第二章[癒える心]
七話【つないだ二つの確かな絆】

 

ルンルン。
"逆理の裁者"ベルペオルは満面の笑み浮かべて、頭の上にハートマークを漂わせながら、放課後の廊下を歩いていた。
足取りは軽く、頬が緩んで、いつもの彼女からすると目つきも非常にやわらかい。
明らかに、私は今、とても機嫌がいいです。といった様子で全身から幸せのオーラが立ち上っていた。
坂井悠二はその後ろを、手を引かれて付いてゆく。

「ねぇ?ベル」

「んふふふっ」

返事ががない。
六時間目の授業が終わってから、ずっとこの調子で終始笑みを絶やさない。

「ベル?」

「ん〜んんん〜♪」

「ベルってば」

鼻歌と歩みがピタリと止み、満面の笑みのまま、くるりとターンしてこちらを向いた。

「どうしたんだい?」

「そんなに急いで帰らなくても……それにみんなが見てるから」

「見たいなら、いくらでも見せ付けてやればいいさ。私は別に困ることなんてこれっぽっちもないよ。悠二は私が一緒だと嫌なのかい?」

ベルペオルは答えを確信してはいるが、あえて不安そうな視線を向けて訊く。

「嫌じゃないよ、ただ学校だと色々とね………」

「嫌じゃないんだろう?なら問題ないさね。さぁ、千草も今日はいないんだし早く帰るよ悠二」

笑顔に戻ったベルペオルは、幸せのオーラを学校中に撒き散らしながら悠二の手を引いて校門へと向かう。
その途中で生徒達が悠二に向けてくる、嫉妬の視線などお構いなしなのはいうまでもない。
ベルペオルの機嫌がすこぶるいいのには訳があった。
まだシャナが『外界宿』(アウトロー)から戻ってきてないので悠二との二人の時間が続いてる事ももちろんあるが、それとは別に今日は金曜日の放課後、つまり明日は休日なのである、その休日には悠二とのデートも決まっていた。
事の始まりは、数日前に千草が商店街の福引で、あるテーマパークのチケットを当ててきたのが始まりだった。
その日も、いつもと一緒でベルペオルと並んで帰り、家について夕飯を三人で食べてるときのこと。

「うふふふ、悠ちゃん、ベルペオルさん、二人にいいものをあげるわ」

千草は悠二とベルペオルの顔を見ながら笑い、小さな長方形の紙を一枚テーブルの上に出してきたのだ。
何かの優待券のようで、赤やら金やらの派手な色合いのペアチケットの文字に目をやる。
その丸っぽい文字のデザインには見覚えがあった。

「あっ、『ファンシーパーク』………そういや、まだ行ったことなかったな」

正式な名前は『大戸ファンシーパーク』。
数年前、御崎市に隣接する大戸市の山手、往還道沿いに開業したテーマパークだった。地方ローカルらしいが、コマーシャルもよくやっている。割と笑えるコマーシャルソングが、一時期クラスで流行ったりしていた。
たまに誰かが休日に遊びに行ったのを又聞きするくらいで、特に興味というほどのものは持っていなかったのだが、いざチケットを目の前に出されると急に気になってくる。

「その『ファンシーパーク』ってのは、なんだい?」

「遊園地だよ。いつだったか池が、狭いけどアトラクションは面白いのがそろってるって言ってたっけ」

「遊園地?……単語としては聞いた事があるんだが、一体なにをするところなんだい?」

ベルペオルは頭に疑問符を浮かべた。
おおらかな笑みを絶やさないまま千草が答える。

「ベルペオルさんは、遊園地とか行ったことないのね。ここは色々な乗り物に乗ったりして遊ぶところよ。他にもパレードやらイベントなんかをやってるわ。チケットの有効期限も今週の週末までみたいだし、よかったら悠ちゃんといってらっしゃいな。」

「でも、チケットが一枚しかないみたいなんだが………大丈夫なのかい?」

「大丈夫よ。これはペアチケットって言って一枚で二人はいれるのよ」

悠二と一緒のお出かけに嬉しさを表した直後、千草に悪いと思ったのが表情が少しくもった。

「でも、いいのかい?私と悠二が使ってしまって………」

「ええ、私が使ってもいいんだけど貫太郎さんは今週も帰ってこれないみたいだし、それだとチケットが無駄になっちゃうでしょ。それにこういう場所は恋人同士がデートとかする時によく使うの、だから悠ちゃんといってらっしゃいな。」

それを聞いたベルペオルは、ぼそりと呟くように言った。

「……悠二と……デート………恋人同士………」

目を大きく開いて、ポーと徐々に頬には赤みがさしてきている。
悠二は恥ずかしさのあまり、止めてくれ母さん、と言おうとしたがベルペオルの顔に見とれて言いそびれてしまった。
はっきり言って、今のベルペオルは可愛過ぎる。
普段は可愛いというか、万民が羨むほどの美貌の持ち主なのだが、今回はそれに相まって普段見せない可愛さまでプラスされている。
目を奪われるのも必然的ともいえた。
ベルペオル自身、恋人という認識は契約したときから強く持ってはいたが、やはり他人に言われると一味も二味も違うようで、喜びを顔いっぱいに表して口を開く。

「ありがとう千草。悠二と一緒にいってくるよ!!」

「うふふふ、私のことは気にせず楽しんでらっしゃい」

そう言って笑う千種の方から悠二へと視線を移したベルペオルは悠二に言う。

「悠二、その、私と一緒に、行ってくれるかい?」

「…………」

嬉しそうなベルペオルのその顔に見とれて、返事をしないといけないのは分かってはいたがなかなか声にならなかった。
その間もベルペオルは返事を待っていた、いつもの余裕の表情ではなく悠二の返事に期待とちょっぴりの不安が入り混じる表情をして。
この状況に対する息子の不甲斐なさをみかねた千草が口を出す。

「ほら悠ちゃん、なにしてるの?本当、こういうことは悠ちゃんの仕事なんだけど………それに、女性の方から聞いてるんだからちゃんと答えてあげないとダメよ」

千草に言われて、ようやく思ったことを口にできるまで冷静になった。

「あっ、ベル、待たせてごめんね、僕と一緒に行こうか。―――――ううん、これじゃ違うかな。ベル、僕と一緒に行ってください」

「悠二!!」

これを聞いたベルペオルは悠二の名を呼ぶと、求めるように力いっぱいギュゥーーッと思い切り抱きしめた。

「べ、ベル、ちょっと苦しいかも……」

悠二の少し苦しそうな声を聞いて、抱きつく力を弱めると心配そうに訊く。

「あっ、ごめんよ悠二」

「うん、大丈夫」

悠二はそう言って笑いながら答える。
ベルペオルは卵の殻を割らないぐらいにまで弱めた力を、再び強めて小さく一回、ギュッと幸せいっぱいの笑みを浮かべ抱きしめた。
千草はこの微笑ましい光景を、笑いながら頷き見つめている。

「うんうん、今の悠ちゃんの答えは八十点上げてもいいかも………最初に言い間違わなければ百点あげてもよかったのに………あっ、でも、貫太郎さんなら間違えても百点あげちゃおうかしら………うふふふっ。そうだわ、私も今週末は貫太郎さんに会いに行きましょ。」

相変わらずバカップルなおしどり夫婦ぷりを全開な千草だったが、ベルペオルの腕の中でそれを言っても説得力に欠けるので突っ込まないことにした。
こんなやり取りが数日前坂井家で行われていたために、現在のベルペオルの状態が出来上がっている。
そんなベルペオルに手を引かれ、嫉妬の視線が突き刺さる御崎高校の校舎を抜け、校門を抜けて、下校の途中、悠二とベルペオルは帰り道にあるスーパーに立ち寄った。食べ物を買うためである。
悠二がカートを押し、ベルペオルが商品を選ぶ。

「悠二、なにか食べたいものはあるかい?あっ、でも、いくら好物だからってチョコレートはご飯にならないから駄目だよ。」

ベルペオルの言うとおり、悠二の好物はチョコレートなんだが、いくらなんでもシャナようにお菓子をご飯にする神経は持ち合わせていない。

「あのねぇー、ベル。子供じゃないんだからそれぐらい分かってるよ。」

「ふむ、じゃあ子供じゃないならセロリも食べるんだよ?」

ベルペオルはにやり、と笑って楽しそうに悠二が大嫌いな物の名を上げて訊いてきた。
対する悠二は、ばつの悪い顔をして答える。

「うっ、そっ、それは………」

ベルペオルは悠二の顔を見て苦笑しながら言った。

「クフフッ、ごめんよ、ちょっとからかいすぎたね。ほら、それで何が食べたいんだい?」

「えーと、それじゃあハンバーグが食べたいかな」

「じゃあ、そうしようかね」

悠二はカートを押して惣菜コーナーに向かおうとするがそれを止められる。

「ちょっとお待ち、悠二そっちじゃないよ」

言われた悠二は前に母さんと来た時はこっちだった気が、と思いつつも付いていくことにした。
ベルペオルは野菜、肉などを選んでカートに乗せられたかごに放り込む。冷凍食品や惣菜ではなく、食材ばかりだった。

「ベル、これでいいの?出来合いの物で十分だと思うんだけど」

「これでいいんだよ」

「誰が料理するの?」

「私と、ユ・ウ・ジ!」

「へえ。僕とベルで料理ね………!!!………えっ、そりゃ僕も少しぐらいはできるけど、ハンバーグなんて作ったことないよ。それより、ベルは料理できるの?」

「できるさ。家庭的だろう?」

かなり意外な気がした。
学校での昼食はいつも自分と一緒で、コンビニのオニギリで済ませていたベルペオルが料理をできるらしい。
それも意外であったが、"紅世の王"の一人が料理をやること自体がとんでもない光景過ぎて想像すらできなかった。
なおも、ベルペオルは食材を選んだ。千草のことだから数日は貫太郎のもとにいるだろうと計算してのことである。
肉や魚はじっくり原産地と賞味期限を確認し、缶詰でも手を抜かない、大した気の使いようだった。

「ずいぶん、慎重に選ぶんだね」

「新妻の気分さ。夫は悠二だよ」

ベルペオルは嬉しそうに笑った。
レジで会計を済ませる。代金はベルペオルが千草にもらったのあるらしく彼女が払った。
学校の鞄と食材を詰めたスーパーの袋を右手に持ってその場を後にする。もちろん左手は言うまでもなく彼女が握っている。
スーパーからしばらく歩き、フリアグネを失った"燐子"と戦闘した場所を通ると、ふとヴィルヘルミナのことを思い出す。
そういえば、まだベルにヴィルヘルミナの事は伝えてはいなかった。思い出したことだし今伝えるかと考えたが、楽しそうなベルペオルに水を差すようなことはしたくなかったため、今じゃなくてもいいかと言うのをやめる。
家に到着した頃には、太陽が半分欠けていた。
鞄から鍵を取り出して家に入ると、台所にビニール袋を置く。
ベルペオルはスーツが汚れると困るといって二階に着替えに行き、戻ってきたときにはタイトドレスの姿に変わっていた。

「ベル、その格好でやるの?」

「そうさ。これなら汚れても『清めの炎』で綺麗にできるだろう」

ベルペオルは台所に立つと、千草がいつも着けているエプロンに袖を通す。

「ほら、悠二も手伝っておくれ」

「はいはい」

言われた悠二は自分用の、黒い何も飾り気のないエプロンを身に着けて台所に向かい絶句した。

「……………」

「ほら、悠二なにぼさっとしてるんだい?」

「いやその、ベル、エプロン姿、似合ってるなと」

ベルペオルのエプロン姿に、本当に見とれてしまっていたのだ。
ベルペオルのエプロンは、紐を肩にかけて前面を覆う千草がいつも使っている物なのだが、ドレス姿で付けるこの格好は新鮮であった。

「そ、そうかい、あ、ありがとう」

頬を上気させて視線をそらしてベルペオルが言った。
遊園地でのデートの約束からこっち、ベルペオルの美貌に可愛さがプラスされていた。

「そ、そんなことより、袋からひき肉をボールに出してこねておくれ」

普段は大胆なベルペオルも二人っきりでのこの状況では少し恥ずかしいらしい。
悠二は言われたとおりひき肉をこねながらベルペオルに話しかける。

「ねぇ、料理なんてどこでならったの?」

慣れた手つきで料理器具を扱うベルペオル。
見れば千切りしたキュウリの水気を切り、蒸かしたジャガイモを潰し、それをマヨネーズで和えてハンバーグに添えるポテトサラダを作っているところだった。

「それは、悠二と私はいつかはここを去らねばならなくなる時がくるだろう。私と悠二は永遠といえる時を生きるすべを持っているからね。だからそうなったときに、千草や貫太郎がいなくなっても、この家で過ごしたことをいつでも思い出せるように、千草にこっそり内緒で習ってたのさ。この世界から悠二を奪った責任ってやつかね。」

そう言ってベルペオルはにっこり優しい笑みをみせた。
悠二の心の中で暖かいものが溢れる、恥ずかしさからか感動で湧き溢れてくる涙を堪えて笑顔を作り答えた。

「ベル……ありがとう」

「ふむ」

それからも二人は一緒に夕食を作り続け、その夕飯が食卓を飾る。

「どうだい、上手くできてるかい?悠二」

「うん、おいしいよ。ベル」

「良かったら、これからお弁当は私が作ってやるよ。少し早起きして悠二と一緒に寝る時間が減ってしまうのは名残惜しいが……おいしいって言ってくれたから頑張るさ。」

「うん、ベルがきつくなければお願いしていい?」

ベルペオルは再び優しく笑って頷く。
始めて食べたベルペオルの作った料理は母さんと同じ味と、ほんのりとしょっぱい涙の味がした。

 

そして、週末。
悠二は駅前に来ていた。『ファンシーパーク』へ向かうシャトルバスに乗るためである。もうシャトルバスは来ていたようだが、まだそれには乗っていない。なぜかと言われれば人を探しているからだった。
今朝ベルペオルとは別々に家を出た、ベルペオルが言うにはせっかくのデートだしは待ち合わせしたいということで、こういう結果になった。
一緒に行けばいいと思っていたが、どうしてもというのでベルペオルより遅く家を出た。
どうせ母さんの入れ知恵なんだろうと自分の中で納得して、もう来ているはずのベルペオルの姿を探す。
すると人だかりが出来ている場所を発見し、近寄ってみるとその中には、いつもと違う格好のベルペオルが困った感じの表情で立っている。
彼女の格好は、ダークパープルのリボンテープチュニックと、黒いデニムのマーメードスカートでその裾には同色のレースのフリルが付いている。
その服選びのセンスもさることながら、モデル以上のスタイルと美貌が周囲の視線をほしいままにしている。
人だかりをかきわけながら進んで、悠二はベルペオルに声をかけた。

「ベル、ごめんお待たせ。その、すごく似合ってるよ。」

「悠二!」

ベルペオルは悠二の名を呼び頬を上気させて嬉しそうに笑う。

「行こう。ベル」

悠二は周囲の視線を無視して、ベルペオルの手を取りシャトルバスに乗り込んだ。
このシャトルバスに乗り込む瞬間に、遠くから周りの視線とは違う視線が一つこちらに向いたのを二人は気づいてはいない。

「ようやく見つけたであります。」

「気配皆無」

「やはり、紅世の気配を感じないでありますな。」

「肯定」

「それに後ろ姿ではっきりとは分からなかったでありますが、誰かと一緒のように見えたのであります」

「追跡調査」

「あのバスの行き先は『ファンシーパーク』でありますな」

「了解」

そういうと全身にリボンで巻くことで気配を消し、見つからないように近付きすぎず、見失わないように離れすぎずの一定の距離を保ちながら尾行を開始した。

 

『ファンシーパーク』に付くと、二人はシャトルバスから降り、人ごみに流されるように歩いてゆく。休日ってこともあってか家族で来ている人もいて結構な数がいる。
そのせいか逸れないようにとベルペオルが腕を組んで離さなかった。
人の流れは正面のゲートに進んでいて、スタッフが手際よくさばいている。中に入り、ガイドブックを受け取る。

「ベル、どこにいこうか?」

「私はこういう場所は初めてで、あまりよく分からないから悠二に任せるよ」

「それじゃ、あそこにしよう。」

ガイドブックを見ながら悠二が指差した先にはあるのは、山の内部をカートに乗って走り回るアトラクションである。
いわゆる遊園地の花形、絶叫マシーンという乗り物である。
やはり花形というだけあって行列が出来ているため、最後尾に並んで待つことにした。

「ベル、退屈してない?」

「悠二が一緒にいるんだよ退屈なんかしないさ」

ベルペオルは、楽しそうに笑って言った。
待つことしばし、スタッフに案内されて先頭カートに乗せられる。座席は二列になっていた。

ブーーーーッ!

ブザーが鳴ると、ゴトンと音がしてカートが動き出す。
最初の一番高い上り坂のちょうど半分まで来たあたりで、異変に気づいた。
自分の隣に座っているベルペオルの腕を握る力が増している、カートが頂上まで来て一瞬静止すると落下するように加速した。
隣を見ると、彼女は片手だけで握っていた腕を両手で握り締めて、顔を青ざめさせ、固く目を閉じている。唇もしっかり結んでいた。

「………ベル?」

返事がない。

「ねぇ、ベル?」

やっぱり返事がない。結局カートが元のスタート地点に戻るまで何度呼びかけてもベルペオルが返事を返すことはなかった。

 

悠二とベルペオルは、正面ゲートから一番外れたところにあるパビリオンの内ベンチに座っていた。
そこは、自然光を取り入れるため天井がガラス張りになっている、空調設備も整っているため休憩には最適だった。
このパビリオンも遊園地の施設の一部なのだが、アトラクションから離れたところにあって、案の定、人っ子一人いない。
もちろん、位置条件も悪い地味なパビリオンの花の展示などよりも、アトラクションの方に人気が集あつまっていたのだ。

「ベル、大丈夫?」

ベルペオルは憔悴しきった顔をしている。

「悠二、掴まらせておくれ……」

本当に疲れ切って、ぐったりしてるようだったので、悠二は言うとおりにした。

「私は……ああいうのは……苦手みたいだよ……」

「でも、"徒"と戦う時はもっと速くて激しいけど……」

「それとこれとは全くの別さ……」

悠二がベルペオルを見ながら背中を優しく擦ってやるとかなり楽になってきたのか、自分を心配してくれる大切な人を見て彼女は言った。

「そろそろ、行こうか……」

「まだいいよ、僕は楽になりそうな飲み物買ってくるからまだここで休んでてね」

そういって悠二は、売店のある正面ゲートへと駆けていった。
残されたベルペオルは悠二を暫く待ってる間に、ふと昨夜の台所での会話を思い出して、この状態を解消する方法。
まぁ、効くかは分からないが『清めの炎』実行することにした。

 

"万条の仕手"ヴィルヘルミナ・カルメルは街の死角を移動している。
それは、ビルの谷間や裏路地などではない、上に存在した死角。
立ち並ぶビルの屋上は、下からは見えず、また見上げるものもいない。遠くから見咎められることも稀で、仮に目に留まっても、鳥の飛翔、あるいは単に錯覚と思われるのが常だった。
厚い靴底を持つ編み上げブーツが、屋上のコンクリートに罅(ひび)を入れ、階下の人間に衝撃を与える。
その力は上昇と全身によって消え、また新たな踏み切り台が、風の中近付いてくる。
それをまた蹴って、跳躍、前進を繰り返すうちに『ファンシーパーク』が見えてきた。。

「さっきのシャトルバスがあそこに止まってるのであります。」

「視認」

「どうやら、あのいけ好かない女は中のようでありますな」

「確認」

ビューッ、と体で風を切りながら、今以上に接近するために体に巻いた白いリボンの形態を変化させた。
体を覆い尽くすリボンは瞬く間に真っ白なコートかジャンプスーツのような衣を纏った巨体へ変わる。
これは、気配を隠す自在法を幾重にも重ねた、"万条の仕手"特有の技である。
その巨体が『ファンシーパーク』の中心に位置する、『シンボルタワー』の頂点に着地する。
辺りを見回し、いけ好かない女の姿を視界に捉えようと目線を動かしている。
その時、一瞬だけではあるが"紅世"の気配が爆発的に濃くなった。おそらく自在法の発動である。
その方向を見ると、目的の女の姿があった。

「見つけたであります。」

「補足」

遂に"逆理の裁者"ベルペオルの姿を、その目に捉えた。
もはや、疑いの余地はない。自在法の発動があった場所に彼女一人の姿しかないのだから。

「もう、隠れ蓑(みの)はないのであります」

「王手」

獲物を追い詰めたと確信するヴィルヘルミナはパビリオンに踏み込む。
中に入り辺りを見渡す、球状の骨組みの隙間を厚手のガラスで埋めた単純な構造をしている。
球の内壁にはメンテナンス用の梯子(はしご)があるのみだ。
ヴィルヘルミナは視線を正面の椅子に座るっている女に移し封絶を張った。

 

その頃、坂井悠二は飲み物を買うために正面ゲート近くの売店の列に並んでいた。
突如、何かほんのかすかな違和感が自分の頭上を飛び越えて行った気がしたのだが、列がだんだん前へと進んでいくのでその流れに任せ待つことにする。
それから暫く経ち、ベルペオルが自在法を使う気配を感じたが、もう人からは存在の力を奪わないと約束してくれたので、特に気にすることはなかった。
しかし、何故だろう?と思いを巡らせたその時、桜色のドームが空を侵食して周りの人間の時間が静止した。

「これは……封絶!それにこの炎の色は……カルメルさん?」

気配を探るがぼんやりとしか掴めない。
ここには、フレイムヘイズと敵対する"徒"の気配は全くなかった。
悠二は振り返り、封絶の張られた中心地点から舞い上がった二色の炎を見て目を点にする。
もちろん一色は、封絶の色と同色の桜色。だが、もう片方の炎の色は金をしていた。

「ベル!!」

悠二は思わず声を上げてカウンターの目の前まで並んだ列を抜けると、封絶の中心地点へと向けて駆け出した。
このとき悠二は激しく後悔していた。
カルメルさんに本当のことを話さなかった事を。ベルペオルにカルメルさんの事を話していなかった事を。
二人とも戦っちゃ駄目だ。そう思いながら必死で駆けた。

 

どことも知れない暗闇、その床で、馬鹿のように白けた緑色の炎が輝いていた。
その炎に照らされて、二メートルを超すガスタンクのようなまん丸の"燐子"ドミノが言った。

「きょ、きょ、きょ、きょ、教授」

その後ろに背中を向けて棒のように細い白衣の教授が立っている。

「おぉーちつきなさーい、ドォーミノォー」

背中を向けたまま手をマジックハンドに変えた教授が腕をありえない方向に腕をぐにゅうっと曲げて、ドミノの顔もどきの頬をつねりあげた。

「はあーい、教授ぅひはははは(いたたたた)」

「そぉーれで、どぉーしたと言うんですかぁー?」

「実験場をモニターしていたら教授がサーレと並びシイタケより嫌いと言っていたあの軍師様が"万条の仕手"と戦ってるのを見つけたのでございます」

「んー?んんんんっ!」

教授は振り返るとモニターをチェックして発狂に近い叫びを上げた。

「ドォーーーミノォオオーーーー!!」

「はあーい、教授」

「すぅーこし予定を変更して、実験の準備をはじめますよぉーお」

「すぐでございますか、教授」

「そぉーです、上手くいけば"万条の仕手"とベルペオルからさぁーよならできますからねぇーえ!」

教授の分厚いメガネが好奇心と喜悦に輝いた。

 

桜色の封絶の中心地点のパビリオンでは二人の女性が対峙していた。
二人とも戦闘時の姿をとっており、ベルペオルはタイトドレスを纏って、ヴィルヘルミナは気配隠蔽の自在法を解き神器"ペルソナ"を仮面にして装着している。
パビリオンのガラスの天井は無残に破壊され桜色に染められた空が直(じか)に覗ける。

「クッ……流石は≪"仮装舞踏会"(バル・マスケ)≫の『三柱臣』(トリニティ)、本来戦うことが滅多にない『参謀』とはいえ恐ろしく強いのであります。」

「文武両道」

「いいから話をお聞き、"万条の仕手"、"夢幻の冠帯"」

「お前の話を聞く耳など持ち合わせていないのであります。」

「問答無用」

「そうかい……それなら私も容赦しないよ。お前は私達の邪魔をしたんだからね。」

そう答えたベルペオルだったが、内心の焦りを必死に隠している。
『清めの炎』を使ったとはいえ本調子でない状態で使ったのだから今だに正常な感覚には戻っていなかった。
自在法は本来、イメージや意思の力に沿って行使するのだが、先の状態ではそれが上手く出来なかった。
視界が霞んではぼやける。
二人の女性の白い手が互いの武器を握り締め放った。

ベルペオルの『タルタロス』が、銀鎖一閃(ぎんさいっせん)。

ヴィルヘルミナの白いリボンが、白条一閃(はくじょういっせん)。

ガジャガジャガジャ、と金属音のような音が鈍く響く。
互いの武器が絡み合い、双方に引っ張られると弾けるように操者の元へと戻った。
すると、二人は間髪いれずに同時に空中へとパビリオンの床に蜘蛛の巣状の亀裂いれて跳んだ。
宙にある二人は相手へと炎弾を放ち続けながら一点で交差すると、相手のたどった軌跡通りに位置を入れ替える。
ヴィルヘルミナは無事着地した。
だが、ベルペオルは先のこともあってか着地時に体勢を崩した。

「もらったのであります」

「必殺必中」

幾条のリボンが桜色の炎を纏って伸びベルペオルの体を貫こうとする。
しかし、それは、知った少年の手によって阻まれた。

「ベル!!」

少年の姿はベルペオルの瞳と同じ、月よりぎらつく金色の双眼と髪に変わって体勢を崩した彼女を抱えると真横に跳びそれを回避した。
どこか、つらそうに申し訳なさそうにしてるベルペオルが口を開く。

「悠二……私の……私のせ」

「ベル、言わないでいいよ。本当の事を話してなかった僕が全部悪いんだ………だから後はまかせて」

ベルペオルが言うであろう自分の責と謝罪のセリフを言わせない為に言葉を重ねた。
抱えていたベルペオルを傍に降ろすとヴィルヘルミナに向かって言う。

「話を聞いてください。カルメルさん!」

今の悠二の行動を見てヴィルヘルミナの瞳に陰りが射す。
仮面で隠れているはずなのに、なんとなくだが悠二にはそれが分かった。

「…………………であります」

「?」

彼女の言葉が聞き取れなかった。

「今は無き戦友……マティルダ・サントメールが言っていた少年に……やっと……やっとめぐり合えたと……そう思っていたのであります。」

「…………」

言葉の意味がわからなかった。

「なのに……なのになぜ、その女を、"逆理の裁者"をかばうのでありますか?」

失望と落胆。それに似た声質の声音でヴィルヘルミナは訊いてきた。

「それは、僕が"逆理の裁者"ベルペオルのフレイムヘイズ、"因果の操り手"だからです」

「それではその女が顕現している理由が説明できないのであります。」

「器の僕が壊れてないのは、ベルの全存在を受け止めるだけの器があったからですよ。」

「では、王の顕現に見合うだけの存在の力の供給はどうしてるのでありますか?私は貴方と出会った時にその女を見たのであります。存在の力を注ぎ込んで顕現しているにしても、ここまでの長時間は考えられないのであります」

「説明要求」

"万条の仕手"と"夢幻の冠帯"は自分達の事を信じてないようだった。
信じてもらうために『零時迷子』の話を始める。

「存在の力については、一日に消費した力を回復させる宝具があるからです。」

「!」

「『零時迷子』」

悠二の説明からティアマトーと同じ一つの答えを導きだして、ヴィルヘルミナは顔を伏せた。

(なぜ、なぜ、どうしてでありますか……やっと会えた、そう思っていたのに……)

(姫)

自分の内なる紅世の王が、普段とは違う声音で呼んだ。

(やらなければ……やらなければならないのであります………)

(姫)

その声は普段の無愛想な声でなく心配そうで自分を止めてるようにも感じた。
ヴィルヘルミナはそれでも自分を奮い立たせ、伏せた顔をゆっくりと上げる。
その時には、先ほどまで違う歴戦を潜り抜けたフレイムヘイズのオーラを取り戻していた。
仮面の縁から伸びる万条の白いリボンは巨大な鬣(たてがみ)としてよりいっそう膨れ上がる。
その周囲には、桜色の火の粉が、淡雪のように舞い散っている。

「貴方たちを討滅するのであります。」

「…………」

ティアマトーは何も言わない。
ゆっくりと、ヴィルヘルミナの両手足が舞踏の前触れのように広がってゆく。

「悠二、来るよ!」

彼女の技量を知るベルペオルが悠二に告げた。

「うん………ベル、今の状態のままじゃ危険だ、顕現を解いて。………それにこれは僕の責任だ。だから僕がけじめをつける。」

「分かったよ……でも、無理は絶対にしないでおくれ」

ベルペオルは体を金色の炎に変えて火の粉を散らしながら大気に溶けるように消えた。
ヴィルヘルミナは膨れ上がった巨大な鬣(たてがみ)から幾条ものリボンを悠二に向けて伸ばす。

「カルメルさん、なぜ僕達が戦わなくちゃいけないんですか!?」

悠二は右に左に伸びてくる幾条のリボンをかわしながら彼女に言った。

「貴方が……貴方がいけないであります。」

「…………」

やはり、ティアマトーは何も言わない。

「それだけじゃ意味が分かりませんよ、ちゃんと答えてください。それに、ベルはもう≪"仮装舞踏会"(バル・マスケ)≫の『三柱臣』(トリニティ)じゃないです。戦う理由なんて無いじゃないですか。」

「それは貴方の姿を見れば分かるのであります」

「じゃあ、なぜ?僕達にはカルメルさん達と戦う意思はありません。」

悠二は幾条のリボンをかわしながらそう言うと、両腕に着けている三対の『タルタロス』がつなぐ鉄の輪に手を伸ばす。

「お止め、悠二!」

「大丈夫、任せて」

ベルペオルの声が神器カナンから漏れる。タルタロスを手放した事を咎めているようだった。
そんな彼女を悠二はやんわりと制し、それを床に投げた。

(なぜ……なぜ戦わないのでありますか?貴方が本気で戦えば私と同等、もしくはそれ以上なのは見ただけで分かるのであります……逃げてばかりではいずれ………私は貴方を………)

(姫)

ヴィルヘルミナは思考を止める、その先は考えたくなかった。
ティアマトーは攻撃をやめるように促す声で自分を呼ぶだけだ。
それでもやめれなかった。
やめてはいけないそう思って、幾条もの白いリボンを槍のようにしてを飛ばしながら言う。

「私には……私には、戦う義務があるのであります。」

ヴィルヘルミナの様子がおかしい、仮面の縁を伝い透明な輝きが顎先へと移動していた。
尚もヴィルヘルミナは続ける。
悠二は伸びるリボンの怒涛(どとう)をかわしながら聞く。

「私は……フィレスと戦いたくないのであります。」

「フィレス?」

「"彩飄"フィレスと、"永遠の恋人"ヨーハン……『約束の二人』(エンゲージ・リング)………元の『零時迷子』の持ち主さ」

悠二の疑問にベルペオルが答えてくれた。
悠二のかわしたリボンはパビリオンの内壁に、ガン、ガン、ガンと音を立てて突き刺さる。
だが、眼前には新たなリボンの怒涛が迫っていた。再びそれをかわして話を聞く。

「…二年ほど前、私は一人の"紅世の王"、"壊刃"サブラクを追って、中央アジアに向かったのであります。そこのある都市において、その"壊刃"サブラクと遭遇した私は敗北し………そして、エンゲージ・リングの二人よって、救われたのであります」

自分の足元に一条のリボンが風を切り向かってくる。悠二は後ろに飛んでそれをかわした。

「以降、私は二人と行動をともにし世界を巡っていたのであります。しかし、数ヶ月前……再び我々の前に現れた"壊刃"サブラクによる痛撃を受け、フィレスは傷を負い、瀕死のフィレスを逃がすため私とヨーハンは戦ったのであります……ですがヨーハンも傷つき、自在法により『零時迷子』に自分を封じ転移を試みるも………ヨーハンは……もう……」

「消滅したのか……」

悠二の言葉で攻撃が止まった。
ヴィルヘルミナはしばしの沈黙のあと再び口を開く。

「…………私達だけが、私とティアマトーだけが見ていたのであります。自在法の発動の瞬間、ヨーハンは討たれ……そして幸か不幸か、『零時迷子』だけが……転移したのであります」

「…………」

ティアマトーは何も言わない。仮面の顎先から一滴の輝きこぼれ落ちる。

「彼女は……フィレスは、この事を知らないのであります。だからきっと今も『零時迷子』を求めて、そして必ずやってくるのであります。……でも彼女に『零時迷子』は見せれない、見せて絶望など味あわせたくないのであります。だから私は…貴方を……」

私は目の前の少年と戦うだけでもこんなに心が痛いのだ。だから、彼女の絶望は計り知れるものではない。

(だから………味わうのは自分だけでいいのであります)

(姫)

そう思って腕を少年へと伸ばし炎弾をは放った。彼は上に飛んでそれを難なくかわす。
だが、彼の行動は予想道理だった。
ヴィルヘルミナは顔を背け、輝きの雫を撒き散らしながら炎弾を放つために少年の方へ向けた掌(てのひら)を、グッと閉じた。
それと同時に、槍のようにして飛ばされ壁に突き刺さっていたリボンが悠二へと向けて加速した。

「つっ、しまった!」

空中では身動が取りにくい、かわせるリボンの数にも限界がある。
そのかわしきれない何本かが体に突き刺さってリボンの色を赤く染めると、悠二は地に落ちた。

「うっ、ぐあっ」

「悠二!」

神器"カナン"からベルペオルの叫ぶ声が聞こえる。幸い急所はそれていて致命傷はなかった。
だが、ここに来て悠二もヴィルヘルミナも予想できない事態が起きる。
通常の顕現ではありえない程の炎の量が空間から噴出すように湧いた。

「悠二を……悠二を……よくもっ!!あぁぁぁぁぁぁっ!!」

その大気を揺るがせる叫び声は神器"カナン"からのものではない。
"逆理の裁者"ベルペオルの強制顕現だ。
炎が収束し形取った姿はいつもの彼女の姿とは少し違っていた。捻じれた鋭利な角が頭から二本、背中には蝙蝠(こうもり)のような翼が生えていた。
ほかに変わったところは見られないが、おそらく人化を解いたベルペオルの姿がこれなのだろう。

「ベル、駄目だ!」

悠二の声は彼女の耳に届いてないようだった。
もはや、目の前の"万条の仕手"を葬ることにだけ全意識を集中させている。
ヴィルヘルミナも一端間合いを空けて構える。

「カルメルさんもやめてください!」

互いの武器が金と桜の炎を孕んで相手へと一直線に伸びてゆく。
悠二はこれをみて自然と体が動いた、もてる存在の力全てを身体の強化にまわして二人の間に自分の体を入れた。
ドゴッ、とベルペオルの放ったタルタロスの鎖が背中に減り込む。
ブスッ、とヴィルヘルミナの放った白条のリボンが悠二の右肩に突き刺さる。

「んっ…ぐぅっ!!………ベル、駄目だよ……カルメルさんも……」

ベルペオルは自分が悠二を傷つけた事実を理解すると目に涙をためて駆け寄ってくる。
そんなベルペオルを悠二は腕を伸ばし最初と同じようにやんわりとを制した。
その時にはもう頭の角と背中の翼は消えていつもの彼女に戻っていた。
笑って悠二は口を開く。

「ベル、もう少し待っててね」

そう言った悠二は今度は正面にいるヴィルヘルミナに突き刺さっているリボンをそのままに近付く。
悠二が一歩踏み出すとヴィルヘルミナは一歩下がった。
悠二がまた一歩踏み出す、ヴィルヘルミナはまた一歩下がる。
また一歩。もう一歩。さらに一歩。その先に一歩。
それを繰り返すうちにヴィルへルミナの背中は壁に付いて下がれなくなった。
悠二はそれでも構わずに確実にヴィルヘルミナとの距離を縮めるために一歩を踏み出す。
白いリボンが悠二を体を通り抜けて、赤いリボンへと変わってゆく。
それでも歩みを止めない悠二にヴィルヘルミナは大粒の輝きを地面に落として膝を付き、力が抜けるように崩れた。
リボンは硬度を失いヴィルヘルミナの手を離れ悠二にしな垂れる。
触れれるところまで近付くと悠二はヴィルヘルミナを抱きしめて言った。

「カルメルさん、辛かったんですね。ごめんなさい」

「あ ―――― っ!」

すると仮面は自然に落ちてヘットドレスへと戻った。きっと、ティアマトーがそうしたのだろう。
突き刺さっていたリボンは桜色の火の粉となって散っいった。
地面にあるヘットドレスは全体がしっとりと濡れていた。
ヴィルヘルミナの顔は泣いているせいか崩れていて頬には涙の通った筋がいくつも出来てる。

「ぐすッ……ぐすッ……あや、まるの、は……私、なので、あります……」

「気の済むまで泣いてもいいですよ、落ち着くまでこうしててあげます。」

悠二は笑って声をかけた。

「うっ、ううっ……ご、ごめん、なさい、なので、あります……」

そう言ったヴィルヘルミナは声を押し殺すように悠二の体に顔を埋めて泣いていた。

「はい」

泣きじゃくるヴィルヘルミナをしっかりと抱きしめて強く優しく返事した。

 

それから暫く時間が経つ。
悠二の体には桜色に輝く治癒の自在式を書いた白条のリボンが巻かれている。ヴィルヘルミナが巻いてくれた。
そしてもう暫く、彼女が落ち着くのを待ってから悠二はゆっくりとしゃべり出す。

「『零時迷子』は今、僕の体と同化しています。僕を殺さない限り取り出す手立てはありません。でも、僕は殺される気もありません。それでも僕を討滅しますか?」

「そんなこと………そんなこと、もう、出来ないのであります……したくないのであります。やっと、やっと、私の心が在るべき場所を見つけたのであります。」

腕の中にいるヴィルヘルミナの瞳は、涙が再び溢れこぼれそうになった。

「だったらその想いを僕にも背負わせてください。"彩飄"フィレスの想いも二人で受け止めましょう。だからそんなに泣かないでください」

「分かった、ので、あります。」

それを聞いて一安心した悠二は言う。

「それから、最初に本当の事を告げなかった僕の事を許してくれますか?」

「それは……………許さないのであります」

暫く考えるような間を置いてヴィルヘルミナは答えた。

「えっ!?………じゃ、じゃあ…どうすれば……許してくれますか?」

予想外の回答に悠二は焦って訊き返した。
すると、無表情の仮面を脱いでいるヴィルヘルミナは悪戯を思いついた子供のように小さく笑って言った。

「私のお願いを叶えて欲しいのであります。」

「お願いですか?僕に出来ることなら、何でも言ってください。」

「ユウジにしか出来ない事………頼まない事であります」

名前を呼ばれ心臓がドキッと跳ねる。

「なんですか?」

待つこと数秒、ヴィルヘルミナは口を開く。

「私の……私のご主人様に、なって欲しいであります!!」

「えっ!!カルメルさんいったい何を……」

泣き崩れるヴィルヘルミナを見て、今回だけはおおめに見てやるかといった様子で静観していたベルペオルの肩がピクリと動く。

「ヴィナと……………ヴィナと、そう呼んで欲しいのであります。それから敬語もやめてほしいのであります」

「えーっと、ヴィナ?」

「何でありましょうか?」

「さっ、さっきのあれはね……」

この時、ベルペオルが自分達の方に向けて歩き出したのを二人は気づいてはいない。
ヴィルヘルミナは悠二の言葉が終わらないうちに目の前の彼を不安そうに見つめて言った。
その眼の中には、まだ涙が溜まっていて瞳がこきざみに震えるように揺れていた。

「駄目でありますか?」

涙がまたこぼれ落ちそうになっている。
ヴィルヘルミナは続けた。

「言ったのであります!!………一緒に背中を合わせて戦ってみたいと、一緒に世界を回ってみたいと、そう言ったのであります!!だから、私は、ユウジに付いて行くともう決めたのであります!!」

「わかったよ、ヴィナ。その時が来たら一緒に行こう」

「あっ、ありがとうなのであります!!」

ヴィルヘルミナは笑顔をで悠二の背中に手を回し抱きついた。
しかし、それも数秒の間の出来事、いけ好かない女の手で抱擁を邪魔された。
ベルペオルはヴィルヘルミナは手をつかんで開くと悠二を自分の方に引き寄せて言う。

「ユーウージッ!お前は"万条の仕手"にそんなこといったのかい?」

ベルペオルは目を、すぅーっと細くして悠二を見ている。

「えっ……いったような……いっていないような……」

本当は言っていた。
あの時はベルペオルの事も考えて最善の選択と判断して言ったのだが、まさかその選択が今になってこれほど自分の首を絞めるとは夢にも思わなかった。
それに実際に言ったのは紛れもない事実なので、言ってないとは言えない。
ヴィルヘルミナはティアマトーを手にとって頭に戻すと悠二を自分の腕に取り戻しベルペオルに向かって強く強調するように言った。

「言ったのであります!!ずっと、一緒にいると言ったのであります!!」

「いやそこまでは………」

悠二がそう言いかけると、今度はヴィルヘルミナが目を、すぅーっと細くして悠二を見ている。

「えーっと……いいました……」

「悠二……」

今度はベルペオルの目にこきざみに震えて揺れだす。

「ベル、言うには言ったけどずっととは言ってないよ……」

「そんなのは当たり前さ。悠二は私のフレイムヘイズだろう?」

「うん」

「じゃあ、ずっと一緒なのは私だけだね」

ベルペオルは再び悠二を自分の元に取り戻してにっこり笑う。
対するヴィルヘルミナはベルペオルに向かって言った。

「その言い回しは汚いのであります。」

「姑息」

「私とユウジの時間を邪魔するなであります。」

「横恋慕(よこれんぼ)」

ベルペオルは怒りに肩を震わせて言った。

「何が横恋慕さ!!それはお前達の事だろう!!悠二はそもそも私のものだよ。それに邪魔をしたのはそっちだろう。」

「むむむむむっ!ならば奪ってやるのであります。」

「正当権利」

その後も悠二は二人が喋った言葉の分だけ左右に振られることとなる。いつまで続くのこの戦いと頭を抱えて嘆いていると、意外な形で幕を下ろす事となった。
それは突如、パビリオンの出入り口に一番近い位置にあったマンホールから、馬鹿のように白けた緑色の奇妙な紋様が浮かび上がると発行部から同色の炎が噴出した。
それは数秒のほとばしりを経て、半透明に揺らめく像を作り上げた。

「あー、てす、てす、てす。こちら『我学の結晶エクセレント2397−乙の伝令』、『我学の結晶エクセレント1397−甲の伝令』聞こえますか?」

やけに間延びしたハイテンションな声が響く、ベルペオルはその声を聞きすごく嫌そうな顔をしていた。
ヴィルヘルミナはいつもの無表情に戻っている。だがなんとなくこちらも嫌な顔をしているというのは分かった。
ベルペオルは仕方ないとばかりにため息混じりに答える。

「はぁー、この炎の色とその声は教授だね……で、なんだい?」

悠二はこの透明に揺らめく像の人物を知らなかったため疑問を口にした。

「この人、誰?」

「変態」

ヴィルヘルミナは自分の頭をゴンと叩く。

「鈍痛」

自分の身の内にあるティアマトーの声は無視して、正しい知識を悠二に教える。

「"探耽求究"ダンタリオン、才に頼んでその場の欲求に生きる身勝手にして不快きわまりない"紅世の王"。欲望の形や対象がころころと変わる事から行動律が読めない極めて厄介な相手なのであります。」

ヴィルヘルミナの説明を聞き終えると悠二は虚像の教授へと目を向けた。

「久ぶりですねぇーえ、≪"仮装舞踏会"(バル・マスケ)≫『三柱臣』(トリニティ)が一柱、"逆理の裁者"ベルペオルがこぉーんな所にいたとはおどろきですよぉーお!こぉーこ数十年行方知れずときぃーいていたんですけどねぇーえ」

「≪"仮装舞踏会"(バル・マスケ)≫ならもうとっくに抜けたよ。今頃フェコルー辺りが私の後釜をやっているだろうさ…………そんなことより教授。御託ばかり並べてないでさっさと事を起こしたらどうなんだい?どうせ止めたって聞きゃしないんだろ?私がいると知って連絡をよこしたお前の事だ、もうこの地にはいないのだろうしね」

「そぉーうです。この実験を見届けたら、まぁーた次の実験の予定がはぁーいってますからねぇーえ」

「それで何をやる気なんだい?」

ベルペオルの鋭い眼光が教授を貫く。

「貴方達四人に、ちょぉーとした旅行に出ぇーかけてもらうだけですよぉーお。一回分しか存在の力を用意でぇーきなかっんで片道切符でずけどねぇーえ!」

「あー、こほん。では教授、いよいよでございますね」

教授とは別の声がマンホールの映し出す像から聞こえてきた。

「そぉーうです、いーきますよぉーお。ドォーーミノォォオオーー!!」

「はーあい。ポチッと!」

その言葉を最後にマンホールの上に映し出されていた像と紋様が消える。
すると、純粋な存在の力の大量の流れが物凄い速さで地中を通って終点の場所に集まっている。
終点の位置とは『ファンシーパーク』内にある観覧車だ。
悠二達は急いでパビリオンの外に出てその状態を確認した。
三人は出せる限りのスピードをもって観覧車に向かった。

「なんだ……あれ……」

「ふむ、どうやら何かの自在法の様だが……"万条の仕手"、"夢幻の冠帯"お前達は分かるかい?」

「私達も初めて見るのであります。」

「理解不能」

その観覧車のゴンドラは、馬鹿のように白けた緑色の炎に包まれて普段とは逆の動きをし始める。
最初はゆっくりと、だが徐々に徐々にそれは加速を増していく。

「何をやる気なのか分からなくちゃ……『パラドクス』じゃとめれないな」

「ふむ、あの変人と呼ばれる教授のやるこどだしね。私は理解しようとも思わないよ」

尚もゴンドラは加速を続けその前に着いたときには、ゴンドラに灯った無数の炎の点が繋がり円になった。
すると、世界が歪み、空間が湾曲を始め、辺りが真っ白になると、ゴンドラが描く炎の輪の中にこの場にいる封絶で動ける者だけが吸い込まれた。

 

自分を呼ぶ声がする。知っている二人の女性の声だった。
どこか心配そうに自分を呼んでいる声で坂井悠二は目を覚ました。

「悠二、よかった起きたんだね」

「ユウジ、心配したのであります」

目の前には青空とベルペオルとヴィルヘルミナが心配そうに顔を覗いていた。

「んっ……くっ……ベル、ヴィナ…ここはどこ?僕達は『ファンシーパーク』にいたはずなんだけど」

悠二は辺りを見回した。すると目の前に一番最初に飛んできたのは、標高、千メートルちょっとはありそうな山だった。
そのなだらかな山には被せられた冠りとも見える、金城鉄壁の大城塞がある。
ベルペオルは自分が見てたものを指差して言う。

「悠二よくお聞き、あれはかの大戦の終わりの地。ブロッケン要塞だよ」

大戦のことは前にベルペオルから話を聞いたことがあった。しかし何か違和感を感じた。

「そして、あれが"棺の織手"アシズが『都喰らい』行った大戦の始まりの地、オストローデであります。」

ヴィルヘルミナの指差した所には町には街があった。
ここで、違和感の謎は解ける。
二人とも終止形を使っているのにその行為がまだなされていない状態の光景が広がっていた。
得られた情報から全てを悟って悠二は訊く。

「じゃあ、ここは……」

二人の言葉が重なって答えを告げた。

「「どうやら、過去のよう(だね)(であります)」」

今の状況を悠二達はしっかりと受け止めて、三人は街の方へと姿を消した。

 


《あとがき》
第二章[癒える心]七話【つないだ二つの確かな絆】できました。(。。)
これでやっとヒロインの二人が確かな絆を持ってそろったって感じですね。
ベルペオルの強制顕現については、サイトに落ちてたベルフェゴールって悪魔?の絵の幾つかを基にさせていただきました。
ヴィルヘルミナは情で動くフレイムヘイズなんですけども(*ノノ)これからはバリバリ愛情で動いてもらいましょう。
それから、『我学の結晶……甲&乙の伝令』は立体映像付きの通信機だと思っていただければ幸いです。
イメージ的には、『阿吽の伝令』の転移機能なしバージョンですね(゜ω゜*)
あと、六話でニコポぽい事させたのは(。。)八話の布石だったりしたんですけども、ちとやりすぎたかなと反省しておりますm( _ _)m
お姉様系ヒロインばっかりなのは気のせいじゃありません!完全に私、チェインの趣味でごいざます(/ω\)
今回、前半はベルペオルターン、後半はヴィルヘルミナターンで攻めてみました。いかがでしたか?
ベルもヴィナも悠二にベッタベタになる様が上手くかけていると嬉しいのですが………うむむむっ!!
これでも私の今の持てる技量の精一杯を詰め込みました。
(`・ω・)ゝもし楽しく読んでいただけたのなら、ご意見、ご感想、メッセージ...etc よろしくお願いしますm( _ _)m

P.S.
ティアマトーに悠二をなんて呼ばせるか非常に悩んでいます(iДi)いい案ってありませんでしょうか?しっくりくれば是非その名で呼ばせたいとおもってます。         
以上。 チェインからでした♪   See you ( ^▽^)/~

 

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