第一章[因果の繰り手と紅蓮の少女]
二話【感情と空模様】

 

悠二は自分のクラス、御崎高校一年二組の教室に入った。始業直前のあわただしく騒がしい、楽しさと明るさが満たしている朝の教室。いつも通りの日常の風景。
悠二は教室を見回して、中学以来の親友で頭脳明晰人格者『メガネマン』こと、池速人を見つけるために視線を教室の端々へと移していくが、その姿は見えない。
この行動は単なる習慣で、特に用があるわけではないし、世界の真実を告げるために探しているわけではない、話したところで、まともな頭の人間に今の自分の立場など理解してもらえるとは到底思っていない。
学校で友達と話す普通の会話の相手を求めての行動である。
親友の姿がないのを確認し、のたのたと教室の真ん中あたりにある自分の席へと足を進めて、そこに腰を下ろした。
そこでふと自分の教室に何かの違和感を感じ、ベルペオルがそれに気付ぎ悠二に、それを悠二と自分だけの会話で告げる。

(悠二、隣を見てごらん。昨日のおチビちゃんがいるよ。)

(ん?)

言われた悠二は横に振り向き、違和感の原因とも言える少女をそこに発見した。

「なっ……」

本来その席に座っているはずの、平井ゆかりと言う少女の姿はなく。昨日会ったばかりの日常の破壊者である、少女の姿があった。

「遅かったわね。」

フレイムヘイズの少女が、凛々しい顔立ちを引き締め腰の下まである艶やかな髪を背にながし堂々と胸を張って、制服のセーラー服までも着てそこに座っていた。

「なんで君がここにいるんだ」

「おまえを狙う奴らを釣るにはヤッパリ近くにいたほうがいいって、昨日アラストールと話したの。まぁ私もこういう場所には滅多に来ないし見物がてら、ってとこ」

昨日ベルペオルに、殺気の塊のような凄まじい視線を滝のように浴びせられたのが効いたのだろうか、自分の呼び方が昨日の"コレ"から"おまえ"へと変わっていた。

「平井さんはどうしたんだ?」

「ここにいたトーチなら、私が割り込んだから、もう無くなったわよ。お前の隣でちょうどよかったしね。本人はとっくに死んでたし、私は残り滓に私って存在を割り込ませて『平井ゆかり』になってるわけ。」

「ふーんそうなんだ。」

特別に親しかったわけではなかった。目立たなかったし、おとなしかった。まぁトーチだから当然といえば当然だった。この御崎高校に入学して四月から一ヶ月ほど、偶然隣席にいたそれだけのクラスメートだ。印象深い思い出もない。でも彼女、この場合はフレイムヘイズではないトーチの平井ゆかりだが彼女は確かにそこにいた。
本人が覚えていて欲しかったかどうかは分からない。そんなふうな事を考えるだけの事情も知らないままトーチが消えるときのように全てを失う、目の前の小さき日常の破壊者の手によって、自分の居場所を奪われなくても、トーチとしてきっとそんな終わりを迎えたのだろう。
それでも、彼女のことを悠二は覚えていてあげたかった。
皆は忘れてしまうけど、クラスメートとして自分は覚えていてあげようという悠二の心情だった。
今、同じ席に平井ゆかりとして座っている少女。それは彼女ではない。平井ゆかりという名は彼女が存在した彼女だけの証なのだから。

「………君の名前は?」

「名前?さっきもいったじゃない……平井ゆか……」

悠二がその言葉をとめる。

「違う……そうじゃない平井ゆかりって名前は消えてしまった平居さんだけの物だ『フレイムヘイズ』になる前の人として生きていた時の名前はなんていうんだ?」

予想外の質問だったらしい。目の前の少女は不意に表情をくもらせ、寂しさ端が錯覚のようにわずかにのぞき、アラストールの意識を表現する胸のペンダントを強く握り締めながら答えた。

「私は、アラストールと契約したフレイムヘイズ、それだけよ。それ以外に名前なんかない。」

その顔から寂しさは消えていたが、今までの平然としたそれとは少し違う表情を消した顔だった。

「他のフレイムヘイズと区別するために、"『贄殿遮那』の"って付けて、呼ばせていたけど」

「ニエトノノシャナ………?」

これには、ベルペオルが答えてくれた。

(ほら、前に話して聞かせてやったことがあったろう。史上最悪のミステス"天目一個" あれに入っていた宝具それが『贄殿遮那』ってわけさ。)

悠二は、理解したようなしてないような顔をしていたようでそれを見た少女がぶっきら棒に。

「『贄殿遮那』。私が持ってる大太刀の名前」

「そうか。じゃあ……僕は君を"シャナ" って呼ぶことにする。」

悠二にとっては、重要な行為だったが、シャナとなずけられた少女にとっては、どうでもいい事だった。

「勝手にすれば?呼び方なんかどうでもいいし、私は私の役目を果たすだけ」

「それは、僕を守るってこと?」

「は?守る?勘違いしないで、なんで私がフレイムヘイズを守らなきゃいけないのよ。監視よ監視、お前自分の中にいる王が前に何をしてたかしらないの?≪"仮面舞踏会"(バル・マスケ)≫って"徒"の組織にいて『三柱臣』の一角たる『参謀』、狡猾で智略に長けていて、およそ知る者が触れたがらない神算鬼謀の持ち主。あらゆる陰謀に手が届くというその頭脳は他の"徒"やフレイムヘイズの評価を、時に煽(あお)り、時に利用する。私たちフレイムヘイズの間では、知らない者はいないわ。」

この少女は昨日のうちにアラストールにでも聞いたのかベルペオルの事を知っていた。

(ほ〜う小娘が、私が顕現してないことをいい事に言いたい放題、言ってくれるねぇ)

(ベル、落ち着いて今ここで角突き合わせても何もならないだろ?さっきも言ったけど昔のベルは昔のベル、今のベルはもう違うんだから、ここは学校だし僕に任せて。ね?)

(悠二がそう言うなら、堪えよう。ただあのおチビちゃんが悠二に危害を加えるような事があったら、私は後悔してもしきれない。その時には無理やりに顕現してでも、あのおチビちゃんを殺すよ。私は悠二を失いたくない。)

悠二は自分の内なる王ベルペオルをなだめた。
ベルペオルの言う、無理やりな顕現とは世界の歪みを拡大する、人の存在の力を喰らってでもという事だ。
もちろん、ベルペオルにそんな事をして欲しくない悠二は目の前のシャナに向かって。

「前にベルが何をしてたかぐらい、知ってるよ。でもそれは前だ、今じゃじゃない。それに今のベルは、もうそんな事しないよ、僕の中にいるうちは僕がさせないし」

シャナはあからさまに怪訝な顔つきになった。
まったく、この少女の言い方は身も蓋もない。
悠二はため息をついてこの日、最初の授業の準備を始め、ベルペオルがシャナの顔を見て「フンッ!!」 と鼻を鳴らしたような声が聞こえた気がした。
ベルペオルの怒りとシャナの視線の板ばさみにされた悠二は、当面の不安を口にする。

「それよりシャナ、授業とか受けて大丈夫なのか」

シャナはさっきとは別の理由で眉を顰める。

「勝手に名付けて、いきなり呼び捨て?ま、いいけど……それに、授業ってのも、この程度のお遊びでしょ?」

鞄から教科書を取り出しひらひら振って見せた。
始業の合図が、その耳に不吉な音色を響かせる。

 

四時間目、英語の授業も終盤に差し掛かろうとしている。
教室は、静寂と緊張の中にあった。
悠二以外の生徒たちは立てた教科書の中に顔を隠している。最初こそ普通どおりに授業を行っていた教師も、今はひたすら板書を続けていた。
この異様な雰囲気の原因はシャナにあった。彼女のもつフレイムヘイズ特有の、圧倒的な迫力と存在感がこの教室を満たしている。実際の動作としては、座っている、ただそれだけなのだが、教科書も閉じてノートもとらず、ただ腕を組んで教師を見ていた。

「ひっ…平井、おまえ、最近不真面目だぞ。ノートを取らんか」

(おや、はじまったようだね)

(うん)

板書を終え、振り向いた英語教師はシャナに向かって口を二度ほど開け閉めしながら、裏返りかけの声を出した。
シャナは答えるのではなく、ただ、言う。

「おまえ、その穴埋め問題、全然意味のない所が空いてるわ。クイズじゃないんだから、前後の文脈で類推できる所をあけなさいよね。」

シャナは腕組みさえとかず、英語教師に追い討ちをかける。

「正しい答えは『That which we call a rose, By any other name world smell as sweet.』だけど、原文を覚えていないとできっこない」

完璧な発音、誰もが正確であることを確信できる、そんな答えだった。

「その板書も、段落で見たら、あと二文も足りないわ。お前が持っているマニュアルのページ単位で書き写しているだけだから、そんな事になるのよ」

(止めをさしたみたいだよ)

(………うん)

反論の余地のない、痛烈で的確な指摘に英語教師は思わず一歩下がった。
その後もシャナの追撃の嵐に打ちのめされ、英語教師の顔は無残に歪んだ。
生徒達は先の三時間目までの教師と同じく、この英語教諭も四人目の餌食になったことを知った。

こういうことが、立て続けに四時間連続で起こったため、昼休みになるとクラスメートたちは息抜き……というよりは午後の授業のための息継ぎを求めるように、一人、また一人と教室から姿を消す。しまいにはシャナと二人っきりで正確にはアラストールとベルペオルも加えた四人だが、昼食を食べる羽目になった。

「なぁ?」

「何」

「あれは、ちょっとひどいんじゃない?」

「なにが?」

「……いや、もういい」

シャナは首をかしげて、メロンパンを口に運んだ。
悠二は、ついでとばかりに昨日から気になったていた事を尋ねて見た。

「その首に付けているペンダントは?」

セーラー服の胸元に出されているペンダントから、午前中は回りに人がいるため黙っていたが今は二人しかいないため、この声が答えた。

「これは、この子の内にいる我、その意識だけをこの世に表出させる、"コキュートス"という神器だ」

「悠二が耳についている私の"カナン"と一緒の役目さ」

「ふ〜〜ん、神器って耳に付けるタイプ以外にも色々な形があるんだな。」

「そうさ、私は悠二に私の声がすぐ届く一番近い位置の方がよかったからね、それにこうして近い位置だとヒソヒソ話できて楽しいだろう。私と悠二の二人だけの秘め事を話すにはもってこいさ。現にこうして……愛しているよ悠二、私だけのフレイムヘイズ………と、声に出して言っても天壌の劫火とおチビちゃんは気付いていないようだしね。」

悠二の肩がピクッと跳ね、顔がやや朱に染まる。
ベルペオルは悠二に対する部分は妖艶だが導くように優しく、包み込むようにやわらかな声で、シャナとアラストールに対する部分は相手を煽るかの如く、挑発的に言った。

「ありがとうベル。程々にね」

悠二の態度とベルペオルが何を言ったか気になったシャナは横目で睨んだ。悠二はこれについては、追及されてはたまらないと話を別な方向に反らす。

「そういえばこれからどうするの?」

悠二の見る先で、最後の一欠片までメロンパンを綺麗に食べ終えたシャナが指に付いた砂糖を舐めている。

「ん〜〜、だから言ったでしょ。お前が持っている"零時迷子" って宝具それを狙ってくるここの"徒" を討ち滅ぼす、後はお前たちの監視」

本当にこの、少女は見も蓋もない言い方をする。
その悪意のない率直さに、腹立ちよりも苦笑が湧いてくる。

「で、具体的には、どうするの?まさか四六時中一緒にいるつもりじゃないよな」

「私と悠二の時間を邪魔しないでおくれ。」

ベルペオルは実に不機嫌そうに答えた。これにシャナは気にも留めない口調で言い放つ。

「とりあえず、"徒" については夕方を警戒するわ。監視のことはその後から考える。」

悠二は立ち上がった。

「どこ行くの?」

「トイレだよ」

そういい捨てて教室を出でてトイレへと向かいトイレの中へ入った。

「…………!!」

用を足そうと思い立ち止まって悠二はあることに気付づき、ベルペオルの意識をこの世に表出させている神器"カナン"を付けている自分の耳へと手を伸ばした。
この行為にベルペオルは拗ねたような声音で抗議する。

「ちょっと……悠二、いったい何するのさ。」

「うるさい、分かってる癖に聞かないで僕が恥ずかしいの、僕にそんな趣味はないし、見られてると落ちつかないの。それにベルは女だろ。」

悠二はそう言うと、神器"カナン"を自分の制服の胸ポケットにしまった。

「ちょっとぐらい、いいじゃないか別に減るもんじゃあるまいし。それに私は悠二が相手なら見られたって、好きなだけ私の胸も触りたくって、くれたって構いやしないよ。それ以上のことだって許してやるさ。何なら、今この場で顕現してそれを証明してやろうか?」

「いい……いいから、大人しくしてて」

「なんだい、つれないねぇ私は自分の気持ちを素直に伝えただけなのにさ………でも、したくなったら、いつでも顕現してくれて構わないよ。」

悠二は半端青ざめたような顔をしながら用を済ませて、手を洗い神器"カナン"を元通り自分の耳へと付け直してトイレを出た時、その前で呼び止められた。

「おい、坂井……!!」

その声をひそめた叫び、という不器用な呼びかけに振り向くと、仲のいいクラスメートが三人、彼を手招きしていた。
朝からシャナにかかりっきりで彼らとは十分な挨拶も交わしていなかった。悠二は駆け寄っていき声をかける。

「今日はみんな、学食にでもいっていたのか?」

その中の一人、中学からの親友で、頭もいい人もいい、メガネマンこと池速人が首を振って答えた。

「違うよ。それより坂井、お前、良くあんな騒ぎのあとで、事の張本人と飯が食えるな」

「まぁ、あの騒ぎには少しびっくりしたけど、言ってる事はすべて事実だしな……」

池の横にいる、美を付けてもいい容姿を持ちながら、妙に軽薄ぽい少年、佐藤啓作がその後に続けた。

「ホント、勇気あるな。下手するとお前までセンセーどもから目つけられるってのに」

「大体、お前達って、そんなに仲良かったか?抜け駆けは許さんぞ〜〜」

そう絡んできたのは田中栄太。大柄だが愛嬌があるので粗暴には見えない。いつもつるんでいる面子であった。
悠二としては言葉を濁すしかなかった。本当のことを話せないし、話す気もない。フレイムヘイズとなってしまった今でも彼等たちとは友達にかわりはない。

「別に、仲がいいとかそんなのじゃなくて……」

「二人っきりで弁当食べて会話して、十分『そんなの』だろう。」

「平井ちゃんも確かに可愛いといえば可愛いけど、なんつーか、マニアックな趣味だな。」

「実はロリ属性の持ち主だったか、侮れん奴め」

さすがに血圧が上がってきた。ロリコンではないことを証明しようと抗議する。

「あのな……僕は、なんか、もっと、こう……なんて言うか……」

身振り手振りを加えて説明しようとしたがうまくいかない。
その時、頭の中でベルペオルの声がした。

(私の様な、かい?)

「そう!!それ!!まさにベルの様な………んっ!?」

悠二は途中まで言いかけて慌てて口を閉じた。

(ベル!!いったい何を言わせるんだ!!)

(うふふっ、いいじゃないか。私は嬉しかったよ。先の顕現の件、真剣に考えておくれ、私は悠二にならいつでもいいよ)

悠二はベルペオルの言葉に一瞬だけ気が遠くなりかけたが友人の三人の視線で正気に戻る。
自分の妙な発言から友人たち疑惑の目を生む。佐藤が他の二人の気持ちも含めて言った。

「なぁ?坂井、ベルって誰だ?」

「あはは………いやなんでもないよ、なんでも。」

乾いた笑いと、微妙な間が、気になったのか中学以来の親友が口を開いた。

「やっぱり、やましいところがあるな?」

池がメガネを煌かせて追求する。

「まぁ、さっきの坂井の発言は気になるが、とりあえずこっちに置いといてだ。ああいう娘に手を出せる神経を見込んで、話がある。是非他の女の子とも渡りをつけてくれ。」

佐藤がまじめな顔で図々しい懇願をする。
なんていうことのない馬鹿なやり取り。日常。いつもの風景。無くしたくない。変えたくない。そして守りたい者たち。
それらを見て悠二は、今日は授業が遅くまである、下手したら学校にくるんじゃないかという、一抹の不安を覚えたが昨日の"燐子"やその主の王も昨日の今日で来たりしないしないよな、と希望的観測にすがっていた。

「このムッツリが!おとなしい顔して、いったいどういう手管を使った。教えデッ!?」

とりあえず、詰め寄る田中は殴っておいた。

 

そして、悠二の希望は打ち砕かれた。

 

切れ切れの雲のかなたに沈みつつあった夕日が、全てを静寂の赤に染めている。ホームルームを終えて、教室を出て行きつつあった生徒たちをも染め上げてゆく、その赤が、洪水のように密閉された空間を満たした。悠二とベルペオルが二人して口を開く。

「くっ……」

「どうやら来てしまったようだね。」

床に火線が走り、紋様と奇怪な文字列が描かれてゆく。悠二とシャナ以外の生徒はそれぞれの動作でピタリと静止した。
封絶の赤い光りに染め上げられ世界が変わる。
隣席でシャナがおもむろに立ち、言った。

「来たわね。さあ、やるよ」

シャナは軽く床を一蹴りして、教室の中心の机上に飛び乗る、足を肩幅まで開き堂々と窓に向かって立つ。腰まである艶やかな髪がわずかになびき、そして火の粉を撒いて灼熱の光りを灯した。その舞咲く火の粉の向こうに、昨日の寂びた黒のコートをまとい。右手に戦慄の美を流す大太刀『贄殿遮那』を握る。フレイムヘイズとしての少女の姿があった。
その後ろ姿を見た悠二は、腕にはめているタルタロスの鎖の腕輪を砕き、自分の身の内の王の力を解放する。髪と瞳は封絶の光りを反射して光彩する金に、まとう衣は先ほどまでの制服ではなく、色が意味を失うような灰色の、上に着ているドレスシャツに袖さえあればベルペオルと二人で、舞踏会にも出席できそうな服に変わり、両腕にはそれぞれ三つの鉄の輪とそれをつなぐタルタロスの鎖が装着されていた。

「悠二、私を顕現しておくれ」

「うん、わかった」

封絶と炎髪灼眼の赤い光りが支配する周囲の空間で、悠二が無数に出した金の炎はひときわ輝きを増して揺らぎと供に一つに収束し形を成すと妙齢の美女が姿を現した。その両手には宝具『タルタロス』が握られていた。

「この姿はいいね。悠二に触れられる。そう思うだけで私の心が満たされてゆくよ」

「馬鹿言ってないで、そろそろくるわよ」

ベルペオルの言葉をシャナが一括した。ベルペオルは「フッ」と鼻をならしながら、妖艶な笑みを浮かべて。

「そうかい?まだまだ心が未熟な、おチビちゃんにはまだこの気持ちは分からないかもね。」

あからさまに挑発とも言える言葉を投げかけた。この言葉にアラストールは沈黙を通し、悠二は苦笑した。
その後、悠二は教室に残ってる人の位置と人数を確認する。幸い、ホームルームの後でもあり、ついでにシャナから早く逃げようとして、教室内に残っていたのは自分たち以外で四人ほど、封絶の中で止まるクラスメート達の中には、池もいた。他には"徒"が飛び込んでくるであろう窓側の位置に中村とか言ったはずの女生徒一人だけしかいなかった。

「ベルは警戒を僕は彼女達を安全な位置に移す。」

化粧の途中で止まっている、中村に駆け寄る。唇を突き出した、かなり間抜けな形で静止している彼女の腰を、大急ぎで抱え込み、人並みの力で悠二は持ち上げたり担いだりするのに苦労して、言葉を吐いた。

「くっ!!おっ…重いな…色気づく前にダイエットした方が……」

本人が聞けば、二、三度は殺されそうな感想を漏らしつつ存在の力を使って軽々と持ち上げ、廊下側の壁の影へと放り出し教室に戻った悠二は、窓の外に一点、何か小さく浮かんだ、不思議な物を目に止め、立ち止まった。
赤く燃え揺れる陽炎の光りを受けて、鋭く輝かせるそれは長方形。
くるりと回って見せた絵柄は、スペードのエース。トランプだった。それは宙に浮く、一枚の薄いカードから、くるり、と回って、はらり、と、ありえない二枚目が落ち、同じ行動を繰り返して二枚三枚と自由落下に任せて回転するうちに増え続けてゆく最終的には五十二枚にまで増えた。
無軌道に宙を落下していたカードは、一瞬、ほんの一瞬だけ動きを止めると悠二に向かって動き出し加速する。それはやがて速さを増して窓を突き破り、豪雨のごときカードの怒涛が窓枠やガラスの破片をともなってなだれ込んだ。

その時、悠二の両腕に装着している三つの鉄の輪のうちの一つ、手首に付いた鉄の輪のタルタロスの鎖がその長さの中間で一つの輪が砕け、その砕けた先の両端に金色の炎をともした先端が鋭利なまでに尖った分銅のようなものが現れる。
その二つの鎖を鞭のように使い、カードの怒涛をうまく受け止めてゆく。あるときはカードの角を中間の鎖の輪で受け止め、あるときは分銅の先端で貫いて。

日常からはずれた教室で続く、カードの怒涛の中、炎の輝きを点す二つの灼眼と、月よりぎらつく金色をした額と左目の瞳が、その力の源泉を見抜いた。
次の瞬間には二人はもう動いていた。
机の板が弾けて砕け、脚のパイプが折れ曲がるほどの踏切を付けて、シャナが跳ぶ。
悠二と同じ様に『タルタロス』を鞭のように巧みに使って、ベルペオルが音速を凌駕する早さで左手を振る。
カードの流れの一点へ、真横からの大太刀の一閃、音速を遥かに凌駕した鎖の先端の一閃。

「ぎっ、ぐあああっ」

絶叫が上がりカードの流れに揺らぎが生じる。
手応えの感触を得るや二人は、再び同時に鋭く振りかぶりシャナは真下から、ベルペオルは真横から鎖の先端で一閃した。
シャナの刃と軌跡に炎が走り、カードにまで引火する。タルタロスを使いうまくガードしていた悠二もこれは予想外で、声が漏れた。

「うっ、うわっ」

爆発が起きた。その衝撃は教室を膨らませ、かき回す。爆発の衝撃に供えガードしようと両手を前にかざそうとしたが、目の前にベルペオルの姿が入ってきたためそれを辞めた。ベルペオルは昨日悠二に羽織らせていた長布のような灰色のマントを胸の谷間から取り出し、自分と悠二の前に盾としてマントを翻すように広げた。

「悠二、大丈夫かい?」

「うん、ベルのおかげで大丈夫だよ」

爆風が収まるとマントの壁が取り除かれ、悠二の目に教室の全景が飛び込んできた。
床は焼け焦げ、コンクリートも半分剥ぎ取られてコンクリートの地が出ていた。窓ガラスは全て枠ごと吹き飛んで、机や椅子の破片が無残に飛び散っている。
悠二にとってはよく知る場所なだけに受けた衝撃は大きかった。

「ぎっ、うっ」

声のしたほうを見ると、赤い糸で縫われた口がどうやってか低いうめき声を上げる。シャナがその人形に何か言おうとして周りを見回した。薄白い火花が地面をはね自分の周囲を取り囲んでいた。火花は跳ねるうちに体積を増しシャナを中心に回り始める。

「うっ、く、くくくくっ!!」

いつしか、うめき声を忍びわらいへと変えていた。人形の傷口からいきなり大量の火花が飛び出した。その火花の一粒一粒はドールの生首へと変化していきその人形自身に張り付く。その頭だけのパーツが人形を中心しとした、いびつな巨躯を瞬く間に組み上げていった。
その光景を悠二はみながら視線を動かし教室の端に投げ出された親友の姿をみて、血の気が引いていくのを覚えた。
自分とシャナ以外に教室にいた四人のうちの三人は窓から自分より遠い位置にいたためベルペオルの出したマントの盾で守られて助かっていた。

「池ッ!!」

倒れている親友の名を呼んで駆け出した。

「く、ききき……」

ドールの生首で編み上げられた巨躯の中心であの人形が笑わらい。その巨腕を悠二めがけて振り下ろすが悠二にまでは届かなかった。
一瞬にしてその場の空気が凍りついた。
悠二の中で何かが弾けた。今まで押し殺してきた悠二のフレイムヘイズとしての、圧倒的な迫力と存在感が悠二の体からあふれだす、燐子はその重圧からか動きを止めていた。
ベルペオル以外は絶句していた。悠二の表情豊かだった今までの顔が無機質のものに豹変している。
そして、いつの間に巻きついたのか悠二の両腕の鉄の輪から延びたタルタロスの鎖が足、手、そして首の順で巻きついて、先端の尖った分銅と首を絞めても有り余る余分な鎖は無重力状態かのごとく宙に浮いていた。

「おやおや、悠二を怒らせてしまったね。私のフレイムヘイズは強いよ、たかが燐子ごときが勝てると思ってるのかい?それに昨日は私の存在には気付いてないようだったね。おおかた目先の宝具とフレイムヘイズに気でもとられてたのかねぇ?」

ベルペオルは笑みを含んだ、ぎらつく金の瞳を燐子に向けながら無重力状態のようになっている悠二の腕輪から伸びたタルタロスの鎖に足を組んで座った。

「君の主の名前は?」

悠二の放つ重圧から来る討滅への恐怖からか音の飛ぶCDのように途切れ途切れに答えた。

「おまえ、ま、でもがフレ、イムヘイ、ズ、だったな、んて」

「以外だったのかな?昨日の時点でベルの存在に気付くべきだったね。でも今はそんな事聞いてない。」

突如、手足に巻きついていた鎖が締まり、巨腕と巨脚をそれぞれ二つずつ、絞め斬る。

「ぎゃあああっ」

「もう一度聞くよ、君の主の名前は?」

「わ、たし、が言うとお、もうフ、レイ、ムヘイ、ズ」

「思ってないよ、ただの確認。」

瞬間、首に巻きついていた鎖が絞り、首が飛び、吊られるものが無くなった胴体が落ちた。

「それにしても昨日やられた燐子をまた、よこすなんて……」

「貧乏性なんだろうよ、無駄駒を出し惜しみするぐらいだからね、そうじゃなきゃ、よほどの馬鹿さ」

「うふふ、有益な威力偵察、といって欲しいね」

奇妙に韻を浮かせた声がかけられた。
シャナと悠二、ベルペオルの三人が顔を向けた、その先に何故か陽炎の赤に染まらない純白の白スーツと、悠二とベルペオルが使う灰色のマントと同じ、ただ色だけ違う純白の長布をその上に羽織った。まるで幻想の住人のような男が宙に浮いて立っていた。

「こんにちは、皆様方、逢魔(おうま)が時に相応しい出会いだ。それと、初にお目にかかります。"逆理の裁者"ベルペオル、元≪"仮面舞踏会"(バル・マスケ)≫の『参謀』閣下殿、風の噂に≪"仮面舞踏会"(バル・マスケ)≫とは決別したと聞いてはいましたが、フレイムヘイズ側に付かれていようとは。」

触れれば輪郭がかすれそうな、細い美男子が言った。

「おやおや、あまり他言はしないでおくれよ。悠二と二人の時間が減ってしまうのは、私の思うところではないからね。ただでさえ、同業者だってのに炎髪灼眼のおチビちゃんに目を付けられて大変だってのにさ。」

「フンッ!!……今はそんなことよりコイツが先でしょ。」

不機嫌そうにシャナは言って、体を白スーツの男に向けて聞いた。

「あんたが主?」

「そう、フリアグネ、それが私の名だ」

「フリアグネ……そうか、フレイムヘイズ殺しの"狩人"か」

アラストールが低い声で言った。

「殺しの方で、そう呼ばれるのは好きじゃないな。本来は、この世に散る"紅世の徒"の宝を集める、それゆえの"狩人"の真名なのだけれど」

その視線が、シャナの胸元のペンダント"コキュートス"の中を刺す。

「そう言う君は、我らが紅世に威名轟かす"天壌の劫火"アラストールだね。直接会うのは初めてかな、で、これが君の契約者"炎髪灼の討ち手"か…噂に違わぬ美しさだ。でこちらが、"逆理の裁者"ベルペオル、元『参謀』閣下殿のフレイムヘイズだね。"討ち手の名"はなんと言うんだい?」

「"因果の繰り手"坂井悠二」

「ほう"因果の繰り手"…因果律を操る…か、逆理の名に恥じない相応しい名だ」

勝手な感想を述べるフリアグネの声に頭や手足を失った巨躯の胴体から、主の声を聞いた、ずたぼろ人形が這い出てきた。
その途端、急に表情が悲しみの色に変わり、調子ハズレな叫びが上がる。

「マリアンヌ!!…ああ、ごめんよ、私のマリアンヌこんな怖い子達と戦わせてしまって」

芝居がかった動作で振られた手にはめられた、純白の手袋の先に一枚のカードが挟んである。ぴ、と指の振りとともにカードが浮き、悠二たち三人の周りで、こげたカードが一斉に宙を舞った。そのカードたちはフリアグネの指先に挟まった一枚のカードへと収束していくと、一枚のカードへと戻ったそれは、その四分の三ほどを焦がし、欠けさせていた。

「へぇ、私の自慢の『レギュラー・シャープ』を腕っ節だけで此処まで減らすとは」

練達した手で手品師のようにカードを袖口にしまう。
もう片方の手には先のカードに気を取られているうちに主の下へ帰還したマリアンヌが柔らかく抱かれていた。

「あぁ、全くフレイムヘイズはいつも酷い事をする」

「申、し訳あ、りませ、ん、ご主人、様」

「謝らないでおくれ、マリアンヌ。君を行かせた私も悪いんだ。まさか此処まで酷い事をされるとは思ってもいなかったんだよ」

フリアグネは、ふ、と息を吹きかけて、薄白い輝きの中でマリアンヌ燃え上がり、元の無傷な人形へと戻ってゆく。

「さぁ、これで元通り慣れない宝具なんて持たせてごめんよ」

頬を寄せるフリアグネにマリアンヌが潤んだ声で答える。

「身に余るお言葉です。ご主人様…でも今は」

うん、マリアンヌに甘く返事すると三人の方を向き、シャナを見て口を開いた。

「昨日の今日で分かったよ、君はフレイムヘイズの癖に炎もろくに使いこなせないみたいだね。戦いぶりがいかにも、みみっちぃな」

「………」

シャナの沈黙にフリアグネは笑みを浮かべる。

「さて今日は、面白い事も分かったしそろそろ帰ろうかな」

「昨日の恥を雪(そそ)ごうと思い、かえって無様を晒してしまい、申し訳ありません、ご主人様」

頭をたれる人形の髪に優しくキスして見せる。

「うふふ、それはもういいって言ったろ。それにしても、ただでさえ人の内に入って窮屈だというのに契約者も貧弱ときては、君の王の名が泣く。現に君と同じフレイムヘイズの彼、"因果の繰り手"は、内なる王の顕現にまで成功してるようだしね。君らとは大違いさ。でも彼もそれだけ存在の力を使ったって事は、次戦うときに大丈夫なのかな?」

これに対して悠二は沈黙を守り、ベルペオルは悠二の腕輪から宙に浮いた鎖に座りながら含み笑いを浮かべて悠二と同様沈黙している。
シャナはフリアグネの言葉に奮起して言った。

「………貧弱かどうか、見せたげるわ」

「喧嘩の押し売りかい?無粋な子だなぁ…先にも言ったろう、もう帰ると、それと"因果の繰り手"と "逆理の裁者"君たちの宝具の鎖と、"因果の繰り手"の中にある、もう一つの宝具も私がいただくとしよう。うふふ、何が入っているのかな……楽しみだ。」

その薄白い姿が陽炎の影と揺らぎに混じり、溶けてゆく。フリアグネは去っていった。
悠二は池たち、クラスメートの元へと駆け寄り。無事かを確認した。幸いにも池以外はマントの盾で爆発の衝撃を防げたため無傷のようであった。
悠二は一番、外傷がひどい池のところへ行き、よかったまだ治せると思い、抱きかかえる。するとシャナも悠二と池の近くまで来て口を開いた。

「封絶を直すわ、そいつ、使うから」

その言葉を言った瞬間、ベルペオルから放たれた『タルタロス』は、シャナの顔面の前を光りの如き速さで通過した。通過した鎖は壁を何枚もぶち破って校舎から飛び出している。

「使う?どういう意味だッ!!」

悠二の怒気を孕んだその声は封絶内に響く。
悠二の声とベルペオルの行動にシャナと胸のペンダントから声が漏れる。

「どういうつもり?」

「何をする。ベルペオル」

「何をする?これはまた面白いことを言うね。"炎髪灼眼"と"天壌の劫火"、先のおチビちゃんの言葉が悠二にとってどれだけの事を意味するか分かって言っているのかい?まぁおチビちゃんは今までの性格や態度を見た限り、人の絆には疎いようだが、"天壌の劫火"お前に分からないとは言わせないよ。今言った言葉は、この場で私達と殺り合う、と言う言葉と同意義さ。それに、爆発を引き起こす炎を出したのはそっちだよ。私と悠二はその辺も予測して、タルタロスのみで戦っていたからね。」

先のシャナの言葉は、普段の表情豊かな顔に戻りつつあった悠二を、一変させるほどの言葉だった。
ベルペオルの言葉の意味を悟ったらしく、アラストールから謝罪の言葉が生まれた。

「すまぬ坂井悠二、我らの配慮が足りなかった。許せ」

「いえ、そうした方が効率がいいのは僕も分かってます。僕みたいに"零時迷子"の力で一日に使った存在の力が全回復するフレイムヘイズは他にいませんからね。それじゃあ封絶は僕の力を使って直しますね。」

 

その夜。

 

夜半を越えて空に垂れ込めた雲が、街に雨の帳を下ろし、住宅街の窓からのまばらな灯りが情景をぼやかせている、その片隅、坂井と表札を掲げた語句普通の一戸建ての屋根に、大きな黒い傘が一輪、咲いていた。

「なによ、なによ、なんなのよ、あいつ!!」

傘の下から怒りの声が上がった。

「同じ、フレイムヘイズの癖に…生意気よ!!」

封絶内の修復は悠二の力で行われた。教室の破損、クラスメートたちの傷と服は見事に復元されていた。
それをみた悠二は一言、よかった本当に……よかった。とクラスメートの無事を安心するように笑っていた。
悠二のその笑いが、今シャナを苛つかせている。

「本当に、何て変な、じゃない、妙な、違う、嫌な、そう、嫌な奴!」

上がる声には、彼女らしくない。愚痴の文句のような、ひねた響きがあった。
そんな彼女のいつにない荒れ様……あるいは取り乱した姿に、アラストールは、ようやく可笑しそうに声をかけた。

「『天道宮』でまだ暮らしていたころにヴィルヘルミナと長く一緒にいただろうが、あれは感情があまり豊かなほうではない。つまり坂井悠二は、お前が久しぶりに、まともに接した感情を表に出せる人ということだ。』

「でも、フレイムヘイズなら外傷の多い人間をトーチに変えて、そいつの、存在の力を使って、封絶の中の壊れた場所を直すのは、あたりまえ……あたりまえなのよ。」

それでも、シャナの苛立ちは治まらない。

「ふむ…では仮にだ、お前と親しいヴィルヘルミナがフレイムヘイズでは無かったとして、お前と別のフレイムヘイズが戦っている封絶内で最も傷ついた者だったとしよう。ヴィルヘルミナはまだ助かる方法がある。だがお前とは違う、別のフレイムヘイズがヴィルヘルミナを使って、封絶を直すと言ったら、お前はどうする。」

「そんなの嫌……止めるに決まってる。」

「ふむ、坂井悠二とベルペオルがとった行動はそういう事だ。」

深く重いアラストールの声は予想外の打撃となって、シャナ心を打ちつけた。
その時、がちゃん、と金属がぶつかる音がした。
そこからひょっこり傘が、次いで悠二の顔が現れた、その耳には神器"カナン"はなかった。現時点でもベルペオルは顕現中で下で千草と話している。
シャナと話をするためにここまで上ってきたのだ。
悠二いわく、ベルとシャナを付き合わせると、いつ戦いが始まるか分からないから外してきたらしい。

「ああ、やっぱりいた。」

シャナはアラストールの言葉である程度の苛立ちは矛を収めていたものの、つっけんどに答えた。

「いて悪い?」

その言い草に、以外に執念深いな、と悠二は苦笑する。

「………そこにいられると、なんだか落ち着かないんだけど、ベルもピリピリしだすからね」

「ふん、そんなこと私の知ったことじゃない。それよりこっちは忙しいんだから。用が済んだらとっと引っ込みなさいよね。」

「忙しい?」

見た目には、座っているだけのようだが。

「………そうなのか?」

悠二はシャナの胸のアラストールにたずねてみる。この異世界の"王"は物騒な真名の割には、物腰が落ち着いていて話しやすい。

「難しい質問だ」

嘘のイエスも不義理のノーも言えないという。なんとも意味深な発言をした。
悠二はなんだか、このシャナを気遣い、しかし、暗に自分に答えを示している"王"が好きになりそうだった。その彼に敬意を表して、質問を変える。

「雨の中でずっと警戒を?」

「そうよ、連中はお前を狙ってるんだもの、それに目を外したら、お前達が何をするか分からない。」

「ふぅ〜ん、でも何もこんな所で……おっ、と」

悠二は屋根に登り背中にリュックを背負って、片手に傘を差しつつ、濡れた瓦の上を歩いてゆく。シャナの前にたどり着くと、濡れるのも構わずに座った。
さすがに胡坐(あぐら)をかいていたシャナも足を閉じて座りなおす。その胸元からアラストールが言う。

「貴様の気にするところではない。」

うん、と悠二は頷いた。

「そうなんだけどね、さっきの事で少しあやまりたいと思って」

言いつつ、背負っていたリュックを下ろして中から魔法瓶を取り出した。

「……?」

それをみて、シャナは首をかしげた。
悠二は片手で傘をさしながら、カップ兼用の蓋を外して中身を注いだ。ホットコーヒーだった。その名も『カフェ・ラロ』ブルーマウンテンとコビルアックのブレンドで
毎朝ベルペオルが好んで飲んでいるコーヒーだ。ベルペオルいわく、お気に入りとの事でお値段は秘密らしい。

「はい………それでさっきの事だけど、僕も頭に血が上ってたみたい……ごめん」

悠二は言いながらカップを渡した。
拒む理由は特にない。仕方なくシャナは受け取った。温かい。
シャナはカップを胸元に持ってきて、顔を傘で隠した、その影から言う。

「私もその…配慮が足りなかった…ゴメン……」

雨が傘を打つ音が大きくて、シャナの最後の言葉が小さく聞き取れなかった。

「えっ……なに?雨の音で最後の方がききとれなかったんだけど……」

シャナは妙に居心地の悪くなる確信を誤魔化す様に、だまってコーヒーを口に運ぶ。温かかった。
しかし、苦かったらしく。不機嫌そうに先の自分の言葉を誤魔化すように言った。

「砂糖!!!」

「ちゃんと入れたんだけどな。」

悠二は声に出して笑った。鞄から三つのシュガースティックとスプーンを取り出し渡しながら聞いた。

「ところで、一晩中そうしているつもりなのか?」

「そうよ、座って寝るのには慣れてるし、何かあったらアラストールが起こしてくれるし」

「なんで屋根の上で張り込むんだ、別に隠れる理由もないんだろ?」

「別におまえの知ったことじゃないじゃない。どうでもいいことよ」

「そう、どうでもよいことだ」

「そう、じゃあ、気が変わったら…家に入ってきて良いからね。それじゃあ僕は下に降りるよ。」

悠二は飲み終わった魔法瓶のカップとスプーン、シュガースティックのゴミを持って自室に戻っていった。

 

翌日、明けてみると雲ひとつない空が広がっていた。

 

部屋にもカーテン越しに澄んだ朝の光りが差し込んできた。丁度太陽が昇ってきたところだ。
その光りを受けて一人の少女こと"炎髪灼眼の討ち手"シャナは目を覚ました。

「……んっ……」

その目に飛び込んできた、衝撃の映像にシャナは慌てて飛び起きた。
口をパクパクと鯉のように開き枕元に置いたアラストールに問いかける。

「ね、ね、ね…ねぇ…アラストール、どういうこと………なな、なっ、なんで私がここに」

シャナの声が震えていた。

「うむ、気付いたか。昨夜屋根の上でウトウトしていたお前を我が部屋に入るように進めたのだ。半分寝ぼけていたお前は我が止めるのも聞かずそのまま、ベッドへ入り眠りに落ちたのだ。」

「そうじゃなくて……そっちも問題だけど、私が今聞きたいのは、コレよコレ、コレはなに!?」

シャナは自分が今まで寝ていたベットを指差した。
その先には人、二人分のふくらみのある毛布が、シャナが飛び起きたことにより腹部の辺りまでずれ落ちていた。
そのずれ落ちた毛布の先からは、腹部から上を出している一人の少年と一人の"紅世の王"の姿が見える。ベルペオルが悠二を正面から抱く格好で寝ていた。布団がずれ落ちたせいで、まだ少し肌寒い空気が悠二の上半身に直に触れ、悠二は布団を求める様に、下に少し体をずらした。
ベルペオルも同じようで、空気に触れ、暖かいものを求めるように悠二を抱く腕の力を強める。
そこで事件は起きた。布団を求めて下に体をずらした悠二の頭部が二つの大きなマシュマロの間に挟まった。
そこからのシャナの行動は早かった、"徒"を相手にした時よりも。
瞬間的な速さで炎髪灼眼に変わり彼女の大太刀、『贄殿遮那』の刃の方を自分に向けて頭上にかかげると同時に、この部屋と同じ大きさの小さな封絶を張って、叫ぶ声と一緒に悠二の頭部めがけて振り下ろされた。

「ふ、ふ、ふ、不潔よーーーーー」

ボフッと刀が当たった音がした。悠二とベルペオルの体はそこには無く、布団を叩いた音であった。
ベルペオルは悠二の両脇に自分の肘から先の両腕をいれて抱きながら宙を浮いていた。
ちなみに悠二はまだベルペオルのマシュマロの間で寝息を立てていた。

「何をするんだい、おチビちゃん。それに不潔?馬鹿を言うでないよ。私と悠二は互いの、ぬくもりを肌で感じて心の安寧(あんねい)を得ているのさ。」

「心の安寧……そ、そ、そ、それが……」

シャナが顔を真っ赤にしながら、ベルペオルの胸元をさした。
ベルペオルは可笑しそうに笑って悠二を見た後、シャナに再び視線を戻した。

「くふふふっ!!羨ましいかい?でも、おチビちゃんの、ちんまいムネじゃ永遠に出来ないだろうね、それに悠二はきっと満足しないだろうよ。さぁ封絶をお解き。」

「絶対ッ!!嫌ッ!!」

 

その数時間後、封絶は解かれたようだ。
それから、しばらく時間が経ち、目覚まし時計のアラームが鳴り響びいた。わずか数秒で音源を察知して、見もせずにアラームのスイッチをきった。
体を起こして、周りをみるとシャナとベルペオルが、ほんのわずかであるが肩で息しているのが見えた。なぜか枕元に置いてあったアラストールに聞いてみる。

「何かあったの?」

「我は、何も知らん」

アラストールの言葉に首をかしげて、昨日学校に遅刻しそうになったのを思い出して目の前の二人にいった。

「おーい、シャナそろそろ学校に行く時間だぞ……」

シャナは不機嫌そうに一度こちらを睨むと部屋の窓から飛び出ていった。

「ベル……そろそろ下に行って朝ごはん食べるよ」

「わかったよ、悠二」

ベルペオルと悠二は部屋から出て階段を下りていった。

 

場所は坂井家の屋根、シャナは悠二の今までの言動から、一つの気持ちを芽生えさせていた。
もしかしたら、と刹那、胸をよぎった思い、無自覚な、小さな気持ち、昨夜手渡されたコーヒーのような、ほんの少しの温かさ。
しかし、不意にもそこにベルペオルの怪しい笑み浮かび、今朝のベルペオルと悠二の状態を思い出してしまった。

「なによ、あれで仮にも"紅世の王"なの。」

「うむ……」

アラストールはなんとも言えない声で唸る。
そういって、坂井家の屋根から飛び降りた二人で一人のフレイムヘイズは学校に向かった。

 

少し時間は巻き戻って、坂井家の居間、悠二、ベルペオル、千草の三人は朝食をとっていた。
ベルペオルは昨日と同じ、お気に入りらしいコーヒー『カフェ・ラロ』を飲みながら言った。

「悠二、頼みがあるんだが、きいてくれるかい?」

「うん?いいけど何なのあらたまって」

「しばらく顕現を解かないでほしいのさ、もちろん色々とまずい状況になったら私の方から解くよ。ただ今日だけは解かないでおくれ。あと千草にもお願いがあるんだが、買い物に付き合ってくれないかね?」

「あら、私でいいのかしら?悠ちゃんじゃなくていいの?」

「ふむ、実は………………………………………………という事なんだが、お願いできないかい?」

ベルペオルは千草に耳打ちした。悠二は不思議に思って聞いてみた。

「むっ……二人でいったい何を話したのさ」

それを聞いた千草は、にっこりと笑って。

「女の秘密よ、悠ちゃん。ほら学校が始まっちゃうわ、さっさと支度していってらっしゃい。」

「悠二、私が顕現していても、神器"カナン"は絶対付けておいておくれよ。いつでも話せるようにね。それから、おチビちゃんには注意するんだよ。」

こうして母と、ベルペオルに追い出されるように、家をいつもより十分ほど早く、後にした悠二は学校に向かった。

 


《あとがぎ》
どうも、話を進めるに当たって、色々な比率分配に苦労しております。作者ことチェインです。
ラブコメぽい部分や、ストーリー展開の部分、などなど。究極の黄金比率はいったい、どれぐらいなのでしょうね(  ̄- ̄)
ラブコメ3:ストーリー7ぐらいなのでしょうか?考えれば考えるほど難しいテーマです(;゜-゜)
一話を読んでアドバイスや応援してくれた皆様ありがとう御座います。アドバイスにあったとおり台詞の横の名前を外してみました。その分、誰が話してるか描画をがんばったつもりです。他にもベルペオルSSを探していた同志がいることも知りました。(*゜▽゜) イイヨネ♪ベルペオル!!『妖艶の美女』ってフレーズが大好きデス。
え〜〜っと!!それからベルペオルの飲んでいるコーヒー『カフェ・ラロ』のお値段が気になるお方は是非調べてみてください。"コーヒー『カフェ・ラロ』"でネットで検索すればすぐ出てきますよ。
ちなみに私は飲んだことありません。コビルアックだけなら一度だけ興味本位でありますけど、あまり好きな味じゃナイデス(:TДT)やっぱり私は缶コーヒーのテイスティが一番うまいと思います。(笑)
それでは次回、第三話のあとがきでお会いしましょう。ベルペオルが千草ママになんて言ったのかもそこでわかるはずです。
ではまたねぇ〜〜感想・アドバイス等お待ちしております。   (^^)/~



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