― かつてナチス・ドイツは世界に戦いを挑んだ。尻馬に乗った日本はドイツと共に最後まで戦った形で敗戦を迎え、
イタリアは真っ先に敗北し、裏切りに近い形で連合国についた。
だが、当時の同盟国が消え、ナチスそのものも滅んだと言われる、
1945年以降もナチズムは生き続けた。
同盟国の大日本帝国が連合国が造った日本国に取って代わられ、
国民自体もそれを良しとしたのとは対照的にナチスとその思想はその後も延々と続いた。
その事を八神はやては歴代の仮面ライダー達から知らされ、愕然としていた。

−新暦75年 ミッドチルダ 某所

「アイツらがナチスの生き残り……!?んなアホな……ナチスは70年近く前に……」

はやてには信じられなかった。第二次大戦は彼女にとっては大昔の事。ナチス自体もはやてから見れば100年近く前に勃興し、
滅んだ時からでも70年ほどの歳月が経過している。そんな`過去`の亡霊がミッドチルダに現れた事自体、常識はずれだからだ。

「……いいや奴らは滅んじゃあいねえ。見ただろ?あの降下猟兵達を」
「なんでや!?たとえナチスの軍人が戦後の追求から逃げおおせたとしても、
私らの時代にはもうヨボヨボのジイさんになっとるはずや!?なんであんなに若いんや!!」
「……奴らはもう普通の人間じゃねえのさ。吸血鬼、あるいは改造人間になってるからな」
「んなっ……!?」

カブトローを運転しながらストロンガーはナチスの亡霊達が何故存在するのか説明する。
彼らはナチスが長年にわたって研究してきた技術によって`人為的な吸血鬼化`を行うか、改造人間となって機械の体を手に入れた。
彼らは老い果てた肉体に別れを告げ、最盛期の頃の姿、もしくは気力がまだ充実していた時代の姿を再び手にした事を意味していた。

−現に襲撃してきたドイツ兵達は`見かけ`の年齢は10代〜30代程度に見えた。
実際はそれより遥かに年を取っているんやけど、
見事なまでに統制された作戦行動は私らの時代の自衛隊がお遊戯に見える程やった……。
これが初めて近代的電撃戦を実践したって言う軍隊なんやな……。

 

時空管理局はミッドチルダ政府にとっての事実上の国軍的な一面を有する。当然ながら兵法などは目を通す機会があり、
はやては指揮官の責務を負うのでその方面の資料は目を通していた。
その中には地球の軍隊関連のものもあり、ナチス・ドイツ−ドイツ国防軍−が何故緒戦で連合国を圧倒する強さを見せたのか、
その強さはどこにあるのかは本で見て知っているつもりであったはやてであったが、実際に相対してみると分かる。
兵士たちの服装こそアフリカ戦線・西部戦線・東部戦線や空軍などが入り交じり、てんでバラバラだが、
兵士たちの統制は取れているし、火力集中や戦車による戦線突破……ドイツ軍必勝のドクトリン「近代電撃戦」そのものだ。

「あいつらは何をミッドチルダでしようっていうんや……」
「`ポーランド侵攻`やフランス侵攻`だろうよ」
「ならこれはダンケルクの戦いやね。さしずめ私らはダイナモ作戦の時の連合国軍やな」

はやてはナチスがミッドチルダ首都を降下猟兵などの電撃的侵攻で制圧しようとするなら、撤退しようとする自分達はダイナモ作戦の時の連合国軍であると言った。
そうなれば今は多くの局員を逃がすことが自分の役割だと悟ったのだろう。
それを聞いたストロンガーは自身の通信を時空管理局の通信回線に割り込む形で繋ぎ、はやての意志を伝えた。

『今戦っている時空管理局の局員へ。八神はやてから伝言だ。`局員は直ちに撤退し、取り敢えず北部へ向かえ`。繰り返す、北部へ向かえだ!』

今制圧されようとしているのはミッドチルダ中央区間にある首都だ。その他の区間には手は及んでいない。
そう感づいたはやてはストロンガーを通して、
(念話では妨害の可能性もあるので、オーバーテクノロジーである仮面ライダー達のテレパシーに近い通信を介して伝える必要があった)意志を伝える。
それは直ちに伝わり、半信半疑ながらも撤退していく局員が出始めていた。

「普通に考えればお前のやったことは越権行為だ。だが……こう言う場合はしょうがねえのは事実だ」
「うん。それはわかってる。だけど……
佐官以上の士官がほとんどやられた以上、
この場で命令できるのは二等陸佐の私だけや。後でどう処罰されようが……今は……」

はやては少しでも多くの命を助けたかったのだ。死した仲間が`アンデッド`、`リヴィングデッド`とも形容される食屍鬼となったり、
改造人間の被験体になるのは忍びないし、戦いたくは無かった。だからこれ以上の戦死者を出す前に撤退命令を出したのだ。

 

一介の二等陸佐(中佐)の権限を考えれば越権行為であり、上層部の逆鱗に触れれば懲罰ものだ。
だが、それを咎める者は誰もいなかった。生き延びることが最大の目的と化していたからだ。
それに上層部そのものが襲撃によりほとんどが死亡し、体をなしていなかった。
奇しくもはやてはこの命令により戦後に`英雄`として祭上げられる事になる……。

 

 

 

 

 

―YF−29デュランダル。VF−25の設計を流用しながらも、
前進翼の採用と4発のエンジンによって全く異なる印象を与える同機は歴代の可変戦闘機(バルキリー)を遙かに凌ぐ超高性能を誇り、
連邦宇宙軍が最も期待を寄せる次世代機(2200年代にはVF−25は現行世代になっている)で、
いわうる`決戦機`的な扱いとなっていた。本格投入は対バジュラ戦には間に合わなかったが、
暗黒星団帝国に対しての絶対的な制空権確保が期待されている。その機体の内の試作機の一機がミッドチルダにて秘匿されていた。

黒江綾香が持ち込み、ミッドチルダ(時空管理局の黙認)で極秘に飛行試験が行われていたからだ。
彼女は仮面ライダーストロンガーからの連絡で動乱のミッドチルダに足を運び、同機を再起動させた。
敵はナチス・ドイツの歴戦の猛者共。いくらあの2人が性能がいいバルキリーに乗っていようが、場数は圧倒的に敵に部があるし、
搭乗員としての技量も分が悪く、彼らと渡り合うには未熟だ。

「……撃退くらいなら出来るだろう。さて、行くか」

 

−VF−19`エクスカリバー`を駆って空中戦に臨んだなのはだったが、ナチスの誇ったエース「ヴァルター・ノヴォトニー」の前に窮地に陥っていた。

「……捉えきれないっ……!」

必死に操縦桿を操作して敵機の撃ったミサイルを回避する。その手には冷や汗が吹き出ている。
一歩間違えれば撃墜される。実戦の感覚、緊張感は久しぶりだが、ここまで心胆を寒かしめられるのは初めてだ。
しかもヴァルター・ノヴォトニーといえば史上初のジェット戦闘機部隊指揮官で、
`戦死`までに258機もの撃墜スコアをたたき出した
(これはモビルスーツや可変戦闘機の時代が訪れた2190年代でも色褪せないスコアである)凄まじいエースパイロット。
機体に性能差(AVFとVF−2SS バルキリーUとでは相当な差があり、
しかもバルキリーUは大気圏用に最適化されてはいない設計である)があるのにも関わらず、
技量の差か、敵機をガンポットの照準に捉えることが一度足りとも出来ず、逆に翻弄されてしまっている。

「なのはっ!!」

VF−22を駆るフェイトはなのはの援護に向かうが、彼女にも敵機が立ちふさがる。
それはバルキリーUとは完全に別世代の可変戦闘機。
別世界の2090年代最新最強の可変戦闘機「VA−1SS メタルサイレーン」と呼ばれる物。外観は機首が鋭角さを感じさせるもので、SFメカ的な印象をうける。
パイロットはこれまたナチス空軍の誇るエースであった。

「おっと!可愛い`お嬢ちゃん`の相手は俺だ」
「……邪魔をしないで!!私は……!」
「戦いに邪魔も糞もあるか。戦争の腹ワタってのを甘く見ていると見える。俺はエーリッヒ・ルドルファー。元ドイツ空軍少佐だ。お嬢ちゃんに空中戦を教えてやる」

−エーリッヒ・ルドルファー。彼もかつてのドイツ空軍が誇ったエースパイロット。
戦後も存命したエースパイロットの中でも長寿であった男。撃墜スコアは222機。東部戦線で17分間に13機を撃墜した記録を持つ。
その彼は別世界で`老い`を捨て、最盛期の肉体を持って戦いの空に舞い戻ることを選択。残党に合流した。その彼がフェイトの前に立ち塞がったのだ。

彼は見事な操縦でフェイトのVF−22を翻弄する。防戦一方のフェイトは反撃さえままならない。

(くっ!私だってバジュラとの戦いを生き残ったのにっ……!これがWWUの撃墜王の力!?)

ヘッドアップディスプレイの表示する高度に気をつけながらフェイトはシュトゥルムフォーゲルUを必死に操る。
やっていることはもはや魔法少女でなく、`戦闘機乗り`の所業だ。
`兄`や`母`が見たらなんというのだろう。ただ言えることは一つ。空をとぶことに魔法の翼か、鋼の翼かどうかは関係ない。
ミッドチルダの空に広がるのはそんな光景だった。

−そして戦場に新たな機体が介入する。

「あ、あれはデュランダル……綾香さん!?」

なのはは思わずそう叫んでいた。
彼女の視界に写る「斜矢印」のマーキングがなされた垂直尾翼のバルキリーこそ「魔のクロエ」として恐れられた彼女らの師の一人の駆る最新鋭可変戦闘機
「YF−29 デュランダル」。その試作機の一機。

「下がってろ、なのは!!」

瞬時にバトロイド形態に変形し、彼女専用にお誂えられた武装の`AK/VF-M10`雷切`
(バルキリー用に作られた日本刀。アサルトナイフの技術を日本刀に応用して作られていた試作兵器を黒江が工廠の協力で打ち直した。
名前は立花道雪の伝説に因むとの事)を構えてメタルサイレーンに突撃する。

「ほう。いいだろうこちらも本気でいかせてもらおう」

メタルサイレーンも変形し、ガンドロイドモードと呼ばれるものになる。なのは達の常識で言えば`強攻型`にあたる形態だ。

−勝負はまだまだこれからだ。

そう言わんばかりに黒江はバトロイドを吶喊させた。

 

 

ちなみに彼らナチのエースパイロットは空軍所属である。そのためVFは空軍の所轄物としてナチの間では扱われており、
海軍の将兵はVFを羨望していた。何せ彼ら海軍の主力戦闘機は「Bf109T」と「Me 262HG2」で、
第二次世界大戦中とそれほど代わり映えしない陣容。ナチス・ドイツ時代のエースパイロットは
第二次大戦時に海軍が空母を有さなかった世界のほうが多かったので、全員が空軍の人間であるのが
海軍航空隊から羨ましがられる要因であった。

 

VF同士の戦闘は古くは一年戦争前の連邦軍内の旧ワルシャワ条約機構系の派閥と旧NATO諸国系派閥の衝突である
「マヤン島事変」にてSV-51とVF-0の空戦で確認されている。現在、行われているのは全く同じ機種を祖としながら
全く異なる進化を遂げた機種の空戦。VF-2SSとVA−1SS、VF-19&VF-22、YF-29。2対3という数的劣勢ながらも対等に渡り合う
あたりは最も大規模空戦が起こった第二次大戦を生きたエースの腕の見せ所といったところか。

なのははVF-19Sの機動性でVF-2SSの後ろを取ったが、レーダーに小型の反応が表れ、そこからの攻撃を慌てて
急旋回で避ける。

「!?な、何なの〜!?」
「落ち着け!!あれはゴースト……いやそれより小型……!?」

なのはのVF-19Sを攻撃したのはVF-2SS独自の装備「スクアイアー」であった。
ヴァルター・ノヴォトニーはVF-2SSの機体特性が大気圏内ではVF-1から同じく分岐して発展したシリーズ相手には不利であること
を知っていたので装備選択の際にこの装備を選んでいたのだ。
「スクアイアー」とはゴーストに類似する攻撃機の事を指し、それを随伴させて本体を援護させる事ができる。
それは5機までの遠隔操作が可能であり、RVF-25に類似するシステムを備えている。
それでなのはを攻撃、撹乱したのだ。

次の瞬間、VF-2SSがおもむろにバトロイド形態に変形し、ガンポッド、ミサイルを一斉射する。
その弾雨は凄まじいの一言。ガンポッドの形状は角張っており、VF-19などと趣を異にしている。
これはレールガン式であるゆえで、同じくバトロイドとなっていたVF-19のシールドは数発の直撃で穴ぼこにされる。

「嘘っ!?たった数発でこんな威力が…!」

ボロボロのシールドを投棄し、その分重量が軽くなったエクスカリバーは変形し、すぐに離脱するが、何箇所も被弾する。

さて、YF-29の黒江は。

「ホレホレホレ!!」
「おおおおっ!?」

メタルサイレーンの「プラズマスピア」の連続攻撃を避けることで精一杯であり、日本刀で斬りかかるどころではない。

(くそっ……懐に飛び込めないっ!!飛び込めれば勝機はあるんだが……)

槍で突かれていては刀を振るう隙がない。戦国時代には日本刀はサブウェポンであり、メインウェポンは槍だという事を
聞いたことがあるが、正にその通りである。メタルサイレーンはファイター形状での速度もYF-29に追従可能なほどで、
AVFに引けを取らない飛行能力を備えており、ファイター形状で引き離す事は難しい。外見は他のVFと比べるとSFメカのようだが、
性能は第一線で通用するレベルのようだ。

 

「チィッ、隙がない!」
「フロイライン、その程度で俺に勝とうなんぞ100年早いぜ」
「くそぉぉっ!」

黒江はとっさにYF-29に持たせた日本刀を居合で振るう。これが精一杯の反撃であった。メタルサイレーン側も驚異的反応を見せたので、
機体にかすり傷をつけた程度であった。

 

 

 

エーリッヒ・ルドルファーは黒江綾香の駆る「YF-29`デュランダル`」の攻撃を「プラズマスピア」を用いて巧み翻弄、
一定時間これで時間を稼ぎ、制空権を確保した。性能の差を覆すほどに練度の差はやはり大きかったのだ。

「こちらエーリッヒ・ルドルファー、敵を撤退させた。これより帰還する」
「了解」

彼の「VA−1SS メタルサイレーン」には目立った傷はない。
辛うじて白兵戦で「YF−29 デュランダル」の繰り出した日本刀で付けられた掠り傷がある程度だ。彼は久々の空戦を`楽しんだ`事に満足気だ。

「戦後は民間航空会社で飛んで余生を送ったが、やはり戦闘機乗りとして飛ぶに限るよ」
「そうか。俺は若いままで向こうで飛んでたから分からんが、そうだろうな」

ヴァルター・ノヴォトニーにエーリッヒ・ルドルファーはこう漏らす。
ルドルファーは20代(容姿的には24、5であった1941〜42年頃の姿。生年月日が1917年なので)の姿に戻るまでは、
90代のヨボヨボの老人であった。
既に隠居した身であり、本人も認めるほどの`ヨボヨボじじい`。
元ナチ軍人なので祖国であったドイツに戻れば後ろ指を指されかねない状況。
彼はナチスそのものは好かなかったが、戦後のドイツの政治的姿勢には嫌悪感を持っていた。
当時の国民にはヒトラーやゲッベルスの巧みなプロパガンダがあったとは言え、
第二帝政の失墜とワイマール体制への失望がナチスへの期待になったのを知っていた。
それを忘れて`悪行`だけを取り上げて、あの当時のことを批判するのに彼は嫌気が指していた。

2010年頃のある日の事。既に余生を送るだけであった彼の元を訪れた一人の男がいた。
の男の名は「ヴァルター・クルピンスキー」。
日本ではハンス・ルーデルが戦後にトラブルに巻き込んでしまったドイツ連邦軍の高官で有名な人物。
彼は戦後も軍人として生きて、彼から見て、もうずいぶん前に死んだはずの人間だ。

「なんの用だね`大尉`。あの世から私を迎えに来たのかね」

ルドルファーはヴァルター・クルピンスキーが往年の若かれし頃の容姿とナチス・ドイツ時代の軍服姿で現れたのでこう言った。
彼はクルピンスキーのナチス時代の階級が大尉であったので、大尉と呼んだ。
幽霊だろうと思ったのか、`天国か地獄のお迎え`に来たのかと問いた。すると彼は否定した。
きちんと二本足があるので幽霊ではないと告げて。

「いえ、お迎えに上がったのは確かですが、違いますよ`少佐殿`。私は生きています」
「では何故そんな姿なのだ?君とて、生きていれば私同様の年齢のはずだが」
「死は偽装ですよ。元部下たちに命じて私にそっくりな人形を棺桶に入れさせたのです。
私はその間に国防軍の生き残りと合流し、老いた体を捨てた。それだけですよ」
「ゴシップ誌とかでよく見るネタだが……」
「ええ、私も最初はそう思ってました。私の場合はハインリヒ・エールラー少佐殿からの誘いだったんですがね」
「何、極北のエースだと……戦死したと聞いていたが……」
「彼の場合は突入の瞬間に別の次元に飛ばされたからだとか聞いていますが……私も今の少佐殿と同じ気持ちでした」

それはドイツ国防軍の生き残りの規模の大きさを物語っていた。日本で`ショッカー`やデストロン`などと言われている組織はその一分である。
そして往年の逸材達をその手に収めていたことも。

「私はサイボーグになる形でこの姿に戻りました。どうです少佐殿、そんな老いた体を捨てて空へ戻りませんか。あの時の姿で」
「どうせ残り少い命だと思っていたが……いいだろう」

こうして彼は老い果てた後も心の奥でくすぶっていた`戦闘機乗り`としての血潮を滾らせるようにヴァルター・クルピンスキーの誘いに乗り、
残党へ馳せ参じた。彼は若返りの際にサイボーグとなる選択肢(吸血鬼は好かないとの事)をとった。
それからしばらくした後に`上層部`より今回のミッドチルダ攻撃部隊の空戦部隊の一員として選抜されてここにいる訳である。

「久しぶりに楽しめた。お前だってそうだろ」
「まあな」

2人は`聖王のゆりかご`へ帰還していく。凱歌とともに。そして眼下では1942年以降、久しぶりの勝利に喜ぶ兵たちの姿が見える。
ドイツ国旗と国防軍の軍旗が時空管理局地上本部の建物や`機動六課`隊舎などの重要な建物群に翻っている。
時空管理局からかなりの裏切り者が出たのだろう。中には時空管理局の制服を着た連中が一緒に酒を酌み交わす姿もある。
ある意味奇妙な光景だ。

「これでミッドチルダの首都は我々の手に墜ちた。さてどう出るかな機動六課」

2人は機動六課の行動を注意しつつ帰途についた。彼らの楽しみとも言える敵との再戦を心待ちにするかのように。

 

 

 

 

 

 

 

−なのはたちは編隊を組みながら撤退していた。敗北した地上本部所属の魔道師達の列の上を飛びながら敗北の悔しさを噛締めていた。

「くっ……負けた。私たちが……!」

悔しさを顕にし、被弾でファストパックを失ったVF−19を操縦するなのは。一番損傷箇所が多く、機体装甲にはガンポッドの弾丸が命中した弾痕がくっきりある。フェイトの機体もなのはほどでは無いが、被弾の後が残る。ほぼ無傷なのは白兵戦を闘った黒江のデュランダルだけだ。

「負け戦の後っていうのはこういうもんだ……。私も長い軍人生活で何度も味わったが……悔しさや怒り……そういう気持ちが心を押しつぶしそうになる。堪え切れるもんじゃない」
「綾香さん……」

黒江は感情的になるなのはの気持ちを肯定する。彼女も長い軍人生活の中で`敗北`を味わったのは一度や二度ではない。今のなのはのように声を荒らげた事も多い。泣きそうになったのも数知れない。部下を守れなかった時やヤケクソで特攻する陸戦部隊を止められなかった時……こうした経験の時の感情が今の言葉となって表れたのだろう。そこに多少なりとも救いとなる知らせが舞い込む。

『こちらZX。機動六課の残りのメンバーを保護した』
『本当ですか!?』
『ああ。男の子と女の子だ。その子らを乗せて北部へ向かっている』

フェイトにライダーZXからの通信がはいる。それはエリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエが無事である事を示していた。フェイトはその知らせに安堵し、なのはたちにも伝える。

『君たちも北部へ向かってくれ。はやての指示で残存部隊が向かっている。そこで落ち合おう』
『了解』

フェイトは今の通信の内容を2人に伝える。2人はその知らせに表情を明るくし、互いに喜び合った。黒江はいざ、撤退する部隊と合流すべく編隊の進路を北部へ向けた。

 

 

 

 

 

 

−日本には大和型戦艦という、かつて水上打撃艦の頂点に立った船があった。大和とその姉妹艦の武蔵はアウトレンジ戦法を行うのを視野にいれて造られていた。
では、時空管理局はどうだろうか。
基本的に相手の船を視界外からアウトレンジするような艦隊戦は数百年前の旧体制時の最終戦争以来、行っていない。
当然ながらそれ以後に建造された艦船は組織がクリーンな力の魔力を主体に再構築された結果、他国の軍隊にとっては`警備船`か`護衛艦`レベルの武装しか施されていないし、
艦隊決戦の戦闘ノウハウも殆どないか、失われた。
そこが百戦錬磨のナチス・ドイツ軍残党にここまで浸け込まれた要因の一つである。
なのはとフェイトは「せめて一隻でも`戦艦`という艦種が管理局にあれば……」という気持ちであった。

「本局は何をやっている?敵はたかが戦艦一隻なんだぞ」

黒江綾香は首都をいいようにされているのにも関わらず、何ら動きを見せない時空管理局本局を詰った。
本土が蹂躙されているというのに何ら手段も講じないというのは、地上を見捨てた以外の何物でもないからだ。
それに対し、なのはは本局が動かない要因にナチスが見せた`長距離打撃兵器`であるV1飛行爆弾や`V2ロケット`があると推測した。
巡航ミサイルや大陸間弾道ミサイルの祖であるそれらは当然改良が施されているのだろうから、あの様な凄まじい命中精度を発揮した
管理局艦船は一度、アウトレンジされれば脆い。切り札の`アルカンシェル`はチャージに時間がかかる。その間に砲撃なりフリッツXなりを撃ちこまれてはたまらない。

「たぶんV1やV2の威力に怖じ気付いたんでしょう。召喚竜さえ数発で沈黙させられる質量兵器なんて数百年間見てなかったでしょうし、
艦船はまともなアウトレンジ戦を戦えないとなれは……」
「……要するに本局は腑抜けと言うわけか…………これなら長門や大和とかを持ってきたほうがまだ宛になるぞ」
「でしょうね」

黒江は管理局が軍隊との艦隊戦を戦えないというならまだ自分達の世界の戦艦を連れてきた方がまだマシだと溜息をつく。

―私の時代の……どの世界でも一度は世界最強と謳われた連合艦隊の名だたる戦艦群なら聖王のゆりかごにも痛打を与えられるだろうが、
WW2当時の戦艦なので限界はある。それがあればマシと思えるほどなのだろうか?まったく……

黒江はそう思わずにはいられなかった。だが、なのははさらにミッドチルダに伝わる伝説も本局を恐れさせるのではないかとも付け加えた。

 

「伝説?」
「私も伝え聞いたことしかないんですが、
数百年ほど前の旧体制が崩壊した戦争で`聖王の元、世界を席巻した`というのが伝承に残っています。
たぶん本局の上はそれを……」
「そんな代物なら旧体制下の質量兵器に関する資料にあるはずだ。
`無限書庫`で厳重に保管されているはずなのに何故調べない?」

無限書庫とは、ミッドチルダの持つデータベースで、巨大な図書館とも言うべき施設。黒江は簡単に言うが、
無限書庫は時空管理局もその膨大な情報量に長年持て余す状況が続いたのだ。まともに運用できるようになったのは最近のことだ。

「無理ですよ。無限書庫は最近になってやっとひとまずの運用ができるようになったんですよ?旧体制の機密書類なんてどこにあるかは……」
(あるんだろうけど、時間もかかるし……、あと、ユーノ君が過労で死んじゃうよぉ〜!)

「そ、そうか……。だけどこのままじゃヤバイぞ。どうするつもりだよお偉いさん方は」
「今、実権を持つ連中の三分の一は最初から質量兵器を嫌う教育を受けた世代ですからね……。初期に活躍した世代ならいざ知らず……」
「まるで末期の江戸幕府みたいだ。鎖国やってんじゃないんだぞ」

黒江は時空管理局の通常兵器へのアレルギーによる思考の硬直性を例えるのに、多くの世界に存在した`江戸幕府`を引き合いに出した。
江戸幕府は結局開府から260年の間の時勢の変化に適応できずに明治政府に取って代わられた。
黒江の世界の織田政権が柔軟に近代化、発展したのとはエライ違いだが、江戸幕府にしても、管理局にしても一つの事柄は中々変えられない証明であった。

 

「ゆりかごを恐れるってのは分からんでもない。23世紀じゃ大和と武蔵の実力は伝説じみて伝わってるからな。
だが、弱点もあるはずだ。大和や武蔵とてあったんだ。揺りかごにないはずがない」

23世紀ではかつて栄華を誇った日本連合艦隊の最後にして最強の戦艦「大和型戦艦」は伝説化している。
大和を回収・改造した「宇宙戦艦ヤマト」が地球の希望の象徴として君臨しているのがそれに輪をかけている面があるが、
ヤマトの活躍はそれの元になった大和型戦艦の優秀性が忍ばれるとされているが、実際には弱点も多い艦であったのは有名な話。
ゆりかごにだって弱点はあるはず。そう黒江は結論付ける。だが、それがわかれば苦労しないのだ。

 

「たしかあの艦には……ヴィヴィオが……まさか……」

なのははゆりかごに囚われの身となり、おそらくはあの艦の何らかのキーとして利用されているだろう女の子-ヴィヴィオ-の事が気がかりだった。
あの襲撃のドタバタで拉致されたのは分かるが、何故……と疑問が浮かび上がる。
軍人(歴史改変後のなのはは11歳の頃から地球連邦軍人のまま)となって久しい、歴史改変後の今なら朧気ながら理由は分かる。

「たぶんな。だが助けるにはあの人外共の巣窟に入るしか無い。それでもお前は助けに行く。そうだろう?」
「はい」
「そういうと思った、昔からお前は`思い込んだら突き進むタイプ`だからな」

「でもその前に地上をなんとかしないと……」
「それはそうだけど……」

フェイトはその点多少冷静である。黒江はなのはのストッパーのような役割を果たすフェイトに安堵しつも、指示を伝える。それは彼女の決断でもあった。

「フェイト、動けるようになったらすぐに私の世界に行け。先方への用件は私から伝えておく」
「分かりました。でもどこに?」
「アフリカだ」
「アフリカに?」
「そこに私の戦友のヒガシ……加東圭子がいる。アイツを通せばすぐに地球連邦にも伝わるだろう。それにお前達のよくしってる奴もそこにいる」
「……?それってどういう事ですか?」
「会えば分かる」

その言語通り、フェイトは時空管理局の地上本部の疎開が行われる最中に仮面ライダーZXの護衛のもと、1945年のアフリカに赴く。黒江の言葉の意味もそこで判明した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-後日、避難完了した機動六課の宿舎で八神はやては頭を悩ませていた。
それは自分が最も『実戦経験』が浅いという点。
昨日に`帰還`したスバル・ナカジマからの報告であの世界での`事件`と戦争になのはと共に深く関わった陸戦魔導師が実はスバルであったことと、
なのはとフェイトとはタイムパラドックスなどの関係もあるが、
なのは達が11歳時には既に`面識`があり、なのはとは姉妹のような関係を築いていた事などが報告された。
さらに帰還時にスバルは`地球連邦軍 特務少尉`(帰還する直前に任官された)の身分を得ていたらしい。
加えての`豊富な実戦経験`。経験がなければ実戦で適切な指示を出すことは難しい。
その点を先の戦闘で嫌というほど思い知らされた彼女であったが、なのはの師事で徐々に鍛えられていた。

 

−なのはは先の戦争で数多のエース達に指南を受け、戦略・戦術のイロハを身につけていたが、
`自然とそうなった`と自認する彼女はルーデルなどから教えられた事をはやてに少しづつ講義していった。例を挙げると地上部隊への支援法の時は……。

「はやてちゃん、地上部隊への支援の時はどうすればいい?」
「そりゃ`ラグナロク`で吹き飛ばすか、デアボリック・エミッションで広域攻撃くわええばいいんじゃ?」
「……」
「あ、あれ?なのはちゃん……?」

この回答になのはは思わず頭を抱える。そう。かつての自分自身もそうだが、
3人が幼少期に共通して持っていた認識は`何でもいいから吹き飛ばす`というもの。他人の支援などほとんど考えていなかった。
「敵を倒せばいい。それが味方の支援につながる」と勘違いしていた。

−あたしの場合はルーデル大佐に言われたっけ……「味方のことを考えて行動しろ」って。
フェイトちゃんは綾香さんに、だよね。あの時の事は本当に勉強になったよ……。

なのはは、過去に自分やフェイトがそれぞれ、師に強く戒められた事を思い出す。戦場では単に敵を倒せばいいというモノではない。
味方の進攻を助け、時には撤退を援助する。近接航空支援の肝はここにある。

「いい?近接航空支援(Close Air Support,)ってのは
近代のナチス・ドイツ空軍が`Ju 87 `スツーカで本格的にやり始めたのがきっかけで航空戦の重要な位置に落ち着いた。
ドイツ軍は旧型の急降下爆撃機を転用した攻撃機で戦果を上げ……」
「うん。それはなんかで読んだ」

わざわざ地球連邦軍の軍服をタンスから引っ張りだして着込むという気合の入れよう(?)でなのはは講義を行った。
幼少期に数年(士官学校の期間も含めて)軍人として従軍していたおかげか、その方面の知識は十分に持ち合わせている。
はやても地球でその方面の本は士官学校時代や指揮官としての研修期間の時に目を通しているが、
今では実戦を生き残ってきた猛者達の実体験を聞かされ、なのは同様の経験を積んだスバルにさえ遅れをとっている始末。

−あ、あかん!!これじゃ私の立つ瀬がないやん……指揮官なのに……

心のなかの焦りが大きくなるのをひしひしと感じるはやて。それを微笑ましい表情で見つめるスバルと黒江。スバルは帰還時からまだ服を着替えていないので、
その時に着ていた連邦軍軍服(ロンド・ベル仕様)のままである。フェイトは黒江の発案で1944年へ赴いたので、この場にはいない。

「綾香さんも人が悪いですよ。ティアのことまだ言ってないんですか?」
「どの内わかることだからな。それにアイツも忙しいしな……。何しろアフリカだ」
「たしか「Valkyrie」作戦の最中でしたよね?」
「そうだ。状況はあまり良くない。奴さんもロンメル将軍の戦法をよく研究してきている……はっきり言って押され気味だ」
「ティアって最前線に配置されてるんですよね?大丈夫なんですか」
「この間きた郵便には5機目を撃墜したってあった。これで一応エースの末席に名を連ねたことになる」
「エースかぁ。なんか遠いところに行っちゃった感がある……そういえば今のティアの相棒って誰なんですか」
「ああ、名前は稲垣真美。40ミリ砲使いのエースだ。階級は曹長。アイツをよく支えてるよ。料理もうまいし」
「むむっ。会ってみたいなぁ……その子に」

スバルは真美にあってみたいという気持ちを芽生えさせた。ティアナのパートナーを自認する身としては気になるからだ。

「連邦軍からの救援は?」
「ブラックRXの光太郎さんのおかげでなのは達に新しいバルキリーを送ってもらえそうだ」
「本当ですか?」
「ああ。もうじき到着の見込みだ」

-汽笛のような音が響いてくる。ここは首都から離れているが、軍港に近いこの地にある軍艦が寄港してくる。その軍艦とは。

「黒江さん、海になんか船みたいなものが見えますけど……?」
「……来たか」

エリオ・モンディアルからの報告に黒江は腰をあげる。エリオによれば全長300m近い水上艦であるとのこと。
エリオと一緒に行動しているキャロもこれほど巨大な船は中々見たことが無いらしく、オロオロしている。

「安心しろ、ありゃ味方だ」
「え?味方?」
「そうだ。私の世界の扶桑海軍連合艦隊の旗艦にして、その象徴`大和型戦艦`。その2番艦の武蔵だ。私が応援を頼んでおいたんだ」

黒江は簡単に皆に武蔵のことを説明する。するとシグナムが一言漏らす。

「武蔵……たしか日本海軍の象徴であったという戦艦でしたね?まさか沈んだはずの実物を拝めるとは……大和の姉妹艦でしたね?」
「ああ。映画みたいないいかげんな考証の合成映像じゃないぞ、本物だぞ」

黒江はそう解説する。空にそびえる塔型檣楼と大火力がありそうな三連装砲塔とその凄まじい威圧感を発する巨体。
そして扶桑皇国の国章のサクラと海軍旗の十六条旭日旗が翻る。
そしてそれに座乗するは聯合艦隊司令長官に着任して間もない、扶桑皇国きっての名将と誉れ高き「小沢治三郎」中将であった。
それは時空管理局にとっては予期せぬ来訪者でもあった。

 

 

 

 

-軍港にほど近い機動六課臨時隊舎。そこに一隻の超弩級戦艦が寄港してきた。それはなのは達の世界ではとっくのとうにシブヤン海に没したはずの戦艦武蔵であった。

「な、なんですかあの船!?大砲積んでるから戦闘艦ですよね……?」

機動六課のメカ好きッ娘で、オペレーターの任もこなす少女「シャリオ・フィニーノ」が現れた戦艦武蔵の偉容に慌てふためいている。
大和型戦艦の誇る世界史上最大口径かつ、最強を誇る「46cm砲」の醸しだす圧倒的威圧感に圧されているのが明らかに見え隠れしている。
それだけ大和型戦艦は長門型戦艦をも超える大艦巨砲主義の精鋭としての威厳を持っていた。

「隊長たちから聞いたことある。`私たちが住んでた国には伝説になって語り継がれてる戦闘艦がある`って……」
「思いだした。そんな事言ってたって。それじゃあれがそうか……」

ルキノ・リリエなどの六課の後方任務担当班の面々が口々に大和型戦艦への感想を言い合う。どれも偉容の前に圧倒されている。
かの山本五十六をして`圧倒される程に偉大なものがある`と言わしめたその姿は別世界でも共通であったようだ。

なのはの講義を終えたはやてはその威容を見るなり一言だけ言った。それはその船……否、軍艦がどのような代物か周囲に思い知らせる言葉でもあった。

「嘘やろ……や、大和や……戦艦大和……動いてる……モノホンや……なんでここに……?」

しかしすぐになのはに訂正される。見るからに対空兵器の艤装が大和とは異なるのがわかるからだ。
見てみると片舷に数艇づつ「十二糎二八連装噴進砲」が搭載されている。この武装は一番艦の大和には改装の際に高角砲重視で対空兵器が強化され、
沈没の時まで搭載されていない。そうなれば最後の戦であるレイテ沖海戦で搭載されたと証言がある同型艦の武蔵しか無い。

「違うよはやてちゃん。あれは武蔵だよ」
「……って!!同じやろ!!大和も武蔵も!!同じ計画で、同じ時期に作られた同型(きょうだい)艦やんけ!!どこがどう違うんや!!見分けつかんわ!!」
「対空兵器の艤装が大和と違うんだよ〜。ん〜あれは……れ、聯合艦隊司令長官の旗ぁ!?」
「ど、どうしたんや?」
「……はやてちゃん、すぐに準備をさせて」
「わ、わかった!」

はやてはなのはの言葉の意味を理解した。武蔵には扶桑(日本)海軍の花形実戦部隊の総指揮官が座乗している。そうなると相応の準備が必要だ。

「おいなのは!スバルもこい!長官を出迎えだ」
「はいっ!」

−それほどのお偉方がミッドチルダにやってくるとは……。単なる挨拶では無いということはわかるけど、何でや……?

はやての心にはその疑問が渦巻いていた。黒江はというと、なのはとスバルを引き連れて
武蔵の内火艇を出迎えに行った。その間に準備を行っておかなくては。

「小沢長官、お迎えに上がりました」
「黒江少佐か。君の要請に海軍大臣も動いてくださった。それで第一陣として儂が武蔵で来たのだ」
「ありがとうございます」

内火艇から聯合艦隊司令長官の小沢治三郎中将と矢野志加三参謀長、菊池朝三参謀副長が降りてくる。それを黒江たちは海軍式敬礼で出迎える。

−愚将が多いと言われる大東亜戦争期の大日本帝国海軍の中では、誇るべき数少ない名将として評価される小沢治三郎。
史実ではマリアナ沖海戦での無残な大敗北が起因し、愚将と見る評もあるが、アメリカでは総じて名将と評価されている軍人である。
扶桑皇国の世界では航空分野の成功者と高く評価されている。
ちなみに彼は現在、航空畑の人間だが、元来は水雷戦を専攻し、水雷学校校長を務めたほどの水雷戦のプロである。

「奴さんには先刻に通告しておいた。突然なので慌てさせてしまったようだよ」
「でしょうね。実戦部隊の総指揮官たる長官が来られるとあっては大事ですから」
「そうだろう。君たちもご苦労だった。後で武蔵の料理長が君たちにステーキを炙ってくれるそうだ。楽しみにしたまえ」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!!」

なのはとスバルは目を輝かせる。元々大和型戦艦は怪異に対抗する名目で、財政上の問題と、
空母重視の戦略の結果、破棄を余儀なくされた「八八艦隊」計画の一環で大正末期に作られた長門型の本来の能力向上型たる、
「加賀型戦艦」(空母へ改装)、「13号型戦艦」(建造検討時がちょうど怪異が収まっていた時期であったのが災いしたのと関東大震災で建造中止)などが
出現しなかった影響で、他国に扶桑連合艦隊の戦艦は「殆どロートル」と揶揄されるようになった。
それを一気に払拭する新型艦を欲した海軍がマル3計画(海軍第3次軍備補完計画の事)で、紀伊型戦艦と共に聯合艦隊の中核を担うべく建造された。

その経緯上、大和型の乗員は既存艦から精鋭と言われる、一流の乗員が集められている。
食事を作るシェフたちも元は一流のレストランで働いていた人材が配置されている。
そのため旨さは一流で海軍随一。運良くミッドチルダではこの日は海軍カレーが食える金曜日。
2人には思わぬ楽しみができたのだ。
この時、時空管理局地上臨時本部はこの時期にはミッドチルダ政府と国交が成立していた友好国の扶桑皇国から公的な来訪者の訪問、
それも海軍実戦部隊の総指揮官たる、聯合艦隊司令長官とその幕僚達の突然の訪問に慌てふためき、
さながらドタバタ劇の様相を呈したりしていたというが、この時のなのはたちは知る由もなかった。
戦艦武蔵はその威容を見けつけるかのように、ミッドチルダの軍港にその巨体を入港させた……。
武蔵はミッドチルダの一般人からも怪物と言わしめるほどの迫力を発揮、
なのはに言わせれば`古き良き大艦巨砲主義`を体現した武蔵は猪口敏平艦長指揮下のもと、錨を下ろし、巨体を休めていた。

 

 

 

 

 

−ミッドチルダに来訪した戦艦武蔵。
それにすぐ合流した戦艦信濃(大和型戦艦3番艦)、戦艦陸奥、戦艦日向、空母飛鷹、隼鷹、笠置などの扶桑海軍連合艦隊の名だたる主力艦艇。
それらはナチス残党への対抗の意味合いもあった。ナチス・ドイツはなんとあらうる次元から部隊が合流したので、水上艦艇部隊も多いからだ。
管理局のそれを解析して作り上げ、組み込んだ「次元跳躍装置」によってミッドチルダに送り込まれ、
配備されたのは主に第一次世界大戦時の大洋艦隊の艦艇を改装し、ポスト・ジュットランドタイプに準じる能力を与えられた戦艦群。
史実では自沈した艦艇もここでは健在であり、艦容が一新された艦も多い。
例えば大海艦隊主力艦艇の一つ「カイザー級」は上部構造物の変更などを伴う改装が施され、外観がビスマルク級に近くなった。
能力も第二次大戦時の戦艦の平均レベルに達しているし、
バイエルン級戦艦はビスマルク級の祖である故、ビスマルク級の装備に換装するなどの処置がなされている。
それだけなら陸奥と日向で対処できそうなものだが、大和型戦艦が派遣された理由がある。それはミッドチルダ方面艦隊旗艦として、
ドイツ最大最強を誇る「H41級戦艦」が配備されていたからだ。艦名は「グロースドイッチュラント」。この艦はナチスの象徴であり、
大きさが大和型戦艦をも凌駕するだけで無く、攻撃力もドイツ一流の技術力で42cm砲ながら45cmから46cm(18インチ)砲に近い打撃力を誇る。
これが大和型戦艦がミッドチルダに派遣された一因である。

「総員、兵営列式せいれーつ!!」

なのはの号令で機動六課隊員が一列に並ぶ。そういう事は軍隊経験者であるなのははお手の物。隊員たちを整列させ、一斉に敬礼させる。
小沢治三郎連合艦隊司令長官らを出迎えるためである。日本海軍(扶桑海軍)第一種礼装の純白の軍装が朝日に映える。
経験豊富な軍人である事を示すように、立派な体格、厳つい雰囲気、連合艦隊司令長官に恥じない威厳を纏う場の空気など……、
どれをとっても風格溢れる軍人ぶりに、出迎える側のはやては圧倒されていた。

「`扶桑海軍連合艦隊司令長官`小沢治三郎海軍中将」
「機動六課部隊長、八神はやて二等陸佐であります。ミッドチルダへようこそ、閣下」(あ、あかん……凄い緊張する……舌かんでへんよね……私)

敬礼し、はやては第二次大戦で戦史に名を刻んだ諸提督たちに自己紹介する。だが、これだけでも凄い緊張を強いていた。
何せ向こう側は戦史に名を刻んだ、栄光の日本海軍の名立たる提督ら。
対してはやてはエースと持て囃されているが、所詮は部隊指揮経験が浅い若造に過ぎない。
立場上でも一佐官に過ぎないはやてには将官レベルがゴロゴロいる連合艦隊幕僚らに押されていた。

挨拶を交わし合うと、連合艦隊側の要請で作戦会議のために部屋を一個貸し出す事となり、合同会議も行われる事になった。
軍港に入港した連合艦隊艦艇群は軍港勤務の局員らの注目の的。大和型戦艦の「浮かべる城」のような艦容、
空母に並ぶ艦載機(紫電改二型など)の姿は迫力満点であった。

「見ろよあの艦」
「うへぇ。XV級より迫力満点だぜ……あれが奴さんの象徴なのか」
「そうだ。奴らの船と撃ち合えるのは管理局にはXV級しかないからな……
まして、正面戦力に振り分けられるのは数える程度だ、今回は奴さんが作戦での主力になる。」

そう。ミッドチルダ中心部の失陥後の時空管理局は造船能力も低下しており、旧型艦艇を完全に代換できるほど多くの艦艇の同時建造はできなくなっていた。
次期主力を期待されたXV級は一部の艦が人員ごとナチス残党に下ったこともあり、
時空管理局が保有する数は多くはなく、むしろ動乱前より減っている有様。
旧態依然としたL級や小型のLS級艦船ではナチス残党の戦艦群の砲撃には耐え切れない。
この日の前の日には、解体のために回航中のL級がパトロール中の戦艦「グローサー・クルフュルスト」に捕捉され、
同艦が改装で積んだSK C/34型 38cm(47口径)砲(ビスマルク級用のそれが流用された)の試し撃ちの標的とされ、
対魔力防御への対策が施された高速徹甲弾による砲撃の三射で魔力炉をぶち抜かれ、要員ごと沈められるという痛ましい事件も起こっている。
管理局はXV級の建造を急いでいるが、地上の造船施設への「Ju 87 D`スツーカ`」の急降下爆撃による妨害もあり、
新暦75年9月現在では計画の半分以下の進行率でしかない。如何にXV級が対応できるといえど、
H級戦艦以上の相手には雲行きが怪しい。ましてその改善型のH41となると大和型戦艦に任せるしかない。

「やれやれ。上も考えもんだぜ」
「まあな」

局員らは管理局最強クラスの艦艇を全て投入すればいいのにとボヤく。
だが、防衛戦力の弱体化を恐れる上層部により数隻が作戦行動を許されているに過ぎない。当面の作戦を連合艦隊に頼むしかない状況を嘆いていた。

−一方、ナチス残党側は連合艦隊艦艇らの登場にも動じることは無かった。むしろ、連合艦隊との対決を心待ちにしているようであった。

「ククク…ドイツ大海艦隊と日本連合艦隊……面白いではないか。これではっきりするのだ。ドイツ海軍と日本海軍、どちらが強いのか!!」
「そうですな閣下。敵の司令はオザワ中将のようです」
「オザワ中将か……出来ればヤマモト元帥と一戦交えたかったがな」

大海艦隊司令長官「エーリヒ・レーダー」元帥は史実の雪辱を大英帝国ではなく、
日本国(扶桑皇国)との戦いで果たす事に意気込みを見せたもの、大戦初期に連合艦隊司令長官であった山本五十六と一戦交えたかったという想いを吐露した。
だが、情報によれば、山本五十六の後継者である「小沢治三郎」は水雷畑とは言え、経験豊富な提督。相手にとって不足はない。

「ムサシめ……見ておれ。このグロースドイッチュラントが貴様を海の藻屑にしてくれる……」

レーダー元帥はドイツ最大最強の戦艦の一つ「H41級」と日本最大最強と謳われる「大和型戦艦」の対決に心躍る思いながら、
艦隊運動訓練を行なう。
その訓練を空から偵察した管理局の局員ら(撃ち落とさないのは艦隊の威容を敢えて誇示するため)は圧倒的威容を誇る大海艦隊に恐れを抱き、
早期掃討を懇願した。だが、事実上、彼等に対抗できるのは聯合艦隊のみ。彼等に頼るしか今の管理局にはできなかった。

 

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