第一章[因果の繰り手と紅蓮の少女]
五話【彼女の用意した結末】

 

市街地と住宅地を結ぶ大鉄橋の袂に、周囲から頭一つ抜いて、高くそびえるデパートがある。
正確には元デパートで、今現在、営業しているのは地下街の一部となっている食品売り場だけ。
地上部分は親会社の事業撤退で放棄されている。
この不況下で新たなテナントも入らず、いたずらに高いだけのビルは完全に空家であった。
もっとも、それは人間にとっての話。
地上階の中ほどから上は、フリアグネ一党が運び込んだ無数の玩具や雑多な道具類によって占拠されていた。
普段はその合間や上を"燐子"がゆらゆらと彷徨っているところだが、今は完全な闇に閉ざされていた。
一党は全員、屋上の寂れた遊技場に集っていた。

「んっ、ん!!」

"因果の操り手"坂井悠二は、自分に近づいてくる足音でその意識を覚醒させる。
手足が動かない、どうやら拘束されているようだった。
目を開けてみると、フリアグネの歩いてる姿が映った。
両端にパーティードレスに身を包んだ"燐子"、マネキンが綺麗に整列している。
そのマネキン達が整列して出来た道の間を、フリアグネはこちらに向かって歩いてくる。

「お目覚めの気分はいかがかな?"因果の操り手"」

「最初に見たのがお前の顔なんて最悪の気分だよ、悪い冗談もいいとこだね」

悠二の台詞を聞いたフリアグネは、満足そうな笑みを浮かべ言う。

「じゃあ誰がよかったのかな?君が身を挺してまで守ったおちびちゃんかい?それとも参謀閣下の方がよかったのかな?」

「そうだねベルの方がよかったよ、お前のじゃなくてね」

吐き捨てるように言った悠二の言葉に、フリアグネは満足そうに笑う。

「聞いたかい?"逆理の裁者"、君のフレイムヘイズは一番に君の顔が見たいそうだよ」

「ふっ、あたりまえさ。お前だって目覚めて一番最初に見る顔は、フレイムヘイズの顔より後ろにいるお前のかわいい"燐子"、マリアンヌの顔の方がいいだろう?違うかい?」

この状況に不釣合いなほど冷静なベルペオルの声が、悠二の耳にある神器"カナン"からもれた。
言われたフリアグネが振り返ったその先に、純白のウエディングドレスで着飾った抜群のスタイルを誇るマネキンがあった。
そのウエディングドレスのマネキンの中からは、"燐子"マリアンヌの気配を感じる。
フリアグネはそれを見て、納得したかのように言葉を返す。

「たしかに……至極もっともな意見だ。非礼をわびよう"因果の操り手"、"逆理の裁者"」

フリアグネは詫びるといっておきながら全然その様子はなく、ただ単に言葉を並べているだけだった。
もちろん悠二もベルペオルも謝罪など求めていないの、でフリアグネの言葉を聞き捨てる。
そして自分とベルペオル、契約者同士、二人だけの会話を始める。

(悠二、もう気付いてると思うが、あの炎髪灼眼のおチビちゃんは、お前ごと"狩人"を討滅するのをためらったよ。)

(うん)

(計画が少々狂ってしまったが………これからどうしようかね)

(このままでいこう。こうなったらできるだけ今のうちに情報を聞き出しとくよ)

(ふむ)

(それよりもベル、『パラドクス』の方は?)

(大丈夫さ、ちゃんと『分解』と『爆発』、両方に対応できるように自在式を書き換えておいたよ。)

(ベル、ありがとう。)

(礼には及ばないさ、私は悠二のためになら、何だってしてやるよ。)

悠二はベルペオルとの会話を終えて、なぜ自分がここにいる理由を考える。
"狩人"の真名の通り宝具が欲しいのなら僕を殺して奪ってしまえばいい、なのにフリアグネは自分を殺さずにここに連れてきてる。
そんな考えから悠二は疑問をフリアグネにぶつけた。

「なぜ僕を殺さなかったんだ?宝具が欲しいんじゃないのか?」

悠二の疑問にフリアグネは、表情を変えずに答えた。

「私は使えない宝具には興味がない、『タルタロス』は君と参謀閣下専用の宝具なんだろ、それじゃあ私が持っていったて何の意味もないじゃないか………まぁ、もう一つの宝具については別だが」

「そのもう一つの宝具は僕を殺さないと手に入らないよ、完全に肉体と同化してるからね」

さあ、どうすると言わんばかりの悠二にフリアグネは答える。

「そう死に急ぐことはない、必ず殺して奪ってあげるよ………だが、それはもう少し後だ。」

フリアグネはいったんここで言葉をきると、薄笑いとともに悠二を見下ろして、こう告げた。

「君の目の前であの子を殺す、あるいは、その逆になるかもしれないが……いずれにせよ、ただ戦うだけじゃあ、物足りない。私の邪魔をしてくれた報いを、戦うだけではない苦しみを、誰かが味わうのを見なければ気が済まない………」

その薄笑いの向こうには、まさに炎のような怒りがちらついていた。
悠二はフリアグネの態度にもまったく表情を崩さない。
この時、風が一陣吹いて、この古い舞台が軋みをあげる。
それに釣られてか、マネキンたちが向く先。
そこに、フリアグネはふわり、と体を宙に浮かべて移動した。
屋上の手すりの上に純白の姿を立たせる彼は、首を傾げ、言った。

「……来ないね……?」

その一番近くに立つ、純白のウエディングドレスで着飾ったマネキンが、小さい人形マリアンヌと同じ声で、言った。

「ご主人様。もしかして、先の爆発で死んでしまったのでは………?」

フリアグネはそれに、蕩けるような甘い顔を向けて答える。

「舐めては駄目だよ、マリアンヌ、あの紅世の三大神、"天壌の劫火"アラストールのフレイムヘイズだ、生きているのは間違いない。それよりも考えられるのは、怖気づいて逃げ出したってことだろうね……自分をかばった"因果の操り手"を見捨てて」

この人を馬鹿にしたような態度にも、悠二はまったく反応しない。
しかし、悠二は内心気になる単語が出てきたのでベルペオルに訊いてみた。

(ベル、紅世の三大神ってなに?)

(それは、紅世の神に相当する超常的存在のことさ)

(三大神って言うからには三人いるってこと?)

(ふむ。一人は、魔神と"徒"から畏怖される『天罰神』にして『破壊神』の"天壌の劫火"。もう一人は≪"仮装舞踏会"(バル・マスケ)≫の盟主様、"祭礼の蛇"が『創造神』だよ。あと最後の一人はいまだ空席の『運命神』、これについては神の眷属がなると言われているね)

(神なのに空席があるの?)

(そりゃあるさ、昔はちゃんといたんだがね。なんせ"徒"とフレイムヘイズに別れて戦ってるんだ、いかに神とて討滅されれば空席となるよ)

フリアグネは、悠二がベルペオルと会話しているのは知るはずもなく、肩をすくめて、つまらなそうな表情を見せる。

「………ふぅ、張り合いのない奴だなあ。せっかく色んな宝具をそろえておもてなしの用意をしていたのに、残念だよ」

突如、長衣を広げて悠二の前に降り立った。いたずらを企む悪ガキのような顔を近づける。
その両手にはいつしか宝具が現れている。
右手には銃、左手には指輪。

「この二つ、なんだか分かるかい?」

フリアグネは左手薬指、手袋の上からはめられた銀色の指輪をかざす。
自分が集めた宝具を他人にみせ、自慢するのが楽しいらしい。コレクターにありがちな性格だった。

「これは『アズュール』っていう、火除けの指輪なんだ。さっきの爆発や、フレイムヘイズの炎を防ぐ……もっとも、あの子には使うまでもないけれど」

今度は、右手に握った銃の筒先を、悠二の額に突き付ける。ひどく古臭い、西部劇にでも出てきそうなフォルムのリボルバーだった。

「で、これが真打。百年くらい前に作られた、物凄い宝具なんだ。『トリガーハッピー』って言ってね……私の愛銃さ」

フリアグネは突き付けた銃の狙いから悠二を外すと、人差し指でその銃をくるりと一回転させて、弾倉を外した。

「ほうら、ご覧の通り、弾はない」

外して見せた弾倉の六つの穴の向こうに、フリアグネの顔が見えた。

「けど、この銃の形はただの、撃つという行為を表すための様式さ。弾なんかいらない。撃つ意思を持つ者が使えば、いくらでも撃てる。その効果は………なんだとおもう?」

不気味で薄い笑いを作りつつ、弾倉を戻す。

「実は」

と、一秒も間を置かずに秘密を明かしにかかる。自慢したくて仕様がないのだ。

「この銃は、対討滅者用の宝具なんだよ……フレイムヘイズは、契約者が『過去・現在・未来』で自分が占めるはずだった存在の全てを"王"に捧げ、かわりに"王"が、空っぽになった契約者という器に、その力を満たすことで出来上がる。」

フレイムヘイズの自分にとっては知らない話ではないが、饒舌に宝具の説明までしてくれるので黙って聞くことにした。

「そうやって"王"の力を得た契約者は、持てる意思力と技量で、"王"の力をこの世に引き出す。そして、この器の中に入るとき、"王"は己の存在を、その内に収まる程度にまで休眠させるだけど、この『トリガーハッピー』は、その休眠を破ることができるんだ。すると、どうなるか、分かるかい?」

「…………」

なんとなく予想がついたが悠二は答えなかった。
フリアグネは、そんな悠二の目の前で作った左手の握り拳を開く。

「ボン、と器は割れて爆死する……楽しいだろう?」

にんまり笑うと、フリアグネは銃口を天に突き上げて、続ける。

「そして"王"は、この世に無理矢理に現れることになる。ところが彼らは、この世に在り続けるだけの存在の力を、そもそも持っていない。だから、両界のバランスを崩すのを恐れる彼らは、すぐ紅世へと帰ってしまう…………つまり、私の完勝、というわけさ」

突如、ここまで楽しそうに話していたフリアグネは不満そうに悠二を見て言った。

「まぁ、君みたいな内なる"王"の本体をこの世に顕現できる、普通じゃ考えられない大器を持ったフレイムヘイズには効かないんだがね。もし使って無理矢理に"王"を顕現させても、器であるフレイムヘイズが壊れないから、現れた"王"は再び器の中へと戻るわけだし」

再びフリアグネの顔に不気味な笑みが戻る。

「だが、そんなありえないイレギュラーとも呼べる存在は、全フレイムヘイズの中でも、片手で数えて余るほどだ。君にはこの『トリガーハッピー』は効かないが、あの炎髪灼眼のおちびちゃんはどうだろう?…………今から楽しみだ」

彼女を試すような口調でフリアグネは言っているが、その顔は爆死を確信しているようだった。
この説明は悠二とベルペオルにとっては好都合だった、情報を聞き出す手間がはぶけたのである。
フリアグネは、待ちきれないとばかりに悠二に尋ねる。

「うーん、それにしても遅いな。呼び寄せるための餌として、君を持ってきたのに……あのおちびちゃんの性格なら、すぐにでも追ってくると思ったのに、正直拍子抜けだよ。あれからトーチを消して引っ掻き回すでもなし………いったいなにを考えているんだろうね?」

「…………」

悠二はこれにも無言で答えない。だが、悠二は目覚めてからずっと、感じている。
どきん、どきん、という、胸を破るほどに、熱く激しい鼓動を。
それが誰のものなのかを、分かりきっていた。
近付いてくるほどに鼓動の感覚が狭く、強く、そして大きくなってゆく。

 

シャナは舞台へ足を進めながら、裏路地で戦う前の悠二との会話を思い出している。
あの時、悠二がなんと言ったかを、それに自分はそれになんと答えたか。
今、彼女の中にはそれらのことで、言葉ではとても言い表せない色々な気持ちが入り混じっていた。

(私は、戦うよ?でも、胸が、すごく痛いよ………悠二。)

悠二は自分を見て何を思うのだろう、約束を破ってしまったことからくる失望と拒絶だろうか、今はそれがたまらなく怖い。
だが、それでも、私がそうであるよう望んだ、だからある存在、フレイムヘイズとして、私は選ぶ、戦うことを。
でも、恐い、とても恐い、だから覚悟しよう。
私は戦うことを、悠二に戦う姿を見せることを、それを強く自分の心に誓い決意を固める。

 

そして、彼女が覚悟を決めたとき、感じていた鼓動が、さらに高まった。
悠二はそれに気付く、もちろんフリアグネも何らかの気配を感じ取ったようで、ぴくりと眉を跳ね上げる。

「ふふ、なにをモタモタしていたのやら……ようやく来たね?」

フリアグネはマリアンヌのもとまで進み、陶然(とうぜん)とした顔で語りかける。

「マリアンヌ、もうすぐ君を、一個の存在にしてあげることができるよ………君と私と、いつまでもいつまでも、一緒に生きよう」

マリアンヌは一言だけで答えた。

「ご主人様」

フリアグネは『トリガーハッピー』を持った手で純白の花嫁・マリアンヌを抱き寄せ、もう片方の手を、夜景に向かって突き出した。
その指先には、あの"燐子"を爆発させるハンドベル『ダンスパーティ』の姿がある。
マリアンヌ以外のパーティードレスを着たマネキン達も、各々剣を取り、戦闘体制をとっていた。
準備は万全、というわけだった。
フリアグネは、その両脇に剣を掲げたパーティードレスのマネキン達をかしずかせ、舞台の中央で花嫁を抱いて、告げる。

「さて……炎髪灼眼の子獅子を、狩るとしようか」

その様子を見た、悠二とベルペオルは二人で一つの想いを口にする。

(シャナ、やれ!)

(んふふふっ、思い切りおやり)

二人の声が重なる。

((そのほうが、(僕とベル)(私と悠二)が、動きやすい!!))

そして舞台の、フリアグネ達の真正面から、彼女は来た。
炎髪が、舞い咲く火の粉を流星の尾のように引いて。
灼眼が、"狩人" と"居並ぶマネキンたちを見据えて。
黒衣がなびき大太刀が閃くその姿。
それは、"天壌の劫火"アラストールのフレイムヘイズ、"炎髪灼眼の討ち手"シャナだった。

「シャナ!!」

悠二は一言だけ告げる。

「銃に当たるな!!」

その叫びがマネキンの蹴りで途切れた。

「……」

その声を聞いたシャナは強く笑った。
泣きそうなほどに強く、燃えそうなほどに熱く。

「………っはは!!」

「む、『フレイムヘイズ殺し』の宝具か」

その胸元、夜光を"コキュートス"に受けるアラストールが、状況を理解する。
屋上に着地したシャナは頷いて、その意味を理解した。
悠二はシャナ達が理解したのを確信すると静かに眠るようにその瞳を閉じた。
それに釣られて悠二の耳にあった神器"カナン"が、誰にも知れれずにその姿を、ひゅん、と消した。

(私がそうであるよう望んだ、だからある存在として、私は選ぶ、戦う、と!!)

先の悠二の言葉に全てを感じた。
その中には、自分を不安にしていた失望と拒絶はない、それがすごく嬉かった。
決意も覚悟も嬉しさも……それらを生み出す、小さな一つの気持ちも同時に感じた。
あとは、自分のやるべきことをするだけだ。
マネキンたちの向こうに下がる、"狩人"フリアグネを討滅する。ただそれだけだった。
フリアグネの銃口が自分を捉える、それを見たシャナは横っ飛びに飛んだ。残した火の粉を貫いて飛ぶ弾丸を肩の横にすかすと、地を踏んで足裏を爆発させる。大太刀必殺の刺突が狩人に向かう。
が、その前を複数マネキンがふさいだ。

「っ邪魔!!」

攻撃は止まらず、足は留まらない。マネキン達を大太刀で切り裂いて、ぶち抜き、尚も足裏を爆発させて加速を続ける。影から撃ってくるフリアグネの第二射目の弾丸を体をひねってかわし、そのまま前方のマネキンの首を斬り飛ばす。
フリアグネは、その間にシャナとの距離を取っていた。今度はハンドベルを振る。

「弾けろ!」

前方からシャナに迫っていたマネキンが一体、凝縮し爆発した。
シャナは、これを前に跳躍して、かわした。背後で爆発が起こる。
その爆風を背に受け利用して、前方へと更なる加速を開始する。

「!?」

驚いたフリアグネは、別のマネキンの影に飛んで逃れる。
そのマネキンが握った剣を振るってシャナに迫ってくる。

「ちっ!」

舌打ちしてシャナはマネキンの胴を断ち切り、またすぐ低く横に飛ぶ。
そのシャナの体があった場所を、フリアグネの第三射目の弾丸が抜けた。
双方とも悠二の存在を完全に気にしてはいない。
フリアグネは、もう戦闘不能の重傷を受けている、非力な"因果の操り手"などに、目もくれない。
シャナは先の路地裏での約束の通り、巻き込む覚悟の上で戦っていた。

 

この双方、一歩も退かぬ激しい攻防の中、"因果の操り手"坂井悠二は夜の舞台とは別の場所で目を覚ます。
その場所とは、愛しい者を優しく包み込むようにして抱きかかえている、三眼の美女の腕の中。
そこで眠っていた意識を覚醒させた。
起きる悠二を見た三眼の美女、"逆理の裁者"ベルペオルは、彼だけに見せる悠二専用の優しい笑みを浮かべて口を開いた。

「ふふふっ、今度の目覚めは最高だろう?気分はどうだい?悠二」

「うん、ベルがいるしね。」

それだけ言うと悠二はベルペオルに笑顔で答え、彼女を強く熱く抱きしめる。
その耳には神器"カナン"の姿もあった。
そのとき、キーン、と遠くの方でフリアグネのハンドベル『ダンスパーティ』が鳴った。
抱き合ったまま二人は音のした方向に一瞬だけ顔を向けると、再び視線を合わせて話を始める。

「おやおや、どうやら"狩人"が無駄な事を始めたようだよ」

「うん、もう『都喰らい』なんて起きないのにね」

悠二が言い終えると、どこからともなく『タルタロス』の鎖が現れて、その鎖は二人を囲うように輪の形を作る。
その中で抱き合う二人の姿は金色の大きな炎によって包まれた。
ベルペオルの姿は、先ほどまで着ていたロングタイトスーツではなく、闇に溶けるような灰色のタイトドレスへと。
悠二の姿は、御崎高校の学生服から"逆理の裁者"ベルペオルのフレイムヘイズ、"因果の操り手"としての姿へと。
それぞれが同じ一つの炎の中で身形(みなり)を変えていった。
それが終わると金色の炎はふ、と消え、鎖の輪の中には姿の変わった悠二とベルペオルが残っている。
そして、二人は名残惜しそうに抱擁を解くとベルペオルは悠二に言った。

「それじゃあ、悠二。そろそろ私達もこの茶番劇の幕を下ろしに、夜の舞台へと上がるとしようか」

「うん、一緒に行こうベル」

「んふふふっ、これからが一番面白いところだからね。"狩人"がどんな顔をするか楽しみだ。」

二人は会話を終えると『タルタロス』の鎖の輪をそのままに、舞台の方へと夜の空を翔けていく。

 

すでに、残りのマネキンの数は四体にまで減っていた。フリアグネを守る壁も薄い。
フリアグネは自分の予想した以上の苦戦を強いられていた。
フレイムヘイズ必殺の宝具『トリガーハッピー』がヒットしさえすれば終わる、という楽観的な前提を、彼らは持っていたのだ。実際他の、炎を自在に操るタイプの相手なら、いかに強力なフレイムヘイズでも、とっくに勝負はついていたはずだった。
ところが今、勇躍(ゆうやく)して彼らに襲い掛かってくる少女は、違っていた。
他のフレイムヘイズなら、まず炎を主力に使ってくる。だから、火除けの指輪『アジュール』でこれを防いでいる内に、必ず隙ができた。
しかし、この少女、炎も満足に扱えないフレイムヘイズは、剣しか使わない。いや使えない。最初から隙などできようはずもないのだった。
そして、その剣の腕、それだけは圧倒的なまでに、強かった。
フリアグネの顔にわずかに焦りの色が見え始める。
純白の花嫁が傍らで、その顔を見て主に語りかける。

「………ご主人様」

「駄目だ、マリアンヌ」

シャナが踏み込んだ先に、また一体のマネキンが立ちふさがる。

「どけ!!」

どいつもこいつも、全くの無能だった。剣の腕もせいぜいフリアグネの射撃の援護としてしか使えないような雑魚ばかりで、歯応えというものがまるでなかった。

「しかし、このままでは、ご主人様のお命まで……逃げることも、今となっては至難の業です」

「駄目だ、マリアンヌ!」

フリアグネが、駄々をこねるように首を振る。この会話の間にもまた一体マネキンの数が減った。

「ご主人様が討ち滅ぼされれば、私も生きてはいられません………しかし、その逆は違います」

「駄目だ、マリアンヌ!!」

純白の花嫁、その内にある愛しいぬいぐるみに、哀願するように顔を向ける。

「あと三つ!!」

シャナが残りのマネキンの数を叫ぶ。
マネキン達が持つ剣もおそらく宝具だろうが、シャナの持つ神通無比の大太刀『贄殿遮那』は、そういう力を全て打ち消す、ごく少数の特定の宝具か、あの武器殺しの宝具でもなければ何も恐れることはない。
ただ闇雲に突っ掛かってくるだけの、動きにくそうな格好の人形に遅れをとるわけもない。

「マリアンヌ、私は君のために、全てを……!!」

「ええ、ご主人様……私も、同じなのです……それができることを、私は嬉しく思っています」

二人の夢の姿、マリアンヌの花嫁衣裳。その白絹の手袋に包まれた左手が、フリアグネの泣き顔に触れ、右手がハンドベル『ダンスパーティ』添えられ、ベルを揺らす。
シャナの目に映る、残り三体のマネキン、その内の二体が凝縮する。しかし、もうその手は通じない。

「むっ!」

シャナは爆発に備えるため、黒衣の裾を、幾重にも折り身に巻いて、フリアグネの銃撃の的にならないよう、ステップを横に踏む。
直後、激しい爆風が身を襲うが傷というものは負わなかった。すばやく体勢を立て直し攻撃のため『贄殿遮那』を構える。

「ご主人様の持つ、オリジナルの自在式があれば大丈夫、同じ式で組み立てられた私の修復も可能でしょう」

「マリアンヌ!!」

黒衣の防御を解いて構えた直後、正面の爆発の真ん中から純白のウエディングドレスを着たマネキンが突如、猛進してきた。
シャナは考える。後続はない。もうこの一体だけ。しかも、このマネキンは何も持ってない。爆発するつもりだとしても、その前に、叩き斬る。
斬れば、火花となって散るため爆発は起こらない。それを確信して体を動かす。

「きっと、修復してください。約束ですよ、ご主人様……私も、あなたと……」

「マリアンヌ!!!!」

シャナは、真正面から純白の花嫁を両断した。
その真っ二つになったマネキンの間をすり抜けるように、前に踏み出した。
だが、その一瞬の油断が次の結果を生む。

「ご主人様のために………それが、欲しかったのよ」

分かれたマネキンの体の中から伸びた金色の鎖が、『贄殿遮那』の刀身に絡み付いていた。
散った薄白い火の粉の中から、粗末な人形の"燐子"マリアンヌが、武器殺しの宝具『バブルルート』の一端を持って現れた。

「くっ、しまった!?」

「今です、フリアグネ様!!」

マリアンヌの魂の叫びが、想い人を動かした。

「マリアンヌ!!!!!!」

シャナはとっさに、引き寄せられる大太刀から手を放そうとするが間にあわず、マリアンヌが凝縮し、シャナは至近距離からの爆風で吹き飛ばされる。その衝撃で金網も吹き飛んだ屋上の縁に、ボロボロなった体は投げ出された。
力なく地に寝そべったシャナは嗚咽を聞く。

「………ううう、うう………私のマリアンヌ………私の、マリアンヌ」

嗚咽は銃口の向こうから聞こえてた。
突き付けられた銃口の向こうで、白い幽鬼のように立つフリアグネは泣いていた。

「できる、するとも、やってみせる、マリアンヌ!ここで得られる力、全てを使ってでも、君を蘇らせてみせる………そして、いつまでも二人で生きよう……二人で……」

その右手には、フレイムヘイズ必殺の銃、『トリガーハッピー』が握られている。
反対の左手には、『都喰らい』を起こすハンドベル、『ダンスパーティ』があった。
フリアグネは、噴出する悲しみに狂喜を混ぜて言った。

「………だから、まず、死ね」

フリアグネは右手の銃『トリガーハッピ』の引き金を引こうと、力を加えようとしたそのとき、突如フリアグネの全周囲を包囲するようにおびただしい数の金色の炎が湧く、その炎の全てから『タルタロス』の鎖が一瞬で伸びて、『トリガーハッピー』と、フリアグネの五体に絡みつき束縛した。

「なっ!?」

フリアグネの顔は驚愕の色を強くあらわしていた。
シャナとアラストールは驚きのあまり言葉を失っている。

「やれやれ、ようやっと着いたわ。待機してたのはいいが、ちと離れすぎてたかね」

「まぁ、無事間に合ったってことで、いいんじゃないかな」

二つの声は、誰もいないはずの空虚から聞こえてきている。
その声の発信源とも言える空虚に二つの大きな金色の炎が湧き上がった。
その一つの炎から、眼帯二つ目の美女ベルペオルが体中のアクセサリーを、じゃらじゃらと鳴らして出てくる。
もう片方の炎からは、"因果の操り手"坂井悠二が、三対の鉄の腕輪同士をつなげる鎖を、こちらも、じゃらじゃらと鳴らして出てきた。
二人は拘束されているフリアグネの前までいって立ち止まるとベルペオルが愉快そうに口を開いた。

「おや、"狩人"なかなか無様な姿をさらしてるじゃないか」

言われたフリアグネは驚愕の表情のまま、戦っていた三人の気持ちを代弁するように聞いてくる。

「なぜだ、なぜ"因果の操り手"と"逆理の裁者"がここいる」

それはここにいた誰もが抱く疑問である。
彼らが悠二と認識していた人物はこの舞台の片隅で目を閉じて横たわっている。
そうここには坂井悠二が二人いるのだ。
ベルペオルはそんな三人を一瞥すると満足そうに笑って種明かしを始めた。

「それはお前達が今まで悠二と認識していた者が悠二じゃないからさ。そこに横たわっていのは私と悠二の自在法『パラドクス』によって感覚に矛盾を生じさせ、悠二と認識させていた私達の"燐子"だよ。まぁ、わざわざこんなことをしたのはちゃんと訳があってね、炎髪灼眼のおチビちゃんと"天壌の劫火"が、同業者だってのに私達を監視するとか言ってきたんでね、だからその"燐子"ごとお前を、おチビちゃんに討滅してもらう予定だったのさ。そうすれば、お前を討滅した後おチビちゃんは監視の対象を失って街から去るって計算だったんだけど……おチビちゃんは躊躇(ちゅうちょ)して刀を止めてしまうし、お前は悠二を連れ去っても消そうとはしないしで、計画はまるつぶれさ。」

ベルペオルは言葉をいったんきると、右腕の肘から上を天へと向けて、指をパチン、と弾いた。
すると、三人が悠二と認識してた"燐子"は金色の火の粉を撒き散らし霧散していく。

「ほら、ご覧の通りだよ。あと私の顕現してる理由については、『零時迷子』それが私と悠二の持っているもう一つの宝具の正体さ。だから私は常に本体で顕現していられるんだよ………他に何か聞きたいことはあるかね?なければこれで、さよならだが」

この状況に、フリアグネはまだ切り札が残っているという表情をしている。
そう彼の右手のある『トリガーハッピー』の照準はシャナから外れていなかった。
フリアグネは笑いながら口を開く。

「君達は"炎髪灼眼の討ち手"を助けたつもりでいるようだが、何か忘れていないかな?それを今から教えてあげるよ」

そういったフリアグネは、『トリガーハッピー』の引き金を引いた。
すると、カチン、と音がしただけで何も起こらない。
焦るフリアグネは必死に引き金を引く。

カチッ!カチッ!カチッ!カチッ!

「ど、どういうことだ、どうして!!」

焦るフリアグネに悠二は言った。

「それは、僕とベルの『タルタロス』が絡み付いてるからだよ。その能力は特定現象の切り離し及び遮断。つまり『トリガーハッピー』の能力を銃から切り離して遮断させてもらった。だからその銃はもう使い物にならないよ」

悠二は無機質の冷たい目をフリアグネに向けた。
その目を見たフリアグネは焦りの色をいっそう濃くして顔を背けるように首を振る。
そのとき、自分の左手にあるものが目に飛び込んできてあることに気づいた。
あるものとは『ダンスパーティ』だ。
そうだ、こいつらを『都喰らい』に巻き込んでしまえばいい『零時迷子』は惜しいが、マリアンヌのために自分は生き延びねばならない。
あと一回、あと一回鳴らせば、その思いから左手のハンドベルを振る。

キーン!

ハンドベルの鐘の音が御崎市全体になり響いた。
だが『都喰らい』は発動することはない、尚も必死にフリアグネは泣き叫びながらハンドベルを振る。

「なぜ、なぜだ、なぜなんだーーー!!」

キーン!キーン!キーン!キーン!キーン!キーン!キーン!キーン!

「ふふふっ、満足がいったかい?『都喰らい』なら『パラドクス』で矛盾を起こして止めているよ」

ベルペオルがフリアグネに声をかけても、必死にハンドベルを振っていて答えはしない。
それを悠二は耳障りだといわんばかりにフリアグネの左手からハンドベルを取り上げると、地面に叩きつけて破壊した。

「っあああああああ!!」

フリアグネの絶叫がこだまする。
ベルペオルはそれを楽しそうに笑いながら観察し終えると口を開いた。

「万策もつきたようだし、そろそろお別れのようだね、さようなら"狩人"。お前のその絶望に満ちた顔はなかなか面白かったよ。」

「それじゃあ、あなたの存在の力をベルのために奪いますね」

悠二は右手でフリアグネの顔をつかみ、存在の力を吸収する。
フリアグネは心を砕かれて抜け殻のように、自分の愛しい人の名前を呟くだけだ。
存在が希薄になった彼の体は徐々に夜の闇に溶けるように透けてゆく。
もはや、愛しい人を呟く声すらも聞こえてこない。
その行為が終わると時刻は零時を回る。すると、悠二が一日で消費した存在の力がフリアグネから吸収した分も合わせて回復した。
それを見ながら、シャナは怒っていた。
存在の力の吸収という光景には見覚えがある、かつて史上最悪の"ミステス"と呼ばれた"天目一個"が"琉眼"(りゅうがん)ウィネを喰らい自分にその存在の力を足したそれと同じに見える。
だが、存在の力の吸収についてはどうでもいい、問題は悠二が言った言葉で、ベルペオルのために存在の力を奪う、特に『ベルのために』のこの部分それがどうしようもなく気に食わない。
しかし、それも些細なこと、一番腹が立つのは自分達を騙していたことだ。
そんなシャナの気持ちを知らない悠二とベルペオルは二人で話している。

「ふぅ、これで無事討滅完了。ベルお疲れ様」

「悠二も、お疲れ様」

お互いに笑顔でねぎらいの言葉をかけて、シャナのほうに向かって歩き目の前で立ち止まる。

「シャナ、大丈夫?歩ける?」

この言葉でシャナの頭の中で何かが、ぷつん、と音を立ててキレた。
戦闘の疲労などどこかにすっ飛んでいく。
『贄殿遮那』を峰に持ち替えて、頭上に掲げて振り下ろしながら怒鳴るようにいう。

「だ、だ、大丈夫?歩ける?………もっと、ほかに、言うことは、ないわけっ!!」

悠二はその峰打ちを後ろにステップを踏んで、ひょい、見事にかわした。
それを悠二の後ろで見ていたベルペオルはシャナを睨みつけなが言った。

「いきなり悠二に何するんだい?」

「そっちが、悪いんでしょ………同じフレイムヘイズの私達までなんで騙したのよ!!」

ベルペオルは何をいまさらといった感じで口を開いた。

「"狩人"に言った言葉を聞いてなかったのかい?ならもっと分かりやすく付け加えてやるよ。お前達は私と悠二を信用していなかったろ?監視までしていんだ、そんなお前と"天壌の劫火"を私達が信用して本当の事を話すと思うのかい?お互いさまだろ?」

「くっ………」

「う………うむっ」

ベルペオルのごくあたりまえの正論に、ぐうのねもでない様子の二人は沈黙した。
気まずそうな二人の様子をみた悠二は助け舟を出してる。

「えーと、あのさ監視とかそういうのは嫌だけど……それにほら『零時迷子』のこともあるし、これからはお互いに信用して協力するってことで、いいんじゃないかな?」

その悠二の助け舟にアラストールは乗っかる。

「うむ、『零時迷子』は乱獲者にとっては最高の物。そして我らフレイムヘイズにとっては不要の物。しかし絶対に渡せぬ物だ」

「不要かどうかはともかくベルを常に顕現できるから、かなり便利なんだけどね」

悠二はそういうとシャナのほうを見る。
シャナはばつの悪そうな顔をして言った。

「それでいいわ、しばらくこの街で、悠二達を見守ることにする。」

決定的なことが起こった。シャナが自分を名前で呼んだのだ。
それに驚いて内心驚きつつも、絵顔でシャナの顔を覗き込むようにして見つめた。
悠二の笑顔に気づいたシャナは数秒見つめあうと、慌てて顔を真っ赤にしてそっぽへと向ける。
この態度に苦笑しつつ悠二はベルペオルに聞いた。

「ベルもそれでいいよね?」

「フンッ!好きにおしよ」

ベルペオルは悠二が助け舟をだしたのが気に食わないのか、それともシャナと見詰め合ったのが気に食わないのか不機嫌そうに言った。
彼女にしてみれば、悠二と二人の時間を取り戻すために立てた計画が潰れてしまったのも気に食わないようで、お決まりの一言を呟く。

「まったくもって、ままならぬ」

こうして一連の戦闘を終えた一行は坂井家へと足を運んだ。

 

翌日も空は快晴だった。
悠二、ベルペオル、シャナの三人は、今は学校にいる。
午前中の授業を終えて、今は昼休み。
本日のスコア、丸投げが三、対決が一となっていた。
今日は誰も、外に出て行かない。
昨日起こった、吉田一美の告白未遂、坂井悠二の敵前逃亡、ベルペオル先生と平井ゆかりタッグによる強制連行という三大事件によって、教室は朝から微妙な緊張の内にあった。それなりに会話をしているが、クラスメートたちの目と耳は事の当事者達に集まっている。
悠二はこの雰囲気をあえて無視している。正直今後のことで頭がいっぱいだった。
その悠二の代わりに、メガネマン池と佐藤や田中が机を寄せたり椅子を持ってきたりしている。ああいうことがあった後でも、一緒に昼食をたべさせるつもりらしい。
悠二にとっては大きなお世話である。
シャナは例によって、みんなが集まってくるのを待ったりせず、さったとメロンパンを嬉しそうに頬張っている。
昨日のことで呼び方が変わったことは、正直喜ぶべきなのか悲しむべきなのか困ったところだ。
自分を認めてそう呼んでくれているのだから、喜ぶべきなんだろうがシャナがその呼び方をするとベルペオルの機嫌がすこぶる悪くなる。
そんなことを考えているとベルペオルが二つのコンビニ袋をさげて、教室の後ろの扉から悠二たちのほうへやってくる。
もちろんその袋の一つは悠二の昼食が入っている。
そのとき吉田一美が、ベルペオルとシャノ前に、か細い体を精一杯に立たせて口を開いた。

「………あ、あの……ベルペオル、先生……ゆ、ゆかりちゃん」

「なんだい?」

「なに」

「………わ、わ、私………負けないから」

もつれながらのその声は教室中にしっかりと響き、クラスメートがどよめきを起こす。
教室中が、あの気の弱い吉田の宣戦布告と、それが巻き起こすかもしれない騒動に戦慄した。
その宣戦布告を受けた二人の行動を教室中が注目している。

「………」

「何の話?」

ベルペオルは、吉田の手の中にある小さな包みを見ると、池達が用意した椅子に座らずその場で無言で立っているだけだった。
シャナはその言葉の意味をさっぱり理解できていないのか首を傾げてから悠二に聞く。
よりにもよって僕に振るな……といいかけたが言えば地雷を踏みそうなので沈黙を守ることにした。
吉田は大きく深呼吸すると椅子に座る。
すると、吉田のカチカチになった細い指に押された小さな小包が一つ、机の上を滑ってきた。
押された包みは弁当箱だった。

「……ええ、と……」

悠二は吉田を見ると、彼女は顔を伏せている。今にも机に突っ伏しそうな緊張した声で言う。

「……いつも、その、オニギリばっかり……だから」

「ど、どうも、ありがとう」

吉田のようにしどろもどろになりながら、悠二は礼を言った。
シャナはこっちをジロジロ見ている。弁当箱を追ってこっちに視線を移したらしい。

「どういうこと、悠二?」

その強く響きすぎる声で発音された言葉は、再び教室中にどよめきを起こした。
その騒ぎの中、それでも吉田は悠二を見て、宣言した。

「………負けませんから」

今度は彼女は顔を伏せずに悠二を見て言う。
それを見て、シャナは何を思ったのか食料袋の中からチョコステックの箱を取り出すと悠二に押し付けた。

「あげる」

「は?」

悠二が見れば、シャナはもう知らん顔でメロンパンの残りをかっ喰らっている。
吉田はむっときているようだった。
この気まずい状況を逃れるために悠二は慌てて弁当箱を開いた。
すると、今までことの成り行きを沈黙して動かずに立っていたベルペオルが動き出す。
悠二達も含めてみんながその行動に目を奪われる。
彼女は池達が悠二の隣に用意した椅子を持って教室の端にそれを置くと直ぐに戻ってきて悠二の膝の上に腰を下ろす。
そして吉田の弁当箱と箸を取るとおかずを一品つまんで口の前に差し出した。

「悠二、あーん、って口をあけてごらん?それに、私を一緒に食べるといいことがあるよ」

「えっ…!!」

「ほら、早く。」

「あーん?」

悠二の開かれた口におかずが入れられる。もちろん口に入れたものを吐き出すわけにはいかないので租借した。
これを見た吉田が、ますますむっとなっているのに気付いた。
今度ばかりはシャナも横目で険しい視線を送ってくる。
ベルペオルはその二人を見て、挑発するように鼻で、フフン、と笑って見せた。
そんなこんなで八方ふさがりの昼休みを、悠二は全身に冷や汗か、脂汗か、分からないものをだらだらと流しながら過ごした。

 

そして、放課後。
悠二、ベルペオル、シャナの三人は坂井家への帰路を歩いている。
シャナは横で歩く悠二とベルペオルを見て唐突に口を開いた。

「貴方たちのこと、信用してあげるわ。」

いきなり言われたその一言で悠二とベルペオルはシャナに視線を向けた。

「いきなりどうしたの?」

「なにか悪いもんでも拾い食いしたのかい?」

いきなりの態度の変化に驚きを隠せない二人は訊いてみた。

「そんなことするわけないでしょ!!まぁ、これまでのお詫びの意味も込めて、今度の休みに『外界宿』(アウトロー)に行ってあなた達の情報を流してあげるわ、"逆理の裁者"がフレイムヘイズ側についたってね。そうすれば他のフレイムヘイズに出会っても、今後は大丈夫でしょ?」

「ありがとう、シャナ。でも情報は流してもいいけど、僕たちの居場所については伏せててもらいたいんだけど」

「わかったわ、じゃあそうする」

悠二は素直に礼を言った。
だが、ベルペオルはまだ何か引っかかるものがあるらしく、シャナを睨みながら尋ねる。

「なにか企んでるんじゃないだろうね?……もしそうだとしたら悠二が許しても私は絶対に許さないよ」

「べ、別に企んでなんてないわよ………ただ、ちょっと……」

「ちょっと?なんだい?」

シャナは、ばつの悪そうな顔して言った。

「その代わりといったら、なんだけど………私に自在法を教えて!!」

この言葉に悠二とベルペオルは一瞬、ぽかーんと口を開いて笑い出す。
シャナはそれを顔を真っ赤にしながら睨んだ。
二人は笑いを堪え言う。

「僕はそれでかまわないけど……ベルはどう?」

「私は悠二さえよければかまわないさ……それで"天壌の劫火"お前はそれでいいのかい?」

「うむ、もともと我が進めたのだ」

アラストールがそれに答える。

「わかった、じゃあ『外界宿』(アウトロー)から戻ったらきっちり僕達が教えてあげるよ。」

「約束したからね」

シャナはそれだけ言うと、真っ赤な顔をそっぽへ向けた。
紅い夕日が三人の影を進行方向へと長く伸ばす。
その影の向く先、坂井家のあるほうへと三人は足を進めた。

 


≪あとがき≫
第一章[因果の繰り手と紅蓮の少女]無事完結しました(;´Д`)
それにしてもまさか五話を二回書くことになるとは思ってませんでしたうよ……もう涙目 Orz
実は、21日の時点で完成してたんですが…上書き保存を押した瞬間、家のブレイカーが……バシュ〜〜ンと落ちてファイルが破損しました( TДT;)
クソォ〜〜〜ゥ!!嫁が電子レンジと!、アイロンと!、炊飯器を!、一緒に使いやがるからだ(ノ`Д´)ノ===┻━┻
マジちゃぶ台があれば、『マ・ジ・で』ひっくり返したい所でした( /ω\)
まぁ愚痴はこれぐらいにして(*゜ー゜) 次の第二章にはあの御二方を出す予定です( `Д´) b

「私を出すのであります!!」

「出演要求」

「早く、第二章の製作に取り掛かるのであります」

「早急」

この二人ですね( ゜ω゜)
まだ満足にプロットも作ってないので、次の更新には時間かかりそうですが、もうしばらくお待ちください。
それにしても、なんとなく個人的に最初に書いたほうができはよかったような気がしてますが……( TдT)うまく思い出せないのです!!
無事完結ということで今回はこれで許してくださいまし;x;
それでは第二章でお会いしましょ!!                            ( ゜ω゜)/~ またね♪


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