表裏一体という言葉がある

火星もまた表と裏に分かれて行動する時もある

この独立戦争は負ける事が許されない

綺麗事では駄目なのだ

それゆえに敵対するものに協力する事もある

俺も大人になったのかもしれない



僕たちの独立戦争  第六十九話
著 EFF


獲物が動き出す瞬間を待ち構える狩人のように、木連分艦隊は集中力を高めている。

「白兵戦の準備は出来ているな」

「おう、生かして帰す気はないぞ」

平坦な声で話す上松に乗員達は震え上がっている。

戦闘待機に入った時から、上松は感情を削ぎ落としたように話している。

艦橋の乗員は上松の本気の姿勢にちょっと引き気味だった。

「もう少し何とかならんか、その口調を?」

重圧を掛けるなと三原が窘めるが、

「俺は人を殺すと決めた以上は迷いを捨てた。

 迷いは死に直結する……上にいる人間が迷えば、それだけ部下を死なせる事になる。

 一人でも多くの部下を故郷に帰したい……それは間違いか?」

上松の考えを聞いて、三原も艦橋の乗員も何も言えない。

氷の上松と呼ばれる武人の真骨頂が段々と表面に出てきたのだと乗員達は感じていた。


「……嫌な予感がする」

L3コロニーで月方面艦隊を再編成したチュンは修理を終えた旗艦ユキカゼのブリッジでそう呟いていた。

どうもL3コロニーを出た辺りから首筋がチリチリと疼くのだ。

背後に危険な匂いというか、どうも相手が仕掛けた罠に入った気がしているのだ。

チュンの乗っていた戦艦は中破し、ユキカゼを臨時の旗艦にしている。

戦闘力は不足とはいえないが、それでも胸にしこりの様に不安が蟠っている。

現在はL3コロニーを出発して、L2コロニーからの艦隊と合流して月へ急行する途中であった。

「嫌な予感ですか?」

チュンの呟きを聞いたヒラサワが曇った顔で聞いてくる。

「私も何か……こう首筋に冷たいものを当てられた気がするんです。

 もしかして何処かに伏兵が潜んで、月へ向かう途中に強襲するような可能性でも?

 その場合、急造の艦隊ですから指揮系統に混乱が出ないといいんですが」

ヒラサワの懸念はチュンも理解している。

敵機動兵器に対抗できる対策も不十分な状態で再び戦う……それは危険な事だった。

だが月基地の撤退を支援するのは必要な事なので、危険を承知で赴かねばならない事も事実。

「警戒を怠るなよ……月に到着する前に木連の別働隊と戦うのは避けたい。

 我々の役目は月基地の部隊を撤退させる事だ。

 慣熟していないクルーを戦わす事は非常に危険なのだ」

訓練状況を把握していたチュンは新たに配属されていたクルーの力量に不安があった。

まだ経験が少ない新人に救出作戦をさせるのは早いと考えていたが、月基地の人員を失う事は避けたいのだ。

これ以上、宇宙戦の経験がある部隊を消耗するのは危険だった……兵士とは訓練と経験を積ませる事で使えるのだから。

「0G戦エステバリスは訓練期間が短縮出来る使い勝手のいい機体だ。

 だが0G戦では勝てない事は明白だ」

「極東から対艦フレームの部隊を一部回して下さった事はラッキーでした」

「確かにその点は感謝しているが、どこまで戦えるかは不明だ」

ヒラサワの意見に頷きつつも、チュンは互角に戦えても勝つのは難しいと考えている。

「巨大機動兵器に対する対策が不十分だ。

 クリムゾンのブレードがどこまで対応できるかもあるし、不確定要素が多い」

新しく配備されて訓練中だったブレードストライカーを思い出してチュンは話す。

「宇宙空間での機動実験中だったからな、そういう点も踏まえて使用しないと」

地上での実績は十分だが、宇宙では分からないというチュンの懸念は的外れとしか言えなかった。

ブレードストライカーは火星で既に稼動データーを取り終えている戦闘証明済みの機体なのだ。

当然、宇宙空間での実績も火星ではある事をクリムゾンは知っている……知らないのは連合軍だけだった。


特務潜航艦ファントムは潜航モードでL2コロニーを監視していた。

「恐ろしいほど……完全なステルス機能だ。

 普通の艦ならとうに発見されているんだが、まだ発見されていねえ」

ブリッジで事務仕事をしながら、レオンはファントムのステルス機能に恐れと感心を抱いている。

「全くです、これほど見えない戦艦は怖いです。

 スコーピオの超長距離砲撃も凄いんですが、この艦は暗殺艦かもしれません」

レオンの事務仕事をサポートしていたエリックはこの艦の位置付けをそう評価していた。

「誰にも気付かれず近付き、一撃を与えて消える……なんか危ない艦ですね」

「でもよ、クロノは何故か、こいつの位置をそれなりに読んでいたぞ?」

稼動試験航海でクロノのが指揮するユーチャリスはファントムの位置を正確に追尾していた。

その結果に開発チームが驚愕していたのだ。

自分達の開発した艦の性能を思わず疑うほどだった。

『ダッシュ兄が言うには、マスターは空間把握力が桁外れに大きいらしいよ。

 単独で行動する事が多い所為なのか、背後からの攻撃とかを常に警戒しないといけないみたいだね』

「後ろに目がついていたな……あいつ。

 シミュレーターでレーダーレンジ外からの背後から狙撃しても当たんねえんだ」

『明確な意思とか、殺気を感じ取るんだって』

「そこに到達するまでにどのくらい戦闘経験を積みやがったんだ、プラス」

『……二年掛からなかったらしいよ。

 五感の殆どがダメだったから、第六感みたいな感覚が明敏になっていったんだって』

プラスの言葉にブリッジのクルーは絶句している。

『人機一体……IFSを通じて見える感覚が全てだから、他のパイロット以上に一体化するんだって。

 僕達みたいに艦が身体であるように、サレナがマスターの身体だったみたい。

 五感は戻っても感覚自体は既に身体が覚えているし、戻ってきた五感が更に増幅した感じだよ』

「いつになったら、追いつけるか……分からんな」

レオンは複雑な気持ちでいた……自分よりも遥かに高みに存在するパイロット、クロノ。

(シンがジュールをライバルと思うように、俺もクロノに勝ちてえって気持ちがあるんだよ。

 あいつばかりに戦わせるのも嫌だしな)

足手まといではないだろうが、せめて並び立つくらいの男でありたいと思う。

(こういう気持ちがガキっぽいかもしれんが、俺もまだまだ負ける気はねえし。

 クロノは話しの分かる奴だからな……気持ちのいい奴には生き残ってもらわんと。

 馬鹿騒ぎ出来る仲間って奴は多い方がいいからな)

大事な戦友なのだとレオンは思っている。

(この先、どうなるかわかんねえ。

 俺もクロノも覚悟は出来ているが、それでも生き抜いて酒でも酌み交わしたいさ。

 その為に追いついて、追い越したいと思うのは間違いじゃねえさ……そうだろう?)

仲間が死ぬのはキツイものがある。

失いたくはないと誰もが思うのだ。

「エリック、お前も生き残る為に足掻き続けろ。

 みっともない姿を晒してもいいから、この戦いを最後まで生き抜いて未来を掴めよ」

「提督にも同じ事を言われました。

 大丈夫です……そう簡単に諦めたりはしません」

「ならいい、皆も生き残る為に努力しとけ」

ぶっきらぼうな言い方のレオンにクルーも苦笑しているが、諦めない強さを持ちたいと考えている。

『目標L2コロニーに高熱源反応だよ。

 どうやら艦隊が発進しようと準備を始めたみたいだね』

プラスの報告にクルーは状況を正確に把握する為に観測機器の精度を上げていく。

「よし、俺達も準備を進めるぞ。

 いい加減、待つのは飽きたしな」

レオンの声にクルーも意識を切り替える――これから人間同士が殺しあう…戦争になるのだと。

「正直、人殺しなんてしない方がいいんだが、先に手を出してきたのは向こうだ。

 それも自分達の都合の良い事ばかり考えていやがる。

 そろそろ後悔してもらうぞ……ツケはキッチリ払ってもらわないと」

レオンは獰猛な笑みを浮かべて、スクリーンを見つめる。

クルーもレオンの意見に頷いて作業を進める。

L2コロニーの動きを監視していたファントムは静かに動き出す。

この静かな宇宙に血と動乱を呼び起こす為に。


―――アクエリアコロニー ドック施設―――


随行して人員は火星が持つテクノロジーを知り茫然としていた。

「凄まじいものがある――本当に危険な方向に進むと不味い」

「全く……呆れて物が言えんぞ」

二隻の改修中の戦艦を見ながら、ロバートとシオンは複雑な胸中でいた。

スペックを聞いて火星の戦艦の基準が地球では最強といわれるナデシコ級が最低ラインだと知り、驚いていたのだ。

随行人員達も火星の戦艦が全てナデシコと対等か、それ以上であると言われて驚いていた。

「ようこそ火星へ、皆さんが来るのを首を長くして待っていましたよ」

「お久しぶりです、タキザワさん」

「はい、お久しぶりです、お元気そうで何よりでした」

迎えに来たタキザワとロバートは笑顔で握手していた。

「こっちは私の友人で地球連合政府でまともな政治家の一人、シオン・フレスヴェールだ。

 他にも何名か連れて来たので、今後の連携を相談してくれると助かる」

「シオン・フレスヴェールだ。今回の件は私の預かり知らぬ処で起きた事とはいえ、誠に申し訳ないと思う。

 火星から見た連合政府のあり方を忌憚なく言ってくれるといい。

 時間を掛けて話し合う事が相互理解の第一歩だと思う……無論、譲れない事もあるがね」

ロバートの紹介にシオンが答える。

「いえ、話し合う事が大切だというのは理解しています。

 交渉事というのは譲れない点を理解した上で妥協点を探す事だと私は思いますので…お手柔らかに」

苦笑しながらタキザワは話すとシオンも釣られる様に苦笑する。

お互い一目で理解したようだ……自分達が苦労性の人間だと。

「君も……苦労しているようだね」

「そうですね、娘がじゃじゃ馬で困っています」

「そうか、私も娘には苦労させられてね。

 こう言ってはなんだが、男親って奴はどうしようもなく辛いものだよ」

フレスヴェールの言葉を聞いてタキザワは乾いた笑いをしている。

「小さい頃はお父さんが好きなんて言っていたが、年頃になると邪魔者扱いだ」

「そうなんです。大きくなると親の言う事なんか聞かないし、勝手気ままに生きていく」

「全くだ、そのくせ注意すると反発して親の元から離れて行く。

 ままならんものだよ」

「ええ、その通りです」

娘を持った親の辛さを語り合う二人に周囲の者は唖然としている。

(案外、溜まっていたのか?

 そんなに溜めるくらいなら、さっさと連絡を取れば良いものを)

ぼやくシオンの様子にロバートは呆れていたが、このままでは不味いと判断して会話を中断させる。

「ま、まあ、その辺でいいだろう。

 非公式とはいえ、日程もあるのだ。

 ここで話をしているのもいいが、他の者もいるのだ」

「そうだったな、すまんな」

「も、申し訳ない、ロバートさん。

 つ、つい、話の分かる人と出会ったもので」

シオンもタキザワもさすがに不味いと思い、ロバートに謝罪する。

一行はタキザワの案内で移動を開始する――目的地はアクエリアコロニー大会議室。

ロバートは火星にクリムゾン支社を創る為に、シオンは火星連合政府首脳との会談で地球との関係を改善する為に。

「いよいよ、初孫に会うのか……嫌われんようにな」

「……ほっとけ」

ロバートの声に憮然とした顔で話すシオンであったが、

「その割には準備がいいようだが?」

「…………」

持ち込んできた手荷物を見ながら話すロバートにシオンは何も言い返せなかった。

子供が喜びそうな玩具や洋服をシオンは携えていたからだ……シオンも孫馬鹿かもしれないとロバートは思っていた。


―――超長距離砲撃艦スコーピオ ブリッジ―――


「しっかし、地球連合軍に一撃を加える為に待機するのはいいのだが……退屈だ。

 そうは思わんか?」

「その点に関しては同意しますが、退屈などというのは不謹慎です、艦長」

L2、L3コロニーから来る地球連合艦隊に超長距離砲撃を行う為に待機している戦艦スコーピオのブリッジで、

艦長のゲイル・マックバーンと副長のワタライ・ソウヘイは会話をしていた。

スコーピオ――火星宇宙軍所属、超長距離砲撃艦である。

ナナフシと呼ばれた超長距離砲撃可能な砲台を基に開発された火星宇宙軍ファーストシリーズの艦艇の一つである。

火星宇宙軍初代旗艦ユーチャリスTを基にダッシュが記憶していた木連と地球の兵器を研究して造られたのが、

ファーストシリーズと呼ばれる十二隻の艦艇である。

重砲撃艦、レオ、タウラス――グラビティーブラストの砲門を六門装備する砲撃戦を想定した戦艦。

前方に固定された四門の砲門と可動式の砲門を二門装備している。

六門を連射する事で敵艦隊の大打撃を与える事を考えられた戦艦である。

高機動戦艦、アリエス、アクエリアス――グラビティーブラストを四門装備し、機動性を重視した戦艦。

固定式砲門が二門、可動式が二門あり、元々機動力のあったユーチャリスの機動性を更に向上させている。

空母、キャンサー、ライブラ、ジェミニ、ビスケス――グラビティーブラスト一門を装備した空母。

固定式グラビティーブラストを装備した空母であるが、火星宇宙軍では主力ともいえる艦でもある。

火星宇宙軍機動兵器エクスストライカーの母艦として行動できる事は最大の打撃力を有する事に他ならないのだ。

ファーストシリーズの他の艦艇は最大でも6機しか搭載できないが、この四艦は30機まで搭載できるのだ。

相転移エンジンを用いる事で無限の航続距離を持つ機動兵器にジャンプシップの利点を組み合わせる。

その事がどれだけ恐ろしい事なのか……地球と木連はまだ知らない。

そして今回、スコーピオに随伴しているのは同型艦のサジタリアス――転送爆撃艦と名称付けられた二隻の艦であった。

カプリコーンとバルゴ――追尾式機動爆雷をジャンプアウト可能とした雷撃艦といわれる艦である。

開発当初は機動爆雷を放出するだけの艦であったが、ジャンプナビゲートが可能になった事で敵陣の中央に転送するのだ。

その為に超長距離の観測用の光学機器や索敵機器の強化が必須になり、開発が遅れていた二艦でもあった。

可動式グラビティーブラストを二門装備という少し貧弱な武装に見えるが、ある意味もっとも厄介な艦かもしれない。

敵の位置と目的地を知れば、その航路に爆雷を転送散布していくのだ。

しかもいきなり転送されては対応など出来ないだろう……特にボソンジャンプを把握していない地球連合軍には。

……事此処に至ってネルガルの独占主義が大きく響き始めていた。

火星宇宙軍は木連の月攻略戦を密かに支援する為に活動している……ある目的の為に。

「艦長、ファントムから連絡がありました。

 月艦隊が漸く動くそうです」

オペレーターの報告にゲイルは退屈な時間が終わる事に安堵していた。

彼は元は地球連合宇宙軍に所属していたが、火星生まれの人間で第一次火星会戦で連合軍から見捨てられた一人だった。

第一次火星会戦後、地球が彼の生まれ故郷の火星を見捨てる事を教えられた為に火星宇宙軍に身を預ける事にした。

またテンカワファイルを読む事で火星の未来を知ったので、地球に対する未練も無くなっている。

彼のように元地球連合軍に所属していた者の大半は真実を知る事で火星側に付く事を決意していた。

家族を地球に残していた者はクリムゾンとアスカの支援下で火星に移住しているので後顧の憂いは無かった。

「さっさと動き出せば良いものを……そうは思わんか?」

「まあ、そうですが、向こうも迂闊に動く事はできなかったんではないでしょうか。

 なんせ、アレは現在、地球側では唯一の宇宙で戦える部隊です。

 失う事がどれ程の損失になると思うか、承知しているのでしょう」

士官学校を卒業したばかりの新人であるワタライはゲイルに考えを述べる。

それを聞いたゲイルは頷くと、ワタライに話す。

「まあ、そういう事だな。

 お前も今回が初めての戦いになるから目を見開いて見逃す事のないようにしろ」

「はっ!艦長の手腕を見させて頂きます。

 エリック先輩には敵いませんが、私もジャンパーとして何れは艦長になりたいと思っていますので」

「うむ、お前もそうなるだろうと私も思う。

 今は一つでもいいから実戦を経験して実績を積み上げていく事だ。

 そういう点でいけば、今回の作戦に参加する事は非常に良い事だと思う。

 この艦も僚艦の三隻も火星宇宙軍の中でも独特の機能を持つ戦艦だ。

 おそらくお前達が次のセカンド、サードシリーズへの艦長になるんだろう」

「そうでしょうか?

 私にはまだ過ぎた物に思うのですが」

不安そうに話すワタライにゲイルは肩を叩いて話す。

「何を言うかと思えば、そういうおっかな吃驚のへっぴり腰では艦長にはなれんぞ。

 そういう自信のない奴では部下が不安になるからな。

 虚勢でもいいから艦長はどんな時でも部下を安心させるようにドッシリ構えとけ」

「は、はい!」

かかかと笑いながらゲイルは話していく。

「この分じゃ、火星の艦長は女性ばかりになっちまうぞ。

 火星の女はタフな奴が多いからな……お前も尻に敷かれるぞ」

「な、何を言っているんですか?」

顔を赤くしてワタライはゲイルに抗議しようとするが、

「ウチの提督がそうだからな。

 あの分じゃ、エリックも女に弱くなりそうだし、お前だって婚約者に骨抜きにされそうだしな」

ゲイルがからかうように話すとワタライはアウアウと焦りだしていた。

ブリッジも緊張が解れたかのようにオペレーター達も笑みを浮かべている。

「……艦長、もしかして私をからかう事で皆の緊張を解きましたね」

自分が出汁にされたと思い、ワタライは不機嫌な顔になっている。

「これも艦長の責務だぞ。

 クルーの緊張を解す事は重要だ、無論引き締める時はきちんと引き締めるがな」

ゲイルのその言葉にワタライも不承不承という言葉を貼り付けた顔で聞いている。

「人間って奴は長時間の緊張を維持するのは非常に難しいんだ。

 特に訓練期間が短い火星宇宙軍は気を付けないと不味い。

 突然、緊張が途切れた時に疲労が一気に押し寄せてくるんだ……気をつけろよ」

実戦経験のあるゲイルの助言をワタライは真剣な顔で聞いている。

他の艦でもこういう光景が見られているのだ。

火星宇宙軍は経験ある人材を艦長に据える事で経験が浅い副官を教育させていく。

自分達に経験がない事を知る新人は生き残る為に足りないものを埋めようと必死で学んでいる。

今、現在はこの人員配置は成功し、次のセカンドシリーズへの艦長の適正審査が始まっているのだ。

ワタライ、エリックもその候補として挙がっており、他にも何名かが試されていた。

「よし、敵艦隊の情報をこっちへ」

ゲイルの指示にオペレーターが艦隊の数と構成されている戦艦をスクリーンに映し出す。

「ワタライ、お前なら何処を攻撃する?」

「私なら……最大の攻撃力を持つユキカゼを狙撃します」

「そいつも一つの方法だが、今回の作戦では不味いな。

 俺達の仕事は木連の月攻略の支援じゃない、レオン達の仕事のフォローだ」

「つまり足の速い艦艇を一隻でも落として迅速な動きを封じる事ですか?」

「そういう事だ。まあ、全滅させるのが一番簡単なんだがそれは不味いだろう」

「そうですね、パワーバランスを崩しすぎるのは良くありません」

「たった四隻で勝てる訳がないと地球は思うが、俺達はそうは思わん。

 地球はナデシコより劣る戦艦が基準のようだが、火星はナデシコを発展させたユーチャリスが基準だ。

 このファーストシリーズですらナデシコとサシで遣り合えば、簡単に勝てるだろう。

 最新のセカンドシリーズならもう相手にならんかも……違うか?」

ゲイルの問いにワタライも頷いている。

「特にユーチャリスUは現状では無敵といっても過言ではないだろう。

 あれ一隻で大艦隊を相手にしても五分どころか、余裕で勝てるはずだぞ」

「そうですね、あの艦は様々な攻撃手段を有していますから、正面からなら相転移砲。

 それに提督のジャンプナビゲートによるゲリラ戦なんて最悪ですね。

 ファントムと同等のステルス機能もありますし、電子戦にはアクアさんのハーメルンシステム。

 私だったら、絶対に敵に回さずに味方に取り込む方法を模索しますよ」

クルーもワタライの意見を聞いて納得している。

「あの二人はこの戦争が終わっても軍から離れる事も出来んし、政治の中枢からも逃れられん。

 そういう意味では不運かもしれん。本人達は普通の家庭を持ちたいみたいだが」

ゲイルは残念そうに話している。

クルーも二人が自分達のように軍から退役する事が容易ではないと知って同情している。

「まあ、そのかわりに子供達の安全が確保出来たから良しと言っていたが」

「可愛い子でしたね。

 皆、礼儀正しい良い子です」

遠目からワタライはクロノ達が保護している子供達を見た事がある。

どの子供もクロノ達を信じて甘えている姿を微笑ましく感じていた。

「人体実験か……くだらん事をするものだ。

 俺の家族もそうなる所だと思うと……やり切れんものがある」

テンカワファイルを読む事で火星で生まれた子供がどれほど地球と木連から狙われるかと考えると、

この独立戦争には負けられないと誰もが感じている。

「綺麗事ではないのだ……なんとしても独立を勝ち取って生き残らないと」

「はい、地球の都合も木連の思惑も火星には関係ありません。

 私達は火星人として生き残っていくんです」

「さて、俺達の未来を決めた以上は頑張らんと……子供達が帰る場所を守るのは大人の仕事だ。

 全艦に通達!これより第二種戦闘配置に移行すると」

ゲイルの指示にオペレーターも各艦に連絡を入れる――火星宇宙軍の暗闘が始まろうとしていた。


―――月攻略艦隊 こうげつ―――


「艦長、火星から秘匿回線で通信が入ってきました。

 内容は”月へ向かう艦隊に一撃を加えるので有効に活用されたし”です」

こうげつの通信士からの報告に高木は目を閉じて考える。

(ふむ、おそらく木連の分艦隊の仕業に見せかけるのだろう。

 火星は無駄な作戦は一度も行ってはいない。今回の目的は……)

「コスモスの破壊、もしくは拿捕でしょうか?」

高木の考えと一致するかの様に大作が話しかける。

「お前もそう思うか?」

「はい、ここでコスモスを失えば、地球の制宙権はほぼ火星と我々で二分しますから。

 火星としては地球の政変を待っているのでしょう。

 おそらく裏で独立を承認する人物を表に立たせる為に」

「なるほど、つまり我々が制宙権を持つ事で地球の危機感を煽るというんだな」

「ええ、そう考えると辻褄が合います。

 ですが今回の火星の作戦行動は我々にとっても有利に動きます。

 L3コロニーを制圧する事で我々は地球の喉元に匕首を突きつけますから」

「政治家どもは大慌てになるだろう。

 ビッグバリアだったか、あんなものが役に立たない大質量の落下物をどう受け止めるつもりか聞いてみたいぞ」

「ですから、こちらも地球に宣言するんです。

 これからお前達の罪の深さを形にして届けようと」

大作がニヤリと笑みを浮かべると高木もニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

「では、こうするか?

 月基地の部隊と敵艦隊を合流させるように仕組み……包囲する。

 そうすれば敵は簡単には戻れなくなるだろう」

「いいですね、ついでに包囲網を一部薄くして逃げられるようにしましょう。

 無論、大回りする脱出路にします。そして損害を強いるようにしますけどいいですか?」

「問題ない。では準備を進めるぞ」

「了解しました」

二人が大まかな作戦を決定すると幕僚達も作戦を円滑に進める為に打ち合わせを始める。

木連と火星の暗黙の了解の下での合同作戦が始まろうとしていた。


―――しんげつ 艦橋―――


「本隊から通信!

 ”火星宇宙軍がL2コロニー、敵艦隊を攻撃する可能性あり、上手く活用せよ”です!」

「くっくっく、どうやら地球は相当嫌われたようだな」

通信士からの報告に上松は口元を歪めて地球の馬鹿さ加減を嘲笑っていた。

「こっちとしては非常に助かるぞ。

 目の前の獲物は守備隊を残して、ほぼ出払っている」

三原も自分達の作戦が成功する可能性が高まる事を喜んでいた。

L2コロニーからの救援がなければ、L3は現状の戦力で自分達と対峙しなければならない。

各個撃破出来る状況に変化した以上は間違いなく成功すると三原も上松も確信した。

「よし、索敵を今以上に注意しろ!

 おそらく火星はL2、L3の艦隊が合流した時に奇襲するだろう。

 それを合図に俺達も強襲を掛ける」

三原の決断に上松は頷き、乗員達も手筈を整える為に艦隊に指示を通達する。

「一気に攻め入るぞ!

 飛燕強襲要員は待機しろ!

 いいかっ!一人も生かして帰すなよ!」

上松が本気で言っている事は誰もが理解していた、そしてこの作戦が殲滅戦になる事も承知していたのでそのまま通信する。

「よしっ!全艦第一級戦闘配置!

 これより目標L3コロニーを制圧する作戦”影月”を発動する!」

三原の宣言に艦隊は解き放たれた矢のように急速に活動を開始する。

木連優人部隊がその力量を問われる戦いの始まりだった。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

表と裏から火星は行動を開始しています。
それに乗じて木連も動いていきます。
この月攻略戦が終わると木連の話を入れてみたいと考えています。
暗躍する元老院、迎え撃つ北辰達、暗部。
強硬派と和平派に分裂するのか?
信念を持って動く男達の戦いの火蓋が切って落とされる……なんて書けると良いと思うんですが。

では次回でお会いしましょう。

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