外伝2『太平洋戦争編』
第六話


――扶桑の南洋島で巻き起こった戦い。そこで戦闘爆撃機として重宝されていたのが『烈風』である。地球連邦軍が外貨獲得のために製造したモデルは戦闘爆撃機としての汎用性を重視しており、制空戦闘機の花形がジェット戦闘機に移行しようとしていた当時においても、そこそこの活躍を見せていた。南洋島の東で起こる市街戦にて、烈風は対地掃射、爆撃任務、対爆迎撃などに駆り出されていた。

「あれは烈風か……連邦の製造モデルだな。搭載量が多い」

「どこが違うんだ?」

「翼にパイロンが設けられてる。そこがうちらの作るモデルとの違いだ。エンジン馬力も更に違うからな」

黒江と坂本は友軍との合流地点に向かう途中で上空を飛ぶ烈風の機影を確認した。烈風は制空戦闘機としての運用に特化した制式仕様、戦闘爆撃機として使える連邦の輸出採用が存在する。前者は開発の遅延により、紫電改にお株を奪われた格好となったため、配備数は多くはない。後者は乙戦としての能力を満たし、なおかつ戦闘爆撃機としてもレシプロ機屈指の性能を誇ったために、予想外の好評を得て既に500機が輸出され、旧式化した月光、雷電、一式戦、二式戦の代替機として稼働中であった。


「しかし烈風は制空戦闘機としても使えるぞ。その用途に機体をもっと割り振れんのか?」

「レシプロ機の範疇でなら一流だが、ジェット相手だと見劣りする。ジェット相手にはジェットで相対するが一番なんだ」

「なるほどな……パイロットの育成は?」

「空軍は達人級を選抜したり、若手を育ててきたから、まぁ形は整った。問題は海軍のエヴィエイターだ」

「エヴィエイター?」

「米海軍がいつからか使い始めた航空機パイロットを指す言葉だよ。水先案内人と紛らわしいからって、独自用語作ったそうだ。その育成は順調とは言いがたい。なんとか三空母の定数分は育成したが、予備兵力分が足りないんだ。育成が追いつかなかった事が日本海軍の凋落の一因だから、どうにかしたいんだが……ジェット戦闘機搭乗員の育成は、レシプロ機以上に時間がかかるんだよ」

「電子装備や英語の履修とか?」

「電子装備はまだいい。問題は英語だ。英語に堪能じゃないと、これからは民間航空のパイロットにもなれないからな。お前や私らはもう堪能になってるからいいが、若い奴らが苦労してるんだよ」

――黒江や坂本は任務の性質上、英語・ドイツ語・フランス語などに堪能なバイリンガルである。ネイティブの方言にも対応可能なほどの語学力で、何気に芳佳や菅野も同等の語学力がある。問題はウィッチや搭乗員候補生になったばかりの若手である。中には中学校で語学の成績が悪い者もおり、どうして軍に志願したのかわからないと担当者を嘆かせたという。(当時は未来世界でいうところの旧制学校が存続していた時代なので、中学校が後世の高校に相当する)



「どうしてだ?」

「語学力が条件に加わったら、ウィッチにしても全員が英語喋れるようになるわけじゃないからな。そこが問題なんだよ。ウィッチの素養があったら、語学力がないからって跳ねるわけにもいかんからな」

それが軍の悩みどころであった。促成したくても、兵器の複雑化と無線通信で英語を用いる機会が増加した故に育成期間が長期化。10代後半に志願したのでは、ウィッチは実働期間がわずか数年程度になってしまう。なので、若返り作戦が推進されたという経緯がある。服部静夏も1947年時には10代後半に達しており、重大な問題であった。ウィッチの実働期間の確保の為、タイムふろしきを使うことは、扶桑においては継続された。人的資源の確保の問題が大きかったからだ。

「だから、一昨年からこんな未来兵器を導入してるってこった。時空管理局も大和型の第三次追加分(紀伊の代艦)に技術入れるというし」

「今度は時空管理局か?」

「そうだ。新設予定の統合部隊の旗艦に予定されてるそうだ。大和型をベースにして、こいつの第3世代型辺りを積むそうだ」

「何故大和型がベースなんだ?」

「設計年度だよ。長門型だと設計年度が古くて、近代戦闘に耐えられん。大和型だと、元から瑞雲や紫雲あたりを積む設計だったから格納庫スペースを確保しやすいからな」

――ウィッチ専門運用特務部隊の設立はこの時、既に設立準備段階に入っていた。その護衛艦隊の旗艦としての戦艦の新造が議論されていた。ベース艦については長門型、大和型、紀伊型(88艦隊型)が俎上に乗り、格納庫確保と打撃力の観点から、スペースに余裕があり、尚且つ新式である大和型が選定された。(元々、46cm砲のために、水上機を艦内に入れるスペースが設計段階からあったためもある)改大和型4番艦(大和型とカウントすると6番艦)となる同艦は、1946年度末に設計が開始され、姉妹艦である改大和型3番艦の完成後に建造されるという手はずとなった。黒江が言及したのはそれだ。








――この時の扶桑皇国海軍の戦艦編成は三笠型戦艦を筆頭に、大和型とその派生型が第一線戦艦の大勢を占めていた。戦隊編成は大凡、以下の通り。

・第一戦隊 三笠型×2、改大和型×2

・第二戦隊 改大和型×1、武蔵型航空戦艦×1、尾張型航空戦艦×2(武蔵型と尾張型はそれぞれ航空戦艦への改装でカテゴリが変更された大和型『武蔵』と紀伊型『尾張』、『駿河』の書類上の類別)

長門型以前の旧式戦艦が全て退役(陸奥は記念艦として売却。近江のパーツで修理された。長門は船体の老朽化の進行により、退役)し、金剛型の役目も代艦である超甲巡へ継承されたので、大和型を範にする艦容の大型艦艇が主力を占めるようになっていた。その為、大和型の位置を誤魔化すためのデコイとしての役目を超甲巡は担っていた。この時には旧型甲巡の代艦として、5番艦と6番艦が調達されており、水上打撃艦隊の一翼を担うようになっていたため、ティターンズ海軍もその存在に気がつき始めていた。


――モンタナ級戦艦 作戦室

「敵はB65型を投入した模様です」

「なんだね、それは?」

「アラスカ級の対抗馬として、日本が計画していた巡洋戦艦であります。エゥーゴに頼んで作ってもらったのでしょう」

「性能はアラスカ級への対抗馬には十分です。むしろ金剛型を代替する目的で調達したと思われるので、能力的には金剛型に匹敵するかと」

「厄介だな。こちらのアラスカ級は所詮、戦艦サイズの巡洋艦だ。対する向こうは金剛型の代替艦だ。アラスカ級をぶつけられんな」

「ええ。あれは使いにくい艦ですからな。弾除けにしか使えんでしょう」

ティターンズ側もリベリオンから接収したアラスカ級大型巡洋艦を『弾除け』要員だとはっきり言った。それは同艦の設計が対戦艦用ではなく、対重巡用であること、機動性がタンカー級の鈍重さであることから、ティターンズは近代化の対象にはせず、そのまま使い潰す計画なのが窺える。作戦室に設置されている海図と作戦会議用の駒の配置を見ても、アラスカ級は正規空母の弾除けとして前方に配置されている事から、低評価ぶりを表している。

「サウスダコタ級の艦隊は?」

「既に動いております。威力偵察も兼ねて、正規空母2艦を引き連れて、南洋島の西へ進出しました」

「日本艦隊はどうだ?」

「水上打撃艦隊に動きはありません。甲巡の消耗を恐れているのでしょう。ただ、武蔵を改装した航空戦艦が出撃準備中との情報が」

「何、武蔵を航空戦艦に?バカな。いくら大和型を航空戦艦にしても、使える面積は後部だけのはずだ。何を考えている?」

「ウィッチの母艦にしたのでは?普通に航空戦艦にしたのでは、艦載機の回収は不可能です」

「うぅ〜む」

アレクセイも伊勢型戦艦の改装例を鑑みて、普通に航空戦艦化したのでは、艦載機の選定や回収面の問題が山積する事は知っていた。ウィッチであればその問題はないので、その可能性を考えた。この時代の技術では、ハリアーシリーズやF-35などのような垂直離着陸戦闘機は机上の空論であったためも大きく、アレクセイは唸ったのだ。そんな懸念が存在するまま、威力偵察に派遣されたサウスダコタ級を主力とした分艦隊は、迎撃に出た武蔵らと対峙することになった。






――武蔵 ブリーディングルーム

「姉御も来てたんすか?」

「おう。小沢のおっちゃんから電話が来てな、そのまま来た。指揮は私が取るからよろしくな」

西沢義子である。軍部の天皇陛下への言い訳代わりに、中尉に特進していた彼女。その事を坂本が知ったら、泡吹いて気絶されたというほどの自由奔放さを持つ。だが、意外にも部下に慕われる。周囲から指揮官としての適正なしと思われた彼女だが、状況の急転直下によって、隠されていた面倒見の良い側面が表に出、意外な指揮適正を発揮。その為に中尉に特進した。



「西沢さん、出撃命令です!」

「よっしゃ、初陣と行くぞ、カンノ、ミヤフジ!」

「了解!」

西沢は天才肌で、空戦テクニック面では同期中最強を誇る。そのために陸軍三羽烏からも信頼されており、今回の編隊が組まれたのだ。芳佳のことも既に知っており、1946年頃に343空に出張して顔合わせしている。機材は三人共、新鋭ジェットストライカーである『震電改』である。芳佳のそれは芳佳専用に調整された試作機だが、他の二人のはエンジン起動に必要な魔力を調整した先行量産型である。エンジン周りの形状などに改正が加えられているので、見分けがつきやすい。

「発進!!」

三人はこの当時のストライカーでは最速となる、1120km/で武蔵から発進。敵艦隊の上空制圧に動いた。敵機はF9Fクーガーが大半だが、少数のみだが、新型である『FJ-4 フューリー』も混じっていた。敵は艦載機の更新を急ピッチで進めているのがこれで判明した。問題はこれが戦時中という点である。菅野は一応であるが、兵学校卒の士官である。ヘタすれば数年で『F-11』、『F8U』、『F3H』などが造られかねないという懸念を示す。

「マズイですよ、姉御。これじゃ早々に超音速機出かねないっす。更新速度が早すぎる」

「ガワはコピーできるが、問題はアビオニクスだ。それら作れるほどにゃなっちゃいねーはずだ。コメットもまだブリタニアで飛んでねーし、リベリオンで、DC-8もボーイング707も飛んでないんだぜ?」

「コメットはマズイでしょあれ……」

「初めから最終型で作るかもしれねーぞ?何しろ未来情報があるんだ。最初の型で作る必要はないからな。事故の情報だって流れてるはずだしな」

「それもそうか」

そう。ジェット機には計器面の問題がある。かのコメットの連続事故の主因は機体構造の不備だが、当初はレシプロからそれほど進歩していない計器の問題とも噂された。当然ながら、各期の航空事故のメタ情報も流れているはずなので、フェイルセーフの概念も知るはずだと、西沢は言う。意外にそういうところは繊細らしい。菅野は納得しながら、芳佳をエスコートしつつ、空戦に入った。


――芳佳はこの後、菅野の初代護衛役であった松田祥子少尉の療養が更に長期に渡る事が判明した事で、彼女から託される形で正式に菅野の護衛役の任を受け継ぐ。大戦を通して、芳佳はよく菅野を守り通したと記録される。それは343空に招聘された際に、源田実に『私が菅野さんを死なせませんから!』と啖呵を切る形で約束した事に由来しするが、確かに守り抜いていくのであった。







――大和型の活躍ぶりは、同盟国であるブリタニア海軍を大いに狼狽えさせた。彼らは航空ネウロイとの対峙では、水中防御の必要性はあまりないと判断していたからである。だが、それは世界最高レベルの海軍航空隊を持つリベリオン海軍が敵に回る事で否定された。クィーンエリザベス級のマレーヤがリベリオン軍の航空攻撃により大破したのだ。たった数発の魚雷で。そして、キングジョージX世級の水中防御の薄さがマレー沖海戦の情報で証明されると、ライオン級を急ぎ改装し、新造艦であるセント・ジョージ級では扶桑式の水中防御が取り入れられた。これは潜水艦や航空魚雷の脅威が差し迫っている故の対策だった。


――ブリタニア 海軍省

「我等が弟子の丸タライ(ヤマトタイプ)|は使えているのに其の師匠のバスタブは何時まで穴が開いたままなのかね?HMSも堕ちた物だと言われるたびに私は執事からスコッチ(アルコール)を制限されているのだが??」

この日もチャーチルの機嫌は悪かった。ブラックユーモアをたっぷり入れたセリフを造船官に吐く。これは大和型のこれまでの獅子奮迅の活躍ぶりが一面ぶち抜きで報じられたのが主原因だが、ティターンズ海軍の司令官がインタビューで『老大国の条約型戦艦やキングジョージなど物の数ではない。我々の敵はヤマトである』と、名指しでライバル視していることが判明したからだ。チャーチルは海軍大臣を務めていた故、海軍びいきであった(若かりし頃に陸軍軍人の経験もあるが)。ところが、リベリオンと扶桑が70000トン級の排水量を持つモンタナ級と大和型を量産化し、その海軍力のシンボルとしている事が知れ渡ると、ブリタニアの海軍力が見劣りすると誰の目にも明らかだった。

「落ち着いてください首相!セント・ジョージ級用の新主砲も完成しました!これで名実ともに我らの弟子のタライに追いつきますので、我がバスタブ(アンソン)の穴は塞がります!」

造船担当者はブラックユーモアを解し、その文法に沿って、必死になだめる。チャーチルはこの年、御年71歳。長寿が珍しい当時としては高齢と言ってよかった。だが、戦時状況が継続した事、リベリオンの連合国からの離反という難題のため、依然として首相の任についていた。また、未来情報で労働党に政権を明け渡した後、結果的に大英帝国が事実上の終焉を迎えた事を知ると、戦争を利用してでも、断固としてブリタニア連邦の維持に血道を上げるようになっていた。これはブリタニアこそが世界の盟主たらねばならぬという、彼の信念の賜物だった。幸いにも共産主義は影も形もなく、リベリオンはウォレス政権によって『経済大国』化の舵が取られ、軍事的には衰退している(軍備の半分以上をティターンズに提供したため)。同盟国の扶桑にだけは海軍力で負けてなるものかという対抗心が彼の精気を60歳代以前同様に保っていた。また、扶桑との同盟破棄論者をあらゆる手で破滅させるなどの政治的行為を働いており、ブリタニア連邦の維持のためには非合法手段を躊躇なく使ったと噂されていた。

「うむ……。それで穴を塞ぐ日はいつだね?」

「明後日です」

「そうか。ご苦労」

チャーチルはブリタニアの維持と発展を真摯に考える愛国者であった。そのためには扶桑との同盟維持を必要と考えており、(逆に言えば、チャーチルと言えども、自国単独ではブリタニア連邦を現在の規模での維持は不能と考えていた)そのためにセント・ジョージ級を『海軍力の復興』のシンボルとして、宣伝する必要があったのだ。チャーチルは未来情報を通して知った、『自らの命の残り火』に感謝しつつ、セント・ジョージ級にブリタニア連邦の守護を託した。

この数日後、セント・ジョージ級の竣工(正確には主砲換装日)が報じられ、排水量は最終的に10万トン(18インチに換装したことでの重量増加、英国式設計による船体大型化は避けられなかった)に達する巨艦であるとアピールされた。だが、この頃には扶桑の『移動要塞』三笠型の存在が明らかとなっていたために、予想以下の反響しか返ってこなかったとの事。





――チャーチルのように未来情報を国の繁栄のために活用した者もいれば、未来世界での自らの名誉回復に使用した者もいる。史実では、ナチス協力者のレッテルを受け、不遇な後半生を送った、レニ・リーフェンシュタール監督である。未来情報により、23世紀に至ってさえも自分の作品を超えるドキュメンタリー映画が現れていない事で、カールスラント王室に認められ、その地位を確固たるものにした。扶桑が1946年度に開催した東京五輪のドキュメンタリー映画撮影を依頼され、彼女の手腕を以てして素晴らしい記録映画に仕上がり、23世紀の映像関係者をも驚嘆させたという。彼女はナチスを栄達に利用する、野心家な側面はあったが、映画監督としての姿勢は真摯で、映像美学を追求する求道家でもあった。その側面が理解され、彼女の未来世界での名誉回復が成されたのは、彼女の誕生から200年ほどが経過した年だったという。



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