僕たちの独立戦争  外伝1
EFF


―――クロノ家の家庭事情―――


クロノは目を覚ますと毎日の日課である子供達の朝食を作るべく台所へと歩き出す。

五感を取り戻した事でクロノは子供達に自分の手料理で食べさせたいと考えて、時間の許す限り食事を作る事にしていた。

「おはようございます、クロノさん」

「おはようございます、マリーさん」

クロノに合わせる様に起きてくるマリーに挨拶をすると二人は作業を開始する。

「今日はプレーンオムレツ中心に洋食を食べて貰おうと思うんですが」

マリーに朝食のメニューを相談する。

「そうですね、お箸を使う食事はまだ早いです。

 まだ慣れていないので、当面はスプーンやフォークで食べられる物を中心にした方がいいかと」

和食と中華を基本にするクロノの献立を考えてマリーは意見を述べる。

子供達の教育係でもあるマリーはクロノに子供達の現在の状況を話す事にする。

「まだ難しいですか?」

「いえ、問題は其処ではありません。

 やはり食事を単なる栄養補給だと考えているようなので、手間が掛かる方法を敬遠しているのです」

箸の使い方ではなく、情操面での問題が根深いとマリーは告げている。

「心の問題ですか?」

「はい、こればかりは時間の掛かる問題ですから」

時間が薬になると良いですがとマリーは話す。

「まずは保護者としての俺達を認識してもらう事ですね」

クロノは当たり前の事を話すが、あの子達にはそれが一番大事な事だとマリーは考える。

「悲しい事ですね。

 普通はそんな事などする必要はないのに」

マリーは白紙のままの状態の子供達に親がいれば当たり前の事を教えていかなければならないのが悔しかった。

「多分、それさえ上手くいけば一気に状況も変わっていきます。

 甘える事さえ出来ない子供が我々を頼りにしてくれるでしょう」

真剣な表情で話すクロノにマリーも頷いていた。

……この日の朝食は子供達は文句も言わずに食べるが食事中は会話も無く静かなものだった。


「アクア……コレ何?」

ラピスはアクアの部屋で一冊の本を手に取る。

「それは絵本ですよ、ラピス。

 あなた達に読んであげようと思って、取り寄せてもらった物です」

「……絵本?」

セレスもアクアの声を聞いてラピスが手にしている本を見る。

クオーツは興味津々といった顔でアクアを見ている。

「さっ、こっちに持って来て、ラピス。

 一緒に読みましょうか」

「……うん」

優しく微笑むアクアにラピスは本を持って行く。

アクアは本を受け取るとラピスを膝に座らして両隣にセレスとクオーツを座らせて絵本を開いていく。

ラピスの頭を撫でるとアクアは二人に話す。

「一冊毎に読んだら交代ですよ。

 次はセレスでクオーツの番でいいですね」

そう話すとアクアは絵本のお話を子供達に聞かせていく。

「僕のお父さんとお母さんはいないの?」

何冊か絵本を読んだ後にクオーツがアクアに聞く。

セレスもラピスもアクアを見つめて答えを聞こうとしている。

(困りましたね。どう答えるべきでしょうか?)

側で控えているマリーはアクアが答え難そうにしている光景を見ながら悩んでいた。

真実を告げてもまだ理解できないし、嘘で塗り固めるのも問題がある。

「…………」

アクアがどう言うべきか迷っていると、

「……いないんだ」

「……パパ、ママいない」

セレス、ラピスが呟き、部屋は誰も口を開くことは無く。

波の音だけが静かに流れるだけだった。

……昼食は更に重い雰囲気に包まれていた。


「……そうか、そんな事があったか」

クロノが食堂で後片付けをしながら、アクアと話している。

「ごめんなさい、クロノ」

きちんと答えることが出来ずに子供達を傷つけた事にアクアは謝っていた。

「アクアの所為じゃないよ。

 こうなる事は解っていたんだ。

 ただ早いか、遅いかの違いだけさ」

「そうですが」

子供達がどこか沈んでいるように思えて、アクアは悲しい顔でクロノを見つめる。

クロノはそんなアクアを見つめると話す。

「いないのなら、与えてやればいいのさ。

 俺達があの子達の親になればいい。

 ちょっと強引な感じもするが、守ると決めたんだ。

 あの子達がいつか巣立つ時まで側にいる事に変わりはないだろう……違うか?」

「いえ、違いません。

 そう答えることが出来なかった私が悪いのです」

アクアが微笑んでいる。

「本当にクロノには教えられますね」

感心するように話すアクアにクロノは苦笑している。

「三度目だからな。いい加減……コツって奴も覚えるさ」

その言葉を聞いてアクアは泣き出しそうになる。

……過去に救える事が出来なかった少女達を思い出させてしまったと。

そんなアクアの顔に手を添えてクロノは零れ落ちそうな涙を拭い抱き寄せて話す。

「大丈夫……まだ悲劇は起きていない。

 起こさない為に俺は此処にいるんだよ。

 だから力を貸してくれると助かる。

 一人で出来る事なんて限られているからな」

穏やかだが力強さを感じさせる声でクロノはアクアに告げる。

アクアもまたクロノの背に手をまわして、想いを込めるようにして告げる。

「ええ、あんな未来など不要です。

 貴方もルリちゃんも子供達も失いはしません。

 一緒に守り育てて、生きて行きましょう」

「ああ、約束だ」

そう答えて、クロノはバイザーを外す。

これから大事な事を話すのできちんと向かい合って話そうとしているのだ。

「さて、子供達を迎えに行くか?

 スコールでも降りそうだからな」

窓の外を見ながらクロノは話している。

『マスター、ラピス達は砂浜にいます』

ダッシュがクロノに話すと、

「じゃあ、迎えにいきましょう。

 私達が家族として生きていく為に大事な事を教えてあげましょう」

「ああ」

『私も協力しますよ、アクア様。

 未来ではラピス一人でしたが、このまま行けばもっと増えるかもしれません。

 たくさん友達が増える事は楽しいです♪』

「あらあら、ダッシュにとってもあの子達は大事なんですね」

『当然』『大事な友達』『うん』『守るよ』

などとウィンドウを開いてダッシュは答える。

喜びを表現するダッシュに二人は楽しい未来になりそうだと思っていた。


「やりきれんものがありますね、チーフ」

少し離れた場所から砂浜にいる三人を護衛するSSの一人がグエンに言う。

「そうだな」

非情な世界の住人だからこそ、ありふれた日常を大事にしたいと思う者もいる。

人体実験を肯定する事はないが、否定する事も出来ない立場だったが、

アクアが救い出した子供達を見て、この島の住人は考えを改める事にしている。

感情を表現出来ずに能面な表情で生きている子供達など見たくはないと感じてしまったのだ。

「倫理観など捨てたと思っていたんですが」

一人の声に側にいた者は苦い顔をしている。

「生きた人形なんて怖いですよ。

 人間相手なら戦う事など怖くはありません。

 ですが人間そっくりの反応をするだけの存在なんてゾッとしますよ」

血を流し、傷ついても感情を見せずに戦い続けるなどホラーに出てくるゾンビと変わらないのだ。

「無人の機械よりタチが悪いです」

「そうだな、まるで悪夢を見ているような気持ちにさせられそうだ」

何の感情も見せずにただ与えられた命令を忠実に行い、人を殺していくなど嫌悪したくなる。

「何を考えているのだろうな、科学者達は?」

「判っているのは科学者達って奴は賢いようで馬鹿が多いって事だな。

 自分で自分の首を絞めるのが好きな連中なんだろ」

「頭が痛くなるのは俺だけじゃないようだな」

「そうだな」

「アクア様は子供達を守りたいと願っている」

グエンは側にいる者達に聞かせるように呟いていく。

周囲に控える者達は真剣な顔で聞いていた。

「俺はアクア様の願いを叶える為に此処にいる。

 あの方が昔のように心から微笑んでくれる事が出来るようにしたいと思う。

 あの方が進む道は険しく……大変なものになるだろう。

 それでもついて行こうと思う」

かつて無邪気に微笑んでいた頃のアクアを思い出して。

グエンはあの頃よりも綺麗で優しい笑顔になっているアクアを大事にしたいと思う。

「協力しますよ、チーフ。

 此処にいる者はアクア様の幸せな姿を見たいと願う者ばかりですから」

「そういう事です。

 俺達はアクア様の願いを叶える為にいるって事です」

「そうか、苦労をかける事になるぞ」

グエンは苦笑して話す。

何も問題なしとSSのメンバーの顔は物語り…笑っている。

「まずはあの子達の笑顔を取り戻す事ですか?」

「そうだな、そこから始めないと。

 護衛をするにも側で控えるのと離れての護衛では不備が多いからな」

子供達の信頼を得る事が最初の一歩だとグエンは告げている。

「……難しいですね。

 厳ついオッサンばかりですから」

その一言がSSのメンバーの心に重く圧し掛かる。

守るべきものを怯えさせてしまっては意味がないのだ。

「アクア様があの子達と仲良くなってもらわんと」

グエンの意見が全てを物語り、アクアに期待するSS達であった。


砂浜に座り込んで何も言わずに海を眺めている子供達を見ながらマリーは考える。

(この子達に必要なのは親でしょう。

 この場合はクロノさんとアクア様がその立場になりますが)

どうやってその事を理解させるかが問題だと思う。

(情操教育を行うにも子供達が信頼してくれないと無意味ですし)

教え育てるのは互いの関係を信頼して行うものだとマリーは考えている。

(心を育てるにはまず甘えられる存在が必要です。

 そこから少しずつ自立出来るように生きる事を理解させながら育てていく。

 ですがこの子達には甘えられる存在がいない……私では無理でしょう)

マシンチャイルドとして望んで生まれたわけではないが、与えられた力を理解できる者が必要だと考える。

(クロノさんとクロノさんの記憶を持つアクア様だけがあの子達の悲しみも苦しみを感じられる筈です。

 痛みと悲しみを分かち合い……そして支え合って生きていく事が出来れば笑顔を取り戻せます)

人は一人では生きてはいけないという事をマリーは知っている。

だからこそ、この子達には家族が必要だと思う。

(生まれこそ酷いものですが、幸せになって欲しいものです。

 いえ、幸せにならねばならないのです……誰よりも)

そう思った時、空から雨が降り出してきた。

「さあ、こっちへどうぞ」

マリーがパラソルを広げて、子供達に告げるが子供達は虚ろな顔で見つめている。

そこへクロノとアクアがやって来る。

「たまには雨に打たれるのも悪くはない」

雨に打たれながらクロノが話すとアクアも、

「そうですね、そんな日があってもいいでしょう」

二人はは子供達の前に向かうと、膝をついて視線を合わせるとクロノは告げる。

「お前達にお父さんとお母さんはいない」

その声に子供達は身体をビクリを震わせる。

アクアはその一言を聞いてクロノに顔を向けると、そこには真剣な顔で話すクロノがいたので黙って聞く事にした。

クロノも酷い事を行っていると思うが、荒療治が必要だと考えている。

(昔の俺にはこんな事は出来ない、だがこの子達が傷つく事を覚悟した上ではっきりと告げる事が必要なんだ)

優しいだけのアキトではこの先を守れないのだ。

クロノとして得た力で守りたい。

身体を震わせ、顔を俯かせている子供達。

傷ついているだろう……だけど解って欲しい。

そんな想いを込めてクロノは大事な事を告げる。

「だけどこれからは違う」

クロノの声を聞いて三人は俯いていた顔を上げて見つめる。

「今日からは俺とアクアがお前達のお父さんとお母さんになる」

その言葉に三人は目を見開く。

「……パパ、ママ」

セレスが呟く。

「ああ、お前達が嫌だと思っても俺達は家族として一緒にいる」

「家族……」

ラピスもぼんやりとしながら呟く。

「ええ、いつか私達の元から巣立つ時まで守ります」

「お、お父さん、お母さん」

震える声でクオーツも呟く。

「ああ、俺達は今日から家族として一緒に生きていくんだ」

「ええ、幸せになる為に」

二人は微笑んで告げると、三人を抱きしめる。

子供達は二人にしがみつくと声をあげて泣き出していく。

心の赴くままに感情をあふれ出すかのように。

「いいのよ、いっぱい泣きなさい。

 そして笑い合えるようにしましょう」

マリーは静かに見守っている。

グエン達もその光景を見て上手く行くだろうと思って微笑んでいた。

(此処からが始まりです。

 この子達が人として生きていく為の最初の一歩を踏み出していくのです)

こんな事があるのなら雨に打たれるのも悪くはないとマリーは思う。

(全部洗い流してしまえばいい。

 悲しみも苦しみも全部。

 そして幸せになればいい)

誰よりも幸せになれるとマリーは思う。

痛みを知り、悲しみを知るクロノがいて。

家族の大切さを誰よりも知っているアクアがいるのだ。

(ええ、幸せになれますとも。

 私も及ばずながら力をお貸しします、アクア様)

雨に打たれながら泣き続ける子供達を見ながら、マリーはこの先にどんな事があろうとも守ってみせると誓う。

一つの家族が生まれた瞬間を見届けながら。

……この日の夕食は言葉こそ無かったが、子供達は嬉しそうにクロノの作る夕食を食べていた。










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EFFです。

なんとなくクロノ達家族の在り方について考えを巡らして書いてみました。
時系列では第五話直後になると思います。
本当は日常を書こうと思いましたが、ラピス達がクロノに懐いていく様子を書くのも悪くはないと思い書きました。
日常についてはまた書くかもしれませんが、このワンシーンは非常に重要だと考えまして。
子供の幸せを願う者がいる。
ラピス達にはそんな人間がいなかった。
だけどこれからは違うという事を書きたかったのかもしれません。

それでは本文でまたお会いしましょう。


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