時機という言葉がある

それを読み切るのは難しい

外した時は戻せない

戻そうと足掻く事はできるが

それが叶うとは限らない



僕たちの独立戦争  第百六話
著 EFF


れいげつとしんげつの中間点に位置する衛星群に潜みながら月臣は艦隊の再編を行っている。

一応、安西が草案を出したのだが勝手な事をするなと叫んで自分で決めると言った為に時間が掛かっている様子だった。

武人として優秀な月臣ではあるが、事務仕事――特に人事は初めてだったので四苦八苦していた。

旗艦いかずちの月臣の執務室に安西が入ってくる。

「提督、艦隊人事は終わりましたか?」

「……まだだ」

机にかじりつくように作業している月臣は不機嫌そうに安西に告げる。

「他にも仕事があるんだぞ……いつまで掛かっているんだ?」

「五月蝿い……初めてなんだから仕方ないだろう」

「相手は待ってくれんぞ」

月臣の言い訳を一言で斬って捨てる安西に悔しくて月臣は睨んでいる。

「一応書面で出すように指示して時間を稼いだが、部下達が急いで欲しいと要望書を出している。

 あまり部下を不安にさせるような真似はするな」

月臣の机に持ち込んだ書類を置くと士気の事も考えろと注意する。

「そんな事は判っているが……」

「だったら人の草案を読まずに破り捨てるな。

 気に入らない部分だけ変更すれば問題ないだろう……他にも提督の仕事はあるんだぞ。

 いつまでも人事に係りっきりでは困る」

悪循環を続けている月臣に安西は困っている。自分が率先してやろうとする意気込みは買うが空回りでは意味がない。

(自分が空回りしているって自覚がないんだろうな……無いから更に空回りしている悪循環だな)

苦手な事務仕事の補助をしようとする安西の手を突っ撥ねて……この体たらくなのだ。

黙ってはいるが最優先でしなければならない指示は極秘で安西が現在は出している。

提督の人事が決まるまでという名目で臨時の艦長を既に選出し、艦隊の機能を回復させている。

月臣が悩んでいるのは旧木連方式で人員の配置をしようとして、安西に注意されたので操縦者と艦長の分類で悩んでいる。

優れた戦士が艦長を兼任する方法では適材適所を根底から壊して行く事になると安西は思う。

和平派はこの内乱が始まる前に艦隊の再編を的確に執り行っていたので支障は無いが強硬派は今頃になって行う有り様だ。

場所、間違えたかなと安西は思う時が多くなっている。


同じ頃、海藤武雄率いる第二艦隊は着実に月臣の艦隊に迫りつつあった。

まず海藤はれいげつとしんげつを結ぶ航路の全てに監視網を設置して、月臣の艦隊の補給路を封鎖した。

補給路を断ち、干乾しにさせる兵糧攻めから始めて、月臣の艦隊の士気を下げる。

飢える軍隊が勝てた例はない事を海藤は歴史から学んでいた。

直に効果は現れないがジワジワと効果が出るのが兵糧攻めの特徴だと海藤は考える。

この戦術ならば、敵味方の犠牲が少なくなると海藤は信じていた。

内乱で出来る限り兵士の命を損なう事なく勝利する。兵を失わなければ地球との戦いの長期化にも対応出来ると考える。

こちらが和平を望んでも地球側が望まなければ戦争は続く……そうなった場合に戦力がなければ勝てないと知っているのだ。

「提督、本陣より通信がありました。

 『秋山提督率いる第三艦隊、元老院直属艦隊を殲滅』との事です」

新田の報告に艦橋の乗員達は一様に笑みを浮かべる。元老院の市民船さげつの暴挙は全員が既に聞いている。

市民船さげつの住民の無念を晴らす事が出来て良かったと誰もが思っていたのだ。

「いよいよ、我々の出番ですね」

「ああ、この戦いに勝利すれば強硬派の戦力は全て失い、軍の再編が完了すれば月への援軍も可能になるだろう」

「高木提督一人に苦労させずにすみますね」

「当然だ。俺達の未来は俺達が築くんだ……誰かに頼りきりじゃなく、自分達の手で作るから尊いものなんだ」

「はい!」

未来は自分達の手で築き上げるという海藤の言葉に共感する新田。

「索敵の方はどうだ?」

「現在、徐々に包囲網を縮めて敵艦隊の割り出しに全力を傾けています」

「衛星群に潜んでいるとみるがどう思う?」

「自分もそう思います。位置的にはこの辺りが臭いと」

画面に映る航海図と索敵状況を提示しておおよその位置を予測する新田に海藤も同じ結論に到達する。

「確かにな……よし! 無人機の一部をその周辺に固めてみよう。

 勿論、封鎖は続行する」

「了解しました」

海藤と新田の意見がまとまり……索敵の包囲網が更に小さくなる。

いよいよ熱血クーデターの最終局面が近付き始めた。


白鳥九十九は自分の動きが遅かったという事実に気付いて後悔していた。

「白鳥少佐……君の言いたい事も分からんではないが、もう遅いのだ」

「し、しかし閣下、このまま決戦に向かえば人的損害が出ます。で、ですが自分が説得できれば……」

「既に人的損害は出てしまった」

にべもなく告げる草壁に九十九は怯むがここで"はい、そうですか"で終わらせれば元一朗を説得する事も出来ない。

「そ、それでも自分が説得できれば!」

「仮に説得出来たとして月臣君は処罰の対象として扱われる……残念だが彼を無罪放免にする事は出来ぬ。

 強硬派の艦隊の提督を処罰出来ねば、第二、第三の反乱の芽を残す事に繋がる。

 君が友人を大切に思うように……私はこの国の民を守らねばならんのだ」

象徴として強硬派の旗印にされた月臣を処罰せねば、同じ事をまた繰り返されると草壁は告げる。

信賞必罰は世の常であり、それを蔑ろにする事は出来ない……その点は九十九も理解している。

だが、友を失うという辛い現実を黙って受け入れる訳にも行かない。

「自分は同胞を失ってまで戦いたいとは思いません」

「当然だ、修羅じゃあるまいし、誰も戦争を望んでいる訳ではない」

「ですから自分に説得を!」

「それをさげつの住民の縁者の前で言えるかね?」

ぐっと九十九は押し黙ってしまう。市民船さげつの悲劇を前に出されると言い返せなくなる。

元老院の暴走とはいえ、強硬派が関与していないと判っていても殺された住民の縁者にとっては簡単に許せる事ではない。

「彼らが武装解除して投降するなら士官は処罰されるが死なせずに済む方法も可能だが、彼らはまだ戦うつもりなのだ。

 我々の方から折れるような真似は出来ない事も白鳥君は理解出来るだろう……私とて好き好んで申している訳ではない」

草壁の言い分も理解出来るから九十九は苦しい。家族や友人を失った者にとって月臣達を許すのは容易でない事も判る。

「君とて家族を失い、その元凶が処罰なしで納得できるのかね?」

「そ、それは……」

妹の雪菜を殺されたら九十九は黙っている事など出来ないと思うから反論出来ない。

「君は月臣君が強硬派に付く事を薄々気付いていたが……手を拱いて見過ごしてしまった。

 無論、君が友人を信じていたという事も承知している。

 だが、君は止めようとしたか?」

草壁の指摘に九十九は答える事が出来ない。

月臣が危険な方向に進もうとしている兆候は感じていたが、大丈夫だと信じて調べる事を怠っていた。

その結果がこのような事態を招いてしまった。

(じ、自分があの時……元一朗を止めておけば!)

あの時、自分が動いていればという自責の念が九十九の胸の内で渦巻いていた。

「私も昔……君と同じような思いをした事がある」

草壁の言葉に九十九はハッとした顔で見つめる。視線の先には苦笑いする草壁の顔があった。

「今でこそ話せるが……時というものは今動かねばならないという時ほど不確かで掴めないものが多い。

 あの時、こうやって手を伸ばせば止められたと思う時が幾らでもあるのだ」

「か、閣下は後悔しておられないのですか?」

「後悔か……悔やむ事は幾らでも出来るがその為に道を誤る事は出来んよ。

 私が道を誤れば、この国はどうなる? この国の民を死なせる訳にはいかんのだ。

 私は草壁春樹という一個人でもあると同時にこの木連を支える為の屋台骨でもある。

 一個人の願いを聞いて、この国を迷走させる訳には行かぬ。

 君は昔の私と同じように動くべき時を見誤った……時は戻らぬ以上は次に活かす事を考えたまえ。

 以上だ……下がりたまえ」

指導者としての立場を明確にして九十九の嘆願を切り捨てる。

個人的には友人を大切に思う白鳥が嫌いではないが、度を過ぎる願いを叶える事は草壁には出来ないのだ。

「し、しかし」

「仮に君を説得に向かわせたとして彼らが説得に応じなければ……君に彼らを討てるのかね?」

失敗した時の事を聞かれても、九十九は成功する事だけを考えていたので言葉に詰まった。

「今、彼らは物資も不足し、飢えかけている。説得に応じず戦闘になれば更に物資は窮乏するだろう。

 それがどう意味か、理解しているかな?」

飢えを凌ぐ為に食糧を分けてもらうか……奪い取るしかないという結論に到達するのは簡単な事だった。

「補給線を断つというのは飢えさせる事で兵士の士気を下げる効果もあるが、暴走する危険性もあるのだ。

 士気が下がった軍なら投降を呼びかければ降る者もいるだろう。

 その結果、人的損害も最少で済ます事も出来るが説得に失敗した場合の事も考えねばならない。

 その点を踏まえて聞くが……君は友人を討って後悔しないのか?」

胸に言葉の刃が刺さり硬直したかと草壁は今の九十九の状態を推察する。

勢いだけで草壁に直訴した九十九の友を救いたいという願いの矢に草壁は現実という巨大な盾を持って弾き返した。

「その覚悟があるのなら君に増援艦隊を任せてもいい」

「こ、これは自分を試す……踏み絵ですか?」

「……愚かな、白鳥君は既に選択している。君は月臣君の行動を既に否定しているから、此処に居るのだろう。

 軍の私物化は許せないし、市民を傷付けるのは断じて認められないからこそ強硬派に行かなかったのではないかね?」

草壁の言葉に悪意はない。九十九が此処に所属しているのはきちんと善悪の判断が出来ているからだと思っている。

今更、試すような真似をしても意味がないし、白鳥が和平派を裏切るような変節漢ではないと承知している。

「……君はもう少し人を疑う事にした方がいい」

「な、何故ですか!?」

「人を簡単に信じるのは美徳だが、上に立つ者は用心深く在らねばならない。

 善意だけの存在ではないからこんな内乱も起きるのだ。

 人は悪意を持って接する事もある……言葉の裏も読むようにしなければ同じ過ちを繰り返すぞ」

「閣下、会議のお時間です」

執務室の扉をノックして士官の一人が時間が押し迫っている事を告げる。

「行くぞ、白鳥君。我々は立ち止まる事を許されない」

草壁は席を立ち、九十九の側に行くとその肩を叩いて会議が始まる事を促した。

「二日だ」

「は?」

「二日以内に覚悟を決める事が出来るなら君に増援艦隊を任せよう。

 君は見届けなければならん……友人の行く末を。そして見届けて次に活かす為に何が必要なのか……見極めよ」

「か、閣下……閣下は活かす事が出来たのですか?」

どうしても聞いてみたくなって九十九は質問を口に出していた。

草壁は扉に向かいながら振り向かずに背を見せた状態で九十九に答える。

「残念ながら私は活かす事が出来ずに挫折して、後悔して、それでも諦めきれずにもがき続けている……愚か者だな」

自らを嘲笑うような声で草壁は九十九に告げると執務室から出て行く。

後に残された九十九は草壁の持つ後悔の重さに打ちひしがれる様に立ち竦んでいた。


―――ネルガル会長室―――


プロスからの報告を聞いてアカツキは呆れた様子で話す。

「核……か、また随分古い物を引っ張り出したもんだね」

「破壊力に関しては優秀です。もっとも地上で使うと後始末が大変ですけどね」

ディストーションフィールドとて万能ではない。

大質量の攻撃には耐えられないから核を使用するという意見は悪くないが……対人戦が始まる状況で使用するのは大問題だ。

戦争とてある程度のルールというものがあり、それを自分から放棄するというのは相手に同じ事をされても仕方がない。

「ボソンジャンプによる戦略爆撃されたら……シャレになんない話だね」

「火星が木連に協力という仮定の話ですけどね」

「協力するんじゃないかな。火星にすれば地球の政変が進み易くする為なら敗北を望むと思うけど」

アカツキの言い分にエリナも尤もな話ねと考える。

火星にすれば、地球に力を貸す義理はない。いっそ自分達の手でなんて考えないだけマシかと考える方が無難だと思う。

(火星の核攻撃も一つのオプションとして考えた方が良いかしら……連合政府も危ない橋を渡るわね)

ドーソンが勝手にしたとしてもそのような人物を重責に据えた政府の失点を追及してくる可能性は高い。

火星はネメシスで核攻撃の憂き目を味わい掛けているから、市民も連合政府に対して寛容とは言えないだろう。

「さっさと引き摺り下ろすべきだったかしら?」

「そうかもね。目標をどっちにするか次第で気を付けないと」

「……そうね、月を先にされたらコロニー落としもあるわ」

制圧されたコロニーを地上に落とす作戦で地上に与えるダメージを予測するのは難しいのだ。

「なんせ、初めて尽くしだから……被害総額は計り知れないよ」

「人的損害、建造物の損害、再建までの道のり……どれも厄介ですわ」

クリムゾンの関係部署が被害予測シミュレーションを出しているが、実際にその通りになるとは限らない。

あっさりと被害が少なくなるというならそれはそれで構わないが、予測を上回る被害が出ないとは一概に否定できない。

「緊急時にはシャクヤクの発進の手続きが出来るように準備しておこうか?」

「……そうね、完全に防ぐ事は無理でも削り取って質量を小さくする事は間違いじゃないわ」

その為にとは言えないが二次防衛ラインの機動兵器の変更を政府が決定したのだ。

そう簡単にコロニーを落とさせはしないと二次防衛ラインのパイロット連中は息巻いていると営業から聞いている。

「対艦といい、巡航といい、本来のコンセプトから外れた機体ばかり売れるのはどういう事なのかしらね」

「困ったもんだね。でも、エステの欠点を改善しない限りは……」

「内部動力の搭載ね……エステの小型化は動力を外付けにしたから上手く行ったのに」

口惜しそうにエリナは話す。小型で且つ、ハイパワーというコンセプトを実現する為に頑張って作り上げた一品なのだ。

実際に上手く行っていたが、クリムゾンと火星がブレードストライカーという新型機を発表しなければ躓く事はなかった。

EOSを搭載して、IFS以外の操縦方法を確立した時点で不利は否めなかった。

機体の性能を十全に活用するには現状ではIFSが望ましいと前置きがあったがIFSを忌避する地球人には十分だった。

兵士達は少々性能が落ちても改造人間と呼ばれるよりはマシであり、軍にすれば数で対抗すれば良いと考える。

現在はEOSのバージョンアップも進み、更に使い易くなってきている。

エステの砲戦フレームに匹敵するレールガンのおかげで近接戦より中距離、遠距離の攻撃も可能なのが痛い。

従来の戦闘機乗りにとって空戦形態は戦闘機の感覚で戦えるから空戦専用の量産機も空軍の受けが良い。

人型のエステのように銃を構えて戦うのは戦闘機乗りにとっては「なんで今更、陸戦」という感じで嫌らしい。

陸軍や宇宙軍は人型を受け入れているが、空軍はまず戦闘機が在りきという感覚が主流らしい。

その所為か足がなく、一応腕が付いているが近接戦よりもレールガンのよる中、遠距離で戦う巡航戦フレームは受けが良い。

だが、これもクリムゾンの新型のフレイムストライカーのおかげで苦戦気味だ。

重火力というコンセプトで開発されたと見られる機体でミサイルのマウント数の増加、レールガンの射程、攻撃力の強化。

ますます戦闘機に近い機体になるから空戦専用が出ると間違いなく空軍が採用する可能性が高い。

これが要因の全てではないが、エリナは空軍よりも宇宙軍に売り込みを充実させるべきかと考えている。

どういう形で戦争が終わるにしても惑星国家という形で政治が動くならまず戦場は宇宙になるからだ。

「会長……宇宙軍への売り込みをメインにしませんか?」

「…………そうかもね。どう動くにしても、これからは宇宙での戦いが主流になると考えるんだ」

「ええ、火星も木連も地球の属国なんて扱いを受け入れはしないでしょう。

 そんな扱いしようものなら……間違いなくね」

「有り得る話だから困ったもんだ」

苦笑して話すアカツキにエリナも同じように苦笑いしている。

国同士の戦いが何の事はない……惑星同士の戦いに変わるだけで、何も変わらないという現実に呆れるしかなかった。

「バカばっかりね」

「そう言う僕らもバカなんだけど」

救いようがないと二人は思う……人は何処まで行っても人でしかないと感じてしまう1コマであった。


―――シャクヤク食堂―――


ナデシコからシャクヤクに引越しの際に食堂の名もホウメイは改めた。

「中身は同じだけどね。ま、これも一つの決意表明みたいなもんさ」

ここに残ると言う事は自分の意思で戦場に立つという事を意味するとホウメイは告げる。

今はまだ戦場に出ていないが、シャクヤクは最新鋭の戦艦だからいずれ戦場に赴く事になる。

同じ職場で働くホウメイガールズなどと呼ばれる少女達にホウメイははっきりと告げる。

「いいかい……今は安全な処で建造中だけどいずれは危ない場所に行くんだ。

 そん時に怖いから帰りたいは通用しないよ。正直、この戦争はヤバイ気がするんだ。

 だから、降りるなら今のうちに決めるんだよ」

再契約までの猶予期間にホウメイは口を酸っぱくして注意していた。

アクア、クロノ両名から聞いただけでも相当地球連合政府は迷走しているようにホウメイは思っている。

プロス自身もそう感じているのか、残ってくれるクルーにはかなりの好条件を出して優遇している。

降りる者にもネルガル系列系で良ければと前置きして再就職先の手配もしていた。

スタッフは義理堅い良い人だと考えているが、それだけではないとホウメイは考えている。

ナデシコは最新鋭の技術で作られた戦艦で内部情報を欲しがる人間はいるだろう。

一流企業と呼ばれる三大企業は独自の方法で火星から技術を入手しているが、その下の企業は僅かな情報でも欲しがる筈。

系列会社に居れば、監視しやすくなると思うし、接触する連中の対応も可能なのだ。

企業間の情報戦なんてものに興味はないのでホウメイは黙っているし、条件も悪くないので言う必要はないだろうと思う。

上手く纏まり掛けている時に波風立てるような無粋な事はホウメイの流儀ではないのだ。


テラサキ・サユリは悩んだ末にシャクヤクに乗る事にした。

戦争自体は好きじゃないが、自分なりにこの戦争に向き合おうと決意した。

料理長であるホウメイは危ない場所に行く事もあるから降りた方が良いと忠告してくれたが、アキトの代わりに料理を覚えたいという気持ちもある。

アクアさんが仲介してメールでの遣り取りが出来るので互いの近況を教えられるのは嬉しい。

ホウメイさんの許可を頂いているので、自分がホウメイさんのレシピを教え、アキトが火星のレシピをという交換も楽しい。

料理を通して地球と火星の違いを知るのもサユリにとってはアキトを知る事が出来るので良い事だと思う。

アキトもアキトなりに戦争に向き合うという事は知っている。

壊された故郷の再建という仕事は毎日が大変だけど充実していると笑って話している。

この頃は弱気な部分もなくなり、優しい部分はそのままで格好良くなったと思う事が多い。

アクアのアドバイスもあって……非常に恥ずかしいけど一大決心して告白した。

何故なら手強いライバルらしい女性が側にいるみたいだったから。

オニキリマル・カグヤ――アキトの幼馴染で艦長とも幼馴染。しかもアスカインダストリーの令嬢。

そんな強敵出ないでよ〜〜と叫びたかったのは言うまでもなく、近くにいないハンデは痛いと感じていた。

「ストレートに言わなければ、気付かないですよ」とアクアは常々話していた。

「もっとも、艦長の場合は洗脳みたいなものですけど」と苦笑して話した事もあった。

まあ艦長らしいと言えば、そうかも知れないけど「アキトは私が好き!」と言われ続けられると、そうかもとアキトは思うかもしれない。

家族を失って、天涯孤独の身の上のアキトにすれば、強引でも側にいてくれる艦長はありがたい存在になる。

独りが寂しいと思う気持ちは誰にだってあるのだから……。

メールではなく、本物のアキトに逢いたい……アキトさんに触れてみたいと気持ちばかりが募るサユリであった。


ユートピアコロニーの新行政府のシステム調整にアクアは出向している。

本来はルリに任せようと思っていたが、まもなく戦場に出るジュールが心配なのだろう……心ここに在らずという時がある。

逢いに行くと聞いても、私に迷惑を掛けるんじゃないかと判断して、素直に答えるとは思えない。

だから仕事という形で向かわせる事にしたが……少し寂しい気もする。

もっと自分を頼り、甘えて欲しいとアクアは思うから。

「アクアさん、一つ……個人的な事でお知恵を借りたいんですが」

「はい?」

仕事中、復興事業の総責任者のカグヤから相談を受けてアクアは途惑っている。

カグヤとアクアの関係は良好とは言い難い。カグヤにすれば、アキトを挟んで恋敵に協力する人物がアクアなのだ。

アキト自身、アクアの事を嫌っておらず、仲が良いから更に困る。

ここに来てから友人になったルナ、ミアの二人とも知り合いだから喧嘩すれば、二人とも板ばさみで困るかもしれない。

アキトが絡んでいなければ、良い友人になれると思うから……カグヤは複雑な心境の状態だった。

仕事に関しては文句の付けようがないくらい、効率良くこちらのスケジュールに連動させてくれる。

頑固な職人気質の人物ではなく、譲歩できる点はきちっとあわせてくれるし、おかしな点はこう改善するべきではないかと進言もしてくれる。

頭ごなしに叱るような人ではなく、相手を思いやる人物であった。

「私の事、嫌っていると思ってましたから驚きですね」

「別に嫌っていません……ただ、アキトさんの事で困っているだけです」

「私はアキトさんが幸せになってくれると嬉しいだけですね。

 サユリさんの件は少し女性に対する免疫でも付けようかと思った次第で…」

「そ、そうなんですか?」

ちょっと困惑するカグヤ。最初からアキトとサユリをくっつけようとしていたのかと考えていたのだ。

「私としてはミスマル・ユリカ以外の女性でちゃんとアキトさんを見て、大切に思ってくれる方ならそれで十分なんです。

 ユリカさんがもう少し大人になって、ちゃんとアキトさんと向き合えるならそれはそれで良いんですが」

「は、はあ?」

「アキトさん自身、女性に対する免疫がないですから振り回されかねませんし、お人好しですから」

「ま、全くですわ」

「逆に言えば、カグヤさんとサユリさんの二人一緒でも構いませんよ。

 火星は一夫多妻制ですから、重婚にはなりませんし……我が家はそうですから」

「…………」

盲点だったかとカグヤは考え込む。どうもアキトさんの事を自分より分かっていると思ってしまう。

「もしかして……ストレートに告白したとか?」

声を潜めて聞いてくるアクアにカグヤは恥ずかしそうに頷く。

「今のアキトさんなら悩んでいるでしょうね。

 どちらも嫌いじゃないし、好感が持てる女性だから二人のうち、どちらかを選べと言われても優柔不断だから無理ですわ」

「……その通りです。なんだか悩ませてしまったようで」

「それでいいんですよ。人が成長するには悩む事が必要なんです。

 悩んで、決断して、その結果を受け止めて歩いて行く……それが今のアキトさんには必要なんです」

「そうでしょうか?」

「流されやすい人ですから決断するのが苦手でしょう」

「それに関してはコメントしませんわ」

困った顔でカグヤはアクアに告げた。

「私も苦労しました。クロノってさり気なくモーション掛けてもスルーするんです」

「アキトさんもそうなんでしょうか?」

火星一の朴念仁と言われるアクアの旦那さんであるクロノを引き合いに出されて、アキトもそうなのかと思うと不安になる。

「……間違いなく」

困った様子でアクアはカグヤの問いに答えている。

天然の恐ろしさはアクアはよ〜く承知しているから、カグヤの苦悩は痛いほど理解出来る。

「こちらから方針を決めて、押し付けるとまでは行きませんが……受け入れさせるというのは一つの手段です」

「なるほど……勉強になります」

「一夫多妻制になりましたが、実際にこれを使う人はそうはいませんから……使えるものを有効に活用するのは有りです」

施行はされているが実際に使った人物は限られている。

一例としては、幼馴染の関係でずっと一緒だった男一人に女性二人という関係を壊したくないからというパターン。

施行前に愛人だった女性が妻の許可を得て、関係を改善したというパターン。

親友同士が同じ男性を好きになり、いっその事共有しようかという結論になるパターン。

一夫一婦制では対応できない状況を改善したいという考えから多妻制にするのが殆んどだった。

男性側が決断できない事態を女性側が強引に決めた場合が火星では主流だった。

昔のような男の甲斐性などという言葉はなりを潜めているのが現状だ、というよりも女性の方に主導権が変わりつつある。

「カグヤさん達も一度ご相談しては如何でしょうか?

 サユリさんもカグヤさんもまだお会いしてないですから、顔の見えない人の事を考えても埒が明きません。

 よろしければ、メールでお話しするように手配しますけど」

「……よろしいのですか?」

「ええ、サユリさんもカグヤさんも悪い人じゃありませんし、偶々同じ人を好きになったんです。

 どういうところが良いのか、惚気合うのも楽しいかもしれませんよ」

「そ、そういう事は……恥ずかしいので言わないで下さい」

真っ赤な顔でアクアに抗議するカグヤだが、手詰まりの状況を打開できる可能性が見つかって感謝している部分もあった。

「ただ……サユリさん、逢えないから想いばかり募っているみたいなんです」

「……そうですわね。地球と火星じゃ、距離が有り過ぎますわ」

サユリの気持ちはカグヤには痛いほど理解出来る……ずっと逢いたいとカグヤも願っていたのだから。

「カグヤさんはジャンパーですから実家の方に帰る事もあるでしょうから、その際はアキトさんも連れて貰えませんか」

「……サユリさんと逢わせろと?」

カグヤの問いにアクアは頷く事で答えた。

「やっぱり、逢えないというのは辛い事だと思いますから」

「……そうですね」

「今すぐという訳ではありません。まずはメールで話し合って仲良くなってからで構いません。

 お互い顔が見えないから不安であり、怖いんです」

「見えない恐怖ですか……確かに」

サユリという人物の姿が見えないから困っているのかもしれないとカグヤは判断する。

よく考えればアキトが気に入った人物は自分も気に入っている……例外は一人だけいるが。

一度、話し合う機会を作ってみようかとカグヤは決意する。

「メールアドレス……教えて頂けますか?」

「それではサユリさんに聞いてみますので、その後で構いませんか?」

「ええ、お願いします」

「サユリさんはいい人です。カグヤさんが好きになったアキトさんがカグヤさんと同じように大事に思っている人だから」

「カグヤと呼んでください。あなたとは仲良く付き合えそうですから」

「そうかもしれませんね。あなたとはどうしても長い付き合いになると思いますから」

「どういう意味でしょうか?」

意味が判らずに聞き返すカグヤ。どうしてもと言う以上は自分とは別の接点があるのかと考える。

こうして話したりするのは初めてのはずだから意味が理解できない。

「まだ話していませんでしたね。私の地球での本名はアクア・クリムゾンと申します」

「なっ!?」

アクアはクスクスと悪戯が成功したのを笑っている。

カグヤにすれば、こんな場所でクリムゾンの令嬢と会うなどと思っていないから慌ててしまう。

「で、でも、あなた……マシンチャイルドじゃないですか?」

「事故でこうなったんです。ナノマシンの機能を抑えると……こうなります」

目の前で瞳の色が変わり、IFSタトゥーが消えるのを見たカグヤは吃驚している。

「ク、クリムゾンの令嬢が此処に居ても良いんですか?」

「良いも悪いも理由はあなたと同じですよ。

 愛する人が火星に居る……それが理由じゃいけませんか?」

「…………いえ、そういう理由でしたら納得する事にします」

自分も同じような理由で火星に居るから、アクアを非難する事は出来ないし……逆に好感が持てる。

「お互い実家の柵もありますけど……愛する人とハッピーエンドが一番ですね」

「全くですわ。では、これからもよろしく、アクア」

「はい。こちらこそ、カグヤ」

意気投合したのか、同時に互いに手を差し出して握手を交わす。

「カグヤさん、サユリさんを味方にできれば……我が家みたいに愛する人を共有できますわ」

「それも悪くないですわ」

「取り合う姿を見せて、ギスギスした様子を見せると逃げられますわよ」

「ご忠告、感謝しますわ。確かにアキトさんは揉め事は嫌いですから」

アクアとの会話には実りがあったとカグヤは思う。地球と火星での婚姻の違いを指摘されて、新しい展望が見えた。

側で聞き耳を立てていた男性スタッフはアキトの事を、羨ましい奴と不運な奴の二つの考えで二分していた。

女性スタッフもアクアの考え方に、共感する者とそれは不味いんじゃないかと考える者で二分していた。

「まあ、人それぞれですから、カグヤさん達はカグヤさん達なりに納得できれば良いと思います。

 大事なのは後悔しないように生きる事じゃないでしょうか……これが私の辿り着いた今現在の結論です」

「今、現在ですか?」

「ええ、なんせ折り返し地点にも至ってない半人前みたいなものですから」

「ああ、まだ平均寿命の三分の一も生きていませんものね」

人間の平均寿命を考えるとアクアも自分もまだまだ時間はあるから、結論を出すのは早いという考えは理解出来る。

「せめて子供を産んで、立派に育ててから一言物申すくらいでないと重みはありませんね」

アクアの言い分には共感できる……自分もアクアもまだまだこれからが本番なのだ。

「長い付き合いになりそうですわね」

「お互い幸せになりましょうね、カグヤ」

微笑んで話すアクアに同じように微笑んで頷くカグヤであった。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

カグヤとアクアの会話を書きたくなり、まあこんな感じになりました。
この頃は女性の方がタフになりかけていますから、未来ではもっとタフかなと想像して一婦多妻制の在り様も書きました。
ゲームで言う所のアキト二股エンド逆バージョンのフラグが立ちました。
まだ決定していないのでこの後はどうなるかは不明ですが。

それでは次回でお会いしましょう。



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