始まりがあれば、終わりもある

祭りというものは須らく終わりが来る

問題はどう終わらせるかであり

後片付けを滞りなく終わらせるかだ

それが始めた者の責務である



僕たちの独立戦争  第百十話
著 EFF


激震が走るという表現がピッタリだとミハイルは今の状況を冷ややかに評していた。

「おかしなものだ……火星が宣戦布告した以上はこうなる可能性はあるのだが」

「会長の仰る通りなんですが、平和ボケっていうのはこんな時ほど怖いものです。

 フレスヴェール議員が再三指摘していたのを聞き流していたくせに、今頃になって右往左往するのは如何かと」

「全くだ。シオンはマスコミにも話していたから誰もが聞いていたんだが……」

「市民の方が落ち着いているように見えます。

 政府の慌てぶりに呆れているようにも見受けられます」

シオンはマスメディアを通じて再三の警告を行っていたので市民の方はそれ程混乱していないように見える。

だが、連合議会の方は現主流派は火星が戦力不足で現在は進軍しないと高を括っていた所為で大慌てになっていた。

当面は木連に勝てば良いと思っていたが、火星を相手にする事も加わって予算の確保と戦力の補充を慌てて再計算していた。

「なっとらんな」

「全くです」

ミハイルが今の地球の様子を話すとロバートも同じ気持ちなのか、平和ボケの弊害に大きなため息を二人して吐いていた。


"火星宇宙軍、サツキミドリに侵攻"の第一報がサツキミドリから脱出したネルガルの一般職員から入ると政府は混乱した。

火星にそんな戦力があるとは政府は考えていなかったので、シオンの警告を無視するように無警戒の状態だったから大変だ。

連合宇宙軍が慌てて戦艦十隻で編制した部隊を偵察に向かわせると其処には艦隊が既に駐留していた。

「どういう事だ!?」という言葉が現着した部隊の指揮官の最初の声だった。

木連の無人戦艦に似たフォルムの戦艦が一糸乱れぬ陣形で待機し、悠然と佇んでいた。

「か、艦長、向こうから通信が!」

「通信か……繋いでくれ」

通信士からの報告を聞いた艦長は一息吐いてから繋げる指示を出した。

『こちら火星宇宙軍。

 それ以上、こちらの宙域に入るなら砲撃を開始する』

髪をオールバックにした三十代の男性士官――ゲイル・マックバーン――が画面に現れて宣言する。

「こちら地球連合宇宙軍だ。

 どういうつもりなのか、説明してもらおう……何故、民間施設を占拠した?」

艦長は落ち着いて問うが、相手士官は冷ややかな視線で呆れを含んだ声で返答する。

『これは異な事を言う。

 こちらも既に連合政府に宣戦布告しているのに、このような場所で備えもしないこと事態が平和ボケではないのか。

 こちらとしても一般市民への流血は避ける為に、丁重にお願いして出て行ってもらったがな』

奇襲ではない、備えをしていないお前達が悪いとゲイルは告げる。

宣戦布告した時点で宇宙空間は戦場になる危険性を孕んでいたのだ。

備えを怠った自分達にも落ち度はあるが、

「本気で地球連合に逆らうつもりなのか?」

一応、警告する。調子に乗るなという意味合いを含ませるが、

『既に宣戦布告した。今更、何を寝呆けた事を言うつもりだ……度し難い連中だな』

応えるどころか……冷めきった声で馬鹿にされ、

『さて、そろそろ始めるか……こちらとしてもいい加減、地球の横暴には堪えかねているからな』

との言葉と同時に僚艦の二隻が撃沈され、他の艦も突如出現した火星の機動兵器に撃沈されていた。

「た、対空迎撃!」

「ダ、ダメです!」

それが艦長が聞いた最期の声だった……。

そして、これが火星による最初の犠牲者リストの人員だった。


サツキミドリの指揮所でゲイルは地球の対応の甘さに呆れる。

「この期に及んで暢気な連中だな……頭にカビでも生えてんじゃねえだろうな」

『終わったぞ。

 しっかし、油断しまくっていやがるな……既に宣戦布告している以上は何時、攻撃されてもおかしくないと考えろよ』

エクスストライカーで防衛に出たレオンもゲイルと同じ気持ちなのか……呆れていたみたいだった。

『全機、帰還する』

「了解。ご苦労さん」

『クロノはどうした?』

この場で指揮を執っているゲイルに不満はないが、もう一人の責任者が不在というのは不味いかと考えて尋ねる。

「端末の設置に立ち会ってもらってる。長丁場になる以上は端末ないと困るだろう」

『そっか、そっちの方が重要だな』

無人戦艦の制御をダッシュに任せる以上は端末を設置するのは必須要項だ。

たかが十隻程度の偵察部隊如きと比較にならないほどウェイトを占めている。

「月には感謝せんとな。向こうが陽動を行ってくれたおかげで準備が楽に出来そうだ」

『まあ、このくらいはしてもらわんと……向こうだって火星の参戦はありがたいと思ってくれているだろう。

 持ちつ持たれつで良いんじゃねえか』

「だな。次の準備もあるから、急いで戻って来い」

『会議か……はあ〜〜これさえなけりゃあ……』

「まだ言うか……いい加減、腰を落ち着けて仕事してくれ」

第一線で指揮が執れる指揮官のくせに現場に出たがるから問題だとゲイルは思う。

まだまだ現役のパイロットでいたいという気持ちも分からんではないが……前線指揮官の数が足りないのも事実なのだ。

(いい加減、親父になるんだから落ち着きを持ってくれ、レオン。

 でないと……俺とクロノに書類の決裁が増えるんだよ)

嫁さん貰って落ち着くかと思ったが……変わらんから困ったもんだと考えるゲイルであった。


同じ頃、クロノとジュール、技術スタッフはダッシュ達オモイカネシリーズが使用する端末ユニットの設置を行っていた。

『特に問題はないようです。

 現在は診断プログラムを走査してサツキミドリ内で死角が出来ないかを検索中ですが大丈夫でしょう』

「そうか、まずは一安心だな」

設置状況を報告するダッシュにクロノは頷いていた。

防衛用の無人戦艦の制御はヒメがデーターを取っているから大丈夫だと知っている。

この端末があれば、オモイカネシリーズの一体が自由にサポートも出来るからスタッフの負担も軽減する。

トラブルが発生せずに無事設置できるのはスタッフ一同ホッと一安心していた。

『クロノ、連合宇宙軍の哨戒部隊は沈黙させたぞ』

ウィンドウからゲイルが報告する。

『十隻の部隊だがこっちが本気だという事を知らせる為に全艦撃沈した』

「ああ、それでいいさ。火星が何時までも言いなりになると思われる訳にも行かんしな」

『そっちの方は上手く行ったか?』

「ああ、設置は問題なく終わりそうだ」

クロノの返事を聞いてゲイルも一安心する。

艦隊運用が楽に出来る事は指揮官にとって負担が一つ減る事になるから、他の部分に注意が向ける事が可能になる。

経験が少ない部下達のストレスに目を回せる事はトラブルの減少に繋がる。

長期の作戦行動での精神的不安や気の緩みは失策の原因の一つである。

本番はこれからだ。引き締めるところは引き締めながら、緩ませる時は緩ませるように全体を見守る必要があると考える。

「兄さん、こっちはもう大丈夫です。

 会議の方に向かって下さい」

「わかった。スタッフは完了次第、交代制で作業に入るように」

クロノは今後の予定を告げて、会議室へ向かう。

やるべき事は多く、時間もギリギリの状況だがここで頑張れば後が楽になる事を三人は知っているから……立ち止まらない。

地球が持つ最大戦力の撃破は火星が望む事でもある。はっきりした形で戦力を失えば、現政権は崩壊する。

後は和平派が実権を押さえてくれる事を願うだけだ。


L2コロニーで木連との決戦の準備をしていた連合宇宙軍は突然の報告に動揺する者が多かった。

「後背のL5――サツキミドリ――が陥落しただと!?」

ウエムラはこの第一報をカキツバタの試験航海中に聞いた。

初期トラブルを全て解消して、木連との決戦はすぐそこまで来ていると考えていただけに不愉快という感情が出てしまう。

「まずは木連と思っていたんだが……まあ、連合に逆らうというのなら戦うだけだな」

「その通りです、提督。

 火星が逆らうというのなら制裁を加えるだけです」

副官のミサキ・シンヤもウエムラと同じ"まず連合在り"の人物だった。

「素直に連合にしたがっておれば良いものを」

「副官の言う通りだな。

 連合が世界を支えてきたのだ、たかが一植民星が逆らうなど言語道断だ」

二人とも不愉快そうに話しているが、自分達がその植民星を放棄して防衛をしなかった事を忘れている事を自覚していない。

火星駐留艦隊の維持費を火星に押し付けて、その責務を放棄したという点を理解していれば暴言を吐いていると気付くのだ。

「で、数は何隻だ? どうせ数隻に艦隊による奇襲だろ……我が艦隊の敵ではないと思うが練習台になってもらうか」

「それは良い考えですな……実戦での稼動データーも必要です。

 この最強の新鋭艦カキツバタなら負ける事はないでしょう」

二人は新型艦カキツバタの性能に大満足しているので負けるはずがないと考えているが、報告中の士官は青い顔で告げた。

「……火星宇宙軍、総数二千隻及びナデシコ級五隻の大艦隊で来ました」

「な、なんだと―――っ!?」

「ま、間違いないのかね?」

士官は手元のパネルを操作してカキツバタのスクリーンに映像を出す。

「鹵獲した木連の戦艦を改修したようです。

 この映像を送信した部隊とは通信が途絶えました」

ブリッジのスタッフ全員が声を失った瞬間だった。

木連の無人戦艦を改修した戦艦にカキツバタとは違うフォルムを持つナデシコ級戦艦が存在していた。

その映像の最後には僚艦が次々と火星の機動兵器――エクスストライカーによって撃沈される光景で締め括られていた。

「フン、所詮木連の無人戦艦を改修しただけだ。

 このカキツバタの敵にはならん!」

動揺している部下を一喝してウエムラは自信満々に叫ぶ。

「確かに数は揃えてきた事は評価してやろう。

 だが、全戦力を投入するなど愚かな事だぞ」

ウエムラは火星がブラフを掛けていると判断した。最大戦力で地球を恫喝するつもりだと考える。

「木連と休戦か、講和して全戦力を投入したんだろうが、裏を返せば後がないのだろう。

 木連共々排除してやるからな!」

息巻くように告げるウエムラに頼もしさを感じるスタッフ。

それだけの力をこの艦は秘めていると知っている。

新造戦艦カキツバタ――今までの戦艦とは隔絶した戦艦だが、火星が同じ能力を艦を持っている事を実感していない。

もしかすれば、それ以上かもしれないと考えない。

相手を侮る気はないかもしれないが、新しい力を手にして有頂天になっている事も事実だった。


―――木連軍 月方面艦隊旗艦こうげつ―――


高木はこうげつの艦橋で敵地球連合艦隊と睨み合っていた。

「そろそろ、後退するか?」

「予定通りです。火星は無事橋頭堡を確保した模様です」

「そいつは、こちらとしても助かる。

 地球にとっては大問題だがな」

「大慌てしてるようで、上松さんが呆れた様子で通信を傍受してます」

地球が慌てる様子を見るのは愉快な気持ちだから、艦橋の乗組員は一様に笑っている。

これで自分達だけ注意すれば良いという訳ではなくなった。

後背に火星宇宙軍が虎視眈々と地球の隙を窺っている。暢気に構えている余裕などなくなったのだ。

「よし、手筈どおり後退する!

 艦隊の警戒態勢を維持しながら順次後退する」

高木の指示が艦隊に通達されると艦隊は隊列を乱す事なく、幾つかの小隊毎に後退しては待機。

そして後退という手順を行い一糸乱れぬ陣形で退き始める。


相手側の旗艦ナデシコのブリッジでは歯痒い状況で見つめるしかなかった。

今、戦えば数の上で不利な事は承知しているから睨みあう状況でも仕方ないと判断した。

しかし、状況は……均衡は崩れ始めた。

火星宇宙軍の襲来という怖れていた事態が遂に発生した。

送られてきた情報だけでも地球連合軍にかなり不利な状況だと考える。

「正念場だな、コウちゃん」

「そうだな、ヨッちゃん」

このまま開戦しようかと考えたが、ドーソンは戻れと言う。

確かに数では不利だが損害を最少に抑えて相手の数を減らせる自信はあるが、命令に逆らう訳には行かない。

火星と木連の両方を同時に相手をする前に少しでも相手に損害をと話しても聞いてはくれないだろう。

今更ながら自分達の上官が当てに出来ないという複雑な気持ちだった。


L2コロニーで執務中だったドーソンは火星宇宙軍の進軍を聞いて、暗い哂いを浮かべていた。

「ふん、ノコノコと来おったか……これで火星を黙らせて全て上手く行くぞ。く、くく……は、は、はぁっ!」

自身の手元には絶対の破壊力を持つ戦術核が存在している。

ディストーションフィールドがあろうとも完全に防御する事は出来ずに死んでいくのだ。

自身の勝利を疑う事もなく、後は全て上手く行くと確信して高笑いをしていた。

「派手な勝利を持って火星も木連も跪かせてみせる!

 地球……いや、私に逆らった愚か者共を今度こそ始末してみせるぞ」

この後、先手を取りたいと上申したコウイチロウを命令で抑えて、艦隊の集結までの時間を確認する。

「二週間……短いようで長いものだ。英雄の凱旋準備には少々時間が足りぬかな?」

地球を救った英雄として市民から歓呼の声で迎えられると想像して笑みを浮かべている。

無断で戦術核を使用すれば、問題がないと勝手に判断している時点でかなり精神状態はヤバイのだ。

火星の住民を見殺しにしようとした報いが近づいているとは頭にはない……ただ欲望に忠実なドーソンであった。


―――かんなづき艦橋―――


元老院の本拠地である市民船しんげつに戦艦かんなづきは向かっている。

乗艦している北辰は秋山の気丈な態度を評価している。友人の事は気懸かりだが乗組員には気を遣わせないようにしている。

自分の立場を自覚し、独り立ちした男という雰囲気を周囲に示して……馴れ合うという事を見せていない。

戦士として戦場での覚悟が備わっていると判断していた。

「北辰殿はこの状況をどう思われますか?」

「ふむ、元老院は間違いなく首切りを決行するが失敗した時が問題だな。

 行き場の無い感情が暴走という事態は何が起こるか判断に困る」

「確かにその点は非常に不味い事態になります。市民船しんげつで大規模な暴動に発展する可能性もあるか」

「然り、裏切りという行為を強硬派が許す事はないだろう。

 問題は報復が元老院だけで止まるかどうかだ」

北辰はその点を最も心配していた。

木連の住民は裏切られるという行為に慣れていないから、反動が大きくなる可能性が高い。

正義への傾倒が高い強硬派ほど過激な対応を取りかねないし、しんげつの住民に正義を押し付ける可能性もある。

最初は受け入れるだろうが、こちらの締めつけが始まれば反発は必ず起きると予測していた。

「どちらにしても予断は許されない……海藤が慎重に動いているのもその為だ」

一気に強襲せずに悠然と構えながら進軍している海藤はおそらく元老院と強硬派の暴発を期待しているような気がする。

反乱の先にあるものを市民に見せるのだろうと北辰は考えている。

いい加減、正義という言葉に振り回されるなと市民に見せつけて、他人に振り回されないように警告したいのだろう。

「強硬派の未来は明るくはない。

 理想を掲げるのは間違いではない。だが、理想だけでは何も変わらぬ……現実を見定めて動く者が勝者となりうる」

裏方の仕事は重い現実と向き合う事から始まる。そして理想と現実の狭間で苦しんで潰れる者も多い。

綺麗事では済まされない事が日常茶飯事で時には苦い物を無理に飲み込んで仕事をしなければならない。

苛酷な仕事だと覚悟していても揺らぐ事もあるので、割り切る事が出来ない者には辛い。

月臣元一朗は大層立派な理想を掲げているが、現実を知らなさ過ぎだと北辰は考える。

正義に傾倒し、力技に頼りすぎていると断言出来た。

正面から正々堂々と戦う事が正しいと考えるのは間違いではないが、それだけでは足りないのだ。

時には裏から手を回したり、卑怯とも言える手段もしなければ政治や戦争には勝てないと気付いていない。

「残念だが、月臣元一朗の命運は尽きている……上手く立ち回る事が出来れば無事かもしれん」

「……そんな器用な男ではありません。不器用で頑固で真っ直ぐな奴です」

秋山は月臣元一朗の性格を話す。単純明快な答えが好きで熱血漢という言葉が似合う男が元一朗であると思う。

器用に立ち回れるような男なら強硬派ではなく、和平派に属している筈なのだ。

そんな熱血漢を利用した元老院に遣る瀬無さを感じると同時に何故、自分や九十九に相談しなかったと文句を言いたい。

自分が利用される事は知っていたくせに安易に協力しやがってという憤りを感じずにはいられない秋山であった。


同じように再編中の白鳥九十九も焦りを感じていた。

一気に進んで行けば元一朗を刺激するがのんびりと構えていても状況は変わらずに悪い方に進みかねない。

もう一度、説得したいと思う。敗走した今なら冷静になっている可能性もある……この好機を逃したくないと九十九は思う。

そんな時、戦艦むつきに呼び出された九十九は海藤に告げられた。

「月臣元一朗の死は確実だから心せよ」……と。

「何故ですか!? 何故、元一朗が死ぬと言われますか!?」

慌てて詰め寄る九十九だが、海藤は至って平然と考えを述べる。

「元老院が詰め腹を取らせるか、自分達の身の安全を確保する為に首を取って恭順の意志を示す為だ」

「そ、それは……」

確かにその可能性は十分にあると九十九は気付いた。元老院は自分の責は取らずに誰かに押し付ける傾向が多い連中だ。

今回の内乱の責任も強硬派に押し付けて知らぬ存ぜぬなどと言うか、強硬派に脅されたと言う可能性もある。

「十中八九謀殺される危険性はある。

 こちらが急いで進んでも状況は何も変わらんがお前が動揺すると厄介な事になるから告げる事にした」

勝手に動かれると困ると海藤は含ませるように話している。

親友が殺されたと言われて黙っていられる九十九ではない事を海藤は知っているから注意しているのだ。

「こうなる事は薄々気付いていたが……目を逸らしていただろう」

海藤の指摘に九十九は顔を俯かせて黙り込む。

分かっていたが気付かぬ振りをしていた……元一朗の死を受け入れたくないのだ。

「もうすぐ、秋山が補給物資を持って合流する。

 それまでに再編を完了させて行かねばならないが、何が起きても動揺するな。

 指揮官が動揺すれば、兵達も動揺する。上に立つ者ほど、どんな時でも落ち着いて見せる事が必要になるんだ」

「……はい」

自分一人ではない。自分を信じて従う部下もいる事を九十九は知っている。

海藤はそんな部下を惑わせるような真似はするなと話しているのだ。

(分かっていた筈なのに……現実に告げられると挫けそうになる自分が情けない)

自分の弱さを痛感する。友とこの国の命運――二つとも大事だが、どちらかを選ばなければならないのに決められない。

両方を失いたくないという気持ちだけが強く出てしまい……決断できない。

理では国が大事と告げるが、情では元一朗を見捨てるなと告げる。

もう止める事は出来ずに最後まで見なければならない事も承知しているのに苦しい。

(源八郎……お前はどう思うんだ?)

まもなく来る秋山に聞いてみたい白鳥九十九であった。


月臣は強硬派の幹部を集め、これから起こり得る可能性を示唆する。

「元老院が我々の責にして連中に降る可能性がある」

「なんと!? ですが…………確かにありそうな話ですな」

思わず立ち上がって叫ぶ士官に月臣は告げる。

「俺は元老院と今後の対応をこの後、協議する予定だがその際に謀殺される可能性がある。

 もし俺が自決したなどと元老院が話したら……間違いなく殺されたと判断して行動しろ」

「それは危険ではありませんか?」

自身の命を賭けるような振る舞いをする月臣に士官の一人が問う。

「まだ決まっていないのに、こちらが疑心暗鬼で動く訳にも行かん。

 元老院も性根を据えて動く可能性もある。裏切ると決まった訳ではない」

月臣の意見に軽挙妄動は慎めという意味がある事を知り、いきり立った士官も席に座って落ち着こうとしている。

しかし、元老院への不信感は拭えないのも事実だ。

強硬派に手を貸しながら自分達に責はないと言おうものならそれ相応の報いを与えてやると考える士官もいる。

「俺は最期まで戦うと決めた……よって自決という選択は選ばない」

「もし元老院が自決、もしくは恫喝したから排除したと申せば……」

「殺されたと判断して裏切り者に報復しろ。

 ただし、市民には絶対に危害を加えてはならない……良いな?」

全員が敬礼して月臣の指示に従うと示すと月臣の答礼して応えた。

「万が一の時は投降しろ。

 市民を犠牲にしてまで戦う道理もない……全ての責は自分にある。閣下も寛大な配慮をしてくれるだろう」

「まだ戦いは始まったばかりですぞ」

「当たり前だ、俺は諦めていない。だが、自分が死ねば指揮系統に混乱が生じるのも事実だ。

 戦いを続けたくとも元老院に尻尾が振れなければ、補給も満足に出来ないだろう。

 奴らに従えるなら構わんが、卑怯者に尻尾を振れる腑抜けはここには居らん。

 補給が出来なくば……奪うしかなかろう。市民から強奪したいなら、俺が死んだ後にしろ」

弱気かと問う士官に月臣は即座に返答する。自分がいなくなれば、独自の判断で戦いをしろと明言したのかもしれない。

「方法としては遺跡の奪取をするか、敵艦隊の制御を奪って強奪するかだ。

 それ以外の方法は俺には思いつかなかったが、他にあるかも知れんから自分なりに考えて策を練り上げろ」

「……わかりました」

遺言みたいな言い方の月臣に士官達は覚悟を決めたのだと感じていた。

「まだ死ぬと決まったわけではないがな」

苦笑して悲壮感を打ち消す月臣に士官達も安堵するが……元老院を知るだけに完全に不安を消す事は出来なかった。


補給物資を運んできた秋山は無事に海藤艦隊と合流する。

補給を三郎太と海藤に任せると戦艦ゆめみづきに秋山は移動して、憔悴した九十九と出会った。

「……随分、疲れているみたいだな」

「そうかもな。まずはよく来てくれたな、源八郎」

「ああ、海藤さんから聞いたがまだ元一朗に未練があるのか?」

「友人の身を案じて悪いというのか?」

「いや、敵味方に分かれても友情は変わらんが……割り切らんと辛いぞ」

戦争だから割り切れと源八郎は話すが、「はい、そうですか」と九十九に言える訳がなかった。

「お前は割り切れるのか?」

「完全に割り切った訳ではないが、反乱を起した時点でこうなる覚悟はしたんだよ。

 せめて、俺やお前に相談すれば……いや、よそう、今更言っても詮無き事だ」

頭を振って源八郎は時間が戻らぬ事を告げる。女々しい事を言っても仕方ないと感じたのかもしれない。

「俺に出来る事はこの内乱の最期を見届けて……次に活かすくらいだ。

 月にいる高木さんを孤立させる訳にも行かないしな」

源八郎は淡々と話しているが内心では悔しがっていると九十九は思った。

同じ釜の飯を食い、共に木連の未来を語り合った親友なのだ。

友人が死ぬかもしれないのに平然と出来るような男ではないと知っているのに冷たい奴だと一瞬でも感じた自分を恥じる。

「元一朗も、もう少し落ち着いて状況を見れば、こんな事にはならなかったんだが」

「そうは言うがな、元一朗とて自分なりに考えた末の行動なんだぞ」

「あいつの事だから前線に出られなくて拗ねたんじゃないか?」

源八郎が指摘する内容を違うとは言い難い。元一朗の自分の手で地球に引導を渡して自分達の正義を示したいと話していた。

火星との和睦は元一朗にとっては受け入れ難い内容であり、地球との停戦も納得できるものではなかった。

閣下の方針転換は平和を望む者にはありがたいと思うが、戦いはこれからだと意気込む強硬派には納得できないだろう。

元一朗もその一人だったが、長期の戦争継続は木連としては避けたい事柄なのだ。

国力差はどうしようもない開きがあるから、切りの良い処で講和は元一朗も分かっていた筈だった。

「英雄願望というか、自分の手で勝利を掴みたいという気持ちを利用されたんだろう」

「確かに元一朗にはそんな気持ちがあったのかもしれない」

否定しようにも、そんな事を言っていた記憶があるだけに反論は出来ない。

思い込んだら一直線に行動する男だから利用されたのだと今なら断言できる。

「どちらにしても、このまま進めば結果は出るさ」

源八郎は腕を組んで画面を見つめる。その視線の先に市民船しんげつがあるはずなのだ。


市民船しんげつの一画で月臣は元老院と今後の相談をしていた。

だが、内容は実りの無いものが多く、辟易するような指示が多かった。

「遺跡の奪還こそが急務です。現有戦力の全てを投入して遺跡を押さえれば、状況は変わる」

「その為に本陣すらも空けるというのかね」

「当然でしょう。数が不足している以上、小出ししても意味がない」

「数の不足は貴様が敗北したからではないか!」

「では、自分達の代わりに前線に出て戦うと」

月臣の意見に言葉少なめになる老人。そんな老人を月臣は蔑むように見ていた。

「ご自身で事を成そうとせずに文句を言われても困りますな」

「そこまでだ。

 少し落ち着け……月臣殿もあまり困らせるな」

「……失礼しました」

東郷がとりなす様に仲裁に入るが、どちらも険悪な様子は変わらない。

月臣は動かぬ元老院を毛嫌いしているし、元老院も月臣を大口叩いて敗北した青二才と思っている。

「ま、まあ、口直しと言っては何だが一席設けているから良かったら、どうかね?」

「……ご厚意に甘えさせてもらいます」

東郷の言葉に頭を下げて、付き合う事にする月臣だが……毒の盃の可能性もある事も知っている。

元老院の本質は扇動して横から掠め取る連中だと気付いているが……月臣は信じたいという気持ちがあるので拒否しなかった。

(どうやら……最悪の事態になるかもしれんな。

 九十九、源八郎、俺はもしかしたら此処で終わるかもな……自業自得かもしれんが悔いはないぞ。

 自分なりに国を憂えて決起したんだ……この気持ちに嘘はない!)

もし最期になったとしても、みっともない真似だけはしないと決意していた。












―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

火星宇宙軍に対する地球側の反応と木連の内乱の結末前夜の一幕って感じです。
百十話まで来ましたが……やっと終わりが見えてきました。
この分では百二十話くらいで終わるか、もう少し伸びるか……いや、もっと伸びるかも。

それでは次回でお会いしましょう。

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