未来を夢見る

ささやかな幸せが欲しいと願う

世界はそんな願いさえ皮肉を持って返す

だけど決して諦めない

だって幸せになりたいと思うこの願いは私が初めて望んだ事だから




僕たちの独立戦争  第四十五話
著 EFF


夕食時にジュールがいない事に俺は気付いてクロノさんに聞いた。

「ジュールはどうしたんですか?」

「ああ、部屋にいるよ」

「何か……あったんですか?」

ルナが聞くとクロノさんは、

「ちょっとな……真実って奴は皮肉で出来ているものだと思ってな」

よく分からない事を謎掛けのように話していた。

「……話したのですか?」

アクアさんが目を伏せて辛そうに話すという姿に俺もルナも驚いていた。

「ああ、このまま隠しておいてもいずれ分かる事だろう。

 それに奴らから聞かされる事になれば不味いだろ」

「そうですね……それは危険ですね」

何故か二人の会話には入り込むのは不味いと俺達は感じていた。

「……ジュールは私を憎むでしょうね」

ジュールの今までの生活を思うと家族として生きていく事は出来ないかもと考えると悲しかった。

「可能性は五分だな。

 俺の経験を話したから大丈夫かもしれないぞ」

「っ、言ったのですか?」

慌てて顔を上げてクロノさんを見つめるアクアさんに俺達は驚いていた。

「ど、どうして、どうして言ったのですかっ!?

 これは私が背負うべき問題なのですよ!」

非難するようにクロノさんに言うアクアさんに穏やかに言い聞かせるようにクロノさんは話す。

「俺達は家族だろう。

 アクアの弟なら俺にとっても弟なんだよ」

「だ、だからといって」

「あいつには復讐なんて馬鹿な事はしないで欲しいのさ。

 俺がした事は復讐に囚われて……誰も救う事が出来なかった。

 結局、俺に残ったのは後悔と絶望だけだったからな。

 ジュールにはそんなふうになって欲しくなかっただけだよ」

アクアさんの声を遮るようにクロノさんは告げていた。

(後悔ばかりか……俺もそんなふうになるところだったのか?)

自分が行き着く先であったクロノさんが話す内容に復讐の先には何もない事を感じていた。

「馬鹿です……貴方は何時だって自分の事を後回しにして誰かの事を考える」

目に涙を浮かべてアクアさんは告げる。

「そうだな、こんな不器用な生き方しか出来なくなってしまった」

「もっと自分の事も大事にして下さい。

 貴方も幸せになってもいいんですよ」

「……いいのかな」

迷うように話すクロノさんにアクアさんははっきりと告げる。

「いいんです!

 私とイネスの二人で必ず幸せにしてみせます」

(いえ、それはそれで問題があるのですが)

食堂にいた全員の思いが一つに重なった瞬間だった。

「そうなると……法律も変更しないと不味いか。

 重婚は違法だからな」

「確かにそうですね。

 一夫多妻制の施行も考えないと不味いです」

(……いいのか、それで?)

シリアスな会話からずれていく事に全員が気付いていた。

そんな思いとは別に二人は火星の現状を考えていく。

「どうしても人口を増やす事を考えないと不味いから、出産を奨励する事になりそうだから何とかなるか?」

「産めよ増やせですか?」

「現状で火星は約2850万人程だからな。

 地球が100億人はいるから増やす事は必定だろう」

二人の会話は遊びではなく真剣なものだと俺達は知った。

「移民では意味がないのでしたね」

「ああ、火星で生まれる子供達が必要なんだよ。

 ジャンパーの数が増えれば、特権ではなくなるだろ。

 自分達が選ばれたなんていう選民思想を持たないようにさせないと不味い。

 そういうのは腐敗の温床になりかねない」

未来を見据えるようにクロノさんは話していく。

「エドも火星生まれの子供の重要性を理解しているからな。

 議会でも子供を持つ家庭に対しての福利厚生には気を遣う事にしているみたいだよ。

 政治に携わる人間はジャンパーの数を増やす事を考えているみたいだな」

「長い時間の掛かる問題になりそうですね」

「ああ……複雑になった問題を解決させるには時間が必要だな。

 増える事は危険な事でもあるが、それでも俺達は歩いていくしかないんだ」

ジャンパーという問題を抱える火星の行く末に俺達は不安が多くある事に気付いた。

「で、ジュールさんの事はどうするんですか?」

ルリちゃんが尋ねると、

「今はそっとしておいてやってくれ。

 あいつの抱える問題はあいつ自身で解決する必要があるんだ。

 俺達に出来る事は信じて待つ事と、ほんの少しの後押しくらいしか出来ないんだ」

クロノさんはルリちゃんの頭を撫でると優しく微笑んでいた。

「……信じて待つですか。

 簡単なようで、とても……難しい事ですね」

アクアさんは辛そうに話していた。

ルリちゃんは少し考えると料理長さんにサンドイッチを作ってもらって食堂をあとにした。

「ジュールに差し入れでもするのかな?」

「そうかも知れませんね。

 ……妬けますか?」

「さあな……でも娘を嫁にやる父親の気持ちがなんとなく理解できたよ。

 それにあの子が積極的に動く事は嬉しい事だ。

 そういう意味ではジュールのような兄貴分がいる事は助かっている。

 俺達が仕事で忙しいから構ってやれない寂しさを紛らわせてくれるからな。

 あとは強くなってもらわんと……大事な妹を預けるんだ。

 せめて俺に一撃を加えるくらいの実力がないと」

クロノさんは冗談混じりで話している。

アクアさんはそれを聞いて少し不機嫌な様子で話す。

「それでは私の弟では役不足とでも言うのですか?」

「そ、そんな事は言ってないぞ。

 それにだな、ジュールもルリちゃんもまだ未成年だ。

 まだまだ先の話をしてどうするんだ」

焦りながら話すクロノさんにアクアさんは真剣な顔で告げる。

「いいじゃないですか。

 未来を夢見る事は悪い事じゃないですよ。

 子供達が幸せになれる世界を作るようにするのも大人である私達の仕事でしょう」

その言葉を聞いていた食堂にいたクルーは自分達が戦う理由を再確認していた。

「そうだな、父親としては子供達が笑って暮らせる社会を作っていかないと」

「そこにクロノもいますよね?」

「隣にはアクアとアイちゃんがいないとな」

アクアさんの願いともいえる言葉にクロノさんは笑って話していた。

それを聞いたアクアさんは本当に嬉しそうに微笑んでいた。

(俺も未来を考えて行動しないと)

幸せになろうとする二人を見ながら俺は自分の将来について考えていた。


「オモイカネ、ドアを開けて下さい」

『いいのかな?』

「構いません」

キッパリと告げるルリに従うようにドアは開かれた。

真っ暗な部屋の明かりを点けるとルリは部屋のベッドに腰を掛けていたジュールに話す。

「夕飯ですよ、ジュールさん」

部屋のテーブルにサンドイッチと飲み物を置くとルリはジュールの隣に腰掛けると何も言わずにいた。

沈黙が続く部屋で二人は身じろぎもせずにただ座っているだけだった。

「……聞かないのかい?」

根負けするようにジュールが尋ねる。

「無理に聞く気はありません。

 信じて待つだけです」

「……余計なお世話だと思わないのか?」

「思いますけど、もし私が落ち込んでいたらジュールさんはどうしますか?」

お互い様ですとルリは告げる。

それっきり二人はまた何も話さずに静かに時間だけが過ぎていった。

「……母さんはずっと苦労していたんだ」

ジュールの声に何も言わずにただルリは聞くだけにしている。

「俺が八歳くらいの時に研究所から俺を連れて逃げ出したんだよ。

 戸籍を偽造して二ヶ月くらいで引っ越しては場所を変えるようにして、四年後に火星に辿り着くまで逃げ続けたんだ」

「カラーコンタクトで目の色を誤魔化して火星での生活が始まるまでは毎日が怖かったよ。

 またあの暗い部屋に戻るんじゃないかと思って」

あの頃の生活を平坦に感情を見せずに語り続ける。

「火星に着いた時は俺も母さんも嬉しかったな。

 やっと怯えずに生きていけると思っていたんだ。

 だけど母さんはそれまでの苦労のせいで……三年後に」

悔しさを見せてジュールはやっと訪れた火星での平穏な生活が壊れていく光景を思いだしていた。

「このバイザーは母さんが死ぬ前に作ってくれた物なんだ。

 まともに目が見えない俺が苦労しないように遺してくれた物だったんだ」

治療が終わり、回復した今でも着けているバイザーを触って話す。

「その後は施設での生活でね。

 中学卒業したら母さんが遺してくれた財産で高校に通っていたんだけど……見つかって逃亡生活がまた始まって。

 月に行って、それから地球に行って身を隠していたんだ。

 それで戦争が始まって軍の中に入って戦闘技能を身につけて反撃する事にしようと思ったんだ。

 もう逃げ続けるのはやめて、勝てないけど戦って死のうと思ったんだ」

「それでいいんですか?」

感情を見せずにルリは聞く。

「分からないね。

 多分……母さんはそんな事を望んでいないと思うけど、もう疲れたんだよ。

 幸せになりたいと望めば望むほど失っていくんだ。

 俺はどうすればいいんだ?」

「それでもっ! それでも諦めないで下さい!

 諦めたら何も叶わないんですよ!

 ジュールさんのお母さんは何の為に苦労したんですか!

 貴方の幸せを望んだからでしょう!」

「……だけど」

「クロノさんといい、貴方といい、どうして後ろ向きな事ばかり言うんですか!」

自分でもよく分からない感情で何故か二人に対して怒るルリだった。

「そんな事ばかり考えるからアクア姉さんは苦労しているんです!」

「あの人は関係ないだろう」

「あります!

 姉さんが悲しむ姿なんて見たくはありません!」

ジュールの声にルリははっきりと答える。

「姉さんはみんなが幸せになってくれる事を願っています。

 ジュールさんのお母さんが願ったように姉さんもそれを望んでいるんです」

「でも俺はあの人を許せないんだ。

 同じ立場だったのにあの人は恵まれた環境にいて、俺達は苦しい生活をしていたんだぞ」

「本当にそう思いますか?」

「えっ」

「本当にそう思うかと聞いているんです!」

ルリの質問にジュールは途惑っていた。

「……愛されていなかったそうです。

 形ばかりの家族でお姉さんのシャロンさんも父親には半ば捨てられた存在だったそうです。

 確かに恵まれた環境かもしれませんが、家族の愛情なんてない世界だったそうです」

初めて聞くアクアの環境にジュールは驚いていた。

「馬鹿な事をしても叱られずに無視されるような生活など幸せといえますか?

 シャロンさんのように周囲から愛人の子供と蔑まれながら生きていく生活が恵まれているのですか?」

ルリが泣きながら話す事にジュールは呆然としていた。

「私も含めてマシンチャイルドと呼ばれる子供は生まれた時から家族なんていない状態なんですよ。

 お母さんがいたジュールさんは幸せだったんですよ!」

そう叫ぶとルリは部屋から飛び出して行った。


「うぅ…ぐすっ……ひっく……」

悲しかった……ジュールさんもまた自分と同じように全てを諦めて生きていた事に。

「ど、どう…して、わたしたちは……こんな思いを…しなければならないの」

その問いに誰も答えられなかった。

「……ルリ…」

振り向くとそこにはアクアが立っていた。

ゆっくりと近づき、ルリを抱きしめてアクアは背を撫でる。

「うっ、うぅぅ……ひっく…」

「……いいのよ。

 泣きたい時には泣いてもいいのよ」

その言葉を聞いて、ルリは我慢できずに泣き出していた。


「何をやっているんだ……俺は」

部屋を飛び出していったルリちゃんに声も掛ける事が出来なかった自分に情けなさを感じていた。

「……確かにそうだな」

そこにはクロノがいて呆れた様子で見ていた。

「お互い不器用な生き方しか出来ないようだな」

自嘲するように話すクロノにジュールも苦笑いしていた。

「初めて失ったのは両親だった。

 企業の思惑によって暗殺されたんだよ」

突然クロノは自分の過去を話していく。

「その後は一人で生きてきて目標が見つかって進み始めたら戦争が始まってな。

 そこで小さな少女を救えずに逃げてしまった」

「なりゆきで戦艦に乗り込んで後に妻と妹になった少女がいて、笑いあえる仲間が大勢いたよ」

「戦争が終わって、平和になって結婚した時は幸せだったよ」

一つずつ出来事を区切りながら話していくクロノをジュールは見ていた。

「だけど幸せは続かなかった」

「正義を信じる馬鹿な連中のくだらない欲望を叶える為に俺と妻は実験材料にされたんだよ」

「そこでは毎日が地獄だったな」

「俺達と同じように捕らえられた人が毎日死んでいったよ」

「俺も奴らの実験のせいで五感は破壊されて夢を叶える事の出来ない身体になってしまった」

「そして小さなラピスを俺は復讐を遂げる為に巻き込んでしまった」

「何も知らない無垢なラピスに人殺しをさせてしまった」

「ど、どうしてそんな事をしたんですか?」

ラピスを巻き込んだ事にジュールは憤りを感じていた。

「それしか手段がなかったからだ。

 碌に動かない身体を動かすにはリンクシステムしかなかった」

「だ、だからと言って……」

目の見えなかった時を思い出すとそれ以上の状態になっていたクロノにどう言えば良いのか分からなかった。

「ラピスは度重なる過酷な実験のせいで感情が無くなっていた。

 無機質な人形のようになっていたよ。

 リンクする事で自我みたいなものがほんの少しだけ出て来たよ」

告げられる事実にジュールは絶句していた。

元気に笑い感情を出している今のラピスからは考えられない事だった。

「それにルリちゃんを俺の復讐には巻き込みたくはなかった。

 俺は事故で死んだ事にされていたからな。

 あの子の側には気のいい仲間達がいるから大丈夫だと思っていたよ」

「……違っていたんですか?」

「ああ、あの子は俺達が死んだ事によって心の成長を止めてしまった。

 最後に別れた時のままになってしまっていた」

「戻れば良かったんです」

「戻ってどうしろと。

 味覚が破壊されて料理人としては再起不能にされてどうやって生きろと言うんだ」

夢を断ち切られた男が其処にいた。

「それに妻を救いたかった。

 あいつは俺を愛していないみたいだったが、俺は愛していたからな」

「な、何ですかそれは?」

「あいつは理想の王子様を俺に重ねていただけだったみたいだな」

苦笑してジュールの疑問に答えるクロノだった。

「一万人以上の人間を殺して妻を取り戻して復讐を終えた時は虚無だったな。

 後には何も残らずに寿命が尽きようとした身体だけが残っていたよ」

「ルリちゃんはどうしたんですか?」

「あの子の元へは帰れんさ。

 史上最大のテロリストになった俺に資格があると思うか?」

「そんなのルリちゃんには関係ないんじゃ……」

ジュールは気付いて言葉を止めていた。

「そういう事だ。あの子にとって俺は犯罪者になろうと関係のない事だった。

 そして今のお前にとってクリムゾンなど意味があるのか?」

その声にジュールは動きを止める。

「お前にとってはモルガとヘリオが大事なんじゃないのか?

 お母さんに教えてもらった人の温もりを今度はお前が教える番じゃないのか?」

「そ、それは……」

「俺のように諦めるにはまだ早いぞ。

 さっさと行って謝ってこい」

突き飛ばすようにジュールを部屋から追い出していく。

『ルリは此処にいますので謝ってきてください』

『さあ早く』

オモイカネとダッシュが告げるとジュールは走り出した。

『マスターもいい加減後ろ向きな考えはしないで下さいよ』

『そうだよ、アクアが泣くような事はしないでよ』

「幸せを求めてもいいのかな」

『『問題ないよ』』

二人の声にクロノも苦笑していた。

「俺ってダメ人間かな」

『理解したのなら改善して下さい。

 アクア様を悲しませるような真似はしないで下さい』

『ルリもアクアも泣かせたら承知しませんよ』

クロノは二人の言い方に苦笑しながらもっと前向きに生きてみようと考えていた。


「……幸せになるって難しいですね」

ルリが私に悔しそうに言う。

「そうね。それでも諦めずに生きていくしかないのよ」

優しく背を撫でながら諭していく。

「ジュールさんも全てを諦めた生き方をしていました」

「どうして男ってすぐに諦めるのかしら。

 まあ私も絶望しかなくって、虚ろで空っぽな生き方をしていたけど」

過去の私を思い出して苦笑する。

そんな生き方を選択してしまった自分の馬鹿さ加減に呆れる。

「馬鹿ばっか」

「ルリもそんな生き方をしていたから……馬鹿かしら」

「そうですね」

「さっ、泣き終えたら前を向いて生きていきましょうね。

 馬鹿なお兄さん達を叱りに行きましょうか?」

ハンカチでルリの涙を拭くと優しく微笑んで話す。

「折角の可愛い顔が台無しですよ」

「そうでしょうか。

 私は何も持っていない無表情で無力な小さな子供じゃないんですか?」

何も出来ずにいる自分の無力さだけがルリの心に影を落としていた。

「これからたくさんの大事なものを持っていけばいいのよ。

 生まれる場所は選べないけど、何かを得ようとするには自分から行動しないとダメなの。

 今までルリは周囲の都合に流されて生きてきたでしょう。

 ここからがルリの人としての本当の人生の始まりなのです」

諭すように語りかけるアクアにルリも頷く。

「……はい」

「まあ、お姉さんとしては頼りにならないかもしれないけど、前向きに楽しい生き方を考えましょうね」

「そんな事はありません。

 暗い考えなど吹き飛ばして、楽しくみんなと生きていきましょう」

微笑むアクアにルリも笑顔で応える。

見知らぬ人が見れば仲のいい姉妹に見えるかもしれない二人にジュールが駆け寄ってくる。

ルリはアクアを庇うように立って話す。

「姉さんを傷つける事はさせませんよ」

「いいのよ、ルリ。

 これは避けては通れない問題なのよ」

アクアがルリを押さえて前に進み出る。

「でも姉さんのせいじゃありません」

「ううん、これは私の責任でもあるのよ。

 前に教えたでしょう……知らない事は罪じゃないけど、知ろうとしない事は罪なの。

 私はクリムゾンの事を何も知ろうとしなかった……怖くて逃げていたのよ。

 これはその報いなのよ」

穏やかだけど憂いを秘めた笑顔で話していく。

「ジュール……私は逃げも隠れもしません。

 いつでも殺しに来ても構いませんが、子供達には手を出さないで下さい。

 そして子供達には気づかれないようにして下さい。

 子供達には憎しみと復讐なんて教えないで」

「姉さんまで後ろ向きな事を言わないで!

 みんなと楽しく生きていくんじゃないんですか!?」

悲鳴のように叫ぶルリに私は告げる。

「仕方ないのよ。

 けじめはつけないと」

「だからって!」

「あの子達にはルリがいるから大丈夫よ。

 今の貴女なら守っていけるわ」

「勝手すぎます!

 私だって姉さんがいないとダメなんです」

抱きついて叫ぶルリに私は嬉しく思っていた。

(やっと家族らしくなってきたのに残念ね。

 せめてもう少しだけクロノと生きてみたかったな。

 でもこれもクロノと同じ後ろ向きな生き方だわ。

 やっぱり私も馬鹿なのね)

クロノを何度も叱ってきたくせに同じような事をしている自分に苦笑した。

「こんな時に笑っていられるなんていい度胸です」

私に銃を向けるジュールが平坦な口調で告げる。

「や、やめてください、ジュールさん」

「悪いがそれは出来ない。

 俺はこの時の為に生きてきたんだ。

 このチャンスを逃す気はない」

撃鉄を上げて話すジュールにルリは叫ぶ。

「やめてぇ―――!」

「さよなら、姉さん」

ジュールはそう告げると引き金を引いた。

「ダメェ―――!」

ルリが私を庇うように前に出てきたが、ガチンという音だけで弾丸は発射されなかった。

「え、え、ええっ」

「ジュール……拳銃に弾丸を込めないと殺せませんよ」

「そうですね」

呆れるように話す私にジュールは肩を竦めて言う。

ルリは唖然として私とジュールを交互に見て、からかわれたのだと気付くと怒り出す。

「……どういう事なのか、聞かせてもらいましょうか?」

ジト目で睨みつけるように質問するルリに私は答える。

「リボルバータイプでしたから撃鉄を上げた時に気付いただけですよ。

 そこからジュールのお芝居に付き合ってあげただけです」

「ルリちゃんがもっと前向きに生きろって言うからケジメとしてしたんだけど……不味かったかな」

ルリの目に危険を感じて、腰が引けた状態で弁明するジュールに私は思う。

(しっかりしなさい、ジュール。

 それではルリの尻に敷かれますよ)

「姉さん、何か?」

「いえ、何でもありませんよ」

不穏な考えに気付くルリに私は脅威を感じていた。

(まさか……マリーのようにならないといいんですが)

「とにかくこれで満足する事にしますよ。

 あとはクソ親父をぶん殴ってからこれからどうするのか決めます」

「一度、お爺様に会うべきですね。

 みんなの後見をお願いしておこうと思ってますから」

「一言、文句を言ってもいいですか?」

「あんまりひどい事を言わないで下さいね。

 グループの事を第一に考えてきた事に少し後悔しているようなので」

「そうなんですか」

「ええ、もっと風通しの良い会社にすれば良かったなんて思っているようです。

 息子の教育に気をつけるべきだったなんて愚痴を零しておられました」

「何でもできる立場じゃないんですか?」

「違います。

 出来ない事ばかりです……思うがままに生きてはいけない世界ですよ」

ため息を吐いて私はお爺様の半生を考える。

(冷たい玉座か……嫌なものですね。

 人としての生を切り捨てて、歯車のように生きるなんて辛いです)

「ジュールさん、驚かした罰です。

 火星に戻ったらみんなをどこか遊びに連れてってあげて下さいね」

「ん、いいよ」

「それから約束です。

 もっと前向きに生きてください。

 誰かを悲しませるような生き方なんて許しませんから」

顔を逸らして話すルリだったが、真っ赤になっているのを私は見逃さなかった。

「もう少し素直にならないと誰かにジュールを取られるわよ〜」

ルリの耳元でジュールに聞かれないように囁くと、

「ね、姉さん! ち、違いますよ」

慌てるルリは年相応の可愛い女の子だった。

この子の為にも私は生き残って、幸せを守り続けたいと誓う。

何よりも大事な家族を大切にしたいと。

「さて、昼を抜いたから部屋に戻ってサンドイッチを食べるか」

「ジュール……ありがとう」

私はその一言だけは伝えておきたかった。

「……ん」

頷いてジュールは部屋に戻っていく。

「良かったですね」

「そうね。これから歩み寄っていかないと」

「まずは第一歩ですか?」

「ええ、これから始まるのよ」

「はい♪」

笑顔で話すルリの手を握って私達は歩き出す。

家族として幸せな毎日を送るために……。


―――路地裏にて―――


「ちっ、何なんだよ。

 邪魔するのか、テメエら!」

目の前の黒服の男達に男は銃を突きつけて叫ぶ。

「悪いが仕事なんでな。

 逆らうなら貴様を処理する」

一人が宣言すると全員がサイレンサー付きの銃を構えて射殺する準備を行う。

「ふ、ふざけるなよ!」

男は発砲しようとしたが、別な角度からの狙撃に銃を弾かれて腕を押さえていた。

「すまないが、その男はこちらに預けてはもらえないか?」

「……連合軍の情報部の方ですか?」

「キートン欧州方面軍の司令の指示で動いている者だ」

自分の所属する部署を示す認識表を見せて男は話す。

『……確認しました。

 情報部所属エリオット・ケンドル少尉で間違いありませんね』

突如、聞こえてきたマシンボイスにエリオットは内心で驚きながら頷く。

「ではこの人物はお渡しします。

 また現在の状況を説明しますので御一緒していただけますか」

取り押さえられた男を背に黒服の男達の代表が話す。

「私はクリムゾンSSのリチャード・ロウです。

 現在この街でのテロリスト狩りに携わる者です」

その言葉を聞いて取り押さえられていた男は顔を青ざめていく。

「ちょ、ちょっと待てよ。

 何でクリムゾンのSSが」

「分からんなら教えてやろう。

 クリムゾンは火星の独立を支援している。

 貴様らの行動はクリムゾンに敵対したと覚えておけ」

その声は冷気を混ぜた死の宣告ともいえるものだった。

「必要な情報を得た後に引き渡していただきたい。

 我々としてはクリムゾンに逆らった愚か者の末路を見せる事で示さねばならない。

 この世界でクリムゾンに逆らう事の危険性を」

ロウは力を見せる事でクリムゾンに敵対する者を減らす方法を告げていた。

非情な世界の掟を聞いた男は慌てて話す。

「た、助けてくれ!

 俺はまだ死にたくはないんだ!」

男は必死でエリオットに懇願するが、エリオットは平然と告げる。

「火星は欧州の住民の為に戦ってくれた恩人だ。

 恩を仇で返す愚か者など欧州には必要ない。

 必要な情報と証拠さえ頂ければ生死など気にしませんよ」

死刑宣告とも言える宣言に男は必死で逃げようと足掻いていくが、スタンガンの一撃を首に受けると気を失っていく。

(いやだ、まだ死にたくは……)

薄れゆく意識の中で男は自分の死を必死で否定していた。

『ではこちらに来てください』

マシンボイスが告げる住所を聞いたエリオットは頷くとこの場所を離れていく。

日常にはない非情な世界の光景を誰も知らない。

クリムゾンSSは着実に《マーズ・ファング》に忍び寄るテロリストを処理していく。

エリオットはクリムゾンの本気を知り、キートンに報告する。

クリムゾンは火星と協力して欧州を救う為に活動していると。









―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

いよいよ状況が動き出します。
思い起こせば対人でのバトルってほとんど書いていませんね。
不味いかも(汗っ)
ネーミングのセンスも無いのが痛いです。
キャラの名前を考えるのが大変です。

不安を残しつつ次回でお会いしましょう。




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