外伝その121『I’ll believe』


――扶桑は物質的には飛躍したが、精神的には打撃を被った。太平洋戦争従軍組となる、45年当時の『古参』と『中堅』の年代層達は、退役が軍ウィッチの組織維持のために『定年まで使い倒す』方針となったので、彼女達は最低でも『ベトナム戦争』まで軍の中核戦力を担い続けた。新人との世代交代が完全に完了とするのが80年代初期の頃と、極めて長期に渡り、黒江らが完全に退役できたのは、65才頃の86年であった(定年後も再任用されたため)。軍と、自衛隊というウィッチの自主防衛組織が並立したため、双方でウィッチ資源を食い合う事が60年代から続いたからだ。レイブンズはその中でも最も長期に渡って軍歴を刻み、40年代〜80年代後半まで軍を支え続けた。44年から47年までの志願者数低下が数十年に渡って、軍ウィッチを苦しめたのが分かる。――




――レイブンズらは、戦いの場が『あるべき場所』と化してしまったため、扶桑軍からの退役後も『ロンド・ベル所属の軍人』としては現役バリバリであったし、聖闘士としても、その時点でも『若手』であった。黒江は特に、『何かと戦っていなければ、精神の均衡を保てない』という精神的な傷を、前史から引き継いでいるためか、宮藤家に居候している期間でも、プライベートでは、自分の素の容姿ではなく、調の容姿を取っている事が多い。この事はシンフォギア世界で、たとえ一時的にでも、自分が背負っていたものから開放された事で、気ままに過ごせた事が影響していた。シンフォギア世界で黒江は、ギア姿であちらこちらうろついた。後で色々と怒られたことも多かったし、自らが調でないこともすぐにマリアらにバレている。例えば、戦闘面だけでも、卓越した中国武術スキルを持つ立花響を、自衛隊と地球連邦軍の2つの組織で鍛え、更に聖闘士となることで完成したCQC技術で以てして、ギアのギミック抜きでの地力で響を押さえ込む、『クリムゾンスマッシュ』をやらかした、自前の能力で『クロックアップ』した、『グレートマジンガー系列の技を撃った』、『エクスカリバーを見せた』など、多岐に渡る違いを自分から見せたためであった。切歌とマリアからは追われる身となったが、黄金聖闘士である身に取っては、彼女らは『子どものようなもの』。イガリマの絶唱時の属性も普通に『エクスカリバー』の因果とアテナの加護で、効果が発動しない。『調を取り戻さんと』、切歌が絶唱を発動させた際には、居合わせた響から絶唱の危険性を知らされ、すぐに『ライトニングフレイム』を叩き込んで止めているし、その寸前には絶唱時のイガリマをエクスカリバーの右腕で弾いている。その事から、エクスカリバーの因果操作は、イガリマの発揮する効果を上回るのが分かる――


――シンフォギア世界での事――

黒江は正体が早々にバレたために、エクスカリバーを見せた直後に逃亡したが、問題が発覚した。有り金が無かったのだ。これに窮した黒江は、そのまま、その前に持ち出せていた調の身分証明書(アメリカに彼女らの拠点があった都合と、日本から連れて行かれたので、身分証明書はあった)を使い、コスプレ喫茶の面接に行き、合格。シンフォギアが公にされていない盲点を図らずも突く形で、生活費を稼いだ。事後に驚かれたのは、このバイトを通しての『知られていないのをいいことに、ギアを普段着代わりにしていた』という点だった。黒江が明確に、響や翼らの味方についた時点で明かしただけでも数ヶ月は続けており、その際に『力加減を間違って、リミッター解除たるエクスドライブ状態にしてしまい、その姿でバイトしている』写真を見せたら周りが驚天動地になった事もある。あまりにもイレギュラー過ぎたためだ。味方に付く前にも、公衆の面前で街のチンピラを柔道の要領で叩き伏せたりしており、自由奔放に振る舞いつつも、元々の義と仁の心はしっかりと見せている。また、翼らが当時、通っていた学園の学園祭にもちゃっかり姿を見せており、しかもカラオケ大会に参加し、観客席にいた風鳴翼を大いに憤慨させると同時に困惑させた。ギア姿で熱唱してみせ、優勝したからだ。味方についた直後、翼は表向き、メジャーデビュー済みのプロの歌手である事から、この事は相当にライバル心を抱いたらしく、涙目になりながら指摘した事がある。

「お袋に英才教育施されてたんだよ、ガキの頃。私が小坊ん時だから、1920年代後半から30年代始めくらいだなぁ」

と、黒江は返したのである。黒江は、自分の親が明治20年代末から30年代までの生まれである都合、相当に厳しい英才教育を受けた。その成果は21世紀を生きる翼の歌唱力と遜色のないモノで、調の立場に立たされても、何の苦労なくシュルシャガナを起動できた理由の一つだ。黒江の母は娘へ相当に金をかけて育てたが、その成果が綾香に与えられし音楽的才能である。作詞と歌唱力は間違いなしにプロ級であり、綾香自身も『自分の生まれがもしも未来世界だったら、音大にも苦労なく入れただろう』と圭子に語っている。プロの軍人かつエースパイロットでありながら、音楽的才能にも優れているという点は、翼を大いに涙目にさせた。生まれが1921年という男尊女卑の時代(ウィッチがあるので、史実よりは男女同権に近い)でなければ、女優か音楽家の道も歩めただろうと風鳴翼に語った。


「黒江女史、あなたは何故、日本軍に?」

「一つはお袋への反発、もう一つは国家への奉仕が『力を持った者の最大の幸福だ』と親父や数人の兄貴らに教えられていたからさ。戦前の日本は……軍隊に入って、そこで栄達すれば名士扱いになっていたからな。特に、生え抜きの士官学校卒の将校ならな」

「戦後、生え抜きの軍人は穀潰しのような扱いでしたと聞きましたが、余りにも差が……」

「日本は、敗者にとことん不寛容なのさ。それで吉田翁……吉田茂元・総理大臣、知ってるだろう?も、自衛隊を作ることで、元軍人に社会的居場所を与えた。そうでないと、元軍人にクーデターを起こされると思ったんだろう」


「それは有名ですが、日本の軍人というのは、近代的合理性に欠けると通説がありますが?」

「軍隊は戦争するための組織だぞ?確かに太平洋戦争時代には非合理で動いたところが多分にあるが、日露戦争は合理性に動いていた。太平洋戦争中はぶっちゃけ、国粋主義者共の工作が原因だぞ。戦後の自衛隊にはない面があるのは認めるよ。必ず、生きるか死ぬかの戦場に送られるから、連帯感が自衛隊以上に強い。そこくらいだよ。私は身分を隠して、自分の世界と別の世界の自衛隊にも入隊したからな」

ドラえもん世界(未来世界)の自衛隊にも在籍し、同時に扶桑皇国軍大佐の身分である黒江。自分が在籍した組織の同位組織を擁護するあたり、入隊時は陸軍軍人だった名残りだろう。


「女史、貴方はいくつの組織に所属を?」

「世界を渡り歩いたから、4つくらいに所属して、どれも高い地位で、一佐とか大佐だよ。ま、故郷の軍隊で勲章もらってるから、佩用して自衛隊の式典出たら一騒動になったけどな」

それは本当だ。黒江は正規の手段で自衛隊に幹部候補生として入隊したため、幹部自衛官である。一佐に早い内に昇進し、元々の所属組織でも大佐である。これは自衛隊が国交樹立後、黒江の自衛隊での階級を高い方の階級に合わせたため、早期に一佐になった。旧軍人が自衛隊に在籍したのは、1986年以前にしか例がないため、その際の資料を漁って、自衛隊が処遇に苦労したのは言うまでもなく、左派政権が黒江を『実年齢』を理由に退職させようとしたのも、その辺りの処遇が面倒くさかったからである。結局、黎明期当時の旧軍人らへの処遇を鑑み、階級を現時点での扶桑での階級に合わせる事で決着を見た。扶桑がドラえもん世界の自衛隊に送り込んでいたウィッチはかなりの人数で、2005年以後の女性自衛官の少なからずが『旧軍人であり、金鵄勲章受賞者』であるという状況は、日本左派を困らせた。金鵄勲章は名誉回復はされたものの、近隣国との軋轢のもとにならないかとの懸念があったからだ。だが、未だ生存する叙勲経験がある旧軍人達の心情や、厳密に言うと、日本国の勲章ではないという『事実』、扶桑皇国が朝鮮半島を無力化させたので、周辺国が文句を言う土壌が消え失せたなどの理由で、黒江らの金鵄勲章の佩用はなし崩し的に認められた。結果、金鵄勲章は扶桑皇国の勲章という形でだが、名誉の完全な回復に成功した。


――吉田茂当人から彼自身の同位体が、自衛隊を作った理由の考察を聞いているため、自衛隊設立の考察は当たっている。旧陸軍軍人が戦後の政治家に嫌われた背景に、『やたらクーデターを起こしたがる』からと言うもので、幼年学校卒だった終戦時の若手軍人の多くが再入隊できなかったのも、思想の問題が絡んでいた。現在進行系で、45年度に扶桑陸軍幼年学校が廃止され、陸軍高等工科学校に変わったのも、日本が幼年学校卒者を軍国主義の権化と忌み嫌ったからである。既存の幼年学校卒者はエリート層から転落し、『軍内の穀潰し』と扱われる(特に、日本の政治家の多くは陸軍幼年学校卒者を『国を滅ぼしたならず者』と見る傾向があった)ようになり、これが1945年秋の『不埒事件』(後年の記録による)の起こった理由の一つでもある。日本は陸軍を、反乱の芽を摘むという意味から、その勢力を押さえ込もうとし、機械化を大義名分に、複数の陸軍師団を廃止させるよう、政治的圧力をかけた。外征能力を犠牲に、防衛に特化させようとしたのだ。しかしこれは逆にウィッチ世界の他国から文句が出た。世界の反応が自分らの予想と逆であった事に日本国民は狼狽えたが、陸軍に力は持たせたくないので、代わりに『海軍陸戦隊』を海兵隊的ポジションで独立させ、一定の外征能力を持たせる案を飲ませた。これが日本が同位国へ対して見せた妥協点だった。日本が扶桑の軍事に『要請』という形の圧力を加えたのは、この時が最大かつ最後になった。これは日本の世論が同位国のアメリカ化を望まないが、ウィッチ世界はそれを求めているという状況に戸惑っており、結果、『戦後は国際世論をやたら気にする日本の性質』が勝ち、日本(とりわけ左派)は最終的に、ウィッチ世界の国際世論に屈服したと考えるべきだろう。――


「どういうことですか?」


「私は見かけが若いだろ?そんな若造がジャラジャラ勲章つけて出てみろ。ご老人方が怒るだろ?まぁ、身分と実年齢明かしたら、消え失せたけどな、その種の批判」

2005年頃に行った会見は、今回も前史と同じことを質問され、同じ答えを返した。以下はその際の受け答えである。

――2005年頃――

『ですので、自分はこの場にいる誰よりも年上です。今年の時点では、80歳を有に超えている事になります』と

『それでは、お生まれになった年は……』

『大正10年、西暦で言えば1921年になります』

マスコミはこの答えのあっけらかんとし、一瞬の静寂が生まれた。大正年間の生まれという事は、太平洋戦争では青年将校であった年頃の人間だからだ。

『それでは、戦前の教育を受けられた世代だと?』

『そうなります。私の世界では、尋常小学校を出た後に軍に志願して、高等教育を受けられる機会が設けられているので、そこから陸軍航空士官学校に入校し、任官したのです』

自分の経歴を大まかに説明する。尋常小学校という単語に、周りは世代が古いと実感する。国民学校ですらない、原初の日本近代学制の名だからだ。

『あなたの世界では、女性でも軍人になれるのですか?』

『そもそも、織田信長が存命して幕府を開いた世界なので、近世の前提条件が違うんです。彼の天下統一に女性が大きな役割を果たしたので。安土がこちらでは京都都市圏に含まれます』

近世以後の日本で見られる男尊女卑の風潮はウィッチ世界では薄い。怪異との戦闘でウィッチは必要不可欠だったためだ。それと、秀吉が史実のように天下人ではなく、一家老として生涯を終えたため、大阪は史実より発展が遅れるものの、大坂の陣がなく、関ヶ原もないので、羽柴宗家は存続している事になる(秀頼の非業の死がないため)


『それでは、安土城が大阪城の代わりになったと?』

『あるにはあるんですが、政治の中心にならなかったんで、大阪が本格的に栄えたのは、近代化した明治以降です。わかりやすく言うと、安土が政治の中心、江戸が港湾整備で発展したからです。江戸が東京になって首都になったのは同様ですが、大阪は堺のほうがむしろ栄えまして』

色々と質問され、それに的確に返す姿は、黒江が異世界人である事の証明となった。野党は攻撃材料を直前に潰された格好となり、国会での追求は瞬く間に宙に浮いた。金鵄勲章の事も、未だ生存している旧軍人の反発が指摘されたため、野党党首が当時の防衛庁長官に嫌味を言うだけに留まったのも同じである。黒江は内心、二回目の今回は会見そのものにうんざりしていたが、日本で自衛隊に居続けるための通過儀礼と割り切った。

「――って感じで、会見やって黙らせた。日本のご老人達は他国にへーこらするしか能ねーんだから」

「あなたがそれを言います?」

「確かに、言われてみりゃな。言っとくが、この姿は借り物だ。本当の姿は別にある。写真があれば見せられるんだがな」

「ふむ……。そう言えば、あの装者がやけに取り乱していた理由は?」

「この姿の元の持ち主の人格が私の人格に上書きされて消えたと早合点したんだろう。正確にゃ、別人がそいつの『姿になった』だけなんだけどな…。で、お前らのいう絶唱を使ってきたから、私個人の闘技で気絶させた。響がそれを見ているよ。私個人の技能は光速の拳と剣技だからな」

「失礼ですが、剣技はどの程度で?」

「示現流の免許皆伝と、他の流派も少々。忍術は戸隠流を嗜んでる。この姿の元の持ち主とはかけ離れた戦闘的なパラメータだから、即刻で怪しまれた。ギアの適応係数も私とそいつとでは、まるで違いすぎるからな。本当は身長は173cmくらいあるんだが、この姿だと、165cmくらいだな。そこでもう怪しまれた。そいつが153くらいしかねぇチビだったらしくてな」

「なるほど……」


翼らの味方側に立った時には、このような会話を翼と交わしている。翼は、黒江の御年94歳(2015年時点での実年齢)にしては若々しい口調と立ち振舞いに翻弄されており、また、当時の時点で『闘技』のことも多少明かした。一年後、全ての事情を明かし、グレートマジンカイザーや聖闘士のことも全てが明かされた。翼はそれを受け入れ、剣士としての恩義から、黒江の協力要請に応えたのだ。






――時は戻り、作戦中――


調が龍王破山剣を自己の能力で習得し、黒江からの記憶と技能のフィードバックと、ベルカ滞在時代の恩恵、赤松からの指導で剣技を使用するようになったため、元々、接近戦寄りの素養であった切歌の立場は微妙になっていた。黒江の右腕に宿りしエクスカリバーがその要因でもあった。『イガリマの力をエクスカリバーの因果率操作力が上回り、絶唱時の能力の絶対性を覆された』という事実が効いていた上、フロンティア事変での暴走からの負い目もあった。


――空母『ミッドウェイ』の一室――

「私の立場が危ういデス!イガリマでの接近戦が売りなのに、調まで剣の技能がついたら、立場無いデス!ああ、あの人はあの人で、シンフォギア無くても、神を葬れるくらいに強いじゃないデスかぁ!」

「まぁまぁ。綾香さんの事を気にしてたら負けだって。あの人がシンフォギア装者になれたの、私以上にトンデモだし、それにアガートラームや天羽々斬のコピーを持ってる人達も黄金聖闘士だって言うし、私達の立場だって相当にアレだって」

フェイトと箒も、元々の技能で才覚があったが、黄金聖闘士になることで存在の位そのものが上がり、存在するだけで聖遺物を上回っている。(逆に言えば、黄金聖闘士は神の使徒と言えるだろう)正規装者でさえ解決しきれていないバックファイアの問題を理想的な形で(自らが聖遺物を超えるという事)解決した事になる。フェイトは魔法とシンフォギアを併用しての戦闘が可能であるし、箒はISと聖衣が手元に無くても、ISに対して優位に立ち回れる力を得た。フェイトは聖衣を必要としない局面での全力となる真ソニックフォームを使う際には防御を捨てていたが、天羽々斬を併用することで、真ソニックフォームのスピードを維持しつつ、天羽々斬の高防御と攻撃力を上乗せできる事に(その際には、真ソニックフォームの効果を維持して、天羽々斬のギアが装着される事から、外見上は天羽々斬のギア姿になる)、箒は、赤椿に頼らなくとも、聖衣が無くとも、ISに対して優位に立てる力を手にした事を喜んでいる。響はそこを引き合いに出す形で切歌をなだめる。

「ぐぬぬ……ゴールドセイント……」

「オリンポス十二神の一柱『アテナ』の配下の戦士の中でも最高位の力を持つ12人を指すと、黒江綾香は言っていた……。人の身でありながら、聖遺物を上回る存在の位に登り詰めた証。神の使徒と言ったほうが正しいかもしれないな。神を討ち滅ぼせる力を持つ人間など、もはやそう呼ぶべきかもしれない」

マリアは黄金聖闘士を『神の使徒』と見ていた。それは当たっていた。しかし、その中でも黒江や智子は歴代黄金聖闘士でも類を見ない、『神格』に登りつめた存在ながら、アテナに忠節を誓い、その臣下として行動している。その点はかつてのハーデスの臣下であった双子神に近いが、あくまで黄金聖闘士としての職分に徹し、戦線に立つところが違う。箒とフェイトも神の使徒と言えるだけの存在の位に高まっており、シンフォギアを纏い、戦闘を行うのに何の支障もない。そのため、黒江、フェイト、箒の三人は理論上だが、絶唱のリスクをも完全に乗り越えていることになる。

「その三人にとって、シンフォギアは戦闘力増強と言うよりは、身体保護の手段にすぎないのよ、切歌。彼女は『事後』も調の容姿でギアを纏うのを好んでいるが、その理由を彼女の相棒の穴拭智子に聞いてみたのだけど、それは彼女が戦争で負った心の傷に由来するらしい」

「女史自身も示唆しておられたが、詳しくは」

「ばーちゃん、あまりあたしらに自分の細かい身の上話はしなかったんだけどよ、聞いたのか」

「ああ。彼女は戦場で教え子を自らの無力で失い、それを繰り返さないように強くある事を望んだけれど、いつしか戦士としての彼女と、一人の人間としての彼女とに、心が分裂してしまった。俗に言う二重人格というものだな。戦士として屈強でも、一人の人間としては、純真な少女と言うべき彼女が心の均衡を取り戻すには、そうなるしかなかった。戦士として振る舞う事は、一方を圧し殺す事でもある。彼女が調の容姿と声を使うのは、その内の後者の一面を、周囲の目や期待……それらを気にしないで出せるからかもしれないわね。彼女は軍人、それも武功で名を成したエースパイロットだもの」

「だからって、ギアまで使う事ないじゃないデスか……」

マリアは智子から事情を聞いたため、黒江の心の傷や調の容姿を使う事に理解を示しているが、切歌は黒江の行いを完全には許せない(シュルシャガナを調との絆の象徴と見ていた事も大きい)様子である。また、調が黒江に師事する道を選んだ事もあり、黒江へは嫉妬と黄金聖闘士としての強大な力への羨望が入り乱れているようだった。

「切歌。あの人にも『こうありたい』と願い、その生き様に憧れた人達がいるのよ。彼女が二重人格になったのは、その人達の前で弱音は吐けないという心理があったからなんだ」

「誰デス?その人達って」

「仮面ライダーという日本のスーパーヒーロー。切歌、あなたも名前くらいは知っているでしょう?その『本物』がいるのよ、平行世界には。その中でも、初期に現れた七人、『栄光の七人ライダー』と呼ばれてる彼らこそがあの人の拠り所なのよ」

「栄光の7人ライダー……」

「仮面ライダー1号から仮面ライダーストロンガーまでの初期の七人の仮面ライダーは全ての等身大変身ヒーロー達の祖に当たるらしくてね……」

「女史はその彼らに強い憧れを感じ、拠り所としておられるのか?」

「そういう事だ。他にもスーパー戦隊もいるし、宇宙刑事もいるそうだから、M78星雲にウルトラ○ンがいたって不思議ではないわね。それくらい、次元世界は広いって事でしょう」

「いたら、地球はどれだけ破壊と再生をしているのだという事になるが?」

「黒江綾香の話だと、地球人が宇宙に進出したら、異星人がそれこそバーゲンセールに来る感覚で侵略してきて、宇宙戦艦ヤマトを作って対抗しているようだし、それこそ、驚いてたら心臓がいくつあっても足りないわよ」

「マリア、妙に詳しいな?」

「日本でアーティスト活動してるんだから、有名所のアニメや特撮くらい見てないと、話合わせられないわよ。うろ覚えの知識だと、今時は炎上してしまうし」

マリア・カデンツァヴナ・イヴは表向き、売れっ子若手アーティストである。仕事上の都合、日本の有名所のアニメや特撮は見ていると明言する。活動の拠点が魔法少女事変以後は日本である事も鑑みれば、当然だろう。ネットでの反応も気にしているあたりは、まさに21世紀人である。生来の優しい性格から、自らのアガートラームのコピーをしていた黒江を咎めてはおらず、装者の中で黒江を理解している一人と言えた。

「あー、マリア。最近、家電量販店にやけに出入りすると思ったら……」

「き、切歌!し、仕事の都合よ、仕事の!」

「でもよ、不思議なのは、そんなのが生まれるだけの土台が整ってて、しかも仮面ライダーを生み出したのが、第二次世界大戦でドイツを牛耳ってた『ナチス』の生き残りなんて時点で、信じられねーよ…」


「ナチス・ドイツの残党が戦後も世界征服の野望を捨ててはいない、なんて話は有名な『オデッサ・ファイル』でも題材にされてたけど、まさか次元世界全体を股にかけてたなんて……これだけでもゴシップ雑誌のネタになりそうよ」

「ナチス・ドイツの残党はいったいどうやって、そこまでの組織力を得ていたのだ?」

「聞いた話によれば、元枢軸国の軍人達と、終戦直前にドイツから集められていた『25万人』のドイツ人達が南米の奥地に集められていて、そこで構築した拠点が彼らの始まりらしいわ」

バダンの始まりは、南米の奥地の地下に構築したバダン・シティーにある。そこから旧日本軍人達をも取り込み、世界各地に拠点を作って、各地に点在していた悪の組織を取り込んでいったのがバダンが勢力を確立する経緯であり、時空管理局の中枢の最高評議会も、実は彼らそのものが元・ナチスドイツの若手軍人で、彼らは『組織』が自分らを見つけてくれるのを望んでおり、時空管理局そのものを『ハーケンクロイツ復活のための土台』とし、時空管理局の組織を売り渡した。それがバダンのミッドチルダでの生存権獲得に繋がった。結果、ミッドチルダにハーケンクロイツが翻り、休戦時には旧首都周辺の市街地はバダンの領域となった。ミッドチルダ動乱は明確な敗戦ではないが、時空管理局は政治的敗北を被った戦だと記録される。政治的勝利ができなかった事を大義名分に、なのはとフェイトは、ハラオウン家や聖王協会などを動かし、管理局を内から改革する大義名分を得る。なのはもフェイトも、はやてと違い、動乱で管理局への忠誠心が消え失せていたため、管理局がどうなろうが、本心としてはどうでもよかった。秩序維持のため、管理局という『組織』を使う程度の認識であり、そこがはやてとの間に生じた認識の違いであった。なのはは、よりによって中枢部がバダンと繋がっていた、地球にとっての悪が自分が信じた組織を動かしていた事実を知った事で管理局に嫌気が差しており、管理局にいるのは、内部改革のためにすぎない。フェイトは自分やエリオなどのプロジェクトFの犠牲者を生み出すように仕向けたのが、時空管理局最高評議会であったというのを突きつけられた結果、今回はブチ切れており、スカリエッティへこう啖呵を切った。


『何が科学だ!いつも白衣着てて、自分の発明品でもないものに喜んで!!大物ぶってる割に、やってることせせこましくて、配下の女達に自分のクローンを仕込ませてるナルシスト!マッドサイエンティストぶってる割に妙に変態の糞親父!!塵に還れぇぇぇぇぇッ!!』

『私の体を『作った』なんて語るのはぁ!!一千万年早いわぁぁぁ――――ッ!!』


どこぞの元王女のような啖呵であった。その叫びと共に、自身の最終奥義『光子破裂(フォトンバースト)』を叩き込んだ。フェイトはプロジェクトFの技術の根幹をスカリエッティが確立させた事を知り、今回はキャラをかなぐり捨ててキレており、ク○スアンジュのごとき啖呵を見せ、スカリエッティを完全に塵にした。その啖呵は平行世界にいる『B』が聞いたら泣くこと間違い無し、エリオとキャロが呆然とするほどに激しい怒りだった。が、これがある意味ではフェイトのスカリエッティへの本心であり、黄金聖闘士となった事で、前史ではなし得なかった『罵倒を叫びながら、トドメを刺した』行為だった。これは執務官としてあるまじき行為だが、黄金聖闘士としての討伐であると力弁する事で、義兄からのお咎めは回避された。これは時空管理局そのものが揺らぎ、『逮捕』よりも、倒した事での戦果が必要と判断された末の事で、クロノとしては『怒るに怒れない』事案だった。が、管理局は軍隊なのか、警察なのか、実に中途半端であり、その盲点を突かれた事になる。今回はなのはもフェイトも手加減無しで『殺す気満々』であったため、仮面ライダーらが倒した者を省いても、数人は確実に倒している。スカリエッティはフェイトがフォトンバーストで、クワットロは、なのはがフレイムソード・チャージアップで切り裂いている。肉体的には生きているが、精神的に殺した者らである。

「――話に聞くと、時空管理局の中枢部もバダンの配下だったようで、調の姉弟子達がそれぞれ決着をつけている。私達にできることは、黒江綾香の頼みに応え、この世界を守ること。出番が来るまでは待機するしかないけど」

「その出番がいつなんだよ」

ボヤくクリス。マリアの言葉通りだが、事はどうなるかわからない。そして、黒江の拠り所が栄光の7人ライダーであるという、少女としての純真さの事実。クリスや響は、飄々と振る舞っていた黒江の意外な一面を見たようだと、顔を見合わせた。



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