「セリカ――ッ!!」

 ――絶叫する。
 古の誓い。
 朋友と呼んだ過去。
 それら全てを投げ出し、唯只管に愛する女を復活させるために走り続けた。

 あれほど拒絶していた悪魔たち――深凌の楔魔と手を組んだ。
 魔の領域であるディジェネール地方の悪魔を束ね、数年で一大帝国を築き上げた。
 エディカーヌ帝国を支配した魔術師アビルースとも共闘した。
 不可侵の盟約を結んだメンフィル帝国――理想を追うかつての朋友にして前皇帝、リウイ・マーシルンと敵対した。
 ――全ては我が野望のため。
 オレたち古神の敵――現神の僕に討たれた女神アイドスを復活させる。
 その上で、現神どもに虐げられた者たちに光を齎すために……。

 そして、今眼前に、その最後の鍵がある。
 女神アイドスの姉、正義と裁きを司るオリンポスの星乙女、女神アストライアの肉体。
 そして我が手のうちにあるアイドスの神核があれば彼女は甦る!

「覚悟ッ!!」

 神剣アイドス・グノーシスを捨て去り、再び手にした“鞘から抜かれた魔剣(オグドアス・アイオーン)”。
 女神アイドスの神核は文字通り我が身の内にあり、この手にあるのは軍神であったころに私が所持していた魔剣だ。。
 それを握りしめ、対する敵を倒すべく飛び込む。

「くっ……ルシファー、もうやめろ!」

 オレの剣圧に押されながらも“神殺し”セリカはギリギリで弾き返す。
 過去の自分の影を受け入れ、神の力を失っているというのに……。

 体勢が揺らいだセリカの代わりに、使徒――契約を交わした配下であるセリーヌが彼を援護する。
 大したことはない。もはや力を抑える必要も、世界の律を気にする必要もないのだ。
 全身を覆う闇――熾天魔王の力、その全てが今我が身に宿っている!

「何としてでもアイドスを復活させる! ……オレを思うのならば、全力で戦え!」

 渾身の一撃。
 耐え切れずにセリカは後退した。
 ……躊躇いがないといえば嘘になる。
 だが、それでもっ!

「女神体を手に入れる。そうすれば――っ!」

 魔族を束ねる魔王となるに至り、我が使徒の生より解放したエクリアの連接剣を受け止め、そのまま体を蹴り飛ばす。
 苦悶の表情を浮かべる彼女の顔を頭の中から振り払い、セリカ目掛けて剣を振り降ろし――

 ――予想外の方向から攻撃を受けた。

「目を覚ませ! ルシファー!」
「ぐっ……リウイ……ッ!」

 オレの配下である魔神ラーシェナ達をイリーナら臣下に任せたのか、リウイが間近に接近しレイピアの連撃を繰り出していた。
 既に攻撃の姿勢に入っていた分迎撃が間に合わず、障壁が抜かれて傷を負う。
 ……足元がふらつく。だが、もう引き下がるわけにはいかないのだ!

 体勢を崩したオレに、セリカは好機と判断したのか、ここぞとばかりに飛燕剣を放った。
 目では追える。――だがそれだけだった。

「……ぐっ……」

 堪らず膝を付く。
 腹部を襲う痛みに歯噛みする。
 ……ハイシェラめ、剣の分際で精気まで奪っていったか。

「いくらお前でも、これ以上は無理だ。俺はお前の命を奪いたくない」
「だめだ、セリカ……もう後戻りはできない……水の巫女とも決別した。それに、オレに従った同朋の魂も背負っている。
 ……目的は、必ず果たす!」

 エディカーヌ帝国の民を戦に駆り出し、レウィニア神権国の民を邪竜復活の生贄とした。
 故に引き下がることなどできない。
 オレはもはや神殺しの朋友ではない――熾天魔王となったのだから。

「魔王の汚名、甘んじて受け入れよう。……それでもオレは目的を果たす!」
「よくぞ仰いました。まだ間に合います、どうぞ邪竜の力をお使い下さい……そして、完全なる魔王としてお目覚めを」

 傍らに立った黒い影――魔神パイモン。
 その手より光り輝く核を受け取る。
 邪竜アラケールの神核……それは魔王そのものというわけではないが、もう片方の魔王の力を確かに宿している。
 それを――

「だめ……っ!」

 嘆くように叫ぶエクリアに一度だけ微笑み、叩き付けるようにして……吸収した。
 瞬間、視界がオレが生まれた“名も無き世界”のような暗黒に浸食される。
 憎悪、憤怒、狂気、破壊……あらゆる負の感情が集う。
 秩序と傲慢を司るルシファー。
 そして、混沌と憤怒を司るサタン。
 邪竜の核を通じて、冥き途より魔王の力を完全に引き出したオレの体は、その双方の力によって分解、再構築されていく。
 ――これが真の悪魔王への変貌というわけ……か。

 体の中に圧倒的な力が流れ込んで来るのが分かる。
 それを心地よいと感じるのは、私自身が人間に対する憎悪に支配されているからなのだろうか……。
 やがて闇の空間に一筋の光の線が入る。
 再び異界と化した王都プレイアに戻ったのだろう。

「ご生誕まことにおめでとうございます」

 跪くパイモンを無視し、オレは己の肉体を確認した。
 魔力で編まれた赤のインナー。下部が黒に染められた真紅のコート状の上着。金の留め具。朱色の脚絆。
 闇に似た黒の手や首周り、脚部などの板金装甲から成る防具が形成されている。
 更には背中の黒翼が竜種のような禍々しいものに変化していた――紛れもなくかつての“オレ”の戦装束(すがた)
 ああ……身の内に感じる、今にも溢れ出しそうな魔力は今までとは桁が違う。
 なるほど……

「……っ!」

 肉体の確認を終えたオレは、視線をセリカたちに向けた。
 ただそれだけ。
 たったそれだけで、小さく悲鳴を上げ委縮する彼ら。
 セリカとリウイだけは踏み止まっているが、流石はかつての朋友といったところか。

「逃がすつもりはない……アイドスのために、ここでお前たちを殺す」
「……本気で言っているのか」
「ああ……それと、今のオレに手加減や慈悲は期待するな。……尤も、解っているだろうがな」
「……」

 沈黙するセリカたち。
 その表情を窺うに、どうやら決意したようだ。
 
 ――瞬間、セリカの懐から光が溢れ出した。

「それは……アストライアの魔力……正義と裁きの力か……」

 女神の力を捨てたはずのセリカに、次第に神の力が戻っていく。
 そして、彼の背に現れる金色の羽。
 ずっと不思議に思っていたことに、今更答えが出るとはな。
 アストライアは一度天界に帰ったという。
 ならば、天を駆けるための翼が、当然あって然るべきなのだ。

 これが――全力状態の裁きの神……。

「俺は……サティアとの約束を守らなければならない。だから、まだ死ねない」
「それでいい。お前とオレの戦いに善や悪はいらない。互いのエゴのぶつかり合い。ただそれだけだ」
「……ああ」
「――古の戦の再現か。……いくぞ神殺し!」
「熾天魔王……お前を止めるっ!」





「……また、オレの……負け……か……」

 最後に放った重力魔術“闇の牢獄”がセリカの神聖魔術“閃光翼”によって断ち切られた。
 発生した重力の檻は、光の神剣によって蒸発してしまった。
 ……ここまでか。

 ――翼が消える。
 最初の戦いは、もういつのことだったか忘れてしまった。
 戯れに手合せをしたことはあったが、結局最後まで勝てなかったな……。

 強く願った。アイドスの、愛する女の生を。
 失ってしまった半身。
 その生き様に憧れのようなものを抱き、彼女がいたからこそオレは信頼というものを知ったのだろう。
 だがその祈りも、光によって切り裂かれ散っていく。

 あれほど溢れていた力が萎んでいく。
 闇の神の力。その双方の神核と精神が消える以上、もうこの世界に古の魔王が復活することは二度とない。
 最後の時か……。
 ラーシェナ、パイモン、カファルー、ベルフェゴル。
 ここまで仕えてくれた者達が、その人間でいう魂に相当する神核を砕いて逝く。
 共に終わりをと、そういうことなのだろう。
 ……いや、三柱ほど忘れていたな。

 召喚石を取り出し、契約を切る。
 魔神ディアーネと能天使ニル、そして魔神アムドシアス。
 ディアーネに忠義など似合わないし、ニルやアムドシアスもここで死ぬ必要はない。

「アムドシアス、ディジェネールの同胞を任せていいか?」
「知らぬ。連中はお前だからこそ従ったのだろう。……お前が死んでも、再びかの地で覇権を争うだけだ」
「ならば……憂いはないな」
「……馬鹿が。この一角公の忠告を無視するからそうなるのだ」

 ……馬鹿か。
 だろうな。だが後悔はしていない。

 もう立っているのも辛くなってきた。
 静かに跪き、ふとエクリアの方に顔を向けた。

 ……なんという顔をしているのか。
 あの気丈な女の顔が、涙でぐちゃぐちゃだ。

「……ルシファー……様……」
「共にいてくれと言ったのはオレ……いや、私だったのに……約束を破ってしまったな」
「っ! 私も――っ!」
「だめだ、お前は生きろ。もう私以外の元でも"自分"でいられるだろう。……ああ、一つだけ。その耳飾りは捨ててくれ」
「……っ! 貴方はどうして……!」
「……リウイ、悪いがリフィアの後見人にでもしてやってくれないか?」
「貴様は……大馬鹿者だ」

 顔を歪めるリウイに苦笑し、最後にセリカを見た。
 結局あいつには二度目の“神殺し”を経験させることになってしまった。
 悔やむことがあるとすれば、それだけだ。

「……気にするな。……俺が“人生”を終えたらあの世で一発ぶん殴ってやる。それで帳消しだ」

 ……ああ、そうか。
 過去を受け入れたことで、あいつは神殺しではなくなったのだったな。
 ならば、その日を待つことにしよう。

「……最後だ。俺からの手向けの花。受け取れ」

 その言葉と共に、セリカが剣を振り降ろす。
 狙いは……私の中の“核”か。
 魔神剣を通じて注がれた女神の魔力に覚醒する彼女の神核。
 そして溢れ出す光の中に、私と――セリカは取り込まれた。

「……アイドス……」

 あの日から、求めて止まなかった愛しき者。

 ……いや、それだけではない。
 それは何の奇跡なのか。
 確かに傍らにもう一人いる。
 アイドスと同じ姿の――瞳の色だけが違う誰か。

「……アストライア、なのか?」

 ――女神アストライア。
 悲しげに微笑むアイドスの傍に、凛とした雰囲気を湛えて立つ女神。
 彼女は私に顔を向けると穏やかに一度だけ頷き、セリカの元へ。

「“アストライア”はずっとセリカの中にいたみたい。……ずっと、セリカを見ていたの。……やっと謝ることができた」

 そう言うとアイドスは、そっと私の頬に触れてきた。
 記憶のままの姿。……やっと会えた。

「……ずっと、会いたかった……」

 嬉しそうに、悲しそうに彼女は微笑み、私の背に手を回してきた。
 そのまま身を委ねる。

「……ありがとう」

 闇が晴れていく。
 慈悲の女神の齎す光によって。

 そして――

『どうかあの子をっ!』

 ――そんな鬼気迫るような声が聞こえた気がした。





 その場所には、ひどい腐臭と饐えた水気の臭いが立ち込めていた。
 さっと周囲に目を向ければ……地べたを這いずる虫の大群に思わず眉を顰める。
 あれほどまでに悲痛な叫びともなればと予想はしていたが……。
 どこぞの外道魔術師を思わせる工房の様子に、私は不快感を抱かずにはいられなかった。

「……お前が私を喚んだ人間か」

 その人間の姿を端的に言い現すなら“死人”という言葉が妥当だろう。
 顔の左半分が麻痺したかのように固まり、眼球は壊死しているのか白濁している。
 仮にこの男が私のマスターだとして、この有様で本当に戦に出ることなどできるのだろうか。

 ――聖杯戦争。

 それはかつて私のような古神が支配していた世界で行われていた争い。
 ただ一人の祈りのみを叶える“万能の窯”たる聖杯を巡る戦、なのだそうだ。

 極東の地、冬木に六十年に一度の周期で現れる聖なる杯。
 その導きによって選ばれた魔術師は、『サーヴァント』と呼ばれる英霊を召喚。
 いずれが聖杯の担い手に相応しいかを決めるための死闘を演じる。

 そして魔術師にはサーヴァントを統べるための絶対命令権――令呪が与えられている。
 時間とも空間とも切り離された“座”と呼ばれる場所から、私はそんな闘争に誘われたのだった。

 召喚に応じた理由はただ一つ、あの聖杯が真にあるのならば、私はもう一度彼女と生きることができるのではないか。
 そう、万能の窯を用いれば彼女を蘇らせることができるのではないかと考えたからだ。

 死の間際に果たした再会――それで満足だと思っていた。
 だが二度目の生があるのならば、もう一度……
 そう思う私は、きっと狂ってしまっているのだろう。
 だからこそ『来たれ、狂えるものよ』という呼び声に応えることができたのかもしれない。
 まあ、本来神に仕えるべき天使が反逆している時点で、既に存在が狂っているわけだが。

「……っ!?」

 それは驚愕の表情だった。
 眼前の男は片膝を付き、荒い息を漏らしながら、片目だけを見開く。

「どうした。お前が私を召喚したのではないのか?」

 そう二度目の問いを投げつつ、召喚の儀式に用いたと思われる魔法陣に目をやった。
 夥しい量の血に汚れた陣の中央に、蛇の化石が安置されている。
 ……なるほど、あれを触媒にしたわけか。
 ならば本命はメデューサを殺したペルセウスか。

 しかし蛇を竜と拡大解釈すれば、それこそ竜が関係する英雄は無数に存在する。
 有名どころでいえばアーサー王やシグルズ。竜の因子はないが、ランスロットも竜殺しを行っている。
 それだけ該当する英雄がいなから、私のような反英霊――最古の蛇を呼び寄せるとは運がいいのか悪いのか。
 ……いや、私のような輩を喚ぶくらいだ。こいつも相当な愚か者なのだろう。

「そう、だ……っ……俺が、お前を……っ!」
「……なるほど。さて、いろいろと確認したいことはあるが、まずは――」

 ――お前は
        ――二度と
               ――目覚めない。

 ざっと周囲を見回した際に目に入った、何か物言いたげだった老人。
 一目で分かった。こいつはあのブレアードと同じだと。
 だからそう告げる――統一言語を以て。

「……臓硯?」

 突如崩れ落ちるように倒れた皺だらけの老人を訝しみ、私を召喚した男が声を漏らす。

「目障りだったので永遠に眠って貰った。あのような不快な輩を私の前に晒した自分を恨め」
「永遠に眠ったって……」
「統一言語で暗示をかけた」
「とう、いつ……言語……?」
「お前、本当に魔術師か? 
 ……まあいい。分かり易く言えば一種の催眠術。それも同じ言語を話せない限り、抵抗さえ不可能な。
 尤も私のそれは人間には通じないが、そいつは“世界の律”に人ではないと認識されたのだろう。……それで、だ」

 唖然とする男を前に、私は三度目の問いを投げる。
 それはこの男の意思を確認すると共に、改めて契約を結ぶ儀式。

「我が名はサタネル。人間、お前は名をなんというのだ?」
「っ……ま、間桐雁夜だ」
「カリ、ヤ……雁夜か。……いいだろう。では雁夜よ――」

 ――今宵、この時より私とお前の闘争を始めよう。




あとがき

 ステータス。本編の内容が決まったので再修正。しかし微妙にネタバレ含みます。

【クラス】バーサーカー
【マスター】間桐雁夜
【真名】サタネル
【性別】男
【身長・体重】183cm・72kg
【属性】混沌・善
【ステータス】筋力■ 耐久■ 敏捷■ 魔力■ 幸運■ 宝具■
【クラス別スキル】

・狂化:D
 筋力と敏捷のパラメーターをランクアップさせる。
 バーサーカーは憤怒の魔王となることそのものが狂気に侵された状態。
 そのため正常な思考を保つが好戦的になる。

【固有スキル】

・対魔力:B
 竜種としての対魔力を持つが、狂化によりランクダウンしている。
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術・儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。


・高速神言:A
 統一言語。ただし神の呪縛によって人類への催眠は無効になる。
 呪文・魔術回路との接続をせずとも魔術を発動させられる。
 大魔術であろうとも一工程で起動させられる。

・直感:B
 戦闘時に常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。
 視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。
 狂化の影響でランクダウンしている。
 
・カリスマ:A+
 大軍団を統率・指揮する才能。
 ここまでくると人望ではなく魔力、呪いの類である。

・???

・???

【宝具】

鞘から抜かれた魔剣(オグドアス・アイオーン)
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:??? 最大捕捉:???
詳細不明

偽りの輝光(ヘレル・ベン・サハル)
ランク:A  種別:対人宝具 レンジ:??? 最大補足:???
詳細不明

極限の傲慢(スペルビア・ヒュブリス)
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:??? 最大補足:???
詳細不明

熾天の暁星(――――)
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:??? 最大補足:???
 詳細不明



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