表には出ない戦いが始まる

だがそういう戦いこそが大事なのだと今は思う

政治に係わる気はなかった

責任ある立場になった以上はそうも行かない

無責任な結末を望まないから此処に居る

では行こう

未来をこの手に掴む為に



僕たちの独立戦争  第六十八話
著 EFF


「ふむ、なかなか骨のある男だ。

 こういう男がトップなら此処まで酷い状況にならなかったんだが」

連合軍本部を監視しているSSからの報告にロバートは苦笑いをしていた。

「全くだ、ドーソンのおかげで連合全体が大赤字になって来ている。

 既に戦死した連合軍兵士の遺族の補償は連合の予算に打撃を与え始めている。

 人的損害こそまだ顕著に出ていないが、この分では社会に影響が出るのはそう遠くないぞ」

シオンが現状を思い出して、予算問題から始まる連合の税率の引き上げを考えて頭を抱えている。

「失った艦艇の補充、遺族への補償、新規に補充する兵士への給料、どれもがただで出ると思っているのか。

 支払いは全て連合政府に任せて、私腹を肥やしている……腹立たしい事だ」

「市民の意識改革も始めないと……火星の住民の感情も報復へと傾く可能性もある。

 火星コロニー連合政府は理性的な対応に留まりたくとも、市民の声が高まれば抑えきれは済まい」

ロバートの意見は尤もだとシオンは考えている。

「やはり情報操作を始めるべきか?」

端的にシオンがロバートに告げると、ロバートも複雑な顔で頷く。

「市民から気付くように持って行きたいが、平和ボケが長かった所為か……未だに悲観的な考えもせん。

 ビッグバリアを開発したのは間違いかもしれん。

 安全を確保した所為で……戦争の悲惨さを認識できなくなったのだろうか?」

「お前の言い分も分かるが、やはり最大の問題は連合内部の事だろう。

 知っての通り、地球はまだ惑星国家として完成していない。

 連合はブロック毎に統治しているように見えるが、実際には国毎に分かれて意見を調整している有様だ。

 欧州は百年掛けて、一つのブロック化に成功しているが、他はまだ出来ていない。

 何をするにもアメリカの横槍が未だに入るのだ」

シオンが連合政府の現状を話す、ロバートも不快な表情で聞いている。

「北米と南米の関係も拗れてきている。

 散々搾取してきた報いが、此処に来て表面化している」

「そうだな、北米企業へのテロも始まった。

 北米が自国の安全だけを考えた所為で、南米は完全に切り捨てられたと思った訳だ」

北米と南米は同じアメリカではないと北米は態度で示した。

「連合政府も事態を静観出来ぬ状況になってきていると判断している。

 この際だから、北米ブロックと南米ブロックに分離するべきだという意見が出てきている」

「北米の管理体制の不備を認めるのか?」

ロバートの問いにシオンは肯定する。

「そうなるだろう、防空システムを作らなかったのは北米の失策だ。

 アフリカほどではないが死傷者の数は多い、北米がすぐに部隊を派遣すれば助かった人命もあるしな。

 この件は管理をしていた北米の責任問題だろう」

「さてさて、リーダーシップを取り続けてきた連中はどう説明するのか、聞きたいものだ」

「吊るし上げは決定しているぞ。

 強硬的に戦端を開こうとした官僚の殆どが彼らの息が掛かった連中だ。

 主流派と呼ばれた者は失脚は回避できんだろう」

側に控えているミハイルとシオンの秘書であるロベリア・ザイツェフは思う。

((陰険ジジイの腹黒会談なんて聞きたくないですね……ああ、窓の景色がとても美しく感じます。

 早く時間になりませんか?……此処に居るのはとても辛いんです))

周囲に待機している随行人員も二人が放つ黒い波動に怯えが入っている。

二人の棘のある会談を側で聞いているのが怖いのだ。

二人からしてみれば、

「綺麗事で社会は成り立たんし、かといって汚濁に塗れた社会など不要だろう」と言うのが関の山である。

お互い清濁併せ持つ意味を理解した上での会談なので文句は言えないのだ。

寧ろこの程度で怯えてどうするのだと、逆に二人から叱責されるのは間違いないので聞くに留めていると言うのが内心。

「お前達も何れは次の世代に対応できる様にせねばならんのだ。

 こうやって年寄り二人がいる間に自分の信念と覚悟くらいは固めておけ」

「そうだな、ウチのミハイルは大丈夫だと思うが、他の者はまだまだ甘い所があるようだ。

 クリムゾンをこれから支えていくのはお前達なのだ、しっかりして欲しいものだ」

シオンとロバートの二人の言葉に殆どの者が凹んでいるが、大切な事は理解しているようでそれぞれ思いを巡らせる。

『会長、準備が完了しました。

 これより火星へのボソンジャンプを開始します』

「うむ、では行こうか」

彼らは第一次火星視察団として火星へ訪問する……現状を把握し、より良い未来を模索するべく。


―――月基地―――


「……ひどい有様だ。木連の消耗戦に付き合うとここまで酷いものになるのか」

ソレントは損害報告を確認しながら、損害の激しい部隊の再編成の指示を出している。

六度の戦闘が終了した時点でパイロット達の負担は深刻なものになっている。

「第7派が来る前に休息させたいが……難しいか」

疲れ知らずの無人機と有限の体力の人間では、時間が進むにつれて限界が自ずと浮き彫りになる。

「攻撃する側は休息を交代でしているでしょう。

 我々の側はそうも行きません、このままでは……」

語尾を濁したコールドの声にソレントも顔を曇らせている。

弾薬の補充もしなければならないが、地球との航路が閉ざされた以上はこの基地にある分で賄うしかない。

「…………撤退を考えるしかないか?

 現状では座して死を待つしかないなら、負け犬と蔑まれようとも部下達を生かしてやるのも司令官の務めだ」

「そうするのなら、早めにしませんと。

 体力が残っている内でないと、かなりやばい事になります」

体力――この場合、兵士達の士気、体力、弾薬、燃料のある内にしないと不味いとコールドが話す。

木連の六度の攻撃で損害も想像以上に出ている、他にも時間的猶予が限られ始めているのだ。

「敵の本営は発見できたか?」

ソレントは撤退を模索する為に、相手の位置を知りたかった。

「残念ながら……発見できませんでした。

 無人偵察機は全て破壊され、位置の特定は出来ない状況で戦闘が始まりましたので」

「……そうか、本営を強襲する事で敵を混乱させて、撤退したかったんだが」

被害を最少にしようと考えたソレントの考えはいきなり頓挫する。

「敵、第7派来ます!」

「迎撃せよ、コールド……手の空いてる奴を集めて、撤退の準備を始めろ。

 命令違反に対する責任は私が取る。

 こんな犬死を部下にさせるわけにはいかんしな」

「……了解しました」


ソレントが撤退を決めた頃、地球連合軍総司令官ドーソンも一つの決断を迫られていた。

「見捨てるつもりだったが、上手く行かないものだ」

「だが、見捨てない訳にも行きません。

 連合政府からも月を見捨てるのは止めろと通達しています」

参謀が複雑な表情で話している。

「向こうは予算の問題から話していますが、確かに金がないと何も出来ない事に違いませんから」

「くっ!」

シュバルトハイトの意見が連合政府の見解と一致した事にドーソンは不愉快に感じている。

「政治家どもが軍人に意見しおって、黙って言う事を聞いていれば良いものを」

「アメリカブロックの再編も議会で問題になっています。

 南米の防衛が不十分だとオセアニア、アフリカ、欧州から出ています。

 さすがに三ブロックからの共同声明に連合もブロックの見直しを迫られそうです」

「なんだとっ!?」

参謀からの報告にドーソンは腰を浮かせていた。

「北米議会は猛抗議していますが、このままでは見直しも已む為しの意見も出そうです」

「冗談ではないぞ。そんな事になれば、私の責任問題にまで発展するではないか!」

自業自得と言う結果なのだが、ドーソンはそれに気付かない。

(この男はもうダメだな……まあ、適当に話を合わせながら離れて行くか?)

参謀はドーソンに見切りをつけて逃げる算段をしているが、既に参謀自身が連合軍に身の置き場が無いという事を知らない。

火星の独立宣言以降、欧州を解放している部隊が火星宇宙軍である事は連合軍内部では禁句ではある。

その事を連合政府が知らないと二人は判断していたが、実際は連合政府でもその内容を知っていたのだ。

公に出来ない内容だが、連合政府も事此処に至って火星に対して行った事柄を危惧するものが増えている。

理性的な判断が出来る者は火星と木連が手を結ぶ事を危険視している。

欧州から極秘で送られてきた情報に大慌てで対策を考えようとしているのだ。

火星宇宙軍は地球連合軍より強力な武器を所有し、連合軍より実戦慣れした部隊が存在するのだ。

そして火星のテクノロジーが木連へ流出すれば、

連合軍が数で押し潰すという非常に戦後に問題が残る方法しか選択できない事態に発展する可能性もあるのだ。

連合政府もこの戦争に於けるドーソン達軍首脳部のお粗末な対応に我慢出来なくなっている。

その為に連合政府も軍に対して横槍を入れているのだ。

開戦前の政策を考えていた官僚達は既に失脚しているだけでは済まない。

国家反逆罪の適用も考えられている。

人的資源の損耗、遺族への莫大な補償、火星が独立へと動いた責任を取る必要があるのだ。

木連との交渉を政治家には内密で進め、挙句の果てが開戦では国家に対する反逆行為と看做されても文句など言えない。

……その事は連合軍にも通用するのだ。

ドーソン達が官僚達と手を組んで開戦へと進めた事は事実である。

いま粛清して、更なる混乱を起こすのは得策でないと判断している事をドーソン達は……知らない。

「已もう得ん、訓練中の部隊を含むL2,L3の部隊を以って撤退の援護を行う」

苦渋に塗れた選択をしたとドーソンは考えているが、動かなければ即座に解任される事を彼は知らない。


―――??? ブリッジ―――


「俺の名は宇宙海賊キャプテン・ダンディー」

「……何、馬鹿な事を言っているんですか?」

呆れた感じで男のセリフを窘める青年も自身の姿を見て、何処か疲れた様子だった。

『分かっていないなぁ――こういうのはノリが大事なんですよ』

「そういうこった、お前さんもその格好では説得力がないぞ。

 此処にお嬢がいたら、ノリノリで会話を楽しんでいるぞ」

『そうだね〜、多分、「私は宇宙海賊クイーン・ルージュ、さあ、私の下僕達よ、行きますわよ」なんて〜』

「あ、ありえそうだから怖いぞ(^^;)」

ブリッジのクルーは三人?の話を聞いて複雑な心境だった。

はっきり言って――コスプレなのだろう。

クルー全員が某アニメの宇宙海賊の格好でいるのだ……恥ずかしい事この上ない。

「俺だって、恥ずかしいのを我慢しているんだ。

 副長も文句を言うんじゃねえよ」

「ですが、レオンさん「ダンディーだ」……キャプテン・ダンディー」

「俺達の仕事は作戦名「影月」に紛れて、完成間近のコスモスを強奪するんだ。

 格好に関しては文句を言うな、エリック

 正体がばれると色々不味いから木連みたいにアニメの格好で変装してんだから」

「……副長です、ダンディー」

「それにしてもよ〜、この艦ってすげえ便利だよなあ。

 潜航艦だと聞いていたが、此処まで隠密性があるなんて考えなかったぜ」

特務潜航艦ファントム――火星宇宙軍セカンドシリーズの隠密戦艦である。

ファーストシリーズは黄道十二星座からの名を与えられた十二艦だが、セカンドシリーズは機能から名付けられている。

その一つがこの潜航艦ファントムである。

新開発の光学迷彩システム――ミラーシェードと電磁迷彩を組み合わせ、更に熱分布拡散システムを開発。

その為、宇宙空間での熱源反応すら擬装出来るという画期的な隠密潜航艦へと発展しているのだ。

「武装も通常艦と変わらんし、便利なんだけど……金食い虫と言うのが頂けん」

「ですよね、一隻建造するのに二隻半の予算がいるのはちょっと……」

『でもユーチャリスUを作るよりは安上がりなんだよ』

「あれは規格外だろう」

『でもね〜、セカンドシリーズはユーチャリスUの機能を分散した艦なんだよ。

 このファントムだって、隠密性を複製しただけだし』

「クロノが知らない機能がまだまだあったからな」

「提督も驚いていましたから」

ユーチャリスUの構造と機能を解析する事でセカンドシーズは生まれた。

格闘戦?に優れたトライデント。

収束率を向上させることで超長距離への砲撃を可能にしたランサー。

高収納と機動性の向上から発展し、ジャンプゲートを持つチャリオット。

そしてファントムと全てがユーチャリスUから派生した試作艦である。

これらの艦からの機動データーを基にサードシリーズへと火星宇宙軍は移行しようとしている。

ちなみにファーストシリーズはユーチャリスTが基礎設計の中核になっていた。

「書類仕事に飽きたから、志願したんだが……この格好はキモイぞ。

 新型という事は分かるんだが」

レオンは自身の姿を見て、ぼやいている。

独特のナノマシンスーツである事は間違いないが、全身に神経のようなラインが施されている。

神経を剥き出しにしたように思えて……気味が悪いのだ。

『でも、そのスーツって多機能なんですよ。

 スーツ自体に蓄電性を持たせて、スーツのディストーション・フィールドを長時間、展開できるんだよ。

 しかもスーツ自体の耐弾性もマスターのより向上しているし〜。

 それにこの艦に搭載した強化外骨格スーツ――アサルトハンマーには必要だから』

「まあな、アレも使い勝手良さそうだけど、白兵戦用だから局地戦に限定されるか?」

「そうですね、便利なんですけど限定された空間でしか使用できないようです。

 でも白兵戦に関しては、今のところは無敵じゃないですか?」

『副長の言う通りだよ。

 アサルトハンマーは対人戦目的で開発されているから、拠点制圧には効果があると思うよ』

アサルトハンマー――火星宇宙軍が開発した船外作業用の外骨格パワーローダーを戦闘用に用いた強化装甲服である。

このスーツの最大の利点は重力波ビームを使用する事が出来る最小の有人機動兵器かもしれない点であった。

内臓バッテリーによる機動時間は二時間、ディストーション・フィールドを展開しなかった場合である。

このスーツは重力波ビームの恩恵を受ける事でディストーション・フィールドが展開できるのだ。

大きさは約2.6メートルで、強襲揚陸艦からの重力波ビームの支援があれば無制限に活動できるのだ。

武装に関しても、クロノが使用する小型炸裂弾を使用する事で無人機を打破出来るようになっている。

更に大口径のハンドキャノンや携帯小型レールガンの使用も可能な戦闘装甲服である。

無論、地球側にも戦闘装甲服はあるが、D・Fが展開できる以上は防御に関しては見劣りするのだ。

そして反応速度に関してもIFSからの神経接続により、タイムラグが殆どないほどに向上しているのだ。

「要するによ、地球側のは木連の無人機に勝てないが、火星のは勝てるって事だろ」とレオンは以前そう評している。

「でも、レオンさんって何時、装甲服の使い方をマスターしたんです?

 そんな時間はなかったと思うんですが」

パイロットであるレオンが装甲服をあっさりと使いこなす事をエリックは不思議に思っていた。

「何言ってんだ?

 俺は元々地球連合宇宙軍からドロップアウトしたんだぞ。

 18の時に火星で仕官して6年任官していたんだが」

「……そうですか、不味いこと聞きましたか?」

「今となっちゃ〜そうでもないが、辞めた頃は荒れてたからな。

 IFSの所為でな……地球では昇進が其処其処までしかできねえんだ。

 上司には疎まれるわ、部下は改造人間扱いをするわ、酷い扱いだったな。

 それならいっそ火星に独自の軍を創るかって仲間と話し合って《マーズ・フォース》が誕生したんだよ」

感慨深げに《マーズ・フォース》設立の話をするレオンにスタッフは耳を傾ける。

「出来たら出来たでよぉ、頭がいないから、仕方なく俺が頭をしたんだが」

「問題でもあったんですか?」

言葉を区切るレオンにエリックが合いの手を打つ。

「あの頃は勢いだけで創ったもんだから、資金運用から法的な問題から全部俺が泥縄式で勉強したんだぜ。

 まあ、そういう事があったから、独立を叫ぶようになったんだが、

 ……勉強すればするほど無理だって分かったんだが、半ば意地になっていた。

 俺に付いてくる連中の面倒もみないといけないし、もう一杯一杯になっていたからな」

組織運営の難しさをレオンはエリックに話していた。

「じゃあ、提督に会って、独立が現実のものになると分かって良かったんですか?」

「そういう点では感謝してんだが……」

「何か問題でも?」

言葉を濁すレオンにエリックは聞く。

「……書類仕事が倍以上になったんだよ……それは頂けなかった。

 この作戦が終了したら、火星に帰還するだろ。

 またデスクワークをしないと思うと気が重くてな」

……中間管理職の悲哀がモロに出ている情景に全員が沈黙していた。

まあ、色々あるがファントムは特務作戦を行おうとしている。

その事を火星宇宙軍以外は……誰も知らない。


―――木連月攻略艦隊 分艦隊旗艦しんげつ―――


「こういう隠密行動は苦手なんだが」

分艦隊指揮官の三原智弘はL3コロニーの監視をしながら、自分の現在の状況を鑑みてぼやいている。

「重要な作戦だっていうのも承知しているけど」

「仕方ないでしょう、提督が艦長を信頼して任せているんです。

 期待を裏切るおつもりですか?」

「……なんでそうなる?」

副官の上松あきらの注意に三原も少し不謹慎だったかと考える。

「期待と信頼には応えるさ。

 だがな、俺はこういう地味な戦いは好かんのだ」

「戦争に好きも嫌いもありません。

 地味な仕事こそが重要なんです」

「それも理解している。

 だからこそ真面目に仕事をしているんだ。

 だが身内のお前さんに文句を言うくらいはいいだろう」

「……仕方ないですね」

二人の会話を聞いている艦橋の乗員達も苦笑している。

上松の妹が三原の婚約者という事はしんげつの乗員は知っている。

三原が上松にぼやくのも義理の兄だからだ。

実際この二人はコンビを組む事で優秀な成績を士官学校で収めている。

勇猛果敢に戦う三原の作戦の穴埋めを堅実な手腕の上松が行う事で成功率を高めているのだ。

「この作戦が終了したら、通商破壊作戦という地味な仕事が待っていますよ。

 艦隊決戦なんて当分はないと思いますから」

「くっ、残念だよ。艦隊決戦の醍醐味を味わえんとはな」

「そんなもん味あわんでいいです。

 お前さんに何かあったら、裕子が泣くから困るし」

三原の台詞を一刀両断で斬り捨てる。

「……勤務中だ、あいつの事は言うなよ」

「『兄さん、あの人って、ちょっと抜けているとこがあるから気をつけて下さい』などと言われたからな。

 兄貴としては妹が泣く姿を見るのはごめんだが」

「わぁったよ、真面目に仕事をしますよ」

肩を落として話す三原の姿を艦橋の乗員は微笑ましく見ている。

帰る場所がある三原が羨ましいのだ。

「さて、救援を送る気になってきたようだ」

スペースデブリに擬装している無人機からの映像を見ながら、上松はいよいよ自分達の出番が来る事を告げる。

「よっしゃ―――!

 なかなか動かないから、待ちくたびれていたんだぞ」

上松の報告に三原が待ち望んでいた戦いの到来を喜んでいる。

「もう暫くは我慢だぞ。熱分布から艦隊が動く可能性が出ただけだ」

「ちぇっ、つまらんぞ。

 さっさと動きやがれよ」

ぬか喜びさせんなと三原が呟く。

「もう…じきに動き出すさ。

 俺達はその時を待てばいい、牙を剥くのはその時だ」

上松の冷静な声に乗員達も好戦的で熱くなっている……頭を冷やしている。

この分艦隊で尤も冷静に判断でき、木連でも珍しく落ち着いた男が上松であった。

但しこの男の怖さを正確に理解しているのは三原だけだった。

(やばい……こいつ、かなりキてる。

 連合軍もやばい男を敵に回したもんだよ。

 本気になっていやがる……多分、生存者は出ないな)

「そう、獲物は目の前に暢気に構えている。

 生かして帰すほど、俺は甘くはない……我らの屈辱は死をもって返礼とさせてもらおうか」

三原の考えを肯定するかのように、上松は凄惨な笑みを浮かべていた。


―――地中海 あるホテルの部屋にて―――


「お久しぶりですね、先生」

「ふ〜ん、いい顔になってきたわね、アクア。

 これならクリムゾンに潰される事は……ないか、少し安心したわ」

「まだまだ、力及ばず苦労していますけど」

苦笑いをしながらアクアは、目の前の人物――レイチェル・マーベリックと会食している。

掃討作戦の合間を利用して二人はプライベートではなく、火星とマーベリック社の代表として話し合う機会を作ったのだ。

「いい感じじゃない、自分の力が足りないと自覚できるならまだまだ伸ばせるわ。

 シャロンはその点が未自覚だから壁に突き当たっていたけど」

「姉さんもようやく自覚したようですね。

 足りない部分を必死に火星で得ようとしていますわ」

クスクスと笑みを浮かべながら、アクアはレイチェルにシャロンの近況を話す。

「楽しみな事になりそうね。

 貴女のお祖父さんも手強い方だけど…先がないから、貴女やシャロンが好敵手になってくれる事を期待するわ。

 競う相手が居ない世界なんて、退屈でつまらないものだから」

「相変わらずですね。

 そうやって自分を高める為に強大な敵を欲す……何処までも高みを目指そうとする、その精神は尊敬しますわ」

「そう、生きていく以上はつまらない生き方をしたくないだけなんだけど」

レイチェルは何でもないように話すが、その生き方が難しい事をアクアは知っている。

「独りで生きていく事が怖くないのですか?」

「公私の区別はしているわ。

 公的な立場では孤高でもいいけど、私人としてはたくさんの友人を持つ事にしているの。

 貴女のお祖父さんの様に冷たい玉座に座る気はないわね。

 貴女はどうするの?」

「私は火星で愛する人と静かな生活を望んでいますが……無理でしょうね」

レイチェルの問いにアクアは苦笑している。

「そうね、貴女もシャロンも優秀だから気楽で自由な生き方は無理でしょうね」

「ええ、弟達に負担を掛けさせたくはないですから」

アクアのその一言にレイチェルは整えられた眉を歪める。

「あんたの親父は死んでなお……厄介な火種を遺したの?」

死んでなお、騒動の種を遺しているリチャードにレイチェルは不快感を顕にしている。

「三人ともIFS強化体質です…生まれながらにして、望まぬ力を与えられた弟達です」

「ネルガルに対抗しようとして自分の遺伝子を使うなんて――馬鹿。

 そんな無駄な事をしているから、ネルガルもクリムゾンもトップになれないのよ。

 人間自体が不完全なのに、人間を改造しても歪なものにしかならないわ。

 人が進化するには、その精神を変革しない限り……何も変わらないわ」

不愉快極まりないと言い放ち、レイチェルは持論を述べる。

その言い様はアクアには好感が持てるものだった。

「だからマーベリック社はマシンチャイルドを不要とする製品を開発するんですか?」

「当然ね、人体を……遺伝子改造しなければ使えない機械なんてナンセンス。

 IFSもあまりいい気はしないけど、遺伝子操作しないっていう点では評価しているわ」

「先生はそういう違法行為を嫌っていましたね」

「当たり前でしょう、自分の身体を改造して進化したなどと喜ぶほど狂ってはいないわ。

 まあ、生きる為に必要だった場合は別だけど」

遺伝子異常を治療する為に行う医療行為については、レイチェルは認めている。

「五体満足で生きていく事が大切な事だと知っているわ。

 だから遺伝子治療に関しては文句はないけど、己の欲望を満たすための行為など認めないわ」

自らの考えに誇りを持って話すレイチェルをアクアは眩しそうに見ている。

「そういう点では私は失格ですね。

 事故とはいえ、こんな身体になりましたから」

全身にナノマシンの潮流が走り輝くとアクアの瞳の色が変化し、手の甲にIFSタトゥーが浮かび上がる。

アクアの変化にレイチェルは驚いて声が出なかった。

「偶然なんですけど、私を銃弾から庇ってくれた人のナノマシンが私の身体に入っちゃって」

複雑な顔で話すアクアに、レイチェルもその意味を知り渋い表情をしている。

「……そういう事ならしょうがないか。

 悪意があった訳でもないし、貴女を守ろうとしたんなら文句も言えないじゃない」

「先生には本当の事を話しておきたかったんです。

 外から来た人では数少ない理解者で、私に大切な事を教えてくれた人だから」

「そう……真実を教えるべきじゃなかったと後悔していたのよ。

 貴女を苦しめてしまったから……箱庭で生きていく方が良かったんじゃないかと思っていたの」

クリムゾンの裏を教えるべきではなかったとレイチェルはずっと思っていた。

アクアの才能に気付いて、引き伸ばす事だけしか考えなかった。

その結果が幼かったアクアの精神にダメージを与えていたと気付いた時は遅かった。

「まだ幼い貴方には耐えられないと気付かずに教育を施したのは失敗だったわ。

 ひどくアンバランスな人間にしてしまった事が、私の人生でもベスト3に入る失敗ね」

「もう済んだ事です……それに先生が言わなくても、何れ知る事になっていました。

 先生が教えてくれた「知らない事は恥じゃない、知ろうとしないことは罪だ」って言葉は私の中で生きています」

微笑んで話すアクアに、レイチェルの気持ちは肩の荷が降りたように軽くなっていた。

「本当に……いい顔になったわ。

 それだけに惜しいわね……私にとって最大の好敵手になりそうだったのに」

手塩に懸けた一番弟子の成長を喜びながら、好敵手を失う事をレイチェルは残念がっている。

「私にも大事な一番弟子であり、大事な妹がいるんです。

 その娘は私の弟が好きみたいですから、もしかしたらクリムゾンに嫁ぐかも。

 そしたら先生の宿敵になるかもしれませんね。

 それに姉さんも逞しく成長していますから、先生も苦戦する事は間違いないです」

その言葉にレイチェルは微笑んでいる。

単独で高みを目指すより、強敵との戦いこそが強靭で砕ける事のない強さを得られると考えているのだ。

「それは楽しみね――さて、本題に入りましょう。

 マーベリック社は火星との関係を新たに作り直したいわ。

 その為の条件として火星の独立を我が社は承認する事を決定しました。

 その為にウチとの関与がある政治家達に働きかけてもいいわ。

 他にも条件があるのなら、火星に聞いて頂けないかしら?」

レイチェルは雰囲気を変えて、アクアと話し合う。

マーベリック社会長として、公人の立場から真剣に話し合おうとしている。

アクアも自らの立場を明確にしてレイチェルとの話し合いに臨む。

「火星宇宙軍所属、アクア・ルージュメイアンとして火星からの回答をお伝えします。

 火星はボソンジャンプの独占を考えない限りはマーベリック社との関係を新たに構築したいと考えています」

「それはどういう意味かしら?

 ボソンジャンプは火星が独占するって事」

「ボソンジャンプは人類が生み出した技術ではありません。

 古代火星人が遺した技術です……その為に使用する事は可能ですが、未だに不明な部分があるからです。

 そして最大の問題点は火星で生まれた人間のみが制御可能な技術だからです」

アクアからの回答を聞いて、レイチェルは険しい顔をしている。

「厄介な技術をネルガルは独占しようとしたものね」

「そうです、火星で研究機関を作る予定ですがどうしますか?

 現在、地球側からはクリムゾン、アスカが参入する予定です」

「参加させて頂くわ。次の時代に必要な流通手段の研究は必須だから」

「条件としては火星に支社を作り、技術者を移住してもらう事になるそうです」

「つまり出先機関を作れというのね」

「それもありますが、火星は移住する者を求めています」

「人材が不足してるのね」

「火星人だけの特権にはしたくないそうです。

 腐敗の温床にはしたくないそうです」

「そう、先の事をきちんと考えているのね」

「はい、ボソンジャンプが実用化されれば、時代は大きく変化していきます。

 当然、その主役はジャンパーが担う事になるでしょう」

「ジャンパー?」

聞き慣れない言葉を聞きレイチェルは問う。

「ボソンジャンプを制御する人間の呼称です。

 火星では既にジャンパーの教育を行い、独自の規格を作っています」

「もう戦後の事も考えているのね。

 木連との関係はどうするの?」

「現在は休戦から和平への準備を整えています。

 向こうもこの戦争の歪さを理解したみたいですので」

「その点には同意出来るわ。

 戦力分析も出来ないうちから開戦なんて、正気の沙汰じゃないわ。

 まあ、ここまで負け込むとは思わなかったけど」

「彼らの技術も古代火星人が遺したものです。

 この戦争は借り物の技術を使っただけの馬鹿馬鹿しい戦争といっても過言ではありませんね」

「そういう事なの、ネルガルが開発したと思っていたけど、ネルガルも借りていただけなのね」

呆れた様子でレイチェルはネルガルの躍進を評価していたのを取り下げる。

「独自で開発したものだと考えていたけど、偶然に発見して使える様にしただけのもの……か。

 その割には偉そうにしているけど……何様かしらね」

憮然として話すレイチェルにアクアも頷いている。

「ボソンジャンプを独占する為に科学者夫妻を暗殺するような人達ですからね。

 今回の戦争も裏で開戦を演出する事で技術の独占を考えていましたから。

 尤も火星がその真実を知り、ネルガルの思惑を悉く妨害していますから……今頃は焦っているでしょうね」

楽しそうにネルガルの愚かな行為を嘲笑うアクアにレイチェルも笑う。

「貴女、随分強かな性格になってきたわね。

 本当に残念だわ……手強い相手がいなくなるなんて」

「これでも火星では紅の魔女(クリムゾン・ウィッチ)又は、鮮血の姫君(プリンセス・オブ・クリムゾン)と呼ばれてます」

「……相当タフな女になっているみたいね」

「ええ、姉さんも火星のスタッフから魔女呼ばわりされていますから、タフになっていますよ。

 火星の女は皆……生きる為にタフになっています」

「いいわね、時間に余裕があれば、一度火星に行ってみたいものね。

 毎日が楽しそうに思えてくるわ」

「残念でしたね、もう少しこの会食が早ければ、第一次火星使節団に入り込めたのに」

「それは残念だわ……ボソンジャンプというものを一度体験したかったけど」

「一応は何度かに分けて使節団を迎え入れる用意が出来ていますので、次回には体験できますよ」

「そう、楽しみにさせてもらうわ」

そう話すとレイチェルは話題を変えていく。

アクアとレイチェルは互いの近況を話しながら、和やかに会食を終える。


(本当にいい顔するようになったわね……男でも出来たのかしら?

 だとしたら……からかい甲斐がありそうね)

会食後、レイチェルはアクアの変わりように男が出来たのだと推測する。

「とても楽しみだわ、あのアクアを本気にさせた男がいるなんて」

火星にはアクアの大事なものがたくさんあると思うと、俄然興味を覚えるレイチェルであった。









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EFFです。

少しずつ外堀を火星は埋めていきます。
しばらくは政治的な話が入るかもしれません。
読んで下さる方には退屈な話にならないように頑張りますが(汗ッ)

では次回でお会いしましょう。

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