を模したプラモデルの箱を手に取って何とも哀しい心情を浮かべる。ミッドウェーで自身が二航戦ものとも、まとめてヨークタウンを始めとする米空母に粉砕されてしまった悪夢がよぎる。色々と調べて分かった『ミッドウェー後の日本海軍航空隊の凋落』も相なって、加賀は赤城たちを守るどころか、赤城や蒼龍を道連れにやられてしまった記憶が多大なトラウマとなっている。今回の改装でも、赤城のいないところで『この装備なら……今度こそ赤城たちを守れる!』とハッスルするのが目撃されており、現在もミッドウェーでの悪夢に苛まれているのが分かる。

「何してるんだ加賀」

「〜〜!て、て、提督!な、何でもないです」

「なんだお前、自分のプラモ買うのか?買うなら後輩のプラモにしてやれよ」

「い、いや、そういうことじゃ……」


加賀は答えに窮する。まさか前世の自分の事を思い出していたとは言えないのか、あたふたして手当たりしだいのプラモを買い物カゴに入れまくって誤魔化している。しかしそんな中でも自分が実際に積んでいた艦載機のプラモを選んでいるが、そんな中に二つだけ彼女の戦没後に就役した戦闘機があった。零戦52型と紫電改である。当てずっぽうで選んだのだが、そこを店主に目撃された。

「あれ、お嬢ちゃんが紫電改なんて買うの?渋いねぇ」

「え、ええ、まぁ……」

加賀はとっさに誤魔化すものの、適当にカゴに入れたものなので、それがどういうものかはわからなかった。とりあえず場を誤魔化すために、船時代の自分や赤城のプラモやガン○ラと一緒に勘定を済ませる。

「お前、ずいぶん買ったなぁ。置き場所どうするんだよ」

「……」

加賀はその事まで頭が回らなかったらしく、我に返った事でようやくそこに気づいた。しかし勢いで買ってしまったので、すぐに組み立てる熱意はない。思わず赤面してプラモの山に顔をうずめる。

「ハハハ、あとで天龍達に手伝ってもらえ。あいつらは上手くやってもらえるさ」

「は、はい」

この時に加賀が衝動買いしてしまったプラモ達は天龍達が組み立ててくれ、ディテールアップもしてくれたという。この時に組み立てられた、かつての姿の自分のプラモは大事に飾られたとか。


















――実家

「かーちゃん、ねーちゃんは?」

「ああ、今日は出張だから割と速いわよ〜」


『私』には母と姉がいる。親父は私が軍に入った時に心筋梗塞で他界した。まだ50代後半だったんだがな……。親父が可愛がっていた犬が遺産だ。私達は両親曰く、『まさかできるとは思ってもみなかった』年齢の時に生まれた子供で、俗にいう高齢出産である。私達の生まれた年代では割と当たり前で、かなり多く、ごく当たり前の家庭だ。子供の頃に親父の仕事の羽振りが悪くなって、祖母が経済的に援助するのを見てきたので、私達兄弟は堅実な職業についた。二つ年上の姉は学校の教諭へ、私は軍隊に入った。軍隊に入ったのは、元々は親父のおかげで決して充実した子供時代を過ごせなかった事への反動もあった。軍隊は福利厚生が手厚く、親父亡き後のかーちゃんの老後を楽にできると思い、 志願した。海軍なのは子供時代にリバイバル上映された某ハリウッド映画に憧れた事も大きいが。

「提督ー」

「ん、どーした金剛」

「この家のトイレ凄いデース!ボタンひとつでなんでもできマース!」

「そっかお前イギリス帰りなんだっけか」

「赤城と加賀の様子は?」

「阿鼻叫喚デース!加賀なんてまたまた腰抜かして大変デス!」


「加賀の奴ったら、見かけによらずメンタル弱いんだから……」

「エセックス級があの時の最良空母に輝いてるのが堪えたんデスヨ……ほらミッドウェーまでの一航戦は紛れも無く世界最強の空母でしたカラ……」

そう。艦娘達の前世は敗戦前の時代である。それ故に現在の電子機器に戸惑う事も多い。中でも最新電子機器の扱いに熱心なのが意外にも戦艦や空母達であった。私が実家のPCから一般向けの艦艇の百科事典サイトにアクセスしてそれぞれの艦の評価を見せると、特に一航戦が阿鼻叫喚の様相になった。赤城と加賀が戦没後に瑞鶴達が相対したエセックス級航空母艦の評価が高いことに加賀はまたも腰を抜かした。最強を自負していただけに、エセックス級が如何な日本空母より評価が高いのは大ショックだったようだ。

「確かにあいつらは大戦後期のこっちの攻撃を避けつけなかったからな。戦闘機の更新もマリアナ沖海戦までには間に合わんかったし、空母戦の敗者の称号はこっちのものになっちまったし……あの時のこっちの防空網はお粗末そのものだったからな。それで?」

「天龍が面倒みてますヨ」

「あいつ、意外に面倒見いいんだな……そいや赤城は?」

「ああ、赤城ならお腹すいたとかでコンビニ弁当をチンしてるネ」

「赤城のやつ……給料の殆ど食費に消えてるんじゃなかろうか」


私の予測通り、赤城は私の部屋でコンビニ弁当をたんまり食っていた。それも大盛りを5杯もである。この時の食いっぷりは電や雷を引かせるほどの凄まじいもの。私が見に行った時には既に食い終えた後で、それをその日の夜に姉に言ったら「ガハハ」と笑い、翌日に私達は大食いチャレンジのラーメン店にみんなを連れて訪れた。赤城と加賀を擁する我々がそんじょそこらの大食いチャレンジに屈する訳はないので、意気揚々と挑んだのだが……。








「て、提督……オレはもうだめだ……」

「ああ、天龍が!しっかりしろ、傷は浅いぞ〜!」

「私ももうダメデス……」

「赤城と加賀は……な、何ぃ!?」

私は驚愕した。あの赤城と加賀を以ってもラーメンは半分しか減っておらず、しかも私達家族を含めて、もはや過半数が脱落しており、金剛も今しがたギブアップした。頼みの綱は赤城達のみだが……その赤城達も苦悶の表情を見せ始めている。





――このラーメン店は赤城と加賀が荒らした定食店の親戚が営むラーメン店で、赤城と加賀の来襲に備え、通常の20倍にラーメンをスケールアップしていたのだ。赤城と加賀と言えどもこれには苦戦を余儀なくされた。濃厚なスープ、多すぎなくらいの具、分厚いチャーシュ……並大抵の人を避けつけないこのラーメン地獄に赤城達も次第に苦悶の表情を見せ始める。


(食べても食べても麺が減らない……それに具が多くて……)

赤城は大食い女王を自負するが、このラーメン地獄の前に苦戦し、腹容量ももはや残り30%を割り込んでいる。箸の速度も目に見えて遅くなっている。店主はカウンターでガッツポーズを取っている。癪だが、屈しざるを得ないのかと諦めかけるが……。

「お待たせしましたお姉さま、提督!」

「そ、その声は比叡!それに……!?」

「話は聞いた。私達も加勢するぞ赤城、それに加賀!」

「あなたはまさか……長門!?」

「フッ……地方隊に着任したてなんだが、居残り組から事情聞いてな。吹っ飛んできたのだ。さぁ、このビックセブンを謳われた私に後は任せろ!」

赤城が驚愕したのも無理はないが、その長身かつストレートロングヘアの女性はなんと連合艦隊旗艦を長らく務めていた長門の転生体だった。赤城と加賀とほぼ同世代の軍艦で、大和型を除けば最強を誇った。その艦もついに転生したというのか。艤装をしていないと普通の美人女性にしか見えない。長門はなんと赤城に代わって席に座ると、凄まじい勢いでラーメンをそそり始めた。加賀に代わり席に陣取った比叡とともに。そして制限時間ギリギリにラーメンをそそり終える。

「……なかなか美味しかったぞ、親父。だが、ちょっとばかり少ないかな?」

「お嬢ちゃんの名を聞いておこう。何者だ!」

「私の名は……フッ、そうだな。『長門』だとだけ言っておこう」






長門は余裕綽々で店主に『吹かしている』。連合艦隊旗艦であった前世を思わせる威風堂々たる物言いである。私は腹の消化が進んだ段階で長門と握手を交わし、艦隊に迎え入れた。こうして無事にラーメンを攻略した私達は無事、家への帰路についた。

「長門、君が来るとは思わなかった」

「何、この程度お安い御用さ。ビックセブンを謳われたこの私にかかればあの程度のラーメンなど軽いものだ。妹が世話になっているしな」

「ん?陸奥はいないが?」

「違う、加賀だよ。アイツはそもそもワシントン軍縮が無ければ私の妹になるはずだったからな……」


「あ〜そうか。八八艦隊の三番目になるはずだったっけアイツ」

「そうだ。実質的には私と陸奥の改良型に当たるから『妹』なのさ」

長門は加賀のことを妹の一人と言った。それはそもそも加賀型戦艦が長門の準同型艦として生まれ出るはずだった経緯から来るものだった。加賀の実妹の土佐は生まれ出る事も叶わずじまいだった事も加賀の性格に影響しているのだと長門は言う。

「アイツは土佐が完成しなかったから一人だった。天城が完成すればアイツも廃棄される予定だったからな……だから似たような経緯がある赤城に懐いてるんだろう」


長門は1920年完成であり、赤城達が建造中の段階の時にはもう就役していた。そのために関東大震災の記憶を持つ。そのため赤城の姉である天城が関東大震災で損傷して廃棄されたのを当時の連合艦隊司令部の幕僚達が話しているのを覚えている。赤城の姉である天城は関東大震災で死に、代わりに加賀が空母になり、生まれた。長門はその経緯を覚えている。赤城に加賀が懐いている理由を『互いに姉妹を何かかしらの理由で失っている』からこそ共感できる何かがあるのだと。

「確かにな……そうなると信濃とかが来たらどうなるんだろうな……」

「雪風に愚痴言いまくるだろうな……。ほらアイツ仕事しなかっただろ」

「連合艦隊司令部や、阿部大佐のミスもあると思うが、あれ酷かったもんなぁ」

長門は大和型の末妹で、空母になった信濃が処女航海以前の段階で戦没した事で、信濃は護衛を務めていた雪風に愚痴をこぼしまくるだろうと踏む。連合艦隊司令部のミスもあるが、信濃に取っては『護衛が仕事しなかった』事で、恨みを持っているのは容易に想像できる。

「しかし、納得出来ない事がある。今では私がマイナーな戦艦というのはどういう事だ!?あの時は確かに子供たちに一番人気の軍艦だったんだぞー!」

「しょうがないだろー某古典SFアニメのおかげで大和はすっかり国民的人気者になってるんだし。戦後の軍艦プラモデルの堅実な売れ筋なんだぞ」


「私だって連合艦隊旗艦してたのにぃ〜〜!なんでいつも大和ばっかりなんだぁぁぁ〜〜っ!」

「だって大和、世界最強の箔持ってたし……お前はビキニの時しか真価見せてないし……」

「ぐぬぬぬぬぬ……レイテの時は大和と一緒にいて、落伍しなかったのにぃ……アイオワやミズーリに一発かましたい〜!」

長門は就役当時は世界最大・最高速・最強の三拍子揃った戦艦で、現在で言えばフォード級空母に相当しうる価値の軍艦であった。その自負は大きいようで、戦後に自らの後継者である大和が世界最強の座と人気を欲しいままにしている事に嫉妬しているようだった。しかし長門がアイオワやミズーリなどと殴り合って勝てるかは微妙であると軍事評論でよく見られる評論である。艦娘となった現在でもアイオワ達と殴り合ってみたいという気持ちを持ち続けているようだ。

「お前なぁ……」

私はそんな子供っぽい願望と対抗心を持つ長門に微笑ましさを感じた。そして休暇明けに長門を第二艦隊旗艦に任じた。長門当人は「何故私が第一艦隊ではない!?」と憤慨したが、長門自身の練度の問題も鑑みての判断だった。後に長門が着任したことは大ニュースとなって報じられた。








――『連合艦隊旗艦であった戦艦長門、転生さる』

このニュースは週刊誌やゴシップ誌などにも取り上げられた。戦前日本の国威発揚の象徴であった長門の編入は左派にとっては大問題で、またも国会で野党の軍への揚げ足取りに使われたが、総理の『長門くらいで文句言ってたら、今後、大和や武蔵が来たらどうするつもりなんです?』との一言で沈静化した。大和と武蔵の国民的人気ぶりは彼らもよく知っているため、逆に与党の野党批判に使われるのを恐れたのだ。長門自身も『なんで私が来ただけで国会が紛糾するのだ!?』と嘆いたとか。だが、一見してクールビューティーに見える長門の意外な一面は子供好きかつ、甘党なことだった。これは後に判明したが、着任前に某大手コンビニチェーンのアイスクリームを買い占めていたという情報に目をつけた上層部の指令による広報活動の一環で、赤城らとともにスィーツ系の大食い大会に顔出しし、賞金を掻っ攫う『大食い大会荒らし』としてTV番組に出演していった。そのおかげで入手可能な資材量が増え、やりくりも少し楽になった。ビックセブン万歳!



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