最悪の事態を回避しようと動く

その行為は間違いではない

だが真実を知らずに行動する事は頂けない

だから真実を話そう

そして最善の道を選んで行動せよ




僕たちの独立戦争  第六十四話
著 EFF


シオン・フレスヴェール――オセアニア出身の政治家で堅実な政策を行う事で連合政府では良識的な政治家の一人である。

彼はこの戦争の発端を知り非常に憤りを感じていた。

そして連合政府が行った一連のお粗末な対応に苛立ちを見せていた。

「なあ、ロバート……この先どうする心算だ?

 私としては今の連合は非常に危険なものだと判断しているが」

「そうだな。私も今のままでは危険だと認識している」

お互い忙しい立場の二人だが、なんとか時間を作り今回の会談に漕ぎ着けたので前置きは無しで話している。

「クリムゾンは火星の独立には賛成するつもりだ。

 色々世話になっているしな」

「……火星に関しては言いたい事もあるが、仕方ないだろう。

 第一次火星会戦の不始末、ネメシスの一件、どちらも非は地球側にあるからな」

渋い表情で話すシオンにロバートも頷く。

「木連の事もある。

 事前交渉の一件は知っていたか、シオン」

「今更だが報告は聞いている。

 役人どもがお粗末な対応をしとるわ。

 報告書を見たが、あれは交渉なんて呼べるレベルではない……宣戦布告ではないか」

顰めた顔のシオンは地球側の対応に呆れている。

さすがに腹に据えかねているのか、珍しく苛立ちを見せているとロバートは感じていた。

「火星も相当腹に据えかねているよ。

 まかり間違えば火星の住民は全員死亡していたのだからな」

ロバートが告げる火星の住民の憤りにシオンは更に顔を顰める。

「その件に関しては謝罪する方向にしたいものだ。

 私としては火星との関係は急いで修復する必要があると認識している」

「どうやら対策を考えているようだな」

「当たり前だ。未だに対策を講じない連中と一緒にするなよ」

一緒にされては不愉快だと言わんばかりにシオンはロバートに告げる。

「でだ、火星とのパイプがあるクリムゾンの会長に聞くが火星はどうする心算なんだ?」

シオンは今日の会談の最大の目的である事柄を訊く。

今日の会談の結果次第で対策を改めないといけないのだ。

真剣な面持ちでロバートを見るシオンに、

「ふむ、最悪の事態の時は地球に対して大規模な空爆を敢行する予定だそうだ」

ロバートはとんでもない事を口にしていた。

「待て! そんな事を出来ると思うのか?」

シオンは信じられずにロバートに正気かと問う。

地球最大の防衛機構であるビッグバリアを撃ち破る手段などないとシオンは考えていたのだ。

「ビッグバリアを無効化できるのだ」

端的に状況を伝えるロバートにシオンは頭を抱えている。

「ビッグバリアを無効化できる以上はありえそうな話だが」

どうやらシオンが考えていた以上に状況は不味いものだった。

「ネメシスを地球にお返ししようかと言っているがどうするかね?」

「そういう事はしない方向に誘導してくれ。

 さすがにそういう事態になれば連合政府も火星に対して軍事行動を取らざるを得ない」

シオンは最悪の事態になる事だけは回避したいと考える。

「反撃できる体制が残れば良いがな」

ロバートが冷ややかにシオンに告げる。

その顔はまず無理だろうと物語っている。

「そんな状況にはならんだろう……それとも…なると言えるだけの情報があると」

シオンはロバートの真意を測りかねるように見つめる。

「一応、地球にはビッグバリア以外にも防衛システムがあるぞ。

 それすら無効に出来るとでも言うのか?」

そんな魔法みたいな手段など現実主義者のシオンはありえない話だと考えている。

「可能だぞ、火星はその手段を持っている。

 既に実験は完了して、万全の状態で地球の返答を待っているのだ」

ロバートがあまりにも簡単に告げたので、シオンは聞き間違えたと思って聞きなおす。

「冗談にしては面白くないな。

 お前さんにしては珍しく面白味のない冗談だよ」

「冗談だと良かったんだが事実だよ。

 だいたい火星とクリムゾンはどうやって連絡を取り合っていると思うのだ。

 通信も満足に出来ない時もあるのに、どうやって現状を正確に把握できると考える」

容赦なく事実を述べるロバートに、シオンは状況がそこまで切迫しているなどとは信じられなかった。

「……それは通信以外にも交流があると考えたら良いのか?

 どうやって火星から地球まで来るのだ……一応、木連も火星と地球の航路は封鎖しているだろう。

 クリムゾンの戦艦の実力はオセアニアの連合軍から聞いているが、

 いくら火星から齎されている技術でも戦艦の数が不足する火星では戦艦を動かすリスクが大きいだろう」

軍人ではないがシオンもある程度の軍事知識を有している。

専門家ではなくとも火星と地球を往復するのは難しい事くらいは理解できる。

「もしネルガルのナデシコ級の戦艦を所持しているとしても防衛に専念させないと不味いだろう」

「……10隻だ」

「は?」

「だから火星はナデシコ級の戦艦を現在10隻……戦線に配備している。

 それだけではない……ナデシコ級以上の大型戦艦もあるし、用途に応じた空母や特化した特務艦も存在している」

自分の知る情報とは全く違う事態にシオンは呆然とする。

「うち三隻は《マーズ・ファング》が使用している。

 あれは火星宇宙軍所属の艦艇なのだ」

してやったりという顔でロバートは呆然とするシオンに対して笑みを浮かべる。

後ろで控えているミハイルは呆れた感じでロバートの悪戯にため息を吐いている。

シオンの後ろで控えている秘書も次々と与えられる情報に飽和状態になっていた。

「ちなみに火星の機動兵器は火星の戦略事情から対艦攻撃力を保有する事が前提条件で開発されている。

 最新の機種に関してはナデシコ級の戦艦すら単独で撃沈出来るほどの攻撃力を保有しておるよ」

与えられる情報を理解するにつれてシオンは渋い表情になっていく。

「まさか……そこまで戦力の差が出てきたとはな」

「質に関しては優秀だが火星には人的資源ではるかに地球に劣っているのも事実だ。

 この意味を理解してるか?」

ロバートの質問にシオンは目を閉じて考え込んでから……答える。

「つまり……火星を追いつめるなという事だな」

「そういう事だ……火星はその事を理解している。

 火星とて非道な戦術だと理解しているが」

「人的資源もしくは軍事拠点、食糧生産拠点を真っ先に潰すか」

ロバートの意見に合わせるように、シオンが考えを述べると秘書も暗い表情になる。

「勝つために手段を選べないのが現実だな。

 それに連合政府のした行為を考えると大義がどちらにあるか解るだろう」

ロバートがどうにもならんという様に話していく。

「エドワードはしなければならないと判断すれば、躊躇いなどせん。

 その事はお前が一番知っているだろう……一応、一人娘を任せるほどの男なのだから」

「ジェシカの事は関係ないだろう」

憮然とした顔でシオンは告げる。ジェシカ・ヒューズ……旧姓ジェシカ・フレスヴェール、シオンの一人娘だった。

色々事情があって、今は火星でエドワードと結婚して移住したのだ。

「そうは言ってもだな……大事な一人娘の婿だろう。

 いろいろ複雑な事情もあったが、今も心配なのは変わらんだろう」

そう言うとロバートは背広の内ポケットから一枚の写真を取り出してシオンに渡す。

受け取ったシオンは写真を不思議そうに見つめている。

「サラ・ヒューズ……お前さんの孫娘だよ。

 隣にいる二人の少女はアクアが火星で保護しているIFS強化体質の子供達だがな」

ロバートに聞かされて、シオンは初めて見る孫娘の顔を見ている。

金色の瞳の二人の少女と笑い合っている孫娘にシオンは頬が緩みそうになるのを堪えている。

大事な一人娘が産んだシオンにとっては初孫。

出来る事ならこの手で抱き上げて、自分の側に置いて一緒に暮らしたいと思っている。

「駆け落ち同然だったが、それでも火星で幸せな家庭を築き上げていた。

 今回の連合政府の暴走で危うく全滅している所だったが……生き残っている」

ロバートの告げる事実にシオンも複雑な顔でいる。

状況次第では娘夫婦を失っていたのだ。

「お前さんはエドワードを高く評価していた……だから駆け落ちしても連れ戻さんかったのだろう。

 そろそろ許してやったらどうだ?」

事情を全て知っているロバートはシオンの不器用な所を非難するわけでもなく、もういいんじゃないかと話している。

後ろで控えている秘書も長年の付き合いからロバートの意見に何度も頷いている。

「……別に許していない訳じゃない。

 ただ先方に対しての謝罪もあったのだ」

「もう……十年以上も前の事だ……時効にしておけ。

 私のように息子を失ってからでは取り返しはつかんぞ」

シオンがロバートを見るとその顔は沈痛なものが浮かび、失った痛みを感じさせていた。

「自業自得とはいえ……さすがに堪えたよ。

 お前さんとは長い付き合いだ……後悔するのは辛く苦しいぞ」

私のようになるなとロバートはシオンに忠告する。

シオンもまたロバートが自分を気遣っている事を知り、複雑な胸中で手元の写真を見つめている。

「どちらかと言えばエレインに……似ているな」

シオンは亡くなった妻の面影を残す少女の写真を見ながら呟く。

「ああ、目元などよく似ている。

 あの頃はお互い未来に希望があると信じていた」

「そうだな、まだ現実を知らずに理想だけを追いかけていたな」

お互い多くのものを失いながらもそれぞれの立場で生き残ってきた。

幾多の屍の上を歩いてきた男達だからこそ、現状を快く思っていないのだ。

「もう一度、年寄りが頑張らないといけないみたいだ」

「周囲の者がもっと先を読めるようになっていれば」

ロバートの声にシオンも顔を曇らせて現状を憂いている。

「お互いまだ楽隠居はできん……複雑な問題を抱え込んでいる。

 最悪は連合を抜け、オセアニア、欧州、アフリカの3ブロックで新しい器も考えなければいけない」

「そこまで考えているのか?」

ロバートの意見にシオンも後ろに控える秘書もクリムゾンが本気で動くのだと知る。

「ああ、惑星間戦争など誰も望まんだろう。

 火星も木星も政治形態こそ違えど、一つにまとまっている。

 地球だけがそれぞれの国が自分達の思惑で勝手に動いて足の引っ張りあい……これではどうにもならんよ」

力はあっても方向性はバラバラ。

意思統一が出来ていない国家など……どんなに強大でも満足には戦えない。

「そうだな、終わらない戦争に足を踏み入れた地球は勝っても負けても大きな傷跡を残す。

 木星も火星の住民は地球を信用しない。

 勝ったとしても驕った心で対応する地球に恨みを抱き……禍根を残していくな」

きちんと現状を理解しているシオンは今の状況が非常に危険なものだと感じている。

ロバートはそんなシオンを見て安堵しながらこの戦争の危険性を告げる。

「勝てば戦争責任など誰も取らんよ。

 連合市民は未だに戦争をしていると自覚していない。

 お前にはまだ言っていないが、この戦争は借り物の技術を使っての戦争でな。

 火星曰く"希望のない、パンドラの箱が開いた状態へと動き出した"そうだ」

「待て! それはどういう意味だ?」

シオンもまだ知らない事柄をロバートは告げていた。

「これをご覧になって下さい」

ロバートの後ろに控えていたミハイルがシオンと秘書に報告書を渡す。

受け取った二人は読んでいくが、その顔は次第に険しいものへと変化する。

「これは何の冗談だ?」

シオンが苛立つようにロバートを睨みながら問う。

「こんな事は到底信じられん。

 正直なところ……お前が正気なのか疑いたいのだが?」

「ボソンジャンプに関しては火星が実用化している」

ロバートはシオンの視線を正面から受け止めて話す。

そこには甘さなど微塵もなくクリムゾングループの会長としての重責を背負う男の顔があった。

「火星との貿易に関してはこのボソンジャンプによる移動を以って行っている」

「テンカワファイル……正直信じられんレポートだよ。

 だがボソンジャンプがあると信じればチューリップから出現する戦艦などは理解できる」

「あれは扉だ……二つの扉を使う事で移動を可能にしている。

 全てのチューリップの出口は木星だ」

補足するようにロバートがシオンに告げる。

「では火星はジャンプシステムを開発する事で自由に移動しているのだな」

「そうだ。だがボソンジャンプの真の恐ろしさはこれだけではない」

ロバートが告げる言葉を一つも聞き逃さないようにシオン達は注目する。

「ボソンジャンプは時空間移動の技術なのだ。

 古代火星人は厄介なものを火星に遺してくれたのだ」

クラリと眩暈を感じながらシオンは呻くように話す。

「…時……時空間…移動だと」

「独裁者に渡る危険性が理解できるか?

 自分の思うままに歴史を改変する可能性もある……既にこの世界は改変されている」

「なんだと!?」

歴史が改変されていると言われて、シオンは思わず立ち上がっている。

両手をテーブルにつきシオンはロバートに向かって叫ぶ。

「ふざけるな! そんな事は許されん!」

「第一次火星会戦までは変わっていない」

激昂するシオンにロバートは表情を変える事なく歴史の変化を告げる。

「火星は木星の無人機によって全滅だったそうだ」

冷水を浴びせられたようにシオンも秘書も頭を冷やすと同時に背中に冷たい汗が流れている。

「生き残った僅かな火星の住民はボソンジャンプを独占しようとする者達の犠牲になったそうだ。

 そして人類はボソンジャンプの奪い合いのおかげで衰退していくそうだ」

火星で生きていた娘夫婦や孫が死んでいたと、聞かされてシオンは困惑する。

歴史を改変した事で無事だった為に、それが間違いだったとは言えなくなったのだ。

「火星に生まれし者はボソンジャンプに呪縛されていると改変した人物は言っていた。

 お前さんの孫娘であるサラ・ヒューズもその一人だ。

 あの子は地球では生きられん……権力を持つ者の道具になりかねん」

「そんな事はさせん! ふざけた事を言うのはやめろ!」

ドンとテーブルに拳を叩きつけてシオンは叫ぶ。

まだ会った事はないが、大切な一人娘が産んだ孫娘を道具扱いなど断じて認められない……シオンはそう考える。

「前史では火星の住民が実験材料になった……彼はその被害者でもある」

苛立ちと怒りを見せるシオンにロバートは真実を告げる。

「くっ! どこまで恥知らずがいるのだ」

舌打ちするシオンにロバートは話していく。

「彼とてこの時代に望んで帰ってきた訳ではない。

 偶然ジャンプ事故で帰還したのだ」

悲しみを含んだ声で告げるロバートにシオンが意外そうな顔で見つめる。

「珍しいな……感傷的になっているのか?」

現実主義者でどんな時でも非情に徹していたロバートの姿ではなく、何処か疲れた様子で話すのだ。

いぶかしむ様にシオンが見つめていると、

「たった一人この世界に戻ってきた……自分は皆を知っているが、皆は自分を知らない。

 しかも未来には絶望しかない……だが変えて良いのか、悩んだ末に行動している。

 変えた事で助かった者がいれば、逆に変えなければ生き残った者もいた……私達には理解できん苦しみを背負っている」

そう話すロバートにシオンもその人物の苦悩を知り、何とも言えないような顔になる。

「歴史を変える……か」

「少なくとも火星の住民を助けた事は間違いではないと私は考える。

 今のところ火星の住民にしかボソンジャンプは制御できない以上は火星で管理するしかない。

 そうなれば住民の保護は当たり前の事になる……悪くはないだろう」

「お前の言う通りだ、ロバート。

 火星の住民しか使えない技術など地球で管理など不可能だ。

 そうなると火星の独立も必然になるのか?」

「火星に独自の武力があれば迂闊な事をしないだろう。

 あとは其処に監査、監督、強制捜査などの権限を与えてきちんとした管理機構を作ればいい」

「今の連合にそんな組織を作っても無意味だろう。

 火星に作るしかないというのは理解できる」

「クリムゾンはこの戦争で今の連合市民の意識改革を行いたいと考えている。

 次の時代を後世に残す為にな」

「協力しよう……最初から逃げ道はなかったんだな」

ロバートが自分の力を当てにしている事を理解していたシオンは高く売りつける気持ちで会談に臨んでいた。

(どうやら想像以上に難しい局面になりそうだ)

上手くクリムゾンを通じて火星との関係を改善しようと考えていたシオンは忙しくなる事を覚悟していた。

「今度、火星に視察に行く。

 お前さんも付き合え……火星の状況をその眼で見て行動してくれ」

「分かった付き合おう。

 何名か人員を連れて行っていいか?」

「一応、内密にな」

「その点は信用してくれ」

「うむ、仕事もあるが、初孫に会えるぞ。

 アクアがいうには内気で少し人見知りがあるそうだ。

 そんな顰めた顔で会えば、怖がられるから気をつけんとな」

「ほっとけ」

ロバートの意見にシオンは憮然とした顔で話す。

こうしてクリムゾンの協力で火星は連合政府との極秘のラインを作る事になる。

シオン・フレスヴェール――エドワード・ヒューズの義理の父親で連合政府の良心とも言われる政治家である。

連合政府もまた新しい局面へと動き出す。


―――こうづき艦橋―――


「―――そういう訳で俺達が囮になって引きつける。

 三原、お前の役目は強襲を仕掛ける事で一気に地球の衛星を制圧する事だ」

高木は作戦の肝ともいえる部分を強調する事で慎重に動くように注意している。

『任して下さい。自分は必ず成功させて見せますよ……命に代えても』

画面に映る三原智弘――分艦隊指揮官に高木は真剣な眼差しで話す。

「命に代えてもなどと言うな。

 俺達は生きて帰るんだ……作戦が失敗しても構わん。

 戦況を正確に把握して、危険だと判断したら撤退してもいい。

 無駄死にだけは許さんからな」

高木はこの作戦が成功しても失敗しても構わない様に話している。

『よろしいのですか?』

高木の考えに三原は思わず確認を取る。

この作戦は木連にとって大事な作戦だと考えていたからだ。

「そうだな、今陥落させても有効に使える可能性もそうないぞ。

 出来る事と言えば落として地球に大打撃を与えるくらいだろう」

『戦略拠点としては使えませんか?』

三原の質問に高木は、

「いや、十分使えるぞ」

あっさりと三原の意見を肯定するが、

「だが戦略拠点としか使えんだろう。

 それだけでは色々と不都合でな、移住先の確保もしないと」

月を陥落させる最大の利点を話す。

「火星への移住が難しい以上は代替先を確保しないと」

『その為に月ですか』

高木が月の攻略を優先する理由を聞いて三原も納得している。

確かに宇宙空間に浮かぶ市民船よりは月の方がまだマシだろう。

人口過密になり始めた木連にとって新しい移住先を確保する事が大事なのだと高木は考えている。

「短期決戦ですね」

高木の意見を代弁するように大作が告げる。

「長期の作戦は木連には厳しい……ではどうするか?」

「一気に地球を黙らせるにはコロニー落としが有効だが……」

「犠牲になるのは何も知らない一般人ですか」

大作の言葉に艦橋の乗員は沈黙している。

さすがに大規模な被害が出ると予想される作戦に色々思うところがあるのだろう。

「別に一般人の被害など幾らでも出ても構わんよ」

高木は苛立つように話している。

「自分達が選んだ政府の行動で死んでいくんだ……文句を俺達に言うのは筋違いだろう。

 だが必要以上に怨まれるのは好かん。

 後々禍根を残すような戦略を選択するのは得策ではないだろう……違うか?」

『いえ、逆恨みなどされるのは迷惑です。

 無責任な人間にはそれなりの報いが来ると知ってもらうのは構いませんが』

高木の問いに三原は問題などないと答える。

「火星は高みの見物ですか?

 私達が殺しあう光景を見て、愚か者よと呆れているかも」

大作が苦笑しながら二人に話す。

安易に戦争を始めた地球、地球の挑発に乗り火星の住民を全滅させようとした木連。

どちらの陣営にも良い感情はないと大作は考える。

「せいぜい殺しあってくれでしょうな」

皮肉をタップリと加えた意見に全員が苦笑している。

「……自業自得って奴だな」

高木の言葉に誰も反論はしない。

「さて始めるぞ。

 三原……捕虜についてだが、俺達には余裕がないからさっさと解放しておけ」

『了解しました。

 解放できぬ時はどうします?』

「そうだな……協力する者は丁重に扱え。

 逆らう者はどうにも出来んから始末しろ」

非情ともいえる高木の言葉だが、木連の台所事情を考えると仕方ない。

人員の少ない優人部隊では大量の捕虜など監視できず足枷になるのだ。

「戦争だからな、譲歩できる所は譲歩してもいいが」

『ではその様に』

高木もまた苦悩している事を知り、三原も仕方がないと割り切る事にする。

『それではこちらも行動を開始します』

「おう、無理はしなくてもいい。

 地球に対する牽制になれば十分だ」

高木の意見に三原が頷くと通信が終わり、分艦隊も移動する。

「では始めよう」

高木は艦橋の乗員に告げる。

「作戦名――影月を発動する!」

高木の号令に乗員は指示を出していく。

木連の軍事行動がいよいよ本番を迎えようとしている。


―――トライデント ブリッジ―――


「やはりナデシコへサレナを渡した事は不味かったか」

『まあな、議会も複雑な気持ちらしいぞ。

 クロノには感謝しているが、さすがにネルガルへ技術を渡す事は俺も反対だったからな』

クロノの思いは理解しているが、レオンは今回の一件を快くは思っていなかった。

火星の住民は大なり小なりネルガルに対する感情は良いとは言えないのだ。

議会の者達は感情的にならないようにしているが、それでも……。

「安心しろ……もうナデシコに行く事はない。

 俺の帰る場所はもうナデシコにはないと理解したよ。

 これ以上は係わる気はない……レオンにも迷惑を掛けたな」

吹っ切れたように話すクロノにレオンはホッとしたように見ていた。

『仲間を大事に思う気持ちは分かるさ』

「そうだな、迷ってばかりだ……昔はこんなふうに迷う事などなかったんだが。

 どうも甘さが出てきたのかもしれない」

非情に徹しきれないとクロノはいう。

「弱くなったのかな」

『そりゃ、違うだろう。

 誰だって未練はあると思うぞ……俺も仲間の事を考えると非情に徹しきれるか分からん』

何年も自分を信じてついてきた仲間を思うとレオンも複雑な気持ちになると考えているようだ。

『色々複雑なのは理解しているから、議会の連中も強くは言えないのかもしれん』

「いっそ査問会でもあれば」

『それこそダメだ。余計に信頼関係が拗れる』

クロノの意見にレオンがキッパリと注意する。

『皆だって心の中では割り切っていると思う。

 多分な、不安なんだと思う……お前が火星から離れるんじゃないかとな』

「もっと話し合うべきか」

クロノがお互いの気持ちを話しておくべきだと考えている。

『まっ、心配させたんだ。

 帰ったら議会の連中に心配かけたと言ってやんな』

そう言い残すとレオンは通信を終える。

「心配をかけているな……」

「そうですね」

クロノの呟きにアクアが曇らせた顔で応えている。

ブリッジのクルーも複雑な顔で二人の様子を見ている。

クロノとアクアは信頼している、だがネルガルを信用しているかと聞かれれば"信用していない"と誰もが言うだろう。

それだけの行為をネルガルはしたのだ。

火星におけるネルガルの信用は失墜している。

今回のクロノの行動は問題があると非難されても仕方がないのだ。

逆に火星におけるクリムゾンの信頼は上昇している。

第一次火星会戦でのノクターンコロニーからの武器供与は危機的状況にあった火星に福音を呼び込んだ。

ブレードストライカーの護衛による避難活動で火星の被害は最少限に抑えられた。

特に人的被害が抑えられたので火星の住民のクリムゾンの武器供与は感謝されている。

クリムゾンの思惑を知る者でもその点は評価されている。

クリムゾンはボソンジャンプの利用したいので、火星の独立を支援すると言っている。

火星コロニー連合政府もその事は承知の上でクリムゾンの関係を続けているが、市民はその事を知らない。

次の時代を制する為にクリムゾンと火星は様々な思惑を秘めながら行動している……複雑な関係である。

ただロバートの仲介でアスカとのパイプが出来た事は政府関係者には意外とも言える事だった。

ロバート自身曰く「ボソンジャンプを独占するのは非常に危険だと考えている」と火星の政府関係者に告げている。

「クリムゾンだけが火星との関係を維持するのもある意味独占だろう。

 クリムゾンとしてはこの状態を維持したいという考えもあるが、戦後を考えると不味いと考える。

 他の企業も参入させないと暴走する危険もある。

 ならばアスカを先に引き込んでおけばいい。

 アスカは会長が火星で生活し、その娘はジャンパーなのだ。

 社員の子供には潜在的なジャンパーがいる以上は、テンカワファイルを見せれば否応なく味方に出来る」

この意見に火星連合政府はクリムゾンに対する牽制を兼ねて賛成する。

だがエドワードやシャロンなどの政府関係者、アクア、クロノはロバートの真意をそれとなく理解している。

アスカとクリムゾンの合同での火星のコロニー復興事業で、

クリムゾンは最大の弱点であるコロニー開発のノウハウを手に入れようと画策しているのだろうと推察している。

「相変わらずお爺様は先を見越しての手を打ちますね」

「どのみち火星が他の企業と付き合うのならクリムゾンを強化できるように行動する。

 本当に油断も隙もないわね」

アクアとシャロンが感心するような呆れるようなコメントを述べている。

クリムゾンは今日も強かに行動している……次の時代を見据えて必要な力を得る為に。


―――ネルガル会長室―――


「……引き抜き?」

アカツキは怪訝な顔でエリナからの報告を聞いていた。

「はい、技術者ではなく、一般の社員や作業員なんですが、アスカの造船部門に引き抜かれています。

 新型艦の売り込みを始める為とクリムゾンからライセンス契約したブレードストライカーの生産ラインの確保です」

「技術者はいないんだよね?」

確認するようにアカツキは問う。

技術者を引き抜かれるのはネルガルの損害になるとアカツキは考える。

「ええ、技術者は引き抜いていないわ」

エリナはアカツキの懸念を理解して話すが、その顔はどこか厳しい様子だった。

「何かおかしな所でもあるのかい?」

エリナの様子からアカツキは問題でもあったのか聞く。

「そうね……20〜30代の夫婦を中心に引き抜いているのよ。

 どちらかというと身軽な独身者は避けるように」

「普通は身軽な独身者を優先しないかい?」

アカツキの疑問に当然とも言えるかもしれない。

扶養家族が居る以上は経費が掛かる事は間違いないのだ。

「それなんだけど、多分…引き抜いた人材は火星に移住している可能性が高いわ」

アカツキの疑問にエリナは迷いながら答える。

「おそらく潜在的なジャンパーを地球に置かずにする事が目的だと思うの」

「後手に回りっぱなしだね」

「事前情報がある火星は先手先手を取れるわ。

 但しこちらも一人ジャンパーの可能性のある人物を確保しているけどね」

「ほう、誰だい?」

エリナの報告にアカツキは意外と言える響きの声で聞く。

火星の裏を掻いたとも言えるが、罠の可能性もあるのだ。

「ミスマル・ユリカ……ナデシコの艦長よ」

嫌そうな顔で話すエリナにアカツキは厄介事を押し付けられた気になる。

「ムネタケ提督は知っているのかな?」

「分からないわ……ただ軍と揉めるなと警告を受けている以上は強硬な事は出来ないけど。

 それに十年前の事件もあるわ。

 ミスマル提督もネルガルの動きに警戒する可能性も……」

「十年前の事に関してはミスマル提督も沈黙するだろう……今更だけどね」

アカツキの考えにエリナも首肯する。

「そうね、今更だけど表沙汰にしても無意味ね」

「仮にミスマル提督が公表しても火星にすれば、何を今更だろうね。

 どんなに言い繕っても言い訳にしかならない」

「軍とネルガルの行動を知った時点ならともかく、十年も過ぎた時点で公表する……滑稽な話ね」

「確かにその時点では権限もなく、公表しても無意味かもしれない。

 だけど内部告発でもする意味はあるんだ……結局、軍の思惑に乗ったのさ。

 友人よりも軍の行為を容認した……アスカの会長とは逆の行動をした訳だ。

 おそらくキョウイチロウ・オニキリマル氏は全てを知ったからネルガルを警戒したんだろう。

 だからネルガルの動きを常に警戒していた」

「その結果がジャンパーの引き抜きって事?」

エリナの問いにアカツキは頷く。

「火星はまだこちらを警戒している。

 なんせ火星の住民の抹殺を目論んだんだ……警戒しない方が不自然だよ」

アカツキの意見にエリナは顔を曇らせて頷く。

今の地球ではネルガルはクリムゾンと肩を並べるほどの企業になっている。

だが次の時代に適応できるかどうかはまだ……判らない。









―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

筆が遅くなってきている様な気がします。
以前は二日で一話が出来ていたんですが……展開を考える為に想像以上に迷う事が多いです。
幸いストックがあるので何とかなっていますが、これ以上遅くなると週一話のペースになりますね。
皆さんの期待に応えるように鋭意努力してますが。

それでは次回でお会いしましょう。




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