あの後、凛に詳しい話を聞かせろと問い詰められた士達は、ここで話すのもなんだからとフォトショップに案内した。
たどり着くまでに簡単な自己紹介をした後、大した会話も無くたどり着いたのだが――
「ここに喫茶店なんてあったっけ?」
「今日来たばかりだからな」
「来た、ばかりですか?」
 見覚えの無いフォトショップに首を傾げる士郎に士がそう答えておく。
もっとも、それで意味がわかるわけではないので、桜と共に士郎はまた首を傾げる羽目になったが。
「あ、お帰りなさ、ってお客様?」
「一応な」
 出迎える叶に士が答えると、店内に入った士達は思い思いの席に座り――
「じゃ、聞かせてもらおうかしら?」
「ああ、そうだな。俺達が異世界から来たと聞いたら、お前達は信じるか?」
「「「は?」」」
 あっさりした様子で士は答えるのだが、問い掛けた凛は士郎と桜と共に呆けた顔をしてしまう。
まぁ、話がいきなり突拍子もなさ過ぎて、理解出来なかっただけだが――
「なに、ある奴に色んな世界が大変なことになるから、何とかして欲しいって頼まれてな。
異世界であるここへ飛ばされてきたってわけだ」
 が、士は気にした風もなく答える。当然、意味が理解出来ずに士郎と桜は戸惑いを見せていた。
しかし、凛はこめかみに人差し指を当て、何かを考えている様子を見せている。
「それ、本気で言ってるの?」
「あいにく、そうとしか言えないな」
 睨んでくる凛に士は気にした風もなく答える。ちなみに証明しろと言われたら麗葉に頼むつもりでいる。
麗葉はまだ幼いこともあって大した術は使えない物の、明らかに手品とは違うといった術は一応使うことは出来る。
それを見せれば、一応の証明になる。士はそう思っていたのだが、いきなり凛が笑顔になったことで嫌な予感を感じた。
なんかこう、嵐の前の静けさのような――
「先に謝っておくわね」
「は、謝るって――」
「ふっざけんなあぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!??」
「おわ!?」「きゃあ!?」「うわ!?」「きゃ!?」
 いきなり言葉に雄介が首を傾げた瞬間、そんなことを言い出した凛はいきなり大声で叫んだ。
あまりの声量に雄介だけでなく、望や士郎、桜も驚いている。
麗華も声こそ出さなかったが目を見開いて驚いているし、麗葉はあまりの声の大きさに目を回している。
流石の士も目の前で叫ばれたこともあって両耳を人差し指で思わずふさいでいたし。
唯一、叶だけがいつもの様子で眺めていたが。
「たく、デカイ声出しやがって。そんなに怒るようなこと言ったか?」
「うっさい! 何よ、異世界から来たって!? それって第二魔法じゃない!? そんなのを近所から来ましたってな軽い感じで話すなぁ!?」
 顔をしかめながらも文句を言う士だが、凛は興奮冷めやらぬままにそんなことをまくし立てる。
もっとも、それを聞いた士は片眉を跳ね上げていたが。
「第二魔法……ね。なるほど、この世界にも魔法使いがいるのか。で、言葉からするとあんたはその魔法使いかな?」
「え? あ!?」
 士の言葉に最初は訝しげな顔をする凛だが、すぐさま自分の失言に気付いてしまったという顔をする。
そう、本来なら秘密にしなければならないことを、自分の失言で気付かせてしまったのだ。
自分のうっかりを呪いつつも真剣な表情へと変える凛。一瞬、士達の記憶の改ざんを考えるが、それは後にしようと考えた。
今はまだ士達から話を聞く必要もあるし、自分ならすぐにでも実行出来ると考えたからだ。
それにここには桜もいたから――
「訂正させてもらうわ。私は魔法使いじゃなく魔術師よ」
「え?」
「ふ〜ん……魔術師ね。魔法使いとは何か違うのか?」
「そうね。正確には魔術と魔法ということになるけど、大雑把に言うと魔術は科学技術などで同じような現象を起こせる物を――
魔法はいかなる方法を用いても起こすことが出来ない、文字通り奇跡のような現象を指すわ」
 士の問い掛けに言い出した凛は真剣な顔で答える。それを聞いていた士郎はなぜか驚いていたが。
というのも、まさか凛が魔術師だとは思わなかったのだ。それに魔術は士郎にとってもある意味関係がある話だった。
「なるほどね。エヴァの所にいた魔法使いとは違うってことか」
「エヴァ?」
「前に行った世界にいた奴のことだ」
「前に行った世界ね。そこに魔法使いがいるって言ってたけど、どんな所なの?」
 話を聞いていた凛が問い掛けると、話していた士はエエヴァンジェリンがいた世界のことを大雑把に話し始めた。
大半の魔法使いが人の為に動いていたりとか、見たことがある魔法のことなどを。
そして、その話を士郎は異常なまでに興味深く聞いていたのを士は見逃していなかったが。
「なによそれ。信じられないわね」
 それを聞いた凛は表情をしかめる。
彼女にしてみれば、エヴァンジェリンの世界の魔法使いのあり方はあり得なかったのだ。
その後にこの世界の魔術師のあり方を話すのだが、それを聞いた雄介、望、麗華と麗葉は顔をしかめた。
場合にもよるが、時として人の犠牲をいとわない魔術師に嫌悪感を感じてしまったからだ。
「エヴァが聞いたら、喜びそうだな」
 士は気にした風も無く、そんな感想を持っていたが。
「それでさっき言っていたことだけど、本気なの? 色んな世界が大変になるとかって」
「俺達も半信半疑って所だ。だから、確かめるためにこうしてこの世界に来たんだがな。
ま、怪人達が暴れてるし、この世界でも何かをやろうとしてるのは間違いないだろ」
 睨む凛に士は気にした風も無く答える。ただ、内心では今回の怪人達の動きが気になっていたが。
しかし、それを話しても不安にさせるだけだろうし、それに確定的な話では無い。だから、下手に話さない方がいいと考えたのである。
「確かにあれは得体が知れなかったけど……それじゃなに? あんたは正義の味方ぶってるってわけ?」
「いや、そんなのには興味は無い」
「「はい?」」
 相変わらず睨む凛であったが、あっさりと返す士の言葉に士郎と共に呆けてしまった。
それに対し、士は勝ち誇るような笑みを浮かべながら、右手を上げながら人差し指を立て――
「俺はやりたいと思ったことをやってるにすぎない。もし、世界がやばいことになるという話が本当なら、俺の所もやばいことになるかもしれない。
そんなのはごめんこうむるから、やめさせるために戦ってるってだけだしな」
 なんてことを言い放つ。その光景に凛、士郎、桜は呆然と眺めていた。言っている意味はわからなくもない。
だが、こうも堂々と言えることでもない。そのあまりの清々しさに呆然とならざるおえなかったのだ。
「じゃ、じゃあ、なんであの時……来たのは――」
「ああ、少々お前のことが気になってな。少し話をしようと思ったんだ」
 戸惑いながらも話を聞いて疑問に感じたことを問い掛ける士郎。それに対し、士は顔を向けて答える。
なぜか、勘が働くのだ。士郎をこのままにしてはいけないと。
「話……ですか?」
「ああ。あの時の高飛び……もしかしたら、何かに見立てていたんじゃないのか?
何かに見立て、それに到達しようとして、無茶だとわかりながら跳び続けてたんじゃないのか?」
 不安そうな顔をする士郎に士はまっすぐ見据えながら問い掛ける。
その後、しばらくは沈黙が続くものの、意を決したのか士郎は息を呑んでからそのことを話し始めた。
「俺、孤児だったんです。5年前にこの冬木で大きな災害が起きて……大勢の人が亡くなって……その中には俺の家族もいて……
俺は助かったけど……ひどい怪我をして、入院して……そのせいか、今でも家族の顔は思い出せないんです」
「そんな……」
 うつむきながらも話す士郎。その話を聞いて、望が悲しそうな顔をする。
凛や桜、雄介や麗華も似たような顔をしていたが、望としては今の話に思う所があった。
なぜなら、それはどことなく士と境遇が似ている気がしたから――
「そんな俺をじいさん……切嗣(きりつぐ)って言うんですけど、その人が俺を引き取ってくれたんです。
じいさんは良く家を空けて……それでも家にいる時は色んなことを教えてくれました。
でも、少し前にじいさんは亡くなって……その直前に自分の夢のことを話してくれました。自分は正義の味方になりたかったって……」
「正義の、味方?」
「はい……でも、自分はなれなかったって話してました。だから、俺はその時に言ったんです。俺が代わりに正義の味方になってやるって」
「そうだったのか……」
 話を聞いていた雄介の疑問に、話していた士郎はうなずきながら答えた。その言葉に麗華が納得する。
大切だった人の想いを叶えたい。士郎は無自覚だったのかもしれないが、その想いの強さが高飛びに現れていたのだろう。
それであんな無茶を続けていたのではと麗華は思ったのだ。
「なるほど。ま、別に正義の味方になるってのは悪いことじゃない。例え、それが人の想いを受け継いだものだとしてもな。
他の奴らはなんか言うかもしれないが、少なくとも俺はそれは大事な物だと思う」
「あ、ありがとうございます」
「だが、だからこそ聞かなくちゃならない。お前はその願いを叶えるために何をすべきなのか、考えたことはあるのかと」
「え?」
 言われて嬉しそうになる士郎だったが、続けて出た士の言葉に訝しげな顔をする。
気にはなったが、気を取り直して真剣な顔になり――
「と、当然ですよ。俺は――」
「どうせ、人を守ったり助けたりするにはどうすればいいのか? って、辺りじゃないのか?」
「え? あ、そ、それは、そうですけど――」
 そうだと答えようとするが、その返事を遮る形で出てきた士の言葉に思わずうなずいてしまう。
実際、その通りでもあったのだが、それを聞いた士はあからさまなため息を吐いていた。
「正義の味方に限らず、目的の為には何をしてもいいってわけじゃない。
どんなことでも、自分にとって最善だと思っていたことが他人には最悪に見えた。なんてのは別に不思議な話でも無いからな」
「で、でも――」
「それにだ。今のお前じゃ、誰かを助けることも守ることも出来やしない」
「士! それは流石に言い過ぎだぞ!」
 言われて戸惑いながらも言い返そうとする士郎であったが、次に出た士の言葉に思わず体が揺れた。
雄介は言い過ぎだと思って思わず叫んでしまったが、逆に望と麗華はその様子を静かに見守っていた。
望の方は流石に戸惑った様子を見せていたが、士が言わんとしてることがわかったような気がしたのである。
「そ、そんなことありません! 俺は誰かを守れるようになろうと体を鍛えてるし、魔術だってがんばってるんです!」
「え?」
「それ以前の問題だ。あの時もお前、自分を犠牲にして2人を逃そうとしてただろ?」
「当然じゃないですか! ああしなければ――」
「じゃあ、聞くが。あの時、お前が死んでいたら、2人は助かったと思うか?」
「え?」
 否定しようと思わず叫んでしまう士郎だが、その一言に凛は思わず顔を向けてしまう。
一方、再びため息を吐いた士の問い掛けに士郎は当然と言わんばかりに言い返すが、次に出た問い掛けに思わず口を閉ざした。
確かにあの時は自分がどうなっても2人を助けたいと思っていた。それが当然なんだと士郎は思っていたのだ。
だが――
「あの怪人達はお前を殺した後は、まず間違いなく2人を追いかけて襲うだろうな。
で、死んでるお前はどうやって2人を守るんだ? 運良く、他の誰かが助けてくれるとでも?
今回は俺達が行ってたから良かったが、毎回そう都合良く行くもんじゃない。
お前はただ守る、助けるってことばかりに目が行って、何をどうすればいいかなんて考えてもいない。
それどころか、自分自身だけでなく守ろうとする者のことも考えてないだろ?
そういったことに目を向けようとも考えようとしないでやろうとするのは、ただのわがままだ。
そして、そのわがままは付き合わされた人達は、そのせいで不幸になりかねないんだよ」
「言い方はひどいかもしれんが、確かにその通りだな。士郎はまだ若いから、わからないことかもしれない。
だが、わからないことをわからないままにしてはいけないんだ。
それは時として、大事な物を失ってしまうことにもなりかねないんだからな」
 士の話の後に渋い顔をしながら話す麗華。
なまじ、自分も似たような経験をしただけに、麗華の言葉には実感が込められているように思える。
そして、その話を聞いた士郎は落ち込んだようにうつむいてしまう。よくよく考えてみれば、今までそのようなことを考えたこともなかった。
ただ、守る、助けることが大事なんだと思っていた。けど、それだけではダメなのだと気付かされ、どうすれば良いのかと思い悩んでしまう。
「ところで……衛宮君? 先程、あなた魔術をがんばってるって言っておりませんでしたか?」
「え? あ、そ、そう、だけど……」
「へぇ、そうなんですかぁ……その辺りのこと、詳しく聞きたいのですけれど。冬木のセカンドオーナーとして」
 とても爽やかな笑みを浮かべる凛。だが、士郎や士達にはわかっていた。
あれは笑ってないと。だって、凛からもの凄い威圧感を感じるのだ。故に迫られている士郎は顔を思いっきり引きつらせている。
どうやら、士郎が魔術を使えるのは凛的には色々と問題だったらしい。士達から離れて、あれこれと士郎を問い詰めていた。
「放っておいていいのか、あれ?」
「どうやら、俺達がなんやかんや言ってもいいことじゃなさそうだからな。落ち着いた時に聞けばいいだろ」
「あ、あの……聞きたいんですけど……怖くは……無いんですか?」
「は?」
 士郎達を指差しながら問い掛ける雄介に士は呆れた様子で答える。
そこに桜がそんなことを聞いてきたのだが、意味がわからず雄介は首を傾げていた。
「そ、その……あの怪人と戦うのって……怖くないのかなって……」
「ん〜……俺は必死になってるから、そんなこと考えたこと無かったな……」
「俺は怖くないと言えば嘘になる。だが、怖がってばかりもいられないからな」
「怖がってばかりもいられない?」
 そんなことを聞かれた雄介は頭を掻きながら答え、士はあっさりとした様子で答えた。
問い掛けた桜は士の返事に少し驚いたような顔をしながらも首を傾げてしまう。
だって、あの時の士は怖がっているようには見えなかったからだ。
「大抵の奴は怖い時は怖い。それが当たり前だ。だが、怖いから怖がってればいいというわけでもない。
時として、それが致命的になることもある。だから、俺は常に考える。何をどうすればいいのかをな」
「考える……」
「ま、さっきも言ったが、だからって何をしてもいいってわけじゃない。
士郎にも言ったように他の誰かを不幸にさせるかもしれないし、自分の身にもとんでもない形で返ってくるかもしれないしな」
「それって、何も出来ないんじゃ……」
 話を聞いて訝しげな顔をする桜だが、話していた士の言葉に不安そうになる。
そうなるのであれば、自分ではとてもじゃないが怖くて何も出来ないと思ったからだ。
「だからといって、何もしなかったら結局は一緒だ。そうだな……自分のやったことはどんな形であれ、結局は自分に返ってくる。
その覚悟があるか無いかだな」
 それに対して士は顔を向けて答えるが、聞いた桜は思わずうつむいてしまう。
自分にそんな覚悟が出来るだろうかと不安を感じたからだ。でも、出来ない気がする。
だって、自分は――
「はぁ……」
「話は終わったのか?」
「ええ。士郎のおじいさんって、どうやらモグリの魔術師だったみたい。
ここが霊地だとは気付いていたはずなのに、セカンドオーナーである私の家に連絡は無いもの。
何が目的だったのか、士郎においおい聞いていくことになるけど」
「すまない。霊地は何となくわかるのだが、セカンドオーナーとは?」
 士の問い掛けにため息を吐いていた凛が答えるのだが、それを聞いていた麗華が疑問を投げかける。
霊地が魔力などが溜まりやすい場所だというのは麗華もなんとなくだがわかる。
それは自分達の世界にもあるのでわかるのだが、セカンドオーナーという言葉は聞き覚えがないので疑問に感じたのだ。
「そうね。大雑把に言えば、魔術協会と言われる所からそういった場所の管理を委託されてる人を指すわ」
 それに対し、凛は大雑把に答える。
詳しく答えても良かったのだが、今日は色々とありすぎて気疲れが出てしまい面倒くさくなってしまったからだ。
何しろ、士郎や士達の問題が解決してるわけでもない。無駄なことを嫌う凛としては、余計なことに手間をあまり掛けたくなかったのだ。
それに別に嘘を言ってるわけでもないので問題は無い。と、凛は思っていたのだが、この時はそんな心境のせいか気付かなかった。
士郎の義父である切嗣が現れた時期に。士郎の話を思い出せば、その時期は容易に特定出来た。
なぜなら、その時期は凛にとっても大事な意味合いを持つ時だったのだから。
だが、この時の凛は気付かない。でも、気付かなくて正解だったかもしれない。
もし、気付けば凛は士郎の敵になっていたかもしれないから――
「と、ところでさ……なんで、俺のこと名前で呼んでるんだ?」
「ん? 別に深い意味は無いわよ。私としてはこっちの方が呼びやすいってだけだし」
「そ、そうなのか……」
「ん? まぁ、いいわ。それであんた達はこれからどうするの?」
 凛の返事に問い掛けた士郎は顔を淡く赤くしながら顔を引きつらせる。
姉代わりの女性以外から名前で呼ばれたことのない士郎にとって、なぜか気恥ずかしく感じられたのだ。
そのことに気付かない凛は首を傾げながらも士に問い掛けていたが。
「ま、あいつら倒して終わりってわけでもないだろうからな。何かわかるまでは調べ回ることになるだろ。
で、出来れば道案内をしてもらえると助かるんだが?」
「なるほど……まぁ、いいわ。私もそのつもりだったし」
 で、あっさりとした様子で答える士に、凛はため息を吐きながらもうなずいていた。
士達はまだ怪しい所があるだけに、凛としても目を離したくはなかったのだ。なので、この提案は渡りに船と言えた。
「あ、あの……私は、どうすれば……」
「悪いが一緒に来てもらえると助かる。無理強いはしたくは無いんだが、あの怪人達はお前達を狙ってたからな」
 ふと、恐る恐るといった様子で問い掛ける桜に、士はため息混じりに答えた。
怪人達の目的はわからないが、士郎、凛、桜が狙われたのは間違いない。
そして、この後も狙われる可能性があるし、怪人達の動き怪しさも気に掛かる。
それを考えると一緒にいてもらった方が守りやすかったのだ。
「でも、士郎ちゃん達はそろそろ帰らないといけないんじゃない? お家の人も心配するだろうし」
 が、叶の一言で新たな問題が発生してしまう。
エヴァンジェリン達の世界では麗華と麗葉は宿無しのような状況だったこともあって望達の家に泊めることとなった。
しかし、今回はそうも行かない。士郎達が帰ってこなければ家族は不審に思うだろう。
かといって、連絡をすればでも良いというわけでもないのだが――
「あ、俺は家に1人暮らしで……完全に1人ってわけじゃないですけど……ある人にお世話になってたり、姉代わりの人が毎日のように来ますし」
「私もそうよ。後見人はいるけど、基本的に1人暮らしね」
「え?」
「それはそれで問題があると思うんだがな」
 頭を掻きつつすまなそうに話す士郎に続き、凛もあっさりとした様子で答えた。
それを聞いていた桜は驚いた顔をするが、一方で士は呆れたような顔をする。
事情があるのだろうが、それでもそれはどうかと思ってしまうのだ。それは望や祐介、麗華も同じらしく、皆複雑そうな顔をしている。
「あ、あの……1人暮らしって……どういう――」
「え? あ〜……5年前に事故で両親が死んじゃってね……でも、私の家って色々と複雑な事情があって、誰かに頼ることが出来なかったのよ。
それに後見人のあいつに頼り切りって訳にもいかなかったから、それでね」
 どこか戸惑いを見せる桜の問い掛けに、凛は気まずそうに頬を指で掻きながら答えていた。
実際は違う所もあるのだが、事情が事情だけに本当のことを話すわけにもいかない。
士達が自分の敵では無いと確信出来ない以上、『この地で行われてる』ことを話す訳にはいかなかったからだ。
それにのことを桜に話すのもためらいがあったので、表情に出てしまったのである。
一方で桜は愕然としていた。だって、聞いていた話と違うからだ。『凛は家で幸せな暮らしをしている』と――
だが、凛の表情を見ていると話したことは嘘では無いと思い……だからこそ、ある理由から桜は心を痛めていた。
その理由は……嫉妬であったとだけ、今は答えておこう。
「色々と気になるが、今は置いておこう。で、桜の方は?」
「え? あ、はい。私は祖父と兄がいますけど……」
「そうか……さて、どうしたもんかな?」
 聞かれて少し慌てながらも答える桜の言葉に、問い掛けた士はこれからのことを考える。
といっても、頭が痛い状況故にため息が漏れていたが。
というのも――
「どうか、したんですか?」
「いや、このまま帰しても大丈夫かなと思ってな。また襲われる可能性もあるから、気楽に帰すってわけにもいかないんだよ」
 士郎の問い掛けに士はため息混じりに答えた。
先程も言った通り、怪人達は3人を狙い続ける可能性がある。それに士郎と凛は1人暮らしだという。
家にいる所を狙われる可能性があるし、もしそうなったら助けを呼ぶなどは困難を極めるだろう。
かといって、士達とずっと一緒にいてもらうのも難しい。士郎と凛はまだしも、桜には家族がいる。
怪人に襲われるかもしれないからと言っても納得はしない、というか明らかに士達が不審者だと思われるだろう。
それに士郎達を泊められたらいいのだが、人数的に泊める場所が無いというのもある。
「そうだ。麗葉、防護用と信号用の札は作れるか?」
「うん、出来るよ。ただ、ここには道具が無いから、ちゃんとした物は作れないけど」
「構わない。信号用はともかく、防護用は数で補えばいいからな。で、何枚作れる?」
「ん〜……信号用は20枚くらいは作れるけど、防護用は道具が無いから8枚くらいかな?」
「そうか、もう少し欲しい所だが、仕方あるまい。防護用を6枚に信号用を3枚作ってくれないか?」
「うん、わかった」
 何かを思いついた麗華がそう言うと、麗葉はうなずいてから麗華と共に奥へと行ってしまう。
その様子を士と叶以外の者達は首を傾げて見ていたが、しばらくして2人は何かを持って戻ってくる。
それは細長い長方形の紙が9枚と筆ペンであった。その紙にカウンターに座った麗葉が筆ペンで達筆な文字を書いていき――
「オン」
「へ!?」
 文字を書いた紙の上に左手を置き、右手は人差し指と中指を立てた状態で顔の前に置くと、目を閉じてその一言を発した。
その光景に凛は目を見開いて驚く。なにしろ、麗葉の左手に膨大なまでの魔力の光が放たれたからだ。
桜や士郎も驚いていたが、凛の驚きはかなり大きかった。魔力の強さもあったが、麗葉は明らかに何かの術を使っている。
そして、凛はその術が自分の全く知らない物であることを察しており、それ故に驚いたのだ。
「ふぅ……疲れたぁ〜」
「すまないな。叶さん、申し訳ありませんが、麗葉に後でお菓子をあげてください」
「はいはい」
 何かをやり終えてため息を吐く麗葉に気遣いの言葉を掛けた麗華は叶にお願いをする。
その頼まれた叶の笑顔の返事を見送ると、麗華は麗葉が魔力を込めた紙を士郎達に差し出していた。
「これは君達の身を守ってくれる札だ。身に付けていれば危険な攻撃などを防いでくれる。
ただし、1枚に付き1回か2回が限度だと思うから、その辺りは気を付けてほしい。
こちらの札は信号用だ。破けば魔力が吹き出して、それが目印となる。襲われた時に使ってくれ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!? 何よ、今のは!?」
「ああ、麗華と麗葉はさっき言ってたエヴァって奴の世界から来てな。そういったことが出来るんだよ」
 1人に付き防護用の札を2枚、信号用の札を1枚を説明しながら渡す麗華。
士郎と桜は不思議そうに見ていたが、凛は慌てた様子で問い詰めていた。
何しろ、魔術師である凛から見て、見たことも聞いたことも無い術だったからだ。
そのことは士が答えたのだが、聞いた凛の瞳が怪しく光ったかと思うと麗葉に詰め寄り、両手で彼女の両手を握りしめ――
「ふ、ふえ?」
「ねぇ、あなた……今日、私の家に泊まらない?」
「何をしようとしてるのかはわからんが、そういうのは遠慮してくれ」
 いきなりのことに目を見開く麗葉に凛はすっごい笑みでお願いをしてくるが、士が呆れた様子でツッコミを入れていた。
まぁ、凛の不穏な気配満載なら士の対応もしょうがなくもないのだが……
「いいじゃない、色々と調べてみたいのよ」
「却下だ。ほら、送っていくから、そろそろ帰れ」
「あ、別に送ってもらわなくても――」
「帰る最中に襲われたらどうする気だ?」
 不満そうに頬を膨らませる凛に士が呆れた様子でツッコミを入れる。そのことに士郎が断ろうとしたが、麗華からのツッコミが入った。
確かにその通りなので士郎は何も言えなくなってしまうのだが。


 そんなわけで士郎達を送ることになった士達。ただ、食事の準備があるので、望はフォトショップに残ったが。
「あ、ここが私の家です」
 と、門の前で立ち止まる桜。家はどうやら古い日本家屋といった物だったが――
「なぁ、ここでなんかやってるのか?」
「え? あ、そ、そんなことはありませんよ……どうして、そんなことを?」
「いや、変な気配を感じた物だから……気のせいか?」
 桜は困惑気味に答える様子を見て、問い掛けた士はそう返しながらも視線は桜から外さない。
その様子に不思議そうな顔をする士郎と凛。士郎は確かに変な気はするけど程度にしか思わなかった為に。
凛は桜の家がどんな所なのか知っていたので、そのような反応となったのだ。
雄介も士郎達と同じような物だったが、麗華と麗葉は士と同じ顔をしていた。
2人とも桜の家から感じる不穏な空気を感じ取っていたからだ。
「じゃ、じゃあ、私はこれで……今日はありがとうございました」
「別に礼はいらないさ。俺が勝手にやってることだからな」
「そんな……それじゃあ……」
 士の返事に礼を言った桜は困惑しながらも頭を下げ、家の中に入ってしまう。
それを見送る士郎達だったが、士と麗華、麗葉だけはまるで睨むかのようにその様子を見送っていた。
よくよく考えるとここに来るまでの間、桜の様子がおかしい気はしていたが――
「士……」
「ああ……本当に気のせいならいいんだがな」
 声を掛ける麗華にため息を吐きながらうなずく士。どうにも嫌な予感が止まらない。
しかし、桜の態度以外に変わった様子が見られないので、家に乗り込む訳にもいかない。
そんなことをすれば、自分達が不審者になってしまうからだ。
仕方なくその場を離れた士達は士郎と凛を家に送り、フォトショップへと戻ることとなった。
その際、広い武家屋敷のような士郎の家を見て、頼んでここで全員泊まれば良かったと士は考えたのだが――
後日、本気でそうすれば良かったという事態が起きることを、この時の士達はまだ気付くことは無かった。


 その日の夜、士郎は自室で1人考えていた。
義父である切嗣が死んでから、切嗣の想いを受け継いで正義の味方になろうと決意し、その努力を重ねていった。
けど、今日士に言われたことで、どうすればなれるのか?というのをまったく考えていないことに気付かされる。
よくよく考えれば、どうやって人を守ったり助けたりすれば良いのかわからない。
一番に思いつくのが警察官や消防士などだが、士郎が思い描く正義の味方としてはどこか違う気がする。
NPOなどもあるにはあるが、それも士郎としてはやはり違うような気がした。
では、どんなのが正義の味方の理想像なのかと考えると、士が一番近い気がしていた。
士は自分はそうではないと否定していたが、士郎としてはそう思えるのだ。
しかし、どうすれば士のようになれるのかがわからない。
自分には士のような力は無いのだから……
 この時、士郎は自分が根本的な勘違いをしているのに気付いてはいなかった。
士は言っていたのだ。彼は自分の為に戦っていると――


 一方、凛は自室である物を凝視していた。
それは麗華から渡された札であったが、凛としては複雑な思いで見つめていたりする。
この札を作っている所を見た感じでは簡単そうに見えるが、そうでは無いことに凛は気付いていた。
表面上ながら札を解析してみると、驚くまでに複雑な構築が魔術的に施されているのがわかるからだ。
魔術の根幹の違いのせいか完全に読み解くまでには至ってないものの、それだけでも凛としては落ち込みそうになる。
これと同じ物を作れるかと聞かれたら、宝石を使えばYESと答えることは出来る。
では、なぜそのような心境になっているかと言えば、コスト的な問題だ。先程も言ったとおり、凛の魔術は宝石を用いるのを主としている。
宝石に血を介して魔力を込めることで、簡単な詠唱で魔術がすぐに行使出来るようになるのだ。
こう聞けば良いことだらけに思えるが、当然ながら欠点もある。実はこの魔術、使い捨てなのだ。一度使うと、使った宝石は塵になってしまう。
そして、皆さん知っての通り、宝石は高い。米粒程の大きさでも、物によっては万単位が付くほどに。
で、宝石魔術は性質上、小さな物や質が悪い宝石は向かない。使えないわけではないが、効率が悪くなってしまうのだ。
その為、宝石としては大きめで質が良い物をどうしても使いがちになってしまうのだが――
やはりだが、そういったものは高い。困ったくらいに高い。普通の人では手が出せないくらいに高い。
まぁ、普通の人は無理すれば買えなくもないが……ともかく、高いのだ。
しかし、魔術の為にはどうしても必要で、凛もそれに耐えながらやってきた。が、今回麗葉がやったことはその欠点を克服出来る。
あの時の話を聞く限り正規の道具を使ってないそうだが、それでも凛から見ても十分と言える性能だろう。
もし、正規の道具を使っていたらその分値段も掛かるだろうが、その分どれ程の性能になるというのか。
そのことを考えると凛は思わず悩んでしまう。この世界の魔術はひどく遅れているのではないかと。
確かに世界の違いなどはあるのかもしれない。でも、それを差し引いても、そう思えてしまう。
「世界の違い……か……」
 そのことを考えた時、凛はふとその一言を漏らしていた。
『第二魔法。並行世界の運営』。大雑把に言うと異世界などを行き来する魔法で、凛が目指そうとしている1つでもある。
最初の方こそ不安はあった。なぜなら、自分達の大師父と言える者以外、それを成した者はいないと聞いていたから。
けど、今日この日にそれを成した者が現れた。その者が言うには自分達の力でも魔法でも無いらしいが。
それでも凛には大きな指針となる。最初の方こそ、士達が異世界から来たというのを信じられなかった。
しかし、麗葉が札を作った所を見て、士達がそうであると確信することが出来た。
なぜなら、麗葉が使った術は自分達魔術師とは明らかに根幹が違いすぎた。
どれほどの違いかは説明しづらいが、少なくとも麗葉のあれは魔術では無いと言い切れるくらいに違う。
自分達の知らない術がどこかにあって、それがいきなり現れたことも考えられる。
けど、そうなると今度はあのフォトショップの説明が出来なくなるのだ。
凛も1人暮らし故にあの商店街は良く使っているので、どこにどんな店があるか大体把握している。
そして、2日前に商店街に行った時にはあそこにフォトショップは無かった。
まさか、たった2日で建物が建つはずも無いので、何らかの要因があると考えるのが普通だ。
そして、凛はそれが第二魔法であると確信しているのである。
「いいわ……やってみせるわよ。私の手で――」
 自分が生きている間に第二魔法を成す。静かにそんな決意をする凛。
その時、何かがひび割れるのだが、凛はそんなことに気付くことは無かった。


 さて、桜はというと静かにどこかへの地下への階段を下りている最中であった。
これは日課だった。自分がこの家に来てから、毎日のように行われる。
だが、桜としてはやりたくはなかった。だって、あれは苦しみと悲しみを伴う物。
それが自分を蝕んでいくのだ。でも、拒否することは出来ない。
自分ではあの者に抵抗すら許されないのだから――
 だから、帰る時に麗華から渡された札を士達に気付かれないように捨てていた。あの者が見たら、確実に興味を持たれるから。
もし、そうなったら、自分は麗葉や士達のことを話してしまうだろう。
そうしてしまったら、あの者は麗葉や士達に手を出してしまう。
そうなったら、彼らは……助けてもらった恩人故に、そのようなことをさせたくない。
だから、桜はもらった札を捨てたのだ。自分のような者を増やさない為に。
そう、これでいい……そう思いながら、石畳や石壁に覆われた部屋へとたどり着く。
「来たか……」
 そこにいたのは桜の腰回り辺りまでしかない背に、まるでミイラのようにしわがれた老人がいた。
その老人は杖で体を支えながら、顔を桜へと向ける。老人の名は間桐 臓硯(まとう ぞうげん)
桜の祖父であり、間桐家の当主……正確には違うのだが、そうとも言える存在でもある。
「では、始めようか」
「……はい」
 臓硯に言われ、桜は自分の服に手を掛ける。また、今日も行われる。その思いが桜に悲壮感を漂わせていた。
今日もまた、あの苦しみが――そんなことを考えていた時だった。
「そいつに何をやらせる気だ、じじい?」
 そんな大きな声が聞こえ、桜と臓硯はそちらへと顔を向ける。
そこにいたのは桜の兄である慎二……のはずなのだが、桜はその彼から明らかな違和感を感じた。
それが何かと聞かれると困るのだが、朝に会った時とは何かが違っていたのだ
「なんのようじゃ? それにおぬしにはここには来るなと言っておいたはずだがな?」
「は、ボクがどこにいようが勝手だろ?」
 まるで睨んでいるかのように顔を向ける臓硯だが、慎二の方はまるで意に介していなかった。
それどころか明らかに尊大な態度で接している。それがおかしいと桜は感じていた。
確かに兄は自己顕示欲があったが、祖父の前では借りてきた猫のようにおとなしいものだった。
しかし、今は違う。明らかに祖父を見下している。それがどうしても桜には不思議に思えてならなかった。
というのも、見た目こそしわがれた老人に見える祖父だが、その内に秘めるのは魔物。
慎二はもちろん、己の身に間桐の魔術を刻まれている自分でさえ、敵うことは無いのに――
「ふむ、なにやら余計な知恵を付けたようじゃが……その程度で頭にのりおって。どれ、少々お灸が必要なようじゃな」
「あ……」
 体を慎二へと向ける臓硯の言葉を聞いて、桜は思わず身を引いてしまう。
感じてしまったのだ。臓硯から異様な気配を。その直後、石造りの部屋中から無数もの蠢く物が現れる。
それは蟲……形容するのがはばかれるような、卑猥な形をした蟲の群れ。
それが慎二へと迫るのだが、当の本人は気にした風も無く薄ら笑いを浮かべている。
この時になって臓硯も違和感に気付くのだが、その時には全てが遅かった。
『テラー』
 薄ら笑いを浮かべる慎二が黒く細長い立方体――USBメモリを取り出したかと思うと、電子音と共にそれを額に突き刺した。
するとメモリが慎二の額へと吸い込まれるように消えていく。この光景に桜と臓硯は目を見開いたが、それだけでは終わらなかった。
メモリを取り込んだ慎二の体が何かに包まれたかと思うと、その姿を変えていた。
どこかの文明に出てきそうな巨大な面を被り、これまたどこかの文明にありうな装飾が施された体へと。
「魔術……ではないようじゃな。じゃが、それがどうかしたかの?」
 その光景を見ていた臓硯が落ち着きを取り戻したかと思うと、蟲の群れを慎二へと再び送らせたが――
先程も言ったとおり、すでに遅かった。いや、今は様子を見るべきだった。
知らぬこととはいえ、慎二の変わり様を取るに足らないと勝手に判断したための失策。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ――」
「む? なんじゃ――うぐ!?」
 だが、臓硯はそのことに気付かない。いや、気付くことが出来ない。
なぜなら、慎二がうなり声を上げたかと思うと、彼を中心に黒い水のような物が広がり始めたからだ。
それに眉を潜めた臓硯だったが、操っていた蟲が黒い水に触れた瞬間、臓硯は胸を押さえて苦しみだし――
「『「『うぎゃあぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁ!!??』」』」
 頭を掻きむしりながら、人が出せないような声で悲鳴を上げた。
実は蟲は臓硯の体の一部のような物だ。それ故に臓硯とある意味、意志的な物が繋がっている。
そして、その蟲が黒い水に触れたことで、蟲を介してある物が臓硯に伝わったのだ。
それは恐怖という感情。臓硯にとって一番恐れる物やそれ以外の物……そういったあらゆる恐怖が蟲を通して臓硯に伝わったのである。
「『「『あああぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁ――』」』」
 そのまま、臓硯は悲鳴を上げ続けた。黒い水に触れた蟲が1匹や2匹なら、ここまでにはならなかっただろう。
だが、一度に数十匹も触れた為に、普通では体験することも出来ない恐怖が臓硯へと伝わる。
しかも、今もなお黒い水は広がり続け、ついには石造りの部屋全てを飲み込んでいた。
そうなれば、相対的に黒い水に触れる蟲は増え――
「『「『ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……』」』」
 それと共に臓硯に伝わる恐怖も増大し、やがては限界を超え――臓硯は壊れた。
精神的な死……臓硯たるものが完全に消え、その体が溶けるように消えていく。
それは周りの蟲達も同じで……しばらくして着物だけを残し、臓硯は蟲達と共に完全に消え去ってしまう。
 その様子を桜は恐怖に震えながら見ていた。
なぜか、黒い水はぽっかりと穴が開いたかのように桜を避けてくれたおかげで影響を受けることは無かった。
代わりに臓硯の苦しむ光景に恐怖してしまうはめになってしまったが。
「あれだけ大きな口を叩いておきながら、あっけないもんだな。まぁ、今までボクのことを馬鹿にしてくれてたから、当然の仕打ちだけどね。
そして、お前もボクのことを馬鹿にしてたよな?」
「え? あ、い、いや、あ、いや……」
 どこか愉しそうに語る慎二が振り返って声を掛けてきたことに、桜は震えながら首を横に振っていた。
彼を馬鹿にしたことなどない。逆に羨ましいと感じていた。
あの地獄を味わうことが無かったのだから……もっとも、それは桜の思い込みで、慎二も地獄を見ていたのだが。
ともかく、厳密な意味で馬鹿にしたことなど無い。逆にこの地獄を変わって受けて欲しいと思っていた。
だが、今はその考えをしたこと事態を後悔している。このまま自分は兄に殺されて――
「そこまでにしておきなさい。彼女は私達の計画に必要なのですから」
「ち……わかったよ」
 不意にそんな声が聞こえ、その言葉を聞いた慎二は舌打ちをする。
桜が正気に戻り振り返ってみると、そこには慎二にUSBメモリを渡した男が立っていた。
その男を見た桜はあることに気付いて戸惑いの色が浮かべる。
なぜなら、黒い水の上に立っているのに、なんの影響も受けていないように見えたからだ。
「初めまして、お嬢さん。すまないが、我々と来てもらおう」
「あ、あ、あぁ……」
 帽子を脱ぎ、優雅な仕草で頭を下げる男。しかし、その男を見ていた桜の顔が恐怖に歪んでいく。
なぜなら、顔を上げた男の顔にステンドグラスのような文様が浮かんだのだから――




 あとがき
というわけで、今回は士郎達との話し合いの回。
ちなみにこの話でのFateが原作と違うと思ってる方。これはそういうお話です(おい)
それはともかく、士達と出会ったことで正義の味方の意味を考えるようになった士郎。
そして、自分の目標に決意を固める凛。一方で桜には魔の手が迫ります。果たして、彼女はどうなってしまうのか?
次回は解決編。異変に気付いた士達はその場へと向かいますが、そこでは――
というようなお話です。では、次回でもまたお会いしましょう。


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