「また君に借りが出来たな」
『そんな事言っても返す気はないんでしょう。
 ただ、情報公開法に基いて資料を送りましたが……何処まで信じているかは不明です』
「……そうだな」
『どうもガードが固くなっていますから、気を付けてください』
「問題ない」

それだけ告げると受話器を置いて、書類仕事を続ける。
そこに冬月が険しい顔で執務室に入ってくる。

「なんだ?」
「日重の件だが、内部に潜入していた者からの連絡が途絶えた」
「なに?」
「セキュリティーが強化されて中枢部が閉鎖式になった、と赤木君からも報告があったから諜報部を動かしたが失敗した」
「何故だ?」
「戦自の諜報部が介入したのかもしれん。
 赤木君が話していた新型機の開発に梃入れしたのが日重なら、戦自も情報漏れを心配したんだろう」

先ほどの電話の指摘にゲンドウは苛立ちを覚える。
どうも諜報部は失態が続いているように思える。自分のシナリオ通りに進まないというのは不愉快で仕方ない。
だが、駒が使うしかないのも事実なのだ……自分が動くなどという危ない橋を渡る勇気などゲンドウは持ち合わせていない。
ゼーレは延命装置で約束の時まで生きようとする生き汚い連中であり、ゲンドウは人が怖いから自分に従う駒だけを集めた臆病者、どちらも自分の持つ駒を使う しか手段はなかった。

「どうする、もう一度させるか?」
「ああ、特殊監査部を使う」
「失敗した時の言い訳も考えんとな」
「そうだな」
「まだ簡単に切り捨てはしないと思うが気を付けんと」

冬月の言葉が暗い執務室に響き渡る。
自分達の有用性は理解しているだろうが、失敗を許しはしない連中だけに事態は深刻なものになる。
まだ終わらせはしないとゲンドウは思う……再び、ユイに逢うまでは死ねないと。


RETURN to ANGEL
EPISODE:8 日重へようこそ
著 EFF


「生き汚いわね……死んでいれば良いものを」

ケンスケの登校にリンが発したコメントはそれだった。

「そんな言い方しなくてもいいだろ」

憮然とした顔でケンスケはギブスを左手と右足に付けた状態で反論する。
痛々しい姿だがクラスメイトの視線は同情の欠片もなかった。

「自分の都合でシェルターの人間を全て巻き込んだ火遊びをして言いたい事はそれ……度し難いわね」
「それは悪かったと思うよ……だけど、死ねはないだろ」
「正直、警告したのに自分勝手に戦場に出たから踏み潰したかったのよ。
 うちの作戦部長は偽善者だから、アンタを助ける為にプラグ内に入れろとか言われそうだったの。
 そんな事をすれば……勝てなくなって敗北するとこだったのにね」
「そ、そうなのか?」

嫌そうに話すリンに、どこか悔しそうに話すケンスケ。
コクピットの中を見られるチャンスだったのかと残念がっている様子みたいだ。

「いい気なものね……敗北イコール死なのよ。そこを理解してるの?」
「あ?」

指摘されて、吹き飛ばされて死に掛けた時の事を思い起こして顔を蒼白にする。

「全然、反省してないじゃない。また出てきたら今度は遠慮なく踏み潰すわよ」

リンはケンスケを一瞥すると完全に無視するように自分の席で本を読み始めた。
一向に反省してないケンスケに見切りを付けた瞬間だった。

「ケンスケ〜〜、もう少し反省せいや」
「相田君、もう少し反省してよね」

トウジとヒカリが注意するがクラスメイトは冷ややかな目で見つめるだけだった。
何処か白けたムードの漂う教室だった。


明かりが消えている部屋に入ってパソコンの端末の電源を入れて画面を確認する男。
その手にはCD‐ROMが握られて、パソコンにプログラムをインストールしようとしていた。

「よし、ここか「そこまでよ、動くと殺すわよ」……」

日重に忍び込んでリツコ謹製のウィルスを撒こうとしていた特殊監査部部員に軽やかな声で制止を告げる人物が居た。
慌てて振り向こうとした瞬間、凄い勢いで壁に叩きつけられる。

「しょうがないわね……動くなと言ったでしょう。人の言葉通じないわけ」

サイレンサー付きの銃を取り出して相手に向けた瞬間、銃を持った右手が弾かれて……凄まじい激痛が走った。

「ガ、ギギィャ―――!!」

銃ごと、手の甲を踏み潰されて悶絶する。信じられない力で自分の掌を潰されて言葉にならない叫びを上げる。
利き手の右手の掌は完全に潰されて手首から先は辛うじて形になっているだけ……激痛に耐えながら床を這うようにして距離を取ろうとするが、

「そこまでにして頂けますか。床のお掃除が大変ですから」

男の命より床の清掃が大変だと言うノンキな声に慌てて声に方向に顔を向ける。
そこには二人の女性が柔らかな笑みを浮かべて見ている。

「ドブネズミの血って洗い流すの大変なんですから、気を付けて下さい」
「そうそう、後始末をする清掃員のオジサン達に迷惑だよ」
「そうね、ちょっと失敗したわ」

ゴメン、ゴメンと謝罪するが視線を外さずに注意を怠らない相手も……女性だった。
サングラスの所為で目を見る事は出来ないが、見事なまでの輝くような金髪が目に映る。
髪の毛一本一本が瑞々しいばかりの生命力を溢れさせるように光彩を解き放ち、穏やかな笑みを見せる口元だけで美人だと感じてしまう。
覇気があり、自分よりも遥かに実力と持っているみたいだと埒もない事を考えてしまう。

「聞きたい事があるけど……素直に話してくれると楽になれるわよ」
「断った場合は、別室で愉快な人体解剖講座になります」
「正直さ、ドブネズミの解剖なんて飽きたんだよね」

「き、貴様ら……こんな事して「ただで済むわよ。どうせアンタはここで死ぬから後の事は関係ないの」……」

平然と自分の最期を告げられて男は沈黙する。

「ちなみにアンタの同僚は……10分持たなかったわ。
 あんたはどのくらい持つか、試してみようか?」
「ま、待て」
「一応ね、背後関係は知ってるから生かしておく意味もないのよね。
 あのヒゲの命令で来たネルフの特殊監査部の人でしょう……JAの起動式典にちょっかい掛けるのも知っているの。
 諜報部が役に立たないからヒゲが自分の駒を使おうとしたけど、ダメなものはダメなのよ」

全部知られていると知って愕然とする。いったい何処から情報が洩れたのかと考える。

「一応、背後関係も判った事だし、そろそろ逝こうか……林田ススムさん」

何も話していないのに本名まで知られていると気付いた瞬間、林田の意識は途絶えた……目の前の女性が手を翳したのが、林田が最期に見た光景だった。

「これで害虫駆除は完了ね」
「そうですね。ネルフ、ゼーレの関係者の掃除は終わりました」
「後は保護した彼女達にファントムの操縦訓練くらいかな」

液状化した林田を瞬時に気化させて、衣服ごと完全に消滅させる。
床に残っていたのはアンチATフィールドの範囲外にあった僅かな血痕だけだった。

「マナって子は筋が良いから教え甲斐があるわね」

楽しそうに金髪の女性が訓練生の一人の出来具合を話すと、

「言っておきますが……スイッチ入れるのはダメですよ」
「そうだよ。マナって子はリンちゃんと違うから……簡単に壊れるよ」
「……あのね、確かにリンはゼルと一緒に鍛えたけど、壊す気なんてないわよ。
 あの子はすぐに練習をサボってシンジの元で遊ぶからお仕置きを兼ねてハードにしたの」
「つまりシンジ様を独占出来ないから妬いたと?」
「…………」
「図星だね……少しは僕達にも貸して欲しいね」
「全くですね。シンジ様と一緒にショッピングというものを一度体験したいですね」
「あ〜〜僕もそれやってみたい」

不満そうにシエルとサキが話す。
自分達を新生させたシンジは父であり、絶対的な存在なんだが、そんな素振りはなく……穏やかで優しく受け入れてくれるから、リンのように甘えてみたいと常 々思うのだ。

「と、ところでラミは?」
「屋上でシンジ様と……不味いです! 抜け駆けされたかも」
「意外と抜け目無いな……僕達が害虫退治してる隙にシン様に甘えるなんて」
「さっさと行くわよ。こんな場所で口論なんてしてる場合じゃないわ!」

三人は慌てて日重の本社ビルの屋上へとディラックの海を展開して瞬時に移動する。


――少し時間を遡る。

「いい天気だ。やっぱり青い空はいいね」

雲一つない青空を見ながら、シンジは側にいる赤い瞳でプラチナブロンドで腰まであるストレートヘアーのラミエルに話す。
隙がないという雰囲気を感じさせる、どこか硬質な感じがする二十代の女性で屋上から周囲を見渡しては手を翳して……圧縮したATフィールドの弾丸を数発、 発射した。弾丸は全て特殊監査部の車両を貫き、全員を即死させていた。

「シン様、正座で座って」
「どうかしたの?」
「いいから……お願い」

お願いと言われてシンジは意味は判らないがラミエルの言う通りに正座する。
ラミエルは周囲を確認するとシンジの膝を枕にして……俗に言う膝枕を堪能していた。

「これ……気に入った。リンにしてるのを見た時から一度してみたかった」
「……嫌な予感がするから離れてくれると嬉しいんだけど」

こんな光景を彼女に見られたら間違いなく……デッドエンド?だと思うシンジは膝枕を満喫中のラミエルにお願いする。

「……ダメ。これは仕事に対する正当な報酬」
「それは何処から知ったの?」
「ゴ○ゴ13から」

伝説のスナイパーの漫画からと言われてシンジはツッコムべきか悩んでいる。
ATフィールドを一センチくらいの弾丸に圧縮して放つは、加粒子砲を放って敵を狙撃する。
シンジを除いた彼女達の中では最高の狙撃の名手なのだ……はまり役すぎてコメントし辛いものがある。

「シ〜ン〜ジ〜〜何をやっているのかな?」
「う、羨ましい――僕もして欲しいよ!」
「……ラミ、替わって下さい」

「……ダメ。これは仕事に対する正当な報酬だから」

三人を一瞥したラミエルは三人の視線を無視してシンジの膝枕を堪能し続ける。

「は、針の筵だ……誰か、僕を……助けてよ」

嫉妬の視線に焼き尽くされるとシンジは思いながら、一時間以上耐える事になる。
とりあえず彼女には逆バージョンで疲れきった魂を癒してもらい、私だけの特権という事で納得してもらった。
サキとシエルの二人には後日膝枕をするという事で一応の決着を着けるまでシンジは心休まる時はなかった。

そんな訳で日重はシンジ達によってネルフ、ゼーレの影響を受けずに今日も仕事に励んでいた。


「シンジさ〜ん……どうかしたんですか?」

疲れきった顔で現れたシンジ達に霧島マナは不思議そうに尋ねる。

「な、なんでもないよ」
「そうよ……マナはいつも通り今日のノルマをこなせばいいわ」
「……い、いつもラブラブですけど、今日は鬼気迫るものがありますね」

シンジの腕を取って笑顔で話しているが、その目は笑っておらず……周囲を常に警戒している。

「この頃ね、うちの旦那が隙だらけで困るのよね」
「……はぁ〜〜いや、そうはいうけどね、なんていうか……まだ幼いんだよ。
 だから甘えてみたくなるんだと思うよ」
「そのうち……押し倒されるんじゃない。あなたって、みんなには甘いからドンドン流されていく気がするんだけど」
「それはないよ。僕が愛しているのは君だけだよ。あの子達は家族だよ」
「分かってはいるけど……不安なのよね。特に文化とか、吸収しているから。
 まあ……最悪の時は俗に言うハーレムエンドってやつかしら」
「無難にみんな仲良く出来ればいいけど……そんなふうになるのかな」
「みんな、ベタ惚れよ」
「そうかな〜〜?」
「やっぱり、あなたって鈍感なのよ。ストレートに告げられないと気付かないタイプね」
「そうかな〜〜でも、君が一番なんだけどね」
「それは知っているけど、女心は複雑なのよ」

ベッタリとシンジの腕に擦り寄りながら、愛してると言われて満足している。

「あの〜〜彼氏がいない女の子の前でイチャつくのは……」

好きだの、愛してるだのという愛の告白みたいなものを目の前で展開されて、マナは困惑している。
この展開が進んで更にキスシーンに発展するのを見るのは……やってらんない〜という気分にさせられて訓練に身が入らなくなるから勘弁してがマナの願いだっ た。

「ムサシ君とケイタ君はどうなの?」
「ただの友達ですよ」
「そ、そうなのかい?」
「ええ、そうですよ」

マナの後ろにいる二人の少年――ムサシ・リー・ストラスバーグと浅利ケイタ――はガックリと肩を落として聞いている。
他の訓練生の少年、少女も「ふ、不憫な」などと思いながら本日の訓練スケジュールの確認の為に集まってきている。
ここに居る子供達は戦略自衛隊の陸上戦艦トライデントのパイロット候補生であった。


シンジ達はまず日重のJA開発者の時田シロウに接触して、公開されたエヴァの資料がダミーである事を告げ……本当のスペックデーターを時田に見せた。
憤慨する時田にシンジは技術提携の話を持ちかけ、JAの強化をしないかと相談する。
半信半疑の時田にシンジ達は自分達が持つ技術(未来技術)の一端を見せつけた。

「じょ、常温超電導バッテリーに超電導システムだと……こ、これは何だ?」
「マッスルパッケージ――電流を流す事で収縮する金属製の筋肉ですね」
「し、信じられない…………こ、こんな技術があるなんて」

十年いや二十年は先に進んでいると時田は考える。
これだけの技術を持ちながら、何故自分達に提供するという疑問が時田の胸に沸きあがる。

「……予算が足りなくなったんで、このまま行けば倒産ですね」
「ば、馬鹿な? 公表すれば、一気に予算は獲得できるはずだ」
「それはダメなんです。何処かの企業の傘下に入りたくないんです……自由な発想が出来なくなると開発者が言うんです。
 スポンサーの意向には逆らえないのは何処の企業でも同じでしょう。
 自由にやりたい事をしたいって言うんですよ」

シンジの言い分は何となく理解出来る。
時田にしても一技術者として研究したいものはあるが、予算を出す上層部が駄目と言えば研究は出来ないのだ。自由な発想で研究だけをしたいという我侭は社会 では通らないのも事実だ。

「…………何となく言いたい事は分かった。だが、何故ウチなんだ?」
「海外の企業はちょっと問題があるんです」
「問題とは?」
「今、世界経済を動かしている連中はネルフの黒幕でもあるんです。この技術を出来る限りネルフに渡したくないんです」
「ネルフか……傲慢で勝手な連中だな」
「ええ、セカンドインパクトを実行した連中の出先機関でもあります」
「な、なんだと!?」

シンジは衝撃の事実を口にすると、聞いていた時田も愕然とした顔になっている。

「セカンドインパクトはある実験の結果なんです。
 奴等はセカンドインパクトの混乱を利用して世界の実権を影から握り、使徒を復活させてサードインパクトを行うんです。
 ネルフはサードインパクトの阻止と謳っていますが、それは17番目までの使徒によるインパクトの阻止。
 そしてその後に18番目の使徒である人類によるインパクトの実行が目的なんです」

と、とんでもない事を聞いてしまったと時田は考えている。

「わ、我々、人類も使徒なのか?」
「ええ、そうですよ。使徒と人類は構成素材は違いますけど遺伝子配列は99.89%まで一致してます。
 エヴァンゲリオンは使徒の細胞を培養して生み出した人造使徒です。
 ネルフとその上位組織の人類補完委員会は人造使徒を用いたインパクトによる全人類を巻き込んだ集団自殺を計画中です」

眩暈がしたのか……時田は足元がふらついている。

「僕達はそれを阻止したいんですが……公表しても口封じされるのがオチなんで裏から手を回しながら活動中です。
 時田さん、一口乗って頂ければ今お渡しした技術は……パテントの一割を頂ければ後はご自由にお使いください。
 必要でしたら製造方法もお渡ししますので」
「い、良いのかね……これだけの技術を一割で譲るなんて」

リスクはあるが莫大な富を得られる技術でもある。
製法も発表し、量産すれば人類の明るいに未来に貢献でき、歴史に名を遺せる可能性もある。

「構いませんよ。
 我々にとってはその技術は初歩なんです……既にスーパーソレノイド機関、通称S2機関の実用化に取り組んでますから」
「え、S2機関だと?」
「無限の動力炉であり、使徒のエネルギー源です。
 今はまだ大型で制御も困難ですが、最終的にはナノマシンクラスの超小型で実用化しようかと計画中です」

眉唾物の話だが彼らの技術力を持ってすれば可能かもしれないと時田は思う。
科学者として、それなりの見識を持っている時田の想像を上回る技術を見たので侮れないと感じている。

「ネルフのエヴァンゲリオンが五分しか活動できないのもS2機関が作れないからなんです。
 セカンドインパクトは第一使徒アダムのS2機関を暴走させた結果ですからね。
 必要ならば時田さんだけには全ての真相をお話しても良いですよ」
「何故、私を選んだ?」
「あなたのJAは人類の希望から生まれた物だからです。
 ネルフのエヴァンゲリオンは老人達の妄執という悪意から誕生したからでしょうか」

そう言ってシンジは笑みを浮かべて右手を差し出す。時田はその手を拒むように苦々しい顔で告げる。

「私は希望だけで作った訳ではない……欲望もあれば、自分の為という傲慢な部分もある。
 JAとて兵器として運用されれば、誰かを傷つけ、奪うものになる」

実際にJAは戦闘用に変更されつつある。内心では苦々しく思うも自分の名が世間に出る事を時田は嬉しく思っている。

「それでも誰かの為に、そして人の未来に光があると思うから希望という言葉を緊急停止パスワードにしたんでしょう。
 誰だって欲望はありますよ。問題はその欲望に悪意がない事が重要なんです」
「君は迷いがないんだな……差し出した手は全然、揺らがない」
「信じていますから(これは嘘だけどね)」

シンジ達は人類に対して何も期待していない。要は自分達に迷惑を掛けなければ好きにしていいと考えている。
ネルフに対する嫌がらせと日本政府と戦自へのコンタクトを日重という組織を隠れ蓑にして行いたいだけである。
一応、日本はネルフの……ゲンドウのお膝元だから面倒事を避けたいというのが本音だ。
無償では時田に悪いと思い、そして変に警戒されると困るから自分達の持つ技術の中でもいずれ人類が実用化出来そうで自由に応用が効きそうな物を提供しただ けである。

「君には負けたよ……ネルフが行うサードインパクトとはどういうものだい?」
「アンチATフィールドを地球全土に展開して地球上に棲息する生命体を全て分解して一つに統合する狂気の産物です」
「……とんでもない話だな。まさに集団自殺だ」
「他人の心を混ぜて人の欠けた心を補完するなんて話してますが、老い先短い人間が死ぬのが怖いからみんな一緒にって」
「ふざけた話だ」

シンジと握手しながら時田はこれからどうするのか考えている。

「戦自の方を紹介して頂けませんか……この技術を使ったJAUを売り込むという名目で。
 彼らもネルフに対して警戒して、エヴァに対抗する兵器を製作していますから」
「ウチをパイプにして戦自に情報提供かね」
「それもありますが、助けたい子供達がいるんです」
「なんだね、それは?」
「陸上戦艦トライデントという機体のテストパイロットは15歳以下の少年兵なんです。
 ネルフのチルドレンに対抗するつもりなんですが、表沙汰になれば大変な事になるんでJAUのテストパイロットとして」
「借りるという名目で保護すると言うんだな……仕方ないな、協力しよう」
「やっぱり、あなたを選んで成功でしたよ。
 ネルフの傲慢な畜生司令と違って、人の道を歩んでおられる」
「あんな男と比較されても、ちっとも嬉しくないが」

時田は苦笑しながら比較対照としてもっとマシな人物にして欲しかったと思う。

「当面は我々で日重の周りを綺麗に掃除します。民間ですからネルフのドブネズミが山ほど居ますから」
「セキュリティーが甘かったか……気を付けてはいたんだが」
「ネルフにはマギがありますから、ネットワーク関係は閉鎖的にしないと筒抜けです」
「やれやれ、情報を公開しないからこちらの備えが不十分か」
「ある程度の情報は押さえていますので掃除はこちらに任せて下さい。
 何人か、訓練生の教官として交代で待機させますので」
「君はここに待機しないのかね」
「人手不足で交渉役として引っ張りダコなんです」
「それは大変だ。そう言えば、うっかりしてたな……君の名と組織名を聞いても良いかな」

機密だからダメもとで時田は尋ねてみる。

「シンジと呼んで下さい。組織名は……スピリッツと申します」
「スピリッツ……魂か」
「そういう意味もありますが、昔からフロンティアスピリッツとかチャレンジスピリッツと言うじゃないですか」
「何か新しい事を始める意欲という意味合いもあるんだね」
「諦めずに挑戦するという魂があるからこそ人類は生き残ってきたと思うんです」
「確かにそう思うな」

挑戦してきた先人が居るからこそ科学は進歩したと時田は常々思っているのでシンジが言うスピリッツも悪くないと考える。
この後、時田の協力を元にシンジは日本政府と戦自とのパイプを繋ぐ事になる。
戦自はネルフに対しての情報を欲していたので、シンジから得られた情報は非常に重要だった。
だが、ここで問題が起きた。彼らが得た情報は内調から齎された物でネルフの上層部に食い込んだ人物から得た精度の高い情報だった筈だったのだ。

「ああ、その人物は四つくらい草鞋を履いている浮気者で……確か、加持リョウジでしたね。
 彼は内閣調査室、ネルフ特別監査室、碇ゲンドウ個人の狗、そしてゼーレのエージェントですよ」
「ゼーレとはなんだね?」
「先ほど説明したサードインパクトを目論む秘密結社です。
 現在は人類補完委員会を隠れ蓑にして裏からネルフを操りヨーロッパを中心にした組織で国連内部にも巣食っています。
 ちなみに戦自内部、日本政府にもその手は及んでいますよ」

シンジの証言と渡されたリストより内偵した戦自の諜報部はこのリストが本物だと知り……愕然としていた。
上層部から末端に至るまで完全に自分達の内部に巣食っている事が判明したのだ。
ゼーレの影響下にない戦自高官はシンジの情報を基に完全な大掃除を決行すると同時にシンジに更なる情報を提供して欲しいと依頼する。
シンジはエヴァに対抗する機体としてJAUの生産の協力を要請する。
戦自としてもネルフに対する戦力は確保したいのでシンジの要請は渡りに船だった。
情報提供に対しての見返りとしてシンジは戦自が企画していた陸上戦艦トライデントのスタッフ全員の派遣を願う。

「少年兵というのは後々問題になります。
 表沙汰になる前に我々がテストパイロットとして民間協力という形で引き取りたい」

これには戦自の高官も自分達の弱みを握られる事に難色を示すが、

「一機分の予算は要りません。彼らを買ったとお考え下さい。
 無論、きちんと口止めしますし、テストパイロットとして教育後、彼らが望めば復帰させるという事でどうでしょうか。
 それに表沙汰になれば……責任は裏切り者に押し付ければ良いじゃないですか」

この言葉に建造予算分が浮くと同時に敵対組織の人材の排除という利点を考慮してシンジに情報をマスコミにリークさせた。
その結果、マナ達は日重でテストパイロットとして訓練しながら、安全を保障された毎日を送っている。
危険な思想の人材を排除して、正しき軍隊になる為に一から出直すと戦自は表向き公表して実行している。
市民も内部告発という形で自分達の手で患部を切り開いて、痛みを伴って改革するという意思を見せる戦自の姿には市民もそれなりに感心している。
同時にシンジは日本政府内のゼーレ関係者の癒着事件や汚職事件を公開して世間の目を戦自以外に向けさせる。
戦自諜報部と内閣調査室は同調して国内の大掃除を実行する事で戦自は自分達の注意を世間から逸らし、内閣調査室は政府内の自浄を計画して実行に移す。傀儡 政権など不要という意見が大勢を占めたのだ。
これによってネルフ、ゼーレの目と耳は確実に削がれ、日本国内でのゲンドウの謀略は思うようにならなくなる。
また加持リョウジの存在は内調では軽く見られる事になり、その存在は重要視されず監視対象に変わっていく。

「あなたって意外と策略家というか、謀略が得意なんじゃない」
「う〜ん、これは才能なのか……受け継いだのかな」
「良かったわね、お母さん似で」
「……中身は腹黒って言いたいの?」
「さあ〜〜どうかしら♪」
「…………」

愛する妻の一言にシンジはしばらく落ち込んだ事は言うまでもなかった。
落ち込んだシンジの姿が可愛い人♪と彼女が思った事は……誰も知らない。


リンとレイの二人はシンクロテストで本部に来ていた。
シンクロテスト自体は無意味なものだとリンは感じているがレイに付き合って受けているだけだった。
ゲンドウがレイに余計な事をしないように監視しているというのが本当の目的かもしれない。
まだ諦めずに往生際が悪いと常々リンは思い、冷ややかな目で見つめている。
シンクロテスト後のミーティングでリンとレイは歓談している。

「コアなんだけど殆んど壊れていないのよね。あれってリンの仕業?」
「そうだよ。四号機用のサンプル必要でしょうから破損を最少にして残したの」
「でも良いのかしら……ネバダが消滅するわよ」

四号機の起動実験イコールネバダ支部がディラックの海に沈むという事であるから、リツコの気持ちは複雑だった。

「ああ、その点は大丈夫。お父さんとママが既にネバダを制圧してるから」
「どうやって……支部全体を何事もなく制圧するなんて尋常な手段じゃないわね」
「簡単だよ。バルディエルとイロウルの力があれば、支部一つくらい難しくないよ」
「侵食型とナノマシンサイズ……で人をロボット化したの?」

人間を人形化して基地一つを完全に支配下に置く事くらい、今のシンジには簡単に出来そうだとリツコは考える。
リンから聞いた話ではシンジは他人がどうなろうと気にしないし、無関心な人物に近いはずなのだ。
ネバダの支部の人間の安否が多少は気に掛かる。

「そこまで物騒な事はしないよ。
 一応、普段は普通に生活してるし、お父さん達の事を同僚の一人だと思うようにしただけ」
「つまり、普段はネルフの支部だけど……実際は違うのね」
「そ、でも作業効率は大きく進歩しているよ。
 マギコピーの性能は格段にカスタム化しているし、エヴァ四号機の素体はかなりバージョンアップしてるよ♪」
「……支部は消滅させるの?」

レイはリンに最大の問題を問う。
ネバダ支部の職員全員がディラックの海に沈むのかはレイもリツコも気になっている。

「避難させるよ……ゼーレの関係者は対象外だけどね」
「……そうなの」
「うん、みんな、人類の為に頑張っているから巻き添えにする気はないって。
 とりあえず安全な場所にディラックの海で移動させて、真相を話して全部解決するまで避難してもらう予定。
 その為に使徒の細胞を一回だけ使えるように浸食型を使ったの」
「浸食型で一時的にATフィールドを展開出来るようにするのね」

ATフィールドを展開する事は人には出来ない事をリツコは知っているから、シンジが浸食型を使用した意味に気付く。

「そういう事だよ。四号機はこっちで頂く予定なの♪」
「不完全なS2機関だけど……良いの?」
「エヴァって元々S2機関は不完全だけど搭載されてるよ」
「なんですって!」

無いから電力で動かしていると考えていた。
初号機はリリスのコアを移殖したから不完全ながら動けると予想していたのにリツコの予想は外れていたので驚いている。

「生物としての本能は在るけど……自律する為の魂が無いから起動できないし、不完全な物を自分で再調整出来ないから。
 ちなみに人ひとりの魂では力が足りないから起動は不可だけどね。最低でも二人は必要だと思う。
 初号機は休眠状態の使徒リリスの欠片と碇ユイがいたから不完全ながら動くの。
 四号機はタブリスがベースの汎用コアの試作が使われた、けど覚醒前で自我は無く、不完全な生命の実で暴走した。
 ディラックの海で生き残る為にママと同化して、その結果二つの魂が一つになって起動したの」
「自我が在れば……どうなったの?」
「当然、ママの魂は不完全な使徒に食われて補完されて新しい使徒が誕生した筈だよ。
 自我が無いからママは喰い尽くして自分の魂に組み込んだ……ホント、ママって凄いよね」

呆れるような感心するような言い方でリンは母親のタフさと誕生秘話を話している。

「四号機はアダムの細胞から培養されたし、アダムの分身のタブリスもいた。
 多分、危機的状況じゃなかったらママは喰われていたけど、ディラックの海で生き残るっていう意志に惹かれたのかも」

喰い尽すという形ではなく、生き残る意志に惹かれて同化したのではないかとリツコは思う。
生存本能という言葉があるように人の生き残ろうとする意志に本能が共鳴したのではないかと考える。

「……紙一重だったのかもしれないわね」
「おかげで私は生まれたから感謝しているよ♪」

その結果、自分が生まれたとリンは誇らしく胸を張っている。

「使徒は自分の子を産む事は出来ないけど、お父さんとママは奇跡に近い形で誕生した。
 どちらもまだ生殖機能はあるし、ママの身体をベースにみんなは新生したからその気になれば増えるかもね」
「……群体として不完全なリリンじゃなく、群体でも完全なリリンなのね」
「そうだよ……食事は必要ないけど娯楽だし、エネルギーも特に必要ないから必要以上に増やさなければ問題ないね」
「独立した生態系ね……本当に興味深いわ」

人類の抱える問題は彼らには関係ないのだ。あくまで人の形を採っているだけで全部自分達で賄える存在なのだ。

「レイお姉ちゃんは今、分岐点にいるの」
「分岐点?」

不思議そうにリンの言葉に首を傾げているレイ。

「旧使徒と人の二つを兼ね備えているのがレイお姉ちゃんなの。
 お父さんは多分、最後に選択を求める……人として生きるか、新生して使徒として生きるかね」
「私が決めるの?」
「レイお姉ちゃんの生き方はレイお姉ちゃんが決めないとね。
 リツコお姉ちゃんも……協力してくれるからどっちか選択出来ると思うよ」
「私もなの?」

レイが考え込む様子を見ていたリツコはリンからの申し出を再確認した。

「でも良いの……不安材料にならないかしら」

リツコが将来シンジに敵対する可能性もあるかも知れないのに力を与えると言われて、何か裏が有るのかと思ってしまう。

「リツコお姉ちゃんってポーカーフェイスだと思っているけど結構分かりやすいよ。
 なんて言うか……表情は変わらないけど、雰囲気で丸分かりって事が多々あるんだけど」
「う、うそ……」
「ホント、負けず嫌いだし、オバサンみたいに叫んだりしないけど……ねぇ。
 正直、謀り事には不向きだね」
「…………」

苦笑するようにリンが告げる。リツコにしてみれば、そんな筈はないと思うが……良く考えると不安になる。

「だって……レイお姉ちゃんにも不機嫌な時だと気付かれてるよ」
「良く見ると分かる」
「…………」

レイにまで知られていると言われてちょっと凹んだリツコであった。

「ロジックじゃないよ……案外、感情的に動いていない?」
「…………」

前回の行いを考えると論理的というより嫉妬に目が眩んでいた事もあったので即座に否定できない。

「でも……そんなリツコお姉ちゃんが大好きだよ♪」
「あ、ありがと(そ、そんなこと言わないで! そ、そんな趣味はないのよ!!)」

ガキじゃあるまいし……どうして頬が火照るのよと心の中で叫ぶリツコだった。

「もししたらJAの記念式典でどっちかに会えるかもね」
「そ、それは楽しみな事になりそうね」
「……碇君がいるの?」
「それは分かんないけど……誰かは待機しているよ」
「他にもいるの?」
「今は三人……かな。サキエル、シャムシエル、ラミエルお姉ちゃん達♪」

楽しそうに話すリンにレイは本当に使徒が新生して存在していると知って吃驚している。

「記念式典が楽しみね……何が起こるか、期待出来そうね」
「私も行きたいけど、レイお姉ちゃんと留守番ね」
「……問題ないわ」

レイはリンと一緒に留守番なら次の機会に会えば良いと思う。要は時間はタップリあると考えたのだ。
リツコはJAの記念式典が前回とは全くの別物になると思うとワクワクしていた。
人が作り出したという訳ではないが、エヴァとは別の形で使徒に対抗できる機体を見るのは楽しみだった。










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どうもEFFです。

好き勝手やっているシンジ達です。
協力者にはそれなりのメリットがあるから、ある意味最後にはゼーレにとって変わる存在になるかもしれません。
まあ、それはそれで面白いかもしれません。
介入はせずに世界の危機に対して現れる秘密結社スピリッツ……なんかイイかも。

ま、まあ、そんなこんなで次回もサービス、サービス♪



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