状況が動き出そうとしている

目を開いて見極める必要があるだろう

流れというものに逆らうのは難しい

流されるままというのは不味いが

流れを見極めて演出するのは大変な事だ

上手く行けば一気に状況が変わる

ハイリスク、ハイリターンというものだな



僕たちの独立戦争  第八十九話
著 EFF


「ここが攻め時だ。失った戦力はあるが全てを投入して一気に制圧すれば挽回できる」

月臣は御前会議とも呼ばれる席で勝つ為に必要な手段を提示する。

短期決戦――戦力を一つに集中して敵本陣を攻略するという手段が一番有効的だと述べる。

この意見に強硬派の士官は賛同しているが、

「しかしだな、ここの守りまで使うというのはどうかね?」

元老院の者達は自分達の安全を優先するのか、賛同しようとしない。

「何を言っているんですか?

 勝つ為には時には危険な賭けともいえる手段を用いなければならない状況なんです。

 勝負に出るのは当然でしょう」

自分達の主義主張を押し通す為に決起したのだ。負ける訳にはいかないのに守りに入ろうとする。

強硬派にすれば、徐々に元老院の本性が見えてきた。

口が達者な臆病者達の集団――それが元老院だと認識し始めている。

そして、そんな元老院を強硬派は疎ましく思い始めている……両者の関係に亀裂が生じてきたのだ。

元々勇猛果敢な血の気の多い強硬派と慎重にして損失を避けて利だけを得ようとする元老院。

正反対の二つの考えが一つにまとまる事はないだろう。

休憩を入れようと士官の一人が告げる。押し問答をしていても仕方がないと言う。

「元老院の皆様方もお疲れでしょう。

 ここは一旦、休憩を挟んでから結論を出す事にしましょう」

「もう結論は出ているというのにか?」

皮肉気に強硬派の士官が元老院の弱腰を貶めるように呟く。

その声に元老院の者達は自分達が軽んじられていると思い、顔を顰めている。

「ええ、少し考えて頂かないと」

男はそこで言葉を閉じて、元老院の方に向き直って告げる。

「反対、反対と言われるのは構いませんが、それ相応の代案を出して頂かないと……。

 我らはこの宇宙に正義とはこうあるべきだと示す為に此処にいるのです。

 それに逆らうのであれば……悪ではないでしょうか?」

その士官は元老院の立場を思いやったのではなかった。

逆に元老院を恫喝しているのだ……逆らうのなら始末するべきではないかと言っているのだ。

同調するように士官達は元老院を嘲笑っている……お前達は臆病者だというように。

その様子に月臣は嘆息する。今は心を一つにしてこの局面を乗り切らなければならないのに対立している。

(これが元老院の本性か、高木少将が参加しない訳だな)

決起後、すぐに月に居る高木に連絡を取った時を思い出すと納得する。


「高木少将、貴方の力が必要なんです。

 言葉だけでもいいですから参加した者を勇気付ける事を言ってくれ」

『ふざけるな、今の状況を考えずに決起した貴様らに力を貸す気はない!』

「なっ!?」

にべもなく答える高木に月臣は途惑う。高木なら自分達の決起に賛同すると思っていたのだ。

『お前達が何を考えているのか知らんが月防衛に戦力が投入できないという事を理解しているのか?

 折角奪回した聖地を維持しようにも戦力が整わなければ奪われるだろうが!』

高木のもっともな言い分に途惑う月臣。

「ですが、このままでは我々の正義を地球に見せる事は出来ません」

『正義か……ではお前にとっての正義とは何だ?』

「決まっているでしょう!

 俺の正義は理不尽な言い分で俺達の存在を否定した地球に勝つ事です!」

誇らしげに胸を張って話す月臣だが、高木は冷ややかな目で淡々と告げる。

『では、俺の正義とお前の正義は別物だ。

 俺の正義は木連の市民に新たな移住先を与え、未来を繋ぐ事だ。

 その為にこの月を守る、火星への移住が出来ない時の保険としてな』

自分とは違う高木の正義に月臣は驚いて声が出ない。

『何故、元老院の口車に乗った。奴等は安全な場所でしか主義主張を囀る事しか出来ない臆病者だぞ。

 名誉職である連中に正当性などあろう訳がない。

 お前達のしている事は反乱であり、賊軍と呼ばれる行為だぞ』

絶句している月臣に高木は呆れるような言い方で今回の彼らの行動を評している。

「そんな事はない!

 俺達が賊軍などである訳がない!」

『軍を私物化した時点で反乱軍だろうが、形はどうあれ今の指揮権は閣下の元にあるんだぞ。

 閣下の命なく勝手に動くのは間違いなく軍の私物化だろうが』

反論し、叫ぶ月臣に高木は正当性の所在をはっきりと口にする。

軍人が中心となって動く木連と言えど、指揮権はしっかりと存在しているのだ。

『自分の意見が通らないからといって独自に軍事行動を起こすなど軍人にはあるまじき行為だな。

 お前達は本当にその事を理解しているのか?』

「正義を示すに『甘えるな!』」

月臣の言い分を遮るように高木が怒鳴る。

『何時までゲキガンガーの正義を借りるのだ。

 俺達がやっているのは戦争だぞ……人を殺しているのだと自覚しろ!

 自身が返り血を浴びていないだけだという事を認識せんか!』

「そんな事は理解している!」

『その結果がこの様か、自分の力だけでは成功できないから俺の力を借りるというのか?

 ふん、人の力を頼りにして反乱を起す連中など信用できるか!』

「なっ! 馬鹿にするなよ!

 俺はあんたの力などなくても成功させてみせる!」

売り言葉に買い言葉といった様子で高木と月臣は叫んでいる。

『一つだけ言っておく。

 お前がしている事は同胞殺しだ……覚悟は決めておけ。

 元老院の口車に乗った事を後悔しても時は戻らん』

そう言い残して高木は通信を閉じる。

「俺の正義は間違っていない!」

月臣はそう叫んで通信室から出て行った。


(あれがケチの付き始めだな……)

高木が参加しないと宣言した事が状況を迷走させていると月臣は考える。

戦力が拮抗する筈だったが、高木が動かない為に和平派に戦力が集中し始めているのが現状だ。

高木との通信の内容は一部伏せている。

全部話すと自分達が反乱軍だという事を怖れて離脱する者もいるかもしれないと思った。

(間違ってはいないのだ……正義は俺達に在り、勝つ為に決起したのだから)

自身の正義を信じて疑わない月臣。

だが、もう少し冷静に周囲を見る事が出来れば今の状況が悪い方向に進んでいると理解できただろう。


月臣が回想している頃、別の場所では東郷達、元老院の者達は相談していた。

「何なのだ!? 我らの存在を蔑ろにするというか?」

苛立ちを込めて一人が叫ぶ。

「全くだ! 自分達が決起できたのも我等の協力があればこそだろうが、増長しおって」

秘匿していた戦力の提供、場所の提供、第三艦隊の人事と自分達の口添えがあったからこそ今の戦力があるというのだ。

それを忘れて、自分達の言い分だけを優先するというのは正直頭に来るというものだった。

「だが、賭けに出るというのは必要かもしれん。

 あの男がいない今がどれ程有利か……分かるだろう?」

中心に居るはずの草壁が倒れた……和平派にとっては大きな打撃を受けた状態なのだ。

「ですが、それは事実なのでしょうか?

 あの男は一筋縄で行くような男ではありませぬぞ」

「然様です。草を侵入させたいのですが悉く始末させられている有り様です。

 これもあの男が無事な証拠ではござらぬか?」

確認する為に草と呼ばれる配下の者を潜入させようとしたが北辰の手勢によって妨害を受けている。

「あの猟犬は草壁の指示でしか動きませぬ。

 それは取りも直さずあの男が無事だという証拠ではありませぬか」

「だが、表舞台には出ていないぞ。

 秋山、海藤が必死に鼓舞しているようだが」

和平派はその二人を中心に必死に体制を維持しようと動いているように見えるのだ。

草壁は一度も兵士達の前に出ていないという事態が和平派の士気が上がらぬ原因の一つだと彼等は考えている。

「どちらにしても戦力を拮抗させる為にも今は動くしかなかろう……忌々しい事だが」

東郷が苛立ちを顔に滲ませて全員に告げる。

「ですが危険な賭けですぞ」

「承知している。代案がなくば、奴等も納得はせぬだろう」

まるで自分達が主役のように振舞う強硬派に元老院の者達は苛立ちを含んだ顔でいる。

この後の会議で強硬派は賭けに出る……戦力を集結させて一気に本丸であるれいげつに侵攻する作戦を選択する。

それこそが草壁達の罠だと知らずに……。


―――市民船れいげつ 軍病棟―――


「年なんじゃねえか……いい加減、自分が中年だと自覚した方がいいぞ」

開口一番、村上はベッドで休む草壁に告げる。

「何を言うか! くっ」

叫んだ瞬間、罅の入った肋骨の痛みで胸を押さえて草壁は顔を顰めている。

「以前のお前なら簡単に避けただろうが、それが出来ないという事はもう立派な中年の仲間入りだな。

 そうは思わんか、辰?」

草壁の傍らで警護を務めている北辰に聞くが、北辰は何も言わずに居た。

「何も言わんという事は俺の意見に賛成していると思って良いんだな」

村上の意見に賛成しているのかと草壁は北辰を睨みながら目で問うている。

「そうは申しておりませぬ。ですが、怪我をなされた時点で閣下の策は失敗したと考える次第です。

 はっきり言っておきますが、御身を大事にしてくだされ。

 このような危ない橋を渡られるのは正直困りますぞ」

偶然、胸を狙ったおかげで助かった様なものと北辰は断言して諫言を口にする。

「まあ、そうだな。一歩間違えば木連の命運が大きく変動するからな」

北辰の言い分が理解出来る村上はあっさりと追従する。

「正直なところ、今お前に倒れてもらわれると困るんだぞ。

 人材は時間をかけて作るものなんだ、いきなり出来る様なら誰も苦労はしないもんだ。

 お前という頭があってこそ上手く動くんだ……自身の立場というものを考えてくれ」

「分かっている……自由に動けぬ事も覚悟の上でここまで来たのだ。

 もうしばらくは足掻き続けて生き残ってみせる」

「分かっているのなら文句はここまでにしよう。

 一応、火星とは停戦の方向で進めていくが……構わんな」

「ああ、その方向で動いてくれ」

話題を変える村上に草壁も身を正して話に応じている。

「やはり火星は地球からの独立を優先しているようだ。

 その為に木連が敗北するのを良しと思っていないのだろう」

「三国の睨み合いが一番だと考えているのか?」

「そう考えるのが妥当な線だと思う。火星にすれば、地球が火星だけを警戒するようでは不味いと思っているんだろう。

 地球の警戒感を木連にも向かわせたいのだろう。

 これは推測だが国力が拮抗、もしくは木連と共同なら対抗出来るような状況になるまでは政治的手段で対応する筈だ。

 以前、話した跳躍の事もある……火星は独自の政治体系を維持するのが一番いいと判断したのかもしれない」

「なるほどな」

「長い目で見れば、いずれ木連からの移住者が火星の頂点に選ばれる可能性もあるんだ。

 移住とは政治にとっては諸刃の剣のような危険性も無きにしも非ずだ」

「二十年か、三十年くらい先の話だろう……気の長い話だぞ」

「政治とはそんなもんだぞ。短期的な結果を求めるのはあまり勧められん。

 一歩ずつ確実に結果を出しながらするもんだ」

「そうかもしれんな」

自身が結果を早急に求めるのが政治家向きではないと言われた気持ちになって苦笑する。

「どういう形になるにしてもだ、木連が遺跡の力に頼らぬように自給自足が出来る環境を整えるべきだろうな。

 遺跡の負担を軽くすれば、それだけ長く使えるだろうから此処でも生きて行ける。

 無論、人口は抑制しないと賄えないから移住は必要だが」

「やはり多いのか?」

「今はな、だが環境さえ改善すればやって行ける可能性は十分にある。

 新しく建造する市民船を農業用にして大規模に食糧生産が出来るようにすれば大丈夫だろう。

 ただ、それが上手く運用できるまでは移住させて人口を減らしておくべきだな」

何事にも時間は掛かると村上は言う。食糧事情の改善をするにも軌道に乗せるまでは試行錯誤しないと不味いと伝える。

一時的な引越しでも構わないから人口を抑制して遺跡を負担を抑えながら改善しようと述べる。

「いきなり遺跡を使わないのは無理だな」

「当たり前だ。誰もが遺跡に頼る事を心の片隅で考えている。

 この依存を無くしてこそ、道が開けるというもんだ」

遺跡を切り離す事は出来ないが、遺跡在っての木連というのは不味いと村上は言う。

「依存はダメだな……失った時におもいっきり反動が押し寄せてくる。

 今は過剰に使用している様なものだから」

「抑えていく方向にして改善しろと言うんだな」

「そういうこった」

二人は木連のこれからを話し合っている……意見の食い違いはあるが草壁が柔軟な思考に変わった事で意見交換が進む。

二人の出した意見を基に内閣府で若手の官僚達が更に意見交換をして実用するにはどうあるべきか話し合う。

元老院という木連の未来を阻害する者を排除した和平派はゆっくりと未来へと歩みを始めていた。

結果は出していないが、まず動く事で一から立ち上げていく。

その姿を見せる事で市民にも木連の未来を模索して欲しいと願いながら……。


―――トライデント 食堂―――


式典が無事終了した翌朝、朝食の席でルリは顔を真っ赤にしてルナに抗議している。

「ル、ルナさん! 恥ずかしいからそんなに見ないで下さい」

「ええ〜〜、だってルリちゃんのドレス姿なんて滅多に見られないのよ」

オモイカネが記録していたルリの映像記録をルナ達は見ていたのだ。

食堂に入って来た瞬間、ルリは慌てて見ないようにお願いしたが、そのお願いは聞いてもらえない様子だった。

「ほう〜、これならジュールの野郎も褒めただろう?」

カタヤマがルリに聞いてくる。

「……その、綺麗だって言ってくれました」

身を縮めてルリが恥ずかしそうに答える。

「そうだろう、そうだろう。これを見て褒めない奴はダメだな。

 まあ、あんまり歯が浮くような褒め方をすると提督の再来かと思うが」

「……ジュールさんは朴念仁じゃないです。

 兄さんと同じにするのはどうかと思います」

火星一の朴念仁という称号を持つクロノと一緒にしないでとルリは言う。

「「そんな事言うとママが怒るよ」」

セレスとラピスがルリに注意する。二人とも舞踏会に参加できなかったので不満タラタラといった雰囲気だった。

「大人ばっかりで退屈でしたよ……正直、最後にジュールさんとダンス出来なければつまらないかもと思いましたよ。

 レイチェルお姉さんと会えたのは例外ですけど」

レイチェルと会えたのは無駄ではないとルリは考えている。

「そうだね、色々面白い事聞かせてくれたよ」

「うん♪ もっと聞きたかった」

二人も同じようにレイチェルが気に入ったようだが、二人の側で控えているマリーは心の中でため息を吐いていた。

(はぁ〜〜、とても不安です。

 アクア様のように変な悪影響が出なければ良いのですが……)

躾けに関しては厳しく指導してきたので問題はない。しかしその分、猫の被り方も強化したようなものなのだ。

(アクア様を超える存在になると困るのですが……)

容姿に関しては将来性豊かなのだ……トラブルメーカーになられると非常に困った事態に発展しそうだ。

(ルリ様は大丈夫だと思いますが……ラピス達はどうなる事やら)

ルリは自分の立場というものを自覚している、余程の事がない限り過激な手段を選択はしないだろう。

その部分がマリーには嬉しくも悲しい事になっている。

まだ子供と呼べる年齢のルリに自由に動く事が出来ないようにしている。

(大人びていますが、私に言わせて貰えばまだまだ子供だと思う時があります。

 本人は気にしていないようですが、同い年の友人がいないという状況も良くはないですね)

この艦で年上の友人はジュールを筆頭にできたが同年代の友人がいない事は問題だとマリーは思う。

(同い年で同性の友人……外に出る以上は絶対に必要です)

どうしても家ではルリが最年長のお姉さんという立場になって何かとリーダーシップを取る事が多い。

それではルリ自身の息が詰まらないかと思う時があるのだ。

息抜きできる場所、もしくは気楽に付き合える友人が必要だとマリーは感じている。

(アクア様の場合はクロノさんに甘えるという事で息抜きが出来ているようです。

 地球ではクリムゾンの事であまり人付き合いをしませんでしたが、

 火星ではイネスさんやエリスさん、レイさんのおかげで気の合う友人が増えています)

ルージュメイアンと名乗り、クリムゾンとは一線を引いた状態で行動しているのが吉と出たのだろうと考える。

クリムゾンの関係者は敬意を以って接するが壁を作るような真似はしていない。

独立しなければならないという気持ちが作用しているのか、火星の住民は自分達で考え動こうという気持ちの者が多い。

地球連合政府から見放されたと知っているからかもしれない。

クリムゾンは地球の企業だがボソンジャンプを上手く活用したいと考えている事を知っているので、

ビジネスライクな付き合いと割り切っているのだろう。

感謝はしているが自分達を利用したいと考えているので敬意を払うのはどうかと思っているのかもしれない。

アクアやシャロンはクリムゾンの力を行使せずに自身の実力を示して火星で生きている。

(何にせよ、お二人には火星は気楽に活動できる場所だと思うので自由に生きて欲しいものです。

 ルリ様達、お子様にとってもそんな場所になる事を願います)

帰還すれば、学校に通うという新しい生活が始まるのだ。

(色々あると思いますがたくさんの友人が出来ると良いですね)

食堂でジュールとのダンスシーンを見られて恥ずかしそうにしているルリを見ながら、

マリーはこんなふうに笑い合える日々が続く事を期待していた。

もうすぐ……火星宇宙軍は故郷である火星へと帰還する。


―――月 木連司令所―――


「大きな物を発射する事は出来ないが連射できるのは便利かもな」

無限砲改の試射を見て高木はそう結論付ける。

「後は命中精度の向上ですね」

「そうだな」

「さて、マスドライバーの代用品を我々が持っていると知った地球はどう動くでしょうね」

「さあな、来るなら来てみろだな。準備は整っているんだ……罠に引きずり込んでやる」

月に到着するまでに幾つもの策を用意している。

「本命のマスドライバーの修理状況は?」

「無人機による突貫工事中です。地球は半年は掛かると思うかもしれませんがあの程度なら三ヶ月もあれば十分です」

当初は規格の違いに途惑う者もいたが、今はそんな問題もないので作業は順調に進んでいると大作は報告する。

「IFSのほうは何とかなりそうか?」

「今、本国の方でクリムゾンと交渉中です。

 上手く行けばこちらに送られてきます」

パンと握り拳を掌にぶつけて高木は勝機が自分達の方向に引き寄せられていると確信していた。

「新型の方は何時到着しても良い様にしておく」

「了解」

大作も今の状況を維持すれば地球を交渉の席に引き摺りだせると思っていた。

無限砲改の試射の成功は想像以上に地球側に損害を齎したのだ。


―――地球にて―――


同じ頃、地球連合政府は木連が行った月からの砲撃に頭を悩ませていた。

マスドライバーを使う事が出来ないと判断していたのに別の手段でメテオフォール――隕石落としを敢行された。

衛星軌道上のビッグバリア発生衛星に向けられた一撃は……何とか初弾は防いだ。

だが連続して加速された隕石を受け止めるのは負担が大きかった。

連合議会は制宙権に綻びが出来るという状況は非常に危険な状態だと自覚した。

綻んだ部分に木連の無人戦艦が侵入して砲撃をした時はビッグバリアで防げると思い、木連の軍事行動を軽視していた。

だが、それは大きな間違いだった。

無人戦艦の砲撃でビッグバリアに負荷を掛けて、その後に今回の砲撃を行う。

負荷を掛けられたビッグバリアは十分な加速を与えられた大質量の物体――隕石を受け止める事は……出来なかった。

ニ撃目までが精一杯だった……三撃目はビッグバリアを貫いて地表へと落下しようとしていた。

何とか第二防衛ラインのミサイルが間に合い地表への落下軌道をずらして太平洋のど真ん中に着弾した。

ホッと一安心と考えていた連合議会だったが、その映像を記録した者がマスコミに渡して世界中に公表された。

映像を見た市民はビッグバリアの防壁が破られたという事実に驚愕し、自分達の安全が脅かされるという事に衝撃を受ける。

開戦初期はチューリップの落下もあったが機動爆雷の攻撃で今では侵入する事はなかった。

だが、今回はチューリップではなく、月からの砲撃という身近な出来事であった。

これから毎日砲撃があるかもしれないという不安が心に忍び込む。

もう他人事ではなくなったのだ。自分達の命に危険が迫っている事実を本当に理解し始めている。


そしてシオン・フレスヴェール議員がこの好機を逃す事はなかった。

彼はマスコミを集めてこの戦争の経緯をもう一度詳しく説明して今の連合上層部が如何に危険かと知らしめる。

そしてもう一つの懸念である……火星が軍事行動を起こす可能性を示唆した。

裏で連合政府が火星に対して通達した内容を暴露する。

自身の責任を放棄したというのに謝罪もなく、住民感情を逆撫でするような物言い。

このような通達をされて火星が従う筈がないと前置きして、火星が木連と共同歩調を取られると不味いと説明する。

火星はある意味最前線で生き残った場所なのだ。地球よりも危険な状況下で生き延びた事実がある。

もし木連が火星と休戦、もしくは同盟を結ぶような事態になれば戦力を地球にだけ向ける事が出来る。

木連の軍事行動は移住先を求めての行動だ。火星がその場所を提供すると言えば木連は火星に対して軍事行動は起こさない。

火星の持つ技術力を木連が得れば、状況は更に悪化するという懸念を話す。

また戦力を強化した木連がコロニー落としを敢行した場合の危険性も提示する。

落ちる場所によっては大規模な災害、または地球にとって大打撃を受けると説明した。

北極や南極に落ちれば、間違いなく気象異常が発生するとクリムゾングループと気象学の専門家が公表した。

経済学者は落ちた場所が食糧生産拠点なら食糧不足に陥る可能性を発表している。

北米や欧州の穀倉地帯や中国の農耕地帯にアフリカの食糧生産地帯が被害を受ければ、食糧事情は悪化すると言う。

これとは別に気象の専門家はアマゾンの森林地帯に落ちれば緑地の消失という重大な事態になると言う。

21世紀初頭の地球温暖化という状況が再び発生するのではなく、間違いなく温室化は避けられないとコメントしている。

極点に落ちれば、異常気象は間違いなく起きると断言する。

しかも起きる規模は想像以上になると気象の専門家達は意見を合致させていた。

経済学者も気象の専門家の意見を真摯に受け止めてシュミレートを行った。

その結果は……最悪のものだった。まず異常気象によって食糧生産にダメージを受ける。

元に戻るにはかなりの時間が掛かるだろう。その間に備蓄している食糧が底を尽きる可能性もあると意見を述べる。

気象の専門家達は一年や二年という短期で直る見込みはないと告げるのだ。

自給自足している国とて異常気象の前では食物が育つとは限らない。

食物連鎖の底辺を支える植物が打撃を受ければ……連鎖自体が崩壊する。

餓死者が出る国は加速度的に増え続けるとちょっと考えれば分かる事だった。

そういう事態を惹き起こそうとする連合政府上層部をシオンは激しく非難する。

何故、安易に戦端を開いたのだと連合政府に問うている。

何故、戦力分析も碌に行わないで勝てると考えたのだと叱責する。

火星の住民を死なせるように仕向けるという事は連合市民の犠牲も当たり前の事なのかと聞いている。

シオンの追及に連合政府は沈黙を続けている。そんな事はないと否定したいが今までの行動がこの状況なのだ。

連合市民も政府の欺瞞を見抜き始めていた。


「反戦デモが始まるのも時間の問題だな」

会見を終えてマスコミに現状の危険性を公表したシオンは呟く。

「ええ、ですが先生のお命の危険もあるかもしれません」

今更ではあるが反対勢力がシオンの暗殺を企む危険性があるとロベリアは指摘する。

「そうだな……だが、もう遅い。動き始めた流れを止める事は誰にも出来んよ」

自分が死んだ処で流れを戻す事はできないとシオンは言う。

「それでも先生に怨みを持つ連中が出るでしょう……自分達の命運を断ち切られたのですから」

逆恨みで動く馬鹿をどうするか……ロベリアはその点を注意しなければと話す。

「ロバートが護衛を回してくれる。

 クリムゾンとしては和平を望んでいる……その為にわしが必要だろう」

「そりゃそうですが」

クリムゾンの護衛なら安心だが平和になれば用済みというのは困る。

「その点も大丈夫だろう、三国の関係を出来る限り良好に維持する仕事がある」

ロベリアの懸念に心配するなとシオンは告げる。

「なに、平和になって人材が育てば隠居して火星で暮らすさ。

 妻の墓は此処にあるからたまには帰るが向こうで骨を埋めても良いかと思っている」

政治からは離れて暮らすとシオンは決めているようだ。

人材に関しても日々精一杯に自分で考えて行動しようとする者が出て来ている。

「酒という物は熟成させる時間が必要だ……政治家という者も同じように熟成させる必要がある。

 今はわしのような年寄りが熟成期間を見守る必要があるが、いずれは栓を抜いて飲み頃の美味い酒になるさ」

「もうニ、三年は掛かると思いますよ」

「ロバートは自分が勇退するのに五年は掛かるとぼやいてる……わしも隠居するのはその位掛かると思っている。

 悪いがもうしばらくは付き合ってもらうぞ」

もう一頑張りする必要があるから手を借りるとシオンは言う。

「当然でしょう。先生あっての私です……最後まで付き合いますよ」

遠慮など無用とロベリアは告げる。その顔には辛さなど微塵もなく仕事を全うする意思がある。

この先、色々問題が起きるだろうが二人は気にしていない。

目的地は見えたのだ……後はその地を目指して歩けば良いだけ。

生きて行く以上困難は幾らでもあると知っている……投げ出すような事をしないタフな男と呼べるだろう。


現主流派の面子は蒼白な顔でシオンの会見を見ていた。

徹底抗戦の流れを作ろうと考え行動しようと目論んだ矢先の出来事だった。

「不味いぞっ!」

「これは不味い……流れが反戦に傾くぞ!」

停戦に傾けば、間違いなく自分達への責任追及が始まるのだ。

今更、和平派に所属は出来ないのだ……シオン達の勢力は徹底した責任追及をしている。

舞台を降りる事は出来ない。この後、軍事行動に出る連合宇宙軍が勝てば、流れを堰き止める事が出来るかもしれない。

だが、一抹の不安がある……司令官が信頼できないのだ。

「ドーソンが戦艦を所望しているがどうする?」

「そんな悠長な事を言っておるのか!

 今、動かねばならん時に!」

「そうだ! 今から戦艦を建造して出来るまで流れを抑えるのは無理だ!」

シオンの会見は全世界に放映されたのだ。世界中の連合市民が反戦に傾く前に大勝利を収めて意見を封じる必要がある。

「極東のナデシコが戦場に出るだけでは不十分なのは承知しているが、追加予算など組めんぞ。

 戦時国債を決めたばかりで更に金を出せと市民に言うのは首を絞めるというものだ」

戦死者の遺族に回す補償をあるのだ。本音ではケチりたいがもう……出来ない。

ここで誠意を見せなければ戦死者の遺族は黙っていないだろう。

遺族に対する補償も満足にしないで兵に死ねと言うのは士気に係わる問題に発展する。

シオンは会見で主流派が連合市民の犠牲者を軽んじていると発言したのだ。

市民に犠牲が出ても彼等は気にしないと考えているというのだ。

その証拠に遺族に対する補償が遅れている事を述べている……残された者への配慮が出来ていないと言う。

実際、軍備の補充を急がせた事もあり、補償に関しては遅れ気味であった。

そこを指摘されて、苦々しく感じていたのだ。

「ドーソンで大丈夫なのか?

 極東のミスマル提督を中心に編成させるべきではないか、正直言ってあの男に任せるのはダメだと考える。

 ミスマル提督なら大丈夫な気もするが」

「だが、どうやって排除する?

 一連の敗戦を理由にすると我々にも追求が起きそうだが」

この状況で責任追及すれば、その様な人物を選んだ自分達にも被害が及ぶ。

「あの男の後ろ暗い部分を表に出せば」

「その手があるか」

その方法なら自分達のダメージは少ないかもしれないと判断する者もいるが、

「ダメだ、それで行けば監督責任が出るかもしれん。

 それに今、そんなスキャンダルを出せば軍そのものの信頼が損なわれる。

 ただでさえ信用も信頼も下降気味の状況で更に落とすような事態を惹き起こすのは不味くはないか?」

状況の悪化を懸念する意見に沈黙する。

八方塞がりと呼べる事態に頭を抱える主流派。

結局、建設的な意見は出ずに現状維持という変わらぬ状況に陥る。

戦争継続という枷と勝たねばならないという重石を持つ主流派はドーソンに賭けるという分の悪い賭けを行うしかない。

ジワジワと忍び寄る破滅の足音を振り払う……それが如何に難しいか、彼等はやっと自覚した。

結果が出るのはもう間もなく……月奪還作戦が始まろうとしていた。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

連合軍の月奪還作戦の背景をちょっと考えて書いてみました。
そろそろ反戦の機運を出さないと泥沼ですからね〜。
謀略を書くのはそれなりに面白いですが。
当然、火星宇宙軍も何らかのアクションをいれようと思います。

それでは次回でお会いしましょう。




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