神楽坂 明日菜は居候であるネギ・スプリングフィールドの今の状況には思うところはあるが、

「仮病を理由にしてズル休みなんて許さないわよ!」
「ア、アスナさん! パ、パンツにだけは手を掛けないでください――」
「教師が登校拒否してどうすんのよ!!」

流石にズル休みを許すだけの優しさは持ち合わせていなかった。
少々強引にパジャマを脱がして、着替えさせてオロオロと逃げ腰のネギを抱え上げて登校する。

(そりゃあさ、本物の吸血鬼に狙われてるのは怖いかもしれないけど……エヴァちゃんだよ)

見掛けで判断しているアスナはとてもネギが怯える理由が今ひとつ理解できなかった。


春の陽射しに桜の花が嬉しそうに咲き誇る道を歩きながらアスナは思う。

「ひえ〜〜ん」
(ホントに手間の掛かるガキんちょなんだから)
「お、降ろして下さい!
  も、もしエヴァンジェリンさん達に会ったらどうするんですか?」
「そん時は校内暴力で停学にでもすれば?」
「そ、そういう簡単な問題じゃないんです」

ネギは手足をバタバタと動かしながらアスナに抗議するが、アスナはしっかりを抱え上げて逃げられないようにしていた。

――そうだ。パートナーのいない今のお前では勝てんぞ
……悪いがお前が死ぬまで血を吸わせてもらおうか

(ど、どうしよう? 相手は魔力を封じられているけど、歴戦の魔法使いで吸血鬼なんだよ。
  ぼ、僕……魔法戦闘なんて初めての見習いだし、こ、殺されちゃうよ〜〜っ!!)

初めての戦闘での敗北で自信喪失のネギはテンパっていた。




麻帆良に降り立った夜天の騎士 十時間目
By EFF




(……情けない)

教室に入ってきたアスナとネギを見つめるリィンが最初に思った感想はその一言に尽きた。
高町 なのは、フェイト・テスタロッサの二人に主であった八神 はやてはどんな状況でも諦めずに立ち向かう勇気を持っていた。
想いの強さを貫き通した三人の少女を知るだけにみっともないイメージだけが先行する。

(まあ初めての戦闘だから仕方ないか……)

後ろから声を掛けてきた茶々丸に驚き、慌てふためく姿にリィンは若干の失望感を覚えていた。


しかし、三人の少女が魔砲少女、もしくは白い悪魔と後に呼ばれる事やバトルマニアっぽい魔剣少女や自身の主が天然系のノリのいい関西人である事をリィンは知らなかった。

……思い出は美しいままに昇華されていた一例だった。




(はあ〜〜……新学期早々こんな大問題が起きるなんて)

何とか精神を復帰させた?ネギは授業を進めている。

(やっぱり魔法使いにパートナーは必要なんだ……。
  でもパートナーなんて、簡単に見つかるもんじゃないし)

授業に身が入らずにアンニュイな空気を纏いながらため息を吐く。

「ふう……」

そんなネギの様子に生徒達は何事かと小声で話し合っている。

「な、なんやネギせんせ……どないしたんや?」

和泉 亜子の素朴な疑問がクラス中に広がっていく。
様々な憶測が飛び交いながら……最終的に「ネギ王子様説」が中心になり、もしかしたらパートナー探しで考え込んでいるのかという意見が大勢を占め始めている。

「ふう……(この中に僕の運命のパートナーが……!)」

熱っぽい視線でクラスを見渡し始めたネギに生徒達はドキドキしている中、ネギは視界の片隅に映った少女――リィンフォース――の強さを思い出して一縷の望みを懸ける。

(そ、そうだ……リィンフォースさんの力を借りる事が出来れば。
  多分だけど魔力の放出を感じたから本当は騎士じゃなく……魔法使いだと思う)

ゴーレムを一撃で粉砕できるほどの力と、実戦経験が自分よりありそうな彼女の力を借りられれば……もしかしたらと考える。

(ホントは自分だけで何とか出来れば良いんだけどパートナーは必要なんだ)

詠唱中に無防備になるのを何とかしなければ勝てない事は昨日の夜に思い知らされた。
前衛を任せる事が出来る人物がいなければダメな以上……パートナーを早急に見つけなければならないとネギは焦っている。

「ネギセンセー、読み終わりました」
「あ、はい。ご苦労様でした、和泉さん」

読み終わった亜子に声を掛けてからネギは視線を最後尾の席に座っているリィンに向ける。

「リ、リィンフォースさん!」
「何、ネギ少年?」
「ぼ、僕のパートナーになって下さい!!」「は?」

一瞬教室から音が消える爆弾発言をネギは行ってしまった。
言われたリィンフォースは、何を言うんだという気持ちを素直に顔に表して動きを止めていた。

「ええ―――――っ!!」

「い、いいんちょ!? しっかり!」
「の、のどか!? しっかりするです!」
「ま、まき絵が凍りついた!?」
(く、空気読めよ! 先生)

ネギ・スプリングフィールド……空気が読むのがまだ未熟な少年だった。
ネギに好意を持っていたあやか、のどか、まき絵の三人の少女はそれぞれに絶望的な顔になり倒れ伏す。
そんな三人に友人達が慌てて駆け寄ってフォローの声を掛けたりしているが……口から今にも魂が出そうなくらい深刻な状況を食い止めるのが精一杯だった。
彼の一言で教室は混沌の坩堝と化していた。

「……それはどういう意味でしょうか?(一応、確認しておくか)」
「で、ですからパートナーに……」
「それは私にプロポーズしたと考えてよろしいんですか?」
「え゛?」

今になって自分が授業中で、しかも生徒がいる前でとんでもない発言をしてしまったと気付いたネギ。
まさか魔法使いの従者になってくれと言うわけにも行かず……大混乱している。
聞いていたアスナはため息吐いて、この後に起こる混乱をどう収拾するかで頭を痛めていた。

(ホントにテンパっているな〜……これであやかにライバル認定されそうな気がする)

ネギの事は好きでも嫌いでもないのにパートナー発言のおかげでネギへの愛に溢れているあやかを筆頭にネギ争奪レースの本命扱いになりそうで憂鬱になる。
特に朝倉 和美と早乙女 ハルナの二人が危ない目つきでリィンを見つめている。

「うちのリィンさんに手を出しますか……やはりマスターの言うようにスプリングフィールド の名を持つ男性は敵ですね」

可愛い娘に毒牙を掛けようとするネギに茶々丸の母性が敵として認識し始めていた。

「……とりあえず返事は放課後で構いませんね?」
「え、ええと……そうして頂けると助かります」
「いいお返事は出来ないかもしれませんが……」
「そ、そうですか……」

ガガーンと崖から突き落とされたような擬音が聞こえそうな顔になるネギに生徒達は「マジで本命か?」と小声で囁いている。

「ネ、ネギく〜ん」
「は、はぅぅ〜〜ネギせんせ〜〜」
「な、なぜ、ネギ先生は私を選んでくださらないのですか?」

そんな声が聞こえる中、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、

「す、すいません、リィンフォースさん。
  突然こんなお話をしてしまって」
「リィンで良いですよ。確かに急なお話なのでビックリしてますけどね」

フラフラと身体に力が入らない様子でドアにぶつかり、

「ハハハ……大丈夫です、ハイ」

心配する生徒達に乾いた笑みを浮かべ……大きなため息を吐いて教室から出て行く。
生徒達はネギがフラれたと思って更にダメージを受けたのかと考えているみたいだった。

「ちょ、ちょっとネギ――」
「ア、アスナさん、一体どういう事ですの?」
「ネギ先生、そうとう元気ないし?」
「ねえねえ、どうしたの?」

追いかけようとするアスナにあやか、亜子、まき絵が聞いてくる。
他の生徒も様子がおかしいネギを心配しているのか、アスナの返事を待っている。

「いや、なんかさー……パートナーが見つからなくて困っているみたいなのよ。
  見つからないと色々と不味いみたいらしいの」

アスナが返事をしながら、視線をリィンフォースへと向ける。

「リィンちゃん、パートナーになれそう?」
「……難しいわね。多分、私の保護者が大激怒しそうな気がするし」

リィンは頭の中でエヴァンジェリンが怒り狂う姿を想像して苦笑いしている。
過保護じゃないけどエヴァンジェリンは自分を大事にしてくれている以上、ネギじゃなくてもエヴァンジェリンの眼鏡に適った人物以外は絶対に認めないと考えていた。

「そっかー」
「まあ放課後に返事をするからアスナも立ち会ってね」
「え? 私が立ち会うの?」
「ネギ少年の保護者でしょ?」
「ああ、もうしょうがないわね。じゃあ放課後ね」

とりあえずアスナとリィンフォースが返事を何時するかを決める。
そのままアスナはネギを追い、リィンフォースはため息を吐いて次の授業の準備を行おうとするが、

「リィンフォースさん! これより貴女を私の最大のライバルに認定しますわ!!」
「いえ、結構です」
「な!? しょ、勝者の余裕のおつもりですか?」
「一応お断りするつもりだけど」
「な、何故ですか!? ネギ先生の気持ちを踏みにじるおつもりですか!」
「……良い返事してもいいの?」
え゛?……そ、それは……」
「どっちなのよ?」
「ネ、ネギ先生のお気持ちを考えると……ですが私がパートナーになりたい気もしないわけでは……」

ネギの望みを叶えたい反面、自分がパートナーになりたいという気持ちがあるあやかは苦悩している。
このあやかとの会話を皮切りにリィンはクラス一同の追及に辟易する事になった。

「う〜ん。ネギ君からはホンの少しラブ臭があるみたいだけど……リィンから無いから大丈夫かな」
「信じて良いですね?」
「ハルナ〜〜?」
「今日も信じても大丈夫だよ……多分」

ハルナの怪しい得意技のラブ臭感知を夕映とのどかはこの日は心の底から信じようとしていた。

「さあネギ先生争奪戦のオッズを考えようか♪
  本命はリィンで、対抗馬にいいんちょ、大穴で宮崎、まき絵って感じかな」
「アスナも結構怪しいけどね」
「そうそう円の言うとおり」

和美の予想を聞きながら、釘宮 円(くぎみや まどか)、柿崎 美砂(かきざき みさ)の二人は強運の持ち主の椎名 桜子(しいなさくらこ)に予想を尋ねる。

「う〜ん……まだ同一線上みたいだし、リィンの目はないような気がする」
「そっかーまだこれからなんだ」
「少し状況を見定めてから賭けたほうが良いのかも」

そんなふうに三人のチアリーダーズは話し合う傍らで運動部四人組は友人の恋の行方を相談している。

「大丈夫だって、リィンはいい返事が出来ないって言ったし」
「うう……そうかな?」
「大丈夫やって。リィンはウソ言うような子やないで」
「……大丈夫」

明石 裕奈(あかし ゆうな)を筆頭に亜子と大河内 アキラがまき絵のフォローをしている。

「アイヤー、師父も罪作りネ」
「ネギ坊主……老師が好きだったアルか?」
「そうでしょうか? ネギ先生も好きという感情で言ったようには見えませんでしたよ」

超 鈴音が少し意外そうな顔で見つめ、古 菲が複雑な気持ちで応援するべきか悩み、葉加瀬 聡美がリィンの好みじゃないと判断して意見を述べている。
この後も様々な意見が飛び交い教室は困惑する者、応援する者、三角関係に発展するのを期待する者などに分かれて複雑に絡み合いそうな恋模様を生温かく見守ろうとしていた。


しばらくして、ある程度の事態の収束が見え始めた時、

「じゃあ私が振った後……任せるね」
「オーケー、フラれたネギ先生を励ます会の準備をしておくよ」

最終的に朝倉 和美プロデュースでネギを励ます会が行われる事になる。

「フラれたネギ先生を慰めて……私のものに……これで決まりですわ!」
「わ、わ、私も―――っ!」
「わたしもりっこうほ――!」
「なんですって!?」
「励ます会じゃなくて……逆セクハラ会かもな」

このクラスの良心である長谷川 千雨のツッコミが虚しく零れていた。



一方、ネギに追いついたアスナは、

「ネギ……いきなりリィンちゃんが困るようなこと言うんじゃないわよ」
「で、でもリィンさんがパートナーなら勝てる気が……」

この一言にアスナは少しムッとした感情を覚えて途惑っている。

(な、なんで苛立つのよ……あ、あたしの好みは高畑先生みたいな渋いおじさまなのに〜〜!!」

途中から本音を漏らしながらアスナは壁に頭突きをして、しっかりとショタコン疑惑を否定する。

「ア、アスナさん! し、しっかりしてください!!」
「ハッ! だ、大丈夫よ……私はショタコンじゃないから」

何とか混乱を収めて?ネギを安心させるアスナ。

「と、とりあえず今日の放課後に返事をするって」
「わ、分かりました」
「あんまり期待しちゃダメよ……なんか保護者の許可もなくパートナーになるなんて無理みたいな言い方だったの」
「ほ、保護者ですか?」
「もしかしたら……魔法の先生かもしれないでしょ」
「あ? そ、そうですね」

リィンを通じてこの学園に滞在する魔法使いの助力を得られる可能性を考えて希望の光が見えてきた気がするネギ。

「も、もしかしたら本当に何とかなるかも♪」

希望の光を感じてはしゃぐネギを見ながら、その浮かれようにアスナは一抹の不安を感じている。

(こういう時に感じる嫌な予感って結構当たるから困るのよね)

そうアスナの予感は見事に的中していた。
リィンフォース・夜天の魔法の師はネギと対立中のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル だった。
……その事をネギはまだ知らなかった。




様々な混乱を巻き起こしながら今日の授業を無事?に終えたリィンは校舎の近くにある四人掛けのベンチでネギ達を待つ。
周囲に身を隠せる物がなく、後を付けていた生徒達は近づけない事にやきもきしながら見つめている。

「あれ? 集音マイクの調子が……」
「何やっているんですか、朝倉さん!?」
「そうだよ、こういう時こそ朝倉の活躍を期待してるんだよ」

集音マイクを使って三人の会話を聞こうとしてた和美を中心とした面子は地団駄を踏んでいる。

「ゆえ〜どうしよう?」
「誰か、読唇術使えるですか?」
「ラブ臭は感知できるけど……それは無理だね」

和美を中心にあやか、チアリーダー三人組、まき絵達の運動部組、夕映率いる図書館探検組に鳴滝姉妹がリィンを監視中。

「……暇人ばかりなんだから」

あらかさまにクラスメイトから監視されている状況にリィンは頭痛を感じていた。

「朝倉は集音マイクまで持ち込んでくるし……防音の結界張っておいて正解だね。
  ついでに虚像で偽装して唇から会話が読めないようにしておこうっと」

リィンは気付かれないように魔法を使用して、これから始まる話し合いの内容を聞かせない事にする。

「ゴメン、遅れちゃった?」
「すみません、仕事を片付けるのが遅くなって」
「いえ、時間通りですよ」

保護者?同伴のお見合いにも見えない場面にクラスメイト達は目を皿のようにして見つめていた。

「よかったら飲んでね」

ネギとアスナに此処に来る前に買っていた缶ジュースを差し出す。

「あ、ありがと」
「ぼ、僕がみなさんの分を出します」
「それには及ばない。これも必要経費みたいなものだから」

慌ててネギが三人分のお金を出そうとするのをリィンが止める。

「とりあえず正式に自己紹介するね。
  私の名はリィンフォース・夜天……今現在はここの警備員の仕事をしているフリーランスの魔法使いって立場ね」
「そうなんだ」
「僕、初めて聞きました」

居住まいを正して、二人に自己紹介をしたリィンに二人は前回見た強さに納得していた。

「まあ魔法使いというのを隠すためにベルカの騎士っていう設定にしてるの。
  本当はアスナにも内緒しなきゃならないけど……ネギ少年が初日にバラしたし、係わっている以上は仕方ないと判断したの」
「「え?」」
「まあ人助けをした所為でバレたのはしょうがないと判断して上には報告してないよ」

クスクスと笑いながらリィンは固まっている二人に告げる。

「しかし、アスナも災難だよね。いきなりパンツを消されるなんて」
「……忘れて、お願いだから」

忌まわしい過去を思い出す事件を言われてアスナは涙目でリィンに忘れるようにお願いする。
ネギは自分がいきなり失敗した事を知られて……蒼白な顔で聞いていた。

「正直、ネギ少年が安易に魔法を使ってばかりいるから……ちょっと失望したかな」
「ご、ごめんなさい……」
「本来は魔法をギリギリまで使わずに困難を克服するのが隠された目的だと思ってたのよ」
「え、ええ!? そ、そうなんですか?」

リィンの忌憚ない意見にネギは安易に魔法を使っていた自分を恥じていた。

(確かにそうかもしれない……僕って、何かあったらすぐに魔法を使っていたし)
「ふーん、それじゃネギの修業はいきなり失敗みたいなもんね」
「そうかもね」
「う、ううぅ……」

肩身が狭くなり小さくなっているネギだった。
そんなネギの様子を遠くから見つめていたあやか達は、

「ああ、ネギ先生が落ち込まれていますわ!」
「どうする、乱入しちゃう?」
「いえ、まだ会話が続いているので止したほうが良いです。
  完全に話が終わらない内に介入すれば、まだチャンスがあるかもとネギ先生が思うかもしれないです」
「オオ――!」

夕映の意見にその場にいた生徒達が感心している。

「どうせならきちんとフラれてから……その心の隙を突くのが効果的ですよ、のどか」
「え、ええっと……頑張るわ、ゆえ」
「王道のパターンで行くってか?」

ギラリと怪しげに眼鏡の反射光を見せてハルナが何度も頷きながら夕映の意見を肯定する。

「う〜ん、私個人としてはこのまま乱入して独占取材したいんだけどね」
「ダメです。リィンさんの逆鱗に触れたら……潰されます」

和美が取材を敢行しようとするのを夕映が止める。

「あの人はライトニングバーサーカーですからね」
「そやで、リィンちゃんだけは怒らしたらあかんて」

今まで見ているだけだった木乃香が夕映の忠告に同意する。

「ウチの持っとるハンマーなんか……リィンちゃんのハンマーに比べたら月とスッポンなんやで。
  あれは走行中のトラックに撥ねられるのと変わらへんからなー」
「そうです。普段のリィンさんは優しい方ですが、怒らせると容赦しませんから」

木乃香、夕映の顔が非常に険しい顔になるのを見たクラスメイトは乱入する気が失せていた。
そんな状況でネギ達の会話は続いていた。

「そ、それでですね。僕、今吸血鬼のエヴァンジェリンさんに狙われているんです」
「それも知っている。ただ私は今回の事件でネギ少年の味方をする事を学園長のジジイから禁じられてるの」
「ええ!?」
「どういうことよ?」

驚くネギを見ながらアスナがリィンに事情を聞く。

「ジジイの悪趣味。エヴァがネギ少年を襲うのは最初から決定していたと言えばいいのかな。
  これもネギ少年の試練の一つで、私に言わせれば悪趣味極まりないけどね」
「木乃香のおじいさんも面倒な事やるわね」
「私はトラブルが起きた時に対応するのが今回の仕事なのよ」
「リィンちゃんも苦労しているのね」
「まあね」

アスナはリィンが今回の事件での隠蔽工作を担当すると知って同情的な視線を向けている。

(もしかしたらネギの巻き添えを食らって私みたいに脱がされるかも……)

今でこそ暴走しなくなっているようだが、ネギがセクハラめいた魔法と使う事をアスナは知っていた。
その所為か、リィンに自分の時と同じように被害が及ぶかと思うと不安になっていたのだ。

「大体の事情はエヴァから聞いたとは思うけど、全ての原因はネギ少年のお父さんにあるの」
「父さんにですか?」
「そう……登校地獄の呪いの事は聞いたわね?」
「あ、はい。魔力を封じて、この学園で学生生活をしなきゃならないって」
「十五年も中学生生活を続けているのよ。
  しかも卒業ごとに生徒の記憶から消去されて、また一年生からやり直しでね」
「それって……なんかひどくない?」
「囚人じゃないけど、幽閉と一緒」
「ネギのお父さんって、結構ひどい事するのね」
「と、父さん……何をしているんですか?」

尊敬する父の所業にネギは軽いショックを受けていた。

「まあエヴァのほうにも問題があってね」
「え、そうなの?」
「真祖の吸血鬼でね、命を狙ってくる連中から身を守っていたけど……人を殺しているのも事実よ。
  まあ女、子供は殺していないけど」
「そっかー。そういう問題もあったんだ」
「本人は自分の身を守っていただけなんだけど……気が付けば犯罪者っていう悪循環。
  600万ドルの賞金首にされた事もあるのよ」
「うわー……それって泥沼じゃない」

世間話のように場の空気が重くならないように話すリィンに二人は複雑な顔で聞いている。
人殺しはよくないとアスナは思うが、狙ってくる連中がいる以上は自分の命は自分で守らなければならないと気付かされる。
殺し、殺されるという不条理な世界を垣間見てアスナはやりきれない思いに顔を顰めている。
ネギはネギで、父とエヴァンジェリンとの間に遺恨があるから自分は狙われたと聞いて途惑っている。

「じゃあ僕が狙われたのは呪いの解呪の為に?」
「もうネギ少年のお父さんは亡くなられたし……無茶苦茶な術式で解呪出来ないのよ。
  ネギ少年のお父さんって凄い魔法使いと思っている人が多いけど……実際はそうじゃないみたいなの」
「え、どういう事ですか?」

父が魔法界では英雄サウザンドマスターと呼ばれている事を誇りに思っていたネギはリィンの言葉に不快感を感じていた。

「エヴァから聞いたんだけど、ネギ少年のお父さんって呪いを掛ける時にアンチョコ見ながら掛けたらしいの」
「……は?」
「なんでも魔法学校中退で長い呪文を唱える時は常にアンチョコ見ながら唱えていたんだって。
  巨大な魔力を持っていたけど、いい加減な魔法使いみたいだね」
「ええ―――っ!?」

リィンから知られざる父の一面を聞かされて驚愕するネギだった。

「……アンチョコ見ながら呪文を唱える魔法使いね」
「見習い魔法使いとも言うわね」
「…………ハ、ハハハ……父さん……」

乾いた笑みを浮かべて真っ白に燃え尽きていたネギを見ながらアスナとリィンは話を続ける。

「普通の人間でも十五年も幽閉されて、出られる手段も失ったら嫌がらせの一つもしたくなるでしょ?」
「……そうかもね」
「しかも呪いを解くにはネギ少年の血液が必要となれば?」
「……狙いたくなるわね」
「まあ、安全に解呪出来る方法を模索中で……今回のはネギ少年の力を試しているのよ。
  最初にエヴァが歓迎の言葉を言ったと思うけど、それはウソじゃないの」
「……ぶっそうな歓迎の仕方ね」
「まあね。でも、こうなる事は最初から判っていたのに学園長は何の手も打たなかったこと」
「あ、悪趣味ね」

裏の事情を知ったアスナは木乃香の祖父のイタズラ心に呆れ返っていた。

「だから、この学園で生活している魔法使いは誰も手を貸せないの。
  ネギ少年の場合は、いざとなったら安易に手を貸してもらおうと考えたりすると修業にならないから」
「そっかそっか……確かにそれじゃ修業になんないわね」
「この前の図書館島の件だって安易に魔法の本を使おうと考えるのはダメなのよ。
  しかも盗掘行為までしてくれるし……成功していたら大問題だったんだから」
「ゴ、ゴメン……あれ、私が言い出したの」

図書館島の件を言われてアスナがリィンに手を合わせて謝っている。

「アスナの所為じゃないわ。安易に魔法を使ってアスナにバラしたネギ少年が元凶なの。
  幸いにも本は無事に返却できたし、今回は不問処すって大司書長が温情措置してくれたから問題にならなかったよ」
「う、うぅ……すみません、リィンさん」

流石に裏事情を聞かされてネギは申し訳なさそうに縮こまっている。

「まあ終わった件はこれくらいにして……本題に入りましょう。
  私は学園長の指示で中立の立場を取らざるを得ないの。
  残念だけど、ネギ少年のパートナーにはなれないし……なったらエヴァが本気で怒ると思うのよ」
「なんでエヴァちゃんが怒るの?」
「エヴァが私の保護者だからよ。
  私は大体一年前に死に掛けていたところをエヴァに助けてもらって生きてる。
  だから、エヴァが怒るところとか、悲しむ顔を見るのは出来ない」
「そ、そうなんですか?」
「それじゃ仕方ないか」
「エヴァと茶々丸は私の大切な家族だからね」

大切な家族とリィンから聞かされて、ネギもアスナも途惑っている。

「もうすぐ大停電があるのはアスナは知っているわね?」
「え、ええ知ってるけど」
「その日は一時的に封印が解けるからエヴァがネギ少年を試すって言ってるわ。
  私はパートナーにはならないけど、その日までにネギ少年を少し鍛えるのが仕事」
「え……良いんですか? その……学園長の指示に逆らっているんじゃ」
「別に学園長の悪趣味に付き合う気はないの。
  学園長はエヴァのストレス解消になればと思っているみたいだから、ネギ少年を鍛えるのは趣旨に反しないわ」

自分に手を貸すのは不味いと思っていたネギにリィンは問題にならない範疇で協力すると告げる。

「エヴァも構わないって言ったし」
「なんでよ?」
「弱いネギ少年じゃ退屈しのぎにならない。
  ナギの息子なんだから、あの程度でピーピー泣くようじゃ面白くないんだって」
「あうっ!」

前回のみっともない姿を思い出してネギがどんよりと暗く落ち込んでいく。

「パートナー探しはネギ少年がするとして、私は実戦向きの一つ呪文を教えてあげる。
  『戦いの歌(カントゥス ベラークス)』……自身に魔力供給をして運動能力を向上させる魔法使いが戦う時に必要な手段よ。
  これは戦う魔法使いにとって必須な呪文だから覚えておいて損はないわ」
「あ、ありがとうございます!」
「礼はいらないの。これはね、ジジイに対する嫌がらせだから」
「「え?」」

お礼を告げるネギにリィンは邪笑にも見える表情で答える。

「あのジジイは突発的なアクシデントにどうネギ少年が対処するか見たいんだろうけど……私に話した時点で失敗なのよ」

クククと完全に真っ黒な空気を纏ってネギとアスナを怯えさせながらリィンは話す。

「ジジイの思惑通りに動いてやるもんですか……」

やはりエヴァンジェリンの影響を受けてイジメっ子体質が徐々に表に出てきているのかもしれない。

「まずネギ少年には格闘戦も今後の為に学んでもらう。
  見たところ、多少は魔力を使って身体能力を上げているみたいだけど……動きは素人の域ね」
「僕、格闘技とか学ぶ必要があるんですか?」

魔法使いに格闘技が必要なのか判らずにネギは不思議そうな顔でリィンに尋ねる。

「必要よ。だってネギ少年は……ナギ・スプリングフィールド の息子だから。
  英雄ってね、大勢の人を傷つけたり、時にはたくさんの人の思いを踏み躙ったりもしなきゃならないの。
  当然、人の怨みを買う時だってあるわ。
  でもお父さんが死んだ以上、その恨みの矛先は残されたネギ少年に向かうのは当然よね」

リィンの一言にネギは六年前の村が燃える日の事を脳裡に浮かべて身体を震わせる。

「ちょ、ちょっとネギ!?」

急に青い顔になって震えるネギをアスナが心配そうに見つめる。

「その分じゃ心当たりもあるみたいね。
  今までのネギ少年は様々な大人が守ってきたけど……これからは自分の身は自分で守らないといけない」
「……リィンちゃん」
「……強くならないといけないんですね?」

ネギが俯いていた顔を上げて、まっすぐにリィンの顔を見つめる。

「そうよ……いつまでも誰かに頼っていられる時間はない。
  幸せな時間が何時までも続くとは限らない……この世界のルールなのかもね」
「まだ十歳のガキんちょにそんな厳しい事を言わないでも……」
「何時までも続くと思っていたわ。
  でもね、私はそう思い続けて……大切なものを全て失ったのよ」

アスナがちょっと注意するように話すが、リィンは寂しげな笑みを浮かべて有無を言わせない。

「私の家族はギリギリのところで救われたけど……犠牲にされかけた」
「……え?」
「大勢の人を救うためなのか、私怨なのか……そのおかげで幸せは踏み躙られ、生きてはいるけどもう二度と逢えない現実」

日が沈みかけ、赤く染まる空が何処か寂しげな風を運び、重い雰囲気へと変えていく。
ネギはリィンの表情や仕草から心の中で泣いているように見えた。

「ネギ少年は私みたいに痛みを伴った悲しみを知らないように強くなりなさい。
  ナギ・スプリングフィールドという魔法使いの跡を受け継ぐ以上……遠からず戦わなければならない時が来るわ」
「……はい」

父の後を追いかける以上は危険な事は必ずある。
ネギは分かっていたのに……まだその重さを十分に理解していなかったと気付かされた。

(そうだ。父さんの背中を追い続けるなら……あの日のような事件が起きるかもしれないんだ。
  今度は泣いてばかりじゃいられない……僕は強くならないとダメなんだ)

ここは自分がいた村でもなければ、魔法学校でもない。
いざという時は誰かに頼るわけには行けない……自分で何とかしなければならないとネギは気付かされた。

「明日の朝から古 菲に拳法を学べるように手配したわ。
  常に万全の状態で戦えるわけじゃない。準備不足の時は今あるもので戦うしかない……それが私とエヴァの考えよ」
「え、エヴァンジェリンさんが!?」
「あなたがナギ・スプリングフィールドの息子である事を誇りに思うなら全力で戦って胸を借りなさい」
「は、はい!!」

しっかりと頷いたネギに満足してリィンは家路へと足を向ける。

「ま、頑張んなさい」
「僕、頑張りますね、アスナさん!」

落ち込んでガタガタ震えていたネギの姿はなく、気合を入れ直している姿にアスナは一安心する。
この後、夕刊配達のバイトに行ったアスナと別れたネギはクラスの生徒達による"ネギ先生を励ます会"の逆セクハラに振り回される。
そしてイギリスから逃亡してきたオコジョ妖精のアルベール・カモミールを助言者に加える事になった。

「兄貴、パートナー探し手伝いますぜ!」
「助かるよ、カモ君♪」
「ホントに大丈夫なのかしら?」

これによって、アスナの心配の種がまた一つ増えた。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

もしかしたらネギが安易にリィンフォースに頼っているかもしれませんが……テンパってたという事で(汗っ)
エヴァンジェリンの許可の下でリィンフォースによるネギ強化が始まります。
ちなみにネギがデバイスを持つ事はないので期待していた方には申し訳ないです。

それでは活目して次回を待て!









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