冬の時代が始まる

必要な事とはいえ辛い事には変わらない

この戦争は最初から歪んだ目的で始まったのだ

歪みを正して終わらせる

それが真実を知る者の責任だろう




僕たちの独立戦争  第五十話
著 EFF


「さて、提督。

 全艦に訓示をお願いします」

大作が宣言する。

戦いが始まるのだ……誇りと存在を取り戻す為の俺達の戦争が。

「全将兵に告げる。

 俺達はこれより月へ進軍する」

一息つくと続きを話していく。

「俺達の戦いは時間を稼いで戦力を一本化して地球連合政府に勝つ事だ!

 生き残る事が我々の勝利条件だ。

 いいか! どんな状況に陥っても諦める事はまかりならんぞ。

 閣下との約束は生きてこの地に帰ることだ。

 最期の瞬間まで生き残る為に戦う事を誓ってくれ……以上だ。

 全艦発進せよ!

 目標は月! 俺達の始まりの地にして聖地を取り戻すぞ!」

乗員が俺の指示に従い、艦を発進させていく。

周囲の艦も動き出して跳躍門に入っていく。

「何人生き残れるでしょうか?」

「さあな……俺達次第だろう。

 俺は全員を帰す心算だぞ、大作」

「ならば私も全力で事に当たらせてもらいますよ」

「存分にこき使ってやるぞ」

俺が笑うと大作も笑って応える。

『高木少将、命を粗末にするなよ』

「はっ! 全員生きて帰ってきますので安心して下さい、閣下」

草壁閣下の言葉を胸に跳躍門に入っていく。

賽は投げられた……後は全力を尽くすだけだ。


高木少将の言葉を聞いて胸が苦しかった。

(すまん……私の選択のせいで苦労を掛けてしまったな)

火星に勝てると判断した私の甘さが響いていた。

勝てる戦いだと思っていた……だが火星は私の考えなど嘲笑うように生き残っている。

木連を今の形のままで残したいと思う私の我が侭が状況を悪くしていった。

(敵を見極めなかった事も不味かった。

 中立が悪いと考える私の考え方も状況を悪くしている)

敵と味方に分類するという私の考え方も状況の悪化に拍車を掛けている。

犠牲が出ることは覚悟していた。

だがそれは火星を手中に収めて跳躍技術を完全にモノにする事が出来る事が勝利への絶対条件だったのだ。

火星は既に跳躍技術を手に入れていると私は考える。

地球はまだその意味を知らない。

火星がこの戦争で勝利する為の条件を手に入れた事に。

(そう何時でも何処にでも自由に戦力を展開して攻撃しては跳躍を行う事で被害が出る事なく……帰還できる事を。

 正規軍によるゲリラ戦が可能な事がどれだけ危険な事か……地球は理解していない。

 もはや安全な場所は何処にも無いという事を誰も知らない)

我々に出来る事は地球との戦争を継続するしかないのだ。

力づくで交渉の席を作り停戦へと持ち込む事が条件になってしまった。

まずは国としての存在すら認めない地球を認めさせる事が最初の試練になる。

(長い冬の時代になるかもしれんな。

 どれだけの若者を死地に送る事になるか……)

目の前の画面に映る艦隊に見ながら、私はそんな思いに囚われていた。


戦艦が飛び立って行く……先の見えない戦争を行う為に。

「三郎太……冬の時代が始まるぞ。

 生き残りを賭けた、本当の意味での生存競争が始まるぞ」

かんなづきの艦橋で俺は副官の三郎太に告げる。

「俺達は負けませんよ。

 正義が負ける筈がないですか」

「火星に敗北している状況でまだ正義などといえるのか?」

「そ、それは……」

俺の質問に三郎太は反論できない。

「いい加減にしておけ。

 アニメではなく、本当の戦争が始まる……何人が生き残るか分からないぞ。

 全員が死地へ向かって行くんだ。

 勝つ為の条件はとてつもなく厳しいぞ」

「そ、それほど難しいのですか?」

不安になったのか、三郎太は尋ねてくる。

「ああ、まず勝って地球に我々の存在を認めさせなければならない。

 それから交渉の為の席を力づくで作る。

 それを行う為にどれだけの人材を失っていくか……俺には読めんな」

俺の言葉に三郎太は声が出ないようだ。

(高木さん、無理はしないで下さい。

 必ず応援に向かいます。

 それまで持ち堪えて下さい)


―――トライデント 医務室―――


二人は何も話さずに座り込んでいた。

私と姉さんはどう声を掛けるか迷っていた。

(どうします、姉さん?)

(こっちに振らないで、私も初めて会うからどうすればいいのか分からないのよ)

アイコンタクトで会話する私達の思いとは別に室内の空気は重くなっていく。

((どうすればいいの?))

根負けするようにジュールが話し出していく。

「爺さん……何か言う事はあるか?」

「別にないな。

 今更……詫びなど言ってもお前も納得はできんだろう」

(だから火に油を注ぐような事は言ってはいけません、お爺様)

「そうだな……別にどうでも良い事だからな。

 老い先短いジジイなどどうなろうと知った事ではないか」

(だからあなたもそんな事を言うんじゃないの)

二人の間は喧嘩腰になり、険悪な雰囲気に変わっていく。

「そういえば馬鹿息子は死んだんだって。

 散々迷惑掛けて勝手にくたばったみたいだな」

「その通りだよ。おかげで親殺しをせずに済んで良かったな」

ジュールの皮肉にお爺様も皮肉で返す。

場の空気が更に重くなっている事に私達は困惑する。

「あんたがそれを言うのか?

 母さんがどれだけ苦労したか……知らないだろう」

「知らんよ……忙しい毎日だったからな」

((だから怒らせる事は言わないで))

私と姉さんは胃が痛くなるような思いで二人を見ている。

『そこまでです。

 いい加減にして下さい……もっと前向きに話し合うように』

二人の会話に割り込むようにルリがウィンドウを開いて話す。

多分ブリッジでモニターしていたのだろう――その顔は呆れたようになっている。

そして私と姉さんに向けられる視線は非難しているようだった。

「だけどな……どうしても感情的になるんだよ」

「わしとてどうにもならん事は理解している。

 まず言いたい事を聞くべきだと思ったんだが」

『だったら喧嘩腰になるのは何故ですか?

 もう少し建設的に話し合うべきです。

 初めて会った事は承知していますが、家族としての歩み寄りはお互いにするべきです』

呆気にとられる様に私達はルリを見ていた。

本来は私達が言わなければならない事をルリに言われて肩身が狭かった。

『姉さん達も見るだけでなく、二人の間に入って話し合うようにさせて下さい。

 何の為にそこにいるのです』

「返す言葉もないわね」

「ごめんなさいね、ルリ」

姉さんも私も素直に謝る事にした。

どうもルリに弱くなってきたようだが、前向きに生きようとする強さが出て来た事は喜んでもいいと思う。

『クロノさんは大丈夫だといわれましたが、お互いに傷つけあうような言い方はやめて下さい。

 このままではどちらも傷ついて憎みあう事になるではないですか』

泣きそうな顔で話すルリにジュールも少し落ち着いたようである。

「……ルリちゃん」

「確かにそうだな、もう少し建設的な意見を出していくか。

 ジュール……何か望む事はないか?」

お爺様がジュールに今後の事を説明する。

「モルガとヘリオの事もあるが、まずはお前の問題から整理しよう。

 お前達の親権だが生まれはどうあれ……リチャードの息子であるので私が後見人として成人するまで保護者になる。

 まあ、火星で生活する事になるからアクアとシャロンが実質的な保護者になるだろう」

「分かりました、その点は合意します」

「次にお前の意思次第だが、クリムゾンの後継としての教育を受ける気があるか確認しておく。

 お前にその気が無くてもお前がリチャードの長男であることは事実だ。

 クリムゾン自体の改革は進んでいるが、後継問題は簡単に改革はできんだろう。

 重役達も私の後を継ぐのを躊躇う者が半数以上だ。

 お前に押し付ける可能性もあるのが現在の状況だな」

「姉さん達は後継者として問題があるのですか?」

ジュールがお爺様に質問する。

何故自分が継がなければならないのかと思っているのだろう。

「うむ、両者とも後継者としての力量がまだ分からん。

 加えて二人ともクリムゾンを継ぐのを嫌がっていたのだ。

 重役達もその事を理解している以上は、嫌がる二人に押し付ける事はないだろう」

その言葉に姉さんは安堵していた。

どうやら火星での生活が気に入ったのだろうと思う。

(クリムゾンの呪縛から姉さんも抜け出したのですね。

 ですが不甲斐ない私達のせいでジュールに責任を押し付ける事になるのでしょうか?

 昔のように血を求めるような事は無くなりかけていますが、お爺様のような冷たい玉座に座らせたくは……)

「その点は保留させてもらいます。

 俺はクリムゾンの事を殆ど何も知らない……知らない状態で無責任な事は言えません」

言葉を選ぶようにジュールは話している。

「うむ、優先IDを渡しておくので、ダッシュ君経由でいいから自分で調べながら判断しなさい。

 ダッシュ君、すまないがジュールの教育を任せたい。

 経済学を中心に教育プログラムを作成して成人するまでにある程度の知識がある状態に。

 継ぐ気がなくともオーナーとしての責務は残る。

 シャロンとアクアにも言ったが、クリムゾンが暴走しないように警告と監視だけは出来るようにしておきたいのだ」

『分かりました、教育プログラムを作成してそちらに送りますので確認してもらいます。

 以後は私の事はダッシュとお呼び下さい、ロバートさん。

 ではモルガ、ヘリオの両名にも追加して教育プログラムを与えますが、

 高等教育が完了し15歳以上になってから行いますがよろしいですか?』

ウィンドウに二人の教育状況を映し出して現状を報告する。

お爺様は確認すると頷いている。

「よろしい、二人にその気が無ければそれも構わんが、何も知らない状態で傀儡になると困るのでな。

 判断できるだけの力は持たせておきたい。

 ジュールには悪いが長男である以上負担が掛かる事は覚悟してくれ。

 いずれ戦争が終わった時に火星に支社を作る事になるだろう。

 お前達三人のうちの誰かがトップになってもらう。

 表向きはクリムゾンの支社だが実質的には独立した会社になるだろう。

 火星の住民で構成された会社になる以上火星人である人間がトップでないと軋轢が出てくる。

 これが現状での継がない為の最低条件になる」

継ぐ気がなくても火星支社だけはどうしても最初にクリムゾンの一族がトップに据える事が必要らしい。

姉さんもこの点は仕方がないと感じているみたいだ。

ノクターンコロニーの支社は実験施設だから技術畑の人間が半数以上だった。

今後の布石として一族の人間を入れておきたいというのは当然の事だろう。

だが地球人では火星の住民は反発する可能性がある。

私達三人はその条件に合う……仕方ないだろう。

(問題は火星支社がいずれ本社になる可能性もありえる事かしら)

「問題だらけです、お爺様。

 戦後の推移を見極めなければいけませんが、ボソンジャンプが普及すれば火星の重要性が増えていきます。

 クリムゾンも最終的には火星が本社になる可能性も捨てきれません」

「やはり……そうなる可能性も出て来るか、シャロン」

私の考えに同調するように姉さんが話している。

ジュールはまだボソンジャンプの事を完全に理解していないので状況が読めないのだろう。

お爺様も腕を組んで考え込んでいる。

「いっそクロノ君を婿養子にして火星支社を任せるか?

 彼なら条件的にピッタリ合うんだが」

「それも一つの条件ですが、火星がクロノを手放しはしないでしょう。

 おそらく火星で最も優秀なジャンパーです。

 経験も実績もあり、ボソンジャンプの第一人者ですので次世代の教育、軍の指揮官として両方に必要とされています」

私が火星の現状を話すと姉さんも頷いていた。

お爺様もその事を聞くと、

「残念だが、そのプランはダメか」

ため息を吐いて残念がっていた。

「ええ、魅力的な話ですがリスクが大きいです。

 アクアが身軽な立場ならアクアを据えれば良かったんですが」

「子育てが忙しいと言うんだな」

「はい、あの子達も火星の次世代を支える重要な人材です。

 今はまだ幼く未熟な雛鳥ですが、これから大きく羽ばたいて行きますわ。

 但し、アクアの悪戯を真似させない事が条件ですが」

姉さんが私を見て笑いながら話すとお爺様も困ったように見ている。

「そんな事はさせません。

 あの子達は立派な紳士淑女にしてみせますわ」

拗ねるように話すと二人は楽しそうに見ている。

ジュールもニヤニヤと笑っている……どうやら私の噂を知っているようだった。

(嵌められたかしら……いいでしょう、いずれこの借りはきちんと返しましょうか)

私は復讐戦の機会を待つ事にした。

この後もお互い意見交換する事でクリムゾンのこれからの事を話し合えた事は幸運だと思う。

この先もこんなふうに笑いあえる日が続くといいなと感じる一日だった。


―――トライデント甲板―――


久しぶりに夜空を眺める。

戦艦の甲板から見上げる日が来るとは思わなかった。

クリムゾンの繁栄を考えて歩き続けてきた。

間違った生き方をしたとは思わないが、家庭を顧みない生き方だった事には変わらない。

結果的にクリムゾンは大企業としてのステータスを得たが、一族はバラバラだった。

孫達は誰もが心に傷を持つような歪な成長をしてしまった。

「馬鹿息子が……親より先に逝くとは何事だ。

 身から出た錆とはいえ悲しい事には変わらんぞ」

リチャードの遺体を見た時、私は自業自得だと感じていた。

私が甘やかした事がリチャードを死なせてしまったと考えていた。

失った命はもう帰っては来ない……リチャードとはもう話し合う事がないのだ。

「冷えてきました……これを」

クロノ君がコートを私に羽織らせる。

「大企業のクリムゾン会長とはいえ後悔ばかりだよ。

 リチャードを…息子を失った……もっと家庭に目を向けるべきだったと反省するしかないな」

「私も復讐に目を向けて家族を捨ててしまいました。

 気が付くと後悔と絶望しかありませんでした」

「……そうか」

「ええ、お互い不器用な生き方をしたものです」

私達は苦笑すると並んで星空を見つめている。

「もし戻れるなら変えられるかな?」

「変える事は可能です……ですが元には戻りません。

 世界に一人取り残されていきます。

 自分は家族を知っていますが、家族は自分の事を何も知りません」

「一から全てやり直すのか?」

「ええ、ですが同じようにはいきません。

 自分自身が変わっています」

「そうだったな……同じようにはいかないか?」

「少しずつ違和感が出てくるでしょう。

 そして何時か破綻する……こんな筈じゃなかったと」

「君もそうなのか?」

「私はあの時死んだものと考える事にしました。

 だからアクアの元にいるのです。

 地球ではなく火星で新しい家族と共に生きて行こうと思います」

「そうか……あの子を任せていいかな。

 強いようで脆い所があるんだ。

 どうやら未来に希望を持ったみたいなので安心だが、大事な孫娘なので心配な事は変わらん」

「守りますよ、家族と一緒に」

「ジュールとシャロンの事も頼むよ。

 あの二人が自分の生き方を選択するまでは気に掛けてやってくれ」

「……はい」

私達はそれ以上は何も言わずにしばらく星空を眺めていた。

「クロノ君、平和になったら酒でも酌み交わそう。

 子供達の未来を想像してな」

初めて会ったアクアの子供達を思い出して、私はクロノ君に約束する。

幼き日のアクアのように私を見つめ、

アクアの身を案じる子供達を見た私は失った息子の代わりにしようとしているのかも知れない。

(代償行為かもしれないが、せめてあの子達が成人するまでは守ってやらんとな)

リチャードの息子である三人の子供と同じように守っていこうと思う。

「いいですな」

クロノ君は楽しそうに応える。

私達は子供達の未来を思い、笑い合うと艦内に戻っていく。

明日の為に休み、また歩き出す為に。


―――基地内 会議室―――


「本日は我々火星との意見交換を行う事をして頂いて感謝します」

タキザワさんが司会となって現在の状況を整理する為の極秘会議が始まる。

オセアニアから連合軍オセアニア方面軍司令官のフレッチャー提督。

欧州からホーウッド准将と欧州方面軍司令官キートン提督。

空母ミストルテインから秘匿回線で参加するアフリカ方面軍司令官グスタフ提督。

そしてアフリカ支援部隊アルベルト・ヴァイス准将。

今回の会議を提案したクリムゾン会長のお爺様と補佐役のお姉さまとミハイルさん。

火星から私とクロノ、タキザワさんにレイの四名が席に着席して会議が始まる。

「では、まずはこの映像から見ていただきましょう」

タキザワさんが今までクリムゾンが押さえてきた地球の政治家と連合軍総司令の映像を見せていく。

司令官の皆さんは映像を見て呆れるやら怒るやら何とも言えない顔になっている。

『正直なところここまで酷いとは思わなかったよ』

グスタフ提督が呆れるように話し出す。

『戦力分析も不十分なうちに戦争を考えるとは何事だと怒鳴りつけたいものだな』

「軍隊なんてものは平和な時ほど腐敗の温床になり易いものだ。

 問題はこれからどうするべきか、考えなければならない。

 戦争を継続するか、停戦するかをな」

クロノがこの先をどうするか、尋ねる。

「現状ではどうする事も出来ないのが我々の考えだ」

フレッチャー提督がが苦々しい顔で話す。

「悔しいが木連が国家として認められていない以上、軍が意見を出しても政府は動かないだろう。

 未だに木星蜥蜴と蔑むように言っておるからな」

「その通りだ。火星の言葉は出鱈目だと宣言している。

 火星を植民地扱いする連中も未だにいるのだ。

 平和ボケした政治家に現状を認識させるにはかなり切迫した状況にでもならん限り難しいぞ」

キートン提督も地球の現状を苦々しく思っている。

「現在、火星は刻限である日に再び問いますが、その際に独立を承認されない時は木連に通信システムを貸します。

 火星の協力で木連に宣戦布告を行ってもらいます。

 地球と木連……火星の住民は木連が謝罪を行えば停戦する事を承諾しています。

 どうも真実を知る事で地球に対して不信感が芽生え始めています」

タキザワさんが火星の現状を話すと地球側の皆さんは状況が悪化する事を懸念している。

火星もまた地球に敵対する可能性が出てきたと考えているからだ。

「この戦争は元々ある技術の奪い合いから始まった」

クロノが全員に告げる。

「地球の企業が火星で発見して大規模な利権を得られると判断した。

 木連はその技術を完全に制御する事でこの戦争を勝てると判断した。

 その為に火星の住民は邪魔になり、史上最大の殲滅戦が行われる結果になった」

平坦で寒気がする声でクロノは話していく。

全員がその声に息を止め、引き込まれている。

「俺の両親はその技術を公開して公共の機関で研究する事で平和に使用できる世界を望んでいたが、

 独占を目論んだ企業によって暗殺された。

 この戦争はその技術の独占を考えた者達によって恣意的な戦争になっているのだ。

 その事を連合市民は知らない。

 そしてその技術は人類を滅亡させるほどの混乱を引き起こすほどの影響がある。

 かつて核によって人類が滅びかけた状況より最悪な状況に陥りかけている」

沈黙が会議室を包んでいる。

知る者もこの場で教えられた者も状況がそこまで悪化しているとは思わなかったのだ。

「この技術は独占する事で巨大な軍事力を得る。

 絶大な権限をその人物は与えられるのだ。

 当然のようにまともな手段ではその人物には勝てない。

 テロ、ゲリラ戦といった戦いになっていく。

 犠牲になるのは力ない者達で泥沼の消耗戦になり、疲弊して人類は衰退していく」

「そこまで酷い状況になるのか、クロノ君」

豪胆なお爺様も驚いている。

「はい、未来は徐々に衰退の兆しがありました。

 地球はこの戦争での責任を取らず、市民も戦争の悲劇を知らずに平和ボケの状態で責任追及はしなかった。

 企業は技術を得る為に非道な実験を行い、犠牲者を出し続ける。

 本来注意するべき政府は利権争いを行い続けて傍観者になっている。

 火星の住民はその為の生け贄となり生き残った者はわずか100人ほどになっている。

 3000万人がたった100人になり、政府は保護もしなかった」

『何故、クロノはそんなに未来の事を理解しているんだ。

 まるで……』

アルベルトさんの声に重なる様にクロノが続きを合わしていく。

「2203年から俺はこの時代に帰還したからだ。

 ボソンジャンプ――古代火星人が火星に遺した時空間転移技術。

 事故とはいえ過去に戻ったチャンスを使って最悪な未来を回避する為に俺は此処にいる。

 ダッシュ、俺にとっての過去であり、一つの世界の未来を彼らに見せてやってくれ」

『……了解しました、マスター』

私達は映像を見ていく……それは悲しみ彩られた世界だった。

第一次火星会戦――火星の住民が為す術も無く殺されていく映像。

平和に生きていた家族や恋人達を無差別に殺していく無慈悲な兵器が其処にあった。

ナデシコ――最強の戦艦でありながら民間人で構成され、偽りの平和を築いた戦艦。

そう民間人が勝手に和平を結ぶなど無責任としか言えなかった。

和平を結んだ後は政府に丸投げの状態などお気楽すぎる。

火星の後継者――火星の住民を拉致して非道な人体実験を行い続ける正義を標榜する狂信者の集団。

連合政府は利権争いで何もしていなかった。

軍もまた権力争いで分裂して火星の後継者に同調する者が出てくる始末。

企業もまたボソンジャンプの技術を奪いあう。

一人の復讐者の誕生――平和に生きていた青年の未来に絶望を与えていく出来事。

穏やかで優しい青年を狂気へと誘っていく。

無責任で何もしなかった者が青年に罪を着せて始末しようとする。

家族を救う為に戦った青年を悪と呼び、非難する何も知らずに操られる連合市民。

最後にランダムジャンプで世界からも弾き出され、過去に一人戻っていく瞬間。

映像が終わった後、誰も何も言えなかった。

……いや言えないのだ。

慰めの言葉などクロノは望んでいないし、責任の所在など在りはしないのだ。

「俺はこんな未来など二度も見る気はない。

 もし同じような事になれば俺は再び復讐者として世界そのものを終わらせる」

クロノが本気で宣言していると全員が理解していた。

たった一人で勝ち目のない戦いを続けてきたクロノなら出来るだろうと確信していた。

「安心したまえ、クリムゾンはボソンジャンプの独占はしないと約束しよう。

 正直なところ、リスクが大きいのだ。

 火星の住民にしか使えないものだと理解した以上は火星に協力する事が最善の方法だろう」

「火星は既に君のおかげで助かり、状況を理解している。

 今後も君の力を借りて未来を変える事を決めている」

お爺様とタキザワさんが宣言する。

『俺は無責任な事をする気はないぞ。

 軍人として一人の男として軍の改革を約束しよう』

「楽隠居は出来そうもないか。

 アルベルト一人に押し付ける訳にもいかんからな」

アルベルトさんとフレッチャー提督が告げる。

「欧州は我々が変えていこう。

 恩を仇で返す事は我々の流儀ではない」

キートン提督の声にホーウッド准将も頷く。

『アフリカは現状では満足に動けんが、再編後は火星に協力しよう。

 軍は火星の独立を認めるが、政治家どもはどう動くかは分からん』

グスタフ提督も出来る限りの協力を確約する。

未来が変わっていくと私は信じている。

此処にいる人達は現状を認識して最悪の状況を回避する事を決断したからだ。

会議は進行していく。

この会議で出し合う意見を基に方針が決められていく。


―――木連―――


木連の暗闘は佳境を迎えていた。

元老院と草壁の対立は草壁の方に天秤は傾いていた。

両陣営の戦力は拮抗していたが、草壁の暗部の方が実戦慣れしていたのだ。

「きぇぇ―――!」

「はあぁ―――!」

暗闇での中で白刃が弾き合う。

白刃がぶつかり合う火花で二人の男の姿が一瞬だが浮かび上がる。

周囲は地獄とも言える光景であった。

力なき者は血の海に沈み、力ある者は互いに殺しあう事で生を奪いあうのだ。

「やるな」

「貴方こそ」

互いに致命傷はないが傷だらけである事には変わりなかった。

男達は笑みを浮かべて白刃を振るう。

時間を掛けて磨き上げた殺人技術を振るう事が楽しいのだろう。

自らの技術をぶつけ合う事で研磨していくのだ。

……より優れた殺人技術として。

「火星にも強き男がいそうだな」

「あれほどの気迫を持つ者です。

 是非戦ってみたいものです」

対峙する男達は構えを変えると動きを止めた様に見える。

男達はミリ単位の動きで互いの動きを牽制しあう。

「貴様を仕留めて、奴の前に立ってみせよう」

「貴方を糧にしましょう。

 そして私が」

互いの主の思惑など忘れたかのように男達は火星の名も知らぬ男との戦いに意識を向ける。

お互いの制空権とも言える間合いに入っていく。

一撃で終わらせるという苛烈な意思がぶつかり合う。

<ギィ――――ン>

そして白刃が煌めき、甲高い金属音が響き渡る。

「ぐっ」

「がはっ」

白刃が折れ、お互いの身体に折れた自分の刃が突き刺さる。

距離を取り刺さった白刃を抜き捨てて、互いに小太刀を抜き合う。

「技量は同じか」

「後は気迫が決めます」

「楽しいものよ」

「ええ、己が技量を研ぎ澄ましていく。

 どれ程この時を待ったか」

待ち望んだ戦いに男達は歓喜する。

全力を出し合って殺しあう。ただその為に存在していたと言わんばかりに笑みを浮かべて向き合う。

「生き残るは唯一人」

「そして次なる戦場へ」

「然り」

「私が勝てば貴方の主の下で火星へ行かせてもらいましょう」

「我を倒すほどの猛者ならこき使ってくれるぞ」

「それは楽しめそうだ」

「勝てればな」

「勝ってみせましょう」

凄みのある笑みを浮かべて男達は全てを賭けた一撃を出す為に気迫を込めていく。

次の一撃など考えない、今の自分の持つ最高の一撃を放ち……次の戦場へ行くのだ。

交差する二人の身体。

両者、膝をつくが一人は倒れ、もう一人は立ち上げる。

「運も実力の上か?」

折れた刀が男の足に刺さりわずかに剣先が鈍かった。

紙一重の差に北辰は自分の勝利を素直には喜べずにいる。

「運など関係ありませんよ。

 強い方が勝つ……それだけです。

 運などで勝てるほどの甘い戦いなどしていません、その結果がこれです」

敗者を辱めるなと男は匂わせている。

「すまぬ」

「行きなさい、更なる戦場へ。

 私の屍を糧に更なる高みへと向かいなさい」

詫びる北辰に男は告げる。

「うむ、いずれ地獄で会おうぞ」

「その時は勝たせてもらいます。

 先に地獄の猛者どもと……戦わせてもらいますよ…………」

男はそう告げると目を閉じて死んでいった。

北辰は男の最期を見届けていると、烈風が近づいて来る。

「隊長」

「この者を丁重に葬ってやれ」

「はい」

近づいて来た烈風に告げると北辰は背を向ける。

「強き男であったわ」

北辰の背には死んだ男に対する敬意があった。

「はい」

烈風もまた男に対する敬意を失う事はなかった。

この日、元老院の暗部は闇に消えていった。

草壁は元老院の掣肘を防ぎ、木連での発言力を強化する。

発言力の低下した元老院はやがて解体されるだろう。

木連は草壁の指導の下で改革が始まる。

明日を見据えて生き残る為に。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

ダメです、収拾すると言いながら脱線した気がする。
まあ、いいけど(オイッ)
なんか悲壮感がありすぎる気もしますが、火星が手に入らなかった木連ならありえるかと思います。
移住する大地を失い、勝ち目の少ない戦いを始める。
しかも終わらせる方法も無いときたら悲壮感もあるでしょう(多分)

では次回でお会いしましょう。



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