一つの戦いは終わり

次の戦いへと俺達は歩き出す

目指す先は平和な明日

されど其処へ辿り着くまでの道のりは険しい



僕たちの独立戦争  第三十六話
著 EFF


「ルリちゃん、あなたもお姉さんだからみんなを止めてくれないと」

戦艦に密航してきた子供達にアクアが困った様子で注意する。

アクアの後ろにいるクロノは子供達が密航してまで付いて来た事に複雑な思いでいる。

自分達で考えて行動するようになる事は嬉しいが、子供達を戦場に連れて行く事を二人は親としては避けたいのだ。

「だって〜ジュール兄ちゃんに会いたいんだよ」

「そうだよ、やっと会えるんだよ」

ジュールと同じ銀髪の二人の子供がルリを庇うように自分達の思いを訴える。

「地球は危険な所なの。

 またあの暗い場所に連れて行かれる危険もあるのよ」

子供達に危険を教えるアクアだが、子供達も自分の思いを訴える。

「ママが…いないと……さびしいの」

涙目で話す赤毛の幼子にアクアは慌てて話す。

「な、泣いちゃダメよ、カーネリアン」

「だ、だって、うぅぅ……」

泣き出すカーネリアンにつられて、連鎖的に涙目になっていく年少組の女の子達を見て、アクアはクロノに振り返る。

ため息を吐いたクロノはアクアに頷いていた。

「ダッシュ、オモイカネ」

『はい、アクア様』

『何、アクア』

「子供達の安全を確保できるように周囲の監視レベルを引き上げて」

『『オッケーだよ♪』』

アクアの声に子供達は顔を上げてアクアを見つめる。

困った顔で子供達を見るアクアは諭すように話していく。

「気をつけるのですよ。

 外に出る時は必ず私か、クロノ、マリーに話してグエン達と一緒にいるんですよ」

アクアが仕方なく許可を出すと子供達は笑顔で頷いていた。


「グエン、大事な話がある」

「おう」

クロノがグエンを呼んで自室に戻ると、

「ダッシュ、オモイカネ、ここでの会話は記録するな。

 お前達だけで管理するように」

『『はい』』

今まで以上に緊迫した雰囲気のクロノにグエンは重要な事なのだろうと判断した。

「俺とアクアがクリムゾンを除く企業の実験施設を破壊した事は知っているな」

「ああ」

「おそらく彼らは俺達に牙を向ける事は少ないと思うが、クリムゾンは別だ」

クロノの考えを知ったグエンは頷く。

「分かった。内部の動きに注意する」

「すまんな」

「いいさ、アクア様には言えんからな」

身内の恥を知らせたくないと思うグエンにクロノは深刻な顔で話す。

「いや、そうじゃないんだ。

 動くとすればリチャード・クリムゾンの可能性があるんだよ。

 あいつは今追い詰められている。

 手段を選ばずに行動する可能性と、科学者達にいい様に動かされる事もあるんだ」

クロノの考えを聞いたグエンはアクアの事を考えると悲しくなってきた。

「父娘で争う事になるのか?」

「最悪は俺一人で処理する。

 アクアやジュールに親殺しをさせる事だけは絶対に避けなければならない」

「ジュールとは?」

「クリムゾンのマシンチャイルドの父親側の遺伝子提供者は全てリチャードだ。

 その最年長がジュール・ホルストだ」

その言葉を聞いたグエンは眩暈がしてきた。

「つ、つまりモルガもヘリオもアクア様とシャロン様の弟なのか?」

「生まれた形は違えど、血の繋がった姉弟である事は間違いない」

はっきりと告げるクロノにグエンはとんでもない秘密を聞かされた気分になっていた。

「ジュール、ヘリオ、モルガはまだその事は知らない。

 俺もロバートさんから聞かされた時はどうするべきか……迷ったよ」

「はあぁぁ」

大きなため息を吐いてグエンは聞くんじゃなかったと思っていた。

(火星に無理にでも引き止めるべきだったか)

今更遅いが、まさに後悔先に立たずだと昔友人に聞いた格言を思い出していた。

「クリムゾンの内部の方は昔の伝手を使って調べておく」

「頼むよ」

『周囲の監視は我々に任せて下さい、マスター』

『キッチリ仕事をするからね』

「俺はアクアを悲しませる事はしたくはないが、アクアと子供達に親殺しは絶対にさせんぞ」

自分が汚れ役になっても構わないとクロノは宣言する。

グエンも地球での作戦に今まで以上の緊張を伴う事になると判断していた。


「くっそぉ―――!

 何で勝てねえんだよぉ―――!」

シミュレータールームでシンの叫びが響いていた。

「フッ、坊やだからさ♪」

たまたま休暇を使って、クロノに同行したレオンがシンを相手に遊んでいた。

「いい加減……諦めたら、シン」

ルナの呆れる声に周囲のパイロット達が頷いていた。

初めて乗る火星の新型機の前に全員が苦労しているので、シンに勝ち目はない事は理解していた。

「大体よぉ、エクスを満足に扱えねえのに俺の相手になるわけねえだろ」

シミュレーターから出てきたレオンが呆れるように話すと、

「ならブレードで勝負だ!」

負けず嫌いのシンは機体を変えて戦おうとしていた。

「お前なあ……嬢ちゃんも大変だな」

ため息吐いてルナに話すレオンに、

「いつもの事です」

とルナはシンをじっと見ていた。

「しっかり尻に敷いとけよ。

 こういうタイプは何処に行くか、わからんからな」

レオンの意見に周囲のパイロット達もルナの苦労を思い苦笑する。

「な、何なんすか?!」

「分からんなら言ってやろう。

 お前は一人で突っ走る特攻馬鹿になる可能性が高いんだよ。

 お前一人が死ぬだけならまだマシだが、

 チーム全体に迷惑を掛けるような状況になるようならパイロット失格なんだよ」

「そ、そんな事……」

レオンの考えにシンは否定しようとするが、レオンの鋭い視線に言い返せなかった。

「家族を殺されて怨みがあるのはお前だけじゃねえんだよ。

 此処にいる奴は大なり小なり何かを失った奴ばかりなんだぞ。

 悲劇の主人公気取りなんざ、反吐が出るんだよ」

怒りを見せるレオンにシンは悔しかったが、何も言えずにいた。

「くっ」

「この中で一番苦労しているのはクロノだぞ。

 あいつはボソンジャンプのせいで家族も未来も何もかも奪われて此処に来たからな」

「……それって」

ルナが何も言えずにいるシンの代わりに聞く。

「悪いがこれ以上は俺には言えん。

 火星の住民は誰もが何かを失った奴が大半なんだよ。

 別に憎しみの炎で戦うのが悪いとは言わんが、周囲の人間も巻き込んで焼き尽くすような真似だけはするなよ」

「お、俺はそんな事……」

自分が憎しみに囚われていると言われてシンは動揺していた。

「お前が死ぬのは勝手だが、嬢ちゃんを泣かせるような無様な事はするなよ。

 惚れた女ひとり幸せに出来ないからお前は坊やなんだよ」

「レ、レオンさん!」

からかうようなレオンの言い方にルナは顔を真っ赤にして抗議する。

「もうちょっと素直になるんだな。

 まあ今のこいつの状態ならそのままでも良いが、一皮剥けたら逃げられるぞ」

レオンに頭を撫でられて、ルナは顔を真っ赤にしていた。

その様子にシンは何故か腹が立ってきた。

「おっ、半人前が嫉妬か?」

シンの様子に気付いたレオンが言う。

「な、何でそうなるんですか!?

 お、俺はこんなじゃじゃ馬なんか――」

「どういう意味よぉ―――!」

「ぐほぉっ」

見事なボディーブローを決めたルナにシンは崩れ落ちていく。

「……お前らもっと素直になれよ」

呆れるように二人に話すレオンであった。

パイロット達は日常茶飯事になっている光景に苦笑するだけだった。


―――ネルガル会長室―――


「ナデシコの改修計画は進んでるかい」

「ええ、開発室は文句を言っていたけど作業は順調に進んでいるわ。

 エステの改良もあるから、半数以上がサセボに出張中だけどね」

「聞いたよ、エステカスタムだろ……僕の機体より性能が上なんだって」

アカツキが楽しそうに話すとエリナは嫌そうにしていた。

「あのねえ、火星がくれた機体なのよ。

 私達の未来の技術で作られた機体なのよ。

 そこのところ分かってんの!」

「やれやれ、とんだパラダイムシフトだね。

 火星は未来の技術を実用化して、しかも応用しているときた。

 この分じゃ、まともに戦えばまず勝てないかな」

叫ぶエリナに肩を竦めて話すアカツキだった。

「しかもジャンプ関連では第一人者のイネス博士が火星の陣営に味方するわ。

 彼女は火星の住民だから地球連合のした行為を許さないわよ」

「火星の住民は完全に地球から離反するだろうねえ」

「ええ」

状況を考えると頭の痛い事になりそうだとエリナは思う。

軍との問題はムネタケ副提督が上手く間に入ってくれたので、喧嘩別れする事はなかった。

しかも市民にも威力偵察を強硬にした事にして責任を回避する方向にしてくれた。

残す問題だけはフォローできないと言われたが十分助かっているのだ。

混乱する軍に問題をすり替えるように誤魔化しただけだが、ネルガルにとっては幸運だった。

(後は火星からの賠償請求が来た時にどう対応するか次第ね)

これが一番困った問題だと思う。

木連との事前交渉の件を暴露されたら市民の非難はネルガルにも飛び火するだろう。

現在、市民団体の一部が連合に百年前の月の独立事件の内部資料の公開を求めている。

ネットではハッカーの一人が連合軍のセキュリティーを突破して内部資料をアンダーグランドで公開してしまった。

その際に連合政府のネメシスの件も同時に暴露されて連合政府の信頼は失墜している。

連合政府は混沌と化している。

月も今は戦時中だから軍の援助が必要だけど、今の連合からの脱退を考える者が増えるかもしれない。

アメリカ、欧州、アフリカ、極東、オセアニアの各地区の意見もバラバラだった。

アメリカはいつもと同じ力の論理で火星の言い分など認めない。

極東も中途半端などっちつかずの玉虫色の答えしか出さない。

アフリカは木連の攻撃を防ぐ事で手一杯なので火星に関しては後回し。

欧州も一進一退の攻防が続いているから火星に関しては中立の立場。

問題はクリムゾンの本拠地のオセアニアだろう。

クリムゾンが火星とライセンス契約したブレードストライカーのおかげか。

オセアニア本土は完全に木連の無人兵器の排除に成功したので、

オセアニアを中心にした赤道上の島国の小国家連合は火星の独立を承認している。

(クリムゾンは火星と協力関係にあるから、オセアニアは親火星派なのよね。

 アフリカ戦線にクリムゾンの戦艦がオセアニアから派遣されるからアフリカも火星の独立を認める方向になるか。

 これで欧州か、極東の意見が変われば火星の独立も決まるわね)

エリナは火星の独立に関してネルガルはどう対応するべきか迷っていた。

「会長は火星の独立を認めますか?」

「認めざるを得ないね。

 こっちに非はあるから、アメリカみたいに自分達の非を認めないのは問題だよ。

 それに彼らはボソンジャンプの怖ろしさを知らない。

 ビッグバリアが在るから大丈夫なんて楽観的な意見なんて僕は信じないよ。

 ネルガルは中立のスタンスを取るよ。

 クリムゾンのお手並みを拝見しようかな」

「火星の方はどうするの。

 クリムゾンに火星は協力するわ。

 独立なんて餌があれば彼らも逆らわないわよ」

「火星に関しては何も出来ないよ。

 こっちは後ろ暗い事ばかり彼らに押さえられたからね。

 迂闊に手を出すと大火傷する事になる」

「調子に乗りすぎたわね」

二人は火星を舐めてた事に反省していた。

「火星とは協力できる体制も作れるようにしておこうか?」

「そうするしかないわね」

「プロス君を責任者にして会話できるラインを作ってもらおうか?」

「私じゃ火星も警戒するでしょうね」

こうしてプロスの仕事は複雑な問題ばかり回されて胃薬が増える事になる。

だって仕方ないじゃないと会長秘書は言うが、プロスが泣きたくなってきた事は間違いなかった。


―――オセアニア連合軍基地―――


「ブ、ブラック……ジュール?」

「おい、シン!

 俺はあそこまで変じゃないぞ……多分な」

「なるほど、ホワイトクロノか……意味が理解できたわ」

連合軍の白い制服でバイザーを着けているジュールの色を反転させると目の前の人物になると俺は思った。

「私が君達の上官になるクロノ・ユーリだ。

 これから二ヶ月間の訓練を経て我々はイギリスから順に欧州を解放していく」

目の前の人物は黒一色で染めた……街で怪しい人物と指をさされそうな人だった。

「一つ質問してもいいですか?」

勇気あるパイロットの一人が手を上げて聞く。

「バイザーを着けているのは何故ですか?」

「ん、こういう事だ」

クロノさんはバイザーを外して、俺達に顔を見せると何も言えなくなった。

金色の瞳が鋭く俺達を貫くように見つめていた。

「見ての通り、私はIFS強化体質だ。

 地球では私達の存在は道具のように扱われるからな、普段はこうして顔を隠しているのさ」

バイザーを着けるとクロノさんは苦笑していた。

「もしかしてジュールもそうなのか?」

俺は小声で隣のジュールに聞いた。

するとジュールは苦笑いをして俺に言う。

「俺の場合はバイザーが視覚の補助を兼ねているがな」

「ごめん、悪い事聞いたかな」

「いや……事実だから気にするな。

 それより予定を聞いておけよ。

 俺は眼の治療があるからフォローできないぞ」

「ああ」

クロノさんはこれからの予定を各部署ごとに解説していった。

「当面はシミュレーターでの訓練か。

 シン、昨日みたいに恥かかせないでよ」

「お、俺の所為なのか?」

「またやったのか」

呆れたように話すジュールに俺は反論する。

「ち、違うぞ、あれはルナのせいだぞ」

「両方のせいだろ。

 どうせシンが口を滑らせてルナに殴られただけだろ。

 二人とももう少し素直になれよ」

「そ、そういえばジュールは昨日は医務室に行ったけど目は治りそうなの」

ルナが慌てて話題を変えると、ジュールは疲れたように話す。

「治るみたいだよ。

 でも昨日は……疲れたよ」

「なんかあったのか?」

「……三時間だ、一言ですむような説明に三時間も掛けて聞かされたんだよ」

「そ、それって」

「なあ、シン」

「お、おう」

「……代わるか」

「い、いや、俺が治療を受ける訳には」

「……そうだな」

力尽きたような雰囲気のジュールに俺とルナはどう声を掛けるべきか迷っていた。

「もうしばらく付き合ってやってくれ。

 久しぶりに満足に説明できる仕事になったんだよ」

振り向くとクロノさんが声を掛けていた。

「補助脳の小型化は俺のナノマシンからの分析で成功した事なんだよ。

 これで一般の人にも更に効率良く処理できるシステムに変更できると喜んでいたんだ。

 神経疾患の人にも応用できる可能性も出て来てな、非常に研究を進めたがっていたんだよ」

「つまり俺は実験台ですか?」

クロノさんの言葉にジュールは嫌悪感を見せながら話す。

「いや、火星で一般の人の治療に既に使用しているから問題はないよ。

 火星では新型のIFSに移行している。

 オペレーター用のIFSは地球のものより高性能だぞ」

「そうなんですか?」

「ああ、火星のナノマシン処理は地球より十年は進化している。

 特に医療用は便利になっているよ」

俺の疑問にクロノさんはあっさりと答えてくれた。

「来週から火星との直接通信が出来るから、家族が居る者は事前に連絡すれば会話できるぞ」

「ほ、本当ですか?」

「ああ」

火星に家族を取り残されていたルナは家族と連絡が取れる可能性に喜んでいた。

「一応、火星の死亡者リストがあるから気持ちを引き締めて見ておくんだぞ。

 ユートピアコロニー出身者は特に注意するように」

クロノさんは周囲にいる者に伝えると真剣な顔で聞いていた。

「北極冠は全滅した、オリンポスも半数の約五万人は亡くなった。

 150万人の人間が火星で亡くなったんだ。

 いずれ皆で火星に帰郷するが、火星に着いたら追悼集会があるから参加して欲しい。

 生き残った俺達が彼らの事を忘れないようにしような」

クロノさんがそう告げると俺は家族を失ったのは俺だけじゃないと実感した。

(レオンさんの言う通り、皆が何かを失ったんだな)

自分が甘えていたんだと俺は感じていた。

「さて、ジュール。

 俺に付いて来てくれ。

 実は火星から子供達が戦艦に密航して来たんだよ。

 すまんが顔だけでも見せてやって欲しいんだ」

口元に笑みを浮かべてクロノさんはジュールに話す。

「随分、いい加減な管理ですね。

 子供が密航できるなんて」

皮肉を混ぜて話すジュールにクロノさんは言う。

「あの子達だから出来るのさ。

 船のAIを味方に出来るから困るんだよ。

 その意味もお前なら理解できるだろ」

『そういう事ですよ。

 私達はあの子達のお願いには弱いんですよ』

『そうそう』

突然、現れたウィンドウに俺達は驚いていた。

「彼らがこの艦のAIであり、俺達の大事な仲間だ」

『ダッシュです』

『オモイカネです』

「そういう事ですか」

「本当は火星で会わす心算だったんだが、どうしてもお前に会いたいって駄々をこねてな」

苦笑するクロノさんにジュールもため息を吐いていた。

「分かりました、行きますよ」

「すまんな……心の整理もついていなかったのにな」

「いえ、いいんです。

 いずれ会う事には変わりませんから」

「……そうだな」

そうして二人は連れ立って部屋を後にした。

「会いたい気もするが、ここは我慢しような」

「そうね、私達は部外者だからね」

まだ見ぬジュールの兄弟に俺とルナは仲良くなれる事を祈っていた。

俺達が想像する以上に彼らは良い意味?で変わった家族であった。


―――連合軍 極東支部―――


「で、どうする心算なんだ?」

「さあ、アタシとしては市民に真実を伝えたかっただけよ」

悪びれずに平然と告げる息子に父親であるムネタケ・ヨシサダは問う。

「軍人としてのお前の行為は間違っているんだぞ」

「だから何よ、「前線で死んでいく兵士に嘘吐いていました、ごめんなさい」とでも言う心算なの。

 悪いけどアタシは死んでいった部下の家族に無駄死にでしたなんて言いたくはないのよ。

 自分達の罪を隠す為に兵士達に死ねなんてふざけているのよ!」

連合政府を非難する息子にヨシサダは苦悩する。

(父親としては良くやったと褒めるべきなんだが、軍人としては……)

「まあ、ヨッちゃんもそこまでにして。

 ムネタケ中佐から見た火星の状況を聞きたいんだが」

二人の間に入ってきたミスマル・コウイチロウにムネタケは訊ねる。

「それは火星と交戦する心算なのですか?

 でしたらアタシは話す気はありませんよ。

 連合政府の不始末で火星は独立を選択しなければならなかった。

 信頼できないような政府に従う軍に協力する気はありません。

 お嬢様に聞けばいいじゃないですか?」

「むっ」

痛いところを突かれてコウイチロウは口を噤んだ。

「正直、甘やかし過ぎましたね。

 ナデシコでの航海記録をまだ見られてないようですが、アタシは目の前で見ていましたよ。

 艦長の自覚もない、いい加減な小娘と評価させていただきます」

「むむっ」

「こ、こら!」

慌てて注意しようとしたヨシサダにムネタケは手で制する。

「士官学校首席なのは理解しますが、言動に問題がありますよ。

 このまま軍に仕官させても周囲から浮いて孤立します。

 民間人主導の戦艦だからこそ問題にはなっていませんが、軍の戦艦だとクルーの信頼を損ねます」

「ぐ、ぐう」

「まあ、スチャラカ娘などどうでもいいですが、軍に復帰させるなら言動には注意するようにして下さい」

ムネタケはコウイチロウに辛辣な意見を告げると部屋から出て行った。

「す、すまん」

「……ヨッちゃん、私は娘の育て方を間違ったかな?」

「そ、それは」

息子にやり込められたコウイチロウにヨシサダは考える。

(見事にコウちゃんの弱点を突きおったな。

 火星の事を誤魔化しおったか)

落ち込むコウイチロウを見ながら、息子の変化を嬉しく思う反面、

落ち込んだコウイチロウの相手をしなければと思い、その負担を考えると勘弁して欲しいとヨシサダは思う。

結局、この日はコウイチロウの相手で火星の情報は何も分からずに終わった。

火星の情報を息子から聞くのは難しいとヨシサダは判断した。


―――アクエリアコロニー議事堂―――


「では新型艦三隻を地球に派遣する事でよろしいですね」

レイが今回の作戦に使用する艦艇の説明をしていた。

実際には既に地球に移動しているので事後承諾と言う形になっていた。

議員達もその事は知っていたが、今回の事は決定していたので文句を言う気はなかった。

「よろしい、地球の連中の思惑など我々の知る事ではないからな。

 同胞の安全の為に頑張って欲しいと伝えてくれ」

議員の一人が言うとそれぞれに彼らの安否を気遣う声が聞こえていた。

「了解しました。

 全員が無事に戻れるように努力します」

「うむ、期待するよ」

「はっ!」

敬礼をして議員達に挨拶を終えるとレイは議事堂から出て行く。

「皆、無事に戻れるといいな」

議員の一人の呟きに議会のスタッフも彼らの安全を祈っていた。

「木連との和解も考えないといけないのだろうか?」

「そうだな、連合政府のおかげで彼らとは戦わねばならなくなった。

 だが前史の一件もある。

 火星の住民はボソンジャンプのせいで地球、木連から狙われる可能性が大きい」

「ネルガルのおかげで火星は!」

年若い議員が机を叩き叫ぶと、

「落ち着かんか、感情のままに動くのは危険なんじゃ。

 わしらはどんな時も冷静にして行動せねばならん。

 上に立つわしらが火星に住む者の命運を担っているのだ。

 どんな時も理性ある対応を心掛けるのだ」

「も、申し訳ありません、コウセイさん」

慌てて謝る議員にコウセイは全員に話していく。

「この先、何度でも決断しなければならない状況が訪れるだろう。

 おそらく十年以上は様々な問題が出てくるのは間違いない。

 その時こそお前達が火星の住民に道を示さねばならない。

 これからお前達の力量が問われるのだと思っておけ。

 今はその時のための準備期間じゃ、わしや他の年寄り連中から強かさを盗んでいくんだぞ」

最後のセリフを笑いながら話すと議員達は呆気にとらわれていた。

その意味を理解した者から笑っていく光景に、

コウセイは彼らがこの先に起きる問題を解決していくだけの器量があると信じていた。

火星は独立へと歩き出し、その礎となる議員達も育ち始めている。


―――サセボ地下ドック―――


「戦闘記録は残っていたわね」

「おう、アクアちゃんがこの先必要だから複製して残しておくってよ」

「じゃあ整備班としてナデシコの改修はどんな方向性が良いと思います」

リーラとエリノアがウリバタケに訊く。

「現状維持か、大幅な改修にしねえと。

 ナデシコは実験艦としての側面が大きいからな。

 おかげで全てにおいて中途半端なんだよ。

 戦艦の攻撃力、駆逐艦クラスの機動性、空母に匹敵する機動兵器の収納。

 どの方向に変えるか、ネルガルは決めたのか?」

「……方向性は決まっていないわ」

「じゃあ、現状維持だな。

 新型のエンジンに換装するまでは手を付けずにいるべきか?」

「このまま実験艦として現状維持になると思うの」

「なら武装の変更は必須だぞ。

 最低でも副砲は付けんと不味いな、火星では相転移エンジンの欠点が浮き彫りになったからな」

腕を組んで考えるウリバタケにリーラは話す。

「それは聞いているわ。

 現状では大型レールガンを副砲にする予定よ」

「それならいいけどよ。

 火星と喧嘩するならナデシコ級が数隻は絶対に必要だぞ。

 向こうは連装式のグラビティーブラストが標準化しているし、艦ごとに独特の武装もありそうだな。

 エンジンも小型で高出力のようだから同じ大きさの戦艦でも搭載できる数が最低でも一基は多いぞ」

「ナデシコ級が二基なら火星は同じ大きさで三基は搭載できるって事」

「まあ、そうなるな。

 エクスストライカーなんだが……あの機体は絶対に相転移エンジンを内蔵しているぞ。

 あのサイズでグラビティーブラストは反則なんだがな」

頭を掻いて苦笑するウリバタケに二人は絶句していた。

「しかもライトニング・ナイトのディストーションフィールドの攻撃転用は見事だったぜ。

 戦艦とチューリップを輪切りにしやがったからな。

 兵器部門では火星は完全に独走状態になりやがった。

 この分じゃ民間の分野でも相当の技術革新が起きてるんだろうな。

 く〜〜火星に行って改造してみたいぜ」

楽しそうに笑うウリバタケに二人も技術者として火星に行ってみたいと思っていた。

「それによ、ボソンジャンプだったか。

 あの技術は火星が独占状態だからなあ、早いとこ和解しないと危険だぞ。

 火星は独占する気はないって話していたが、戦争状態では火星に独占された状態だからな。

 研究分野でドンドン引き離されていくぞ。

 そうなったら結局、火星が独占する事になっちまうな」

「そうだけど……連合政府は馬鹿だから火星の独立なんてすぐには認めないわよ」

「地球じゃあクリムゾンが唯一の窓口みたいなものよ。

 ネルガルも窓口を作らないとダメね」

「副提督がいるじゃねえか。

 あの人は火星に協力しているから、そこからパイプを作っていけばいいじゃねえか?」

「「あっ」」

何言ってんだと言わんばかりにウリバタケが二人に話す。

二人も唖然としてムネタケの事を思い出していた。

「あの人は口調こそオカマみてえだが、中身はしっかりした大人の軍人だよ。

 見かけに騙されているとダメだぞ」

「そうなの……ナデシコに乗艦する前の報告ではかなりヒステリックな人物だと」

「まさか擬態だったの?」

「くっくっ、あの人らしいな。

 完全に騙されているよ、ネルガルは」

楽しそうに笑うウリバタケに二人はムネタケの強かさに驚いていた。

「まあ、数少ない火星とのパイプ役だから軍も重宝すれば良いが無理だろうな。

 頭の硬い連中だらけだからな」

このウリバタケの発言を受けてネルガルは再びムネタケをナデシコに戻そうかと検討する事になる。

プロスは自分の負担が軽くなる事に賛成するが、軍が戻してくれるか心配だった。

連合軍はナデシコを徴用したいが、現状で強引な手段を取る事は出来ないと判断していた。

その結果、ナデシコにムネタケを戻す事でナデシコを独立部隊として運用する方向で動いた。

ネルガルもナデシコが実験艦である事を軍に説明した事で遊撃艦としての運用が望ましいと軍も判断する。

ここに両者の意見が合致してナデシコは民間の協力として運用される。

この事でクルーも現状を考えて残る者が多かった。

こうしてナデシコは人材の確保と補充されるスタッフのおかげで性能を維持しつつ活動する。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

ムネタケが本来の能力を発揮できていればナデシコは軍と衝突する可能性も少ないだろうと思いました。
しばらくはインターミッションのような感じで進むかも。
火星、地球、木連の状況をそれぞれの視点から書けるといいなと考えます。
EFFの技量不足から説明臭くなるかもしれませんがそこは我慢して下さい(おい)

では次回でお会いしましょう。

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