それぞれの思惑が動き出す。

動き出す運命に人は何を思うのか

未来は自ら動くものに力を貸す

動かぬものは流されるままに生きて行く

動いたものが栄光を手にする訳ではない

だが動かぬ者が何かを手にする事はないのだ




僕たちの独立戦争  第七十九話
著 EFF


暗い部屋で一人佇む陣野道彦は現れた人物に声を掛ける。

「待ちかねたぞ、北辰殿」

「何故こんな真似をする?

 お主のしている事は裏切りだぞ」

警戒するように北辰が問う。北辰は罠の可能性も考えて周囲の確認をして部屋に入る。

「承知している……だが、欲に塗れた元老院に正義などは無い。

 そろそろ、幕を引くべきだろう」

陣野は苦渋の決断ともいえる選択をしている事を承知した上で北辰に繋ぎを取った。

「それに月読は危険な気がする。あれは廃棄するべきだと考えるのはおかしいか?」

「その点には同意しよう。あれは起動すれば周囲の物を手当たり次第喰らう餓鬼のようなものだ。

 人も物も関係なく喰い尽くす……我らの手では制御できぬ代物よ」

北辰の言葉に陣野はやはりかと感じていた。

「東郷殿はそれを承知で使用する気なのか?」

「否、おそらく天照の起動資料で対応出来ると考えているのだろうが、劣化の計算が出来ておらぬ。

 天照以上に劣化している月読だ、残された資料なんぞ当てにはならん。

 起動すれば間違いなく暴走する……まあ、その時は自身の手で命運が尽きるのだが」

「知らぬは前線の兵士達か……ふざけた話だな」

陣野は目を閉じて一考すると地図を広げて北辰に告げる。

「月読は現在、此処にある筈だ。私はそう聞いている」

「……そうか」

「だが、末席に居る私にはこれが本当の事か判断出来ない。

 私が動けば良いのだが」

「その必要は無い。お主が動けば、お主の身の危険があるぞ」

「……覚悟は決めている」

北辰の言葉に陣野は即座に答える。その顔には微塵の後悔もなかった。

「なればこそ動くな。我らが確認すれば良いだけだ。

 お主が動くのは最後の段階だ」

「承知した。侵入の手配はこちらでするか?」

「それも不要だ……影には影のやり方がある。

 既に配下の者が動いている。直に場所も判明する」

「分かった……よろしくお願いする」

陣野は畳に手を付いて深々と頭を下げる。本来は自分の手で行わなければならない事を任せる。

せめて礼だけはきちんとしておきたかったのだ。

「気にせずとも良い……これが我らの仕事だ」

そう言うと北辰は部屋から出て行った。

「……惨めだな。力が無いばかりに汚い仕事を押し付ける……まさに卑怯者のする事だ」

部屋に残った陣野は自己嫌悪とも言える感情に押し潰されそうだった。

最悪の事態を回避したいと思いながら、やっている事は密告まがいの行為だけ。

「だが、万が一の時はこの身に代えても……」

陣野は北辰だけに任す訳には行かないと思い、非常時の計画を考える。

前途ある者を死なせはしないと決意していた。


―――ピースランド王国―――


アカツキ達はピースランド到着後、国王陛下との会談に赴いた。

「さて、心の準備は良いかい?」

アカツキは謁見の間の扉の前でエリナとプロスの聞いている。

「多分、針の筵になると思うから覚悟はするように」

ここに来るまでにすれ違うピースランド側の人物で事情を知っている者は……痛くなるほど睨んでいる。

「まあ、仕方ありませんな。事情が事情だけに謝罪の一手しかないですな」

「分かっているわよ……はあ、で、どうするの?」

「運任せに近いね。とりあえず口座の解約、もしくは凍結は避けないとね」

「そうですな、他の銀行に回すとしてもピースランドが手を離したなどと知られると足元を見てくる事もありえます。

 表に出せない隠し口座もあるので、迂闊な対応で税務署に知られると追徴課税もありますので」

冷や汗を拭いながら話すプロスの考えにエリナは額に手を当てると呻いている。

どの企業も隠し口座を持っている。そういう裏の口座が表に出ないようにピースランド銀行があったのだ。

所得隠しがバレた日にはシャレにならない額の追徴金が来るのは当たり前。

国税の査察官に資料の押収なんぞされた日には業務に支障は出るわ、資産隠しがバレるわ……非常に不味いのだ。

更にピースランド側からの依頼で連合からの査察官が入って来てIFS強化体質の研究の査察などされたら大打撃なのだ。

ホシノ・ルリの扱いの酷さをプロスから聞いたアカツキは心の中で父親に罵詈雑言の言葉をぶつけていた。

ピースランド側も表沙汰になれば色々と不味い事になるから、そこまではしないだろうとアカツキは考えている。

だが、あくまでそれはアカツキの推測であって、最悪の事態も考えておかなければならないのだ。

ネルガルの体制はホシノ・ルリの親権者襲撃事件を経て、完全にアカツキが実権を握る事になった。

旧社長派の重役陣を完全に排除して、これから自分の思うとおりにネルガルを運営できるはすだった。

(そう……これを乗り切れば良いだけさ…………でも、ちょ〜とハードルが高くないかい、アクア君)

思わずアクアに愚痴を零すアカツキの進退を懸けた攻防が始まろうとしていた。


謁見の間に入ったアカツキ達は思わず拍子抜けだなと感じている。

会談は差し障り無い話から始まり、ホシノ・ルリについての話は出ないのだ。

アカツキとエリナは暗黙の了解と判断してこのまま乗り切ろうかと考えているが、プロスは嫌な胸騒ぎを感じている。

(何か、最後に爆弾が落とされそうな気がするのですが……)

終始にこやかに会話をしている国王夫妻だが、周囲に控えている者は厳しい視線を向けている。

その温度差が非常にやばいような気がしてならないのだ。

アカツキが会談の最中にそれとなく気が付き、徐々に何かおかしいと考え始めている。

エリナもアカツキの雰囲気がおかしい事に気付き、ようやく周囲に目を向けて不安な顔をしている。

「さて、我が娘の親権だが」

国王の言葉に三人は「遂に来たか」と思い、身構える。

「娘に聞けば、金で買ったそうだが本当なのか?」

「然様でございます。一番手間が掛からない方法だったもので」

「「プ、プロス(君)!?」」

思わずアカツキとエリナが叫ぶが、プロスは平然とした顔で答えている。

「既にお嬢様から聞き及んでいると思うので正直に話しましたが、嘘の方がよろしかったですか」

「いや、もしこの場で誤魔化すようなら覚悟してもらおうと思って聞いただけだ」

この場での偽証など許さぬと言った顔で国王は三人を見ている。

アカツキは顔を顰め、エリナは顔を青くして聞いていた。

二人は聞かれても適当に誤魔化そうかと考えていただけに焦っていた。

「よくもまあ、好き勝手にしてくれたものだ。火星からの報告で追跡調査をしたが娘以外の子供は全員死亡している。

 もし娘が死んでいたらただでは済まぬぞ」

国王の恫喝とも言える言葉に明るかった謁見の間が暗く薄ら寒い場に変わる。

「人体実験に人身売買……知らぬ事とはいえ、正気の沙汰とは思えぬな」

「先代会長のした事とはいえ、誠に申し訳ありません」

プロスが深々と頭を下げて謝罪するとアカツキもエリナも同じように頭を下げている。

「今後、娘とその家族に手を出す事は罷りならん……手を出すのならば、それ相応の覚悟をしてもらうぞ」

「はて、ご家族とは?」

プロスが不思議に思い尋ねている。

「娘は火星で暮らす事を選んだ。貴様らがIFS強化体質にし、生体兵器へとしようとしたおかげでな」

苛立つように話す国王と、悲しい顔でいた王妃がそこに存在していた。

「ナデシコだったか……マシンチャイルド専用艦などというものを開発したそうではないか。

 しかも戦闘証明を娘にさせておいて言うではないか……そんな娘を狙う者が地球には居るのに地球で暮らせと?」

「お、仰る通りで」

マシンチャイルドを狙う者は幾らでもいると言われてアカツキも慌てている。

「地球であの子を独りにさせるより火星で同じ境遇の子供達と一緒に居させる方が良いと私達は判断しました」

王妃が辛そうな顔で三人に話す。

本当は一緒に暮らしたいと考えていたのだろう……憂いのある顔で三人を見つめている。

「今後はクロノ夫妻の元……火星で暮らす事になる。彼らに手を出すのなら……」

「わ、分かりました。ネルガルは今後一切彼らに干渉する事はないとお約束します」

アカツキは真剣な顔で伝える。アカツキ自身は手を出す気は無いがはっきりと口にしておかなければ不味いと思っている。

「……戦時下だから、ネルガルに対して何もしていないだけだ。

 もし平時であれば、容赦などせぬ……その意味は理解できるな」

戦争中だからネルガルに何もペナルティーを科していないだけだと言われてアカツキとエリナは顔を青くしている。

プロスはそうだろうと考えたから特に変化は無かった。

(でしょうな。今、ネルガルを潰すのは非常に不味いですから)

ネルガルが潰れる、もしくは活動できない状況になれば、地球の兵器生産に大きく響き、巡り巡って経済にも影響する。

その点をピースランドも考慮しているから我慢しているのだとプロスは考えている。


会見を終えてエリナとアカツキは一息吐いていた。

「運が良かっただけだね……戦争中じゃなければ非常にやばかった」

「全くだわ……相当お怒りのご様子ね」

二人は自分達の置かれている状況をまだ軽く見ていたと知って反省している。

「ですが、非常に不味い状況ですな。

 ホシノさんを狙う輩は地球には大勢居そうですし、ホシノさん以外の子供を狙えば良いと考えられると非常に厄介です」

プロスの発言に二人は顔を顰めている。

「こりゃ、ワンマンオペレーションシステムは廃案した方が良いかもね。

 リスクが増えているから、通常艦の製造を優先するべきだ」

アクアの子供達を狙うのはネルガルにとって命取りになりかねない状況になっているとアカツキは考えている。

「じゃあ、シャクヤクで資料を取るだけにして封印しておくの?」

「そうだね、カキツバタを主軸にした方が良いね。

 無論、マシンチャイルドを作製するって事も出来るけど、その場合は怖いお兄さん達と大喧嘩しそうだし」

「……そうね」

マシンチャイルドの作製はホシノ・ルリと非合法の実験施設での資料で可能だろう。

だが、その場合はクロノとアクアの両名を完全に敵に回すのだ。

あの二人は容赦しないだろう。

あらゆる手段を用いて……破壊工作や暗殺を行うだけでなく、ネルガルの裏を公表しかねない。

そんな事になればネルガルが土台から崩壊しかねないのだ。

「実際、他の企業の施設も破壊されていますし、どの企業も人体実験には逃げ腰ですな。

 クリムゾンが二人と和解したという情報も流れているので、二の足を踏む企業が殆どです」

「そうよね。それでもしている所は暴露されて、企業の存続自体が危ぶまれている所もあるから」

エリナがここ最近のニュースから閉鎖されている研究所を幾つか指摘している。

どの研究所も人体実験に類するものを行っている所だったのだ。

「プロス君、とりあえず君の言っていた意見を採用するから監視の方……よろしく」

「……仕方ありませんな」

「うん、重役陣には手を出さないようにきつく言っておくけど気を付けて欲しい」

アカツキが重役陣の監視を指示する。プロスもその指示には納得している。

ネルガルの倫理観が問われていると三人は考えていた。


「これで上手く行くと良いのですが……」

「行かねば潰すだけだ。あの子の未来は生体兵器ではない……そんな事はさせぬよ」

三人が退室した後で二人は話していた。

今更、ネルガルの罪を公表してもルリがマシンチャイルドで無くなる事はない。

ならば、先の事を考えるしかないと思い、恫喝とも言える方法で警告したのだ。

「娘が側に居らぬというのは少々残念だな」

「あの子はもう大人になっているのかもしれません。少し寂しいですが」

しっかりと自分の思いを伝えようとするルリを思い出して、アセリアは残念そうに話す。

「そうだな……お父様と呼んで甘えて欲しかったのだが」

残念そうに娘を持つ父親の気持ちを味わえない国王が悔しそうに話す。

「ええ、報告にはありましたがおしゃれに疎いというのは困ったものです。

 年頃の娘だというのに実用一点主義など……着せ替え甲斐がありませんでした」

アセリアの声には非常に残念だったという響きが含まれている。

「見て下さい、あなた。これだけ似合っているのに……嫌がるのです」

「ほう、これは、これは……もう少し笑ってくれると良いのにな」

アセリアが見せる映像に国王も残念そうにしている。映像にはドレスを着たルリが不機嫌な顔で映っていたのだ。

「一度……ルリの身の回りの世話をする方と相談せねばなりません。

 このままではあの子に服をプレゼントしても袖を通さずに存在するだけになりそうですから」

「そ、そんな事を考えていたのか?」

「ええ、見て下さい。あの子の周りにはこのように可愛い子が何人もいるのです。

 このままではルリ独り、浮いてしまいます」

家族全員で記念撮影した映像を国王に見せて、アセリアは気合が入った様子で話す。

「確かに……可愛い子供達だな」

映像を見た国王の感想にアセリアは頷く。

「一度、来て欲しいものです……非常に着せ替え甲斐がありそうです。

 羨ましいですわ、これほどの美少女達の着せ替えが出来るなど……」

ほうとため息を吐いて、アセリアは映像を見ている……なにか、ツボに嵌ったようだった。

「男の子って着せ替え甲斐がないので……その点、女の子はいいですね」

不満タラタラという雰囲気で頬を膨らませて話すアセリア。側に控える女官達も頷いている。

(……ルリも苦労しそうだな。まあ、それも良いか)

ルリは迷惑がるかもしれないが、親らしい事が出来なかった分を取り戻したいと考える。

「では、クロノ夫妻を一度、招待するかね……子供達も一緒にな」

「それは名案ですね。夫妻の子供達に服を差し上げましょう。

 本当はルリに着せたかったのですが……サイズが合わないものが殆どですので」

アセリアはいつ見つかっても良い様に準備をしていた。

「子供の成長は早いもの……ですが準備した服は無駄にならずに済みそうです」

「……そうだな。古着ではないが、ルリの妹のような子供達に着て貰えるのなら満足だ」

「はい、可愛い子供達なので着せ甲斐があります」

「ほ、程ほどにな」

用意した服の数を思い出して国王は注意するが、アセリアには届いていないようだ。

「ふ、ふふ、本当に可愛い子供達ですね。

 ああ、どれから着せればいいかしら……迷うわね」

女官達と相談するアセリアに一抹の不安を感じながら思う。

(平和になったら、一度火星に行ってみたいものだな……あの子が選んだ帰る場所をこの目で見るのも悪くはない)

その時は笑って出迎えてくれるルリとその家族に思いを寄せながら、穏やかな午後の時間を国王は楽しんでいた。


―――極東アジア連合軍本部―――


自身の執務室でコウイチロウはオニキリマル・キョウイチロウの言葉が頭から離れずにいる。

「そんな心算では無かった……知った時はもうどうにも出来なかった」

独り呟いてコウイチロウは過去の出来事を回想する。

テンカワ夫妻が事故で死んだと知った時、コウイチロウは逸早く火星と連絡を取ろうと考えた。

だが、コウイチロウはクーデター事件の調査委員会からは外され、事件の内容は当たり障りの無い部分だけが公表された。

死亡者は二名――テンカワ夫妻のみ、後は怪我人が数名だけだった。

首謀者達は自爆して、真相は不明。

(無論、おかしいと思っていた……だが、軍のクーデター事件故に表沙汰に出来ないのかと思い聞けなかった。

 軍の失点を明るみに出す事は避けなければならなかったのだ)

声を大にして叫ぶ事はできない。時間を掛けて個人で調べるしかなかった。

そして調べれば調べるほどに疑問が湧き出てくる。

(テンカワ夫妻は流れ弾に因る死亡ではない……ならば、答えは一つ、暗殺しかない。

 では、誰がそれを計画したのか?)

少しずつ真相に近付くにつれて、背景が見えてくる。

(火星の独立を阻止したい連合政府。テンカワ夫妻が公表しようとした技術の独占を考えたネルガル)

実際、火星の独立運動はこの事件を契機に一時下火になった。

テンカワ夫妻が死亡した事でネルガルも技術の漏洩を防ぐ事が出来た。

真相に気付いた時点で公表すれば良かったのだと言われそうだが、武門の家に生まれたコウイチロウは出来なかった。

(例え、間違った行動だったとしてもこの事件で独立戦争が回避出来たのなら十分だろう。

 火星が独立するのはもう少し先の話でいいのだ)

未だに地球が一つに纏まっていないのに火星が独立してどうなる?

コウイチロウはそう結論付けて、この事件を忘れる事にした。

だが、その考えを裏切るかのように火星は完全に地球からの独立を果たそうと動き出している。

連合政府と連合軍の思惑も、物の見事に裏目に出ている。

木連の動きを読み、それを逆手にとって連合軍を火星から排除して自国の軍隊を所有して地球から離反している。

百年前の真相を暴露された地球はそれを誤魔化す為に必死で動いているので、火星からの回答を保留している。

(愚かな……それがどういう意味を持つのか承知しているのか?)

火星が地球に対して軍事行動を起こす為の大義を得る。

火星が其処まではしないという考えの甘さを指摘しても、誰もが自分達の不正を隠蔽するのに必死で聞いていない。

火星宇宙軍からの出向者が中核で構成されている《マーズ・ファング》

戦艦の優秀さと飛び抜けている性能の機動兵器の意味を理解しろと言いたい。

「欧州は資料を寄こさぬ所為で誰も気付いてはいない」

コウイチロウは極東が火星から嫌われている原因が自分とネルガルに在ると考えていた。

(ネルガルは火星にあった技術を欲していた……テンカワ以外にも何かしたのかも知れない。

 だとすれば、独立を反対している北米、そして中途半端な意見しか出さずに友好だけを求める極東アジアは危険だ)

オセアニアと欧州とアフリカは火星と接触している可能性がある。

南米はオセアニアに近付きつつあり、北米の影響から脱却しようとしている。

南米の人間の心は既に北米から離れている。

その事を理解している企業は無理に引き戻そうとせずに徐々にその形態を変えている。

理解できない企業は地元の人間との対立も始まろうとしている……実際にテロも起き出している。

押さえつけてきた反動が表面化していると分析している者もいる。

しばらくは混乱が続くだろうが、いずれは沈静化する。

その時は再び北米の元に付くのか、付かないのか……それはまだ誰も知らない。

「ドーソンが何をしようが流れを堰きとめる事は出来ん。

 あの男は自身の欲望の深さ故に自滅するだろう。だが、それに極東を巻き込むのは避けないと」

月が陥落した事で北米と極東アジアの部隊が動く事が決定している。

月方面艦隊と月基地の人員はコロニーに分散して待機の予定になっているが、実際には疲弊し過ぎてすぐには動かせない。

「経験はあってもボロボロの部隊を動かせる訳にはいかない……か。

 ドーソンも自分に逆らう可能性のある部隊を動かす事はせんか」

月方面艦隊はともかく、月基地の人員はドーソンの指示で死に掛けているのだ。

新兵の中には怨みを持つ者もいるだろう。新兵教育は速成のもので心構えなど満足に出来ている者などいないだろう。

必死で戦ってきた者達にドーソンは労う事も無く……叱責している。

そんな事をすれば、兵の心は離れていくというのに行う。これでは勝てるものも勝てなくなる。

「平時であれば、あの男もまあ、問題はあるがそれなりに上手くやっていた。

 だが……戦時下ではダメだろうな」

権謀策術ならお手のものだろうが、戦争にそんなものは役に立たない。

「それを理解出来る奴なら良かったんだが……ツケを支払う時が来たのかもしれん」

第一次火星会戦で敗戦後、火星を放棄した事を誰もが気にしていなかった。

連合市民の考えの甘さを誰も正さずにいたのだ。

火星側にすれば、許す事は出来ない。しかもネメシスの一件もある……あれは非常に問題のある事件だ。

核兵器を自分達の都合で配備するという傲慢な一件に対してもそんな事はしていないと否定している。

「証拠があるのに、それさえも捏造した偽物という……往生際が悪過ぎるな」

火星も呆れているだろうとコウイチロウは思う。ここまで馬鹿にされるといっそ…清々しく感じているかもしれない。

どちらにしても賽は既に投げられている。

「火星はもう退く事はないだろう……開戦する可能性が高い。

 その時、木連はどう動くのだろうか……火星と共同戦線を張るのだろうか?」

どちらにしても自分の仕事は唯一つ……戦うだけなのだ。

それが正しい事なのか、ミスマル・コウイチロウは判らない訳ではないのだろう。

だが、彼はどちらに非があるのか承知で戦う事を選択した。

間違いを正さずに戦う事の危険性を知っていながら……是非を問わなかった。

それが自身の首を絞める事もなろうとは思わずに。


―――連合軍総本部―――


ソレントは報告を行う為に連合軍本部に出頭していた。本部内の廊下でソレントは十年来の友人に出会う。

「よぉ〜、無事で何より」

「まあな、お前さんのおかげで生き延びた」

シュバルトハイトが気の抜けた声で話すとソレントが変わらぬ友人の様子に苦笑しながら応える。

士官学校時代から二人は部署は違えど、腐れ縁とでも言える様な交流が続いていた。

「月は陥落したが、まだ生きている……生き残った者が勝利者になれる…だろ」

「ふっ、お前はいつもそうだな」

肩を竦めて気にするなとシュバルトハイトが言うと、ソレントは複雑な顔でいる。

助かった命もあれば、助からなかった命もあるのだ。ソレントの胸中には複雑な思いがあり、顔に出ているのだった。

「失った命もあるが、お前は頑張ったさ」

「……そうかな」

「大体だな、勝てない戦いを選択する時点でおかしいのさ。

 そんな事してっから税金の無駄遣いなんて陰口を叩かれるんだ」

シュバルトハイトが周囲の目を気にせずに毒舌を吐いている。

聞いた者は怒りを見せる者、足早にその場から離れる者、俯くようにして顔を背ける者などと様々な反応を見せる。

「俺の部署は連日、苦情が来ているからな。こう言ってはなんだが給料分以上の仕事はしているぞ」

胸を張って話すシュバルトハイトにソレントは苦笑する。

「スマンな。また仕事を増やした」

「全くだ、また連合政府から嫌味と皮肉を言われたぞ。

 まあ、そう長くはないさ……どうやらまともな人が政権を取ろうとしているみたいだ」

「ほう」

シュバルトハイトの話にソレントは関心を持った。

政変が起きると聞けば、連合の人事も一新される。そうなれば、今の状況が大きく変わる可能性があるのだ。

ソレントが関心を持ったのでシュバルトハイトは場所を変えて話そうと言い、自分の執務室に連れて行く。

「相変わらず物がない部屋だな」

備え付けの支給品以外は何もないシュバルトハイトの部屋にソレントはそうコメントする。

「いいんだよ。仕事場には自分の私物を置く必要はねえ、足りない時だけあればいいさ」

「まあ、人ぞれぞれだからな」

公私の区別をキッチリと考えるシュバルトハイトらしい意見にソレントも納得している。

「オセアニアが動いている」

いきなりではあったが、シュバルトハイトが要点を述べていく。

「シオンの旦那が政府と軍の責任追及を皮切りに切り崩しを始めている」

「フレスヴェール議員がか?」

「ああ、今回ばかりは看過出来ないと判断したんだろう……オセアニアを一本化して、欧州、アフリカにも協力を要請した。

 欧州は《マーズ・ファング》の一件があるから、火星との戦力分析が出来たみたいで軍の方から積極的に働きかけた。

 アフリカもオセアニアから派遣された部隊の機動兵器の性能を分析したから火星との戦いには反対する声が出たんだよ。

 どの陣営も軍から出た意見だけに政治家達も慎重になり始めている。

 他には経済界の方からも戦争継続の是非を問い質している……これは人的損害の部分から出ているのかも知れん。

 これ以上、人的損害が続くようなら社会基盤にダメージが出るかもと考えたんだろうな」

「人的損害か……はっきり言うがな、今の新兵は役に立たない。

 速成教練の所為もあるが、無人機相手で楽勝だと考えていた者が多いんだ。

 それが有人機に変わって、手強いと感じて逃げ腰の奴がいるんだ」

月基地での状況を思い出して、ソレントは困った顔で話す。

エステバリスの活躍でゲーム感覚で戦おうとする連中がいたのだ。それが有人機に変わったと聞いて浮つき出す有様。

「覚悟のない連中の尻を叩いて戦うなんていう馬鹿らしい事もしたぞ。

 やはり人間相手じゃない速成教練は非常に不味いと実感したよ」

「だろうな、人間相手だと自覚していないから、いざという時に慌てふためく。

 お前も正面の敵と自軍の動揺という異なる二つの相手をするのは大変だったんだな」

ソレントの苦労を労うようにシュバルトハイトが話す。

「連合政府も何考えているんだか……人相手だと判っていれば、二の足踏む奴が居た筈だろ。

 そうなれば、お前の負担も少なかったのに」

「全くだ、もしなんていう事が出来るならもっと上手く撤退も出来たんだがな」

「そいつは言いっこなしだ。俺達の仕事にたらればは言い訳にしかならんさ。

 結果が全てだろ…俺達の世界は?」

冷たい言い方だが、シュバルトハイトの考えでは間違いではない。

起こってしまった事件を巻き戻す事はできない。

(まあ、二人は知らないがボソンジャンプを使えば別ではある……但し、過去に戻るのは命懸けになるというリスク付だが)

「そうだな、結果が全ての世界だったな」

「そういう事だ。流石に連合政府も掛かる予算に顔を顰め始めた。

 補正予算の修正にも限度がある、来年度は税率の引き上げも検討するそうだ」

「また、肩身が狭くなりそうだ」

ソレントが市民からの苦情を思い、困った顔で思案している。

「まあな、さて……ここで大規模な被害が出るような事態になると市民はどう思うでしょうか?」

シュバルトハイトがおどけた様子で質問する。ソレントはその質問の意味を知り、複雑な心境になっている。

「軍に対する不信は更に深まり、木連への憎しみは増大して戦争が激化するか……最悪だ」

「そうはならんかもな。木連が地球に対して正式な宣戦布告をすれば状況は一変するさ。

 木連側からのこの戦争の経緯が発表されたらどうなると思う?」

シュバルトハイトの質問にソレントは頭を抱えている。

「逆恨みするな、"お前達が選んだ政治家達が戦争を選択したのだ"と言われてみろ……どうなるだろうな」

「当然、恨みは行き場を失いかねないな。

 いや、木連ではなく……連合政府と軍に向かうか」

「そういう事だ。フレスヴェール議員達が必死で切り崩しているのも選り分けみたいなもんだ。

 賢い奴らは向こうに行くだろうが、この状況を作った連中は行くに行けない……どう転んでも先が見えているからな」

「つまり、うちの司令官殿は自ら戦場に出て、勝って責任追及の手を振り解くしかない」

ソレントが導き出した答えにシュバルトハイトは笑みを浮かべて頷く。

「終わりだよ、チェックメイトって事さ」

「では、火星はどうする?」

ソレントの問いにシュバルトハイトがはっきりと答える。

「火星は返答がなければ、宣戦布告して木連と共同戦線を張るだろう。

 火星としてはフレスヴェール議員の後ろ盾であるクリムゾンの協力を得て、独立を勝ち取ろうとする。

 クリムゾンとしては火星が持つ技術が欲しいから両者の利害は合致する。協力体制は既に出来ているのかもしれん。

 木連としても火星が協力してくれるなら、自分達の移住先を確保できる。彼らの目的は移住だろ。

 火星とクリムゾンは木連にどうしても勝って貰わなければならない。うまく立ち回る為にな。

 戦後の責任追及を自分達の主導で行って独立反対を叫ぶ連中の息の根を止める必要があるからな」

「相変わらずいい読みをする。

 なんで兵站課に所属しているんだ。お前なら参謀として立派にやっていけるだろう」

シュバルトハイトの読みの鋭さにソレントは呆れながら感心している。

「気楽な金勘定が好きなのさ。俺は元々軍志望じゃないしな、飯のタネで士官学校に入ったんだ。

 必要な資格とかが無料で手に入るなら悪くないだろ。

 まあ、人殺しの手段を考えないといけないのが玉に瑕だけどな」

平然と軍への忠誠を否定するシュバルトハイトにソレントは苦笑している。

「軍人でありながら、軍が嫌いなんて言うのは問題なんだが」

「別に良いじゃねえか。仕事はきちんとしているさ……給料分はな。

 お前さんだって好きで軍に入ったんじゃねえだろ」

「まあ、最初はそうだったが色々柵があるだろう、俺もお前も」

ソレントの意見にシュバルトハイトも部下達の事を思い出して苦笑する。

二人とも色々と重荷を抱えるようにしながら歩いて行かなければならない。

「「まあ、それが人生だろ」」

二人は息の合った様子で同時にその言葉を口にして笑っている。

時代が動くと感じると楽しいのだ……淀んだ空気が消え、窮屈な世界が変わるならそれも悪くないと思う二人だった。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

インターミションみたいに中間くらいから幕間を入れてみました。
月攻防戦の後処理がまだでしたから、これから入れる事になると思います。
視点がコロコロと変わって読み難い事にならないように気を付けますので(大丈夫かな?)

では次回でお会いしましょう。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

<<前話 目次 次話>>
1 1

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.