エヴァンジェリンは古都――京都――が持つ美しさを堪能していた。
竜安寺の石庭を拝観し、日本文化の真髄を心に刻み込み、等持院、仁和寺へと足を運ぶ。
仁和寺では国宝、重要文化財に指定された建築物をその目で見て、久しぶりの外出に満足していた。

「……素晴らしいものだな、茶々丸」
「はい、マスター」

傍らに控える茶々丸も古き時代の建築技術を駆使して作られた建築物の匠の技に目を奪われている。

「……マスターの呪いが解けた暁には釘を使わずに作るという山鉾を見てみたいものです」
「祇園祭か……リィンを連れて来たいものだな」
「何処までもお供します」
「そうだな。行くぞ、茶々丸」
「はい、マスター」

エヴァンジェリンは茶々丸に頷いて次の場所へと歩き出す。
ちなみに六班のメンバーのザジも重要文化財巡りに付き合っていたが、気を利かしているのか……二人からは少し離れた場所で小鳥達と遊んでいる。

「茶々丸、クリムゾンムーン……今夜あたり、きな臭い事件が起きる気がする。その時は力を借りるぞ」

幾多の修羅場を潜り抜けてきた強者が持つ直感に従いエヴァンジェリンは気を引き締めつつ二人の従者に告げる。

『了解しました、マスター。予備カートリッジを使用も視野に入れておきます』
「私はマスターの従者です。マスターの勝利の為に道を開くのが私の使命です」

ブレスレットとしてエヴァンジェリンの腕に付いているデバイス――クリムゾンムーン――と茶々丸の声には恐れはなく、ただ主であるエヴァンジェリンの為に 忠実であろうとする意思がある。

「ふ、埒もないことを聞いたな」

自分に忠実な従者の声にエヴァンジェリンは如何なる苦難も打ち砕ける力を持っていると確信して笑みを浮かべる。

「マスター、そろそろ予約したご昼食のお時間になります」
「もうそんな時間か? 楽しい時間というのは早く感じるものだな」

もう少し拝観したい気持ちがあったエヴァンジェリンは些か残念そうな言葉を口に出す。

「……リィンフォースにも食べさせてやりたかったな」
「……はい」

この場に居ない同居人を思い二人は残念そうな口振りで予約した店へと歩いて行く。

「ま、超がいるから美味い店で食べているだろうがな」
「分かりました、マスター。
 ザジさん、精進料理ですけど……構いませんか?」
「…………(コクコク)」

ご相伴に預かるザジは文句を言わずに頷いている。拝観料、食事代全てが予定を決めたエヴァンジェリンの奢りなので一切の無駄遣いが無く、何気に経費を掛け ずに修学旅行を楽しんでいた。

「一緒に食えないのは残念だが」
「まったくです」
「茶々丸……その苛立ちはこの後で襲い掛かってくる連中にぶつけてやれ」
「そうですね」

何処となく機嫌の悪い従者に人の悪い笑みを浮かべてケンカを唆す主人。
話を聞く限り主人の方もせっかくの旅行に水を差された気分なのか……顔は笑っているが内心では不機嫌みたいだった。
二人の会話を聞いていた新たな従者であるクリムゾンムーンは二人の戦意が昂ぶっている事を知り、自身の出番が確実に来る事を予感して喜びに満ち溢れてい る。

……そう、自らの主が力を封じられているのは理解している

……だが自分が居れば、忌まわしい封印を解き放ち……最強たる力を示す事が出来る

……そして自分の力を十全に使いこなしてくれる主を得られる事が何よりも嬉しい

……主が平穏な日々を生きていく事も悪くない

……自身は主の力になる為に生まれてきた

……日々のお世話と非日常の戦闘を担う茶々丸と違い、主の勝利に貢献してこそ、自らの存在を明確に示す事に繋がるからだ

ほんの少し主のお世話が出来る茶々丸が羨ましいと考えるクリムゾンムーンだった。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 二十一時間目
By EFF




「う、うぅ……なんか泣きたくなってきた」
「アァ……マー我慢するネ」

出来合いのコンビニ弁当を食べるリィンフォースの機嫌は下降線の一途を辿っているのを超は冷や汗を浮かべながら見ている。

「ホントならエヴァと美味しい精進料理を食べるはずだったのに……なんでコンビニ弁 当なのよ」
「それは時間が足りないからネ」

ジュエルシードの調査と発見後の確保は順調に進んでいるが、如何せん人手が足りない。
能力こそ高レベルではあるが、経験の足りない超とリィンフォースの二人だけでは調査範囲が広過ぎた。
時間短縮の為に近くのコンビニ弁当で済ますというのは理性では納得しているが……日頃から茶々丸が精魂込めて作る料理に慣れたリィンフォースには口に合わ ずに時間を追う毎に怒りとこの不条理を齎したはず?の関西呪術協会への憎しみが渦巻いていた。

「琵琶湖って探すの面倒だよね……いっそ凍らして
「それは止すネ……後始末が面倒ヨ」

琵琶湖全体は無理でも探査範囲内を凍結させるくらいは可能 なリィンフォースならではの意見に超は頬を引き攣らせる。

「確かに凍らせると魔力の影響を受けて起動するかもしれないが……誤魔化しが効かないネ。
 凍らした後、解凍するのは手間が掛かるナ」
「ちっ! なんで私が管理局の真似事をしなきゃなんないのよ!」

初日、二日目は関西呪術協会の嫌がらせに付き合い。
一息吐こうかと思ったらジュエル シードがこの地にあり、夜を徹して探査。
しかも食事は出来合いのコンビニ弁当。
更に大嫌いな管理局の仕事と被る今の状況にリィンフォースのイライラは増えるばかりだった。

「フ、フフフ……もしジュエルシードを 奴らが持っていたら誓うわ。
 関西呪術協会を火の海に沈めてみせると……ク、ククク」
(食い物の怨みとはかくも恐ろしきものだたか……ライトニングバーサーカーの再降臨は近いネ)

躊躇いなく広域破壊魔法を使用するだろうと考える超は関西呪術協会の命運が尽きたと感じて……心の中で冥福を祈っていた。

(しかし……同居人のエヴァンジェリンに似てきていないカ?
 それとも、元々こういう性格だたカ?)

過激な言動はエヴァンジェリンにそっくりだと超は感じていた。

「ねぇ……たかが意固地になって長の言うことを聞かない連中なんて……イイよね?」
「ま、まあ……好きにするとイイネ」

何がイイのかは分からないが……顔は笑っているのに、何故か絶対零度の凍気をイメー ジさせるリィンフォースの笑顔に超は絶対に敵に回さない事と後日ご機嫌取りに一席設けようと決意していた。
やや性格に難があるかもしれないが、味方にすれば一騎当千の活躍を見せてくれる得がたい人材でもある。

「ま、まあ……麻帆良に帰たら、どこか美味しいとこに行くネ。
 無論、私が奢るヨ」
「フ、さっさと終わらせましょう! 明日のためにね♪」

お手軽な感じがしないわけではないが、超は着実にリィンフォースの扱いを覚えて行った。





ネギとアスナの二人は関西呪術協会の本山前の鳥居に立っていた。
きちんと掃き清められた鳥居のある入り口を見つめるアスナとネギは互いに頷くと慎重な足取りで中へと入っていく。
緩やかな石段を一気に駆け登り、幾つもの鳥居を潜り抜けて走っていくが、

「お、おかしいわね……?」
「へ、変です。もしかして歩いて何時間も掛かるような長さじゃないですよね?」

いつまで経っても目的地に着かない点に気付く。
アスナとネギは顔を見合わせてから、カモともう一体の同行者である式神のちび刹那に目を向ける。
ちび刹那は周囲を見渡して首を傾げながら二人に話す。

「も、もしかしたら無間方処の呪法でしょうか?」

ちび刹那の説明を聞いて、まずネギは杖に跨って上空から脱出を試みるが元の地点に戻されてしまう。
空へと飛んでいったネギが突然アスナの隣に現れ……此処に至って自分達が罠に嵌ったと気付かされた。

「兄貴、これはちょっとマズイぜ」
「ネギ、どうすんの?」
「そうだね、カモ君、アスナさん。これって脱出するには結界の基点を破壊するしかないんですね?」
「そうです!」

結界内にあった休憩所で作戦会議を始めるネギ一行。
西洋魔法、陰陽術の違いはあれど、結界を作る際には基点となる場所がある事に変わりはなく、まずはその場所を探す事から始めようと考えたみたいだった。

「アスナさん、ハマノツルギの力を使って基点らしき場所を探します」
「へ? あ、あれってそんな事も出来るの?」

自分の持つアーティファクトの性能をまだ完全に把握していないアスナが不思議そうにネギの意見を聞いている。

「僕も自信がないんですが、マスターがもしかしたら魔法に対して無効化できる機能があるんじゃないかと話してました。
 実際に式神を簡単に送還できるシーンを見たので期待できるかもしれません」
「なるほど、真祖の姐さんの見立てなら試してみる価値はあるぜ」
「試してみてダメならまた別の手段を考えましょう、ネギ先生、アスナさん」
「よし! じゃあいっちょやってみますか!」

方針が決まった以上は反対する理由もないのでアスナはハマノツルギを取り出す。

「で、どこから始めるの?」

取り出して、いざ試そうと考えた時、専門知識のないアスナは何処から始めるべきか分からずにネギの方に向いて聞く。

「そ、そうですね。ちび刹那さん、怪しいと思われるのは何処だと思いますか?」

聞かれたネギにしても陰陽術に関してはよく分からないだけにちび刹那のほうに顔を向けて尋ねていた。

「一番分かりやすい場所なら鳥居ではないかと思いますね」

周囲を見渡しながらちび刹那は一番高そうな可能性を指摘すると、アスナがその指示に従って鳥居へと足を運んでいくが、

「おっと、そこまでにしといてもらうで」

二人の前に大きな蜘蛛の式神を従えて犬上 小太郎が楽しそうな笑みを浮かべて現れた。

「生憎やけど……此処から出られるのは困るんや。つー事でちょっと遊んでやるで」
「君はさっきゲームセンターで会った?」
「あ、ああ! アンタ、ゲームセンターで乱入してきたっ!」
「西の刺客って奴かよ!」
「くっ! ここまで来て妨害するんですね」

「ま、そういうこっちゃ。ほな始めよか」

ネギ達が口々に騒ぐのを見ながら小太郎は小手調べと言った様子で式神を差し向ける。

「ネギっ!」
「アスナさん! 契約執行180秒! ネギの従者 神楽坂アスナ!」

爪のように足を大きく振りかざして襲い掛かる蜘蛛の式神の攻撃をかわしてネギはアスナへの魔力供給を始める。

「おっしゃ――っ!! ナメんじゃないわよ!!」

何度か練習して自分の身体能力が確実に強化されている事を知っているアスナが蜘蛛の懐に飛び込んで拳を叩きつける。
頭の部分が拳の打撃で窪み弾かれながら蜘蛛は動きを止めるとアスナは勢いを止めずにハマノツルギを大きく振りかぶって……振り下ろす。
蜘蛛の式神はその一撃に沈んでボロボロの式神符へと還っていった。

「ひゅぅ……姉ちゃん、なかなかやるやんけ」

口笛を吹いて、小太郎はアスナの動きを感心するように軽口を叩く。
その様子にネギは何か不自然さ感じて杖を構えながら考える。

(前衛の式神を失って……焦らない? 何で焦らない? 焦る必要がない……だとすると彼は!?)

式神を必要としないと仮定してネギはエヴァンジェリンから告げられた今の自分の弱点を目の前の少年が突く可能性がある事を予感して警戒する。

『ぼーや、実戦経験の少ないお前と神楽坂 が気をつけるのは陰陽師じゃなく……近接戦に特化した魔法剣士みたいな連中だぞ。
 そういう連中には神楽坂はただのシロー トで一発も当てられずに無力化される可能性があるからな』

事実、修学旅行に行く前にネギは別荘でアスナと二人でエヴァンジェリンを相手に負けた事がある。
前衛のアスナを抜くだけの体術を持つ連中に気をつけろとはっきりと言われて、ネギはアスナに警戒を促す。

「アスナさん、気を付けてください! もしかしたら彼は陰陽師じゃありません!!」
「え、それって?」

言われたアスナも前衛の蜘蛛の式神を失っても余裕綽々といった感じの小太郎を見て、ネギの意見が正しいと思い気を引き締め直す。

「ほー、女の後ろに隠れてなんも出来ひんヤツかと思うたけど……ちょっとは楽しめるかもな」

ネギの、自分が陰陽師ではなく……前衛の戦士と気付いた洞察力に小太郎は戦いへの高揚感が心の底から浮かび上がってくるのを抑え切れずに笑う。

(千草姉ちゃん、悪いけどちょっと遊ばせてもらうで)

さっさと片付けるんやで、と千草から言われたが……どうにも止められそうになく。

「ほな、始めよか! ネギ・スプリングフィールド!
 俺は狗神使いの犬上小太郎やっ!!」


名乗りを上げて勢いよく飛び出して行った。



飛び込んでくる小太郎に対してネギ、アスナは、

「アスナさん!」「わかってる!」

エヴァンジェリンとの手合わせで敗北した経験から学んだ連携を使った。
ネギは小太郎との会話のうちに用意した無詠唱の"魔法の射手 1矢"をアスナの援護に撃ち出す。

「ちっ!」「おりゃぁ―――!!」

魔法の射手を回避した隙を突くようにアスナが突貫して攻撃すると同時にネギが後方へ飛んで次の呪文を即座に唱え始める。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル」

起動キーを唱えて、力を込めた言霊を口に出して魔法を発動させる。

「風精召喚 剣を執る戦友 迎え撃て! アスナさん!」

ネギの魔法の発動にあわせるようにアスナは小太郎の脇をすり抜けるように駆けて行く。
小太郎はアスナを攻撃しようとしたが、自分の目の前に現れたネギの形を真似た精霊達の攻撃を迎撃する事を優先した。

「ナメんなよ!」

拳に自分が召喚した狗神を重ねて攻撃力を増加させて精霊を叩き潰していく。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル
 闇を切り裂く 一条の光 我が手に宿りて 敵を喰らえ 白き 雷!!」
「あめーぞ!!」

小太郎はネギの手から放たれる稲妻に狗神を再召喚して迎撃しようとする。
白き雷と対象的な黒い狗神達が激突して爆発音と光が周囲の空間を震わせる。
ネギはそんな状況下でも慌てる事なく後ろへと下がり、次の魔法の準備を行い。
小太郎は用意していた護符で身を守りながら追撃へと移ろうとしたが、

「でぇぇ―――いっ!!」「っつ!……あぶなー」

背後から強襲を掛けるアスナの攻撃を回避して二人から距離を取った。

「やるやないか……」
「……そうでもないよ」

ネギは相手の少年の言葉を素直に受け入れたくはなかった。
正直に言えば、こんな不意を突いたような形での戦いはネギの描いていたマギステル・マギには程遠いものだと感じていた。
正々堂々と戦いたいというのがネギの本心であり、師であるエヴァンジェリンに「無詠唱で準備して不意を突く奇襲作戦をしろ」と命じられたのは非常に不本意 なものがあったのだ。
どうにも納得がいかなくてアスナにこれで良いのかと尋ねてみると、

「……う〜ん、微妙なところね。ほら、私って魔法を知らないし、ケンカは出来ても実戦なんてした事がないからさ」

アスナは奇襲もありという方法に特に文句がない様子だったので、エヴァンジェリンに問うてみると、

「アホだろ、貴様。お前の親父……いや、アイツはこういう戦い方の方が上手だったぞ
 巷では英雄だなんて賞賛されているが、実際には楽して勝てるなら、その戦法を使用する事に躊躇いはしなかったな」

身も蓋もない言い方で呆れられ、サウザンドマスターがやっていたえげつない戦法を幾つか聞かされて……父親への憧れに罅が入るほどのダメージを受けてし まったのだ。
……実は自分の父親が根気よくとか、辛抱強いとかと言った言葉とは縁がなく、楽したがり、面倒くさがりと言ったいい加減な大人であるとは知らなかっただけ にエヴァンジェリンが見ていたナギ・スプリングフィールドと自分が思い描いていた憧れの父の姿のギャップに声が出なかった。

「大体だな、真正面から戦いたいと言うのなら、それ相応の実力を得てからにしろ。
 今のぼーやは見習い魔法使いだぞ。本来ならば、ぼーやくらいの見習いは師の影に隠れて色々学ぶのが普通だ。
 分かっているのか? こういう大きな仕事を任されるほうが……異常だと知れ!」

そう言い渡され、更に学園長に対する愚痴を聞かされてネギは大人の事情を垣間見て……文句を言えなかった。
それでも諦めきれずにリィンフォースに意見を聞いてみたが、

「は? ネギ少年、真っ当な意見ではあるけど……そういう事を口にするには十年早いわよ」

と情け容赦なく言われ、仕舞いにはネギが赴任してきてから今までのトラブルを全てを提示されて叱責を受けてしまった。
こうして自身の未熟さをはっきりと述べられて落ち込み、アスナとカモのフォローを受けながら訓練に励んだ成果には満足しつつ……不本意だという二律背反す る感情が常にネギの頭の中にあった。

「正直、楽で退屈な仕事かと思うたけど……おもろなってきたで」
「はん! そりゃどうも」

戦える事が何よりも楽しいといった感じの小太郎にアスナはシラけた返事を返す。

「なんや、やっぱ女はケンカの醍醐味をわかってへんな」
「ケンカねぇ……アンタさー、自分が何やってるかわかってんの?」

事前に聞いただけでも関東と関西の複雑怪奇な関係修復のための使者としてネギが来たのは理解できた。
友人である木乃香を取り巻く環境がこれで好転するのならと思いアスナはちょっと怖いのを我慢してネギに付き合っている。

(正直、ケンカくらいならまあ良いんだけど……それ以上になるのはゴメンだわ)

戦争というものの深刻さを知らないアスナでも人が死んだり、大怪我をするのを見るのは嫌だから……此処に居る。

(わかってないんでしょうね。なんつーか……ガキ大将がいいように使われてるんだろうな)

そんな理由で目の前で笑っているお子ちゃま――小太郎――には呆れた感情しか浮かばなかった。

「ネギ、なんかさー状況をわかっていない子みたいだけど……とりあえず倒さないとどうにもならないわね」
「……そうですね」
(こっちはこっちで戦い方に不満だらけって感じよね)

声を掛けたネギは自分の描く理想とは少し違うやり方に不満がありありと出ている感じでアスナのテンションを下げようとするから困る。

(そりゃさ……正々堂々戦うっていうのは分かるけど、アンタはまだ見習いなのよ。
 ネギのお父さんだって最初から英雄じゃなかったって事を知って欲しいわね)

誰もが最初から強いとは限らないのに……その辺りを理解していないネギにアスナはまだまだガキんちょだと思う。

(案外リィンちゃんが嫌う理由っていうのもその辺にあるのかも?)

やれやれと何となく知り合いとの不仲の理由に気付いてアスナは心の中でため息を吐いている。

「あ、あのさ、僕はケンカしに来たんじゃないんだ」
「はん、そんなこと知らんわ。ここを通りたかったら俺を倒すんやな」

出来る限り争う事なく通り抜けたいと願うネギに小太郎はつれなく返す。
妨害工作というのは間違いなく、ネギとしては穏便に済ませたいけど……そうも言ってられない事態だとも感じられた。

「兄貴よー、どっちにしても勝たないと出らんねーから、ここはやるしかねえぜ!」
「そういうこった、作戦会議が終わったんなら始めよかっ!!」

ネギの肩に乗っていたカモがネギの迷いを断ち切るように話し、ネギは杖を、アスナはハリセンを構えてカモの意見に従う。
そんな様子を見ていた小太郎は楽しそうに笑って攻撃を再開した。
小太郎の足元の影から湧き上がるように出てくる無数の黒い狗神。

「悪いが姉ちゃんはこいつらが遊んでくれるわ」
「な? ちょ、ちょっと―――!?」

小太郎の声と同時にアスナに向かって飛び出していく狗神。
狗神はアスナを押し倒してじゃれ合うように……顔を摺り寄せて舐め始める。

「ちょ、きゃっ! へ、あ、あはは……な、舐めたらダメ―――ッ!」

擽られるように舐めてくる狗神にアスナは振り解けずに涙目で……笑い続ける。

「ア、アスナさん?」
「よそ見してたら怪我するで!」

慌ててアスナの援護に向かおうとするネギに小太郎が勢いよく攻撃を仕掛けてくる。
真っ直ぐに伸びてくる拳をギリギリで避けて大きく後方に飛ぶネギに、

「ふーん……あれを避けるんか。コラ、おもろいわ」

そこそこ本気で出した突きを避けたネギに小太郎の闘争本能が刺激されて、おちゃらけた雰囲気が鳴りを潜めていく。
小太郎が本気になり始めたのを感じたネギは杖を構えて僅かな動きさえ見逃さないように見つめる。

「くー、ええで。そうこなくっちゃなっ!」

自分が望んできた展開になり始めて小太郎は腰を落として力を溜め込むように構える。

「行くぜっ!! 西洋魔法使いの実力を見せてみぃっ!!」

気合の入った声を出して小太郎はネギへと突き進む。

「ネ、ネギっ!?」「あ、兄貴!?」

風切り音が唸るように周囲に響き、幾つもの打撃音がアスナとカモの耳に入ってくる。

「オラ、オラッ! 反撃してみんかい!!」
「ぐっ!」

咄嗟にガードする事で急所への攻撃を避けるネギに小太郎のラッシュが続く。

(ぐ……が、我慢だ。何とか耐えて大振りになる瞬間を待つんだ)

ネギは魔法障壁と両手のガードで耐えながら次の一手を打つ瞬間を待つ。
相手の技量がどの程度かはまだ不明で……以前リィンフォースに見せてもらった瞬動法を使われたら、今の自分では当てられないのは理解している。

(チャ、チャンスは一度だけ……もしダメだったら一旦下がって立て直す)

非常に不本意だけど、負けてしまうわけには行かない。
もし、自分が負けて親書を奪われたら全て台無しなのだ。
訓練とはいえ、エヴァンジェリンとの戦闘を経験しているネギは勝つ為に体勢を立て直す意味を少し理解していた。

(ちっ! なんや……反撃ないんかいな)

連続攻撃を加えながら小太郎は亀のように守りに徹するネギに面白みを感じずにつまらないと思っていた。
同い年ぐらいの相手で多少は出来るかと思っていたのに、ちっとも攻撃してこない。
カウンター狙いかと考えたが……少しだけ隙らしいものを見せても反応してこないので、

(やっぱ、西洋魔法使いはパートナーが居んとダメな腰抜けかいな)

見掛け通りの魔法を唱える事しか出来ない奴かと判断してさっさと終わらせるかと決意する。

「これで終わりやっ!!」
「ネギッ!!」「兄貴!!」


アスナとカモの悲鳴が聞こえる中で小太郎はトドメの一撃を繰り出すが、

―――ガシッ!!

ネギは左手で大振りになったストレートを受け流して、

「し、しもた!!」

右手に纏わせた〈魔法の射手・戒めの風矢〉で小太郎の動きを封じ、

「魔法の射手 集束 雷の九矢!!」

捕縛によって硬直した小太郎へ自分の拳に<魔法の射手>を集束し、今も自分に出せる崩拳を放ち、

「が、がぁぁ!!」
「ラス・テル・マ・ステル・マギステル 闇を切り裂く 一条の光 我 が手に宿りて 敵を喰らえ
 白い雷!!!」
「ギャ―――ッ!!」

吹き飛んだ小太郎に追撃と言わんばかりに手の平に集めた雷を放射した。

「…………あんた、容赦ないわね」
「……兄貴、やり過ぎですぜ」
「そ、そうですか……マスターが言うには「倒さないと反撃を受ける可能性があるから……手を抜くな」って」
「あのね、エヴァちゃんは……手加減っていう言葉を無視するタイプなの。
 だから、全部マネるんじゃなくて半分くらいにしとかないと……悪の魔法使いになるわよ」
「え、ええ―――ッ!?」
「いや、まあ、少しやり過ぎの感はしますが、倒さないわけには行きませんし……問題ないでしょう」

ネギの連続攻撃にちょっと不味いかなと冷や汗を流して話すアスナとカモ。
苦労して勝ったのにアスナとカモからは文句を言われて項垂れるネギに実戦経験を持つちび刹那がフォローの声を掛けていた。

「と、とりあえず取り押さえましょう」
「そ、そうね……」
「そうっすね。まずは取り押さえて脱出方法を聞こうぜ」
「あ、悪の魔法使い……僕って悪なの?」

身内からの非難の声に膝をついて涙するネギだった。
……エヴァンジェリンの『ネギ、悪化計画』は順調に進んでいるみたいかもしれなかった。


後ろ手に手を縛り、額にちび刹那が作った札を張って力を封じ込まれた小太郎は憮然とした顔で言う。

「言っとくけどな……仲間売るようなマネはせんで」

袋叩きのように連続した魔法攻撃で気を失い、目が覚めたら力を封じられて捕縛されていた。

「負けたくせに偉そうなこと言うんじゃないっ!」
「ア、アスナさん、お、落ち着いて!」
「こいつが呪文を唱えるだけのヤツやと勘違いして油断しただけや! 次やったら勝てるわ!!」

魔法で身体能力を強化していたのを気付かずに大振りでフィニッシュを決めようとした小太郎の攻撃を受け流して、魔法で捕縛して、問答無用で叩きのめされた だけ。
次に相対すれば絶対に負けへんと大声で小太郎は吼えていた。

「どうしたもんかしら?」
「ここはやっぱり拷問っすね」
「カ、カモ君!? そ、それはダメだよ」

無抵抗の者を傷つけるという行為は今のネギにとっては禁忌に当たるのでダメだと叫ぶ。
だが、この結界を抜け出す方法を小太郎が知っているだけに今ひとつ説得力がないもの事実だった。

「ネ、ネギせんせー」

どうしたものかと悩む一行の前にちょっと気の抜けた声を出してのどかが現れる。

「ほ、本屋ちゃん?」
「の、のどかさん!?」

アスナとネギの顔が何故ここにと言わんばかりに物語りながら、のどかは二人の元に駆け寄ってくる。

「え、ええっと……ここから脱出する方法が分かれば良いんですよね?」

息を乱しながらのどかは二人に尋ねる。

「ま、まあね」
「そ、そうなんですけど……」
「この子の名前は犬上 小太郎くんでしたね?」
「あ、はい。そうです」

確認するようにネギに尋ねるのどかに、ネギは素直に頷いて答える。
のどかはきちんと名前を聞いて小太郎の方に向いて手に持っていた"いどのえにっき"を開いて聞いてみる。

「え、ええっと……犬上 小太郎くん」
「なんや、俺は何も言わへんで」
「ここから脱出するにはどうすればいんですか?」
「だから言わんと言うてるやないか……って、まさか!?」

小太郎が嫌そうに話す中、ネギ達はのどかが持っている本のページを見て驚いている。
それを見た小太郎は、まさかという驚きの思いでのどかの口から出る言葉を耳にした。

「ここからえっと六本目の鳥居が結界の基点だそうです」
「う、うそや―――っ!?」
「「おお―――っ!!」」
「ふおぉぉ――――!! す、すげえぜ、嬢ちゃん」

小太郎の絶叫とアスナ、ネギ、カモの感心する声が響く。

「ネギせんせー、お役に立ちましたか?」
「は、はい、ありがとうございます! のどかさん!」

のどかの声にネギは感謝の言葉を述べる。
これでこの結界から抜け出して自分の与えられた役割をきちんと達成できるし、これが切っ掛けとなって関東魔法協会と関西呪術協会の関係改善になれば、ネギ が目指すマギステル・マギへの第一歩が踏み出せる。

「では、ここから抜け出しましょう」
「はい、ちび刹那さん」

ちび刹那を先頭にして一行は基点となる鳥居へと向かう時、ネギ達を取り囲むように四人の男と彼らに召喚されたと思われる20体以上の鬼達が立ち塞がってき た。

「そこまでだ! 親書を渡してもらおうか!」

リーダー格らしい男が一歩進み出てネギ達に告げる。

「あなた方は長の命で来られたのですか?」

ちび刹那の問いに男達は小賢しく嘲笑い、手元から札を出して投げつける。

「ちょ、ちょっと!?」

周囲から同時に放たれたお札が輝き、電光を放ちながらネギ達の元に殺到する。
爆発音とその後に生じた土煙で周囲の視界が閉ざされる中、男達は告げる。

「はっ、西洋魔法使いなどと仲良くなど出来るか!」
「全くだ! 我らの地に勝手に移り住んで我が物顔で好き勝手する連中など死ぬがいい!」

他にも土煙が消えるまで男達は罵詈雑言を口に出して叫ぶが、そこには防御の魔方陣を足元に展開して無傷で立っているネギ達の姿があった。

「バ、バカな!?」
「貴様! 何者だ!?」
「助っ人かな。ま、雑魚相手に名乗る気はないし……さよなら」

ネギ達の前に守るように立っているリィンフォースが問答無用と言わんばかりに攻撃を開始する。
慌てて鬼達に攻撃を指示するも……自分達の頭上から落ちてくる氷の塊に鬼達はあっさりと潰されていった。

「ネギ少年たちは先に行きなさい。
 ちび刹那、ネギ少年たちと一緒に行って、開けた穴を塞いで」
「い、良いんですか?」
「結界破壊の魔法を使えるから……倒した後で自分から出て行くわ」
「え、ええとリィンちゃん」
「大丈夫よ、アスナ。数は多いけど敵じゃない。
 ネギ少年、頑張ったわね。後は私が引き受けるわ」
「で、でも……」

順に指示を出しながらもリィンフォースは追撃の手を緩める事なく次々と鬼達を倒していく。
撃ち出される魔法の弾丸が着実に鬼へと突き刺さり……還される。

「さっきの戦闘でダメージもあるのに無理しない。
 アスナ、さっさと連れて行きなさい」
「……わかった。行くわよ、ネギ」
「ちょ、ちょっとアスナさん!」
「そんなフラフラした身体でリィンちゃんの足を引っ張る気!?」

アスナが小太郎との戦いのダメージが癒えていないネギを担ぎ、状況がよく分からないのどかの手を掴む。

「で、でも……「大丈夫よ」」

心配するネギの声を遮るようにリィンフォースが告げる。

「これでも戦場に於けるエヴァの隣に立つ魔導師よ。
 ま、ネギ少年が私の足を引っ張りたいって言うのなら好きにすれば」
「そ、そんな!?」
「リィンの姐さん、お願いしていいっすか?」「カ、カモ君!?」
「雑魚相手だからもの足りないわよ」

不敵に笑うリィンフォースにネギを除くメンバーは出口となる鳥居へと駆け出していく。

「す、すみません! 無理はしないで下さい!!」

アスナに背負われたネギは仕方なく叫ぶ。
途中で進路を妨害しようとする術者と鬼を優先的にリィンフォースは攻撃して一行が脱出するのを援護する。
ネギが魔法の射手で基点を攻撃して出来た穴をアスナがハマノツルギで叩いて大きく開く。
逃げ出していく一行を追撃しようとする連中の足元に魔法の射手を撃ち込んで蹈鞴を踏ませる。
その隙にちび刹那が無間方処の結界を再度構築して穴を塞ぐ。

「さて、子供相手のお遊びはやめて……本気の戦いを始めましょうか?」

口元に楽しげに笑みを浮かべて話すリィンフォース。

(あれが千草姉ちゃんが言っとたヤツか? 見せてもらうでその実力をな)

捕縛されたままで満足に動けない小太郎は千草が危険人物と判断した人物の実力をその目でしかと見ようとしていた。









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EFFです。

ネギ、悪の魔法使いへの第一歩を記す? とまでは行きませんが……エヴァンジェリンの教育の成果が出ています。
原作では正々堂々と戦う事ばかり考えていますが、現実はそんな甘い事ばかりじゃないといつになったら気づくんでしょうか?
ナギは平気で落とし穴とか、使っているのに、息子のほうは吶喊野郎?
ま、少年がこすい技を最初から使うようでは色々不味いですけどね(汗ッ)

それでは次回でお会いしましょう。




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