舞台に狂想曲が奏でられる

踊り狂う役を演じるのは誰だろう

そして演目は喜劇か、悲劇か

それは観客が決めるのだろう

今度は自分達が踊らされる

そしてその先にあるものは……



僕たちの独立戦争  第百二十一話
著 EFF


地球側の敗戦という結果に終わり、連合議会の主流派は顔を蒼白にして事態の対応に追われていた。

核の使用という最大の攻撃力を与えたにも係わらず敗北した連合宇宙軍の不甲斐なさに怨嗟の声を出しながら……。

だが、一頻り叫んだ後に相手側が自分達に対して核を使用するかもしれない事に気付いて焦り出していた。

そんな状況下で月の木連から地球に全周波の通信が地球に流れた。

『マスドライバーの修復はほぼ完了した。

 核攻撃という非道な行為を容認した地球連合に対して我々も同様の手段を用いても構わぬな?』

簡単にまとめるとこういう内容だっただけに市民からの突き上げは厳しい。

軍事ジャーナリストも木連の地球に対する報復核攻撃の可能性を示唆して連合市民に警告を発する。

同時にこのような事態に発展する事を知りながら核の使用を許可した連合政府に思慮の足りなさを非難していた。

自分達の頭上を完全に押さえられた状態に市民から今回の核使用に対する反発も浮上し、連合政府に対する非難の声が出る。

尤も火星も木連もこのような市民の無責任さには呆れていたが。

反主流派のシオンはこの気を逃す事なく、責任追及の姿勢を前面に出して政権奪取に動き出した。

何処から得たのか、自分達が開戦前に話していた会議の映像を世間に出されたのが致命的だった。

連合司法局も盗撮ではあるが証拠資料として押さえて、次々と同士の身柄を拘束している。

日和見に付いていた議員連中も慌てて離れようとしたが……市民が許す事はなかった。

『識見を持たない政治家は必要ない』とシオンが宣言した言葉通り、日和見な議員達はその識見の無さに立場を失い始めた。

まだ過半数はあったので、このまま政権を維持しよう考えていた矢先に連合司法局の拘束に数は減り……折りしも選挙の時期と重なった。

シオン達、反主流派はこの好機を逃す訳もなく、事前に周到な選挙戦の準備を行っていた。

現主流派の議席を削り取るように次々と対立候補を擁立して選挙戦に突入した。

彼らもシオン達に対抗するべく選挙活動を行うが……何者かによる自分達に不利益なスキャンダルが幾つも暴露された。

そのスキャンダルという火事の火消しに選挙スタッフの一部が選挙戦に参加できずに力を削ぎ落とされる。

また連合司法局の捜査も佳境に入り、議員達の身柄を有権者の前で拘束される事もあり……選挙どころではない事態になる。

また政府機構、特に官僚にも捜査の手が入り、欲に目が眩んだ官僚達が次々と背任容疑で逮捕されていく。

容疑を否認している官僚も連合司法局から目に見える形で証拠を次々と出されると次第にその声が低くなった。

日夜、報道される政治家と官僚の逮捕に市民は連合政府の危険性に今頃になって気付く有様だった。

自分達の見る目のなさに反省する市民もいれば、政治家達の無能さを罵るだけの市民もいるが……まだ戦争が継続している点に気付くと不安を感じていた。

連日テレビから流される報道を聞く限り、非は紛れもなく地球側にある。

どうやら木星蜥蜴と呼んでいた木連と名称される国家はは正式な手順を踏んで戦端を開いたらしい。

地球連合がその宣戦布告を隠蔽して市民を騙していた事になるのだ。

また火星に対しても明らかに地球連合の勝手な考えによって損害を被っている。

連合政府に反旗を翻して独立に動いたのも当然と考えるだけの事を地球連合はしてしまった。

両陣営ともに戦争継続を望んではいないみたいだが、地球側の謝罪がない以上は徹底抗戦の構えの様相を見せている。

両惑星の事情を知って市民達も自分達の頭上に核の火が落とされる最悪の光景を想像して、ようやくこの戦争の歪さを理解し始めた。

一旦、気付かされると連合政府に対する不信の目は市民の間で加速度的に増えて行く。

今回の選挙の意味を理解した者は投票所に足を運ぼうと考えている。

間違った方向に進むのを修正しようとするシオン達の陣営と、間違ったまま進めて自分達を破滅へと動かす非常識な陣営の二極化が進む。

まともな考えの市民が一票を投じる陣営は決まっていた。

彼らはこの戦争が自分達の知らない犯罪のような事件を隠蔽する為に始まった事を知ったのだ。

地球連合政府の政変の始まりだった。


―――月 木連司令所―――


高木は司令室で三人の人物の着任を歓迎していた。

「ご苦労さん。

 地球側の動き次第ではすぐに戦う事になるが、今のところは動きは無いと思う。

 当面は地球の内情を自分達の目で見聞して欲しい」

「「「はっ!」」」

木連第三艦隊の秋山、南雲、白鳥の三人の着任は高木にとっては歓迎すべき事だった。

先の決戦で勝つには勝ったが戦力を失った事も事実なので、増援は受け入れる。

例えそれが自分の指揮下に入らなくても……。

一応、自分の下に配属されるが頭ごなしに命令する気はない。

ただ……かつての自分のような猪武者なら修正する必要はあるが。

(秋山と白鳥は大丈夫だが……南雲はちと心配だな)

これが高木から見た三人の以前の信用度だった。

結構熱くなるタイプの南雲は自分と同類であり、自分には大作という頼れる副官が側にいる。

だが、南雲にはそういう存在がいないから、地球側の挑発に乗られると困るという気持ちがどうしても浮かんでしまう。

「まあ、当面は月周辺宙域で訓練するのなら事前に訓練書を提出してくれれば良い。

 後で勢力図を渡すので、それを見てから演習を行うように」

高木は血気に逸るなよと思いながら通達して着任の挨拶を終わらせる。

「高木提督、三山さんは?」

「ん?」

解散を告げようとした時に南雲から意外な質問を聞いて少し驚く。

ゲキガンガー好きの木連では高木の副官の大作はあまり好意を持たれていない。

揉め事かと思い、南雲を見る。

「実は戦略について弟子入りしたいと思いまして」

南雲の口から出た言葉に思わず唖然とする高木だった。

「自分なりに足りないものが分かったんで必死なんですよ」

秋山が高木にフォローするように話すと、

「そうか……お前も成長したんだな」

少し不安の種が小さくなったと思い、感慨深げに南雲を見つめる高木。

次代を担う者の成長は始まっていると感じた瞬間だった。


「これが月で開発された弁慶か……」

高杉三郎太は噂の新型機を格納庫で見つめていた。

飛燕、九郎とは全く違う設計思想から生まれた機体という物に興味があったのでいち早く見学に来ていた。

機動兵器乗りとしては一度は乗ってみたいと感じられる何かが三郎太が見つめる機体――弁慶――にはある。

軽機ではなく、重機というイメージがこの弁慶からは感じられる。

「馬力のある機体なんだろうな」

艦長に一度機種訓練を行いたいと上申して貰おうと三郎太は考えると楽しくなってきた。

「待ってろよ、弁慶。

 お前を操縦するに相応しい男になってやるからな」

楽しそうに話す三郎太に一緒に来た操縦者達は秋山の苦労を感じて苦笑していた。


臨時に作られた練武場で北辰は上機嫌で連日稽古で汗を流していた。

但し部下達は道場の隅で屍のように倒れているが……。

「た、隊長……いつにも増してきついっす」

呻くように雷閃が告げると意識を飛ばして床に伏せている。

「まだ序の口で倒れてどうする……修業が足りんな」

未熟者がと呆れた顔で告げる北辰だが、

「烈風……やり過ぎたと思うか?」

多少は反省しているのか、雷閃の隣で座り込んでいる烈風に問う。

「……やり過ぎです」

問われた烈風はその一言を放った後、真っ白に燃え尽きていた。

さすがに北辰も死屍累々の光景を見て、

「そうか……手を抜いた心算だったんだが」

部下達の自信を更に砕くような一言を呟いていた。

幸いにも部下達全員があっちの世界に飛んでいたから良かったが、聞かれていたら……落ち込んでいただろう。

運が良いのか、悪いのか判断できない一言だった。

部下達を一瞥すると北辰は一人で型の稽古を始める。

仮想敵として、クロノ・ユーリの動きを想像しながら稽古に熱を帯び始める。

機動兵器での戦闘を見る限り、相手のクロノは自分とよく似た武術を使っている気がする。

木連の武術の源流は地球にあるから、もしや同門?と考えて動きを予想する。

自分と同程度の技量を持ち、自分以上に人を殺している修羅の可能性がクロノから感じられた。

手合わせに留めるつもりだが……それでも得るものは沢山あると考える。

そう考えるといつもの稽古とて疎かには出来ない。

何故なら、たかが手合わせと軽んじて無様な姿を相手に見せたくなかったからだ。

やるからには最初から自分の手の内を見せて全力で戦ってみたい。

その先にこそ得るものがあると北辰は考えていたのだ。

どうしようもなく昂ぶる気持ちを抑えきれずに稽古に熱を入れる北辰。

付き合わされる部下達には不運な事であった。


―――L2コロニー宇宙港―――


係留中のシャクヤクのブリッジからウリバタケは帰還した連合軍の艦艇を見つめている。

比較的損害の軽微な艦もあるが……どの艦も何処かしらに傷痕が存在していた。

「まあ分かってはいたんだが……酷い有様だな」

「遺族への補償を考えると……頭の痛い話よ」

ムネタケがウリバタケの隣で損傷した戦艦を見つめながら話す。

三千隻以上の艦隊が僅か七百隻ほどしか帰還出来ていない。

単純計算で一隻に約二百名の人員を必要として、今回の艦隊戦で二千三百隻以上の艦が撃沈されたので死亡した将兵の数は……約四十六万人にも上る。

人的損害は有に及ばず、失った艦艇の補充を考えれば再編には大規模な予算を投入する必要がある。

そんな予算を次の政権が捻出するとは思えないし……市民が納得するとは思えない。

「なぁ提督……これで戦争は終わると思うか?」

「継続するのは無理だと思うわね。

 税金を引き上げるのなら話は変わるけど……次の政権がそんな暴挙をするような連中じゃないからね」

「だな」

連日報道される選挙戦のニュースを見る限り、次の政権を取ろうとするシオン議員は仕切り直しを第一に掲げている。

戦端の開き方に大いに問題があると明言して、もう一度話し合いから始めて、それでダメなら戦争継続も仕方がないと言う。

この意見には市民の大半が納得しているし、自分達の預かり知らぬ処で勝手に決定された戦争は間違いだと判断している。

何よりも今の状況で戦争継続を叫んでも……危なくて仕方がない。

木連も火星も地球の制宙権をほぼ完全に掌握してしまったので、戦争を始めたら……核か、コロニーが落ちる可能性が高い。

「やっぱり防衛ラインはガタガタなのかよ?」

「……正直あまり良くないわね。

 外周部のビッグバリア発生装置に向けて破壊活動されても、喰い止め続けられるだけの戦力がそんなにないわ。

 特に火星の機動兵器に来襲されたら持たない」

「第二次の攻撃ミサイル衛星は?」

「多分、木連の攻撃で減らされているのよ」

ウリバタケは第二次の攻撃衛星の損害は深刻そうだなとムネタケの表情から判断している。

「超長距離砲撃でね、バリアをぶち抜いて破壊されているわ」

「それって……」

超長距離砲撃と聞いてウリバタケが誰の仕業なのか気付いた。

「それは言わぬが華よ」

「そうだな」

話しても対抗策があるかと問われても……ないのだ。

カキツバタのフィールドを撃ち抜くほどの貫通力のある砲撃に対抗策がないシャクヤクが敵うはずがないとウリバタケは理解した。

「対抗策が出来るまでは動かない事がベストよ。

 まあ当面は動く事はないと思うけどね」

「動けるような状況じゃない事は確かだな。

 俺の方でも対抗策を考えとくよ」

「よろしくね。アタシはこれから軍のほうに顔を出しに行って来るわ。

 何かあったらプロス経由で」

ウリバタケに非常時の連絡方法を告げてムネタケはブリッジから出て行く。

「提督も苦労してんな〜」

三艦隊の旗艦は全て撃沈され、ナデシコのクルーだけが無事に帰還した。

現場の将校の半数以上が戦死の状況なのでムネタケも臨時で軍の仕事に協力している。

眠る時間を削るようにして働くムネタケを感心するように話すウリバタケであった。


シャクヤク食堂は今日も忙しい。

人手が足りないとプロスには話してスタッフを求めているが、戦艦の食堂で働きたいという奇特な人物はそうはいない。

料理長のホウメイは従軍経験があったので別段気にしていないが一般の料理人が働くのは腰が引ける様子だった。

「ふう、今日もなんとかお昼のラッシュを大過なく終わらせました」

「ご苦労さん、サユリも腕を上げてきたね」

ホウメイが労うようにテラサキ・サユリに話す。

火星でテンカワ・アキトが抜けてから、サユリがアキトの抜けた穴を埋めていた。

前史と違い、アキトはナデシコのコックとしてパイロットと兼任する事はなかった。

アクアがクロノに言うには、パイロットとの兼任だった前回はアキトの負担を軽くする為にホウメイは指導を怠る事はなかったが多少は教授を控えていたらし い。

今回アクアがナデシコに乗り込んで違いを観察していたから判明した相違点だった。

したがってアキトの調理スキルは前回よりも向上し、ホウメイに仕事の一部を任されるほどになっていた。

その為に今回はアキトが抜けた事でホウメイの負担は若干増えていたのだ。

そのフォローという訳ではないがサユリが常時厨房に入り、ホウメイの仕事をサポートするようになっていた。

「そんな事ないですよ。ホウメイさんに比べたらまだまだなんですから」

「そう自分を卑下するもんじゃないさ。

 あんたはちゃんと成長してるよ。もう少し自信を持つべきだね」

少し呆れた顔でホウメイは告げる。

実際に自分のサポートを十分に勤めているし、ちゃんと調理を学ぼうとしている姿勢もある。

アキトが抜けた穴を十分埋めているだけでも感謝しているのだ。


つつがなく今日の仕事を終えて自室に戻ったサユリ。

自室に備え付けてあるシャワーで汗を流して今日の出来事を回想する。

「はぁ……今日も無事終わった〜」

ホッと一息吐いて部屋のベッドに横になり、自分の手を見つめる。

「頑張っているけど……まだまだよね」

自分はホウメイのサポートだけで精一杯なのに、それ以上に働いているホウメイは全然疲れを見せていない。

「足りないものがたくさんあるわね」

この戦争はもうすぐ終わるとサユリは選挙戦の様子をニュースで見て感じていた。

「もう少し時間は掛かると思うけど……会いに行けるんだよね、アキトさん」

アクア経由でメールでの近況報告を互いに続けているが、この頃は不安も若干解消している。

「カグヤって艦長と同い年だけど……強引じゃないし」

一度話し合ってみるべきとアクアからの忠告を聞いて良かったとサユリは思う。

艦長と同じような人物は滅多にいないと思うが不安な点はあったが、今では友人として仲良くなっている。

お互い好きになった人物が同じという点もあるから始まった奇妙な付き合いだけどカグヤの事は嫌いじゃない。

好感の持てる女性だとサユリは思うし、アクアの提案も倫理的には問題があるが悪くないかもと考えてしまった。

「一夫多妻制か……」

思わず呟くと可笑しくなって笑みが零れてしまう。

まさか自分がそんな手を使う事になるとは夢にも思わなかった。

戦争が終われば火星に行って……カグヤとアキトの取り合いになるかなと考えていた。

積極的でない自分が諦める可能性が高いと思っていただけに不安は大きかったけど……ちょっと安堵した。

失恋は嫌だとサユリは思うが、現実にはその可能性もあった。

しかし、火星ならばカグヤとアキトと上手く行く可能性があると理解している。

「結婚なんてまだまだ先の話だけど……上手く行くといいな」

どうしようもなく心の内から込み上げてくる嬉しさを感じてしまう。

「……アキトさん」

此処には居ない大切な男性の名を呟いて口元を綻ばせる。

幸せな気分のまま、目を閉じて疲れた身体を休める……明日への活力を取り戻す為に。


ネルガルは社員への福利厚生を重要視しているのか、シャクヤクにもナデシコ同様に大浴場がある。

決戦後、落ち込んだユリカを慰める為にミナトがサウナで愚痴を聞いていた。

「艦長〜あんまり落ち込んじゃダメよ」

クロノ――アキト――が父親――コウイチロウ――の乗艦するナデシコ撃沈に協力した事がユリカを落ち込ませていた。

一応戦争なのだから理解はしていたが、実際に自分の目でその瞬間を見てショックだった。

クロノが地球を良く思っていない事は分かっていた。

だけどアキトは決して自分の敵にはならないと信じていただけに裏切られた気持ちになる。

クロノ=アキトではないと頭では分かっているが……感情が追い着かない。

いつか自分の知っているアキトがクロノのように自分に敵対すると思うとどうしようもなく悲しかった。

「ジュリエットを気取っているつもりなら……お笑いだな。

 これは戦争で、敵対する事は最初から分かっていたはずだ。

 こうなる事を分かっていながら、ショックを受けること自体が喜劇にすぎない」

二人の会話を聞いていたグロリアがシビアな現実をはっきりと告げる。その表情は冷ややかでドライなものだった。

「グロリア〜〜」

泣きそうな顔になり、俯くユリカを見たミナトが注意するようにグロリアの名を呼ぶ。

「正直、艦長は運が良いとしか思えんが。

 あの状況下でクロノが本気になっていたら……ミスマル中将は死んでたぞ。

 あの機体の戦闘記録を見た限り木連の支援に徹していたとしか考えられんが?」

グロリアの考えを聞いて、ミナトもすぐには反論出来なかった。

火星でのチューリップを含む一個艦隊を相手にたった一機で立ち向かうほどの強さがあったのだ。

その時と同じような活躍が出来るかは判断しにくいが、ナデシコ艦隊を相手に相当の損害を与える事はミナトにも分かる。

「……分かってはいたんですが、甘いんでしょうか?」

「さあな」

ユリカの問いに素っ気なく答えるグロリア。

「私は父親の顔を知らず、スラムで生まれた。

 母親が娼婦でな。私を育てる為に男に身を売って、日々の生活を行っていた」

自身の出生を聞かせるわけでなく、淡々と話し始めるグロリアに二人は顔を向ける。

「母が穢れた女だと思った事もあるが、年を重ねるごとにそうは思わなくなった。

 スラムという場所には常に危険な物が多くあり……決してそういう場所に近付いてはいけないと言われたよ。

 自分の身は自分で守るのが当たり前で母のお客から護身術を教わったし、決して夜は一人で出歩かないようにしていた」

何が起こるか分からないとグロリアの言葉から感じられて二人とも熱いサウナにいるのに寒気を感じている。

レイプやらという性犯罪はごく当たり前の事に感じられたのだ。

「十八になって母が死んで軍に入った。

 尤も理想なんて持っていないし……ただ生きる為に、あの場所から逃げたかったという気持ちしかなかった」

軍に入隊した理由を思い出して苦笑する。資格を取ったらさっさと退役することしか考えていなかった。

「適性があったんだろうな……おかげで命のやり取りをするような部隊に配属された。

 まあスラムにいた所為か、死ぬのが嫌だから相手を殺すという事にもすぐに慣れた」

人を殺すという事に慣れたと言われて、二人とも何とも言えない様な表情になっている。

端的に言えば、生きる為に人を殺すという状況下で人殺しはダメだと言っても説得力がないからだ。

「後は知っての通り、軍に捨てられてマーベリックの会長に拾われた。

 そういう意味では運が良いのかも知れないな。

 野垂れ死にするよりは生きていたいと思うのはおかしいか?」

「まあ死ぬよりはマシかも知んないけどね」

「だろ」

ミナトが苦笑して話すとグロリアはクスクスと笑いながら応える。

「飢えるという事を知らない艦長にはちょっとドロドロとした話だったな」

そう告げるとグロリアはサウナから出て行こうとする時、

「母から一つだけ大事な事を教わった。

 それは"裏切るな"という事だった。

 自分を裏切るな、信頼を、信用を裏切るなという意味だと思うが、その言葉は今もこの胸にある」

背を向けているので表情は二人には見えないが……とても深い意味を持つ事を感じさせる響きがある。

「今の地球は火星を、木連の信用を裏切るというふざけた事をしている。

 今度の選挙の結果次第では……艦長の好きな人物も戦場に出るかもな」

そう告げてサウナを出て行ったグロリア。

しばらく二人は無言で出口を見つめて座っていたが、

「私って恵まれた場所に居たんでしょうか?」

「さあどうかしら?

 確かにグロリアの歩いてきた人生はあまり恵まれた物ではないけど、グロリアはその生き方を否定していないわよ」

不幸を自慢している訳ではないとミナトが告げるとユリカも先程の話を思い返して納得する。

「信じるものを裏切り続ければ誰も信用しないって事でしょうね。

 ごく当たり前の事なんだけど、結構忘れる人が多いのも事実なのよ」

秘書として企業の裏も表も見た事があるミナトにはグロリアの裏切るなという発言には賛成する気持ちがある。

「裏切りは社会の信用を損ない孤立するっていうのが常よね」

「火星がお父様が信用出来ないのは当然って事ですか?」

「どうだろう。黙っていた事は悪いと思うけど表沙汰にして良い話でもないしね。

 私なりに当時の火星の状況を調べたけど、表沙汰になっていたら戦争勃発の可能性もあったわよ」

ミナトなりに調べた結果、アキトの両親が死んだ事件で火星の独立の機運は一時的に下火になっていた。

「貿易に関しては地球側の搾取というのが当たり前みたいな状態だったわ」

ミナトの告げた言葉はユリカが自身で調べた内容を一致している。

当時、火星からの鉱物資源を地球が安く買い叩くのは常識のようになっていた。

その事は火星で創業を始めた企業にとっては我慢できない状態になりかかっていた。

徐々にその不満が蓄積し、独立へと向かう形になりかけた時の事件がアキトの両親の暗殺を含んだテロ事件だった。

あのテロ事件を契機に火星に連合宇宙軍の駐留艦隊を配置する方向に進み、軍事力による火星の独立に対する牽制となった。

駐留艦隊の維持費は火星に押し付ける形になり、火星の財政に圧力を掛ける。

文句を言おうにも独自の軍事力を持たない火星には対抗手段もなく、駐留艦隊による恫喝もあるので逆らえない。

「マーズ・フォースっていう武装勢力が生まれるのも必然だったのかもね」

「必然ですか?」

「そ、だって自分達には戦う術がないんだもの……力が欲しいとは思わないのかしら?」

「……そうかもしれませんね」

ミナトの問いにはユリカも納得できた。

力が欲しいと望む者は自分達の代弁者として支援すると思う。

「トップにいたレオン・クラストさんが理性的な人だったからテロは起きなかったのよね」

「ですね」

マーズ・フォースがテロ組織へと変わる事がなかったのはレオンのリーダーシップによるものだと後に歴史家達の中で評価されている。

"テロでは歴史は動かない"とレオンは仲間達に何度か話している。

"俺達が動く時は歴史を変える時だ"とはっきりと告げ、火星で創設された企業との連携を行い、独立への道筋を拓こうとしていた。

「第一次火星会戦って地球では命名されているけど、火星では独立戦争って思っているんじゃないかしら」

「ありえる話ですね」

ミナトが言うように火星の市民の間では第一次火星会戦とは言わずに独立戦争と位置付けている者が殆んどであった。

木連の侵攻を逆手に取って、地球の軍事力を火星から引き揚げさせて、火星独自の戦力で木連を迎撃する。

そして木連と協力関係を整えて、まず木連に火星の独立を承認させて同盟を結ぶ。

それが還ってきたクロノの計画だとユリカは思うし、火星を取り巻く状況を考えると悪くない。

はっきり言って、火星は地球に捨てられた星としか言えない様な状態だったのだ。

「もう一度、何が正しくて、何が間違っているのか……考えないといけませんね」

「そうね。戦争は嫌だし……平和が一番よ」

ユリカの呟きにミナトが続いて呟く。

二人とも深い吐息で今後の事を自分なりに消化しようと考える。

とりあえず戦争は嫌だというのが二人の共通の認識だった。


―――L5コロニー火星宇宙軍―――


執務室でクロノとゲイルが今回の艦隊戦での報告書を作成している。

「は〜これさえなければ楽なんだがな」

ゲイルが勘弁してくれという意味を含んだため息を出して作業している。

「そう言うな。これも指揮官の仕事だろう」

フォローするようにクロノが声を掛ける。

クロノ自身もIFSパネルを用いて電子書類形式で複数の決裁を行っている。

「アクアとルリちゃんの協力のおかげで此処での作業は予定より進んでいるぞ」

「その分、決裁の書類が増えたけどな」

「……それを言うなよ」

ゲイルのぼやく声にクロノが困った表情で返事をする。

アクアがシステムアップに協力してくれたおかげでサツキミドリの基地化は想定していた時間を遥かに上回るスピードで進行している。

その所為で基地内の不具合も発見されて、改善しなければならない部分が一気に噴出している。

現在はクロノ達の元に正式な書類として改善要求書が提出されて、改善する部署の資材の再チェックを急がされていたのだ。

「まあ、しばらくは此処で暮らす事になるんだ。

 出来る限り住み易くしないとな」

「まあな」

クロノの考えをゲイルは否定する気はない。

長期に亘る監視兼示威行動をこのL5コロニーで行う必要がある以上、スタッフの負担を減らすのは当然の事だ。

二人は優先的に改善する場所を考えながら予算とのやり取りを行っていた。


艦隊戦からの帰還後、アクアは基地内のシステムアップに奔走している。

臨時で出向しているので時間の猶予があまり無く、火星に帰還するまでに出来る限りの事をしようと考えている。

「……電力の循環にも問題ないですね。

 相転移エンジン五号炉の立ち上げは無事完了しました」

IFSパネルから手を放してアクアがスタッフに告げるとスタッフは一様に安堵している。

このL5コロニーのメイン動力炉とは別に設置した防衛用の動力炉が全て稼動する。

それは自分達の安全を確保した事に他ならない……スタッフの中にはハイタッチして喜びを顕わにする者もいた。

パンパンと手を叩いてアクアは自分に注意を向けさせる。

「さっ、続きを……これから忙しくなりますわよ」

アクアが言う様にこれからL5コロニーの外装に防衛兵器を設置して連動する手配を整えなければならない。

スタッフもその意味を知っているだけに意識を切り替えて作業に取り掛かるが、その顔には笑みが浮かんでいた。


旗艦ランサーのブリッジでジュールも無人戦艦と無人機の損害リストの作成に取り掛かっていた。

無人戦艦も無人機も限りがあり、ナデシコ級の艦隊の陣容を整えるまでは損害を減らす必要がある。

当初想定していた損害よりも軽微だったが頭の痛い話には変わりない。

《ダッシュ、土星のプラントで年間何隻建造できるんだ?》

《量産体制に入りましたので六隻でしょうか。

 第一世代艦、第二世代艦の資料からイネス博士らが量産艦の設計を効率良く考えましたので》

《そうか》

ナデシコ級戦艦の量産は火星にとって重要な意味を持つ。

火星の防衛を一手に担う戦力として火星の住民全てが期待している。

平和への道筋は整いつつあるとはいえ、備えは必要なのだ。

矛盾した存在だとジュールは思うが、力がなければ何も守れない事はその身を以って理解している。

《ルリちゃんや家族の皆が安心して暮らせるなら問題はないよな?》

《そうですね……ですがジュール、あなたに何かあれば悲しむ人がいる事を忘れないで下さい。

 あなたが皆を大事に思うように皆もあなたを大切に思っているのです》

自身の存在を軽んじるなと言われた気になってジュールは苦笑する。

冷静に落ち着いて行動している筈だが振り返ってみると結構危ない事をしている点が多い。

《ルリちゃんを泣かしたな……》

欧州での一件を思い出して反省する。

アクアにも注意された……ルリは失うことを知らないから悲しませる真似はするなと。

《それに関しては私も失敗したと考えています》

ダッシュも欧州の一件でルリを悲しませた事には反省している。

《少しマシな未来を手にして色々考えるんだよ。

 将来、俺がクリムゾンのトップになるのが一番だと思うし、周囲もそう考えている》

《そうかもしれませんね》

相槌を打つダッシュにジュールも真面目な顔で会話を続ける。

《爺さんの半生を知ると……仮にルリちゃんと添い遂げるとして苦労させるんじゃないかと思うんだ》

ジュールの言い分はダッシュにも理解出来る。

ダッシュ自身が調べただけでもジュールの祖父ロバートの半生は平坦な道ではなかった。

時に命を狙われるような危険な事は何度かあったし、家族の命を狙われた事もある。

《ルリちゃんには健やかに暮らして欲しいと思うのは間違いじゃないだろう?》

《間違いではありませんが……ルリが決める事でもありますよ》

《それも理解しているから困るんだ》

ダッシュの反論にジュールも理解を示しながら心情を吐露する。

《側にいて欲しいと思う事はあるけど……失いたくないと願う事もある。

 我ながら矛盾した思いを抱えて無様だと分かっているけど》

ルリを失いたくないと願う気持ちと側にいて欲しいという感情の天秤で揺れているジュール。

《絶対に守りきれるという甘い考えは持ちたくないんだ。

 "絶対"なんていうものはそうそう無いしな》

《確かに……そんな甘い世界ではありませんね。

 ただ常に注意を怠らなければ、かなり防げるのも事実です。

 必要以上に敵を作らない事も重要だと考えますが》

《……難しいよな。大切なものを守り抜くのは》

《ジュールの覚悟が固まれば幾らでも協力しますよ。

 私もオモイカネもお二人の幸せを願っていますから》

《そっか……ありがとな》

《どういたしまして》

嬉しそうに話すジュールにダッシュも満更では様子で返事をしていた。

ちなみに仕事中に会話しながらも二人?は順調に報告書を作成していた。

もしこの事をスタッフが知っていれば羨ましいと思うかもしれない。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

地球、木連、火星の内情を書いています。
特に地球連合の政変は重要ですね。この政変で三惑星の未来が大きく変わりますから。

それでは次回でお会いしましょう。




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