未来を考える時間が増える

それは余裕があるからなのでしょうか

以前は何も考えなかったと言うのに

心が成長したのなら嬉しい

だけど不安が出るのは困る

なんと言うか……我が侭ですね




僕たちの独立戦争  第七十五話
著 EFF


「名前か……それほど気にはしていませんでしたが」

ベッドに横たわったルリはお昼の食堂での会話を思い出して困惑していた。

「ホシノ・ルリ……ホシノの名は私にとって重要なのでしょうか」

独り言ではあったが、その声は部屋にとても大きく響いていた。


―――話は少しばかり遡る。

地中海での掃海作戦が無事終了して《マーズ・ファング》はピースランドへと進路を定めた。

永世中立を掲げるピースランドに他国の軍が入る事は異例の事ではあったが、ピースランドは好意的に歓迎する事を示す。

そしてピースランドは行方不明だった第一皇女の生存のコメントを発表するとお披露目と歓迎式典を執り行う事を発表する。

その結果、ピースランド国内はお祭り騒ぎへと発展していた。

欧州は《マーズ・ファング》と連合軍の連携作戦で木連の脅威が減少して各国の再建が始まっている。

失ったものは多いがそれでも人の営みは続いていくのだ。

《マーズ・ファング》が火星からの支援だと気づく者は火星の独立を好意的に受け入れている。

オセアニアブロックに続き、欧州ブロックの住民も火星との関係を改善しようと考える者が増えていた。

そして、その考えは連合議員にも浸透していく。




「え、ええっ――――!?

 ルリちゃんってお姫さまだったのぉ――――!!」

食堂でルリから両親の事を聞かされたルナは思わず叫んでしまった。

周りで聞いていた者は耳を押えていたが、やはり驚いた様子でルリを見ていた。

「そうみたいです。なんか実感ないですけど」

「いや……そう他人事のように言うのは……」

驚いた自分が馬鹿みたいに思えてルナはなんとも言えない表情をしている。

「ルナ、叫ぶなよ……耳が痛いぞ」

「全く、もう少し落ち着くようにしろ」

シンとジュールが耳を押えながら注意すると更にルナは落ち込んでいく。

「……ごめん」

「でも、いきなり言われても困るだけです。

 ルナさんはいきなり姫だと言われて、その様に振舞えますか?」

「……絶対無理ね。だいたいそんなの柄じゃないわよ」

ルリの言いたい事が分かって、ルナはあっさりと納得している。周囲にいた者はその言い様に脱力していた。

「そりゃそうだ。ルナが姫なんて考えらんねえな」

「シン! それどういう意味よっ!?」

「どうして、シンさんって自爆ばかりしてるのでしょうか?」

胸倉をルナに掴まれて振り回されているシンを見ながら、ルリはジュールに聞いてくる。

「あれがあの二人の付き合い方って事だよ。

 ああやってルナはシンに甘えて、シンもそんなルナが好きだから付き合っているのさ」

「「ジュール!!」」

「なっ、仲が良いだろ」

「そうですね」

抗議する二人を無視してルリとジュールは話している。

「今更なんですけど、姉さんはこの時が来た時に私が恥を掻かないように色々教えてくれたみたいなんです」

「なるほど、じゃあダンス講座も今回の晩餐会に対応する為か……抜かりはないって事だな」

「ちなみにジュールさんは踊れましたか?

 姉さんがいうにはジュールさんも参加の予定でしたよ」

「なぬっ!? ジュールっ!お前っ、ダンスできたのか?」

「舐めるなよ、シン。俺に不可能は無いぞ」

「そうかしら、マリーさんが言うには「まあ、見られる程度にはなれましたね」だったわよ」

「くっ、マリーさんは手厳しい……あれだけ練習したのにその程度の評価なのか……」

悔しそうにジュールは練習した日々を思い返している。

「基本的にマリーさんはエチケットやマナーについてはきっちり叩き込む方です。

 ラピス達もしごかれていました。姉さんの礼儀作法はマリーさんが教えたそうですから」

「そうね、マリーはウチでは最古参のメイドだから本家にいれば今頃はメイド長かしら」

四人のテーブルにシャロンが近付いて来た。

「なんせ、アクアが規格外だったから対応できる人材が少なくて」

「規格外って……そんなに凄いんですか?」

「えっと……シン君だっけ。

 今でこそ落ち着いているけど、昔のアクアを知る人が今のアクアを見たら吃驚するわよ。

 「新人のメイドは絶対にアクアに近づけるな。近付ける時は絶対に独りにするな」がメイド達の間で伝えられてたわ。

 そういう意味ではアクアの側に居られた人物は何処に行っても対応できる人材として重宝されてるわね」

ルリの右隣に座って向かい側のシンとルナに面白そうにシャロンは話していた。

「まあ、今思うとアクアの場合は人が怖いから近付けない様にしていたのね。

 信じたものに裏切られて傷付くのが嫌だから、傷付かないように誰も来ないようにしていたの……不器用なんだから」

「それって……」

「人が好きだから、……嫌いになりたくないから孤独でいようとする。

 人を信じたいけど、裏切られたりしたから怖い……。

 ならば独りで居れば苦しまずに済む……そうやって逃げていたのよ。

 怖がりで、痛がりで、寂しいのに寂しいといえない……不器用な妹なんだから」

苦笑して話しているシャロンではあったが、それは嫌味ではなく妹を心配する姉であった。

「そういう意味ではルリも似てるわね。諦める事で傷付かないようにしてるところとか。

 ルリの場合は周囲の環境が更に酷かったからだけどね。

 もっとも今は二人とも前向きに生きてるから安心してるけど」

「強くなりたいと思いましたから、いつまでも逃げちゃダメなんです。

 それに王位とかは不要ですし」

「……そう、でもね、生まれや立場って奴はどうしても付いて回ってくるのよ。

 全てを捨てるって簡単には行かないわね。経験者が言うんだから間違いないわ」

シャロンが嫌そうに話す、聞いているルリも嫌そうな顔になっている。

「ジュールもちゃんと聞いとくのよ。あんたも不本意だろうけど、どうしてもクリムゾンが係わって来るから」

他人事のように聞いていたジュールにシャロンが注意する。

「…………勘弁して欲しいな。そんなものは望んでいないんだが」

「受け入れなさい。生まれる場所って自分で選択できないけど、環境を変える事は自分次第で出来るわ。

 後はジュールが自分で自分の生き方を決断し、その道を歩いて行きなさい。

 それともう一つ、気になっていたんだけど……ルリの名前ってどうするの?」

「は?名前って?」

「火星に帰還したら、国籍変更する予定なのよ。

 その際、ホシノ・ルリで良いかしら?

 それとも他の名に変更する?……例えばルリ・ルージュメイアンとか、ルリ・ユーリ、またはルリ・ウィドーリンかな。

 年齢的に保護者が必要だから、私達の誰かの養子縁組になると思うの。

 御両親とも相談しないと不味いから急ぐ必要はないけど王族名なら長くなるから大変よ。

 ルリ・ホシノが変更可ね・ここに一つ入って・ピースランドになると思うわ」

「……そうですか、そんなふうになるのですか」

「ええ、こればっかりはルリ自身で決めないと。

 私やアクアにできるのは話し合いの場を作るくらいかな……私の経験だと強引に進めても碌な結果にはならないの。

 一見、遠回りに思えるかもしれないけど、話し合う事が一番近道になるわ」

「はあ〜〜、いきなり親だと言われてもどうすれば良いのでしょうか」

ルリ自身どうすれば良いのか、答えは出ないのに問題だけが増えている。

「……でしょうね。

 今更、両親だと言われてもピンと来ないと思うけど、妥協できるように互いの言い分を出して話し合いなさい。

 ルリが怖いと感じるように、御両親も途惑っていると思うわ。だから少しずつ歩み寄っていけば良いの。

 いきなり家族にはなれないわ。時間をかけて不確かな絆を強くしていくのよ」

「…………はい」

「言葉を聞いても納得できないでしょうけど、そんなものよ。

 アクアと一緒に居る時の気持ちを言葉に出来るかしら?

 言葉に出来るほど薄っぺらいものじゃないでしょう。心で感じるものを言葉に変えるなんて簡単に出来ない。

 矛盾した言い方だけど、理解し合う為に言葉は必要……それ以上に心はもっと大切なんだと思うわ。

 だから時間が掛かると最初から考えて、腰を落ち着けて話し合いなさい」

穏やかに微笑んでシャロンは言うべき事を全部言ったという顔をしている。

ルリはゆっくりと頷くと午後の作業をする為にジュールと一緒にブリッジへ行く。



「……大人なんですね」

二人が食堂を出て行ったのを確認してルナがシャロンに話す。

「そうでもないわよ。私が言わなければアクアが言う筈よ。

 結局のところ、ルリの問題はルリ自身が解決しないといけないの。

 私やアクアにできるのはアドバイスをして、ホンの少しだけ背中を押すくらいよ」

「それで十分だと思います」

「そうかしら……ルリもジュールも子供でいられる時間が少ないわ。それはどちらかというと不幸な事よ。

 私は早く大人になりたかったけど、アクアの場合は周りが子供のままである事を許さなかった。

 あの二人も同じね……身を守る為にどうしても急がないといけない状況なのよ。

 シン君だってこれから社会に出て行くから気を付けないと……これから時代が動くから」

「……時代が動くですか?」

「そうよ。ボソンジャンプによって流通事情が大きく変わるわ。

 シン君もルナちゃんもA級ジャンパーだったでしょう。火星で生まれた人って、どうしても注目されるわ。

 クリムゾンが火星に協力しているのも次の時代に乗り遅れない為なんだから」

シャロンは二人だけに言うのではなく、食堂にいる者に聞こえるように話していた。

「そう考えると古代火星人も厄介な物を残したわ。

 無いもの強請りする人がどうしても出てくるから軋轢とかは必ず出るから。

 だからシン君もルナちゃんも火星に戻ったら、ジャンパー資格を修得して政府の保護を受けられるようにするのよ」

「「はい」」

「よろしい。自分の問題は自分の手で解決する……これが社会のルールよ。

 特に契約に関するものはきちんと契約書を読んで粗探しするくらいの気持ちでいなさい。

 幾ら政府が保護するとしても契約書にサインした時点でトラブルの元になるわ。

 政府だって出来る事と出来無い事があるから、どうしても個人個人で自衛する自覚を持たないと」

シャロンの忠告を食堂にいる者は真剣に聞いている。

火星連合政府は契約に関するトラブルを減らす為にジャンパー資格を修得する際に講習を行っている。

この事が後に火星人は契約に関しては非常にうるさいと言われ、企業も火星人との契約には不備が無いように注意している。

どの企業もジャンパーの協力は必要なので、細心の注意を払うだろう。

悪質な契約を行う企業は政府が排除していく為に、トラブル件数は減っていく。

非合法な手段を用いる存在には断固とした対応を取るので、犯罪組織や諜報機関も迂闊に手を出さない様にしている。

これはジャンパーの管理を行う政府の監視の目が常にあるからだ。

たかが政府の監視だと侮ってジャンパーを確保しようとして壊滅した犯罪組織が幾つも出てくるのだ。

ジャンパーの保護を目的とした特務機関が火星にある事は間違いないがその存在は不明である。

噂だけが先行して実体は誰も知らず、いつしか"イレーサー(消去者)"などと呼ばれるようになる。

その存在のおかげでジャンパーの安全が確保される事を火星の住民は……知らない。


―――ヨコスカシティー 造船ドック―――


当初、シャクヤクは月で建造される予定だった。

しかし月の攻防戦が激化する事を予測したアカツキは急遽ヨコスカでの建造に変更した。

ナデシコクルーは現在ヨコスカのドックで待機中であった。

「ウリバタケさんって改造が好きなんですね」

「そうね。でも良い仕事してるわ。

 おかげでエステバリス2の基礎設計に大幅な改良が出来たわ。単独での活動はまだ難しいけど基本性能は大幅に上昇。

 次世代機にも使える技術が増えたから次の機体も良いのが出来るわ」

「まあ、別にいいけどいい加減……現実逃避するのは止めなさい、ミズハ、リーラ」

エリノアが冷ややかな目で見ながら、二人に注意する。

高高度用の巡航フレームの仕事が回ってきたので二人は泣きたくなっていたのだ。

ウリバタケの設計した機体は非常に役に立っている。

だが、その分彼女らにデーター取りが回って来る為に仕事に追われる日々が続いているのだ。

「ダ――ハッハッハッ!

 やるじゃねえか、博士。こいつはウミガンガーになりそうだな。

 だがっ!足が無いのは頂けんぞ!!」

「何を言う。足なんて物は飾りだというのが理解できんのか!

 空戦フレームに足など不要だぞ!必要なのは速さだ!」

試作の巡航フレームを前にガイとウリバタケが口論している。

それを横目に見ながら、三人はため息を吐いている。

「濃い人達です〜」

ミズハがあの二人を見て、ちょっと引き気味だった。

「我慢なさい、プロでしょう。仕事はキチンとこなしなさい。

 クリムゾンの新型に対抗できる機体なんだから」

「ランサーとフレイムだったかしら。やはり分化させてきたわね」

「ええ、格闘戦主体のランサー、火力を重視したフレイム、ストライカーシリーズの地球版ね。

 増装用のブースターパックで航続距離が伸びているし、高高度にも対応できるわ。

 今のところIFS制御だけどデルフィニウム部隊ってIFSが主流だから問題ないわね」

「そうね、リーラの言う通りね。

 第三次防衛ラインの機種転換を慌ててすると聞いた時はウチも大慌てだった。

 いきなりだったし、「高高度用という限定された空間用の機体を時間指定で開発しろ」なんてふざけた事を言うわね」

「本社の営業も頭を抱えていたわよ。

 スポンサーの意向には逆らえないけど、時間が足りないって開発室からも抗議があったから。

 ウリバタケさんが空戦フレームの改造を考えていなかったら、まず間に合わなかったわ」

リーラはそう話すとウリバタケ達の方に顔を向ける。


「なあ、博士。ウミガンガーが出来たんだから、今度はリクガンガー作んねえか?」

ガイのその一言にウリバタケは目を閉じ腕を組んで考え込む。周囲にいる整備班のメンバーは注目している。

「陸戦用の格闘戦の機体か…………面白そうだな。

 やはり腕はドリルだな……この一品はどうしても外せんな」

ドリルの言葉を聞いて整備班員はピクリと反応し、ウリバタケのその一言を待っていたようだ。

「おおぅ、ドリルか……男の魂の一品だぜ!」

ガイが楽しそうに叫ぶとウリバタケはカッと眼を開いて、

「フフフッ、やはりお前はロマンが分かるようだな。

 そう、ドリル……男なら一度は憧れる武器……ドリルアームか…作るか?」

誰に言うわけでもなく、完成品を思い浮かべて悦に入っている……マッドの本質が出てきたようだ。

「班長ォ―――!是非作りましょう!ドリルはロマンっす」

「お、俺も見たいっす、ドリルアーム!」

「フッ、お前達も男だったか……エステバリス2の試作に突撃用のドリルアームを装着させるか?」

「「「「「うっす」」」」」


「……濃いわね。付き合いきれないわ」

ウリバタケらの会話を聞いていたエリノアが嫌そうにコメントする。

「どうせ、近距離用の装備ですからダイゴウジさんか、リョーコさんがテストしてくれますよ」

「でも、次から次へと趣味に走っているけどそれなりの結果を出しているから凄いわね。

 案外、ドリルアームもモノになるかもね」

「ディストーションフィールドを回転させて貫通力を強化する方向なら可能よ。

 アーム部にフィールド発生装置を別に備え付けると商品になるかもね」

「その案貰ったぁ――――!!」

三人の会話を聞いたウリバタケはその意見を採用する。

「…………もしかして協力した事になるのかしら?」

冷や汗を掻きながらエリノアは不用意な意見を出した気持ちで一杯だった。

「ふっ、やるじゃねえか。あんたにはこれをやろう」

「何これ?」

手渡された物を見て、エリノアは理解不能だと言わんばかりに不思議そうな顔をする。

「ふっ、俺が機体に貼っているゲキガンシールだ」

「は?」

ますます分からないといった顔でエリノアは手にあるゲキガンシールを見ている。

そんなエリノアの肩をミズハとリーラが叩きながら、気にするなという様に顔を横に振っている。

思わず天を仰ぐようにエリノアは顔を上に上げる。

整備班はウリバタケが考案するドリルアームの完成予想図を思い浮かべて喜々としていた。

「プロスさんがいないからって羽目を外し過ぎね」

「そういえば……見かけませんね」

「ああ、今頃は本社で会長達と合流してピースランドに行く予定らしいわ」

「行方不明だったお姫様のお披露目に呼ばれたんだって。

 なんでも針の筵に座りに行くそうよ」

「何、それ?」

意味が分からずにリーラがエリノアに聞く。聞かれたエリノアは二人を手招きして小声で話す。

「前会長がホシノ・ルリ――お姫様をマシンチャイルドに改造したのよ」

「またややこしい問題が起きたわね」

「社員も流石に今回の件には顔を青くしているわ。

 前会長って何考えていたのか、理解できなくなったわ。

 会長とプロスさんが向こうに行って今回の謝罪をするみたい」

「それで針の筵っていう意味なんですね。ピースランドに喧嘩売っちゃったから」

「大丈夫なんでしょうね……うちの会社?」

「大丈夫でしょう。いざとなれば他の会社に転職するだけよ。

 最有力はクリムゾンかしら……コネ一つ作ったから」

「いつの間にそんなの作ったの?」

「そうですよ。エリノアさんだけ持ってるなんて…ずるいですよ」

「何、言ってんの。二人も持ってるでしょうが」

エリノアが二人に言うと、二人はキョトンとした顔になっている。

「クロノさん達の連絡先を知っているでしょう。

 火星経由でクリムゾン、アスカへのコンタクトだって頼めるじゃない。

 まあ、移住は難しいかもしれないけど」

「確かにあったわね」

「まあ、今すぐ転職するって言う訳じゃないけど、社の方向性を見極めておかないと。

 綱渡りというか、大博打を打って失敗した感じなのよ。

 会長は建て直しに成功しているけど薄氷の上を歩いている状況ね」

「凄いですね、何処からそんな情報を得るんですか?」

「ああ、オペレーターのグロリアさんから聞いたのよ。

 あの人って聞かなければ答えないけど、かなりの情報通よ。

 あと、アリシアも社内に友人が一杯いるからメールで聞いてたみたいね」

エリノアから情報元を聞いて二人は考え込んでいる。

ネルガルの今の体制には特に不満はないが、こうも問題が起きるのは困るといった所だろう。

社員の不安を如何に抑えるか……会長であるアカツキの手腕が問われる。

アカツキの苦労は始まったばかりのようだった。


―――木連 れいげつ―――


(俺の正義は間違ってはいない!

 なのに何故、解らんというのだ?、九十九、源八郎)

月臣は二人の友人に苛立ちを覚えながら、仕事をこなしている。

一本気な性質の月臣は二人の態度が弱腰だと感じていた。

確かに火星は地球とは違うかもしれない。だが火星は今の自分達の祖先が暮らしていた場所を奪ったようなものだ。

取り戻そうと考えるのは間違いではないと月臣は思っている。

だが火星が地球から独立した国家と思うのであれば、話し合いで解決しようと考えるのが良いのだ。

力で解決しようとするのは危険だが、木連の教育方針の影響なのだろう月臣も敵、味方の分別で動く思考の持ち主であった。

急速に木連が変化している事も月臣には不安なのだろう。

武人である月臣は先陣を自ら切りたいが、今の体制ではそれが出来ない。

ジンシリーズの搭乗者になれば、先陣は切れる。だが指揮官ではなくなり、一部隊の隊長に格下げという問題がある。

前線で戦う勇者、それとも兵を動かす指揮官、どちらかを選択しなければならないのが不満だった。

優れた戦士が二つを兼ねるという手法は月臣には都合が良かった。だが現状は月臣には不満だらけの状態だった。

艦隊戦を得意とする源八郎、どちらかと言えば武人である自分、その中間にいて戦術立案者でもある九十九。

今、月臣元一朗は迷っている……指揮官ではなく、機動兵器乗りとして戦場に立つべきではないかと。

第二陣、第三陣の部隊に自分の名が入っていないのも不満の原因であった。

(このままでは戦場に立つ事なく……和平になるのか?

 勝敗も決まらないままに……戦場に立てぬまま、終わってしまうのか?)

呆気ない幕切れに月臣の不満は溜まり、そして苛立ちは次第に和平を望む者に向かおうとしていた。


「元老院は動きを見せているか?」

執務室で月での作戦報告書を読んでいた草壁は側に控える北辰に聞く。

「……尻尾をなかなか見せませぬ」

「そうか……強硬派の動きはどうだ?」

「高木殿が動かぬ為にまとまりを欠いております。

 しかしながら、このまま行けば何れは暴発するでしょう」

北辰の声に動くかと問う響きが含まれていたので草壁は告げる。

「必要ない……暴発するのを待つ。

 おそらく元老院がまとめて動かすだろう……その時に始末する」

「……御意」

北辰には草壁の行動が手緩いように思えたが、

「この際だ、市民にも痛みというものを感じてもらうぞ。

 元老院の扇動に踊らされる……自らの意思を持たぬ者は邪魔だ。

 次の世代には痛い目を見て、今までの価値観からの脱却してもらおうか」

この発言で自分の方こそ甘いのだと言われた気になっていた。

「よろしいのか?、木連の住民を守る為に戦う事を決意された筈、ですが今の発言は矛盾してますぞ」

「……そうだな、確かにおかしいな。

 だが和平になれば、様々な価値観や思想が否応なく入ってくる。

 木連の思想は極端だと私は思ってしまった。正義は一つと言うのはどうも危険な気がする。

 国同士の交流が始まれば、木連の思想とは異なる価値観を持つ人間が木連の思想を受け入れると思うか?

 そして市民が異なる思想を受け入れると思うか?」

「……無理でしょうな。綺麗事など役には立たぬ。

 そして正義が一つなら他者の正義など受け入れぬ者が出ましょう」

裏方の北辰にしてみれば、正面から戦い正義があれば勝てるなどと言う輩は愚か者と呼ぶに相応しい者だった。

手を汚す事なく、大義が叶えられる事があろうかと北進は思っている。

草壁がその事を理解し、自分の存在を重要だと考えているからこそ……汚れ仕事をしているのだ。

そして草壁が木連を次の世代に遺す為に行動しているから忠誠を誓っている。

だからこそ内乱が起きる事を見逃すのは不味いと判断した。

だが草壁はこれを利用して木連の住民の価値観に疑問符を植えつけようとしている。

正義は一つじゃなく、価値観は幾らでもあるのだと痛みを以って知らしめようと考えたのだ。

(誰よりも冷静に見つめ、時には非情とも言える手段すら平気で行う。

 これこそが我が主に相応しい)

甘いだけの人間など自分を使うには相応しくない。

非情ともいえる手段を使えない人間などに仕える気は北辰にはないのだ。

「地獄行きは決定だな」

「何処までもお供しますぞ」

自分達が望む未来を作る為に犠牲を強いる事は必定なら何処までも非情になろうと草壁は考え、北辰はその為に動く。

二人は後戻りする気はなく、ただ自分達の信念を貫く為に血塗られた道を歩いて行く。

そしてその結末を黙って受け入れるだけだった。

「新型機の開発は進んでいるか?」

「IFSは便利ですぞ。従来の機体より遥かに柔軟な動きが出来ます」

「ふむ。兵器類の拡充は必須だ、高性能な機体が出来る事はありがたいな」

「高木殿が時間を稼げれば、新型の投入も効率良く行える。

 水鏡を送った甲斐がありました」

「高木を孤立させる状況になりそうだから、短期決戦が条件になるだろう。

 お前にも頑張ってもらうぞ」

「望むところです」

「監視は続けてくれ。元老院は必ず強硬派と接触してくる。

 今度は言い逃れなど出来ぬようにして全てを奪い取ってくれる」

「御意」

草壁は元老院の専横を許す気はないと北辰に告げる。

北辰も老人どもの悪足掻きをこれで終わりにしたいと思っている。

「防弾チョッキは最低限着けてくださるように」

「……分かった」

「血糊入りのを用意しますので、大怪我に見せて元老院をぬか喜びさせます。

 散々踊らされた報いをくれてやる」

「今度は老人達が踊る番か……いいだろう、準備しておいてくれ」

「はっ!」

老人達に罠を仕掛ける二人であった。

その事に老人達は気付かずに罠に入っていく……破滅の扉が開く。

「重傷者の振りをして身内を欺き、自ら道を選ばせるか……悪くない」

自分に厳しく、部下には厳しさと優しさで接する草壁は部下達の成長を望んでいる。

草壁は秋山だけでなく、自分達の陣営の人材の成長を確かめようと画策する。

草壁派は準備を整えて、動乱への対応を始める。


暗い部屋で老人達は陰謀の糸を張り巡らせる。

どの顔にも苛立ちが浮かび、日に日に自分達の権勢が奪われると思い……疑心暗鬼になっていた。

「この男を使おうと思う」

渡された資料を読んだ他の者は意見を述べる。

「ふむ、性格的には悪くはないが大丈夫か?」

「然様、いささか正義感が強くはないか?」

「我々の意見を聞かずに動きはしないかね?」

「その危険も考えたが、あまり時間が無い。

 このままでは我々の力が削がれるばかりになろう」

その一言に部屋は重苦しい沈黙に包まれている。

草壁自身は余計な口出しをせずに木連住民の扇動をしなければ、

老人達の安全は保障しようと考えている事に気付かずにいて、自分達の立場を守る事に必死になっていた憐れな老人達。

「失敗は許されないが、もう後が無いのも確かだ。

 まずは草壁を排除する事から始める。奴がいなくなれば、なんとでもなる」

苦々しい言い方で話す老人の顔は苛立ちで醜悪な顔に歪んでいる。

「そうだな。裏切り者がいなくなれば、我らの勝利は確実だ」

「裏切り者に死を与えよう」

「そしてこの者には栄誉を与えん」

その資料に書かれていた人物は月臣元一朗だった。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

木連編と言いながら何故か別の場面の比重が重いというおかしさに気付きながらも書いちゃいました。
まあ、それでも以下と自爆気味に割り切りながらも続きます。

それでは次回でお会いしましょう


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