その後、授業中でもあったので一旦教室に戻った一夏であったが――
先の戦いを見ていたクラスメートから昨日とは違う視線を向けられる。
当然フォーゼのことも聞かれたが、詳しく話せないと誤魔化すことにした。
そして放課後。一夏は千冬と真耶に、なぜか付いてきた箒とセシリアと楯無と共に衛理華の研究室へ来ていた。
「まったく……緊急事態だったのはしょうがないにしても、他にやりようがあったでしょうに」
「はぁ、すいません……」
  衛理華のため息混じりの小言に一夏はすまなそうに頭を下げた。
まぁ、緊急事態だったとはいえ、人前で変身してしまったのだ。少なくともIS学園にいた者達にはフォーゼの存在を知られたと見ていい。
幸い、コズミックエナジーのことまで知られた訳では無いので誤魔化すことは可能だが――それもいつまで保つかはわからない。
そのことに衛理華は頭を痛めていた。
「それであれは……フォーゼだったか? あれはなんなのだ?」
「そういえば、仮面ライダーとか言ってましたね」
「そっちは織斑君が勝手に言ってるだけなんだけど……」
  千冬の問い掛けに楯無は意味ありげな視線を向けるが、衛理華は楯無の問い掛けをため息混じりに否定する。
それとは別にどう説明したものかと悩んでいたが。というのも、彼女達はフォーゼがISとは別物だと気付いてる可能性は高い。
そうなるとコズミックエナジーのことは秘密のままで説明するのは難しくなってしまう。
  その一方で衛理華の返事を聞いた楯無は眼を細めた。彼女にとって『仮面ライダー』とはある意味特別だったからだが。
「そうね……ここでのことは他言無用。それで良いのなら話すけど?」
「どういうことですか?」
「今から話す事は、場合によっては一夏君を窮地に追い込むかもしれないからよ」
「なんだと?」
  話を聞いて首を傾げる真耶に、話していた衛理華が答えると千冬が睨み付けてきた。
そのことに衛理華は怪訝に思うが、すぐにあることに気付く。
「そういえば、あなたも織斑だったわよね? ということは――」
「一夏は私の弟だ」
「なるほど」
  千冬の返事に問い掛けた衛理華は納得する。
となれば、全てを秘密にしたままでとはいかないだろう。千冬は一夏()を大事にしてるのだろうから――
「それじゃあ、さっきも言ったように他言無用でお願いするわ。フォーゼとは――」
  そのことに頭を痛めながらもフォーゼやコズミックエナジーのことを話し始める衛理華。
千冬達は真剣な眼差しで聞いているが、話を聞く内にみるみると驚愕の表情へと変わっていった。
「馬鹿な……そんなエネルギーはありえん!」
「まぁ、普通はそうよね。でも、実際に存在した。フォーゼはその証拠よ。そして、そのフォーゼを使えるのは今のところ織斑君だけね」
「どういうことなんですか?」
「コズミックエナジーは採取出来る量はわずかな上にその力も小さいのよ。
実用レベルで使うためには活性化させるしかないのだけど、織斑君はそれが出来るわ。
といっても、どのように行われてるかまではわからないんだけど」
  怒鳴る千冬に肩をすくめながら答える衛理華。その話に真耶が首を傾げるが、衛理華はそれにも肩をすくめながら答える。
しかし、聞いていた千冬達の目はジト目になっていたが。
「わかっていないとは?」
「言葉通りよ。コズミックエナジーに関してはまだわかっていない所もあって……というか、そっちの方が多いんだけど」
「な!? そんなのを使って大丈夫なのか!?」
「人体に影響が無いのは確認済みよ。少なくともフォーゼに使われているのはね」
「え? それってどういうことなんですか?」
「そっちに関しては後で話すわ」
  セシリアの問い掛けに衛理華は肩をすくめながら答えると箒がうろたえるが、それにはため息混じりに答えた。
そのことに一夏は疑問に思うものの、後で全てを話すことになるので衛理華は今は割愛することにしたが。
「それで一夏にこんな物を持たせ、あんな奴と戦わせようとしているのか?」
「そのことに関しては否定させてもらうわ。
さっきも話したけど、おじいさまはコズミックエナジーを研究することで何らかの災いが起きると予見してフォーゼを作ったの。
けど、あんな奴らが現れるかどうかまで予見してたかは今となっては確かめようが無いけどね」
「え? なぜです?」
「去年に……ね」
「あ……」
  睨んでくる千冬に衛理華は瞳を閉じながら答える。
そのことに真耶は疑問に思うものの衛理華の一言に察してしまい、しまったという顔をしてしまう。
「ま、おじいさまはもしかしたら考えていたかもしれないけど、私はあんな奴が現れるとは思ってもいなかった。それだけは言わせてもらうわ」
「じゃあ、なぜ一夏は戦っているんだ?」
「ん〜……最初は私も襲われてね。その時に居合わせた織斑君がフォーゼドライバーを起動出来たから、なんとかしてもらおうと思ったのは否定しない。
でも、IS学園に現れたのと戦ったのは織斑君の意志よ。私は研究の手伝いをしてもらおうとは思ってるけど、それ以上のことを強要するつもりは無いわ」
「まぁ、俺もあの時はなんとかしたかっただけだしな」
  箒の問い掛けに衛理華が答えると一夏も真剣な眼差しで同意するようにうなずく。
この時、衛理華を除くこの場にいた全員が見入っていた。一夏の真剣な眼差しに。
「ともかく、織斑君にフォーゼドライバーを渡したのは今後の研究の為と答えさせてもらうわ」
「む……しかし、こんな物がISを超えるかもしれない物とは――」
  衛理華の言葉に箒は納得いかないものの、気になってフォーゼドライバーを持ち――
「え?」「な、なに?」
  フォーゼドライバーが低い唸り音を出したことに衛理華と共に驚くはめとなった。
「こ、これはいったい――」
「ちょっと待って。コズミックエナジーが活性化してる……活性化レベルが低すぎてフォーゼドライバーは使えないけど」
  うろたえる箒をなだめ、モニターに映るデータを確認する衛理華。
そのモニターには箒が持つことによってフォーゼドライバー内のコズミックエナジーが活性化されているデータが映し出されていた。
「人が持つ何かが要素になってるのかしら? 悪いんだけど、あなた達もフォーゼドライバーを持ってくれない?」
  そのことを確認するために指示を出す衛理華。
千冬達は戸惑いを見せるが、言われたとおりフォーゼドライバーを持ってみる。結果は全員箒と同じようなことが起きた。
ただ、活性化のレベルは個人差があり、箒が一番高く次いで千冬、セシリア、楯無、真耶の順となっている。
もっとも、一番高い箒でも一夏と比べたら低すぎる物ではあったのだが。
「ISが関係してるのかしら? ここら辺のデータも取るべきかしらね?」
「ん、どうかしたのか?」
「ああ、ちょっとね。それでマシンの方は?」
「組立は終わったよ。後は調整を終えれば、いつでも動かせる」
「マッシグラーに乗れるんですか!」
「織斑君、あなた免許無いでしょうが」
  その結果に衛理華はあごに手をやりながら考えていると川岸がやってきて、そのことに首を傾げていた。
そのことは誤魔化しつつ問い掛ける衛理華に川岸は笑顔で答える。
話しを聞いていた一夏は期待の眼差しを向けるものの、衛理華はやんわりと断っておいたが。
「マッシグラー?」
「その名前は織斑君が勝手に付けただけなんだけど……まぁ、簡単に言うとフォーゼをアシストする為のマシンよ。
バイクともう1台あって、そっちは多目的車両かしらね? 研究も兼ねたもしもの場合に備えて組み立ててるわ」
「もしもの為とは?」
  首を傾げる楯無に苦笑混じりにそのことは否定しつつ説明する衛理華。
しかし、それを聞いた千冬の目つきが鋭い物へと変わったが。
「そうね。これは織斑君にも話そうと思っていたことだから――まず、IS学園で織斑君が戦った相手だけど、中身は間違い無く人間よ」
「ええ!? に、人間!?」
「なぜ、そうだと言えるのですか?」
  衛理華の説明に真耶が驚く中、楯無が疑惑の眼差しを向ける。
しかし、内心としてはあって欲しくないことだった。もし、それが本当ならば、あの怪人の正体は――
それに対し、衛理華はため息を吐いていたが。
「理由は2つ。1つはあの時、織斑君にあいつのデータを送ってもらって調べたんだけど……
あいつの体の構成はフォーゼとほぼ一緒だということがわかったの」
「フォーゼと一緒? て、それって――」
「そう、あいつの体はコズミックエナジーよって作られた物よ」
「「「「「「な!?」」」」」」
  説明を聞いてそのことに思い当たる一夏に説明していた衛理華はうなずく。
それを聞いた川岸を除く全員が驚いていたが。
「まぁ、コズミックエナジーは大雑把に言えばどこにでもあるエネルギーだから、私やおじいさま以外の誰かが見つけていてもおかしくはない。
問題なのは、そいつがどんな風に使うか保証が出来ないことね」
「それで……もう1つの理由とは?」
「前例があるからよ」
  話を聞いて困惑するセシリアの問い掛けに、ため息混じりに説明していた衛理華は静かに答える。
それと共に川岸はうつむいてしまったが。
「前例とはもしや――」
「ああ、俺だ……怪しい奴にそそのかされて、変なスイッチを持たされてね。
気が付いたら、君達が見たあの姿になって彼女を襲っていたんだ」
「それは済んだことだし、川岸君も反省してるようだからいいんだけど。ただ、その時にスイッチを落としたらしくて――
そのスイッチを誰かが拾ったのか、もしくは川岸君に渡した変な奴が回収して他の誰かに渡したのかはわからないけど。
けど、間違い無くそのスイッチを誰かが使い、IS学園でのことをしでかしたのは間違い無いわね」
  睨んでくる千冬に川岸はすまなそうに答える。
衛理華は気にした様子も無く答えていたが、その一方で楯無の瞳は揺れていた。
今の話で確信してしまったのだ。怪人の正体に……同時になぜ自分を襲ったのかにも心当たりがあって――
そのことに楯無は動揺してしまったのである。
「でも、いったい誰があんなことを?」
「さぁね。でも、どのみち止めなきゃならないわ。
フォーゼでは安全性は確認してるけど、あいつが使ったスイッチがどうなるかは調べてみなければなんとも言えないもの」
「しかし、どうやって止めるのです?」
「倒すしかないわね」
「倒すって……大丈夫なんですか?」
  セシリアの問い掛けに衛理華は肩をすくめながら答え、箒の問いかけにはあっさりと答える。
そのことに楯無が体を震わせるが、真耶はそのことに気付かずに恐る恐る問い掛けた。
「川岸君の時もそうだったから、たぶん大丈夫だとは思うわ。まぁ、本当は話し合いで解決するのが一番なんでしょうけどね」
  それに対して衛理華はため息混じりに答えつつも内心はそれが難しいと考えていた。
川岸の時も正気を失っていたとしか思えないような行動を取っていたのだ。
IS学園に現れた怪人もその可能性があるが、それを言えば不安がらせるだけなのであえて言わなかった。
一方、楯無がうつむきながらも思い詰めた表情をしていることに一夏だけが気付いていたが。
「で、でも、そういうのって警察のお仕事じゃないんですか?」
「それは無理ね」
「え? なぜです?」
  恐る恐る自分の意見を言ってみる真耶だが、衛理華の返事に首を傾げる。普通は警察がこういうのに対処するのではと思ったのだが――
「怪しい奴が出た。だから、なんとかしてください。じゃ、警察はまともに動かないでしょうね。
例え動いたとしてもISとも戦える奴に警察が相手出来ると思う?」
「あ……」
  衛理華の指摘に真耶はそうだとばかりに目を見開く。
確かに話だけを聞けば怪しいことこの上ないので警察がまともに取り合うか怪しい。
一応、IS学園内で起きたこともあって映像を残すことは出来ているので、警察を動かす材料にはなるだろう。
しかし、怪人はISと戦えるだけの力がある。その怪人を相手にするのは警察では厳しいとしか言いようがない。
「それにISで相手するのも難しいでしょうしね」
「なぜですの?」
「アラスカ条約か」
  衛理華の言葉にセシリアは疑問に思うが、千冬がそのことに思い当たる。
アラスカ条約とはIS運用協定とも言うのだが、IS技術を独占的に保有していた日本への情報開示とその共有を定めた協定を指す。
また、軍事転用可能なISの取引などを規制する為の条約とも言える。
ちなみにIS学園はこの協定の元に設置されているのだが、詳しい説明は機会があった時にしよう。
ともかく、この条約によりISで怪人と戦闘を行った場合、軍事転用と見なされる可能性があった。
そうなると色々と不都合なことが起きかねないし、許可を取るにしてもやはり色々と面倒になる。
「ま、今回は織斑君にがんばってもらうしかないわね」
「しかし――」
「もちろん、私達も何もしないってわけじゃないわ。けど、さっきも話した通り、あいつと今戦えるのは織斑君だけなの」
  その一言を聞いて反論しようとした箒だったが、話していた衛理華はため息混じりに答えた。
衛理華とて一夏にこんなことをさせたくはない。しかし、怪人との戦闘を考えると今現在制約を受けていないフォーゼしかないのだ。
そして、そのフォーゼを使えるのは一夏のみ。他に手が無いわけではないが、すぐに動けるのはそうなってしまう。
  この事実に千冬は両手を握りしめていた。一夏()を守るために色々としてきた。
実を言えば、一夏が今までISに触れていなかったのも千冬がそうしてきたからだった。
以前あった一夏の誘拐騒ぎ……いや、それ以前に自分が持つ疑念から、一夏にはISに触れて欲しく無かったからだ。
だが、そんな想いも虚しく一夏はISに触れ、更には動かすことも出来てしまった。
このことに千冬は悔しく思う一方で疑念を強めていた。まるで謀ったかのように事が起きたことに。
それでも千冬は一夏を守ることを諦めなかった。
一夏がIS学園に入学することになったのも、そうすれば守ることが出来るからと考えた故のことだった。
そして、もしもの事があってもいいようにと教えていくつもりでいたのだ。
なのに、それが出来ないまま一夏を戦いの場に送り出さなければならなくなるかもしれない。
その事実を千冬としては認められるものでは無かったが、理屈ではそうしなければならないとわかる故に思い悩んでしまう。
「どっちにしろ、対策は必要になるわ。それをどうするべきかなんだけど――」
「あら? そういえば楯無さんは?」
  千冬がそのことで思い悩む中、これからの事を話そうとする衛理華だったが、それを遮る形で真耶がそんなことを言い出す。
確かに楯無の姿が無い。そのことに誰もが疑問に思うが――
「く!」
「一夏!」
  いきなり、一夏は千冬の静止も聞かずにフォーゼドライバーを持って走り去ってしまう。
楯無が見せたあの表情を思い出すと、嫌な予感がしたのだ。それが一夏を突き動かしていた。
「どうしたんでしょうか?」
「何かに気付いたのかもしれん。追いかけるぞ!」
  そのことに真耶は疑問に思うが、千冬はただならぬことが起きていると感じて追いかけることにした。
そのことに真耶だけでなく箒とセシリアも戸惑いながらもその後を追う。
「私も行くわ。気になることもあるしね。川岸君はマシンの調整を簡単でもいいからお願い」
「構わないが、いいのか?」
「どうも嫌な予感がするのよね。もしかしたら、マシンが必要になるかもしれないわ」
「わかった。大急ぎでやるよ」
  アタッシュケースのようなモバイルPCを手にする衛理華の話に最初は困惑していた川岸はうなずく。
それを見た衛理華は急ぎ千冬達の後を追うのだった。

 一方、楯無はIS学園に戻っていた。
衛理華の所で気付いたことは状況証拠しかない故に否定したいが、その一方でほぼ間違い無いだろうとも思っていた。
だからこそ、自分の手で止めなければならない。なぜなら、考えが間違い無ければ、今回の事件の原因は自分なのだから。
「あ……」
「あなたは――」
  そんな時、楯無は1人の少女と出くわした。
背中に掛かる長さの栗色の髪を左右に一房ずつ結い上げ、おっとりとした垂れ目がちの可愛らしく整った顔立ち。
しかし、今は不安そうな顔で何かを探すかのように辺りを見回していた。
この袖の長いIS学園の制服を着た少女の名前は布仏 本音(のほとけ ほんね)。楯無とは幼馴染みであり、一夏のクラスメートでもある。
「あ、あの……かんちゃんがどこに行ったかわかりませんか?」
「あ、えっと……いない、の?」
「うん……なんか、今日一日学校に来てなかったみたいなの……」
  不安そうに問い掛ける本音の言葉に楯無はピクリと反応してしまう。
それでも一縷の望みを掛けて問い掛けるが、本音の返事に絶望へと落とされてしまった。
やはり、あの時の怪人は……
「そう……私の方でも探してみるから、何かわかったら――」
「あなたに何がわかるのかしら?」
  それでもなんとか笑顔を作って答えようとする楯無だったが、聞こえてきた声に本音と共に顔を向けてしまう。
そこにいたのは楯無を少し幼くしたようなメガネを掛けた少女が1人、無表情で立っていた。
更識 簪(さらきし かんざし)。名前でわかるとおり、楯無の妹である。
「あ、朝のあれは……あなた……なの?」
「え?」
「そうだと言ったら、姉さんはどうするのかしら?」
  戸惑い気味に問い掛ける楯無に本音は思わず顔を向ける。朝のあれと言われて思い出すのは楯無が怪人に襲われた時のこと。
本音はまさかと思いたかった。それは楯無も同じだ。だが、それを裏切るかのように簪はくすりと笑みを浮かべる。
「なんで? なんで、あんなことしたの?」
「決まっているわ。私が姉さんを超えたという証明をする為よ」
  何があったのかを察し、それでも疑問が消えずに悲しそうな顔で問い掛ける本音に簪はどこか壊れた笑みを浮かべながら答える。
そのことで楯無は全てを察した。同時にやはり自分の責任だとも――
楯無は簪がどこへ行っても『楯無の妹』としか見てもらないという状況に憤っていたことに気付いてはいた。
楯無もその状況はなんとかしたかった。しかし、家や周りの事情で安易に手を出すことが出来ない。
それ以前に自分が手を出すことを簪は嫌うだろうから――
言い訳にしかならないのはわかっている。でも、その理由で機会があったらと後回しにしていたツケがここに来たのだとも楯無は理解していた。
「どうです、姉さん? 無様に負けた気持ちは?」
「かんちゃん……」
「て、いたぁ!」
「え? おりむー?」
  壊れたような笑みを浮かべる簪。楯無はその言葉に何も言えなかった。
悔しいからではない。掛ける言葉がわからないのだ。何を言ってもダメなような気がして。
一方で簪を心配そうに見守る本音であったが、一夏が駆け寄って来たことで思わず顔を向けてしまう。
「良かった。無事だったんだ」
「あなたは!」
「は? え? あ、あれ? さら、しき、さん?」
  駆け寄って来た一夏は楯無が無事なことにほっとするが、彼を見て怒りの形相になった簪を見て戸惑った。
楯無と簪が似ていたのもあるが、なぜ怒りの形相を向けられるのかがわからなかったこともある。
その間に衛理華や千冬達も楯無達の元へ駆け寄っていた。
「あなたのせいで……あなたのせいでぇ!」
「え? あ、あの人誰? ていうか、俺、あの人になんかしたっけ?」
「彼女は私の妹の簪……怒っているのは……たぶん、ISのことだと思う」
「へ?」
  怒りの形相の簪に戸惑う一夏だが、楯無の説明に首を傾げる。というのもまったく身に覚えの無い。
ISのことと言われてもIS関連で何かをした覚えも無いし、それで彼女に何かをした覚えもないのだ。
「言ってなかったが、お前には専用機が用意されることになっていたんだ。初の男性IS操縦者として様々なデータを取る意味でな」
「けど、そのせいであの子の専用機となるはずだったISの製作が後回しにされてしまったの」
「え、そうなの?」
  千冬や楯無の初めて聞く話に一夏は顔を引きつらせる。
自分が悪いのかと思ってしまった為だが、一夏が悪いかと言えば微妙な所だ。
簪の専用ISの開発が後回しにされた要因が一夏にあるのは否定出来ない。
しかし、それは一夏が全く知らない所で話が進んでいたのであって、彼だけを責めるのも酷というものだろう。
「でも、もうISなんて必要無い! 私は……私は力をもらえたんだから!」
  先程とは打って変わって壊れた笑みを浮かべる簪は懐からある物を取り出す。
それは表面に異様な銀装飾が施された黒い円柱系の物で上部には銀の半円があり、その頂点に赤いスイッチがあった。
見ようによっては少しいびつなチェスの駒の1つであるポーンに見えるかもしれない。
『ラスト・ワン――』
  そのスイッチが電子音と共に闇としか言いようのない何かを発したかと思うと、その形を一変させていた。
基本的な所は変わって無いが表面にいくつものトゲが現れ、銀の半円も眼球のような模様へと変わっている。
赤いスイッチも頂点から斜めの位置に変わっており、見ようによっては人の目にも見えた。
「あれが川岸君やあなたをあんな姿に変えたスイッチ……やめなさい!
それがどんな物かわかってないのよ! ていうか、今絶対ヤバイ変化したって!?」
  それを見て衛理華は叫ぶが、最後の方は悲鳴に近かった。
いきなりスイッチが危険そうな変化を見せたのだから、衛理華の反応も当たり前とも言える。
声こそ出さなかったが真耶は明らかに怯えていたし、他の者達も戸惑ったりしていた。
「うるさい! 私は、私は姉さんを、ISを超えるんだ!」
  しかし、簪は忠告を拒否するとスイッチを押し――
「う――」
「簪ちゃん!?」「かんちゃん!?」
  それと共に体中にクモの糸のような物がびっしりと巻き付くと共に気を失って倒れ、そのことに楯無と本音が思わず悲鳴を上げる。
その光景を見ていた者達も驚くものの変化は終わらない。スイッチが宙に浮き、闇にも見える煙を吹き出したかと思ったら怪人の姿となったのだ。
しかも、右手には凶悪な形をした黒い棍棒を持ち、左腕には盾が装着されている。
「まったく、嫌な予感が的中ね。織斑君、お願い出来る?」
「ええ……あんなのを見過ごすわけにはいきませんしね」
  顔をしかめる衛理華の言葉に一夏はうなずきながらフォーゼドライバーを取り出す。
2人とも詳しいことはわからなかったが、簪に深い事情があったのだろうということは察することは出来た。
かといって他人を傷付けていい理由にはならない。それを止めるために一夏はフォーゼドライバーを装着する。
「一夏、あいつは力に溺れて自分を見失っている。一発ぶん殴って、わからせてやれ!」
「それはどうかと思うけど、わかった!」
  千冬の言葉に苦笑しつつも一夏は離れると赤いスイッチを全て下ろし――
『スリー――ツー――ワン――』
「変身!」
  カウントダウンが終わると共にレバーを動かし、現れたリング状の装置に触れるかのように右手を伸ばす。
その時に起きた衝撃に衛理華達は顔を両腕で覆いながらも、その光景を見逃さないと視線を外さなかった。
「よっしゃ!」
  やがて、フォーゼへと変身した一夏は右腕を振り落としてから怪人へと駆け出し、衛理華は持っていたモバイルPCを広げた。
そして、キーボードの端にボールペンの頭のような形をした黒いスイッチを差し込むと、モニターの上にあった小型カメラを怪人へと向ける。
「それは?」
「カメラスイッチ。レーダー程じゃないけど、サーチシステムを搭載してるの。
ま、織斑君がいなかったら単体で使うことは出来ないんだけどね」
  箒の問い掛けに答えつつ、衛理華は映し出した怪人の解析を始めた。
どうにも嫌な予感がするのだ。それを確かめるべく解析しようとしたのである。
「ふん!」
「ぐぅ!? く、こいつ前より強くなってる!」
  一方で一夏は苦戦を強いられていた。怪人が武器を持っているのもあるが、前よりも頑丈な上に力も強くなっていたのだ。
今も怪人の左腕の一振りで突き飛ばされそうになっている。
「これだ! この力だ! この力があれば、私はなんだって出来る!」
「だからって! 何をしてもいいわけないだろ!」
「うるさい! じゃあ、お前はなんだ! その力はなんの為に使っている!」
  止めようとする一夏の言葉に、最初は喜んでいた怪人は怒りだして反論してきた。
この時、怪人は――簪は一夏が自分と同じ理由でフォーゼになっていると思っていたのだ。
だが――
「俺は昔、仮面ライダーに助けられた! だから、仮面ライダーになろうと思った! 俺が目指す仮面ライダーに!」
「く!」
  一夏は叫びながら怪人を殴る。実を言えば、都市伝説程度にしか仮面ライダーのことは知らない。
それでも一夏は自分を助けてくれた一也の話を聞くことで憧れたのだ。
だから、目指した。自分が思い描く仮面ライダーに。
  その彼の言葉に怪人は――簪は思わずたじろいだ。一夏の今の言葉が強く心に響いた気がして。
それは衛理華以外の全員も同じで、思わず一夏に見入ってしまう。
「まずいわね……」
  しかし、一方で衛理華は顔をしかめる。
当たって欲しくなかった嫌な予感が的中してしまった為だ。いや、状況はそれよりも最悪だった。
『ん? どうしたんだ?』
「マシンを発進させるわ。準備して」
『え? し、しかし、まだ調整が――』
「時間が無いの! ぶっつけ本番は私だって嫌だけど、今は必要なのよ!」
『わ、わかった!』
  その為の対処をするべく川岸と通信をするのだが、そのやりとりで大声を出した為に千冬達は気になって顔を向けてしまう。
その間に衛理華はあることをすると共に一夏と通信するべくモバイルPCを操作していたが。
「ん?」
『レーダー・オン』
『織斑君、今そいつを倒しちゃダメよ!』
『ビークルモード』
  レーダースイッチが鳴り響いたことに気付いてスイッチを入れると、左腕に装着されたモニター越しに衛理華がそんなことを言い出す。
それとほぼ同時に何かしらの電子音も聞こえてくるが。
「え? なぜです?」
『調べてみたら、そいつのコズミックエナジーがとんでもないくらいに高まっていることがわかったの。
今、そいつを倒して爆発させたら、私達どころかIS学園まで吹っ飛ばしかねないわ!」
『『『『『「ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」』』』』』
  首を傾げて問い掛ける一夏だが、衛理華の返事に千冬を除く全員と共に驚きの声を上げてしまう。
だが、同時にまずいことでもあった。それが事実なら怪人を下手に倒せないことになる。
状況のまずさに声を出していない千冬も顔をしかめていたのだから。
「ど、どうするんですか!?」
『方法は1つ。空で倒すしかない。それも1万m以上の上空で!』
『そ、そんなの無理ですよ!?』
  戸惑いながら問い掛ける一夏に衛理華は声を荒げながらも答えるが、それを聞いた真耶は悲鳴を上げる。
しかし、それも無理はない。ISとも戦える暴れている相手を上空に連れ出すなぞ、普通は無理な話だからだ。
『その方法はこちらで用意したわ。10分……いえ、数分。それが来るまで保たせて!』
「わ、わかりました!」
  衛理華の通信にうなずいてから一夏は怪人へと向かう。
それを見送った衛理華は話していたことを実行する為に、必死にモバイルPCを操作していた。
「本当にそんな方法があるのですか?」
「ほとんど賭けだけど、今はそれに頼るしかないわ」
「そんな!?」
  箒の問い掛けに衛理華は操作を続けながら答えるが、それを聞いたセシリアは思わず顔を強ばらせた。
だが、無理もない。下手をすればIS学園に大きな被害をもたらすかもしれないのに、賭けに頼るなんてのは無謀以外にしか思えなかったのだ。
「そ、そうだ! ISを使って――」
「無理だな。あれを拘束出来ればいいが、その装備があるISは学園には無い。
装備を用意するにしても時間がかかるし、上空に連れていくにしても操縦者が危険にさらされる」
  その方法を思いつく真耶だったが千冬によって却下された。千冬が言ったとおり、拘束する為の装備を用意するのに時間が掛かりすぎるのが大きい。
それにISで怪人を運ぶにしても密着、もしくはかなり接近することになる。運んでいる最中に攻撃を受ければ、そのIS操縦者が危険であった。
時間があれば他にも方法はあったかもしれないが、今は衛理華が言う方法に頼るしかなかったのだ。
「うおぉ!?」
  そんな中、一夏は怪人と一進一退の攻防を繰り広げていた。
わずかに押され気味になるものの、なんとか蹴り飛ばして距離を空けている。
まだか……そう思った時、エンジン音らしき物が聞こえてきた。
「ん? あれって――」
  エンジン音へと顔を向ける一夏が見た物は、まるでスペースシャトルのようなフォルムを持つオンロードバイク――
一夏命名のマシン”マッシグラー”。そして、バギーのような形で走ってくるパワーダイザーだった。
「来たわね。織斑君、ランチャーをオンしたらロックオンして。
その後に合図するから、したらあいつにランチャーを撃って、すぐにマシンに乗り込んで!」
『は、はい!』
『ランチャー・オン』
『タワーモード――マシンセット』
  衛理華に言われ、うなずきながらランチャースイッチを入れて左腕のパラボラアンテナを向ける一夏。
指示を出した衛理華もモバイルPCを操作し、パワーダイザーを平べったい土台のような形へと変形させる。
その変形直後、マッシグラーがパワーダイザーの上にセットされた。
「今よ!」
「いっけぇ!」
  そして、衛理華のかけ声と共に一夏の右足に装着されたランチャーから数発のミサイルが発射され――
「きゃあぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁ!?」
「よっと」
  発射されたミサイルは衛理華の誘導によって順番があるかのように当り、爆発によって怪人を上空へと撃ち上げた。
その間に一夏はランチャーを解除し、マッシグラーへと乗り込む。
それと共に気分が高揚してきた。なにしろ、待ち望んでいたマシンに乗れたのだから。
「なけなしのミサイル、全弾持っていきなさい!」
「おわぁ!?」
「きゃあぁぁぁぁあぁぁぁぁ!?」
  衛理華も操作を続けパワーダイザーの左右の後輪パーツからミサイルランチャーを出し、いくつものミサイルを発射させる。
一夏は思わず驚いてしまうが、ミサイルは怪人に次々と当たって更に上空へと撃ち上げた。
その間にパワーダイザーの前半部分のパーツが上がって一夏ごとマッシグラーを持ち上げ、それと共にマッシグラーの後部パーツから唸り音が響く。
「も、もしかして、発射台か、これ!?」
『スリー――ツー――ワン――』
  その状況に一夏はそんなことを連想しながらもハンドルを持ち直す。その間に電子音のカウントダウンが鳴り響き――
『ブラスト・オフ』
  電子音と共にマッシグラーはスペースシャトルの発射の如く噴射しながら飛び上がった。
その時に起きた爆風と煙に耐えながら見守る千冬達。
「うおおおおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!」
「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
  飛び上がった一夏はマッシグラーごと怪人に突っ込み、押し出すような形で怪人と共に上昇していく。
それこそ、宇宙に飛ぼうとするスペースシャトルの如く――それによって摩擦熱が起き、一夏と怪人は真っ赤に燃えていた。
「5千、7千、1万、1万3千、1万7千――」
「え? え? どこまで上昇するんですか?」
  その様子をモバイルPCに表示されるデータで見守っていた衛理華達だったが、未だに上昇を続けることに不安を感じる。
現に疑問を漏らした真耶のように衛理華以外の皆が不安そうな顔をしていたのだから。
「大気圏脱出!」
「「「「「嘘ぉ!?」」」」」
  だが、それもつかの間。衛理華の言葉に千冬を除く全員が驚きの声を上げる。
まさか、バイクで宇宙に行くとは誰も考えない。千冬でさえもこの事実に目を見開いていたのだから。
「おりゃ!」
  一方、一夏はマッシグラーの噴射を止めると怪人は突き飛ばされたかのように離れていく。
その直後に一夏はマッシグラーから跳び上がり――
『ロケット・ドリル・オン』
  ロケットとドリルのスイッチを入れて右腕にロケットを、左足にドリルを装着し――
『ロケット・ドリル・レーダー・リミットブレイク』
  フォーゼドライバーのレバーを入れ、ドリルが付いた左足を突き出し――
「ライダーロケットドリル宇宙キーック!!」
「きゃああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!?」
  ロケットの噴射で突っ込み、高速回転するドリルで怪人の胸を砕き貫いた。
それによって大爆発を起こす怪人。その間に一夏はロケットとドリルを解除し、振り向いて飛んできた物を受け止める。
それは簪が持っていたスイッチであり、それを見た一夏は別の方向へと顔を向ける。
そこに広がるのは漆黒の闇とその中できらめく星々――
「は、はは、ははは……宇宙に、キタァー!!」
  地上では味わえない浮遊感。それが一夏に宇宙に来たのだと実感させる。
夢中だったとはいえ、宇宙に来ることが出来るなんて――あまりの嬉しさに両手足を広げながら喜んでいた。
「織斑君、喜んでますね」
「ああ、予想外だったとはいえ、目標だった宇宙に行けたんだからな」
  そんな一夏の様子に嬉しそうな真耶の言葉に千冬も笑みもを漏らす。
「一夏……」
「おりむー……」
  箒や本音も一夏の様子に嬉しそうな顔をしていた。一方でセシリアと楯無は真剣な眼差しを向けている。
セシリアは無謀だと思われたことを成し遂げた一夏のことを考えながら。楯無は妹がどうなるのかという不安を含めながら。
「あ〜、織斑君。喜んでるところ悪いんだけど……落ちるわよ?」
「「「「「「『え?』」」」」」」
  が、衛理華の一言に誰もが理解出来ずに呆然として――
「て、うわあぁぁぁぁぁ!?」
  一夏は本当に落ちてしまう。
「な、なんでですかぁ!?」
「大気圏を出たといっても、まだ衛星軌道内だもの。何もしなければ地球の引力に引かれて落ちるわね」
「落ち着いてる場合じゃ無いですよ〜。おりむーが燃えちゃう〜」
「大気圏脱出の時も大丈夫なら、燃えちゃうことは無いでしょ」
「「一夏あぁぁぁぁぁぁ!!?」」
  混乱する真耶に衛理華はあくまで冷静に答えていた。額に汗は浮かんでたけど。
それでも珍しく慌てる本音の疑問にも衛理華は冷静に答えていたが周りはそうはいかず、千冬と箒に至っては絶叫している。
『なんかないのか!? なんか!?』
「はいはい落ち着いて。織斑君、レーダースイッチを7番のと交換しなさい」
  慌てる一夏。大気圏に突入して激しく燃えているが、どうやらそちらの影響は無いようだった。
そんな中、通信越しに衛理華はアドバイスをし――
「7番って、こいつか!」
『パラシュート』
  慌てながらもレーダーのスイッチを言われたスイッチと交換し――
『パラシュート・オン』
「うおぉ!?」
  アンテナが消えた左腕に何かが装着されたかと思うと共に何かが飛び出す。
それは3つのパラシュートで、傘のように広がることで一夏の落下速度を急激に落とすのだった。
「もぉ〜……ビックリさせないでよ、おりむー」
「まったくだ!」
  そのことをデータで知った本音は頬を膨らまし、箒も機嫌が悪そうにしている。
その背後では千冬達が皆一様にほっとしていたりするが。
「やれやれ……でも――」
  衛理華も無事に終わったことにほっとしつつ、疑問の眼差しをモバイルPCに向け――
「大気圏突破したのにほぼダメージ無し。しかも、燃料は3割しか使ってないって……どういうことよ」
  映し出されているデータに頭を抱えていた。
マッシグラーとパワーダイザーが行ったのは緊急跳躍システムという物だ。
簡単に言うとマッシグラーの搭乗者を目的地へ文字通り跳ばす為のシステムである。
緊急で目的地に向かう為に造られたシステムで、衛理華はそれを利用して怪人を上空へと打ち上げようとしたのだ。
そして、それは上手く行った。上手く行ったが……行きすぎてしまう。
衛理華の考えではマッシグラーの燃料いっぱいで2万m近くまで打ち上げることが出来ると思っていた。
しかし、結果はそれを大きく上回って大気圏を脱出させてしまうというもの。
更にその際に起きる衝撃などを受けているにも関わらず、マッシグラーにダメージはほとんど無し。
それどころか燃料もかなり余裕があり、今は噴射飛行でこちらに戻ってきている最中のはずだ。
衛理華にしてみればあまりにも予想外。そのせいか冷静でいられたが――
「まさか、これもコズミックエナジーによるものなのかしら?」
  思わず、そんな疑問が出てしまうのだった。

 しばらくして、一夏は背中の噴射機構も使ってIS学園に戻ってきていた。
「さてと、織斑君。そのスイッチを切ってみて」
「あ、はい」
  衛理華に言われ、フォーゼのままの一夏は簪が持っていたスイッチを押してみる。
するとスイッチは火花を散らしながら黒い渦のような物に飲み込まれるように一瞬で消えてしまい――
「あ、うん……」
「かんちゃん」
「簪ちゃん」
  それと共に簪が目を覚まし、本音と楯無は嬉しそうな顔をした。
「スイッチを切ったからかしら? スイッチの方を調べることが出来れば良かったんだけど……仕方が無いか」
  このことにあごに手をやりながら衛理華は複雑そうな顔で考える。
スイッチが消えて調べることが出来なくて残念と思う一方、人の命が関わっているだけに良かったと思ってもいたからだ。
「え? あ、ああ……」
  一方、簪は辺りを見回してから事態を理解したらしく、怯えた様子を見せていたが――
「あ……」
  不意に楯無に抱きしめられ、思わず呆然としていた。
「ごめんね……わかっていたのに……何も出来なくて……ごめん、ね……」
  その楯無は涙を流しながら簪を抱きしめていた。
簪の状況がわかっていたのに何もしなかった自分。その自分がこの事態を起こしてしまったのだから。
だから、謝罪なんて出来る立場で無いことは理解してる。それでも謝りたかった。
「お姉……ちゃん……」
  その簪も恐る恐る楯無を抱きしめ、涙を流していた。
安心したというのもあるが、姉が自分を想ってくれていたことが嬉しかったからだ。
「2人とも良かった〜」
「これで一件落着ですね」
「そうでもないわね」
  その様子に喜ぶ本音と真耶。しかし、衛理華はため息混じりにそれを否定した。
「なぜですの?」
「簪さんだったわね? あなたさっき、スイッチをもらったようなことを言ってなかった?」
「え、ええ……マントとフードで全身を隠した人から……」
  そのことにセシリアは疑問に思うが、衛理華はそれに答えるかのように問い掛ける。
その問い掛けに簪は困惑気味に答えるが、それを聞いた衛理華は再びため息を吐いていた。
「あの、もしかして――」
「川岸君の時と同じね。目的はわからないけど、スイッチを渡してる奴がいる。
そういう奴がいるってことは、同じことが起きるかもしれないわ」
「ま、まさか……」
「ありえない話じゃないわ。第一、そいつが持ってるスイッチが1つだけとは限らないもの」
  その返事を聞いて困惑する一夏に衛理華は頭痛を感じながら答える。
そのことに真耶は否定しようとしたが衛理華はため息混じりに言い返し、その一言に場に重い雰囲気が漂ってしまう。
「だったら、なんとかしないといけないよな」
  変身を解きながら言い放つ一夏。
その目は真剣そのものであり、衛理華以外の誰もがその表情に見入っていた。
「確かに、そうなんだけど……ねぇ……」
「どうかしたのですの?」
  が、なぜか衛理華は深いため息を吐く。彼女も言った手前、なんとかしなければならないのはわかっているのだ。
その衛理華の反応に誰もが疑問に思い、セシリアが代表する形で問い掛けたのだが――
「お金がね、無いのよ」
「「「「「「「「……は?」」」」」」」」
  衛理華の一言に誰もが呆然としてしまう。答えた衛理華はというとうつむきながら盛大にため息を吐き――
「正確には研究費なんだけど、マッシグラーとパワーダイザー完成させるのに使い切っちゃって……」
「なんでそんなことを?」
「織斑君が来るまで研究成果なんてあって無かったような状態だったから、研究費が削りに削られちゃってね。
それにさっきは研究用ともしもの場合に備えてって言ったけど、どちらかというと研究用の意味合いの方が強かったのよ。
わかる形で研究成果を見せて、それで研究費の追加申請をするつもりだったの」
「だったら、大丈夫じゃないんですか?」
「申請したからってすぐにもらえる訳じゃないし、もらえたとしても雀の涙位の物でしょうしね。
マシンの整備とか考えたらすぐに無くなっちゃうと思うわ」
  話を聞いて疑問に思った箒が問い掛けると衛理華は落ち込んだ様子で答え、首を傾げる真耶の問い掛けには更に落ち込みながら答えた。
衛理華としても今回の事が早々起こるとは考えていなかったのだ。
見積もりが甘かったのは否定出来ないが、衛理華もこういった事態がすぐに起こると考えていなかったのもある意味仕方が無い。
なにしろ、非常識なのだ。人が怪人になって襲うという事態は。
ちなみにパワーダイザーからミサイルを撃つ際に衛理華が言っていたなけなしとはそのままの意味だったりする。
つまり、パワーダイザー用のミサイルは撃ってしまった数しかなく、予備などは一切無いのだ。
「それじゃあ、どうするんですか?」
「どうしようかしらねぇ……」
「なら、いい方法がありますわよ」
  一夏の問い掛けに悩む衛理華。
そんな時に聞こえた声に誰もが振り向くと、その先には立ち上がって閉じた扇子を持ちつつ不敵な笑みを浮かべる楯無がいた。
この時、簪は思った。いつもの姉だと。同時にその姿に安心感を感じているのだった。

 それから数日後――
「私はなんでここにいるのかしら?」
  衛理華はなぜか自問していた。
というのも今いるのがいつもの大学の研究室では無く、IS学園内にある倉庫の1つなのだから。
ただ、IS学園内ということもあってか中々立派な造りの倉庫であり、大学の研究室よりも広くて良い環境だった。
そして、その倉庫内に衛理華が大学の研究室で使っていた物の全てがそろっている。
余談だが、その機材の搬入に一夏達も手伝っていたりするが。
「あら、当然の措置かと思われますわよ?」
  そう言って現れたのは閉じた扇子を口元に当てる楯無。その横には簪と本音にもう1人の姿もある。
茶色がかった長い髪を結い上げてポニーテールのようにし、メガネを掛けた可愛らしく整った顔立ちはどことなく本音に似ていた。
彼女の名は布仏 虚(のほとけ うつほ)。IS学園3年生であり、本音の姉でもあり、生徒会会計でもあったりする。
「コズミックエナジーの性質を考えれば、その存在を知った者達によって大きな争いが起きかねない。
そうなれば、コズミックエナジーの大きな力を引き出せる織斑君に危険が及ぶ可能性もあります。
そうさせない為にも抑止力を含めた研究は不可欠。その為にここに来てもらったのです。
表向きはISに関する研究の一環としておりますので、余程のことがない限りは大きな干渉は無いでしょう。
それに資金の方も私達更識家から提供いたしますしね」
「それはありがたいんだけど……あれは何?」
  楯無の説明に一応の納得はする衛理華は呆れた様子である方へと指を差した。
その先にあるのは大きな垂れ幕。一夏に箒、セシリアや千冬に真耶も見ている垂れ幕にはフォーゼの顔が大きく描かれている。
その顔の左側には仮面ライダー部と書かれ、顔の下にはKRCと目指せ宇宙!という大きな文字が書かれていた。
「見ての通り、仮面ライダー部です」
「いや、それだけでは何が何だかわからんぞ」
  笑顔で答える楯無だが、千冬が鋭いツッコミを入れる。
まぁ、千冬の言葉通りであり、衛理華も同意するようにうなずいているのだが。
「いわゆるカモフラージュですね。
表向きは都市伝説となっている仮面ライダーに関することを調べる部活――まぁ、フォーゼとして活動する為の言い訳ですが。
それと星野先生は研究の為だけにここにいるというのも問題ですので、それを避けるためにこの部の顧問となっていただきます」
「大丈夫なのかしら、それ?」
「むろん、ちゃんとした対策はいたしますが、それには少々時間が掛かります。今回の事はその時間稼ぎと思ってください」
  呆れた顔で疑問を漏らす衛理華だが、説明していた楯無は笑顔のままで答える。
ただ、実は他にもあるのだが、ここでは話せない故にあえて話さなかった。
  そう、今はまだ彼らのことを話す訳にはいかなかったから――
「そう……まぁ、ここまでしてもらってるから文句は言わないでおくわ。それにここなら気兼ねなく研究が出来そうだしね」
  ため息を吐きながらも衛理華は笑顔で答える。確かにここなら一夏などをいちいち呼び出す必要も無い。
それに大学は上層部の無言の圧力などで居心地が悪くなっていた所でもあったし。
まぁ、大学の方は今まで大した研究成果を出せなかったので当然の反応とも言えるのだが。
大学側も衛理華がこちらに行くと知って、大手を振って喜んでいたのだし。
後日、大学側はこのことで大きな後悔をすることになるのだが――
「色々とあったけど、みんなこれからよろしくね」
「はい!」
  衛理華の挨拶に元気良く返事をする一夏。
そのことにその場にいる者達は笑顔を見せる中、虚は首を傾げていた。まぁ、彼女は今回の経緯を詳しく知らないのでしょうがないのだが。
その一方で、セシリアは複雑そうな顔を一夏に向ける。彼から感じるものがなんなのか? それが気になっていた。

 その為だろうか? 一夏とセシリアはスッカリと忘れていたのである。
自分達が対戦しなければならないことに――

 


 あとがき
そんなわけでなんとか怪人を倒し、更には姉妹の仲を取り戻せた更識姉妹。
しかしながら、新たに事件が起きる予感もあり――その為の備えをすることになった一夏達。
はたして、彼らはこれからどうなっていくのか……の前にやることがあったりするのですが――

というわけで、次回はクラス代表を決める為に対決することになった一夏とセシリア。
しかし、一夏のISは一次移行(ファーストシフト)が終わっておらず、苦戦を強いられることに。
さて、結果は? といったお話です。

それとご感想やご意見、ありがとうございます。
これからもがんばって書いていきます。いや、本当にね^^;
では、次回またお会いしましょう。

 

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