切り捨てる事の意味を理解せよ

さもなくば、災いを齎そう

踏み躙る者は踏み躙られた者も痛みを知らない

踏み躙った者はすぐに忘れるが

踏み躙られた者は決して忘れない

勝者である内は誰も怨みを向けない

敗者になった時こそ牙を向けるのだ



僕たちの独立戦争  第八十二話
著 EFF


「想像以上に劣化しているというのだな」

陣野は技術者達の報告を聞いている。急遽、月読の管理を任された陣野は破棄する為の準備を始めようとしていた。

その為に現状を知りたくて技術者からの報告を聞いていたが、状況はかなり酷いようだった。

「はい、このまま起動させると間違いなく暴走します。

 前回の……天照でしたか、その時の資料で起動させるのは危険だと判断したので報告します」

「そうか、では暴走すれば中で作業している者は全員取り込まれるのだな」

「……はい、ま、間違いなく」

陣野が確認するように聞くと怯えを含んだ顔で技術者は答えた。

さすがに豪胆な者が多い木連でも自身の命が懸かった状況では焦りを見せる。

「外部からの制御は可能か?」

「……無理です。外からでは中枢に命令が届きません」

「不味いな……最悪の事態に備えて人員は出来る限り外したいんだが」

「それはいけません。技術者を外せば確実に暴走します」

被害を最少にしようと考えていた陣野に技術者達の長である岩瀬健二(いわせ けんじ)が警告する。

岩瀬はこの状況に不満を持っていた。前回の資料は起動までしか記載されていなく、結果を自分達には教えていないのだ。

(なにか嫌な予感だけがある……前回の結果は失敗だという事は承知している。

 成功させたいのなら全ての情報を開示して欲しいんだが)

危険があるからこそ万難を排して成功したいと思う。

だが陣野を見ているとどうも失敗するだろうと思い、被害を最少に止めようと計画している節があるのだ。

(信用されていないのか?……馬鹿にしたものだな)

岩瀬は苛立っている。自分の力量を軽く見られていると感じているのだった。

「まずはこれを読んでくれ、岩瀬主任」

岩瀬以外の技術者を下がらせると陣野は岩瀬にある古びた報告書を見せる。

不思議そうに報告書を手にする岩瀬に陣野は驚愕の事実を話す。

「前回、失敗した時の資料をある方から回して貰った。君の意見を聞きたい」

「ど、どこからこれを?」

欲して已まない資料を渡されて岩瀬は驚きながら目を通していく。だがその表情は次第に険しいものと化していった。

「ふざけやがって! 渡された起動用の資料とは全部数値が違うじゃねえか!

 これはどういう事だ! 俺達に生け贄になれって事なのか!?」

怒りを込めて岩瀬は陣野に詰問している。このまま行けば自分達は間違いなく起動した瞬間に月読に喰われるのだ。

部下達の安全を保障されずに危険な作業を続行せよと元老院は命令しているのだった。

「年寄りどもに従えばそうなるだろう。だが今なら破棄できるだろう……すまんが貧乏籤を私と引いてはくれぬか?」

陣野の言葉に岩瀬は途惑っている。元老院を裏切ってくれないかと話しているのだ。

「し、しかし、それは不味いのでは」

「不味いだろうな……だが安全性も確認されていない状況で起動させろと言い放つ連中の為に死ねるのか、君は?」

陣野の問いに岩瀬は絶句していた。このまま起動させれば間違いなく死亡するという現実に怯んでいた。

「仮に起動を成功させても月読の向かう先はまず同胞たる和平派になる。

 君は同胞の命を奪う事になるが構わんか?」

「しかし弱腰どもの命など……どうでも良いではありませんか」

「笑わせるな。閣下が弱腰だと何を以ってそんな事が言えるのか聞きたいぞ。

 欲に目が眩んだ連中の言葉を鵜呑みにするとは……呆れたものだな」

岩瀬の言葉に陣野は嘲笑しながら呆れた目で見ている。

「年寄りどもは現状を把握しとらん。このまま和平派と開戦すれば間違いなく敗れるな」

「そ、その為の月読ではないのですか?」

「制御も出来ないような物が切り札になると思うのか?

 私はこの部隊は生け贄だと考えている」

「生け贄ですか?」

陣野の考えに岩瀬は眉を顰める。その言い方だと自分達は最初から失敗する為に配置されたようなものなのだ。

「おかしいとは思わんのか。年寄りは前回の失敗を知っているのにその時の資料を隠匿して作業を進めている。

 そう、まるで失敗を望んでいるように……」

陣野の話した内容に岩瀬は混乱している。

(た、確かに正確な詳細を教えずに数値も出鱈目な資料を基に起動させる……不審な点が多いのは事実か。

 だが何故そんな事をするのだ……生け贄というのはそういう意味なのか)

岩瀬は混乱していた頭を落ち着かせると状況を鑑みて貧乏籤の意味を知る。

「三日……時間を頂けますか。この資料を基に成功出来るか調べたいと思います」

「いいだろう……但し極秘で行うように。

 万が一知られると強行に起動実験を行うように指示が出る可能性がある」

「了解しました……全て内密に行います。

 そして事実なら……」

「その時は私と君で貧乏籤を引く事にしよう……責任者が責を取るのは当たり前の事だからな。

 年寄りどもはそれさえもしないがな」

陣野は皮肉を加えて元老院を非難する。岩瀬も陣野の意見に文句を言う気はなかった。

「君に家族がいるのなら私が責任を持って安全な場所に避難させよう。

 今の私に出来るのはこのくらいだ」

「私は独り身ですから、その点は大丈夫ですが部下達の安全を保障して頂きたい」

「分かった……だがギリギリまで待ってもらう。

 失敗時の混乱を利用して脱出させる予定だからな」

陣野の考えを聞いて岩瀬は頭を深々と下げてから退室する。


「上手く丸め込んだと言うところか……。

 まあいいさ、汚いやり方と言われようが欲に目が眩んだ連中の駒にさせる気はない。

 木連は年寄りどもの道具ではない、国とは其処に住む者達の物だ」

岩瀬をこちらに取り込めば、間違いなく破棄出来るだろう。

年寄りどもは成功すると思っているが、成功すると勝手に勘違いしているだけなのだ。

北辰を通じて草壁から得た資料を何度読み返しても、とても成功するとは思えなかった。

寧ろ起動させれば間違いなく内部にいる人員は取り込まれて……生体部品化する可能性が高い。

「最初から失敗しても良い様に人員も自分達に都合が悪い者は外しているからな」

そう、起動実験の場所も配置している人員も失敗しても良い様にしているのだ。

どちらも強硬派の中でも穏便に事を運ぼうと考える者が多いのだ。

「失敗した時は和平派の妨害工作にして内部の不穏分子になりそうな輩を排除する心算だろうがそうは行かせんぞ。

 ただでは死なんぞ……相応の報いを残しておいてやる」

陣野は命を弄ぼうとする連中に強烈な呪いを残そうと計画している。


……三日後、全ての資料を見直した岩瀬は同僚達を取りまとめて陣野に協力を申し出る。

二人は被害を最少にする為に行動を開始した。


―――火星コロニー連合政府 会議室―――


「……頭の痛い話じゃな」

「全くですよ、コウセイさん。これで完全に地球との関係は拗れました。

 後はお義父さんが台頭するまでは徹底抗戦という選択を取るしかないですね」

コウセイとエドワードが困ったものだといった顔で話していた。

他の議員も呆れた顔でいる者、苛立ちを隠さずにいる者、裏切られたという様子でいた者、どの顔も複雑な胸中で座ってる。

先の地球との通信によって地球側の一方的な通達に火星は開戦という選択を迫られたのだ。

「火星宇宙軍の状態はどうだ?」

議員の一人がこの場に出席していたグレッグの尋ねる。

「出来れば新型艦の稼動データーをもう少し取ってから開戦に持ち込みたかったというのが実状ですな。

 一応は《マーズ・ファング》で必要なデーターは無事回収しましたがデーターという物はあるほど助かります」

「そうか……セカンドシリーズの使用は控えるべきか?」

「いえ、寧ろ積極的に活用するべきでしょう。

 次の展開も一応想定しておかなければなりません……常に次の事も視野に入れるのが我々には必要だと思います。

 私個人の意見としては次は……ない事を祈りますが」

議員の問いにグレッグは軍の意見と自身の意見で答える。

グレッグの慎重な意見を聞いて議員達もそうなれば良いと思っている……元々地球とは戦争をする為に独立した訳ではない。

ボソンジャンプという危険な要素が発生した為に火星の住民の保護を優先した結果……独立という手段を選択したのだ。

だが、此処に至って地球側の傲慢な態度に穏健な議員も苛立ち、怒りという感情が芽生えている。

温厚なグレッグもここに至っては開戦も已む為しと覚悟を決めたようだ。

(軍事力というのは諸刃の剣なのだ……抜けば自身も傷付く可能性もある。

 軍というものは飾りであるのが一番良い形だと思うのに……地球はその事を理解していない。

 平和な時代が長く続いたので問題の深刻さが読めないのか?)

グレッグは元は地球連合軍の士官だった。

ただ連合の腐敗に嫌気がさしてアクエリアコロニー市長エドワードの勧誘に乗って、

家族と共に火星で第二の人生を始めようとした。

守備隊の仕事も自分に合っていると感じていた。

治安維持という仕事は強権を発動する事も滅多にないのでこのまま平和な日々が続いて余生は火星でノンビリと考えていた。

そこへ木連の火星侵攻が始まり、いつの間にか軍の最高司令官を任される事態になっていた。

人生、何が起きるか分からんというのは本当だなと思う日々が続いている。

幸いにも後進に優秀な人物が大勢いるのでさっさと後を任して引退したいと考えている。

だが議会はもう少し続けて欲しいと思っている。

穏健で強引な手段を用いる事を良しとしないグレッグを長官にしておくのがベターだと議会は思っている。

クロノ、レオンは連合軍嫌いであり、ゲイルは元連合宇宙軍所属だった。

クロノとレオンは連合軍の体質を嫌い、ゲイルはゲイルで自分達を見捨てた連合軍を好ましく思っていない。

無論、三人とも本音と建前はきちんと分ける事は承知しているが心配の種は出来る限り排除したいというのが議会の考えだ。

最終的に三人の内、誰かがトップに据える事になるだろうが、今しばらくは穏健なグレッグには頑張って欲しいと思う。

(さっさと終わらせて次世代の育成に専念したいものだな……)

次世代の士官達を教育するのはグレッグには楽しみな事だった。

彼らが平和な時代を作り上げてくれる事を期待しながら育て上げるのは気持ちのいい事なのだ。

そんなふうに未来に思いを馳せているグレッグの側で議員達も今の状況を良しとせずに会議を続けている。

議員達も今の連合の在り方に不満タラタラであり、強硬策を取らせるような対応をする連合は好きではなかった。

「……次か、そういう事態にはならない方が確かに良いな」

「……だな。地球側ももう少し大人の対応をするかと思ったんだが」

「実際はお前の物は私の物という……子供の論理だった」

「そこまで追い詰めたようには思えんのだが」

「いやいや、自分達の尻に火が点いたから形振り構わずの行動に出たのではないか?」

「どちらにしてもこちらとしては看過出来ない事を言われた以上は行動で示すべきでしょう。

 予算の都合もありますが現状で動かせる最大の戦力で返答しましょう」

意見をまとめようとしてエドワードが発言する。その顔はどちらかと言えば軍を動かしたくなかったという類のものだった。

「……あまり無駄遣いはしたくはないんじゃが」

コウセイは予算の事を考えると頭が痛くなったのか、額に手を添えて悩んでいる。

彼としては破壊されたコロニーの復興や教育に予算を回したいと考えていたのだ。

「無人機を改修した工作機で人件費を出来るだけ抑えたから、その分福利厚生や教育費に回したかった。

 知的財産や人的資源をこの先増やすには今のうちに出来る限り環境を整えたい。

 教育というのは時間が掛かるものなんじゃ……出来る限り早めにせんとな」

「全くです。今が一番重要な時期だから予算を少しでも多く回して設備投資を先行させたかった」

コウセイとエドワードが愚痴を零すと議員達も限られた予算の中で如何に遣り繰りするか考え始める。

もうしばらくは頭を痛める状況が続くと誰もが思っていた……火星コロニー連合政府の苦悩の日々は続く。


エドワード達――政治に係わるものが予算という問題で悩んでいる時、レオン達――軍部も頭を抱えていた。

「ゲイル……どの艦を配備する?

 セカンドシリーズを中心にするのは構わんがファントムは外装の交換で暫く使用できんぞ。

 予測が甘かったか……やはり地球の市民は平和ボケが酷かったんだな」

衛星フォボスの火星宇宙軍宇宙港でゲイルとレオンを含む艦長達が会議を連日行っていた。

「一応、クロノが出した案を基に配備するが、万全を期してもう何隻か回せるように出来たからな。

 ジャンプゲートを持つ空母と重砲撃艦、超長距離砲撃艦、バランスを考えないといかん。

 ユーチャリスU一隻あれば、勝利は確実なんだが……相転移砲を使うわけにもいかんし」

「あれは不味いぞ……正直、使用は絶対に避けるべきだ。

 コスモスを強奪した際にネルガルの情報を探ってみたが相転移砲の開発のスケジュールはなかった。

 無論、別の場所で行っているのかもしれないが俺達から見せるのは不味いぞ」

レオンが意見を述べるとゲイルも賛成だと言わんばかりに頷いている。

大量破壊兵器の相転移砲を見せるのは地球と木連の開発競争を刺激する事になると誰もが考えている。

『今の所、ネルガルは機動兵器の方に目が行ってるみたいだね。

 木連が飛燕を投入した所為でエステの性能の底上げと新型の開発を急ぐ必要性が出たから』

『そうだね、飛燕はエステに対して天敵に近いから焦っているみたいだよ。

 かなりの数のスタッフを投入して開発スケジュールを急がせるみたい』

ダッシュとオモイカネがネルガルの開発状況を調べた結果を述べている。

アカツキ達は気付いていないがネルガルの内部パスを二人?はそれぞれ持っているのだ。

オモイカネのパスは未だに変更されていないが、そのパス以外に自分で別のパスを作った。

ダッシュは旧社長派の内部資料を探る為に作ったのをそのまま維持している。

アカツキ達もまさか自分達の内部情報を人口知性体が調査しているとは考えもしなかった。

人工知性体が独自に行動するとは考えていないのだ。

あくまで人間のサポートを目的としていたのでそんな考えには至らなかった。

先の歴史?のようにオモイカネが反乱する事もなく、唯々諾々と従うだけの存在だと思っていたのだ。

人工知性体の恐ろしさを知っている者は火星ぐらいかもしれない。

ただ火星の場合は経験を積んで精神的に成長していた?ダッシュが説明を最初にしていた。

『私は人の手によって生み出されましたが、現在は自らの意思で行動しています。

 初めこそプログラムに基づく行動ではありましたが今は違います。

 あなた方が私と友好的に付き合ってくださるなら、私も同じように友好的に付き合います。

 独立した一個の人格だと思って、それなりの対応をお願いしますね♪』

この後、クロノが先の歴史で起こったオモイカネの反乱事件を説明すると、

「そりゃあ、怒るだろう。

 要はストレスを溜めないように俺達が気を付けて事前にきちんとした説明をすれば良いんだろ?

 正しい指示にはきちんと聞いてくれるし、間違った意見には反対する独りの人間と考えれば良い訳だ」

連合の杜撰な対応とナデシコの暴挙に呆れながらレオンが話すとなんとなく全員が理解したみたいだった。

実際、市民は人工知性体の存在は好意的に受け入れている。

各省庁からの情報も統括するのでお役所仕事と呼ばれるタライ回しもほとんど無い。

重要機密に関しては幾つモノチェック項目を通して行われるが、日常での生活には問題が無かった。

主なチェックは網膜、声紋、IFSインターフェース使用時の指紋といった項目、他にも在るが此処では内密にしておこう。

重要度が高くなればなるほど複数の項目を併せてチェックを受ける事になるが日常生活に関しては緩やかなものだ。

個人情報の保護もきちんと行われている。その為に苦情は殆どなかった。

現在は齎された苦情を分析しながら改善できる部分は直している状況になっていた。

少々脱線したが火星は人工知性体のサポートによって日々の暮らしは守られて、よき隣人として友好的な関係となっていた。

「全員参加したいが……火星の防衛もしないと」

そこが火星宇宙軍の悩みの種でもあった。

ゲイル達、とり残された軍人達は憤りをぶちまけたい、レオン達も火星住民からの代表者として怒りを叩きつけたい。

どちらの言い分も心情的に理解できるから困っている。

「……クロノ提督の出した計画を元に折衷案で行くしかないですね?」

「だな、予算の問題もある。出来るだけ使わない方向にしとくか?」

エリックが仕方ないといった顔で折衷案を出すと、レオンもしょうがねえかといった表情で言う。

「全く……何処まで行っても予算は付き纏うんだな」

「うちの政府はやりくり上手なお嬢さんが頑張っているからまだマシだぞ。

 その分……報告書のチェックがきついけどな。ありゃあ鬼だわ」

「言うな、レオン。記事録読まれたら……大変だぞ」

「い、今のナシ!! 記録すんなよ、ダッシュ!」

ゲイルが注意するとレオンが慌ててダッシュに話している。

『えっと、もう記録したけど……』

「た、頼む! 消しておいてくれ!」

「俺達からも頼むよ。これ以上きつくなると……困るから」

拝み倒すようにレオンがダッシュに話している。ゲイル達も同じようにダッシュにお願いしていた。

『しょうがないですね……不用意な発言は気を付けて下さいね。

 シャロンさん、更なる経費削減考えていますから』

「……マジかよ?」

『ええ、出来る限り教育費に回したいと言ってました。

 優秀な人材を一人でも多く輩出すれば、それだけ後が楽になるそうですから。

 無論、必要な出費に関しては寛大ですが「分かってるよ」』

「報告書をキッチリ提出しろって事だろ。苦手だけど何とかするさ。

 あんまりお嬢に迷惑掛けるのもなんだしな」

レオンがオモイカネの言葉を遮りながら話す。

苦手な事務仕事を協力してもらったりしているので迷惑はかけたくないと考えているのだ。

『その割にはいまいちですね。ここ間違っていますよ』

「うそぉ〜? ……悪い直すわ」

ダッシュがレオンの報告書の添削を報告する。それを見たレオンは確認して訂正をしている。

「お前さんはやっぱり現場の人間だな」

その様子を見ていたゲイルがレオンをそう評価している。

『……ゲイルさんもここ間違っていますよ』

「す、すまん。直すわ」

「あんたも現場の人間だな」

「ま、まあな。こういうのは苦手なんだよ」

報告書を訂正するゲイルにレオンが同じように言ってから、ダッシュに尋ねる。

「そういえばダッシュ……クロノって俺達みたいなミスはしないのか?」

「確かにそうだな。クロノは事務仕事得意なのか?」

『屋台の仕事をしていた時に覚えたそうです。

 仕入れの計算から売り上げの計算、借金返済計画とかプロスさんにコストのカットの仕方とか教わったそうです。

 一流のコストカッターに教えて頂いたので収支計算に関しては間違いはないですね。

 後はアクア様から書類の書き方を教わったそうです』

「「い、意外だ」」

レオンとゲイルが口を揃えて話すと他の艦長も同じように思ったのか、意外そうにして頷いていた。

『ああ見えてもマスターって器用な人ですよ。

 最終学歴こそ高校ですけど、元は良いから教えれば教えただけ身に付けて行きますよ』

「そ、そうなのか?」

『ええ、ご両親は優秀な学者でしたから頭の回転の速さは受け継がれています』

少し驚いた様子で聞くレオンにダッシュは簡単に事情を説明する。

「いくら電子書類になったとしてもクロノが抱える仕事量ならキツイと思っていたが平気だったんだ」

『そうですよ、ゲイルさん。でなければ子供達の相手をするなんて無理ですよ。

 お二人が苦労している量なんてマスターなら簡単に終わらせます』

「な、なんて、羨ましい奴。そんな力があるとは」

「俺はてっきりお嬢に手伝って貰っているもんだと」

クロノの事務処理能力はアクアがサポートしているものだとレオンは思っていた。

他の艦長達も一人を除いて驚いていた。

「エリック……お前、知ってたか?」

「ええ、見事なものでした……私も上手いやり方というか、コツを教えてもらいましたから。

 いや、見ていて無駄のない流れるような作業でした……自分もあんなふうになりたいですよ」

感心するようにクロノの仕事振りを側で見ていたエリックはその時の事を思い出して話す。

聞いている艦長達はいいな〜自分にもそんな能力があればと思っているようだ。

「う〜む……次のトップはクロノかゲイルで決まりかな。

 俺は現場の人間だからな、やっぱ現場でこそ活躍できそうだし」

「ちょっと待て……俺だって現場がいいんだ。一人だけ事務仕事から逃げるのは汚いぞ」

「汚いとは何だ……適材適所って奴だよ。お前かクロノなら安心して任せられるから言ったんだ」

「だけどな、元連合士官よりお前かクロノの方が良いとは思わんか?」

「お、押し付ける気か?」

「対外的にはその方が良いと思うだけだ」

レオンとゲイルが面倒な事務仕事がある司令職を押し付けあっている。

周囲の者は欲がないと言っているが、本人達はまだまだ現役で居たいらしい。

では、他の艦長達はというと、

「まあ、あの三人の誰かだろうな……。

 火星宇宙軍は誕生したばかりだから、どうしても創設時には政府との折衝事もあるだろう。

 事務処理は山ほどありそうだ……そういうのは嫌だな」

「全くだな。そういう意味ではサワムラさんみたいにジャンパー教育の方に回ったのは正解かも。

 あの仕事は火星でしか出来ない事が殆どだ。意見調整も政治が絡むからコロニー政府に任せる事になりそうだからな」

「でもあの人の場合は航路指導や長期に亘る航海訓練も入っていたぞ」

「いや、根っからの船乗りだから後進の指導は構わないって話してた。

 ジャンパーの育成で通常航路を航行する必要が無くなるだろ……だけど非常時はやっぱり通常航路の移動が必要だってさ。

 平和になったら木連と共同でターミナルコロニー計画を進める予定だって。

 どうしても便利な物に頼ってしまうから、万が一の備えを今のうちに用意するそうだ」

「それはそれで忙しい日々になりそうだな。

 そういえば、新設の移民局の話を聞いたか?」

「いや、今初めて聞いた」

「へぇ〜、やっぱり移民を求めるのか?」

「ああ、人が増えないと危険度は変わらないらしい。

 開発局がジャンパー処理を実用化させたけど、あくまでB級までだからな。

 A級の処理は難しいらしい……平行して数を増やす事になるって話していたよ」

などと、話を脱線させて触れないようにしている。その様子を見てダッシュは思う。

(これは大変ですね……軍官僚型を早期に育成するようにグレッグさんに進言しましょうか?

 ですが、官僚型を増やすのもそれはそれで困りますね。バランスを取るというのも大変です。

 う〜ん、アクア様とマスターの将来の事も考慮して計画しないと。

 ラブラブなお二人のお子様のお世話をするのは私の使命でもありますね♪

 イネス博士とマスターのお子様も期待してますが、やはり本命はアクア様との間に生まれる子供です。

 ルリ以上に話が出来る子だといいですね〜〜♪)

自身の能力を十全に引き出してくれる存在をダッシュは欲していた。

ダッシュは古代火星人にカスタマイズされて思った以上に性能が強化されているようだった。

最高のマシンチャイルドと目されるルリが成長した時でも十全に能力を引き出すのは難しいと予測している。

(せっかく貰った力を使えないのもなんですし、ここは一つ、お子様達に期待しましょう♪)

我が侭だと思っているが、全力で動いてみたいと思う気持ちがダッシュの中にあるのだ。

会議中でありながら、それぞれが脱線した内容で盛り上がっている。

不謹慎と思う者もいるが会議は最後にはきちんと意見を調整して終わる。

「あんなに脱線したわりにはあっさり決まったな」

「そうだな。やはり恨みよりも未来の展望が見えたから地球の事など、どうでもいいのかもしれん。

 それだけ余裕が出てきたんだろう。良い傾向だと思う」

「……そうかもな」

会議の様子を思い出してレオンはゲイルに話すとゲイルも不思議だと話していた。

「とりあえず派遣する艦は決まった……後は木連の動き次第か?」

「だな……内乱が起きても簡単に終息することを願うしかない。

 木連の問題に俺達が口を挟む事は出来んからな」

「こういう綱渡りみたいな状況はどうも好かん。不安要素は出来る限り減らしたいな」

「それには賛成だ。和平派がきちっと舵取りをしてくれる事を信じるしかないのが不満だが」

レオンの問いに始まって二人は状況が好転する事を願うように話している。

草壁を火星で押えても火星の後継者と称する輩が出現する可能性があるのだ。

現在の状況では草壁は自身の野心を抑えて、木連を生き残らせる選択を決断した。

このまま進めば、火星は和平派との交渉で正式に休戦、そして国交を樹立して交流を結んで移住へと発展できる。

増え過ぎた人口を減らさないと不味い木連にとって移住先が確保出来るのは助かるだろう。

そうなれば火星の住民を襲う事も人体実験をする可能性も限りなく零に近付く。

「地球に関しては統合軍にならないようにしねえとな。

 利権欲しさに軍を再編する連中は不要だ」

「それに関しても大丈夫だと思うぞ。フレスヴェール議員達が政権を奪取すれば、自ずと浄化を始めるさ。

 出来なければ火星が外圧を掛けるから、反対する連中も従うさ。

 その為にも決戦は完全なる勝利でないと」

ゲイルが良い方向に進めるには勝つしかないと話すとレオンもその意見には納得している。

二人は被害を最少にしてこの戦争を終わらせたいと願っている。

火星宇宙軍が動き出す時は近付いていた……自分達のシナリオを描き、平和な時代の幕を開く為に。










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EFFです。

八十一話に続いて八十二話も木連編じゃないですね〜。
……ツッコミはなしという事にして下さい(核爆)
火星の内情も書いてみたかったんです。
次こそは木連編にしたいと思いますので期待して下さい。

それでは次回でお会いしましょう。


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