校長室の扉をノックしてケンスケは恐る恐る入室する。

「し、失礼します」

中には校長先生ともう一人ケンスケの知らない女性がいた。

「一応自己紹介するわね……特務機関ネルフ技術部部長、赤木リツコよ」

ネルフの名前を聞いて身構える。アスカやレイの隠し撮りの一件で抗議かと判断したのだ。
リツコの目配せに校長が部屋から出て行く。

「本題に入るわね。
 本日、あなたに会いに来たのはエヴァンゲリオン参号機のパイロットのスカウトよ」

その言葉にケンスケは自分が選ばれたと知って喜ぶ。

「やらせて頂きます! 是非、世界平和に貢献させて下さい!」
「ただし条件があるわ」

冷ややかな目でケンスケを見つめるリツコに気付かずにケンスケは即座に聞く。

「な、何でもやりますから!」
「あなたがチルドレンの隠し撮りをしている危険な人物だという事はこちらの調査で判明しているわ」
(ア、アイツの仕業だな)

リツコの指摘にケンスケは赤木リンの事を思い浮かべて余計な事をと考える。
自分のした行為を省みないケンスケだった。

「正直、機密情報を勝手にばら撒く君をパイロットにするのは私は反対なのよ。
 内部を勝手に隠し撮りして機密を外部に持ち出す可能性もあるし、自分がパイロットだと周囲に喋る事も考えられるしね」
「こ、今後はそういう事をしません!」
「言葉だけじゃ信じられないわね。
 情報漏洩は軍事組織にとって最大の禁忌だから」
「絶対にしませんから! 僕をパイロットにして下さい!」

深く頭を下げて頼み込むケンスケにリツコはすぐに忘れて話すだろうと考えている。
まだ子供で精神的に未熟過ぎるくせに小手先の誤魔化しは上手な人物だと分析している。

「……まあ、いいわ。
 とりあえずお父さんと相談してチルドレンになるかどうか決めなさい」
「こ、今後ともよろしくお願いします!」

既に決まったと勝手に判断するケンスケにリツコは呆れた視線で見ていた。
普通は親と相談して決める筈だが迷いもなく決断する。
浮かれた状態でケンスケが退室する様子を見たリツコは呟く。

「リンが嫌うわけね。
 ミリタリーマニアだけど戦場に立つ自覚が無い。
 更に自分は大丈夫だと勝手に考えている節がある……身の程知らず愚か者ってとこかしら。
 ま、一回限りの使い捨てだけど、やりたいって志願してくれるならそれで良しとしましょう」

誰かが犠牲になるのなら、進んで人身御供になってくれる人物が望ましい。
自分は聖人君子ではない事を自覚しているリツコだった。


RETURN to ANGEL
EPISODE:26 生け贄の名は
著 EFF


リツコから事の次第を聞いた三人娘は呆れた様子だった。

「私の忠告って無駄だったのね」
「アンタが悪い訳じゃないわよ……相田がバカなだけよ」
「リンの忠告を無視した相田君に問題があるわ」

戦場に出る危険性を散々話してきたが無駄だと知ってリンはホンの少し落ち込んでいた。
アスカとレイはそんなリンを慰めていた。

「で、相田のお父さんは反対してないの?」
「反対してたけど……息子の熱意に押されましたって」
「バッカじゃないの! エヴァの危険性はネルフの職員なら理解しているでしょうが!」
「私もその点を聞いたんだけど……甘やかした所為で親の言う事を聞かないんですって」

アスカがケンスケの家庭環境を聞くとリツコが肩を竦めて話す。
リツコ自身、随分無責任な親ねと呆れていた様子だった。

「明日、学校に行くのが憂鬱ね。
 あのバカの事だから馴れ馴れしく声を掛けてくるのが読めるから」
「一応注意したけど?」

アスカが嫌そうな顔で明日学校で起きる事態を予測するとリツコがそういう事がないように注意したと言う。

「リツコお姉ちゃん……あのバカはミサトオバサンの同類よ。
 都合の良い事だけしか耳に入らないわ」
「……本部に入れないようにするわね」
「そうしてくれると助かる」

リンの意見を聞いて絶対に本部に入れないと決意するリツコだった。
こっちの注意を無視して、好き勝手に本部内の映像を撮って友人達に見せびらかすと判断したのだ。
リツコの考えに賛成するリンは頷いてから本日の結果を話す。

「やっと一体始末したわ……残りは二体ね」
「ご苦労さま。参号機が来るまでに終わりそう?」
「無理ね。日向の色呆け眼鏡はノーテンキなこと言ってるし……危機感ゼロよ」
「その件はマヤから聞いたわ。
 マヤも危機感の足りなさを日向君に注意していたわね」
「同時侵攻だけじゃないよ。
 第三新東京以外を襲う可能性もあるって気付いていないから困るんだけど」
「アダムを目指さないって事なの?」
「可能性はあるし、ゼル姉さんの光体に寄生したらやばいと思うよ。
 単純な戦闘力なら使徒中最高なんだし、今のネルフはエヴァ二機しか使えない点も考えないと」
「そうね……零号機は凍結だったわね」
「外で暴れるのならファントムがあるけど……もし参号機に寄生してゼル姉さんと同時侵攻なんてされたらどうするの?」

リンの指摘にアスカとレイも不安な顔になる。

「確かに前回は勝てなかったわ」
「今度は負ける気はないわよ!」
「そうだね。今のアスカなら大丈夫かも」

不安を吹き飛ばすように話すアスカにリンが頷く。
アスカの戦闘力は前回より遥かに高みにある事を知っている。

「任せなさい! 同じ相手に二度も負けるほどアタシは甘くはないわ!」
「その点は心配してないわよ……ただ面倒だと感じてるだけよ」

気合十分といった顔でアスカが話すのをリンは頼もしく感じているし、レイも心配はしていない。
寝食を共にして、戦場を戦い抜いてきた……お互いの背中を預けられるくらいの信頼関係が出来ているのだ。
そんな三人にリツコは今日の出来事を話す。

「ミサトが嗅ぎ回っているわ」
「こっちも加持一尉が接触しようとしている……さっさと逃げれば良いのに」
「無理よ。ミサトは復讐だけに囚われているもの」
「ママが言っていたわ。復讐に身を焦がす者はその身を焼き尽くすか……相手を焼き尽くすまで止まらないって。
 そして周囲をも巻き込んで焼き尽くそうとする傍迷惑な者もいるってね」
「ミサトは巻き込むタイプね」
「自分を正当化して……自分は悪くない、向こうが悪いって言い続けるわ」
「仕方がないで問題を済ましちゃダメなんだけどね」

リツコがミサトの行いを振り返り苦言を呈する。
前回というか、もう一つの歴史をリンに見せて貰ってから冷静に物事を見つめ考えるようになった。
そのおかげでミサトの自分本位な考え方には辟易している。
復讐するのは悪いとは思わない。人それぞれ生きる目的があるのは承知しているが、他人を巻き込むは勘弁して欲しい。
敵、味方に分類して自分に協力しないから敵と勝手に判断されるのは困る。
自分の本心を見せずに、自分が正しいから協力しろでついて行くほど……安い女ではないのだ。
都合の良い部分しか見ないで、都合の悪い部分は目を逸らして見ないミサトにリツコは従う意思はない。

「アスカ、レイもミサトと加持君には注意してね」
「……了解」
「加持さんも強引にミサトを連れて逃げれば良いのに」

言われたアスカとレイも二人の動向には注意する事で意見がまとまり久しぶりに全員が一緒に帰宅した。
リツコにとって二ヶ月ぶりの定時上がりだった。



翌日、教室に入ってきたアスカは浮かれた様子で近付いてくるケンスケに冷めた視線を向ける。
レイも何となく不愉快な表情で見つめていた。

「おはよう、惣流さん、綾波さん」
「おはよう(ホント、読み易い男ね)」
「……おはよう」

一応朝の挨拶を返して二人は席に向かうが、ケンスケが纏わりつくように二人に声を掛ける。
予想通りの展開にアスカは呆れ、レイもつまらない顔でケンスケを見つめるがケンスケは気付かずに馴れ馴れしく近付く。

「なんだよ、これから一緒に戦う事になるんだから仲良くしようぜ」
「お断りね。足手まといなんて不要よ」
「そうね」

キッパリと拒絶の意見をぶつけて二人は席に座るとトウジとヒカリが二人に聞く。

「な、なあ惣流……ケンスケがパイロットってホンマなのか?」
「相田君は自信満々に話しているけど……大丈夫なの?」

トウジは呆れた顔でケンスケの浮かれっぷりを心配し、ヒカリも不安そうな顔でケンスケを見ている。
学校に登校してきたケンスケは浮かれた様子で自慢話のようにクラスメイトにしていた。
他のクラスメイトも、何であいつが選ばれたんだという顔つきで不思議そうにこちらの様子を窺っているみたいだった。
アスカもレイも注意されたくせにいきなり自分がチルドレンだと暴露するケンスケに呆れていた。

「はっきり言うわね。
 エヴァは思考制御で動く機体で……パイロットの動きをそのままトレースして動くの。
 パイロットの運動能力に直結しているから、いきなりドシロウトのアイツが乗っても勝てる訳がないわ」
「そ、そんな事はないさ! だって俺は選ばれたんだぜ!
 才能があるに決まってるさ!!」

反論するようにケンスケは言うが……誰も信用していなかった。

「ちなみに赤木はんは何と?」
「弾除けの盾になれば御の字よ」

レイがあっさりとリンの意見を暴露すると全員が納得していた。

「ま、そんなもんね。アタシもレイもリンも戦闘訓練を受けているわ。
 特にリンはアタシよりも苛酷な訓練……って事にしておくか、とにかく訓練を受けているのよ!
 アンタは辺に知識があるだけのドシロウトなんだから、そこんとこ弁えなさい!」

ビシッと一刀両断する口調でアスカが話すとケンスケを除くクラスの全員が納得した。
リンの強さの一端を理解したトウジは感心し、ヒカリも顔を顰めているが納得していた。
ヒカリにすれば、女の子が危ない事をするのは不味いと思っているのだろうとアスカは想像している。
前回も自分を心配してくれたヒカリらしいと思いながら。

「そんな事あるわけないだろう!!」

怒った顔でアスカに叫び返すケンスケだが、アスカは全然気にしていない。

「俺は世界を救うパイロットに選ばれたんだ!」
「そうね。自分の命を懸けて戦う以上……死ぬ事もあるわ」
「そこんとこ理解してんの?」

レイの意見に合わせるようにアスカがケンスケに問う。

「お、俺が負けるわけないだろう。俺はこれからヒーローになるんだからな!」

自信満々に宣言するケンスケにクラスの全員が白けた顔で見ている。
時折リンが戦場に立つ危険性を話していたのを完全に忘れていると感じていた。

「アンタ、腕を引き千切られても耐えられる?
 エヴァって機体のダメージがパイロットに返ってくるけど……その痛みに耐えられるの?」
「あれは痛かったわ」

レイが前回のバルディエル戦で神経接続したままで腕を切断された事を思い出して告げる。
アスカも前回のゼルエル戦を思いだして苦々しい表情で告げた。

「アタシも一歩間違うと首が飛んでいたわね……ホント、運が良かったわ」

レイとアスカが複雑な表情で回想するとクラスの全員が息を呑んで見つめていた。
戦争をしているとは知っていたが……そんなに危ない事をしているとは知らなかったのだ。

「英雄になりたいって思うのは結構だけど……英雄の殆んどが非業の死を遂げたって知ってた?
 おおよそ英雄って奴は碌な最期じゃないわよ」
「だ、大丈夫さ。俺はそんなヘマはしないからな」

アスカの言葉を否定しているが……ケンスケの顔色はあまり良くはなかった。
良い事ばかりに目が行って、悪い事は何も考えていなかったんだろうとクラスの全員が感じていた。
話は済んだというようにアスカもレイも自分の席に座って授業の準備を始める。
クラスメイト達も自分の席に戻ったり、友人と昨日の出来事を話したりしてチャイムが鳴るのを待っている。
ケンスケだけが不安な顔で孤立した様子で立っていた。



「……いい加減にしてよね」

寄生生物を探索中のリンは嫌そうな顔で目の前の人物――加持リョウジ――を睨んでいる。
人気の少ない場所を優先的に調査しているリンの行く先々で現れる加持にリンは辟易している。

「あのね……こっちは遊びで仕事してないのよ。
 アンタの反応の所為でジャミングを掛けられた状態なんだから」
「そりゃ悪かったが、こっちも遊びじゃないんでね」
「アンタの都合なんて知ったこっちゃないわよ―――ちっ!」
「お、おいっ!」

即座に踵を返して走り出すリンに加持は追いかけようとする。
リンは加持の声を無視して微弱な反応を追跡する。

「……食事中、お邪魔するわね」

人気のない路地裏に潜んでいた赤いスライムに目を細める。
半透明な身体の中にはもがき苦しんでいる子犬の姿が見えるし、半分以上溶かされている犬の姿も見えた。
ATフィールドで周囲を取り囲むようにしてリツコ謹製の焼夷弾を投げ込む。
真っ赤に燃え上がる紅蓮の炎に包まれて身悶えしながらスライムは消し炭へと変わっていく。

「派手に燃えるもんだね〜〜」

加持が来る直前にフィールドを消しているので辺りが焦げ臭くなっている。
リンは携帯を取り出して連絡を入れると保安部の連中が来るのを待つ事にする。
五分もしないうちに近くを巡回していた保安部員が来ると、後の隠蔽工作を任せて次のターゲットを捜す為にバイクへと向かう。

「いい気なもんね……保安部に協力しないなんて」
「悪いがこっちの方が重要なんでね」
「アンタの都合に付き合うほど余裕がないの。
 顔を洗って出直してきなさい」

近くに駐輪していたバイクの側に立っている加持を一睨みしてバイクを発進させようとするが、

「悪いがバイクのキーはここにあるぞ」

加持の手の中にあるバイクのキーを見てバイクから降りて歩き出す。
その際に加持にとって鬼門というべき嫌味を告げていた。

「リツコお姉ちゃんに返してあげてね。
 私は技術部に連絡を入れて別の脚を用意してもらうから」
「ほ、本題に入るから聞いてくれないか?」
「さっさと言いなさい。私は暇じゃないのよ。
 この寄生生物は使徒の死骸にも寄生出来るから……次の使徒が来るまでに片付けないと不味いんだから。
 作戦部もアンタも人の足を引っ張って楽しいわけ?
 それともサードインパクトをご所望なら構わないけど」

辛辣な口調で作戦部と加持を非難する。ここ数日ずっと張り付かれてリンの苛立ちが爆発した。

「いっそアンタをここで始末しましょうか?」
「いや、それは勘弁してくれないか」

殺気をぶつけてくるリンに加持は真面目な顔で話す。
リンを怒らせる気はないのだが、どうも失敗したかなという考えに辿り着いたようで真剣な顔になっていた。

「で、何よ?」
「力を貸して欲しい」
「お断り……葛城三佐をパートナーにした時点で協力する気はないわ」
「即答なのかい?」
「ええ、あの女が私を嫌っているように私もあの女が嫌いなの。
 いえ、嫌いと言うより……憎いのよ」
「随分とはっきり言うんだな」

加持は少し驚いた顔で聞いている。
ミサトとこの少女の関係は最悪だと感じていたが、はっきりと言われると多少は気になる……何故こうも嫌うのかを。

「私、口先だけの偽善者は嫌いだもん。
 あの女は仕方ないで自分を正当化して……自分の行為から逃げているだけよ。
 エヴァの運用にどれ程の予算が掛かるかはオジサンも知っているでしょう」
「……まあな」

エヴァが金食い虫というのは理解している。エヴァの装甲板一つとってもかなりの予算が掛かっている事も知っている。
リツコが損害を最少にしたいと常々話しているのも聞いているし、実際にこの少女は損害を軽微で済ませているのも承知している。

「国が一つ滅んだわ……エヴァのおかげでね」
「……そうだな」

国連からの分担金のおかげで国を維持できなくなり崩壊した国もある事は聞いている。

「餓死者がどれほど出ているのか知っている?」
「詳しくは知らないがかなり出ている事は聞いている」

エヴァの建造費を捻出する為に自国の市民に負担を掛けている国がある事も聞いている。
建造費を出さなければ……死なずに済んだ市民がいる事も加持は知っている。

「それを仕方がないで済ますのが葛城ミサトであり、ネルフ……ゼーレよ。
 死んでしまった者の家族の前で仕方ないで済ませられると思うの?」
「……多分、無理だろうな」
「ネルフの職員は世界の住民の生き血を啜って恵まれた生活をしていると知っているのかしら?
 知らないでは済まされないのよ」
「……そうだな」

ネルフの莫大な運営費は国連から与えられている。そして国連は世界の住民から資金を集めている。
サードインパクトを防ぐ為に、二度とあの悲劇を起こさない為に世界の住民は自分達の生活の糧をネルフに回している……文字通り、その身を削りながら。
だが、ネルフの職員はその事を自覚していない……自分達がどれ程の犠牲の上で生活しているのかを。
だから使徒戦でエヴァが損傷しても気にしないし、ミサトの立案する作戦に異議を申し立てる人物も出ない。

「ゼーレは市民に犠牲を強いるばかりで自分達の懐は痛まないようにしているわ。
 それも……自分達の手でサードインパクトを起こす為にね」
「葛城はそれを阻止したいと思っているがな」
「あの女に何が出来るの?
 自分の手はとうの昔に汚れているのに……まだ綺麗だと思っている偽善者が。
 ネルフ本部の中で自分の手が汚れていると自覚しているのはトップの三人くらいよ」
「司令、副司令にリッちゃんか?」
「そうよ。あのヒゲ達二人をを認めても良いのはその点だけよ。
 リツコお姉ちゃんも自分が碌な死に方しないと覚悟していたわ」

ゲンドウも冬月も自分達のしている事を正しいとは思っていない……むしろ悪だと理解した上で行っている。
自分の願いを叶える為に全てを犠牲にするやり方には賛同できないが、その意志を貫き通す覚悟にはリンも感心していと同時に軽蔑もしている。人を踏み躙って いるのに自分の願いだけを優先するゲンドウは嫌いだった。

「葛城ミサトは全てにおいて……甘いのよ。
 自分がしている行為を理解しようとせずに誤魔化している。
 そして自分が正しいと叫んで、自分の周りの人間を巻き込んで死に追いやって行く……厄病神」
「そんな事は無いと思うがな」
「知っている……善意から行った行為が正しいとは限らない事を?」
「……葛城がそうだとでも?」
「アスカを引き取ろうとしたけどリツコお姉ちゃんに注意されてやめたわ。
 保護者としての責務を果たせないのなら……その行為は偽善だと言われてね。
 子供を預かるのがどれだけ大変か、自覚せずに引き受けようとしたのよ。
 手に負えなくなったら……放置して仕事に逃げたと思うな。自分の所為じゃない……仕事の所為にしてね。
 知っていたかしら……彼女の役目はチルドレンと呼ばれる子供達の心を砕く事だって?」
「初耳だな、そいつは」

葛城の役目は作戦部長として対使徒戦に勝利する事だと思っていた加持は険しい目で聞いている。

「オジサンがアスカの護衛を任されたのもアスカに取り入って真実に近付きたいという感情を利用しているのよ。
 八方美人のオジサンはアスカの気持ちを利用するけど……アスカは気付かずに恋心を抱く。
 葛城三佐に未練があるオジサンと葛城三佐の愛情にアスカの恋は破れる。
 他のチルドレンにシンクロ率という目に見える結果で負けたら……自己の存在意義を見失って崩壊する。
 そして、この街でアスカが縋れる存在はいなくなり、エヴァに拘るようになり……更に孤立する。
 なかなか面白いシナリオでしょう?」
「……俺も利用されていたって事か」

苦々しい顔で加持は聞いている。利用している心算が言い様に動かされていたと気付かされて困惑していた。

「世界の危機なのに、UN軍から優秀な作戦立案者を求めないのは何故かしら?
 葛城ミサトが全人類で最も優秀な作戦立案者だとオジサンは本当に考えているの?」

リンの提示した疑問に加持は複雑な顔になって返答出来ずに立っている。
世界の危機と言われれば、まさにその通りなのだ。本来は全世界の人材全てを投入して難局に当たるべきなのに……情報を隠蔽してネルフだけに任せている。
国連内の人類補完委員会の決定とはいえ、不審な点は十分にある。
今頃になってではあるが各国からの批判の声が徐々に湧き出している。特にエヴァに対抗出来て、使徒を打倒したファントムが出てからはその意見が顕著に出て いる。
エヴァよりも安く建造可能で、子供をパイロットに選定しない人道的な機体……ファントム。
人、金を無尽蔵に使用しようとするネルフは以前よりも世界から嫌われ始めていると加持は予想していた。

「今のアスカは独りじゃないって知っているから大丈夫だけどね。
 オジサンも葛城ミサトも自分の欲望を優先して他人の心を踏み躙る点はそう変わらないわ」
「……痛い所を突くな」
「他人を利用する以上は自分も利用されているって考えない方がマヌケなのよ」
「そうかもな」
「言ったでしょう……此処は地獄だから逃げ出せと。
 私の警告を無視した時点で二人の未来は破滅へと向かっているわ。
 復讐に身を焦がす者は、自身を焼き尽くすまで止まる事はない……葛城ミサトはその言葉通りに踊っている。
 そしてオジサンもその炎に焼き尽くされるわ」
「それを避けたいから力を貸して欲しいんだが」
「最初に忠告を無視したのはそちらよ……逃げる選択肢を選んでいれば助けたわ」
「だからサードインパクトの阻止は共通の目的だろ。
 同じ目的を持つなら同士という事で協力を」
「私達使徒は、使徒に逆恨みで敵対行動した葛城ミサトには協力出来ない。
 恩を仇で返されて優しく出来るほどヒトが出来てないから」
「やっぱり使徒なんだな」
「ええ、人類も第十八使徒だけど……その事忘れている人類に手を差し伸べる気はないわ。
 私達使徒は、私達の目的の為に行動するだけよ……父アダムの意志に従ってね」

そう話してリンはバイクに跨り発進させる。

「どういう事だ? キーは……いつのまに?」

加持は自分の手の中に在った筈のキーが何時の間にか無くなっている事に気付いて驚いている。

「これが最後通告よ……この街から逃げなさい」

リンはその一言を告げるとエンジン音を響かせて移動を開始していた。

「……一枚以上、上手だな」

見送る形になった加持は苦笑していた。
相手はいつでも自由に動けたのに、わざわざこちらの話に付き合ってくれたのだと実感した。

「ホント、どうしたもんかね」

加持は空を見上げて呟いている。
リツコのおかげでゼーレに対しては幾つかのポイントを稼げているので、尻尾切りは当面は大丈夫だろう。
ネルフに関してもファントムの資料を出した件で多少は使える駒として見られている。

「上手く立ち回って……情報を得るしかないか」
《では、こちらの狗になって頂きましょうか》
「だ、誰だ!?」

いきなり耳元で囁かれて振り向くが……誰もいない。
だが、周囲には誰かがクスクスと笑う声のようなものがある。

《いずれ指示を出しますが……今は待機して頂きますよ》

頭の中に響くようにその声は聞こえる。

「あ〜〜一応尋ねるが……誰かな?」

独り言を呟く危ない人に見えかねないが加持は一応聞いてみる。

《スピリッツNo.12と申します。
 あなたは栄えあるスピリッツのパシリ一号に任命されました》
「パ、パシリ一号?」
《はい、光栄に思ってくださって結構ですよ》
「いや、とても光栄には思えんが」
《前金と必要資料を足元に》

加持の意見を無視して声は告げる。
加持は目を足元に向けると一枚のDVDディスクとキャッシュカードが置いてある。

「……いつの間に」
《裏切れば……あなたのこの八年間の女性関係の調査書を葛城三佐に》
「それは勘弁してくれ」

ダラダラと冷や汗を流して加持は足元になる物を拾い上げる。
八年間の女性関係を嫉妬深いミサトにバラされたら、どうなるか……一発で予想できる加持だった。

《捨てる神あれば、拾う神もあります。
 蜘蛛の糸のような細い糸でもないよりはマシでしょう》
「溺れる者は藁でも掴むという意味か?」
《然様でございます》
「拒否権は?」
《ございません。逃げ道はあるとお思いですか?
 我々が接触した時点で後戻りは出来ません……必要とあらば、二つの所属先に転属願いを出しますが》
「俺に死ねと?」
《ゼーレとネルフの流儀に合わせてみましたが……ご不満でしょうか?》

返す言葉のない加持だった。
ゼーレもネルフの碇司令も疑り深い人物でどちらからも信用されているか分からないのだ。
何処からか聞こえる声らしい存在がスピリッツのメンバーだとしても接触していない以上は情報を知る由もない。
疑わしきは罰せが二つの組織の基本方針だから加持には逃げ道を塞がれたようなものだった。

《それでは後日指令を出しますので、それまではネルフの職務に忠実に》
「……了解」
《よろしい、それではコードネーム・パシリ一号として登録します》

周囲の気配が消えると加持は肩を落として呟く。

「……パ、パシリ一号」

それなりに優秀な諜報員という自負がある加持にとってそのコードネームは受け入れ難いものがあった。
加持は複雑な顔で新しい所属先の事を考えるしかなかった。


いつものように昼食を取りに教室に入ってきたリンに復活したケンスケが話しかけてくる。

「これから同じチルドレンとしてよろしくな」
「弾除け代わりに使ってあげるから感謝しなさい」

いつもの毒舌にリンに馴れ馴れしく近付くケンスケを快く思っていない男子が笑っている。
女子もリンの毒舌にクスクスと笑っている。
休み時間の度に自慢話ばかりしているケンスケにクラスの全員が辟易していたので、リンの毒舌に黙り込むケンスケをいい気味だと思っている様子だった。

「そんな言い方はないだろ」
「結果を出していないくせに一人前の口の聞き方をする方がマヌケなのよ」

男子も女子もその一言に納得して、結果も出していないくせに偉そうな態度でいたケンスケを嘲笑っている。

「そうだよな。赤木さんも惣流さんも綾波さんもきちんと結果を出しているな」
「だよね〜。相田はまだ何もしてないのに偉そうに言うだけだもんね」
「いつも口では知ったふうに言うけど……本当に出来んのか?」

クラスメイトが囃し立てる中で赤っ恥を掻かされたケンスケは睨むようにしてリンに告げる。

「結果なら出してやるさ!」
「はいはい、偉そうなタメ口をしたいなら結果を出してからにしなさいね。
 ま、精々死なないように頑張れば」

ケンスケの睨むような視線など物ともせずにリンはいつものメンバーの元に来ると屋上に行く。


屋上に上がるとリンがヒカリに申し訳なさそうに告げる。

「洞木さん、申し訳ないけどお昼が終わったら席を外して」
「……分かったわ」

重要な話をすると気付いたヒカリが頷いて答えた。

「お礼といっては何だけど……これをあげるわ」

リンがヒカリに二枚のチケットを渡す。ヒカリがそれを手にして見ると映画の前売り券だった。

「鈴原とデートでもするか、ナツミちゃんと行ってきて」
「嬉しいけど……良いの?」
「期限ギリギリになりそうなの……無駄にするのも何だしね」
「……そういう事ならナツミちゃんと行くわね」
「そうね……鈴原に恋愛物はまだ早いわね。
 多分、理解できずにイビキを掻いて寝てるかしら」

あり得る話にヒカリは苦笑していた。
一応デートらしいイベントを経た所為か……ヒカリの餌付けは始まっている。
この先、上手く行くかは二人次第である。精々生温かく見守ろうというのは全員の一致した意見だった。
食事が終わるとヒカリは教室へ戻って行った。

「予定通り、バルディエルが来るわ」
「戦自の方は準備が出来ている。
 ファントム五機、内二機はスピリッツで残り三機は戦自のパイロットで対応するわ」

リンに合わせるようにティアが戦自の状況を伝える。

「えっとバルディエルって何ですか?」
「第十三使徒バルディエル……エヴァ参号機に寄生してくる使徒よ」

マナの質問にレイが答えるとマナは驚いた顔で聞く。

「それって相田は危ないんじゃないの?」
「そうよ。相田が拒否したら他のクラスメイトに回るし、誰かが犠牲になるわ」

リンがあっさりと告げると、その意味に気付いたマナが複雑な顔でいる。
エヴァのパイロット候補を集められたクラスだと知っているマナは嫌でも誰かが犠牲になると気付かされたのだ。

「私が参号機に乗り込んで直接迎撃しても良いけど……多分無理だろうな。
 そういう事になるとゼーレが色々口出ししてくると理解しているヒゲと背後霊は絶対に拒否するから」
「そうね。あの二人ならそう動くわ」
「ったく、面倒ばかり掛けさせてくれるわね」

レイもアスカも苛立った顔で話す。
今回はダミープラグがないから自分達の手で救える可能性もあるが……前回は最悪の結果で終わった。
尤も今回は戦自の手で始末されるからどうなるかはまだ分からないが。

「マナは不本意だと思うけど……全人類と一人の人間とどっちを選ぶかという質問なのよ」
「……そっか、いやな選択をしなくちゃいけないのね?」
「他にも選択肢はあるけど他の手段は必要ないって言うのよ……ネルフのヒゲはね」
「最低〜〜」
「そういう事。私が参号機の乗り込めば無事解決するんだけどね」
「なんで?」
「使徒だから」
「……えっと、使徒って?」
「言葉どおりよ」

リンが言った意味を頭の中で噛み締めて吟味する行程で徐々に顔色が青くなるマナ。

「ちなみに人類も第十八使徒リリンだけどね」
「……マジ?」
「マジよ。人類は群体――群れを形成する事でこの星で繁栄したのよ。
 だけどゼーレはそれに満足せずに単体の使徒へと逆戻りしたがっているけどね」
「よく分かんない?」
「死にたくないから……永遠の命を欲しがっているの。
 単体の使徒なら不老不死に近い存在だからね。
 失敗しても自分ひとり死ぬのは嫌だから全人類も一緒に無理心中かな」
「……最悪ね」
「実際成功しないんだけどね」
「ますますもって最悪じゃない!」
「その妨害でお父さん達が苦労してんのよ」
「…………もしかしてシンさんって使徒なの?」

リンの実の父親であるシンジに気付いて確認に尋ねる。

「そだよって言うか、マナも使徒なんだけどね」
「う〜〜ん……ちょっと信じられないけど」
「アタシも実感湧かないけど……事実なのよ。
 ウチの技術部長が断言しているし、使徒との類似点が結構あるの」
「あんなデッカイのに?」
「小さいのもいるわ」
「レイの言う通りなのよ。ナノマシンクラスの使徒もいたしね」
「は〜〜何ていうか……バリエーションがあるのね」

感心するようにマナが話すとアスカも頷いている。

「お父さんが使徒でも怖い?」

リンの質問にマナはあっさりと返事をする。

「ううん、トライデントの件もあるから感謝しているし、あの頃よりも待遇は良くなったから恩もある。
 だから怖いとは思わないし……優しいお兄さんだと思う」

実際、訓練生は全員がシンジ達に感謝している。
戦自の待遇はどちらかと言えば……あまり良くなかった。
身寄りがなかったから行き場の無い所を拾って貰った事には感謝しているが、訓練漬けの日々は好きになれなかったのだ。

「トライデントは欠陥兵器だったから……完成していたら死んでた子も居るしね」
「……それホントなの?」
「事実よ。設計図を見たけど、衝撃の緩和が良くなくてね……内臓破裂の危険性もあったわ」

ティアが横から事実を告げるとマナは自分が紙一重の場所に居たと知って驚いている。

「……そっか、シンさん達は命の恩人だったんだ」
「戦自のみんなには内緒だよ……みんなが知っていた訳じゃないし、好きで計画したのでもないから。
 ネルフの強引なやり方を不安視して……対抗出来る物が必要だと思っていたんだ」
「一概に悪いって事じゃないのね?」
「ネルフの上層部がきちんと情報公開して説明すれば良かったけど、サードインパクトを計画してるなんて言えないでしょ」
「……ホント最悪だね。都合の悪い事ばかりしているから強引だったんだ」

ネルフと戦自の関係が拗れていた理由を知って納得するマナ。

「アタシも自分が所属していた組織がサードインパクトを実行する為の機関だって知らなかったわよ!
 サードインパクトを阻止する為に訓練してたんだから最低だわ」
「そうね」

苦々しく話すアスカに不機嫌な顔のレイが頷いている。
レイ自身も前回の事を経て、自分のした行為が如何に危険な事なのか理解しているので不機嫌な顔になっている。

「この瞬間もネルフの所為で家族を失う人もいるのに仕方ないで済ますバカばっかりなのよね」
「最悪ね」
「サイテ〜ね」
「無様ね」
「愚か者が多いわね」

リンの言葉に四人は呆れた声で返事をしている。
いよいよ第十三使徒バルディエルが襲来しようとしていた。



エヴァ参号機を吊り下げた巨大な全翼機は低空飛行を強いられていた。
十字架に張り付けられた黒い機体――エヴァ参号機は見る者に咎人のようなイメージを与えるように見える。

「エクタ64よりネオパン400へ」
『ネオパン400了解』
「前方に積乱雲を確認した。指示を請う」
『ネオパン400より、積乱雲の気圧状態は問題なし。航路変更せずに到着時間を遵守せよ』
「エクタ64了解」

管制官の指示にパイロットは全翼機をそのまま積乱雲の中に突入させる。
雷鳴の轟く積乱雲の中で一際激しく雷鳴が響き、激しく降る雨がエヴァ参号機に触れてジワジワと侵蝕する。
こうして予定通りバルディエルはエヴァ参号機に寄生して来るべき時まで暫しの眠りに入る。
仮初の主であるフォースチルドレンを迎えるまで……。












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どうもEFFです。

ミスったというか……タイトルを考えるのに苦労しています。
ストーリー自体はサクサクとまでは行きませんがそれなりに進むんですが……タイトルに関しては苦戦します。
僕たちの独立戦争でも最初の部分には苦労していますけど(爆)
逃げ道を塞いで言う事を聞かせるネルフ独特の流儀に則って加持はスピリッツのパシリへと不遇な日々に突入します。
まあ、死なないとは思うんですが、使徒のお姉さま方のオモチャになりそうです(核爆)
加持の明日はどっちだ?

それでは次回もサービス、サービス♪


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