一つの勝利が新たな舞台を生み出す

理想の旗を掲げようと考える者

混乱を避ける為に沈黙を貫く者

自らの命を囮に局面を打開しようと動く者

欲に溺れて混乱を誘う者

さあ踊りましょう

配役は揃いました

舞台の幕を開けましょう



僕たちの独立戦争  第七十三話
著 EFF


L2コロニーのコスモス強奪とL3コロニー陥落という最悪な報告を聞いた連合政府は大混乱に陥っていた。

また帰還した兵士達の様子をマスコミに知られた事で市民にも動揺が出ていた。

だが市民の大半はまた連合軍が敗れただけかと考えて、自分達の安全は大丈夫だと平和ボケしているものが殆どだった。

「この分だと本当にコロニー落としが起きるかもな」

トライデントのブリッジでクロノは連合市民の危機感の無さに呆れながら呟いていた。

マスコミによる連日の月陥落の報道にも市民は危機感を抱いていないようだったからである。

「はあ〜〜、どうしてこう危機感が無いんだ」

クロノの隣に居たクロムは深く深くため息を吐いて、テレビの市民への街頭インタビューを聞いて頭を抱えている。

何処か他人事のような感想を述べる者が殆どだったのだ。

「第一目標は北米アメリカだろうが、落下軌道次第ではどうなるか」

「そうですね、万が一オセアニアへの落下があれば、ユーチャリスUの出番があるかもしれません」

「ユーチャリスUとは?」

「火星宇宙軍旗艦の事ですよ。ナデシコ級ではなく、超ナデシコ級と言える大型戦艦です」

「超ナデシコ級ですか?」

クロノとアクアとの会話にクロムが質問をぶつける。

クロムの立場からすれば、聞きたい事が山ほどあるのだ。

「まあ、詳しくは言えませんが、火星宇宙軍の最強の戦艦であり、火星宇宙軍の戦艦の基となった戦艦でもあります。

 火星宇宙軍の全ての艦はユーチャリスUをスケールダウンさせた物ですから」

「そこまでですよ、アクア。それ以上は軍機になります」

レイの注意にアクアもしまったという様な顔をしている。

クロムとしてはもう少し詳しく聞きたかったが、強引に聞く事も出来ずにいた。

協力状態で相手に信用されないような行為は避けなければならかった事が一因だったが、

半年近くも顔を合わせて付き合う事でクロムは彼らが気に入っていたのだ。

嫌われるような事をするには近付きすぎたのだ。

それは軍人としては間違いなのだが、クロム自身はそういう自分が気に入っているので気にはしてない。

欧州連合軍も火星との協力関係を維持したいので、強引な手法を取らない様にクロムに指示を出していた事もあったが。

「確か、ピースランド王国での式典に参加後に火星に帰還する予定でしたね」

話題を変えるようにして、クロムは皆との別れを名残惜しそうに話している。

そしてクルーの中にもクロムとの別れを惜しむ者もいた。

「ええ、欧州支援の御礼だそうです。

 こういう式典に参加するのは正直……遠慮したいのですが」

レイは苦手意識があるのか、式典に参加したくない気持ちを滲ませている。

「公式記録では傭兵みたいなものですから軍服での参加は出来ないみたいですね」

レイとしては式典用の制服で済ませたかったのだが、それは許されないとだろうと考え、頭を痛めているのだ。

「そうですね、公式上ではクリムゾンの社員の形を取っていますので……無理です」

アクアの場合はクリムゾン・グループからの参加という形になるので服装に関しては気にしてはいない。

だが立場上、こういう席ではクリムゾンの令嬢として言い寄ってくる連中の相手をしないといけないので困っていた。

「ジュールも参加してもらいますよ」

「はあ……何故に?」

ブリッジでオペレーターとして勤務中のジュールは突然、アクアから言われたので反射的に聞き返す。

「不本意でしょうが、あなたはクリムゾンの人間でもあるのです。

 お父様が亡くなった時点で、次の後継者が先行き不透明の状態になりました。

 私や姉さんが女性だった事であなた達三人がクリムゾン直系で唯一の男子になったのです」

アクアの説明を受けてジュールは自分の立場が複雑な状況になっている事を知り、苦々しく感じていた。

ジュールの感情がなんとなくアクアは理解できるので申し訳ないという思いで一杯だった。

「気を付けるのですよ、ジュール。

 これからあなたには様々な思惑を持って近付く人間が増えていきます。

 姉さんも私もそういう人間を何度も見てきました。

 あなた個人を見るのではなく、クリムゾンというフィルターを通して見る者が殆どです。

 しかもあなたはマシンチャイルドとして見られもしますので、利用しようと考える者もいるでしょう。

 ルリにも注意するように言いましたが、ルリの場合は側に誰かがついていますので大丈夫でしょう。

 そういう意味ではあなたが1番接触し易く、利点も多いと思われますので注意するように」

「……ふざけるなと言いたいのですが」

苛立つようにジュールは声に力を込めて話す。

そういう人種が嫌いであるジュールは付き合いきれないと言わんばかりに不快感を顕にする。

「そういう世界なのです……お爺様がいる世界は。

 笑顔で握手をしていますが、その片手にはナイフを持ち……隙を窺っている。

 油断など出来ない非情な世界なのです。

 誰を信じ、誰が裏切るのかは全て自分で判断しなければならない……甘えなど許されない社会です。

 誰も信用せずに孤高に生きていけば、冷たい玉座に落ち着きます……お爺様のように」

(そう、お爺様は一人で戦ってきたのだ……クリムゾンを守り、一族に繁栄を齎す為に)

家族が居る今ならお爺様の生き方も少しは理解できる。

家を守り、家族に少しでも良い暮らしを与え、自分に付いて来る社員にも同じように与える。

それがどれ程に大変な事か……決して弱音を見せずに独りで立ち向かう。

(私もお姉さまも守られていたのだというのに甘えていた……。

 火星で家族と一緒に生きるには私が子供達を守らねばならない……だけどお爺様のように冷たい玉座に座る気はない。

 クロノとイネス……二人の助けを借り、時には二人を助けて共に生きて行くの……家族として)

静かな生活を望むのは難しいだろうとアクアは考えていた。

だけど家族と一緒に生きていくのなら、それでも良いかと今では思っている……自分が独りではない事を知っている。

「今回はお爺様の側にいる事を勧めますよ、ジュール。

 ミハイルさんも来られるので、説明を受けられるようにお願いしておきます」

「……分かったよ、姉さん」

不承不承という状況なのだろう、ジュールは不本意ながらも納得しなければという感じで話す。

「俺は留守番で良いか?」

「ダメです……何故そうなります、クロノ?」

一縷の望みを懸けるようにクロノが話すが、キッパリと告げる。

「……そうか。軍の礼装なら文句は無いんだが……服あったかな?」

用意するのが面倒なのか、クロノは欠席する方向にしたいのかもしれない。

「参加者全員の用意はしてあります。

 各艦の艦長は待機してもらいますので不参加の方向にしています。

 それで構いませんか、レイ?」

事前にレイに頼まれていた参加者の選定報告を見せる。

「最少人員にしましたので、クロノと貴女の二人と護衛の人員にしておきます。

 もう大丈夫だと思いますが、テロ対策だと思って下さい。

 問題が起きなければ、各艦で班に分けて上陸して自由行動も良いかと考えています」

「そうですね。問題が起きなければそれも良いでしょう。

 但し上陸班が問題を起こせば中止ですが」

レイが許可を出した事でクルーが少し浮かれているが、状況的に仕方がないだろう。

(テロ事件のおかげで基地内か、艦内に待機しているしかありませんでした。

 気分転換になると良いんですが……)

レイを見ると同じ思いだったのだろうか……苦笑していた。

私の視線に気づくと肩を竦めて、困ったものですと言いたいようだった。


姿見の鏡に映る式典で着る私のドレス姿を見てサフィー(サファイア)が羨ましそうに話す。

「ルリお姉ちゃん……綺麗だね」

「もう少し嬉しそうな顔をして欲しいのですが……」

「ダメダメ〜、ルリ姉ちゃんは服装には拘らないし、ヒラヒラが苦手だから」

マリーさんの渋面にラピスが呆れた顔で手を振って話している。

「そうそう、ルリお姉ちゃんはシンプルな服のほうが好きだから〜」

セレスも追従するようにラピスの意見に合わせている。

姉さんが用意してくれた物はシンプルに纏められたドレスだったが、やはりこういう服装はどうも苦手だと思う。

もしかしたらご両親が用意しているから着る事はないかもねと姉さんは言っていたが。

「……困りましたね。ですが、公式な場所では不本意でも笑顔を見せる様にして頂かないと」

苦手な服装をしているので不機嫌な顔でいる私にマリーさんが注意する。

「欠席してはいけませんか?」

「それは許されません。

 ルリ様には不本意な事でしょうが、こうでもしないと御両親も納得されません。

 交渉自体は上手く成立しましたので、火星での生活は許されましたが御両親の面子も考慮して下さい。

 本当はルリ様をご自身の元に置いて一緒に暮らしたいと望んでおられたのです。

 せめて一緒に居る時くらいは……」

私の顔を見て、それ以上は言うべきではないと判断したマリーさんは言葉を濁している。

「ちなみにアクアは出席者全員に痺れ薬の入った飲み物を用意して、二度とパーティーに招待されないように仕組んだわよ」

「……ママってすごい事するんだね」

「カーネは真似しちゃダメよ。

 アクアはこの後でマリーから丸一日以上お説教されたんだから」

シャロン姉さんの膝に座っているカーネ(カーネリアン)が甘えるように聞くと微笑みながら優しく頭を撫でて話している。

カーネは目を閉じて嬉しそうにしているし、シャロン姉さんもカーネを甘えさせているので年の離れた姉妹に見える。

「……シャロン様」

式典に参加する為に火星からシャロン姉さんもトライデントに来ている。

この式典を隠れ蓑にして様々な会談が行われるそうだ。

「言っておきますが……ダメですよ」

「…………しませんよ」

「その間は何かしらね♪ マリーも苦労しそうね。

 そういえば……レイチェルさんも来るけど大丈夫?」

その一言にマリーさんの纏う空気が張り詰めたように変化する。

その様子にセレスとラピスはお仕置きを思い出したかのように私の背後に回り……警戒している。

「誰ですか?」

マリーさんを警戒させるような人物など初めてなのだ。

姉さんの背後に控え、どんな時も決して前面に出る事なくフォローに徹する忠実で優しい女性だと私は知っている。

そのマリーさんが警戒するような人とは誰なのか……興味が尽きる事はない。

「天敵かしら……アクアの家庭教師だった人で、アクアの悪戯好きの要因になった人物ね。

 今のアクアの基本を作った女性かしら」

「ええ……私の苦労を加速度的に増やした方です。

 そしてアクア様を大切に思うが故に鍛えようとして……壊しかけた人物です」

「……そうね。でも、良かれと思ってした事だから文句は言えないわ」

「だから困っているのです」

マリーさんも昔の事を思い出して複雑な顔でいる。

(私の知らない姉さんか……)

この頃、考える事がある――自分は何処から来て、何処へ行くのか?

過去の自分の待遇を思い出しては、これから会う両親が如何なる者かと考えては怖くなる。

(拒絶されたら……どうしよう。

 マシンチャイルドなんかの自分を要らないと言われたら……怖い)

火星で出会った人たちはIFSを忌避しない人達できちんとした対応をするので拒絶される事はなかった。

地球ではナノマシンに対する考え方の違いで、あまり良い感情を持たれる事はなかったのだ。

(ナデシコくらいですか……実験動物扱いしなかったのは)

そう思うとあの艦は居心地は良かったと振り返る事も出来る。

ミナトさんはアクア姉さんみたいにきちんと私を見てくれて、相談にも乗ってくれた。

道具扱いではなく、オペレーターとしての扱いも正当なものだった。

(最初に金で買われなければですが)

「大丈夫ですよ、ルリ様。

 ルリ様は火星に来てから私が礼儀作法をお教えしたのです。

 期間こそ短いものですがそこらのお嬢様如きに劣る事などございませんから、御両親に嫌われる事などありません」

私の不安を見抜いたかのようにマリーさんは優しく微笑んで話している。

その言葉通り私は火星、そしてトライデントでマリーさんから礼儀作法を皆と一緒に教わった。

(ダンス講座もこの為だったんですか……恥を掻かずに済みそうです)

「ルリお姉ちゃんを嫌いになる人なんていないよ。

 私は大好きだからね♪」

サフィーが抱きついてきて、安心させるように話す。

「そうそう、私の大事な妹だから胸張って会いなさい。

 今の貴女を拒絶するような節穴の目しかないような御両親なら捨てて、私の妹になりなさい。

 もっともアクアが貴女を見捨てる事はないわ……だから安心して会って来なさい」

シャロン姉さんが励ますように告げていると、皆も頷いていた。

(そうでした。姉さんがいるのに不安になるなんて……おかしいかも。

 帰る場所は火星にあるんです……家族が待つ場所があるのに更に欲する。

 案外、私は欲張りなのかもしれませんね)


―――連合議会内 シオンの政策事務室―――


シオンは頬をだらしなく緩めて、写真に向かって笑っている。

事務所の自分のデスクの上に初孫を抱きかかえ、娘夫妻と一緒に写した写真を飾っていたのだ。

「……先生、事務所内では構いませんが外では気をつけて下さいね」

ロベリアが困った顔で注意するとシオンはハッとして周囲を見ながら、誤魔化すように咳払いをしている。

他の秘書達も心得たもので気付かぬ振りをして仕事を進めている。

「ゴホン、偶には良いだろう」

「そうですね……ずっと走り続けてきましたから。

 ですが、楽隠居するにはもう少し頑張らないといけませんよ」

「だな。老体の出番が多いのは後進の育成を滞らせた所為だから」

「そういう点で言えば、エドワードが火星に行ったのはミスかもしれませんな」

シオンが後継者と考えていた男の喪失はロベリアにとっても痛手だった。

シオンの隠居と同時に自分も政界から身を引いて、余生を楽しむはずが大きく修正しなければならない事態になったのだ。

「他に優秀な人材がいないとは人的資源が枯渇したのでしょうか?」

「頭の痛い話だよ。火星は危機的状況から生き残るために団結していった。

 平和ボケの地球は未だに纏まらずに利権争い……目先の金勘定に目が行く馬鹿者が多過ぎる。

 中堅より下ぐらいは人材が豊富なんだが、上に立つ人材は伸びてこんな」

中堅クラスの人材は育っているが、リーダーシップが取れる人材は今一つなのだ。

上に行くほどに目先の欲に溺れて大局を見失う……そんな人材ならば幾らでも居るのにシオンが欲する人材は少ない。

絶対的な数が少ない状況で次の世代の育成を行う立場のシオンであった。

しかも連合政府内の多数派工作も同時に行い、今後の展開も考えなければならない。

「仕事が多過ぎると思わんか?……軍部に関しては何とかなりそうだが、混乱する政府内の意見調整は難航しそうだが」

軍の方は3ブロックの重鎮が意見調整を始めているので問題が出ても押えられると見込んでいる。

だが政府内は木連の内情を知るだけに時間さえ稼げれば勝ち目があると考える者が多いのだ。

シオンが形成している派閥はそうは考えていない、だがその派閥はまだ少数の部類になる。

民主主義とは数の論理でもあるのだとシオンは考えている。

「当面は数を揃えなければならんのに、状況だけが先走っている。

 もう少し市民からのリアクションが出てくれんと」

政治家にとって票を得る手段として、市民からの要望を実行するのが都合が良いのだ。

そういう意味では市民からの戦争反対の突き上げが大きくならないとシオンにとっては都合がよろしくないのだ。

「コロニー落としを実行すれば、意見は纏まるだろう……戦争拡大のな」

市民に怒りの矛先を木連に向けるように誘導し易くなる。

税率の引き上げも可能になるが、それは危険な劇薬を投入する事なのだ。

「戦艦を建造するのに金が掛かる地球とプラントによって金が掛からない木連。

 そして木連を上回る兵器をこれまた金が掛からずに生産出来る火星」

大誤算とでも言える火星の生産力を地球の政治家達は知らないのだ。

もはや植民星という形で対応するには危険なレベルに発展しているとシオンは考えていた。

自給自足だけではなく、工業部門にしても地球に引け劣らないレベルに近付きつつある。

発電システムは核動力ではなく、相転移エンジンからなるクリーンな動力に移行し、

戦艦や機動兵器に用いていた技術を民間にフィードバックしている。

特に人工知生体による都市管理には正直…度肝を抜かれた。

24時間体制で管理された都市――IFSを持つ者にとってはその権限内に於いては自由に資料を閲覧可能。

そして重要機密に関しては強固な防壁を持ち、迂闊に閲覧する事も出来ずに発見次第に確保されそうな情報管理。

1番優れていると痛感したのはお役所仕事といわれるタライ回しがない事だと思った。

(そう、あれは羨ましいと感じてしまった……)

地球ではありえないシステムで構築するのは不可能だと感じてしまったのは言うまでもない。

国と国との駆け引きがない……惑星国家としての形を成しえたのだ。

未だにブロック別で牽制するような地球はまだ惑星国家として形成出来てはいないのかもしれない。

そこにつけ込んで休戦に誘導したいとシオンは考えている。

「時間です、先生」

ロベリアの声にシオンは席を立ち、扉へと歩き出す。

「とりあえず出来る事はせねばな……老いぼれの出番など少ない方がいいんだが」

苦笑しながらシオンは今日も和平工作の足掛かりを作るべく、連合政府の要人達と話し合いの場をもつ。

責任ある立場の人間として為すべき事を成すために……。


―――木連 れいげつ―――


「ば、馬鹿野郎、九十九! いつからそんな腑抜けになった―――っ!」

月臣弦一朗は目の前にいる無二の親友の白鳥九十九に叫んでいた。

「そうは言ってもだな、今の状況なら休戦に持ち込む事も可能なんだ」

「何故、ここで退く必要がある!

 これからが本番だろうが、俺達の正義を見せる時ではないか!!」

「だが、何も知らない市民を巻き込むのか?

 俺は仮初であろうとも一時停戦をして、もう一度話し合う場を作るのが先決だと言うのだ」

「手ぬるい! そんな手ぬるい事をしている時ではなかろう。

 月を取り戻し、地球の喉元に刃を突きつけたのだ……今は攻める時だぞ」

二人の口論は作戦・影月の成功と共に増え始めていた。

この二人だけではなく、様々な場所で今後の方針で対立する事が木連軍内部で増えている。

政治的手段で停戦への席を切り拓き、和平を考え始めた草壁の派閥に和平派が同調している。

草壁の路線変更に離反する強硬派が月奪還の勢いを利用して、木連住民の戦勝気分を煽って戦争を継続しようとする。

そこへ元老院が自らの権力拡大を考えて、強硬派に介入して草壁に対抗しようとする。

今は和平派が6、強硬派が4という勢力になっているが、強硬派最大の戦力を持つ高木がいない事が拮抗の原因でもあった。

"月奪還の英雄動かず"――高木は月の防衛を放棄出来ずに月から離れられんとの言葉で介入を避けている。

だが実際は元老院との結びつきを拒否したいのだ。

高木は草壁の思惑を知り、自身が動く事で木連を二分する内乱への発展を避けたいのだ。

口先だけで自ら戦場に立たぬ元老院を高木は嫌っている。

月奪還までの幾つかの作戦を経て、高木は目先の勝利ではなく、大局的な勝利を考えるようになっていたのだ。

高木が動かぬ事を理解した草壁は強硬派との話し合いで勢力の切り崩しを行う事を決意する。

草壁自体は休戦はあくまで一時的なものと考えている。

百年という時間をかけて作られた木連の生活環境と地球の生活環境の違いは大きいのだ。

当然のように摩擦や軋轢が起きる事は間違いないから、何れ戦争に発展する可能性もあると睨んでいた。

異なる文化が交わる際の混乱が齎す対立は歴史が既に証明している。

その時に出来うる限り最少の被害で勝利する為に戦力を整えなければならない。

平和と戦争の二つの矛盾した行動に草壁は苦悩を抱えるが、それは誰もが持つ感情でもあった。

木連で生まれ育ってきた草壁にとって故郷を守りたいという願いは当然のもの。

同じように地球で生まれ育った者は地球が一番大切なのだ。

木連の住民は交渉事には不向きであると草壁は考えている。

一本気で真っ直ぐな人間が多い、草壁はそんな木連が好きだったが、為政者としては大いに頭を抱える事になる。

(……村上よ、あの三人を鍛えてくれ。

 木連の命運を任せたからな)

執務室で本日の仕事をしながら、草壁はかつての親友に預けた三人の成長を期待している。

様々な問題を抱えすぎて、最大の問題であった後継者の育成を蔑ろにしていた。

この戦争が終結すれば、責任者である草壁は引責辞任して火星に身を預けようと考えている。

地球は信用していないが、火星は対話から始めて互いの主張をぶつけてきた。

一方的に主張を押し付けてきた地球とは違うのだ。

地球には宣戦布告を行ったが、火星には布告もなしに奇襲、そして無差別の攻撃を行った事実を消す事は出来ない。

木連の軍人が卑怯者であると認識される訳にはいかない。

一つの認識から木連全体の認識の歪みになって貰うと困るのだ。

自らの過ちは襟を正して詫びる事が出来る木連と火星には認識して貰いたい。

木連の住民が移住するならば、火星が最適だと草壁は考えていた。

連合政府の隠蔽工作のおかげで木星蜥蜴などという辱めを木連は受けている。

当然のように連合市民も歪んだ見方をする可能性が高い、そうなれば衝突は必至である。

歪んだ価値観の対立による戦争は泥沼になる。

そんな戦争を終わらせるにはどちらかの陣営が大打撃を受けるまで続けるしかないのだ。

軍人でもある草壁は戦争による被害を否定はしない、だが木連が滅びを迎える事は認められない。

備えを十分にするには時間を稼ぐのが一番なのだが、強硬派は現状で勝てると考えている。

確かに勝てるだろう、だが市民は木連が支配する事を望みはしないだろう。

支配など出来ないのだ……力尽くで支配しても反発され、抵抗されて反乱される。

強硬派は自分達の正義が理解されると信じているようだが、既に否定されている事を理解していない。

(自分達の正義を押し付けても彼らは納得しない……現実に私の正義は火星で否定された。

 間違っていたとは思わん、だが自分の正義が絶対のものだと思っても他人はそうは思わない。

 その点を考慮すれば、木連の正義を敗者の立場の地球が認めるだろうか?)

大義はあった……木連を今のまま遺すという思いは誰にも否定は出来ない。

その為に自らの手を汚す事も厭わなかった……そうして今の立場に登りつめたのだ。

火星にすれば木連は平和に暮らしていた所にいきなり襲い掛かった集団にしか見えないだろう。

そう、木連にとってその行動は正義でも、火星にとっては非道な行為だった。

見方を変える事で草壁は冷静に見つめ直す事が出来ているのだ。

(高木も客観的に見る事が出来るようになっている。

 だからこそ軽挙妄動を慎んでいる……私に何かあっても高木は元老院の駒にはならない。

 寧ろ敵対するだろう。あいつは自ら戦場に立つ者を尊び、立たぬ者を嫌う。

 もし私が暗殺されたら、高木は海藤と協力して木連の掃除を行うだろう)

元老院にはその手段しか残されていないと草壁は推測していた。

北辰達の活躍で腕の立つ者は減っているので成功する確率は低いが自ら手を汚し戦場に立たぬ臆病者の手段などそんな物だ。

その行為が自分の首を絞める事になるとは思っていないのだろう。

「…………無様なものだ」

思わず口に出した草壁だがその顔は嘲笑うような表情だった。

「問題は強硬派が元老院の口車に乗るか?……だな。

 高木が動かぬ以上は誰を旗印にするか……踊らされる者は誰か?」

常に最悪の事態を想定するのが将たる仕事かもしれないと草壁は考えている。

あらゆる事態を想定して驚く事なく構えるのが名将の条件だろう。

(内乱の可能性も考えて指示を出しておくべきか?……それとも秋山達の成長を知る為の試金石にするべきか)

自分の命すら試練を与える為の一つの手段と考えるところなどは大胆不敵なのかもしれない。

「……閣下、あまり大胆な事はせぬように」

側に控える北辰が草壁の表情から心情を読んで顔を顰めている。

「死にはせんよ……少し横になって任せるだけだ」

からかうように笑みを浮かべて話す草壁はやんちゃな悪ガキの様な顔をしていた。


二人がそんな会話をしている頃、別の場所では陰謀を企てる男達が存在している。

暗い部屋で声を潜めて老人達は話している。

「さて、そろそろ言う事を聞かぬ男を排除せねばならん」

「そうだな、これ以上は好きにさせる訳にはいかぬ」

「……問題は誰を我らの傀儡にするか?」

「動かしやすい人物を捜さねば」

「高木も懐柔されるとは思わなんだ……所詮は草壁に従う犬か」

好き勝手に話しているこの老人達が元老院の連中だった。

世襲制で権力を保持しているだけの存在――醜悪とも言える老人達だった。

「強硬派への餌はある……後は実行させるだけだが」

「我らの意向をきちんと聞くべき輩を上にせねばならん」

「左様、この戦争に勝利し、更なる富を我らに約束する犬が必要だ」

「草壁に対抗できる人望を持つ者でなければならない」

「そして上手く踊ってくれる士官を早急に捜さねばならん。

 これ以上草壁に切り崩される前に」

その一言に老人達は忌々しそうに黙り込む。

草壁の策謀で元老院の不要説が和平派から出始め、そして市民からも疑問視され始めている状況なのだ。

元老院は自分達の権益が奪われ、市民に還元されているのが不満なのだ。

草壁の部下、北辰によって自分達の暗部は壊滅している。

彼らは武力を欲し、強硬派は軍を動かす為の大義名分を求めていた。

「失敗は許されん……なんとしても草壁の抹殺を成功させねばならん。

 慎重に進め、そして確実に成功させる人物を選ばねばならんのだ」

暗躍しようとする元老院……木連を震撼させる事件の幕が開こうとしていた。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

いよいよ木連編が開幕します。
幕間には地球と火星の動きを入れますが、メインは木連にしたいと思います。
草壁VS元老院の図式に巻き込まれる木連を書いていきます。

では次回でお会いしましょう。



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