外伝2『太平洋戦争編』
八十九話『次元震パニックの二度目とは?』


――そんなそんなで、黒江が南洋島の中心都市『新京』についたのと時を同じくして、最初の次元震が観測された。数ヶ月ほど前史より早まった。調の外見になった黒江は、その調からの電話で指示を飛ばす。

「調からか?」

「ああ。アレが起こったそうな」

「前史より早いな?」

「数ヶ月は早まってる。と、なると、『私が転移してる』って事だ。探さねぇと。クソ、休暇だってのに、これじゃ休暇どころじゃねぇぜ!」

「分かるのか?」

「異次元とは言え、同位体は基本的に考え方は殆ど同じだ。私の勘が正しけりゃ……」

新京郊外にある『穴場』の釣りスポットに、今回における黒江の同位体はいた。『今回』は一足先に転移したか、一人である。

「ほら、いた」

「お前はどこでも釣りか……。転生しても、同位体も釣りとは。釣り○チ三平か?」

「そのネタ、『今』のガキわかんねーから」

「で、なんで私を押す?」

「私は変身してるし、お前なら同位体も差がねぇだろ」

「それはそうだが……」

坂本は人物像が完成されているため、青年期以後の人物像は、たとえ異次元でも、それほど違いがない。そこが黒江との違いである。黒江は世界線ごとに違いがあり、芳佳の性格である世界線もあるなど、実に多種多様で、神格となった黒江は、全ての世界線での彼女の中でもっとも戦闘的な性格と言える。

「釣れますか?」

「いやぁ、さっぱりだね。このあたりは大物も……坂本か?」

「そうだ。お前に話がある。一緒に来い」

「お、おい!ちょっと待てよ!こっちはワケがわかんないんだぞ!本土の基地にいたはずが、新京にいるし!?」

「その辺りも含めて説明してやる、だから来い」

「なぁ!?」

「それと、お前にうろちょろされると、こちらも困るんでな」

坂本は取り敢えず、黒江Bをその場から連れ出す。黒江BはAが失って久しい、『大人らしい心』を持つためか、その声色もAよりトーンがかなり低く、本来の年齢相応の声色であった。Aは精神状態が若いためか、声色は高めで、そこがわかりやすい違いであった。

「どういう事だ?」

「話せば長い。お前。今は何年だと思う?」

「はぁ?1945年の5月じゃないのか?」

「今は1947年の6月なんだ」

「ハハ、お前、何言ってんだ?この暑さでオツムが……」

「私がジョークを軽はずみで飛ばすタマに見えるか?」

「……ど、どういうことだよ、おい!私、神隠しにでもあったのか!?」

「そうなるな。だが、お前は元とよく似た別の世界に飛ばされただけだ。だから、厳密に言えば、私はお前の知っている私そのものではない」

「それじゃ、ここは私の知る新京じゃないのか?」

「そういう事だ」

「それじゃ、ここには別の私が……」

「ああ。いるよ。現役バリバリ、国の最大の英雄だぞ、お前」

「どういう事だ!?私は42、3年にはあがってるはずだぞ!?」

「それがな。紆余曲折を経て復帰して、今や空軍最大の黒幕、空軍最強の戦闘者だの評判が立っとる。だからこそ、上がったお前がウロウロしてたら問題になりかねんのだ」

「ちょっと待て!?黒幕ってなんだよ、黒幕って!?それに空軍って!?」

「ここでは、46年に陸の航空隊が全部独立したんだよ。お前はその中枢を担う将校として在籍している。飛行64Fでな」

「待て待て!整理させてくれ!ここの私はどうなったんだ!?アフリカには行ってないのか?」

「アフリカだと?」

「ああ。第31統合戦闘飛行隊が私の原隊なんだが……」

「驚いたな。それは加東の部隊だぞ、こちらだと」

「なんだって?!アイツが!?」

「そうだ。お前はこちらだと審査部を厄介払いされてからは実戦畑に戻って、47Fを経て64Fに戻っている。まさか、こうも違うとはな」

黒江は別次元では、上がった後も試験部隊に属し続けているらしき事が判明した。A世界では、審査部を騒動で厄介払いされてからは実戦畑に居続け、未来からの帰還後は現役時代の神通力を取り戻したのもあって、『レイブンズ』として名を馳せているが、B世界では『かつてのエースだったお局様』的な扱いである。ある意味、本来の固有魔法が有効活用され、開発ツールウィッチとも言われているのがBであり、それでいて、前史で圭子Bが担っていた役目を引き継いでいる。言わば、審査部を厄介払いされなかった場合の可能性と言える。Aは対照的に、事変での輝かしい戦功と固有魔法ががいじめの温床となり、その事が審査部の存廃問題にまでなったために、審査部存続のために厄介払いされたが、天皇陛下は激怒しており、空軍には試験隊相当の部署は当面は置くなと、源田に言っている。これは黒田が理不尽にいじめられている黒江を不憫に思い、源田に相談した事が発端で、そこから源田がまず猛抗議を加え、次に小園の『一家』にも伝え、最後に山本五十六と米内光政、吉田茂の知るところとなり、陛下へ上奏された。陛下は当時の陸軍航空関係の高官を呼びつけて叱責するほどに怒り、当時の扶桑軍を震撼させ、部内で黒江の存在が疎んじられたが、赤松の命を受けた江藤の策により、欧州行きとなったのが当時の真の事情だ。

「実戦畑だって!?あがってないのか!?」

「それは後で説明する。私も正確にはその状態だからな」

「そう言えば、お前は……」

「47年だと22だ。普通にいけば引退してるよ」

Gウィッチであるので、ウィッチとしての力は絶頂期のままであり、その気になれば戻れるが、坂本は前史と同じ道を選び、現場から退いた。その事も含めて、自分は引退した身であると示唆する坂本。

「だよな……。でも、まるで年食ってないように……」

「話せば長いと言ったろう?」

黒江Bは気づいていないが、当然ながら、あがると固有魔法も消失するため、そうであれば、眼帯はいらなくなっているはずである。が、目の前の坂本はそうではない。かつてと同じ姿のままだ。(つまり、クロウズとして鳴らした時代の力を維持している表れである)

『坂本先輩、聞こえますか?』

『雁渕か。どうした」

『調ちゃんの同位体が現れまして、これを保護しました。それと、天誅組が討ち漏らした怪異がそちらに向かっています。迎撃をお願いします』

『やれやれ。天誅組は若いやつも多いからな。了解した。こちらで対処しよう』

インカムで連絡を受けた坂本は、Gウィッチの特権と言える『空中元素固定』で弓矢を形成し、構える。

「すまんな。ちょっと仕事が入った」

当然ながら和弓だが、展開した魔方陣は引退した人物が発生させられる規模の大きさではなかった。しかも眼帯を外し、魔眼を使用して狙いを定めるという行為が黒江Bを瞠目させた。

(はし)れ!海鷲!!』

放った矢は空中で炎の鷲となって羽ばたき、怪異を貫き、焼き払う。これがA世界坂本が最終的な決め技とした、ベルカ式直射型射撃魔法。要はシグナムの『シュツルムファルケン』のアレンジバージョンである。坂本が和弓と魔眼を用いる都合上、実質的には別の技だが、基本は同じだ。

「お、お前……本当に……」

「うむ。これで分かってもらえたかな?出てきていいぞー」

「おう」 

黒江Aが姿を見せる。変身は一旦解いているため、服装以外はBと同一の姿(目つきが若干鋭いなどの違いはあるが)である。

「わ、私だ……。本当に…」

「話は聞いた。だから服装が戦闘服なんだな……。そいや髪の毛の色素薄いな」

「その格好は?」

「休暇だ、休暇。ケイの要素だいぶ入ってんなー」

「なんだよ、そのいたずらっ子みたいな目は。マルセイユ思い出すんだけど」

「うーむ。実感湧いてくるぜ…」

その言葉にAは実感が湧いてきたようだ。マルセイユが部下であるあたり、圭子が担っていた役割を自分が引き継いでいるのが容易に理解出来る。A世界では、ティターンズへの敗北後はどこか悲壮感も感じさせるようになり、以前のような傍若無人さは鳴りを潜めている。また、今回の転生後は、ダイ・アナザー・デイ作戦の後、バルクホルンの妹『クリス』のためにサイン入りブロマイドを自らの手で手渡すなどの行為も進んで行っている。これは自分より『強い者』はいくらでもいる事を知り、(マクシミリアン・ジーナス、イサム・ダイソンやガムリン木崎、ロイ・フォッカーなどのVF乗り、アムロ・レイ、シャア・アズナブルなどのMS乗り、アルトリア・ペンドラゴンやモードレッドなどの伝説の英傑)上を目指す意志を持ったためだ。また、ウィッチとしてもレイブンズという目標が出来たため、一見して変わったようで、変わりない部分も多い。(ケイの言うことを素直に聞くようになった程度で、『素の口調』は怖いとのこと)

「そっちだとどうなってるの?」

「あ?そうだなー、総じて実戦畑だからなー。47Fにいた時もあれば、505にもいて、今は古巣の64で中隊長の一人。階級は准将」

「じ、准将!?」

「実質的に、そっちで言うところの少将に当たるが、私らは中将相当の職責だ。64Fは大佐とか中佐がゴロゴロ、最下級でも特務中尉だ」

64Fでは、本来ならば、大規模部隊を指揮可能な人材であるはずの者が一隊員である。これは通常部隊から異端視される『Gウィッチ』を集めてみたら、逸材と言われる優秀者がよってかかってそうであると判明したため、仕方がなく源田実の案を通したと言うのが、軍政関係者の複数が考えている事である。日本側に『精鋭部隊を持っている』という事を示すのが、政治的に日本への意趣返しにもなるからだ。(内部の事情は第44戦闘団への対抗意識だが)

「なんでそんな贅沢な部隊が?」

「色々あって人手不足なんでな。戦争の様相も変わってきてるし、既存の人材でやりくりしなけりゃいかんところも多いしな」

「どうして?」

「それはここだと言えん。新京に軍指定のホテルがあるから、そこで話す。土方兵曹が車で送ってくれる」

「ああ、坂本の従卒」

「そうだ。リベリオンから供与されたジープで送ってくれるそうだ」

「くろがねは?」

「あれは色々あって、一線から下げられてな。今はジープが使われてんだ、南洋島だと」

黒江Bをジープへ乗せ、軍指定のホテルに案内する。日本の協力で建てられた巨大ホテルで、作りは21世紀で最新であった作りに準じる。防火耐震も21世紀基準を満たしており、南洋島再開発の象徴だが、戦時では軍の指定になっているため、軍関係者の保養施設代わりに使われている。

「このホテル、皇国ホテル以上じゃない!このゼータクな作り!」

「まあ、贅を尽くしてるからな。本当は観光用のリゾートホテルだから、遊戯施設も一通りある」

「……これは?」

「非接触カードキーだ。無くすなよ?」

部屋のキーを渡す黒江A。Bは言葉づかいに女性言葉の要素が残っており、Aは言葉づかいが総じて男性的になっている。それがわかりやすい違いだろう。背丈についても、素の姿でのAのほうが若干高い。これはAの方が食事や栄養バランスが良いことも関係している。能力の基本スペックは同一だが、細かな違いも多い。

「どうやって使うんだ?」

「カードと同じマークの所にかざせば良い。ホテル内ならそれで会計出来るから財布も要らないぞ。チェックアウトするときに清算するんだ。会計は統合参謀本部持ちだから、ゼータクすると良い」

「統合参謀本部?」

「軍令部と参謀本部が統合された部署だ。で、そこの最高意思決定機関が『統合幕僚会議』。国防省に海軍省と陸軍省も統一されたしな」


「へぇ。色々変わったんだな。独立空軍も出来たとか言ったな?」

「まぁ、それはそうしないといけない事情もあったからな。敵は怪異だけでもなくなったからな」

「どういう事だ、二人共」

「あれを見ろ」

ホテルの二階のラウンジの窓から見えるのは『新京急行』と名付けられた『定期便』のB-29である。かなり低空を飛んでおり、対空ミサイルのレーダーの盲点を突くため、敢えて低空飛行していた。これはレシプロ戦略爆撃機の限界高度の10000m位は21世紀水準の迎撃ミサイルの射程距離内であり、高高度飛行をしていると、良い的だからだろう。

「あれはリベリオンの爆撃機?」

「B-29。都市を焼き払うために開発された大型爆撃機だ」

「よくそんなのが許されたな?」

「名目上はウィッチのパラサイト母艦になり得る飛行機として、だがな。今、こっちはリベリオンとガチで戦争中だしな」

戦略爆撃機はウィッチ世界では、そうした方便で開発され、実際にウィッチの空中空母型が富嶽であっても存在する。戦略爆撃機はそれを爆撃機に転用したという名目で配備されている。扶桑では対空迎撃ミサイルの取得と同時にそうした運用は取りやめられ、その代わりに宇宙艦を充てている。また、F・ルーズベルト存命中はマンハッタン計画で製造された爆弾=原爆を投下し、怪異を巣ごとぶっ飛ばす作戦が立てられた形跡もある。史実同様、トリニティ実験は行われたが、年単位で前倒しされており、比較的早期に成功していたという記録もある。しかし、リベリオン本国ではトルーマン政権の転覆と共に予算が打ち切られ、人々も熱核融合弾という形で、核の洗礼を受けたため、原子力科学者を追い出せという風潮が出来、原子科学者達は扶桑へ亡命している。(そこでも、左派日本人による誹謗中傷を受けた。彼らが完成していたリトルボーイを持ち込んだのも要因だが)扶桑は国防省の地下で彼らに研究をさせている。これは原子力の技術がやがて、熱核融合エンジンに繋がる事が分かってるからである。原子力技術に不確定要素による事故はつきもので、かつてのアメリカでは、ゴルゴ13に技師が個人的に依頼し、重大事故を防いだ(彼自身の命と引き換えだが)事もある。(その事は『2万5000年の荒野』という台の本で、当時の関係者が書き残している)そのため、安全な核融合炉の実用化までは、日本人の目に触れない地下研究が良いだろうというのが、扶桑の政治的判断だ。(本来は扶桑への干渉だが、左派は同位体が核保有国になるのを認めないため、オッペンハイマーやアインシュタインを誹謗中傷したため)

「それに、ちょっとあれには政治的事情も絡んでんだ。マンハッタン計画って聞いたことは?」

「いや?」

「F・ルーズベルトはな。あれに都市が一個吹き飛ぶ威力の爆弾を載せて、巣ごと吹き飛ばす算段だったんだ。ひいては扶桑に使用することも考えていた」

「!?」

黒江Bは驚愕した。B世界では、マンハッタン計画よりも対怪異爆弾の方に研究がシフトしていたからだが、A世界では、ルーズベルトが中国再興のため、扶桑を滅ぼし、生き残ったモノを『家畜化』するという『家○人ヤプー』さながらの計画を思案していた。これは彼が世界共通で持つ親中/反日の思想が中国の滅亡で極端になっていた証であり、妻のエレノア・ルーズベルトがいなければ、扶桑の東京、京都、広島、長崎の何処かにリトルボーイを落としていただろう。それをしなかったのは、妻や周りのスタッフが押しとどめていたからで、彼の先鋭化した人種差別思想がティターンズにより暴露された事が、リベリオンの分裂に繋がったのは皮肉なものである。

「どうして、ウィッチが迎撃に出ないで、普通の戦闘機が迎撃に?」

「ウィッチは人手不足だと言ったろう?それに、あれは20ミリくらいじゃ落とすのが困難なんだ。12.7ミリが主力の平均的なウィッチがあれの迎撃出来るか?」

坂本がいう。A世界でダイ・アナザー・デイ作戦時に浮き彫りになったが、航空ウィッチ達の火器は空対空戦闘を主眼に置いているため、平均的な火器が反動と携行弾数の都合から、7.62ミリから12.7ミリの機関銃レベルの火器である。大物食い専門の部隊は大口径砲を用いる者もいるが、専門部隊でさえそれは稀であった事が、ウィッチの戦果の小ささに繋がった。対人戦であるのを差し引いても、あまりに費用対効果が低い結果だった。B29一機を落とすのにも、平均的なウィッチが6人以上束になり、その内の一人は負傷を覚悟の上となっていた。これは対人戦の訓練が殆どされていなかった事もあるが、B29の防御方陣がウィッチには効果的に働いたからである。12.7mm機銃12門、20mm機関砲1門の防御銃座は当時としては優秀な射撃指揮装置で管制されていたので、平均的なウィッチでは防御方陣の弾幕の突破すら至難の業で、エース級がコックピットに一撃を加えるか、フラップを吹き飛ばすか、翼をへし折るなどの戦法が推奨されるほどだった。そのため、彼女らに補助戦力と見なされていた戦闘機に重装備を載せたモデルが活躍した。黒江Aが訴訟の時に知り合った老弁護士も元は47Fのキ44乗りであり、義勇兵として戦い、501の援護に活躍した。彼曰く、『B公は40ミリをぶち込めば一発で落ちる』とのこと。また、『誰かが背中の銃座引き付けてくれてる間に機首にチョイと20mm4本か40mmを放り込みゃ落ちるからね、29なら』とのこと。

「私の知り合いのキ44乗り曰く、あれを落とすには最低でも20ミリ4本か、30ミリ砲がいると言ってた。扶桑は専門部隊でも、20ミリ使ってるのは極稀だろ?それが実戦で問題になったんだ」

「あの時のキルレシオ、ウィッチとB公じゃ、かなり悪かったしな。お前、切れてたしな」

「そりゃ、B公の一個中隊相手に、ウィッチ部隊が二個いるって、効率悪すぎだろ?」

「で、彼はなんと?」

「奴さんの弟さん曰く、夜なら斜め銃背負った零式でも食えたとか言ってたな。あぶねぇんだけどよ、斜め銃」

「それと、あん時のゴタゴタは参ったぜ。ほら、例のあれ」

「ああ。私らの交代要員のことだろう?あれ、お前が急いで指名で呼び戻さなかったら、あきつ丸で暴動起きてたものな」

「それ聞かされたの、休憩中だったんだぞ?防衛省にいる息の掛かった官僚からの緊急電話で。で、政府高官からの電話で……」

黒江にあきつ丸事件の話が伝わったのは、東二号作戦の中止があきつ丸に伝えられ、一部が艦を離れた後であった。黒江が呼び戻して戦線の前線に参加できた者は最終的に全体の半分であったが、全員に慰労手当の支給資格の授与と従軍記章の着用が認められた。これは教官の動員は黒江達の交代要員に必要な事項だったのが理解されたからだ。

「あの時、お前すごく憤慨してたものな」

「寝耳に水だったんだぞ。あん時。休憩中にかかってきて、『急いであきつ丸のウィッチを君の権限で呼び寄せてくれ』だぞ?思わず『は?』って言っちまった」

「で、背広組が『交代要員』とは知らずに帰国指令を出したから、急いで動員しろって言われたんで、独自に来た連中以外をとにかく急いで呼んだが、全部は無理だった。で、それを上に報告した。で、なんのかんので慰労手当の支給資格の授与と従軍記章の着用が認められた。こっちは過労死しそうになってると嫌味言ってやったよ」

さすがの黒江も休みが殆ど無しで戦うのは、精神的に疲れるようで、電話先に嫌味を言ったと明言した。作戦中、501は交代要員無しであらゆる任務に従事したに等しく、黒江達の交代要員が確保できただけでも奇跡だった。本当は501全体の交代要員が確保出来る見通しであり、これが連合軍全体で問題視され、日本防衛省は火消しに追われた。結局、日本政府の公式の連合軍への声明で、一律であきつ丸乗船者に従軍記章の着用、高額な慰労手当を支給する事で火消しが図られ、戦功ある者は一階級昇進が特別に認められた。日本側はこれで赤っ恥を晒した事になるため、防衛省の高官の何人かは交代し、背広組にいる黒江の信奉者らがその後釜に座った。黒江がこの戦争で自衛隊から好きに機材、装備を引っ張れるのは、2017年をすぎる頃には、20年近くの間に増やした自分の信奉者らが日本国自衛隊/防衛省の中枢部に入り込んでいるからである。

「さすがのお前も疲労困憊だったしな」

「参るよ。普通なら過労死ぎりぎりのラインだぜ?いくら私が普通じゃないったってな……」

「何があったんだ?」

「ある大きな作戦で、交代要員なしで昼夜問わず出撃しまくったんだよ。扶桑海以上の頻度で。部隊の連中が殆どへばってよ、交代要員来たのが途中、しかも部隊全員のはいなかったから、これまた大変でな。意趣返しかねてガランドさん巻き込んで、魔弾隊噛ませて日本からの圧力通らんようにしたったわ」

黒江Aは立場上、殆ど休み無しで任務を遂行した。その意趣返しとばかりに、この戦争ではガランドに魔弾隊、魔眼隊、魔刃隊を作らせて、一枚噛ませて、日本からの圧力を封じている。

「魔弾隊?」

「ああ、ウチだと、カールスラントから『義勇兵』募って参戦させてるんだ。国としては参戦していないから、リベリオンもどうこう言えないからな」

「お、烈風と紫電改が迎撃に出たな」

「敵は迎撃ミサイルを恐れてるのか、高度をあげねぇな」

「高度3000か4000でも捕捉されるしな」

坂本が付近の野戦基地から要撃してきた戦闘機部隊に気づいた。史実と異なり、レシプロ機でも高高度飛行能力を持つので、B29への交戦能力を持つ。更にこの時期には、主翼構造が強化されている最終型に移行していたので、主翼下に自衛隊OH-1のミサイルポッドをつけている。これは旧来の構造の主翼では、強度不足で戦闘爆撃機任務には不向きだからである。(日本から『制空戦闘用のレシプロ戦闘機の主翼構造では、戦闘爆撃機には不向きであり、ロールを打つと折れる』との指摘があったため、構造が強化されている)

「お、護衛のP-51と巴戦始めたぞ」

「あの部隊、動きが良いな。義勇兵か?」

「ああ。この辺は義勇兵の部隊が多い。実戦経験があるからな。ウチは一部しかいないしな」

「元自の連中は?」

「旭光以降の機種に乗ってる。だから、ああやって巴戦やり始めるのは、元軍人だな」

「いや、元陸自の連絡機やチョッパー(ヘリコプター)乗ってた連中がレシプロに乗ってる、速度が近いからそっちならって」

「本当か?」

「基本課程でプロペラ機には乗るし、それに、空自連中はジェットに回されてるが、数が足りん。そこで陸自の連絡機やチョッパー乗りだった連中を戦闘機に乗せた」

ヘルコプター乗りや連絡機乗り達をレシプロ戦闘機に乗せるのは、ある意味ではウルトラC級のことだが、元空自のパイロットらがジェット戦闘機要員の教官などとして働いているのを考えれば、充分にあり得る。特に、レシプロ戦闘機であれば、操縦方法を覚えればいい(トリガーは操縦桿式に改修済み)ので楽だ。ジェット戦闘機は空自出身者が主に教官だが、旧軍経験者は軍解体後に空自に転じた者も多いため、旧軍経験があるジェットパイロットも意外に多い。そのため、双方の軍歴がある者は旧軍人として参加しつつ、自衛隊での戦法を教える者も多かったりする。これは創設期の航空自衛隊は旧軍経験者が担っていたからだ。

「で、なんで烈風や紫電改なんだ?疾風どうした?」

「84は義勇兵に人気ないんだよ。目立った戦績無いし、エンジン不調の話しか後世に有名じゃないしな」

「100は?」

「まだラインが本格的に動いてない。84は性能は良いんだが、如何せん目立った活躍がないからな。一応、米軍トップレベルのエース落としたって話はあるんだがな」

「あー、ハ45のせいか?」

「ああ。エンジン整備が神経質だからって、義勇兵はキ100、あるいは紫電改や烈風に群がるんだ」

「烈風はなんでだ?」

「史実だと幻の機体だからだろ?五号零戦は激戦地帰りには人気らしいが」

「43の三型は?」

「火力不足が難点だが、義勇兵の高年齢層に人気だよ。ただ、予備エンジン多く用意しないとなぁ」

「ああ、水エタロール」

「うむ。あれは所詮は43のモデル寿命延長キットだから、新型使うほうがいいんだがな」

キ43、つまり隼のことは、黒江もモデル寿命の尽きかけた旧式機と見なしているが、義勇兵の高年齢層(旧軍経験者の中盤以前に空戦経験がある層の者)はキ43三型を積極的に使用し、戦果を残している。それについては黒江自身、驚嘆している。相手はP-51Dであるからだ。

彼らの中には、黒江の同位体の部下だった者もおり、黒江に『51なんぞ、低空で相手すれば、43三型の敵じゃありませんよ、黒江さん』と言っている。日本機は加速性能はずば抜けているため、得意テリトリーで戦えば、P-51Dと言えど倒せるのだ。なお、『こっちの黒江閣下の遣り口ですよ、アレ』とは、空自の駐在武官の言。

「まっ、私も資料で同位体のやり口は知っているが、実際に話されると驚くよ。で、キ100に乗ってるっていったら、やっぱりと返された」

「お前の同位体も中々のやり手だしな。悪い、電話だ。土方か。なに、今度は穴拭だと?出番だぞー1号」

「おう。んじゃ、行ってくんわ」

「お、おい、誰が二号だよ」

「仕方ないだろ?どっちも名前同じだし」

「甲乙丙丁よりゃマシだろー」

「た、確かに」

「で、智子のBさんはどこにいんだ?」

「ここから数キロ先の市街地にいる。パニクってるらしいから、とっとと回収してこい。こっちのあいつは今、訓練で飛んでるしな」

「分かった。エイ○マン張りの疾さで回収してくる」

「スーパーマンの真似出来る速度出せるくせに、なに言ってるんだ?」

「いいじゃん。国産ヒーローだぞ、あれ」


黒江Aはそのままの服装で、智子Bのもとに向かった。智子Bは再開発され、超高層ビル街になっている新京に狼狽え、わけが分からずに、駄菓子屋のベンチで落ち込んでいた。黒江Aはそれをすぐに見つけ、駄菓子屋でペットボトルの麦茶を買い、智子Bの前に姿を見せた。

「何やってやがるんだ?」

「……綾香、貴方、綾香なの!?」

「ああ、そうだぜ。お前がいるってんで、休暇先からすっ飛んできた」

「でも、なんであたしがいるって」

「坂本の方面から連絡受けてな。まあ、飲み物でも飲め」

「何それ」

「新開発の容器に入ってる麦茶」

麦茶を渡し、取り敢えず落ち着かせる黒江A。

「でも、何その格好」

「休暇だって言ったろ。私服だよ、私服」

黒江Aは調の容姿で過ごすつもりだったので、服のセンスが21世紀での10代後半が好むような服装であり、尚且つ調が着るような服である。本来、軍服で休暇を楽しむことも多かった黒江にしては極めて異例なほどのファンシーなファッションである。

「軍服だと市民に追い回されるんだ、色々あってな…」

と、視線をそらす。A世界では追っかけも多いので、私服に着替えないと買い物もできなかったりするのが黒江だ。

「貴方がモガみたいな格好をするなんて……」

「おいおい、それ親世代が若かった頃の言葉だぞ?15年以上前だぞ、流行ってたの」

「貴方、いつから語尾が変わったのかしら?」

「ん?ああ、それか。それは今は言えん。後で説明してや……わお!?」

黒江Aは呆れる。智子Bはストイックを装っているようで、流行には敏感である。少女雑誌に相当引きずられているが、ファッションには敏感なほうだ。見たことがない取り合わせであったし、智子Bはここで黒江に違和感を覚えた。言葉づかいの端々が違うのだ。直感的に目の前の黒江が自分の知る黒江ではないと感じ取り、咄嗟に持っていた備前長船を鞘から抜くが、黒江Aは手刀で受け止めていた。

「ったく、こんなとこで長物振り回すなよ」

備前長船を手刀で受け止め、何事もないように言葉を発する。黒江Aは涼しい顔で言う。智子Bは固まる。愛刀の居合抜きをこともなげに受け止められたのだ。しかも手刀で。

「敵対しても良いが、こっちにはその気は無いぞ、ちったぁ落ち着け」

と、自分の分の麦茶の蓋を片手で開けて一口飲む黒江A。

「お前、ヤマカン当たるからなぁ。ガキの頃からそうだったんだろ?確か小学生の頃……」

「なんで、そ、その事を!?」

「お前が今、考えたような偽物じゃねぇって事だ、このバカちんが」

黒江Aは智子とは当然ながら長い付き合いであり、智子の隠している秘密も、Aの姉に聞いている。そのため、Bが秘密にしている事も皆バレている事になる。

「フジに言うぞ?昔、アイツがカメラの懸賞用に溜めてた切手を……」

「な、なんで貴方がその事を!?貴方、その時は転属……」

「むふふ〜♪情報収集は士官(レディ)の嗜み?」

「なんで疑問形?ってかなに?その発音と表記が違ってそうな言い方!」

Bは突然の発言に狼狽え、パニックになる。B世界では、黒江は智子と別の部隊へ別れ別れになったため、黒江が知るはずもない出来事。それを言ってみせた事に智子Bはパニックになる。

「ん?ジープだ?」

「土方兵曹から連絡が入ってたのに気づいたわ。迎えに来たわよ」

「バカ!来るならホテルに来いよ、なんでここに来んだよ!」

「えー?あんたが出てるって聞いたから」

「おい、そこのお前が感づくぞ、どーすんだよ」

「後ろに乗せちゃえばいいでしょ」

「そういう問題かボケェ!」

「取り合えず場所を移しましょう。急がないと人が集まりますよ、先輩」

「檜、お前いたの?」

「武子姉様の言いつけですので」

「さすが武子のメイド」

助手席には檜少尉がいた。武子の従卒からウィッチへ転じた異例の経歴を持つGウィッチで、レイブンズとも旧知の仲である。彼女は武子に生涯仕え、退役後も加藤家を取り仕切る役目を担っていたため、当然ながら今回も既に加藤家に住み込みで働いている。彼女は連邦が参戦した後の戦闘で戦闘脚の不調で足を失い、片足が義足になっている。そのため、足音に金属音が混ざる。

「よう」

「マルセイユ、お前が運転してたのか?」

「面白そうだし、どうせ暇だしな」

「で、どこに乗せんだよ?智子二号をよ」

「荷台でいいだろ」

「ええ。こちらの一号さんに場所を移ってもらって、ホテルで対面に持っていきましょう」

「分かった」

一同は慌ただしく席の入れ替えを行ったり、智子Bを荷台に乗せ、数キロ先のホテルへ走り出す。マルセイユの運転なので、当然ながら荒々しく、黒江Aはため息であった。荷台から智子Bの悲鳴が響くが、気にしていられない一同だった。



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