新たな局面が出てくる

途惑うものもいるだろう

それでも歩いて行くしかない

誰の為でもない自分の為に

その先にしか自分の望んだ物がないのだ

それが手に入るかどうかは判らない

だが欲しいのなら手を伸ばすしかない

怖がるものは何も得られないだけだ



僕たちの独立戦争  第九十六話
著 EFF


「クロノ、仕事で大きな問題でもあったんですか?」

アクアはクロノに不安な顔で聞いてくる。

視線の先には不安な表情で俯くシャロンと真剣な顔でシャロンを見つめるレオンが居た。

「仕事じゃないけど、大切な話である事は間違いない」

子供達の夕飯の準備をしながらクロノはアクアに話す。

「どういう結論が出るかはまだ分からんが、結果次第ではシャロンさん達の面倒を俺達が見てあげないと。

 これって余計なお世話でしょうか、マリーさん」

「そうですね、お子様抱えて仕事をするのは大変でしょう。

 当面は私がお世話をするのが一番だと思います」

「え、えっと、何の話ですか?」

クロノの手伝いをしていたマリーの言葉が謎掛けのようにアクアには聞こえていた。

「もしかして……シャロンさん……そうなんですか?」

ピンと気付いたルリが真っ赤な顔でマリーに聞くと、

「そういう事です。アクア様か、イネスさんが先だと思っていたんですが」

ちょっと困った顔でマリーが頷いていた。

それを聞いて、アクアは漸く事態に気付いてシャロンに聞こうとするが、

「答えが出るまではダメだぞ。

 こればかりは当事者以外が入り込むのは不味いと思うから」

このクロノの意見を聞いて、困った様子で二人を見つめていた。


一方、クロノ達の注目を集めている二人はというと、

「…………」

「…………」

押し黙ったまま、互いに気まずい空気を醸し出していたが、意を決してシャロンが口を開く。

「あ、あの……」

「ああ、その……なんだ、すまん。俺の所為だな」

「ち、違うわ。レオンだけの責任じゃないわよ……私にも責任があるから」

そう言って俯くシャロンを見ながらレオンは思う。

(参ったな、親父になるって言われても実感わかねえよ。

 まあ、いつかはなると思ったが順序が逆だろ……はあ、どうしよう?)

今時、順序が逆になるケースは多々あるが、自分がその一人になるとは考えていなかったらしいレオン。

どうしたものかと思案しているとシャロンが、

「その……迷惑掛けないから……産んでもいい?」

などといつもの強気な口調ではなく、弱気な様子で話してきたので吃驚しながらも、

「馬鹿……順序が逆になっただけで俺はお前と家族になりたいぞ」

とこの際はっきり言っておく事にした。

「え?」

「確かにいきなり親父になると言われても実感わかねえが、俺は親父のように誇り高い男の背中を見せる心算だぞ。

 子供は親の背中を見て育つと親父は言っていた。

 俺も親父の背中を見て育ったんだ……同じように俺も誇り高い男の背中を見せるぞ」

レオンの父親はレスキューの仕事に就いていた。

危険な仕事であったが弱音を吐かずに困難に立ち向かう背中が好きだし、誇りに思っていた。

そんな父親を尊敬し、自分もそんな男になりたいと思っているのだ。

「……いいの?、私は色々面倒なところがあるわ。

 レオンに押し付ける気はないけど……負担になるかも」

クリムゾンの令嬢という立場がシャロンには付いて回る。実際、利点よりも面倒事の方が多いのだ。

そういう部分を知るシャロンはレオンに迷惑をかけたくないと考えている。

「親が防波堤になって子供を、嫁さんを守らんでどうする。

 俺はそんなに頼りない男か?」

「……そんな事はないわよ」

「少なくとも俺はそういう点も覚悟して……お前に惚れたんだ。

 俺がいい親父になるには当然母親もいなけりゃならん……だから一緒に背負って生きて行くぞ、三人で」

シャロンはレオンが言ってくれた言葉を聞いて泣き出す。

不安だった……子供を一人で育てるのは。だがレオンは一緒に育てると言ってくれたのだ。

「ったく、仕事の時と違って弱気になってどうすんだ。

 責任取れって最初から言えばいいんだよ」

呆れた様子でシャロンの隣に座りなおしてレオンは肩を抱き寄せる。

小さな嗚咽を零しながらシャロンはレオンにしがみつくようにして泣いていた。


「どうやら結論は出たようだな」

「そのようですね」

クロノとマリーが安堵するように話す。

マリーはレオンが無責任な人物ではないと思っていたが、不安な点もあったので今の状況を知って安心している。

「ジュールが留守で良かったわ……子供達にあれが家族計画の失敗作だと言われると身も蓋もありませんから」

「ジュールさんは皮肉を言いますけど、そこまで失礼な皮肉は言いませんよ」

プーと頬を膨らましてルリがアクアの言い方に怒っている。

確かにジュールは口が悪いが傷付けるような事は言わない……からかう事は多々あるが。

「そうね。ジュールもそんな事は言わないわね。

 言ったら最後、ルリに手を出した時に二人から散々からかわれるから」

クスクスと笑いながらアクアはルリが顔を真っ赤にして俯く様子を見ていた。

今日、ジュールはルリとの約束を守って子供達とシンとルナを連れて遊びに出ていた。

ルリも行く予定だったが、休んだ分の仕事のスケジュールを変更したので行けなかったのだ。

本当は一緒に行きたかったが、いい加減な仕事をしたくないという責任感がルリにあり……我慢する事にした。

アクアは構わないと言うが、ルリは無責任に仕事を放棄したくないと言う。

折衷案として、夕飯はみんなと一緒に食べようとジュールが気遣って話していた。

「遊びに行けなかったのは残念でしたが、おかげでレオンさんのプロポーズというものを見る事が出来ましたね」

「そうね、姉さんが泣くところなんて滅多にないから」

「そうなんですか?」

「ええ、姉さんって意地っ張りだから人前で泣いたりしなかったから。

 弱い自分を見せる訳には行かなかったのよ」

「……苦労してるんですね」

ルリはシャロンやアクアが泣く事も満足に出来ない大変な世界に居たんだと感じていた。

「だからルリはジュールの側に居て……受け止めてあげてね」

「当然です……それが家族でしょう」

「愚問だったわね」

「はい」

アクアは苦笑してルリに話す。ルリは当然と言った感じで返事をしていた。

「もうしばらくは気を付けて下さい。

 まだルリ様のお身体では非常に危険なんですから」

「そんな事はしません!」

二人の会話を聞いていたマリーが一応注意したが、ルリは真っ赤な顔で抗議する。

「ジュールさんはその……ロ○と言った特殊な趣味を持っていません。

 大体、私なんてまだ……妹みたいなものだと思われてます」

意気消沈と言った感じでルリが話すと、アクアがクロノに向かって聞く。

「困った弟ね……クロノ、何か変なこと言ってませんよね?」

「……何でそうなる?

 俺はあいつを認めてるぞ。今更、俺がどうこう言う気はない」

「そうなんですか?」

「ああ、ルリちゃんのお父さんが釘刺したのが原因じゃないのか?」(外伝5参照)

「お、お父様の馬鹿……」

ガックリと力尽きたように膝を付き、床に手を付くルリ。せめてデートくらいは誘って欲しいのに誘ってくれない。

その原因が父親にあると聞いて、ズーンと暗い雰囲気に包まれるルリにアクアが困った顔で言う。

「困ったお父さんね……娘の恋路を邪魔するなんて」

「いや、それでも外堀を埋めようとす「「なんですか?」」……イエ、ナンデモアリマセン」

思わずクロノがアクアとルリにツッコミを入れようとするが、二人の視線に裏返った声で返事をする。

そんなクロノを見ながらマリーは「二人とも逞しくなってきましたね」と思って微笑んでいる。

火星で生きて行くにはこのくらい元気がある方が良いと考えているのだ。

暮らしてみて分かったが、火星の住民はこの地で骨を埋め、もう地球には戻らないという気持ちを持つものが多い。

その所為か、自分で動いて何かを成そうという意思を持つ人間が増えている。

自己の主張をはっきりと言う人間が多い以上、内気な人間はちょっと辛いものがあると感じていた。

(普段は内気なサラちゃんでさえ、此処一番は自分の意見をはっきりと言いますから……。

 特にクオーツが絡むと……大変です)

そういう意味ではアクの強い人物のほうが楽に生きられるかもしれない。

マリーはアクアとルリならば、火星の住民に混じっても引け劣る事はないと思っていた。

「さて、クロノさん、アクア様。

 向こうも意見が出尽くしたのでこれからの事を相談しましょう。

 今は大丈夫ですが身重になれば誰かが側に居た方が安心です」

そう告げるとマリーは二人の方へ歩いて行く。

この後、ミニ家族会議が開き、当面はここでマリーがシャロンの世話をする事で全員が合意する。

何故なら、クロノもレオンも火星を離れ、地球へと進軍する艦隊に配属されている。

絶対に負けられない戦いと火星は位置付けている為に、少なくともある程度の決着が付くまで簡単に帰還できないのだ。

二人は家族の為に出来る限り早く終わらせると決意していた。


「……これは意外な展開かな?」

「まあ、そうですね。

 私としては三年くらい先にジュール様がドジって出来るかなと思ってました」

「ミハイルもそう思っていたのか?

 私もその展開だと予想したんだが」

アクアからの連絡を聞いた二人が最初に口にしたのはまず……それだった。

ジュール本人が聞けば、ふざけるなと叫んでいただろうが二人はルリの押しとアクアのバックアップを考慮していた。

アクア自身の可能性もあるが、子供達がもう少し成長するまでは作らないだろうと考えていたのだ。

「とりあえず、おめでとうございます会長」

「ああ、想定外だが嬉しい事だ……シャロンも幸せになれそうだよ」

クリムゾンは親族経営という問題から脱却する事をシャロンにもアクアにも伝えてある。

簡単に経営体制を変えられるとは二人とも思っていないが、それでも負担は減るとロバートは考えていた。

「ふむ、相手も悪くない。

 軍人にしては柔軟な思考の持ち主だし、暴発しなかったというのは非常にリーダーシップもあるようだ」

「そうですね、こちらとしては火星の中枢で、しかも冷静な判断が出来る人物は歓迎です。

 馴れ合いはないと思いますが、それでも火星の暴発がないとは言い切れませんから……こういう人物の台頭は都合がいい」

万が一という懸念をミハイルは指摘するとロバートも頷いていた。

エドワードがトップでいる限りは大丈夫だろうと二人は思っているが、次世代はどうか分からないのだ。

世襲制なんてものがあるとは思わないが、それでも親の後を継ぐという場合もある。

シャロンもアクアの子供も火星の中枢に係わる可能性が無きにしも非ずなのだ。

「祖父としては孫と息子を育てられなんだから、今更と言われるかもしれんが二人はきちんと育ててもらわんとな」

「……会長」

自虐めいた言い方のロバートをミハイルが嗜める。

「すまんな、だが事実だ」

「それでも……いえ、若輩者の言うべき事ではありませんね」

「いや、構わん。注意するものが居なければ何も変わらん。

 まあ、これからもよろしく頼むぞ」

「はい、会長」

苦笑しながら二人は仕事を続ける。

自分達に与えられた仕事を完遂させる為に今日も働くのだ。

そんな姿を見て社員達も奮闘する……クリムゾンは毎日を確実に歩いていた。


―――市民船しんげつ―――


「そろそろ自分の出番がくると思ってましたよ」

「貴様を使いたくはなかったが已もう得ん……だが、勝手は許さぬぞ」

東郷が睨むように話すが、その男は柳に風といったふうに流している。

「後がねえんだ……手段を選んでる場合か?」

男のからかう響きの声に東郷は更にきつく殺気を含んだ視線を向ける。

「やれやれ、出来る限り善処しよう」

「善処しようではない!

 勝手な真似は許さんからな」

「へえへえ、分かりました」

男は返事をすると部屋を出て行く。

「あんな狂犬を使わねばならんとは……これも強硬派が不甲斐ないからだ」

苛立つように東郷が呟くが、その声は誰にも聞こえなかった。


「ふん、面倒な仕事だな。まあ、あいつの言い分など知った事じゃねえが」

男は最初から東郷の指示など無視する気でいた。

「この空を真っ赤に染めてやるさ。

 さぞ、綺麗になるだろう……血化粧した市民船がどれ程素晴らしく美しいか、知るといい」

禍々しい笑顔という言葉に相応しい表情で男は目的地へと進む。

「頭(かしら)、出番ですか?」

「おう、れいげつを血で染めるぞ」

「そいつは面白いですな。正義被れの連中の赤い血なら綺麗でしょうな」

「だろ、年寄りどもが自重しろなんて言ったが俺達には関係ねえ。

 殺しが俺達の仕事だ……存分に殺すぞ、飽きるまでな」

「全くでさ〜、それが俺達の仕事です」

男は背後に控える副長に尋ねる。

「奴等の目は?」

「発進後に始末しようと思います」

「上等だ」

監視者の始末を苦もなく話し合う二人は訪れた好機に笑みを浮かべている。

そして配下の男達もまた口々に獣じみた笑みを浮かべて話しながら作業をしている。

「出るぞ! 邪魔する奴らは蹴散らしてやれ!」

男の号令にしんげつに駐留していた艦隊が動き出す。

元老院の起死回生の一手が動き出そうとしていた。

だが、その艦隊は木連の正義とは懸け離れた存在と言えるように無秩序で我先にと突き進んでいた。


「よろしいのですか?

 正直……不安なのですが」

「わしとて不安だが、使える者がいないのだ。

 代わりにお主が行くかね?」

その言葉に反論しようとしていた者達は沈黙する。所詮口先ばかりの人間が戦場に出たい訳がないのだ。

「我らの手駒で最も強力だが扱いに困る連中だ……皆の不安も分かるが強硬派に任せていたら何時まで経っても変わらぬ」

「進め、進めしか言いませんからな」

「猪では勝てません」

揶揄するように話すと全員が嘲るように笑みを浮かべていた。それだけ強硬派の連中に含むものがあったのだろう。

「出来るなら使いたくはなかった……狂犬どもは」

東郷の言葉に全員が頷いている。それだけ危険な人物だと認識されているようだった。

「れいげつはダメでしょうか?」

「……おそらくダメだろう。一応警告したが聞く耳持たんだろう。

 全くもって忌々しい事だ……後始末に手間が掛かるのは間違いないな」

ダメだという意味の恐ろしさを全員が知っている。そこに住む住民が全員死亡するという事なのだ。

緘口令を敷いても何処まで押さえ切れるか、頭の痛い問題に東郷は顔を顰めていた。


さすがに同じ失敗はしないと言っているかのように物資を積んだ輸送艦を厳重に護衛する艦が存在していた。

「ふむ、阿呆ばかりでは無いという事か……だが、今更という気もするがな」

夜天光の操縦席で北辰は対応が遅いという気持ちでいる。

「手筈はわかっているな?」

通信機で全員に再確認すると承知という返事が返ってくる。北辰は返事に笑みを浮かべると告げた。

「行くぞ」

夜天光が先陣を切ると九郎が続いて行く。月臣の艦隊への補給を断つという重要な戦いの始まりだった。


「やはり来たか。全艦補給艦を死守せよ」

護衛艦隊を率いていた士官は艦隊に宣言し、指揮を開始した。補給が出来なければ本隊は動けなくなるのだ。

そうなれば自分達の正義が瓦解するのだ。なんとしても物資を渡すと決意していた。

「対空迎撃だ! 飛燕で迎撃せよ」

無人兵器では荷が重いので飛燕を使用する。しかしその飛燕も何処まで通じるか、不明だった。

(新型か……一杯喰わされたという事か。

 ちっ、やはり閣下は弱腰な人ではなかったのか)

自身の人を見る目が甘かったと士官は一人思う。だが今更戻れないという気持ちがある。

裏切った自分を赦すような甘い人ではないと知っている。そして変節漢と陰口を叩かれる気もなかったのだ。


北辰の夜天光は迎撃に出た飛燕を次々と撃破して艦隊に突き進んで行く。

「落ちよ」

護衛艦の艦橋を一撃で叩き潰して、近くにいる補給艦の狙いながら敵機を相手にしていた。

その姿に怯えるかのように飛燕の動きが鈍る。

「怯むのなら最初から戦いなど挑むな」

呆れを含んだ嘲笑を見せながら北辰は戦いを行っている。

そして後続の九郎が新兵器を護衛艦に向けて必殺の一撃を撃ち込んだ。


「た、対艦兵器か?」

機関部に命中した弾頭は簡単に歪曲場を貫いていた。

撃沈された戦艦を見て、士官は非常に不味い展開だと考えている。

対艦兵器がいずれ戦場に出る事は考えていたが、今自分の前で出す事はないだろうと言いたかった。

複数の機動兵器が持つ武器は紛れもなく対艦兵器だ。飛燕が数機がかりで落とすより効果的に撃沈されるのだ。

「防空体制を強化しろ!

 張り付かれたら間違いなく落とされる、飛燕を護衛に回すんだ。

 決して近寄らせるな!」

士官の指示に艦隊は補給艦を囲むようにして守りを固めようとする。


「ふん、戦艦を前面に出したか……予定通り戦艦を落として丸裸にせよ」

北辰の指示に従って対艦兵器を持つ九郎を護衛しながら戦艦を標的にして行く。

補給艦に戦闘力はない。ここで戦艦を撃沈すれば、後は如何様にも出来ると考えていた。

北辰は海藤を信じ、護衛艦は来ないと考えている。

ここで戦艦を全て落として、次で確実に補給艦を始末する計画で行動していた。

夜天光は防空網を潜り抜け、戦艦の艦橋を破壊して艦を沈める。

迎撃しようと近付く飛燕など相手にならない。機動力と操縦方法に完全な差が深い溝のようにあるのだ。

「お前達の甘さが死を招くのだ。

 元老院などという口先だけの連中を信じる愚かどもに負けはせん。

 閣下の前に立ち塞がる敵は全て我が斬る!」

その声と同時に飛燕が切り裂かれて爆発する。

複数の機体が同時に掛かってきても物ともしない北辰が相手には死神に見えるのだろう……怯えるように後ずさる。

そんな連中を歯牙にもかけずに夜天光は次の戦艦を破壊すべく加速する。


「……何割無事だ?」

「二割弱です……防空に回した飛燕は全滅です。

 補給艦も一割が沈みました」

被害状況を聞く士官に苦い顔で部下が告げる。

「本隊と連絡取れるか?」

「通信妨害を受けて途絶しています」

「そうか…………退却が一番安全だと考えるが……駄目だな」

「本隊を見捨てるのは不味いですから」

最も安全なのは帰還して防備を固める事。

しかし、それを選択する事が出来ない……本隊へ物資を送らないと勝てないと理解しているのだ。

死ぬと判っていても進むしかない。そんな状況に陥っていた経緯に苛立ちを覚えている。

「向こうが一枚上手だったという事か……閣下が諦めていないと信じきれなかったのが失敗だな」

「そうかもしれません。

 おそらく、あの機体はIFSという物を使っている機体でしょう。

 動きが全然違いますから」

飛燕では勝てないとはっきり感じていた。動きの柔軟さが別物だと見ただけで理解出来た。

「あの赤い隊長機は死神に見えましたよ」

「そうだな、格が違うと感じたよ。

 あの機体だけで幾つ艦を撃沈されたか……」

戦場で死を振り撒く存在というに相応しいと見ていた者は思っていた。

恐れ知らずの木連軍人が初めて実感した死の瞬間だった。

「帰りたいが見捨てられない以上は進むしかない。

 通信を絶やさずに本隊を呼び続けろ。

 次に襲い掛かられる前に何としても護衛艦を寄越して貰うぞ。

 それから速度を上げろ。会合点まで一気に進んで本隊を待つ」

逃げられない以上は最善の方法を行って被害を少なくしなければならないと判断する。

艦隊は速度を上げて合流を急ごうとする……死神から逃れたいという思いを胸に。

だが、死神は容赦がなかった。

二度目の強襲で艦隊は全て撃沈し、補給艦は次々と沈んで行った。


「感謝する……おかげで仕事を完遂出来た」

「なに、こっちも資料が取れた。

 これで月に回す事も出来るよ」

佐竹に礼を告げると気にするなと言う。佐竹にすれば十分な資料が取れて満足しているのだ。

「で、次はどうする?」

「一旦、本陣に戻る。こっちも機体の損傷があるからな」

「確かに試作機だから一度分解して部品の消耗度も調べておかないと不味いな」

夜天光を見つめながら佐竹が告げる。今までは問題が出なかったが調べておく必要があると考えていた。

IFSに変更した事で部品の消耗度が変わる可能性もあり得るのだ。

北辰はその言葉を肯定して部隊をれいげつに向かわせる。

強硬派は二度目の補給も失敗して窮地に陥った。

月臣は決断を迫られる……逃げ帰って補給するか、海藤率いる第二艦隊と短期決戦で勝利するかだ。

いよいよ熱血クーデターの最終局面が始まろうとしていた。


―――地球連合―――


議会は紛糾していた。

火星の宣戦布告という事態にさすがの市民も非常に危険な状況に変わりつつあると認識し始めた。

それに呼応するように和平派と後に呼ばれる議員達が責任追及の急先鋒として活動を活発にした。

連日、大規模な反戦デモが各地で始まり、現連合議会の主流派の信用は日を追う毎に低下していた。

戦争継続派と和平派の比率は6対4という勢力図だが、そう長くは維持出来るとは思えない。

連合司法局も市民が反戦に傾いた事で現議会の暴走を刑事事件……いや戦犯として立件すると宣言し捜査に入ると明言した。

犠牲者の数が桁が違うのだ……特に火星では100万人以上の犠牲者が出ていた。

このような事態を惹き起こした経緯をはっきりして、二度と起こらない様にしなければならないと言うのだ。

連合議会の継続派は猛反発したいが、反発すれば市民が黙っていないと考えて苦々しく思っていた。

もはや結果を出して、全ての意見を黙らせるしかないと継続派は考え焦っていた。

月奪還作戦は何としても成功させねばならないと誰もが思い、連合軍に早く動けと命令する。

これを受けて軍も戦力を急いでまとめ上げて月を奪還しようと動き出す。

連合軍上層部もまた勝たねばならないと焦っていた。

特にドーソンは追い詰められている。もはや後がないと理解し、必死で戦力を整えようとしていた。

「ああ、そうだ。あるだけこっちに回せ。

 命令書がいるのなら幾らでも書いてやるからさっさと回せ!」

苛立つように指示を執務室から出すドーソン。その表情は鬼気迫るものがあった。

机に拳を打ち付けて指示を出し終えると、

「必ず勝ってみせる……そして火星を滅ぼしてやる」

全ての元凶は火星にあると勘違いし、火星に怨みを向けるが自身の欲望こそが原因だと未だに気付かない。

……諫言を告げる部下達は離れ始めている。彼の側にいる者は命令通りに動く追従者しかいなかった。

自分が裸の王様だと理解しないドーソン……憐れな男だと心ある連合軍人は冷めた目で見ていた。


「とりあえず、まず此処から始めるのね」

「そうですね。何事にも基礎研究は必要ですから」

マーベリック社会長室でレイチェルは独り誰に言う訳でもなく呟くが、アクアが合いの手を入れる。

アクアが持って来た資料はナデシコで使用していた相転移エンジンの設計図とエンジン部の構成素材のデーターだった。

地球が最初に作り上げた相転移エンジン複製品ではあるが全てのベースになっているのだ。

これを理解して、作る事で次のステップに移れるとアクアは言う。

「そうね、まずは基礎を固めて作る。

 そこから自分達のオリジナリティーを出して行く。

 コピーなら意味がないわ。独創性という物は人の持つ優れた長所ね」

元は同じでも多様性があるから面白いと言うレイチェルにアクアが頷いていた。

「予定通り、技術者を火星に送るわ。

 本社と火星の両方で研究すれば、早く活用できるようになるから。

 それと反戦運動も一部誘導するわ……少しだけど助けになれると思う」

「感謝します、先生」

「なに言ってんの、こっちの不始末なんだから気にしなくていいわよ」

礼を言うアクアに気にしないでと言うレイチェル。二人とも連合政府の慌てようを知って呆れていた。

「シャロンは元気にしてる?」

「えっと、元気にしてますよ……もうすぐお母さんになりますから」

「先越されたわね、アクア。

 ちょっと意外な気もするけど」

前回会った時にはそんな感じではなかったから、ちょっとレイチェルは驚いている。

「私も吃驚しました」

アクアも二人の関係を知って驚いていたので、苦笑している。

「じゃあ、火星で産むのね。

 貴女に続いて二人目のジャンパーをクリムゾン家は得るって事か……」

「私はイレギュラーでしたけど……確かにそうなりますね」

レイチェルの言う意味を知ってアクアもちょっと困った顔になる。

「何としても平和な時代にしないと不味いですね。

 姉さんが悲しむような事は嫌ですから」

「そうね、悲劇なんて演劇でなら面白いけど、現実では勘弁して欲しいわ」

「ええ、姉さんは私とは違う意味で苦労してますから幸せになって欲しいです」

「貴女も幸せになるのよ。

 そうして貰わないと私も困るし、グエンやマリーも悲しむわ」

「当然です、その為に今を頑張っているんです。

 誰の為でもない、私が幸せを掴みたいから」

「ならいいわ……忠告するなんて柄じゃないしね」

「先生は何時だって優しいですよ」

「ありがと」

穏やかな雰囲気に包まれる会長室。気心知れた人物同士の会話は弾み、お互いの現状を話して有効な手段を模索していた。

「連合が月を取り戻そうと躍起になっているわ。

 武器弾薬を掻き集めているみたいね」

「火星も動きます。暗黙の了解と言う形で木連と共同戦線になるかも」

「あらま……もうお終いね。そろそろ退場させるの?」

「いい加減、現実の厳しさを理解して欲しいですね。

 戦場に出れば確実に死んでもらう事になると思います。

 このまま生き残られると禍根を残しそうですから」

「そうね、火星にすれば、あの男がトップにいる限り信用できないって事かしら?」

「その通りです。証拠も隠滅して逃げられると困ります。

 そういう事に関しては優秀です」

「ホント、変なところで一流なんだから」

呆れた様子でドーソンの能力が無駄遣いだと感じているレイチェル。

アクアも同じ気持ちなのか苦笑して頷いていた。

「極東はどうするの?

 ミスマル提督は悪人じゃないけど軍の狗よ。

 それにウエムラ提督は火星を属国扱いしている……まず連合在りきの人物よ」

「排斥するしかないんでしょうか?」

「一番簡単なのが戦場で始末するって事ね。

 どちらも今回の作戦に参加して前線に……出るわ」

火星の艦隊で始末するも良し、又は木連との戦闘で戦死という結果が望ましいとレイチェルは言外に告げる。

火星宇宙軍も二人の事は快く思っていないから手加減はしないとアクアは判断している。

「あんまり気分のいい話じゃないわね」

「ええ、覚悟はありますけど……いやな話です」

「とりあえず流れに任せましょう。

 相手が前線に出る以上、結果は直ぐに出るわ。

 負ければ敗戦の責任を取ってもらうんだしね」

負ければ二人とも降格するのは決定だとレイチェルは言う。

二人とも火星には良い印象がないのだ。

火星との関係を重視するなら火星にとって警戒される人間を要職につけるような真似はしないと二人は結論付けていた。

まもなく月奪還作戦が始まる。

だが、その作戦が連合宇宙軍の思惑通りに進むとは限らない……。









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EFFです。

それぞれに新しい局面が始まる前のインターミッションみたいになりました。
新たな敵の出現、地球と火星との戦争の始まりという新展開への布石ですかね。
一部リクエストがあったセカンドシーズンへの布石もありますが……書くかどうかは判りませんが(核爆)
アクアの子供、ルリの子供、シャロンの子供を次の主人公にしたオリジナルというもの魅力的ですが書くと疲れそうですからどうしたものかと苦悩しています。
まあ、当面は本作を終わらせてから次を書く気力があればの話ですけど……他のも書きたいし予定は未定です。
物語を書くって非常に大変なものだと実感してます。
今更なに言ってんだと突っ込まれると困りますけど。

それでは次回でお会いしましょう。


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