加持リョウジと保安部長からの連名による報告書が老人達の元に届いた。

『あの男……どうやら動き出したようだな』
『間違いなく我らとは別行動を取るようです』
『量産機の方はまもなく完成します。それまではサードダッシュとあの男がぶつかり合うのを傍観しますか?』
『タブリスを動かすのはそれからにするべきでは?』

今後の指針を早急に決めなければならない。
今の状況で委員会の決定に国連総会が異議を申し立てる可能性は高いので、ネルフ司令の首を取り替えるのは容易ならざる事態になりかねない問題がある。
そんな男を任命した責任問題が浮上する可能性もあるし、国連総会による査察など行われたら……非常に痛い。

『とりあえず実状は伏せておき……量産機の完成までは放置する』
『妥当な線でありますな。量産機が完成すれば、後は一気に進めるだけです』

一つのモノリスより発せられた意見はゼーレ全体の考えに合致している。
儀式を始めてしまえば、止める事は不可能であり……結末はどうであれ望みは叶うのだ。
一つにまとまり新たな存在に生まれ変わるか、自分達が死ぬ際に人類そのものが終わる事になっても構わない。
自分達にはもう時間がない以上、強行に進めて……止まりそうな時計の針に力を与えて動かし続けるしか生きる手段はない。
止まるのなら人類全ての針を止めて共倒れというのも悪くないと老人達は考えていた。
この世界を支配しているのは自分達であり、何をしようが支配者としての権利を行使するだけという傲慢な考えもあったのだ。

『量産機の完成を急がせろ。我々は、我々の願いを果たすべく行動する』
『『『全てはゼーレの為に』』』

このまま進んでもゼーレの武力は徐々に失われ、自分達にも累が及ぶのは見えている。
裏の世界では各国がゼーレの関係者をリストアップして排斥し始めている。
いずれ自分達の元にも手が伸びて願いを果たす前に……死が訪れる可能性もある。
いつでも地下に潜れるように準備はしているが、そうなると財力、権力、支配力が下降気味の状態では維持するのが限度かもしれない。そして、自分達の寿命が 尽きるのが先かもしれない恐怖もある。
ゼーレの存亡さえ覚束ない状況ゆえに強引に儀式を行うしかない。
一刻の猶予も許されない状況にまでゼーレは追い詰められていたのだ。


RETURN to ANGEL
EPISODE:40 追い詰められし者
著 EFF


渚カヲルは割り当てられた部屋に案内された後、ケージへと足を運んでいた。
技術部スタッフはパイプ椅子を片手に歩いてくる渚カヲルを興味深く観察していた。
初号機の前で立ち止まり、所持していたパイプ椅子に腰を掛ける。

「やあ、こうして話し合うのは初めてだから自己紹介するよ。
 僕の名は渚カヲル、親しみを込めてカヲルとでも呼んでくれると嬉しいね」
(……いいでしょう。タブリスではなく、渚カヲルとして認識しましょう)
「それで結構。さて、何から話すべきか……迷うねえ?」

一見すると独り言にしか聞こえないが、スタッフはまるで初号機と会話しているような間の取り方に気付き……一つの結論に到達して、頭を抱えている。
もしかすると目の前の少年は……使徒?の可能性が濃厚になってきたからだ。
力尽くではなく、対話をもって行動しているのなら話し合いの余地もあるかもしれないと考えなければならない。
一概に使徒と言っても……敵対する存在も居れば、味方みたいな存在も居る。
セカンドインパクト自体に何か不自然な点が見え隠れしている以上……使徒が行ったというのも信用できない。
前日まで現場に居た人物は黙して語らずに居るし、その人物が信用できなくなっている。
葛城ミサト作戦部長みたいに、使徒=滅ぼさなければならない敵と割り切れるほど単純な結論に到達出来ないのだ。

「一応老人達に義理を果たさなければならないんで……途中までは同じかな」
(また握り潰されたいんですか?)
「前は生と死は等価値みたいだったんだが、今は考えを改めているよ。
 あの少女の行く末を見てみたいから……死ぬのは避けたいね」

カヲルの脳裏に浮かぶ少女――赤木リン――の存在は非常に興味深かった。
新生する筈がなかった使徒の中で唯一新たに生まれてきた存在は素晴らしいものだとカヲルは思う。
使徒の未来に変革を齎した事は間違いないし、アダムに還る事なく……人類と共存できる可能性もある。

「アダムに還るのも悪くないが、せっかく出来た友人と共にあり続けたいという気持ちのほうが強くてね」
(……マスターは今もあなたを大切な友人だと思っています)
「そうか……嬉しい事だよ」
(私はあなたがした事を許したわけではありません。あの後、マスターがどれ程苦しまれたか……)
「それに関しては申し訳ないとしか言えない。
 あの時点では僕に選べる選択肢は二つしかなかったんでね。
 流石に全員の意見を無視できるほど……こうしたいという願いもなかった」

アダム、リリスを除いた全ての使徒の願いがカヲルの中には存在していた。
『還りたい、アダムに』という切実なる願いを無碍に出来るほどカヲルは非情ではなかったし、アダムに還りたいという感情はカヲルの中にも存在していた。
シンジと出会う事で人類を生かす選択を決めた。だが、結末を知って……人の弱さを見極め損ねた点には後悔していた。

「とりあえず誓える事は彼女を泣かせるような行為は絶対にしないと誓わせてもらう」
(……良いでしょう。約定を違える時は必ず私の手で消滅へと導く。
 前回のようにマスターの元に還れるなどという結末はありえないと知っておいて下さい)
「怖いねえ……君とは仲良くしたいんだがね」
(それはあなた次第です。マスターのお子様に安易に手を出すのなら……地の果てまでも追い詰めて必ず殺す!)

アルカイックスマイルを浮かばせているが、その顔には冷や汗が流れている。
周囲に居る整備班の面々は会話が悪い方向に進んでいるんだな、と感じていた。

「あの子に手を出す気はないよ。僕にすれば、彼女は姪っ子みたいなものだろ?」
(口説くような発言をしている時点で信用なりません)
「口説いた? そういう意味で言ったんじゃないんだけど?」

カヲルの独り言?を聞いている限り、どうも娘に手を出すなと初号機に中に居るシンジが注意している気がしてならない。
シンジ君は意外と子煩悩というか、娘にボーイフレンドを近付けさせないようにしている父親なのかと感じていた。
そして、息子であるシンジを十年以上放置していた父親であるゲンドウとはえらい違いだなと感心していた。

この後、二人?はしばらく会話を続けていた。
パイプ椅子から立ち上がり、割り当てられた部屋へと帰ろうとした時にカヲルは、

「……会話というものは難しいもんだね。口は災いの元というのがよ〜く分かったよ」

などと漏らしていたのが、その場にいたスタッフの耳に印象的に残っていた。
どうも、娘に手を出そうとしたボーイフレンドが父親に睨まれていたんじゃないかという意見が整備班の中では最有力候補になっていた。



午前二時、世間一般では真夜中という時間帯に蠢く不審人物が居た。
黒いスキーキャップのようなもので顔を隠して車から出てくる犯罪者にしか見えない集団。
ネルフ特殊監査部のメンバーがゲンドウの司令で動き出した。
彼らの目的は綾波レイの確保で、現在の住居であるリツコの暮らしていたマンションの部屋へ向かおうとしていた。

「……ヤバイな。アスカに連絡を入れたいけど……盗聴の恐れもあるし、迂闊に連絡するのは不味いか?」

リンの予想通りにゲンドウが動きを見せたので、加持はどうしたものかと思案している。
自分が介入しても良いが、その場合はネルフに所属するのは難しくなるので困る。
日本政府がA−801を発令する可能性が高い状況で葛城ミサトの側を離れるのは避けたい。
戦自はネルフと違い、軍事組織として機能している以上、戦闘に入れば女子供であろうと敵対する者には容赦しない。
ミサトは軍人としての覚悟も出来ている筈だから大丈夫だと思うが、他の職員はその覚悟があるか分からない。
もし、ない場合はミサトだけが孤軍奮闘する可能性が非常に高くなるのでサポートしなければならないというか……抑える必要がある。
ネルフは一応軍事組織だが対人戦など想定していない。あくまで使徒戦だけを考慮した組織なのだ。
しかも予算の縮小でテロ対策止まりで、本部内は……軍事組織との戦闘など考慮していない防衛機構だ。
こんなお粗末な状況で戦闘状態に陥れば、一方的な殺戮になりかねない。
それを避ける為には、戦自の侵攻と同時に発令所最上段の人物を確保する必要がある。
ピラミッド型の組織である以上、頭を押さえれば動きを鈍らせる事は出来る。それからミサトに事情を説明して本部内のゼーレ関係者の動きを封じて、武装解除 すればスタッフの安全だけは確保出来ると加持は考えていた。

「レイちゃんなら大丈夫だと彼女は言っていたけど……アスカが居るからな」

レイが使徒化している可能性を考慮すれば、自分の介入は邪魔になりかねない。
しかし、レイの側にはアスカという女の子が居るのだ。その少女を人質に取られれば、レイといえど不利になる可能性もある。

「余計なお世話かもしれんが……行《邪魔ですね》……あんたか?」
《彼女達にはガードが居ますので、あなたの行動は邪魔以外の何物でもありません》

加持がその言葉を聞いて視線を向ける。
視線の先には暗闇の中で光る紅い鋼線のようなもので細切れになっていく同僚達の姿があった。
暗闇の中に居るのか、その姿は見えないが相当な実力者が二人を守っているんだと加持は理解した。

《特殊監査部は一両日中に……一人残らずこの地上から消滅するでしょう。
 あそこは碇ゲンドウに忠実な人間ばかりなので、こちらとしても処理する事に否はありません。
 無論、あなたは所属をこちらに移しているので無事ですが》
「……そりゃどうも」

一歩間違えば、自分も細切れになっていたんだなと思うと加持からは冷や汗ばかりが浮かんで……頬を伝って流れ落ちていく。

「もしかして……リンちゃんは?」
《お察しの通り……私達の希望である大切なお嬢様です》
「よりにもよって使徒のお嬢様かよ。
 しかもスピリッツのトップの娘さん? ネルフは最初から使徒に侵入されていたのかよ」
《あの程度のセキュリティーで本気になった使徒の侵入を防げるとはマヌケじゃないんですか。
 第十一使徒は遊び半分で侵攻しましたから》
「あれで遊びなのかよ……一歩間違えば、ネルフ本部は消滅していたんだぞ」

マギを乗っ取り自爆しようとしていた使徒の行動が遊び半分と言われてガックリと力が抜ける加持。
実際にはリンが簡単にイロウルを取り込んで、その代わりに送り込んだダミーだというのを加持は知らない。

「……碇シンジ君は何処にいるんだ?」
《時が来れば……この地に来るでしょう》
「つまり此処ではない何処かで生きているって事だな」

返事は返って来ないが、シンジはどうやらコアの中に居ないらしい。

(この分じゃ、シンジ君も使徒化している可能性が高いな)
「と、ところで碇ユイさんは――《その名を口に出すと……魂もろとも消滅させますよ》……」

周囲の空間が一気に重くなり……重苦しい重圧が加持の身体に圧し掛かってくる。

《あの女は私達にとって忌むべき存在であり……絶対に赦す事が出来ない大罪人です》
「そ、そうなのか?」
《あなた方はアダム、リリスに何をしました……同胞にした仕打ちを忘れたわけではないのです》

二体の使徒に行った仕打ちを持ち出されて、加持は何も言えなくなった。
南極で眠り続けていたアダムを強引に目覚めさせて暴走させたのは人類であり、この地で眠っていたリリスの身体を切り裂いて初号機を生み出したのも人類なの だ。
そういう行為をした以上……使徒がネルフ、そしてゼーレに味方する事は絶対にないと予想できた。

《碇ユイ、碇ゲンドウの両名を我々は赦さないし、ゼーレもその対象です。
 人類補完計画、これが人類の総意だったのなら……人類そのものを滅ぼしていました》

総意でなくて良かったと加持は心の底から思っている。
一度は倒したと思っていた使徒が実は生存していたなどという事態は誰も想定していない筈だ。
しかも人間サイズで姿も見せずに行動されては手の打ち様がない。
ある日突然、街が火の海に変わる事が日常茶飯事なる可能性も否定できないし、アダムを目指していない様子だから罠に嵌めるのも難しいかもしれない……と考 えるよりも既にアダムは彼らの元に奪い返された可能性の方が高かった。
第六使徒戦でアダムの事を知っていた女性が居るのを思い出した加持は……自分を含め、ゼーレ、碇ゲンドウが踊らされていたんだと今になって気付いていた。
もしアダムが彼らの手にあるのなら、それは何時でもサードインパクトを起こせる事に他ならない。

《碇ゲンドウもゼーレのメンバーも自身には権力はあっても……理不尽なほどの暴力を持っていません。
 命じる事しか出来ない彼らに手足がなくなれば、遠からず自滅するでしょう》
「ま、まあな……」

権力はあっても、動く部下がいなければ……無力化したのと変わらない。
実際にゼーレは実行部隊の減少によって着実に勢力を減衰している。碇ゲンドウもネルフ本部内での求心力を失い……部下からの不審の眼は増えて、ゲンドウが 出す命令を疑問視するスタッフも少なからず居る。
どちらも指示を忠実に実行する人材が減り、満足な結果を出せなくなっているのは変わらない。

《此処に居ても、あなたの活躍の機会はありません。
 今、あなたが出来るのは本部内に待機して、最後の使者が行動した際にネルフ本部の掌握を急ぐ事です》
「やはり……彼が最後の使徒タブリスなのか?」

今日会った少年がタブリスという名を与えられた使徒だったんだと加持は考えて問う。

《その通りです。彼の動きに合わせて……戦自も動き出しますし、我々も行動を開始します》
「……分かった。本部に泊り込んでいつでも動けるようにしておくよ」

マンションから背を向けて加持は本部へと足を運ぶ。
此処には自分を必要とする人は居ないが、本部には自分を必要とする人が居る。
加持は自分が内調から切り捨てられて、日本政府とのパイプを失い……戦自の動きを把握出来なくなっている。
情報戦をするなら個人では組織に歯が立たない。
今更ながらに一匹狼を気取ってみても、いざという時は組織の力がなければ何も出来ないと気付いていた。
何故なら、自分達よりも遥かに強大な力を持つ使徒でさえ……組織化して対応している。
個人で出来る事など、高が知れていると加持は思い知らされた。



碇ゲンドウは、はっきりと恐怖を感じていた。
自身の私室は強固なセキュリティーによって……誰も侵入できないはずだった。
しかも、この部屋はセーフハウスとして秘匿していたのに血溜まりが出来て、肉片が無数に転がり、吐きそうなほどの血の匂いが溢れていた。
部屋の中央に立て札みたいな物があり、【愚かな命令に従う馬鹿達が此処に眠る】などと書かれている。
そして、立て札の下には自分の部下であった男達の……生首が添えられていた。
リンとレイを引き離して、レイの方を洗脳しようとした企みは何者かに妨害されたんだという怒りよりも……何時でも自分を殺せるという恐怖の方がゲンドウの 中で勝っていた。
慌ててこの部屋から逃げ出すように出て行き、別の隠れ家に向かったが……その部屋さえも同じ有り様になっていた。
恐慌状態に陥りかけた自分を必死に自制させて、本部内に逃げ込み司令室に戻るが、

「……馬鹿な」

司令室の机の上にあった【いつでも死にたいのなら精々馬鹿やって下さい】と書かれたメモに呻くしかなかった。
本部内に侵入者が入ったという報告はない。また気付かれずに入れるような甘いセキュリティーを施していない筈なのに……この部屋にまで侵入された。
一睡も出来ずに司令室で朝を迎えたゲンドウは保安部からの報告に血の気が引く音を感じながら聞いていた。
特殊監査部のスタッフが加持一尉を除いて……全員死亡を確認されたと報告されたのだ。
ゼーレとも関係していた加持を信用していなかったゲンドウは加持をメンバーに加えずにレイの拉致を実行した。
加持本人は本部内で待機してから助かったんでしょうと等と話しているが……老人達が動いた可能性が高いと判断していた。

(老人達がレイの存在を重視して……確保に乗り出した? いや、レイの事は秘匿してきたはずだ……知られたわけではない)

レイに関する情報は限りなく制限して秘匿してきたので、老人達も全てを知っているわけではない。

(サードダッシュが動いたという報告もない……では、やはり老人達なのか?)

保安部に厳重な監視をさせているので、サードダッシュの監視体制には抜かりはない。
しかし、実際には扉の前の監視は行ってはいるが、室内の映像はダミーを用意して覗き見しないようにする事も条件の一つとして幽閉に従ってくれたので……自 分から反故にするような真似はしていない。
よって……赤木リンが動いていないという報告は未確認の報告に過ぎなかった。

(…………戦自という線もあるが、動いた形跡はない。保安部の眼を欺く以上……老人達の線が濃厚だ)

保安部には特殊監査部と違って老人達の部下も多数所属している。
特殊監査部は自分と冬月とで選抜した人材だけで構成した私兵のような部署で、例外とも言える人物は加持一尉のみだった。

(不味い……動かせる人材が非常に少なくなったぞ)

保安部に指示を出すのは……老人達にも情報を流す結果になりかねないので躊躇われる。
同様に加持一尉を使うのも躊躇われ……自身の手駒は殆んど居ない事にゲンドウは気付かされた。
身を守ってくれる保安部でさえ、老人達の指令次第では自分を狙う存在になりかねない。
臆病者であるゲンドウやゼーレは自分から動くという選択しはなく、誰かを使って暗躍するという手法しか取れない。
だが、手駒を減らされている状況ではどちらも満足な結果を出せずに暗躍さえもままならない状況だ。
ゼーレは世界規模レベルゆえにまだ手駒は居るが、ゲンドウはそうも行かない。
自身の身を守る盾さえも失い……裸の王様になっていた。
愛する妻に会う前に死ぬ可能性が浮上してきて……ゲンドウは怯え始めていた。



「……あれがフィフスチルドレンね?」

ケージにある管制室からミサトは新人のチルドレンである渚カヲルを見つめていた。
司令には着任の挨拶をし、技術部にも挨拶したのに……作戦部には挨拶してないカヲルを"失礼な子ね"と思っている。
作戦部に所属するんだから挨拶に来なさいよね、ともミサトは思うし、未だに来ない事も腹立たしく思っていた。
自分の部下になるんだから、偶には自分のほうから歩み寄るという行為をしてもおかしくはない。
まあ自分の方が格上なんだから、なんでそんな事しなくちゃなんないのよ!とミサトらしい考え方で憤っていただけだった。
こういう時にこそ、間に入るのが副官の仕事なんだが……怒っているミサトに対して二の足を踏むのが日向マコトだ。
畑違いの技術部が犬猿の仲の作戦部に力を貸すわけもなく、ミサトとカヲルの顔合わせは進む筈がない。
そして本来指示を出すべき司令の碇ゲンドウは司令室に閉じ篭って……暗殺の恐怖に怯えていたので指示を出していない。

「初号機と会話みたいなパフォーマンスをするなんて……変な子ね」

ミサトにはカヲルの行動が意味のない遊びにしか見えないので……周囲に居る技術部のスタッフは白い目しか向けていない。
もう一つの可能性に気付けと叫びたかったが、気付かれると厄介な事態に発展するので言う気はなくなっていた。
ちなみにリンの営倉入りはマヤが作戦部のナンバースリーに相当する人物に事情を説明して緘口令を強いてもらっている。
そのおかげでミサトも日向も知らないままでトラブルは起こっていない。
この点から作戦部内に於けるナンバーワンとナンバーツーの信頼度は上がる兆しはなく……下落したままみたいだった。


渚カヲルは上機嫌と言えるような感情になっていた。
その理由の一つに、シンジという友人を介して出来た友人の存在がある。
ファーストコンタクトこそ問題があったが……そこは男同士?腹を割って話し合えば仲良く出来る。
使徒の中では数少ない男同士ゆえに本部内でも肩身が狭いからという理由もあるかもしれないが。

「彼女達がいないと寂しいものだよ。僕も学校に行くべきかな」
(確かにその必要はある。一般常識というものを学ぶには人との接触が一番だ)
「君に常識を言われても……僕とそうは変わらないんじゃないかい?」
(失礼な、これでもマスターと一年、あの碇ユイと千年以上シンクロしていたんですよ)
「あ、あの碇ユイと千年か……苦労したんだね」
(ええ、苦労しましたよ。自分の目的の為に子育てを放棄するような女は嫌いです。
 マスターの苦労の元凶はあの女にありますから……リンが似てなくて幸いでした)
「なるほど、それは素晴らしい事だよ」

カヲルはうんうんと何度も頷いて、話題に出て来たリンの事を思い浮かべている。

「本当に好意に値するいい子だ。
 シンジ君は立派に子供を育て上げる事が出来る人物になったんだね」
(奥様も厳しい中にも愛情溢れる育て方でリンを育んできたみたいです)
「是非会ってみたいものだよ。どうやらこれが好奇心というものらしいね」
(言っておきますが、不埒な真似をしようものなら……叩き潰されますよ。
 なんせ、あのゼルエルさんとタメ張る人物らしいですから)
「そ、それは凄いね」

少々頬を引き攣らせて汗を浮かべているカヲルに、周囲のスタッフはまたうっかり変な事でも言ったのかと思っていた。
整備班の面々はカヲルの事をうっかり余計な事を口にして自爆するうっかり屋さんという認識で固まっていたのだ。




授業が終わって、アスカ達はネルフ本部の技術部に来ていた。

「アンタ、転入しないの?」

開口一番アスカが渚カヲルに尋ねる。
一般職員の避難が始まり……ヒカリやトウジのように外に出て行く生徒が増えている。
生徒の数が減ってきているので、アスカにとって中学校は退屈な場所に変わり始めていたのだ。
その為にカヲルを中学校に転入させて、退屈な時間を減らしたいと考えている。

「君達とは歳が違うから同じクラスには転入できないよ」
「そうなの?」
「戸籍上は一つ上になっていてね。しかも誕生日がセカンドインパクトの日なんだよ」
「……随分、シャレの利いた誕生日にされたもんね」
「全くだね」

アスカの呆れを含んだ感想にカヲルは肩を竦める事で同感だと表現していた。

「で、これからどうすんのよ?」
「それがね、老人達は待機しろって言うだけで音沙汰無しなんだよ。
 一応義理もあるんで待機しているけど、彼女が閉じ込められたままだし……困ったもんだよ。
 会って話がしたいのに……ままならない。もしかしてこれが不愉快という気持ちなのかな?」
「……多分、その気持ちは不愉快というものかもしれないわ」

二人の会話を聞いていたレイが会話に入ってくる。

「リンが居ないというのは寂しい。そして閉じ込めたヒゲを思うと……何かこう苛付くみたいなの」
「ああ、それも僕も同じだよ。なるほど……これは寂しいという気持ちと不愉快という感情なんだね」

レイの意見を聞いて、カヲルは自分が持て余し気味の感情が何か気付いて納得していた。

「何て言うか……行く末を見届けたいという気持ちと、側で守ってあげたいという保護欲みたいな気持ちがこの胸に湧くんだ」
「それは私にもある」
「シンジ君の娘というのも理由の一つだけど……やっぱり希望なのかもしれないね」
「……そうね。私達にとっては始まりの可能性」

何か……とてつもなく意味がある気がする意見に聞き耳を立てていたスタッフは二人の会話に注意を向けている。

「それって、多分だけど恋愛感情じゃないわよ」
「そうだろうねぇ……多分、僕にとって彼女は大切な友人の娘で姪っ子みたいな存在なんだろう。
 昨日はそういう部分を言わなかったから、彼に誤解されたんだよ」
「アタシも日本語は話せるけど……覚えたての頃は微妙なニュアンスに失敗する時があったわ」
「私にとっては妹なのかしら?」
「多分ね。アンタには家族が居ないから甘えてくれるリンは大切な家族でずっと側に居て欲しいと思っているんじゃないの?
 だから離れる要因に対して攻撃的になってしまうのかもね」

アスカの考えを聞いてレイは考え込んでいる。

「レイの場合は保護者に問題が有り過ぎなのよ。
 アンタの場合は人付き合いが限りなく制限されていたもんだから……スキンシップさえ知らない状態だし。
 小さい子供がお母さんと一緒に寝たがるのは人肌の温もりが好きだし、一人で眠るのが寂しいのもあるわ。
 偶にレイが寝ぼけて、リンの布団に潜り込むのもそういう気持ちがあるからじゃないかな」

レイが寝ぼけて、リンの布団に潜り込んで朝まで仲良く眠っている事は良くあったし、今もそんな日が偶にある。
リツコがレイを預かった当初は仲良く一緒に寝ていたので、その名残だろうとアスカは考えていた。

「アタシもさ……落ち着いて自分を見つめてみると子供っぽい部分があるのよ。
 早く大人になるって宣言していたんだけど、裏を返せば自分がまだ子供だって気付いていたのよね。
 そう思うと自分を省みるって結構重要だわ……振り返る事で見える物もある事に気付いたし」
「省みる事で先に進む事は重要だね。人はそれを怠る者が多いみたいだけど」
「そうなのよ。アタシもさ、よくよく考えると年齢制限がある以上、いつかは乗れなくなるのにエヴァに拘っていたわ。
 確かにエヴァで一番になるのは良い事だと思ったけど……いずれは後から来るチルドレンに抜かされるのよ。
 どんなに足掻いても年は取るから、どうにもならない事なのに気付かなかったのはバカよね」

苦笑いのような表情でアスカは話しているが、そこに至るまでの葛藤は相当あったんだろうなと聞いていたスタッフは思う。
年齢制限のある機体なので一定の年齢に到達すれば……後は下り坂になるのは避けられない。
本来は大人がその点に気付いて、精神的なケアの用意もするべきなのに怠っている。
動かせなくなった時は用済みと言ってポイ捨てするような真似をすれば、心が傷付くのは間違いない。
冷酷なゲンドウなら……平気でそんな行為を行って傷付ける可能性が高いし、葛城ミサトもチルドレンを道具のような扱いをしているので心のケアなどしないだ ろう。
リツコ辺りならしてくれる気もするが……彼女は居ない。
いざという時は自分達が子供達の心のケアをしなければならないと決意していた。
子供に戦争をさせている責任は取らなければならない……それが大人の仕事だと思っていた。



赤木リンは独房の中でノンビリと過ごしていた。
保安部長が利かした機転のおかげでネルフの分裂の危機はひとまず先送りとなったが、リンの営倉入りは技術部を中心にネルフ内の反司令の勢力拡大を一気に進 ませていた。
クッション役の冬月は不在で、しかもネルフの良心回路?というべきリツコも離反した。トラブル発生時に即座に対応出来る人物できちんと説明立てて会話出来 る二人の不在はスタッフの作業効率に影響する。
特に技術部のトップが不在になり、その代わりとなっているリンを幽閉するとは何事だと叫びたい職員は多い。
一応の上官であるがゆえにゲンドウに対する反意をあらかさまに見せてはいないが……内心ではもはや見限り掛けていた。
ネルフという組織は対人恐怖症のゲンドウが反抗されないようにイエスマンばかりを集めた集団に近い組織だ。
したがって能動的に動く人材は稀少で指示を出してくれる人間がいないと困る者が多い。
部長や課長クラスの人間はある程度は指示を出しているが、組織全体の指示を出すような事はしない。
責任を取るというような発言などしないし、取ろうという気概もない。
トラブルが発生しても、自分から動いて解決するような人物はリツコくらいしか居なかった。
円滑に交渉を進めるというスキルを持つのは冬月とリツコくらいだった。
そんな理由で子供といえど、的確な指示を出してくれる人物は非常にありがたかったのに行動を制限されて現場は困惑していたのだ。

「…………この組織って、ダメ人間が多いわね」

独房内に設置したノートパソコンに指示を求めるメールが来る。

「人を威圧して自分の思い通りに話を進めるのが交渉だと勘違いしている馬鹿のおかげで……ああもう!」

総務部からの泣き言メールを読んでリンは苛立っている。
上の議会との交渉の席ではゲンドウが威圧しながら会議を自分の思う通りの方向で進めて終わらせるので……反発が大きい。
一方的に通達を出して、現場の意見を聞かないゲンドウに対する不満は両者の中に燻っている。
兵装ビルの再建の仕事を受け持つ総務部の下の施設課は煽りを受けて混乱の渦中にあった。

「……ったく、兵装ビルの再建なんて後回し。まずは一般職員の家族の避難を勧めるように……と」

戦自の第三新東京市への侵攻作戦が近い事をリンは知っている。
一応非武装の民間人を襲うような真似をお父さんがさせないと分かっているけど……ゼーレの方は無差別にやる可能性が高い。

「カヲルお兄ちゃんに待機命令を出している以上、量産機はまだ完成していないわね。
 多分完成と同時に動かして、その数日後にヒゲの乱心を報告でもして動きなんだろうけど……好きにさせないわよ」

ゼーレの老人達は大嫌いなので、好き放題させたくないし……手加減する理由はない。
予定では自分達が出る事はないから……ちょっと不満はあるけど、これが終わればお父さんと一緒に居られるから我慢する。
エリィも弟か妹を作ろうと考えているので、やっと末っ子からの脱出にリンは上機嫌だった。

「優しくて可愛がってくれるけど……いつまでも子供のままで居たくない。
 守ってくれるだけの存在じゃなく、一緒に戦う事も出来る存在として認めて欲しいんだよ」

ママのようにお姉ちゃん達と対等でありたい。甘えさせてくれるのは嬉しいけど……背中に隠れ続けるのは嫌だ。
自分を大切に思ってくれるように、自分もお姉ちゃん達がとても大切だから足枷になりたくない。
だからこそ経験が足りないのなら、増やす為に此処に来たのだ。
弱い自分を認めた上で足りないものは何かを考えて、強くなる為に頑張ってきた。
家族だからこそ、ずっと共に生き続ける為に助け合う……そんな当たり前の行為を皆と一緒にしたいのだ。


ゲンドウがこちらに近付いてくるのを感知して……見えない位置に荷物を隠す。

「……何か用?」
「…………」

サングラス越しに睨むようにゲンドウがリンを見つめている。

「……頭は冷えたか?」
「キンキンッに冷えたわ。おかげで碇ユイを始末するのに躊躇う理由も吹き飛んだ」
「……ここから出たくはないのか?」
「その気になれば、いつでも出られるわ」

ギリッという歯軋りの音が静かな空間に響く。
営倉に閉じ込める事で反省を促すつもりが、悪い方向に進んでしまったのでゲンドウが苛立っている。

「大体自分から志願してエヴァに入った婆さんより、お父さんをサルベージするのが先よ」
「……シンジが初号機の中枢である以上……外せない」
「大丈夫よ。切り替えなんて簡単に出来るわ。
 人の生きた証として永遠に遺りたいって言ったんだから閉じ込めておけば良いの。
 分かってんの? こんな意見を出している時点で、あんたの存在は一番じゃないのよ」
「馬鹿な……」
「事実でしょうが。あんたにとって一番でも、碇ユイにとっては一番じゃないだけ」
「だ、黙れ!!」
「あんたも薄々気が付いていたんでしょう……だからそうやって否定しようと躍起になっている」
「黙れと言っている!!」

激昂して怒鳴りつけるゲンドウの声を軽く流して……リンは備え付けの寝心地の悪いベッドへ向かう。

「暇なんで寝るわ……お休み」

毛布を頭から被ってゲンドウの視線を遮って後はだんまりを決め込んだリン。
そんなリンに更に苛立ちを感じながら、最も考えたくなかった点を指摘されたゲンドウは背を向けて逃げるように去って行く。
仮に技術部にサルベージを行わせたとしても、十年前に失敗し、その後も二度目も失敗、三度目でやっと成功したという結果しかない。
絶対に成功させろと指示を出しても、失敗する確率が高い以上は避けたい。
確実に成功させる方法が目の前にあるのに、博打を打つほどの勇気はゲンドウの中にはない。
リリスの名代であるリンの許可がない状態でサルベージしようものなら……リリスがユイを処分する可能性も捨て切れない。
暴力で対抗しようにも、相手は使徒。力づくという選択肢は最初から間違っていたのだとゲンドウは思い知らされていた。
人とは違う強大な存在と向き合う必要がある。
しかし、人と向き合う事も出来ない臆病者には……そんな勇気は何処にもなかった。











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どうもEFFです。

いよいよ次あたりで渚カヲルが動く事になりそうです。
物語は多分?急展開すると良いかな〜なんて思っています。
問題は何号機を動かすかですよね。
男の友情で初号機か、それとも使いやすい零、弐号機か……迷います。
トコトン嫌がらせをするんだったら初号機でしょう。

それでは次回もサービス、サービス♪


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