高等魔法学校の第一年と二年は徹底的に基礎の底上げを成される。一芸に秀でている者も、そうでないものも例外は無い。
だが、三年からはそれが変わってくる。選択授業がなされるからだ。
そして選択授業の中で受講しない者は居ないとされる戦士課。
戦士課では魔法使いの属性、つまり前衛である魔法剣士か、後衛である砲台型魔法使いどちらが合致するか一学期を通し調べ、その後生徒は各自のタイプに別れ教えを受ける。
そんな基本的なことだからこそ、ネギも戦士課の授業は受ける気だった。だがその他にも取るべき授業があることがネギを迷わせていた。
一つは言わずもがな錬金術系統である魔法工学に魔法科学、そして魔法薬学。どれも他国のそれと一線を画しており、ネギとしてはぜひとも全ての講義を受けたいものだった。
それは占星術などといった占い関係の学問を軒並み無視することで何とか時間が空いた。
そしてネギが尤も力を入れなければならないと思った教科。それが、
「暗殺戦術特殊教科。通称暗部か」

第七話 暗部という名の高等魔法学校

「アイン!」
『Yes, Your Majesty』
ネギの叫びに、リ・ジェネシスが機械的な声で返答した。瞬間、一条の光が草原をなぎ払った。
「伝令! 敵第二から第十四部隊まで壊滅。ですが第一部隊依然進行中」
「距離八百を切りました!」
自分よりも背の高い部下の報告にネギはギリリと歯を噛みしめた。
「第三、第十二部隊をまわせ! 必要ならロウェインの部隊も投下する」
「しかしそれでは本陣の守りが」
「くどい!」
紅のコートを翻し、ネギは年上の通信兵を睨め付けた。
「戦いはもう始まっているのだ! 命令を実行しろ!」
慌てて念話を飛ばし始めた通信兵に、漸くネギは視線を外し、即座に視力の強化を謀った。
鷹の様な目に映るのは、進行中とあった敵第一の航空兵隊。青い空を長い杖や箒で飛ぶその姿は、隊列を崩さずまさしく航空隊の鏡の様な飛行だろう。
だが、だからこそ何かがある、とネギは判断した。敵方の将、特に第一部隊を任された彼女はネギをよく知っているのだから。
「副司令、どれくらい持たせられますか」
だからだろう、柄にもない事をこぼしたのは。
「第二から第十五まで全ての隊は残っております。内九つの隊が敵前線本部で足止めをくらっているのなら、そうだな、ぎりぎりで何とかなりましょう」
尤も、連れて行かれるのが第一部隊だけという条件ですが。そう付け加えるやはり年上の副司令にネギは一つ頷くと、任せたと自分付きの通信兵をともない足早にトーチカを出た。
目指すは前線司令部である此処を守る部隊、その一つである第一航空部隊。
「伝令、第一航空部隊は直ちに出撃せよ。私はその足で行く」
「ハッ! 第一部隊へ此方…」
念話で連絡を取り始めた通信兵をネギは横目で一目見て、即座にブーツを氷上に滑らすかの様に虚空へと舞わせると、そのまま指揮棒の様に刀を振った。
瞬間、轟音ともに芝生に覆われた大地が割れた。噴火を思わせるそれは、されど灼熱のマグマではなく、一見すれば雪にも見える白き粉が吹き出る。白き粉は空を飛ぶネギの横で渦を巻くとその形を収束させ、一つの巨大な骨の標本を形作った。
大鎌の代わりに、左右対称な六つの腕とそれぞれに握られた古今東西の刀剣を形成し終えた巨大な骨にネギは笑いかけた。骨はまるでそれに応えるかの如く窪んだ眼窩に青白い炎を燃やし、その側を追いついた第一航空部隊が三人編成で飛び越していった。

「ほぅ、これはなかなか」
ヘラス帝国最高意思決定機関、元老委員会。その一人アルバルト・ファラリスクは思わず目の前の光景に感嘆の声を上げた。
「あれが、かの英雄の息子かね」
それに呼応するかの様に連合評議会の一人がホストであるアリアドネー戦乙女騎士を統括する女性に話しかける。
彼らの目の前では、ガラス越しに草原の戦場が見渡す事ができた。始まってから一時間が経過する戦闘だが、なにがしかの組織あるいは国の代表である彼らにとって、戦場の状況を知る術はもっぱら立食会場のモニターに映し出される文字の羅列だった。
だが、それが一変した。誰にでも解る強力だろう兵器が現れたからだ。そうネギの骨の巨人である。
リ・ジェネシスの一撃も会場を沸かせた事に変わりはなかったが、骨の巨人にはいくらか劣る。
事は所詮模擬戦。下手をすれば命に関わると言っても、そこまで下手をこくものは早々いない。仮に死者が出たとて彼らには対岸の火でしかない。あるいは夜間ならば魔法の光が、僅かに幻想的な雰囲気を演出したのかも知れないが、まだ昼間にそれも期待出来ない。
だからこそ、今目の前にある明らかなる変化は、文字の羅列よりも尚身近に感じられるのだろう。
声を上げた一人に、この男も元は兵団を率いる将の一人だったと、すでにその面影が無くなったでっぷりとした体型に年齢を感じ、それは自分も同じかと、総長の愛称で親しまれる彼女は彼らに表面上にこやかに頷いた。
「ネギ・スプリングフィールド。彼の優秀さは群を抜いておりますわ。事実今回東の陣営の総大将を担っております」
総長の言葉にあわせるかの様に、状況を知らせるモニターとは別に設けられた戦場を映し出すモニターに、ネギのアップが映し出された。
「英雄の息子。その言葉とは関係なく、我々アリアドネーは、彼の資質を高く評価しております。現に今回も、総大将という器は教師陣の後押しはなく、彼自身で勝ち取った地位。ですが全てが順調というわけではありません」
総長は指を一つ鳴らすと、もう一枚のモニターをネギの周りに展開した東第一航空部隊の様子を映し出した。
「これは…押されておるのか」
「その通りですわパーセヴァル国防委員長」
総長は一つ頷くと自らもモニターに向き直り演説の様に朗々と喋り始めた。
「彼の能力に疑う余地はありません。ですが、それ故に神は、いえ人は彼に試練をかすのです」
コツリ、とワイングラスをボーイから受け取り彼女は挑戦的な視線を招いた彼らに向けた。
「嘗ての英雄、ナギ・スプリングフィールドはその類い希なる力と、そしてカリスマを持ってしてこの世界を救いました。力。それが個人に限った話しであれば、彼、ネギ・スプリングフィールドは正しく英雄の後継者でしょう。事実、彼の魔法は非常に強力で、体術の方も通常では考えられない成績を収めております。それはまさしく血、そう遺伝子の影響と言っても過言ではない」
ですが、そう区切り総長はワインを揺らした。
「カリスマ性はどうでしょうか? この状況を見るに、彼は部隊を総括しています。ですが、その半数、いえそれ以上の数の者が、心から彼に従っていないのだとすれば…」
「だが彼は見事と言うべき戦果を上げて居るではないか。西の前線基地に対する布陣は、私から見ても及第点所か満点を与えるべきだと思ったがね」
「確かに、その通りですわ。異論はありません」
ですが、と総長は彼らを舐める様に見渡した。
「彼の部隊に望んで入った者が少ない事、そして彼の敵を演じる西側の部隊に入る事を望んだ者が過半数を占める事は、変えようのない事実なのです」
飲み干されたワインをボーイに預け、総長は言い切った。
「英雄に必須のカリスマ性。それが彼に備わっていない事は…おわかりですね?」
その直後、モニターに映っていた第一航空部隊の最後の一人が落とされた。

ギリ、とフェレストの口から音が漏れた。
旧式の戦乙女騎士の甲冑を身に纏ったフェレストは、西の第一部隊隊長という任を受け、地上と上空の両方から東側の前線基地を目指していた。
「メアリー、第二分隊の立て直しを! サイファは地上部隊の一時撤退を指揮して!」
途中にあった戦術魔法級のレーザーの様な砲撃は、ネギが放った魔法だと瞬時に理解出来た。
幸いにもフェレスト率いる第一部隊は砲撃が開始された反対側に位置していたので、地と空両方の者に持たせたタワーと呼ばれる長方形型の盾で防御する事に成功した。
タワーは一撃で使い物にならなくなったが、その甲斐あってか、敵前線基地まで後五百という距離まで詰める事ができたのだ。
それもこれもフェレストの用意の良さが幸いしたと言っても良いだろう。元々タワーは使わない予定であった。大抵の攻撃ならばびくともしない反面、巨大で重く、アンチマジリカルコーティングは中位魔法なら二発、高位魔法ならば一撃で使い物にならなくなり、最高位魔法を浴びたのならば盾として役に立たないのだから、玉石混合である本物の戦場で無い限り装備することがないのも当然だと言える。
だが、フェレストはあえて使った。ネギの攻撃で広範囲に渡るそれは、演習という非殺傷レヴェルで放とうとすれば必然かぎられた物しか無く、一番効果的なのが先程の一発だという事を知っていたからだ。
だが、これはどうにもならない。単純なパワーゲームになっている。そうフェレストが判断したのも無理はないだろう。
ケルベロスの卒業試験以来、人に限らず骨という骨を集めていたネギだったが、フェレストにしてもまさか投入してくるとは思いも寄らなかった。
雷の暴風を放ったフェレストは、鎧の能力を最大限に発揮し、剣での薙ぎをかわすため旋回した。襲いかかるGをものともせず鎧と同じように旧式の支給品ではあるもののマジックアイテムである剣を巨人に向け、封印術式を放つ。
「■■■■■■■■ーーーーーッ!!!!!」
空気が帯電したかの様に、音の波が鎧を小刻みに揺らす。思わずフェレストは目の前の巨人に自我でもあるのではないかと疑った。それほどまでに生々しい声、否咆哮だったからだ。
ありったけの魔力を込めた封印術式は、ほんの僅か、そう一秒にも満たない時間で破られ、砂になりかけたそれを、骨として再生した。
「クッ」
冗談じゃない、と罵倒したくなるフェレストだが、それと同時にネギの焦りも悟っていた。
ネギが使う魔法の中で、最も効率良く破壊活動が可能な魔法は、今目の前にある巨大な骨の標本なのだから。
最も少ない代価で、最も高い効果を挙げる。それを体現したかのごとき魔法、それこそが死霊術。媒介となる骨があれば、形を形成し動かすだけで済む。先ほどの自動再生能力も所詮はその延長に過ぎない。
効率の良い魔法。ならば何故始めから投入しなかったのか? 誰もが疑問に思うだろうその答えをフェレストは得ていた。
この模擬戦を魔法界に限らず世界各地の有力者は勿論、国、組織の代表が招かれ観覧している事は、残念だが理由にはならない。ネギが権力に興味があるのなら話は別だっただろうが、あいにくその正反対の性格をしているということをフェレストは知っている。
では何故か? 答えは実に簡単だった。ネギは此処が本物の戦場でないことを肌で実感しているからだ。
模擬戦、その意味は権力者への見世物以外に本物に似た状態での訓練という意味を持っている。つまりネギ個人が独占していいものではないのだ。
個人戦ならば始めから死霊術も使えただろう。だがこれはネギに限らず全ての者の訓練なのだ。ネギ一人で終わってしまうような訓練に意味は無い。
「隊長!」
副官が叫ぶ声に、フェレストはもう一度封印術式を放つと、その反動すら利用してその場から離脱した。
荒い呼吸と、暴れる心臓を御し、フェレストは出来る限り素早く仲間の下へ舞い戻る。と、不意にフェレストは振り返った。
「追撃が…こない」
何故だと首をかしげるフェレストの前で、唐突に骨の巨人が崩れ去った。
どういうことだ、とフェレストが疑問に思った瞬間、重低音が鳴り響き空気がないた。
「そういうことか!」
音の出所を振り返るフェレストは、漸くネギの真の狙いが分かった。
ネギは、一人で終わってしまうから死霊術を使わなかったのではない。いやそれもあるだろうが、それならば最後まで使わないはずなのだ。ネギが一度決めたら曲げない事をフェレストは知っており、そしてたかが模擬戦ではその誓いにも似た決め事を曲げるはずがない事を今更ながらに思い出したからだ。
では何故、ネギは骨の巨人を作り出したのか。それは実に簡単な戦場の法則。あるいはネギの性格と受講している教科ゆえだったのかも知れない。
「陽動…それと」
暗部。いつの間にか骨の巨人の側から消えていたネギに気が付かなかった自身への苛立ちがにじみ、本陣が落とされた信号に上がった勝ち鬨にかき消された。

「で、勝利のご感想は」
にっこりと、されど何処かとげのあるその声に、ネギは苦笑いを抑えられなかった。
「とっても、気分がいい…とでも言えばいいのかな?」
だからこそ逆襲する。ネギは自分の容姿を正確に認識している。だからこそ一見無邪気ともいえる笑みを載せ、へそを曲げているフェレストを見つめ返したのだ。
瞬間フェレストの顔が火を噴いた。紅に染まった頬にネギは内心笑みを深めると、ん? と小首を傾げた。
こ、こいつぅ……。クッとフェレストは気丈にもネギを睨み返すも、ニコニコとした笑みの前に何もいえなかった。
フェレストはネギが狙って微笑みという攻撃を仕掛けていることを知っていた。だが、どうにもならない。迫力に欠けることを知っていて尚迫ることもできる。だがそれはしてはならないのだ。してしまったのなら即座に何故頬が赤いのかという心配そうな表情を装った追撃が行われるのだから。その言葉の前では話題を変えるほかに道は無い。
だからフェレストは思った。こんなのって反則よ、と。
「まあそれはともかく、ホントのところまだまだだなって実感させられたよ」
ふふん、と笑った後ネギは溜息を吐きながら重く言い放った。
「…勝ったのに、そういう事言うの」
「事実だからね」
未だ赤い頬を隠したフェレストの恨めしげな声に、あっけなく返したネギに、フェレストは思わず首をかしげた。
全くもって悔しかったが、ネギの用兵術は見事だった。作戦の総指揮をこなしながら、尚且つ敵に重い一撃を加える。そのタイミングと兵の動きは連携しており、実際問題司令官がネギで無かったらあそこまで連携を密に出来なかっただろう。
型破りではあるものの、作戦指揮という作業を放棄したわけではないので、司令官としては十分に合格だといえる。
ネギが最終局面で前に出たのも、それ以上の戦力が無かったからであったからだ。ネギ側の十以上の部隊が第二前線司令部を囲んでいたのだが、それをもってしてもこう着状態に陥っていたのだから。司令官とはいえ最大戦力を出さなければ、奮闘しても負けないだけで、勝てはしなかっただろう。
指揮権も副司令官に預けており、陽動、本命両方の役割を果たしたネギに、一体何のミスがあったのか。フェレストにはネギの考えが読めなかった。
「フェレストは何が決め手だったと思う?」
決め手。恐らくは勝利のそれだろうとフェレストは判断して、熟考した。用兵術は当たり前だろう。ネギの目を見たフェレストはそう判断し、ほかの事を口に出した。
「陽動…それと暗部かしら」
「流石フェレスト。当たりだ」
暗部。その教科は酷く嫌われている。立派な魔法使いの倫理に反するというのだ。
それもそうだろう、と以前それをこぼしたネギにフェレストは笑ったのを覚えていた。何せ暗殺・・戦術特殊教科なのだ。戦術は納得できるが、暗殺はいただけなかった。
人気の無い選択授業ということで受講人数が集まらず、抗議が開かれない年のほうが多いそれだったが、ネギはもとよりフェレストもその重要性を理解していた。
戦士課は真っ向勝負を覚えるだけだが、本物の戦場で真っ向勝負などほぼありえない。奇襲や奇策、さらには噂のばらまきまで何でもありなのだから当然とも言える。そしてそういったことに対処、あるいはそれを行う手段を教授されるのが暗部なのだ。
だが、今回の模擬戦で暗部に一体何の関係があるのか。時間が経ち漸く頬の赤みが引いた顔の眉間に皴を寄せフェレストはネギを見つめた。
「フェレストの思っているとおり、死霊術は囮だ。だけど、十二の部隊で攻めた本陣が落ちていないっていうのに、私一人で何ができる?」
それは、とフェレストは呟き言葉に詰まった。
ネギの言っている事は正しい。戦場がたった一人の手で変わるなどあり得ない、否あってはならない。
死霊術の真価は攻撃力防御力の高い巨大な骨ではない。人と同じくらいの骨と、一軍を組織出来る物量、そして何より決して恐れることなく命令を実行する生きた者には不可能な皆無の精神が、最も恐れられるやり方なのだ。
巨大な骨では攻城戦でない限り局地的な勝利を得られても、戦場全体から見た勝利は得られない。
だからこそ、ネギ一人が本陣に向かったとしても何ら恐れるものはない。その筈なのだ。
「でも、勝ったじゃない」
だが結果はネギ側の勝利。それもネギが戦場に出てきてから、もっと言うと本陣を攻めて間もない内に落とされたはずなのだ。
「私一人じゃないんだフェレスト。先輩方がね居るんだよ」
はぁ? とフェレストは首を捻った。先輩。その多くはネギの足元にも及ばない実力しかない者が多い。
だからこそ、今更何故先輩という言葉が出てくるのかがフェレストには分からなかった。
「まぁ、分からなくても無理は無いか。先輩と言っても戦士課とか、そういった普通の先輩じゃないんだ」
暗部の先輩なんだよ。その言葉に漸くフェレストは納得した。
「暗部に直接的な戦闘能力はあまり関係ない…だったかしら?」
フェレストは暗部の講義を受けていない。だが、以前ネギが言っていた事を思い出したのだ。
「あまりであって皆無というのは困るんだけど、とにかく戦闘を起こしたら最後、それで任務達成不可能どころか事態が悪化するようなのが暗殺や諜報だ。隠密行動のレヴェルは戦士課の連中とは比べ物にならない」
「それで忍び込んだってわけ?」
フェレストは訝しげにネギの顔をのぞきこんだ。そんなフェレストの目に苦笑するのが映り、ネギは語りだした。
「忍び込んだんだけど、やっぱり先輩はすごいね。魔力や魔法の術式、体術とかそういった直接的な戦闘に関するものはそこそこなんだけど、準備万端って言うか、抜け目がないって言うか」
「何、したのよ」
うん、とネギはおかしそうに頷き、一言呟いた。
「立体型自爆魔法陣で、やったんだ」
は? とその一言にフェレストは顔が引きつるのを感じ、恐る恐るそうだと思い込んでいたことをネギに尋ねた。
「あの爆発って…ネギの魔法じゃなかったの?」
「先輩の道具、なんだよな」
非常識此処にきわまり。そうフェレストは黄昏、そして思う。来年は暗部の授業を受けようと。
異常人物ネギ・スプリングフィールド。だがその上を行くものが存在することをフェレストは今初めて知り、その方法も知った。
いつかついていくために、ネギの横に立てるように。ただそのためだけにフェレストは己を高める。そうしないと置いて行かれてしまうかもしれないと漠然とした不安を感じながら。

それからはあっという間だった。五年に進級したネギとフェレストは魔法世界で実施される魔法試験で最優秀成績を修め、一年スキップした。
それはネギの力量がものをいったことは事実だったが、それ以上に学園側の思惑があったのだ。
全魔法学校対抗代表試合。魔法界は言うに及ばず、旧世界と呼ばれる地球に存在する魔法学校を含めた各学校代表二名のタッグマッチ。
四年に一度行われるそれが、ネギが最終学年に達したその年、アリアドネーで開かれたのだ。
「フェレスト!」
ネギの叫び一つに数百の氷の弾丸が飛んだ。ネギはそれを見ることなく刀を振り唱える。
「螺旋の焔!」
瞬間氷の弾丸に炎がまとわりつき、前衛を任されていた敵に襲い掛かった。
「ちぃい! 風」
「散!」
防ごうとしたことをネギは察し、瞬時に炎に命を下す。螺旋を描き氷の弾丸にまとわりついた炎は白熱し、瞬時に氷を溶かし小規模な水蒸気爆発をいたるところで繰り広げた。
「燃える天空!」
だが敵もさるもの、後衛型の魔法使いが放った炎に飲み込まれたネギは、
「一人」
必至に爆発に耐えていた前衛魔法使いを刀の峰で打ち打ち倒す。
「バカな!」
驚愕の声が聞こえるがネギにはどうでもよいことだった。
大方魔法に飲まれなかったことでも考えているのだろう、だが。
「氷結武装解除」
瞬時にフェレストが敵の武装を破壊し、
「終わりだ」
レジストしていた敵の後ろに回りこんだネギが止めを刺した。
その後も危なげなく勝ち進んだネギたちは、その年の優勝学校にアリアドネーの名を刻んだ。

ネギはその羊皮紙を見つめ、思わず溜息を吐いた。
「魔法使いの試練に教職につかせるってどうよ」
そう、今も字が浮かんできたそれには、日本で教師をせよという前代未聞の修行内容が書かれていたのだ。
修行を決める過程には二つの道がある。一つは今も全世界で採用されている修行をするその者に適した何かを自動で選ぶ、古きシステム。それは誰にも介入不可能で、定まる前でさえ何らかの結果を導くことは勿論、結果の改変は出来ない。
もう一つは学校の最高責任者が態々態度を見て示す方法。自動のシステムでは重要視されない素行。そこに問題ありと思われる生徒のみに採用されるそれは、めったに取られることは無い。
だが、これはどう見ても後者だろう、とネギは思った。魔法使いの修行に、教師は無いと。
「でもまさかあの試合が卒業試験だったなんて、普通もっと難しいものにしないか?」
ネギは講堂で行われた卒業式にしゃくりをあげるフェレストに蘇芳色のハンカチを渡しながら憮然と呟いた。
「うっ、うっ、ネギぃー」
ぐすんぐすんと本格的に涙を流し始めたフェレストにネギは苦笑し、はいはいと抱きしめて背中を叩いた。
「一生の別れじゃないんだ。もっと気楽にやれよ」
「でも、でも」
それにネギは軽く笑うと、そっと耳元で囁いた。
「なんなら仮契約するか」
冗談めかして言った言葉。仮契約。今では結婚相手や恋人探しの理由となってしまっているそれは、魔法使いにおいて形式的な主と従者という位置関係と、戦闘形態が決められる。そしてアーティファクトと呼ばれる特殊な道具を手に入れ戦いを有利に進める方法の一つだ。
だが契約の方法はキスという意識しているいないにかかわらず恥ずかしいもので、ネギは当然断られるだろうと思っていた。
仮契約で発生する仮契約カードと呼ばれるそれは、確かな絆の証だろう。だが、だからといって乙女がそう易々と唇を許して良い訳がない。
軽い人間ならば記念の一つや二つといった意味合いでするかもしれなかったが、ネギはフェレストのことを良く知っていた。そんなに安い女ではないということを。
そして何より自分にそれだけの魅力が無い事も知っていた。少なくともそう思っていた。だから、
「ネギ…んっ」
揺れた黒髪からふんわりと香るシャンプーのにおい。首に回された腕の細さ。間で押しつぶされる柔らかな感触。そして唇に伝わる暖かく柔らかい感触。
「んぁ…練習、してよかった」
「フェレスト…」
ほんのりと朱色に染まったフェレストの頬を見つめネギには何故、こうなったのかが理解できなかった。取るはずのない行動。それをフェレストは行った。
唖然と呟いた声は子供が親に甘えるように鼻先を首筋に埋めたフェレストに届かず、ただその行動から戯れでないことだけが伺えた。
「フェ」
「仮契約、しよ」
それともやっぱりいやになった? そう声を震わせるフェレストに思わずネギはそっと、ガラスを扱うように抱きしめた。
「私なんかでいいのか」
言外にもっと良い奴がいる、とネギは伝えるが、フェレストはそっと腕の中で首を振った。
「ネギでいいんじゃないの。ネギが、ネギじゃないと嫌なの」
ネギ以外の誰かなんていや。そう断言するフェレストにネギは何故そこまでこだわるのかと問いかけた。
「分からない? 私、ずっと」
ネギのこと好きだったんだよ。
「それは」
「知らなかった? だろうと思った」
くすりと笑うフェレストに、ネギは何故彼女は強いのだろうかと柄にもなく思った。
単純な力ではない。目に見えるものでもない。あえて言うのなら魂の輝き。それがとても強く思える。
本当は知っていた。フェレストに好かれていることくらい。ネギは自分と比べて華奢なフェレストの体を抱きしめて思い返す。
知っていた。だがそれが本当だと信じられずに、勝手に期待して裏切られるのが嫌でずっと無視していた。
いいのだろうか、こんな私で、フェレストのパートナーに相応しいのだろうか。
「…仮契約実行。ネギ」
んっ、と早口で仮契約の呪文を唱えたフェレストは、悩むネギに口付けし、
「ネギ…私じゃ、嫌?」
仮契約はならなかった。呪文だけの簡易仮契約は、双方の意思が重要になってくる。だからこそはっきりしないネギが相手では仮契約はならなかったのだ。
「私の何処がいいんだ」
今にも泣きそうなフェレストに、ネギはそれだけしかいえなかった。言うことができなかった。
「何処、か。そうね、あえていうなら何処にも無いわ」
それでも微笑むフェレストに、ネギはなぜそこまでできると首をかしげる。何処にもいいところが無いのならば尚更好きになる理由が分からない。
「始めはただの観察対象だった。次は話の分かる一番近い友達。でもね、ずっと一緒にいて、卒業が近づいて漸く気が付いたの。ずっと貴方といたいって」
好きなのよ。そうフェレストはネギから身を離しながら呟いた。
「好き。世界の誰よりもずっと、ずっとずっと好き。でも、卒業したら貴方とのつながりはなくなるわ。だから仮契約しようって言われて…嬉しかった」
そっと大切な物をしまうように胸の前で両手を包み込むフェレストは、泣きそうな顔をしてそれでも前を向いて告げた。
「でも、私じゃダメだった。貴方を楽にしてあげられなかった。力不足だったのよ」
あの日みたいに。そう呟かれた言葉の意味は、何を表しているのか。それが誰よりも分かってしまうネギは、だからこそそれを早口に詠唱し、フェレストを抱きしめそっと触れ合わせた。
「んンっ」
廊下から光が漏れ、二人の周りにオーロラのような光のカーテンが揺れた。
ネギの心にフェレストの心が流れ込んでくる。信頼、悔しさ、安堵、安らぎ。そして知った。どれだけ想われていたかという事を。
ゆっくり離れる二人は見つめあい、そっと微笑みあった。
「フェレスト」
「ネギ」
そっと抱きしめあい、触れる唇が互いをむさぼる。
それを天から下りてきた角は勿論翼も隠していないフェレストが描かれた一枚のカードが、見守っていた。



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