準備を始めよう

生き残る為に戦う事は罪じゃないと思う

命の尊さを知るから戦争は避けたいと願う

重さを知らない人ほど戦争を賛美する

知った時はどうするのか

私は知りたい



僕たちの独立戦争  第二十四話
著 EFF


(私は何故ここにいるのかしら?)

シャロン・ウィドーリンは祖父ロバートに言われた意味を考える時間が増えてきていた。

自分は何故クリムゾンにいるのか、分からなくなってきたのだ。

必死でここまで這い上がってきたのはクリムゾンを手に入れる為のはずだったが違うのかもしれないと思っていた。

(手に入れる為ならクリムゾンを名乗ればよかった筈よ。

 私は何故クリムゾンが欲しかったの?

 本当に私にはクリムゾンが必要だったの?)

今まで自分の過去を振り返らずに突き進んでいたシャロンにこの問題は非常にキツイものがあった。

シャロンもまた少しずつ変化していった。

彼女がクリムゾンという呪縛から解き放たれるのかはまだ分からない。


―――火星作戦指令所―――


「そういえばそろそろあの事件が起きるな」

火星の指令所で作戦立案中の休憩時間にクロノがポツリと呟いた。

「ナデシコで何か事件が起きたんですか、クロノさん」

偶然、側を通ったレイが聞いたのでメンバーがクロノを見た。

「……あの事件かクロノ。何度考えても信じられんのだが起きるのか?」

事情を知っていたエドワードが呆れるように言うと、

「興味があるわ。教えてくれないかしら」

とイネスが尋ねてきたので仕方なくクロノは答えた。

「契約の問題でストライキが起きるんだよ。

 ……それも今考えると馬鹿馬鹿しい事でな」

「戦艦でストライキですか……冗談ではないのですね」

「ああ、内容が冗談かと言える事だけどね。

 軍の戦艦では100%起きないね」

苦笑するエドワードを見ながら、クロノも楽しそうに笑っていた。

「ある意味ナデシコを象徴する事件だな。だとするともうすぐ火星に着くな」

「準備は万全です。レオンがノクターンで待機していますので、

 後はナデシコの到着を待つだけなので聞きたいですね」

エリスが尋ねるとエドワードを除いた全員が頷いた。

「……笑うなよ。契約書にな、小さく書かれた項目に気付いてストライキが起きるんだ。

 内容は恋愛に関する注意事項でな、交際は手を繋ぐまでだったかな。

 それを知ったクルーがネルガルの社員に契約の変更を求めて事件が起きるんだよ」

「「「「「「はあー?」」」」」」

クロノの解説にエドワードが笑いを堪えているのが珍しかった。

「すいません、……冗談ですよね。

 仮にも戦艦のクルーがそんな事でストライキなんか起こしませんよ、

 危機感が欠けているとしか思えませんよ、クロノさん」

「いや事実だ、エリス。俺は参加しなかったが今考えても理解できなかったな」

「それはお兄ちゃんが朴念仁だからよ」

イネスの断言に全員が頷いたがクロノは、

「何か納得できんのだが、俺は朴念仁なのか?」

「そうよ、クオーツくんも貴方に似ているわ。

 もしかして血がつながった兄弟じゃないかしら」

イネスの言葉に全員が頷いていた。

「クオーツはいい子だぞ。優しいし朴念仁ではないぞ」

クロノの声に全員が呆れたようにため息を吐いた。

「まあその件はいいとして、その事件は解決したんですかクロノ」

「いや木連の攻撃でうやむやになったな、ナデシコらしいイベントだな」

「何か変な戦艦ですね。大丈夫なんですか、クロノさん」

「ああクルーの条件は能力は一流、性格に問題があっても構わないだったかな。

 だから生き残れたんだろうな」

「確かにアレで生き残るにはクルーの能力によるものね。

 正直ネルガルには呆れたわ、私のプロットから改修して来ると思ったのにそのままで来るとわね」

アクアから送られてきたナデシコの情報を知ったイネスはネルガルの浅慮に呆れていた。

「それは自分達が技術を独占してると思ったんじゃないかしら」

「そうね、レイの言う通りだわ。

 火星の戦艦は隠したかしら、見せるのは不味いわ」

「ええキャンサーはディモスにあるけど他の艦はフォボスに待機させたわ。

 今動かせるのはユーチャリスUを除く14隻になります」

「ドック艦ユーチャリスUは動かさないのか?」

「あれは大きすぎてジャンパーはクロノしか使えません。

 それにあの艦はアクアか、クロノが乗艦して制御しないと性能を満足に発揮出来ません。

 今回クロノはナデシコに対処してもらうので出番はありませんので。

 アクアに制御してもらいますがナデシコから無事に降りられるか分かりませんから」

「その点は大丈夫だろう。

 プロスさんも契約を反故にはできんぞ。

 アクアも火星で降りられるように手を打っているからな」

アクアの問題にクロノが答えるとイネスが訊いてきた。

「それってどういう事かしら?」

「ナデシコの艦長は士官学校を卒業したばかりの素人だ。

 戦術に関しては問題はないが艦長としては問題のある人物なのさ。

 当然艦長が起こすトラブルをアクアやムネタケが解決しているから艦内の信頼関係に問題が出てくる」

「そういう事……アクアがいると火星での行動次第では艦内で反乱でも起されると不味いって事ね」

「だからディモスに停泊した時にアクアは艦から降りる事はできると思う」

「ではユーチャリスUも数に入れるようにしますか?」

『では私も準備をしておきます、レイさん。

 各コロニーの防衛は無人機のブレードを主力にします』

「そうね、エクスストライカーを配備できたので五分以上に戦えますが、

 まずはチューリップの破壊に全力を注ぎましょう。

 今なら木連の艦艇にも限りがあるので大丈夫ですが、火星を木連から解放するには必要な事です」

「そうですね、レイさんの言う通りです。火星は私達の大地です、取り戻しましょう」

「では最終確認に入りましょう。

 まずは各コロニーの守備ですが無人機のブレードを中心に配備します。

 また最前線のアクエリアとノクターンにはエクスを搭載したキャンサーとジェミニを配備し防御を固めます。

 他の艦は衛星軌道よりグラビティーブラストの宙対地攻撃を敢行します。

 各コロニーよりエクスストライカーによる攻撃でチューリップの破壊と各部隊の旗艦の撃沈。 

 そして残存兵力の掃討戦に移ります、問題がありますか?」

「俺は北極冠コロニーに向かう事になるだろうが1機でいいぞ。

 ライトニングがあれば問題は無いな、予備にC・Cを300個貸してくれ。

 万一の時はナデシコを強制にジャンプさせる事ができる様にしたいからな」

「分かりました、クロノの実力なら問題はありません。

 ライトニングはクロノ専用機みたいなものですからね。

 あれのおかげで火星の戦力は増えました。

 地球との関係を維持しなければならないので撃沈は避けるべきですね」

『では私から一つ提案があります。

 ナデシコ拿捕後、火星全域にハーメルンシステムを発動させます。

 これによって木連の無人戦艦と無人機を我々の物にして次の戦闘に使用したいと考えます。

 無論制御を奪われたなどと理解できないようにしておきますので安心して下さい』

「第三次火星会戦の準備も必要だから戦力は多い方がいいな」

『はい、私がソフトを書き換えますので木連には制御を奪い返す事はできません。

 ハードが同じでもソフトの差で同数であれば負ける事はありません』

「それはいいですね。

 宇宙軍の艦艇が十分になるまでは助かりますよ」

戦力差を考えて少しでも差を埋める事が出来ると思うと全員が喜んでいた。

そんな中でエドワードがクロノに告げる。

「クロノ、ナデシコに帰ってもいいんだぞ。あそこはお前にとっての故郷だろう」

その言葉にスタッフ達もクロノを見ている。

クロノに抜けられると困るが、帰りたいと願う者を止めるのは出来ないからだ。

「エド、俺は火星に残って最後まで戦うぞ。

 俺は歴史を変えた責任を果たさないとこの先後悔する事になるからな」

「分かった余計な事だったな、クロノ」

「気にするな、家族を残してここを離れる事などできないだろ。みんなも」

クロノの笑みに指令所の雰囲気が変わり作業を再開した。

生き残る為の戦いが始まりが、そこまで近づいていた。


―――木連作戦会議室―――


「火星との決戦において閣下はどうされるおつもりですか?」

秋山のこの一言に草壁は聞き返した。

「どうとはどういう意味かな?」

「一応休戦しているので、それなりの条件が必要だと思うのです。

 問答無用で火星に攻撃するのは卑怯な気がするのです。

 戦争なので綺麗事をいう気はありませんが、木連の正義には相応しくないように思えたので」

この一言には士官達も納得したが、草壁には都合が悪かった。

「閣下の唱える正義には不都合だと思うのです。

 戦争終結後、勝者である木連は休戦を平気で破る卑怯者達の集団だったなどと敗者の陰口を聴きたくはないです。

 一応、火星に連絡を取って地球の戦艦をどう扱うか聞くべきではないでしょうか?

 その結果、戦闘になれば我々の力を火星に見せても大丈夫です。

 正義は我々にあるのですから」

納得している士官達の前で草壁は内心苦々しく思いながらも秋山の意見に賛成した。

「秋山君の言う通りだな。

 では火星に連絡をとる事にするが準備だけは進めておこうか?」

「ですが先の火星の報復核攻撃で艦艇の補充も満足ではありませんので、

 現状では約7000隻の戦艦しか木連には残されておりません。

 火星が共倒れを考えた時の為に防衛用の艦艇を木連に置かなければならないので閣下の裁量でお決め下さい。

 火星に待機してある艦艇が3500隻あります。

 勝利しても市民に被害が出ては市民の不安が増大して戦争の終結を望む声も出ると思いますので、

 防衛は万全の状態にして完全勝利しましょう」

草壁は秋山の話す内容を聞いて考えていた。

(ここで戦争の終結は不味いな。

 私は勝ち続ける方法を選択した以上は途中で終わる訳にはいかんのだ)

「秋山君はどう部隊を動かすのだ」

「はい、火星に休戦の終了を告げる際に十二時間の猶予を与えます。

 その時に次元跳躍門を使用して部隊を展開させます。

 火星が木連に従わない時はそのまま侵攻して火星を殲滅します。

 従う時は火星に木連の市民の移住が出来るので問題はないと思います」

(問題はあるが火星が従わない方向に持ち込めば大丈夫か?

 秋山を交渉の場から離しておけば、勝手に交渉は決裂するな)

草壁はそう考えると全員に指示を出した。

「よろしい、秋山中佐の意見に反対がなければ実行に移すとしよう」

「では閣下、私は備えとして防衛艦隊の再編を南雲少佐と行えばいいですか?」

「うむ、秋山君は南雲君と協力して防衛艦隊の再編をするように」

草壁は労せずして秋山を交渉の場から排除できるので秋山の発言に賛成していた。

(これで火星と本格的な戦争に突入するが防衛用の艦艇を残せるだけマシだと思うしかないな。

 火星に勝てると思っているんだろうな)

秋山は冷めた目で熱狂する士官達を見つめていた。

南雲と新城は以前聞いた秋山の意見に最悪の事態が起きない事を願っていた。


―――ナデシコ ブリッジ―――


「困ったわね。火星に着く前に一戦交えたかったのだけど」

「そうですね」

ムネタケが話すとアクアも賛成していた。

「そうなの、戦わなかったのがいけないの」

二人の会話にミナトが訊ねてきた。

「でも問題ないんじゃないですか?」

メグミも同じ様に訊くと、

「いえ問題だらけです。

 対艦フレームのテストは終わっていますが、木星蜥蜴の戦力も判らない状態で火星に着くのは危険です」

「いい事言うわね、ホシノさん。

 アクアちゃんの一番弟子だから当然かしら」

ムネタケが感心するように話すと、

「これでおしゃれに気を遣うと良かったんですが」

ため息混じりで話すアクアにミナトが頷いていた。

「そうよね〜ルリルリももう少しおしゃれの事を気にしないと」

「ですから一度着たじゃないですか。

 私には似合いませんよ、ピンクハウスとかゴスロリなんて服装は」

呆れるように話すルリに二人は悲しそうに話す。

「良く似合っていたわよ。

 お姉さんとしては完璧なコーディネートしたのに」

「私もそう思うわよ。

 特にゴスロリ系なんて見事だったわ〜♪。

 もう一度着てみないの?」

ミナトは二人の部屋で一度見たルリの姿をもう一度見たいと思っている。

(アクアちゃんも見事にコーディネートしたわね。

 元々素材が良い事は判っていたけど……本当に可愛かったわ。

 カメラを用意しなかったのは最大の失態だったわ)

「恥ずかしいから着ませんよ、ミナトさん」

次こそは記録したいと思うミナトにルリは嫌そうに話す。

「でも慣れないと困るわよ」

「どういう意味ですか?」

「今は教えてあげる事は出来ないの。

 でもとっても重要な事なのよ、ルリちゃん」

複雑な表情で話すアクアにルリは再び聞いた。

「それはどういう意味なんですか?」

「今はまだ早いのよ。

 いずれ時が来たら必ず教えてあげるから信じてね」

迷いながら話すアクアにルリは仕方ないといった感じで応える。

「分かりました。今は聞きません……ですが」

「ええ、必ず話すわ。

 これは大事な事だから約束するから信じてね」

「……はい」

真剣に話してくるアクアにルリも我慢する事にした。

(どうも私にとって重要な事なんですね。

 今は言えないという事はいずれ分かる事でもあるんでしょうか。

 ではその時を待つしかないですね)

ルリはそう自分に言い聞かせる事にした。

「アクアさん、火星での交渉なんですがどうすればいいですか?」

ジュンの意見に全員がアクアに顔を向けていた。

「そういえば艦長は何処にいったのかしら?

 今日は全員来るようにしたんだけど、プロス……何か聞いてる?」

ムネタケがプロスに聞くと、

「いえ、何も聞いていませんがおかしいですね」

「僕も聞いていませんので遅刻かも知れませんね」

プロスに合わせる様にジュンも話した。

その時、ブリッジにユリカとウリバタケ達が武器を手に入ってきた。

「ウッウリバタケさん、何事ですか。何かありましたか?」

ジュンが尋ねた時、ウリバタケがメガホンを手にして叫んだ。

「我々はネルガルに断固抗議する――、この契約条項の撤回を要求する」

口々に叫ぶその姿にブリッジのメンバーは呆然としていたが、

「皆さん、どうかしたんですか。問題でもありましたか」

プロスがいつもの様に平然と訊ねるとウリバタケが、

「プロスの旦那、これは何なんだ。この条項は!!」

契約書の一文を指して、ユリカが話す。

「乗艦中は男女交際を禁止にはしませんが、艦内の風紀を守る為に手を繋ぐまでにしますってなんですか!

 プロスさん!これは何ですか、すぐに撤回して下さい。

 これじゃアキトと何も出来ないじゃないですか!!」

「リョーコさん達も遊んでないで真面目に仕事して下さい。ダイゴウジさんもテンカワさんも」

アクアが呆れるように話すとアキトとガイが話した。

「アッアクアさん、俺はリョーコちゃんにここまで引っ張られてきたんです。

 こんな事なら来ていませんよ」

「俺もです。訳も言わずにここまで連れて来させられました……博士、見損なったぜ!」

二人はウリバタケ達から離れ、お茶を飲んでるフクベ達とゴートの所へ行った。

それを見たウリバタケが叫ぶ。

「お前ら裏切るのか、卑怯だぞ。

 ホントに男か、まさかホモかっ?」

「博士!俺達は火星の人を救う為に来たんだ。

 遊びに来たんじゃないぜ、目を覚ませ!」

「そうですよ、みんなも落ち着いて話せばいいだろう。

 ケンカはマズイよ」

「契約書を読んでサインされたのですから、問題があれば契約の際に言わないと困りますな」

プロスが落ち着いて話すと、

「馬鹿野郎!!何処に恋愛して手を繋ぐまでなんてあるか、ここは幼稚園か」

ウリバタケがリョーコとヒカルの間に割り込み手を繋いで言うと二人が、

「「調子に乗るな」」

と肘鉄を加えてたがジュンが、

「ウリバタケさんは既婚者じゃないですか……」

と突っ込んだがその声は無視された。

「俺は若いんだ!こんなのでまともな恋愛が出来るか」

「そうですよ、これじゃアキトといちゃつけませんよ〜〜」

「それが困るんです。

 エスカレートすれば、妊娠、出産がありますしナデシコは戦艦で託児所ではありません。

 契約した以上は従って下さい。内容は確認された上でサインしたのですから」

「こんな小さく書かれて気が付くか!!」

「そういえばアクアちゃんは片道だけど条件は同じなの?」

ミナトが言った言葉に全員がアクアを見た。

「そうですね。その条項は知ってました。

 意味が無いからそのままにしましたがプロスさんに後で揉めるから消した方がいいと言ったんですが。

 ミナトさんはどうしたんですか?」

「私は消したわよ〜。

 契約書は隅から隅まで読んで、更に相手の揚げ足取る位の気持ちで契約しないとね〜」

あっさりと答えるミナトにアクアは頷いて話す。

「そうですね。それが正しい契約の仕方ですね。

 ルリちゃんも覚えといてね」

「はい、私も契約書は読みましたがその条項は意味が無いからそのままですが」

3人の声に全員が何も言えなかった。

「まさにその通りですね。契約とは絶対のものですから、従って下さい」

プロスが契約書を突き出し、

「ふざけるなよ。コイツが見えねえか」

ウリバタケ達が銃を突きつけ睨み合った。

「さて副長、私達は食事に行きますので後はお願いしますね」

アクアがどうでもいい様に話してルリとミナトとブリッジを離れようとした時、

「アクアさん、自分に関係ないから逃げるんですか……無責任ですね」

とユリカがアクアに告げると周囲の空気の温度が下がり始めた。

「そうですね、ムネタケさんにプロスさん。

 この反乱者達を処理しますが……問題ないですね」

と冷たく殺気を周囲に撒き散らし、クルーを震えあがらせた。

「おっお待ち下さい、アクアさん。

 これだけの死者を出すのはマズイですからそれはやめて下さい」

「そうよ、アクアちゃん。落ち着きなさい」

プロスとムネタケがが慌ててアクアの前に立ち仲裁を開始したが、

「何故ですか、契約を守らず銃で脅す人間を許す程、私は甘くはないですよ。

 契約する際にきちんと読む事なのにしていないくせに文句を言うなど認められません。

 痛みを知らないから銃を使用して脅す事が平気で出来るんです。ならば痛みと恐怖を知って貰いましょう。

 二度と安易に人に銃を向けない様に身体で知って貰いましょう。

 大丈夫ですよ、殺しはしません。

 手か足を撃ち抜くだけにしますから、床が血で汚れますが後で掃除しますね。

 それとゴートさん、銃は抜かないで下さいね。

 反射的に射殺するかもしれないので」

その一言にゴートは寒気を覚えて動きを止めた。

(本気だな、不味いぞミスター)

アクアが何でもないように宣言すると両手にはいつの間にか銃を持っていた。

「……ルリちゃん。私が一番嫌いな人はね、

 力の意味を知らずに自分の都合のいいように使って平気で人を傷つける人間の姿をした馬鹿達なの。

 ルリちゃんも知ってるでしょう……研究所にいた、人をモルモット扱いする奴等を。

 許さないわ、その行為がどれだけ人を傷つけるのか思い知りなさい」

次の瞬間、アクアの姿が霞むとウリバタケ達の前に現れては消える度に一人ずつ倒れていった。

「さて艦長、手と足の何処に銃弾が欲しいですか、今ならリクエストに答えますよ」

額に銃を突きつけられユリカは慌てて手にした銃をアクアに向けたが弾き飛ばされた。

「何処がいいか、聞いてるんです。答えてください、艦長」

何の感情もなく静かに告げるアクアにユリカはアキトに泣きつく。

「アッアキト、助けてよ〜。ユリカのピンチなんだよ〜、王子様なんだから助けてよ〜〜」

「みっともないですね。自分の問題は自分の手で解決してください、艦長。

 テンカワさんは優しいからユリカさんを救いますか。

 自分の言い分を通す為に平気で人を傷つける優しいお姫様を助ける王子様になりますか。

 今まで見てきてどちらが悪いか判断も出来ないのならその足元の銃で私を撃ちなさい。

 愛するユリカさんを守る為に私を殺しなさい」

アキトが何も出来ないでいるとユリカが、

「アキト〜助けてよ〜、王子様なんだからユリカを助けなさ〜い!」

その一言にアキトがユリカの前に立ち頬を叩いた。

「馬鹿を言うなよ、悪いのはユリカだろ。

 アクアさん達に謝れよ」

「どっどうしてよ、ユリカの言う事を聞かない人に謝る必要があるのよ〜。

 私は艦長で一番えらいんだよ!アキトも私の言う事を聞かないとダメなんだよ!!」

「あっあのな、自分の都合のいいように「無駄ですよ」……アクアさん」

アキトの声に重ねたアクアの声に振り向くと泣きだしたアクアが、

「何を言ってもアキトさん声は届きません。見ていないんです……アキトさん自身を」

「……アクアさん。

 そうですね。食堂に戻ります、仕事がありますから」

アキトがただ静かに去って行ったのを見て、アクアは泣きながらルリに話す。

「ルリちゃんは忘れないでね。

 自覚の無い力ほど危険だという事を、あの研究所の人達のようにはならないでね。

 命を軽んじ、下卑た笑いで小さな子供すら平気で切り刻むような人間には。

 プロスさん、少し席を外します。

 ……すいません、仕事中に」

「いえ今日はこのままお休み下さい。貴女と契約した時に注意すればよかったんです。

 余計な事を思い出させて、誠に申し訳ありません」

プロスが深々と頭を下げ謝罪をしたのを見てクルーはいたたまれなくなった。

自分達の行為がアクアを傷つけた事を。

そしてアクアが人ではなくモルモットとして扱われた過去があった事を。

いつも明るく元気なアクアが疲れきった様子でブリッジを出ていく姿にルリはショックを感じていた。

そんなルリをミナトが優しく抱き寄せて落ち着かせていると、

「ヒドイよね〜艦長に銃を向けるなんて、ユリカが一番えらいのにね〜」

脳天気なユリカにクルーは呆れて何も言えなかったが、ルリがユリカに向かうのをミナトが止めた。

「ル、ルリちゃん、奢るからご飯食べに行こうか。

 プロスさん、いいかしら」

ルリの肩を押さえて話すミナトを見てプロスは頷く。

「そうですね、どうぞ行ってきて下さい。

 皆さんも解散して下さい。

 この件は後日、代表者を出して相談しましょう」

ルリの様子を見て危険だと判断したプロスは許可するとウリバタケに話した。

「……分かった、悪かったな頭に血が昇っちまったようだ。

 すまん、プロスの旦那」

二人の声を聞きながらミナトとルリはブリッジを後にした。

食堂に向かう途中でミナトが静かに諭すように話す。

「ルリちゃん、艦長に何を言っても無駄よ。だからアクアちゃんは言わなかったの。

 分かるなら言っていたわ。だけどそうしなかったその意味は判るわね」

「……はい、悲しいですね。あんな人が艦長だなんて」

「そうね、ルリちゃんは大丈夫ね……痛みを知っているから」

「アクアお姉さんは酷い場所で生きてきたんですね。

 どれだけの痛みを味わったんでしょうか」

「……私達には分からないし、何も言えないわね。

 でもね、同情はしちゃダメよ。アクアちゃんはそんな事を望んでないわ。

 私達はいつもと同じように接してあげましょうね」

「そうですね。いつもと同じように甘える事にします。

 でもいつか守れるように強くなります」

「そう……じゃあ大きくなる為にたくさんご飯を食べて元気になろうね」

「はい、アクアお姉さんが普通の人の倍は食べないと発育不良になるって教えてくれました」

「そうなの、どうしてかしら。……アクアちゃんも結構食べてたね」

「体内のナノマシンが多くて食べないと栄養が盗られるそうです。

 そのかわり多く食べても太る事がないそうです」

「……いいのか、悪いのか判断し難いわね」

「大食いの女の子はいいとは思えませんし、

 サプリメントで栄養を取って食事は少し多めにする位がいいかもねとお姉さんは言ったました」

「そうね、普通の食事をしてばれないようにするか、こまめに分けて数を増やすしかないか」

「私も言われるまで分かりませんでした。

 このまま行くと胸はぺッタンコよと注意されました」

「アクアちゃんもハッキリ言ったのね〜。ルリちゃんは嫌なんだ」

「ないよりはあったほうがいいかと思うんですが間違いでしょうか」

「これは好みの問題だからルリちゃんの思うようにした方がいいわ」

「出来ればメグミさんよりは欲しいですね、ミナトさんまではいりませんが」

「そうね〜大きいと肩が凝るし、良いとは言えないから難しいね」

二人は暢気に話しながら食堂へと向かった。

ミナトはルリを見ながら、

(アクアちゃんの教育はいいわね〜。

 将来が楽しみね〜美少女になるからモテルし、大変だけどね〜)

ルリの未来を思い浮かべていた。

ナデシコが火星に到着するのはあと少しであった。


部屋に戻ったアクアは悲しくなってきた。

分かっていた事だったが、ユリカはアキトを見ていなかったのだ。

先程の一件でアキトはユリカに疑問を抱いたがクロノの痛みは消えない事を思うと悲しかった。

「どうして、どうしてこうなるのかしら分かっていたのに」

『アクア様、気をしっかりと持って下さい。

 残念ですがこうなる事は最初から理解していたはずです』

自分からは声をかける事がないダッシュがリンクを通じて話してきた。

(ええ、分かっていたけどやりきれないのよ)

『私からマスターに連絡しましょうか。

 せめて一言でも話されるとよろしいかと』

(ありがとう、ダッシュ。

 でもそれはダメなの、クロノには言えないのよ。

 あの人を傷つけたくはないの)

自分を気遣ってくれるダッシュを嬉しく思うが、クロノの負担にはなりたくないとアクアは告げる。

『分かりました、アクア様。

 マスターには伝えませんが、苦しい時は私でよければお聞きしますのでどうか一人で苦しまないで下さい』

(ええ、大丈夫よ。

 ごめんなさい、ダッシュ。心配をかけるわね)

『私の願いはマスターに幸せになって欲しいだけです。

 その為にはアクア様が側にいてくださらないと困りますから』

わざと利己的な言い方をするダッシュにアクアは微笑むと、

(そんな言い方をしなくてもクロノは私とダッシュで幸せにしますよ。

 もっと強くならないとダメかしら)

『いえ、アクア様は十分強いですよ。

 それでは何かありましたら連絡をして下さい。

 私はアクア様を大事な人だと思っています』

そう話すとダッシュはリンクを閉じた。

自分を大事に思ってくれるダッシュにアクアは感謝していた。

(大丈夫、私には大事な家族がいるのよ。

 こんな事で挫けないわ)

火星にいる家族を思いながらアクアはベッドへと倒れ込んでいた。

その顔は穏やかになり、ゆっくりと目を閉じて眠りについた。


―――ネルガル 開発室―――


シミュレーターの扉が開いて、ミズハが出てきた。

「凄いですね、プロトエステから乗ってきましたが感覚が全然違いますよ」

機動状態をチェックするスタッフも真剣な様子で画面を見つめていた。

「お疲れ様、ミズハ」

「どうだった?

 対艦フレームの乗り心地は」

タオルを差し出して話すエリノアとリーラにミズハは答える。

「出力が増えた分、扱い難くなりましたね。

 でも武装の強化は大きいですよ」

モニターで機動状況を見ていた二人は頷くと話した。

「そうね、数を揃えるとチューリップも落とせるわね。

 正直出来あがるまでは半信半疑だったけど……いい機体ね」

「これならクリムゾンの機体にも対抗できるかもね」

楽しそうに話す二人にミズハは聞いてみた。

「クリムゾンの機体って火星で開発されて実戦配備されていますよね。

 そろそろ新型が出来ると思うんですがどう思います?」

「そうね、私なら最初の機体を基に二つに分けるわ。

 火力を重視した機体と機動性を重視した機体にするわね」

「時間をかければ両方を統合させた機体も出来るけどね」

二人は意見を出し合うとミズハに話した。

「問題はエンジンね。

 次の機体にはどのエンジンを搭載するかで機体の能力も決まるわ」

エリノアがミズハに話すと、

「相転移エンジンって搭載できますか?」

ミズハの疑問に二人は考え込んでいた。

「確かに相転移エンジンを組み込めば無限に近い航続距離が稼げるわね」

「でも無理よ。

 相転移エンジンの小型化はウチでも苦労しているから。

 でもどうしてミズハはそんな事を考えたの?」

エリノアの質問にミズハは答える。

「エステは小型だから無理でもブレードなら大丈夫かと思うんです。

 もし出来たら凄い機体になると思ったらワクワクしませんか?」

楽しそうに話すミズハに二人は呆れていたが、ミズハの意見には賛成していた。

「確かに出来たら凄いわね。

 ナデシコほどの出力は無いかもしれないけど、グラビティーブラストを搭載できるかも」

「だとしたら危険ね。

 ナデシコは火星で撃沈されるかも」

リーラが呟いた言葉に二人だけでなく周囲のスタッフも驚いて声が出なかった。

彼らも技術者としてナデシコと火星の戦力を比較すると危険だと判断した。

「もう遅いけどね」

エリノアの意見に全員が最悪の事態を想像していた。

開発スタッフの想像通りになるかはまだ分からない。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

開戦前の木連の状況を入れてみました。
次は地球の様子も書いてみたいですね。

では次回でお会いしましょう。

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