……絶望的な戦力差があった。

どのような手段を用いたのか、過激派の陣営には千を超える鬼達が召喚され……こちらに向かってくる。

唯一の救いは結界が完全に崩れたのではなく、一部に穴が開いた状態に留められていた事だった。

一度に入って来れる数は限られている……後は持ち堪えられるか、どうかだった。

朝になれば、外へ送り出していた戦力が帰ってくる。

今夜、全力を出し切って持ち堪えられたら……生き残れる。

そんな微かな希望を胸に関西呪術協会の面子は戦いを始めていた。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 二十七時間目
By EFF




「第一陣、来ました!」

遠目の聞く術者の声が場を駆け巡り、その声に合わせる様に一斉に魔法による攻撃が始まる。
ネギ・スプリングフィールドも周囲にいる術者達に合わせて、自身が持つ魔法の中で一番攻撃力のある呪文を唱える。

「ラス・ テル・マ・スキル・マギステル
 ……来たれ雷精 風の精 雷を纏いて吹けよ 南洋の嵐!!

 雷の暴風!!!!」


同時に他の術者も魔法を撃ち出し、一斉に放たれた魔法によって中に飛び込もうとした鬼達が吹き飛んで……三割ほど還る。
しかし、数の違いからか……鬼達は還った者達の事など気にせずに入り込んでくる。
初撃に最大の魔法を撃ち込んでも数が目減りしたようには見えない。
猛り、勢いを止めずに突き進む鬼の姿はまさに百鬼夜行
入り込んできた異形の鬼達が魔法使い達が同士討ちしないように攻撃を躊躇わせるように射線を遮る。
術者達は途惑い、一瞬動きを止めるが、

「中に入ってきた鬼は剣士に任せて、結界の外の鬼を攻撃!」

鬼を切り伏せながら、詠春は指示を出す。
その指示通りに、中に入ってきた鬼は近接戦に長ける術者が後衛の外への攻撃を行う術者を守るように戦う。
長となってからは一線から身を引いていたが、まだまだ実力は錆び付いていないと見せ付けるように詠春は剣を振るう。
流麗にして、鋭い剣が閃く度に鬼達の身体が分断されて還る。
詠春の力量を見る術者達はその実力に希望を見出して、諦めずに戦い続ける。

(……くっ! 平和ボケして……錆び付いているな)

全盛時の動きには届かない今の動きに内心で舌打ちしながら、詠春は自身の読み違えを悔やんでいた。
少々トラブルが起きるが、高村が……過激派を適度に抑えて、時間を掛けてゆっくりと和解への方向に進むだろうと考えていた。
だが、自分が思っていた以上に高村の方が抑え切れない状況に追い込まれていたのかもしれない。

(もう少し、腹を割って話し合うべきだったか……)

十五年近く……この状態を維持出来て、慢心した自分の未熟さを今更ながらに反省していた。





「あのオッサン、なに考えとんのや!?」

犬神 小太郎は千草と共に敵本陣の様子を探っていたが……、

「…………なんて事を…」

実戦慣れしていた千草でさえも絶句して、その光景を見つめていた。
そう……千草が先行して飛ばしていた式神から送られてきた映像は凄惨過ぎるものだった。

「なんつーか……イカれるわ!」

そこは死が充満する地獄のような光景だった。
かつて人であった者達がミイラのようにその身からあらゆる力を搾り取られ、力尽き……完全に絶命していた。
そして、おそらく鬼達の移動に巻き込まれて、原型さえも維持できないくらい踏み潰されて壊れている。

「なんやねん! あいつらは仲間やろ!!」

義憤に駆られたのか、小太郎が怒りの感情を顕にして叫ぶ。

「小太郎……本山のほうに行くえ」
「千草姉ちゃん! あいつをぶっ飛ばさんのか!?」

陣の中心にいる高村を放置してしまう事に小太郎は文句を言うが、

「あかんて……今の状況やとあそこに辿り着く前にこっちも干乾びるわ」
「ぐっ!!」

千草から無策のまま突っ込めば、新しいミイラの出来上がりになると言われて小太郎は歯軋りする。
そうなのだ……まだ陣は機能していて、残り火のような生命力を搾り取って、魔力に変換されて鬼が召喚されている。
陣の中心にいる高村を除いては無差別に奪い取るような機能だと千草は見当をつけて歯噛みしていた。
それを知った小太郎は気に喰わない連中も居たが……さすがに騙されて生贄にされたという点に憤りを感じていたのだ。

「悔しいけど、二人ではどうにもならへん……手が足りんわ」

高村の取った最悪の手段に千草も苛立っているが、踏んだ場数の差で辛うじて冷静さを保っていた。

(この分やと……リョウメンスクナを甦らせる手段も用意しとるんやろうな)

千草は木乃香を確保出来なかった時はこの手段を用いてリョウメンスクナを復活させるのではないかと考えていたが……実際には予想を覆された。

(やっぱり、あの夜見た……ロストロギアを核に使うんやな)

凄まじい魔力を内包している非常に危険なアイテムというのは理解した。

(もしかして、高村はん……既に取り込まれているんか?)

高村は危険性を知らないから、安易に使おうとして……逆に取り込まれ暴走しているのかもしれないと千草は判断していた。
話を聞く限り、このまま行くと暴走して、とんでもない事態に発展する恐れがある。

(さっさと逃げ出せばええんやけど……損な性分してるわ)

自分でも甘いというか……一番楽な選択を捨てて、危ない橋を渡ろうとしている自分にため息が零れる。

「小太郎、行くで」
「わぁった……でもな、必ずあいつはぶっ飛ばす!」

退き際を悟って、仕方なさそうに小太郎が返事をする。
二人は踵を返し、急ぎ足で本山へと報告に向かった。




「しっかし……危機管理の無さっていうのは組織には致命的な問題よね」

上空から見る本山の様子にリィンフォースが呆れたように話す。

「……お前が一役担っている事を忘れるなよ」

過激派の暴走がリィンフォースの"魔法使い殺し"の影響もあると断じるエヴァンジェリン。
麻帆良側は危機感など殆どない様子だが、関西呪術協会側は明らかに戦力を削られ……焦っているのは間違いないのだ。

「そうでしょうか、私が思うに……学園長も西の長も危機感が欠落していると判断しますが?」
「……茶々丸、お前はいつもリィンには甘いんだな」

当然のようにリィンフォースを庇うような意見を述べる自分の従者にちくりと釘を刺すが、

「お褒めに預かり恐悦至極です、マスター」
「褒めとらんわ!!」

恭しく頭を下げて臣下の礼を取る……とぼけた様子の茶々丸にエヴァンジェリンが吼える。

「ケ、ケケケ、良イジャネエカ。オカゲデ久シブリニ切リ刻メル事ガ出来ルンダゼ」

エヴァンジェリンが召喚したチャチャゼロが久しぶりの荒事を愉快に思って笑っている。
既に真名、古 菲、楓の三名を本山へと送り、この場に居るのはリィンフォース、エヴァンジェリン、チャチャゼロに茶々丸の従者姉妹……そして、

「師父……やぱり反応があたネ」

探査系の魔法を使用して状況把握をしていた超 鈴音の五名だった。

「はぁ……手間掛けさせるわね。やっぱりジュエルシードの魔力を使った封印解除か」

千草が漏らした情報からエヴァンジェリンが大体の事情を察して一行に話した内容は、この地に封印された鬼神の復活だった。

「リョウメンスクナ…ね」
「ああ、昔の事だ……ぼーやの父親であるナギ・スプリングフィールドと仲間達が戦って封じた鬼神だよ」

エヴァンジェリンが当時を振り返って懐かしむように話す。

「相変わらず……まだご執心なんだ。もういい加減……諦めたほうが良いんじゃない?」

若干呆れを含んだリィンフォースの声にエヴァンジェリンは顔を顰めている。

「む……」
「大好きなマスターを取られて……嫉妬ですか?」
「そ、そんなんじゃないよ!」

茶々丸が不機嫌なリィンフォースの様子から推測するが、即座に違うと叫ぶ。

「なるほど、なるほど……まだまだお子様だな」

焦ったリィンフォースの様子にエヴァンジェリンが機嫌良く分かったふうな顔つきで頷いている。

「ケケケ、良カッタナ、ゴ主人。親父ノ面子ガ保タレテ」
「誰が親父だ!!」

チャチャゼロのからかう声にエヴァンジェリンが反応する。
どうやら父親扱いされた事がお気に召さない様子だった。

「マスター、リィンさん」
「ソロソロ、出番ノヨウダゼ」

茶々丸とチャチャゼロが喧嘩腰でいるエヴァンジェリン達に注意を促す。
其処には第一陣の鬼達が綻んだ結界の穴に入り込んで、逆に魔法で攻撃されて還される場面があった。

「オ、坊主モ頑張ッテイルジャネエカ」

見慣れたネギの魔法らしいものを見つけたチャチャゼロが楽しげに笑っている。
前衛と後衛に分かれて、侵入する鬼達を排除する関西呪術協会と自分の弟子であるネギの奮闘にエヴァンジェリンは目を向ける。

「当然だ、その為に短時間と言えど……貴重な時間を使って鍛えたんだからな」
「数的には四百ほど……ネ」

ざっと見て第一陣の数の予想を立てる超。
その表情は大きく変化している過去の出来事に若干の途惑いを見せていた。

「とりあえず真ん中で分断するか?」
「そうだね、フォトンランサージェノサイドシフトで行くよ」
「精々派手に見せてやれ」
「ドハデに決めるネ」
「ハデニ吹ッ飛バシテヤンナ」
「リィンさん、ファイトです」

第一陣の後ろに控えていた鬼達を目標にした異世界より来た魔導師の攻撃が始まる。
この世界にいる魔法使い達は始めて……見る事になる。


……その苛烈な魔法攻撃を。




最初に気付いたのは誰かは分からなかった。

ただ……急に空が明るくなり始めたので、否応無く目を向ける事になった。

それは空に浮かぶ青く輝く雷光を帯びた球体が幾つも現れてくる。

そして、その中心には……魔法使いが展開している魔法陣が存在していた。

だが、その魔法陣は今まで見た事がない図式で……この場で理解出来る者は居なかった。

雷球は増えて行き……空を明るく青白く染める。

「あれは一体?」

桜咲 刹那は新手の出現かと思い……苦々しく見つめていたが、いきなり目の前の鬼達をまとめて貫いた輝く銃弾に、

「誰だ!?」

警戒心を露わにして叫んでいた。

「随分と余裕があるじゃないか」

声のした方向に顔を向けると、そこには新しいライフル銃を手にした龍宮 真名が見下ろす形で立っていた。

「た、龍宮!」
「ああ、悪いが数が多いんで詳しい事は後で…な」

真名は屋根の上に陣取って、一言刹那に告げると狙撃を続行する。
上空から侵入しようとしていた烏族の集団が真名の放つ銃弾に撃ち落されて行く。

「反動も小さい……何よりも弾代が掛からないのが気に入ったよ」

魔眼で直線状に並んだ烏族をまとめて撃ち落す。
上から侵入しようとする烏族にとって、最悪な対空迎撃者が現れたのは紛れもない事実だった。

「龍宮! 戦力差があり過ぎるから無駄撃ちするなよ!」

侵入してきた鬼達を斬りながら刹那が注意するが、

「安心しろ。真ん中から後ろはもうすぐ片付く」

真名は刹那の注意など気にせずに軽口を叩いて狙撃を続行する。

「それ――始まったぞ」

空に浮かんでいた雷球の数が増えなくなったのを確認した真名が告げると同時に二千を超える雷球が大地を白く染め上げ……轟音とそれに続く地鳴りが響く。

「……まさにジェノサイドだな」
「な、なにが……?」

状況が分からずに降り注ぐ光の豪雨を見つめる刹那。
同じように術者も……鬼達も動きを止めて見つめていた。

フォト ンランサージェノサイドシフト

一秒間に六発のフォトンランサーを発射する球体(スフィア)を七十基作成し、七秒間展開して、ニ千九百四十発を発射する魔法。
かつてフェイト・テスタロッサが使用したフォトンランサーファランクスシフトを改良したミッドチルダ方式の魔法をベルカ式に直したリィンフォースの半ばオ リジナル。


吹き飛んだ土砂によって何も見えなかったが、徐々に土煙がなくなったその先には……木々が薙ぎ倒され、山肌が露出した光景が見え、第二陣の鬼達は全て還さ れたとはっきりと分かるように何もない景色だった。

「…………龍宮」
「なんだ?」
「あれはリィンフォースさんの仕業か?」

問い掛ける形ではあるが、刹那は自身の予想が間違っていないだろうと心の何処かで感じていた。

「そういう事だ。取りこぼしもあるかもしれないが、ま、概ね片付いたな」
「いや、まだ残っていると思うんだが?」

気楽に話す真名に第三陣、第四陣の姿を目にした刹那が話すが、

「エヴァンジェリンの封印解除が既に完了している……二人掛りで片付けるさ」

言葉通り、空に浮かぶ十メートル以上の長さのある四つの氷柱が第三陣を囲むよう に大地に突き刺さる。
そして、四つの氷柱の真ん中辺りで割れて、無数の氷の刃に変わり、鬼を切り裂いている。
地に突き刺さった部分は大地を凍らして、徐々に周囲さえも凍て付かせ……鬼を氷の彫像に変えていく。
澄んだ音色が辺りに響くと同時に氷に閉じ込められた鬼達が砕け散り……還る。

「第三陣も終わったな……流石は真祖の吸血鬼というわけだ」

空に響き渡る少女の無邪気な笑い声が誰なのか気付いた真名が感心するように呟く。

(ほ、本気で戦っていたら……怒らせないようにしよう、うん)

はっきりと自分との火力の違いに刹那は迂闊な事だけはしないようにしようと決意していた。
封印を解除したエヴァンジェリンの実力とリィンフォースの真価にちょっと腰が引けていた刹那だった。




「ふむ、異世界の術式に変換した"えいえんのひょうが"、そして"おわるせかい"……極上だな」
「オイ、ゴ主人……俺ノ出番ガナイゾ」

エヴァンジェリンがベルカ式に変換した魔法の威力に満足しているのを、チャチャゼロが不満を隠さずに文句を言う。
範囲、絶対零度までの凍結速度、どちらも増した結果に満足したのか、チャチャゼロの文句を聞き流しながら眼下の敵を示す。

「フ、まだ残っている。ほれ、第四陣が居るではないか」
「……アレデ、終ワリジャネェカ。モット切リ刻ミテェノニナ」

後詰として残っていた集団だけになったのが大いに不満だとチャチャゼロが零す。
実際に第一陣の方は本山の連中で片付けられる様子なので……残り三百体ほどの鬼しかいないのだ。

「封印の解けたマスターと姉さんに私であっさり片付きそうですね」
「ダヨナ。ッタク……ゴ主人ガ強クナルノハ悪クネェンダガ、敵ヲ切リ刻メネェノハ勘弁シテ欲シイゼ」

封印が解けている以上、チャチャゼロも茶々丸も万全の状態へと変わる。
エヴァンジェリンから送られてくる魔力も封印時の倍以上は来るので戦闘力だって大きく増す。
……たかが三百程度では話にならないのだった。



ネギ・スプリングフィールドは目の前で起きた魔法攻撃の威力に半ば呆然とした表情で見つめていた。

(父さんに匹敵……いや、それ以上かも)

六年前に見た父親――ナギ・スプリングフィールドの魔法も凄かったが、今、目の前で見た魔法攻撃も凄いと感じていた。

「リィンフォースの姐さんにエヴァンジェリンの姐さんも……規格外だぜ」

ネギの肩に乗っていたカモが感心しながら見つめ、

「ボっとしてんな、兄貴!」
「へ?」
「まだ終わっちゃいねえんだ!」
「あっ! そ、そうだね!」

カモの言葉通り、まだ鬼が残っている事を思い出して、ネギは攻撃を再開する。
ネギが"雷の暴風"を撃ち出すのを見て、周囲にいた術者も状況を顧みて……同じように攻撃を再開する。
その表情はキリのない終わらない迎撃から、キリの見えた迎撃になったと感じて少し安堵した部分もあった。

……第二陣、第三陣の鬼が還り、残るは目の前にいる鬼達と第四陣推定三百鬼なのだ。

上から攻撃した人物の力を合わせれば、十分に撃破できると確信していたが……

「あ、あれは!?」

鬼達が召喚されたと思われる場所が輝き、光の柱が現れて……大地から巨大な鬼らしいものがゆっくりと姿を見せ始めている。

「……リョウメンスクナの神…………まだ、あれを召喚できる力を残していたと言うのか?」

近衛 詠春はかつて仲間達と力を合わせて封じ込めた鬼神の復活にまだ状況は好転していないと感じていた。

(……頼みはエヴァンジェリンとまだ見ぬ魔導師殿だけか…)

自身の技量が前回の封印時には及ばない事を自覚し、この場で対抗出来そうなのが、たった二人という現実に表情こそ変えていないが内心では不安を感じてい た。




「た、龍宮さんって……もしかして、こっちの人?」

アスナは次々と空から来る鬼を撃ち落しているスナイパーが同じクラスの龍宮 真名と知って……、

(うちのクラスって……その方面の人間を集めていたとか?)

腐れ縁のいいんちょである雪広 あやかは一般人だと思うが、

「古 菲に長瀬さんまで居るし……」

大地を揺らすほどの力強さを感じさせる震脚から始まり、力が十分に乗って砲弾のように飛び出す拳で鬼達を吹き飛ばす古 菲。

「ニョホホ♪ 楽しいアルナ♪」
『……嬢ちゃん、元気やな』
「まあね、私はこういう戦いを望んでたアル!
 強い者を相手に全力で戦う……それが私の望みアルナ!!」
『今時……あんたみたいな骨のある嬢ちゃんがいたとはな』

鬼の姿を見ても怯える事なく……嬉々として己が力を試す姿に鬼が感心している。
怯む事もなく、恐れる事もなく、ただ純粋にこの戦いに自身の得た力を試していた。

「……なんかパワーアップしてない?」

以前見た時よりも確実に威力が増した攻撃にアスナは一般人のレベルから抜け出したと感じていた。
少なくとも今の自分では勝てないとハッキリと感じてしまっていたのだ。

「しかも分身の術って……長瀬さんって忍者?」

同じ顔の人物が複数居て、しかも知り合いの長瀬 楓とそっくり。
明らかに何らかの術を行っての分身だと素人のアスナでも分かってしまう。

「えっと……十人以上は居るわね」

縦横無尽に動いて、魔法を唱える術者のフォローをする楓の人数を数えるのは難しいが……おそらく十人以上は居る。

「……やっぱ、帰ったら刹那さんに剣を教えてもらおう」

安易に魔法の世界に足を突っ込んだのは間違いないが、アスナは今更逃げるなどという考えなどない。
……ネギを見る限り、まだ子供なのにやばい橋を自分から進んで歩いて行く気にさせられる。
知ってしまった以上は見捨てて逃げるという選択肢はなく、強くなって足手まといにはならないようにしようと考えていた。

「わ、私も魔法を覚えようかと思っているんです!」
「え、本屋ちゃんも?」

隣でジッとネギの戦いを心配しながら見つめていた宮崎 のどかも決意表明を行う。

「……コレがあっても、自分の身を守れなければ……ダメだから」

カードを胸に持って、自身の立場を明確に示すのどか。

「……そっか」

なった経緯は違えど、ネギの従者である以上はこういう事態は何度もあるかも知れないとのどかも考えていたみたいだった。

(あいつってば、危ないと分かっていても……飛び込むんだろうな)

かつてリィンフォースが告げた言葉が現実味を帯びてくるのを実感する。

(……学園長を信用できるか、どうか……わかんなくなってきた)

木乃香の祖父というだけで信用しろとは言えない。
今回の件もネギの試練かもしれないが……明らかにまだ十歳の子供にさせるような仕事だと思えない。
幸いにも襲い掛かってくるのが、人間ではなく……だから今ひとつ凄惨な光景に はならずに済んでいる。

(もし、コレが人だったら……あいつ、魔法を使って……人を傷つける事になってるんだよね?)

気分の悪くなる事態を想像して、アスナは吐き気を催して顔を顰めている。
人が人を殺すという禁忌を犯すかもしれないという事に……ネギが自覚しているのか、分からない。
昼間の一件は子供同士の喧嘩の延長戦上かと考えていたが、この夜の戦いはその範疇を超えてしまっている。
無事な術者だけではなく、怪我を負った術者が目に入る度に……ネギの身を案じてしまう。

(あいつ、自覚なんてしないで戦っているんだろうな……木乃香のお祖父さんって、何考えてんだろ?)

人の好い好々爺などというイメージはハッキリと崩れ去り、何を考えているのか全く分からない怪しい爺さんというイメージがピッタリだと感じてしまう。

(リィンちゃんが嫌う理由はコレなのね。こういう事件が起きると分かっていながら、手を打たない……ダメダメじゃない!


……アスナの中で近衛 近右衛門に対する不信感という思いが湧き出た瞬間だった。



第ニ陣、第三陣があっさりと潰されたのを目の当たりにしても高村は焦らずにいる。

「ふむ……魔導師がいたとはな」

魔導師――魔法使いではなく、ハッキリと魔導師という言葉を口にして、状況を見つめている。

「ま、どちらにしてもやる事に変わりはない……もはや戻れぬ橋を渡った」

呪を紡ぎ、祭壇の中央に配置したジュエルシードから魔力を取り出して……召喚を続行する。
ゆっくりと光の中から出現する巨大な鬼――リョウメンスクナ。
前と後ろに顔を、二対四本の腕を持つ異形の鬼が威風堂々と大地に足を着ける。

「……戦え! 守る事など考えるな! 全てを破壊せよ!!」

召喚者である高村の声に従い、リョウメンスクナは第一歩を踏み出し……咆哮する。
その声はまるで全ての者に対する宣戦布告のように高らかに世界に響いていた。




エヴァンジェリンはリョウメンスクナの咆哮を煩わしげに聞きながら、傍らにいるリィンフォースに話しかける。

「さっさと始末するか?」
「……う〜ん、私の騎士にしようかな」
「は?」

一瞬、リィンフォースが言った意味が分からずに呆けた顔でいたエヴァンジェリンだったが、

「……本気か?」
「だって、エヴァには茶々丸にチャチャゼロっていう頼りになる従者がいるけど、私には居ないし……」
「……いや、だからと言ってだな。あんなデカブツが欲しいのか?」
「中身だけ貰って、人型の守護騎士にするつもりだけど」
「なるほど……バレなければ問題ないな」

リィンフォースが言う守護騎士の事を思い出して、エヴァンジェリンが考え込む。

(バレたら大騒ぎになるかもしれんが……それもまた一興か)

巨大な鬼神を麻帆良に持って帰るとギャアギャアうるさく叫ぶ連中がいるが、人間サイズなら問題ないかもしれない。
エヴァンジェリンはそう納得して、一騒動起きるかもしれないのを酒の肴にして楽しもうかと考える。

「…………」
「妹ヨ……嫉妬カ?」

二人の会話を聞いて、何処となくつまらなさそうに控える茶々丸に、チャチャゼロが恐る恐る聞いてみる。
何故、恐る恐るなのかというと、手に持っていた銃のグリップ部がミシミシと軋むような音を立てていたからだった。

「な、何を言うのですか……嫉妬などしてません!」
「……落チ着ケ。銃ヲコッチニ向ケテ……振リ回スナ」

自分のほうに銃口を向ける妹を注意するチャチャゼロ。

「……す、すみません、姉さん」
「守護騎士ダッタカ……ソイツラハ戦闘面デノ従者ダ。
 妹ヨ、日常デノ世話ヲスルノハ、オマエノ仕事ダロ」
「そ、そうですね」
「ソウダ(何デ、コンナフォローシテンダ。俺モ丸クナッタノカ?)」

茶々丸のフォローをしながら、チャチャゼロは複雑な胸中になって……黄昏かけていた。

「チャチャゼロ、茶々丸、下の連中は任せていいな」
「アイサー、ゴ主人♪ 全部切リ刻ンデヤルゼ」
「お任せ下さい。マスターに勝利を捧げます」

自身の身長よりも大きな鉈のような刀身の幅広い剣とナイフを片手にチャチャゼロが楽しげに告げ、片手にロングライフルを持ち、もう片手にはハンドガンタイ プの銃を装備した茶々丸が恭しく頭を下げる。

「では、任せる。久しぶりにハデにやるぞ」
「超はバックアップに専念して。私達、二人でやるから」
「了解したネ。武運長久を祈るネ」

そうそう自分の正体をネギに見せるわけに行かない超がリィンフォースの指示に従って後ろに下がる。
こちらに向かってくるリョウメンスクナを迎え撃つ形で最強の魔法使いと魔導師が互いの武器を構える。

「シュツルムベルン、あなたの力、アテにするわよ」
『私はマスターの勝利に貢献する為に生まれました……勝利をマスターと共に』
「当然! あの程度の敵に負ける気はない」

どんな敵が来ようとも負けないと告げる自身のパートナーのシュツルムベルンにリィンフォースは微笑む。

「クリムゾンムーン」
『承知しております。私もまたマスターの勝利の為に』
「クク、上等だ」

今までの従者とは違う存在であるインテリジェントデバイス――クリムゾンムーン――の忠実な言い様にエヴァンジェリンも笑みを浮かべる。

「ジュエルシードの回収もしなきゃなんないし……あ、その手があったか」

こちらに向かってくるリョウメンスクナを見ながら、リィンフォースが何か閃き、楽しげな様子に変わる。

「エヴァ、足止めできる?」
「誰に言ってる!? 足止め程度で良いのか?」

リィンフォースが何か仕出かす気だと気付いたエヴァンジェリンが高らかに吼える。

「この私を使うのだ……面白い事なんだろうな?」
「当然♪ 面倒だから、さっさと終わらせたいのよ」
「フン、良いだろう。アイツの足を止めてやろう」

この時点でエヴァンジェリン、リィンフォースの頭の中には窮地に陥りそうなネギや詠春達の事は消え去っていた。
……と言うよりも両者とも、煩わしい厄介事を押し付けられていたので……嫌がらせの一つや二つくらいしたいのかもしれない。

「……殺さなければ、問題ないな?」
「精神を破壊しなきゃ大丈夫」

あの身体から精神を抜き取って……別の器に入れ替えるのだとエヴァンジェリンは予想するも、

「……入るのか?」

脆弱な人間並みの器で鬼神……しかもピンからキリまである内のピンのほうになるリョウメンスクナが入りきるとは到底思えずにリィンフォースに向かって懐疑 的な声を上げる。

「並みの器では入らんと思うぞ」
「そんなの承知しているよ」
「…………そうか」

分かった上でやるとリィンフォースが告げた以上……反対する気もなく、

「これで貸し借り無しで良いな?」
「へ? いや、エヴァに貸してた?」

全然意味が分かっていない様子でリィンフォースは呆気に取られた表情で声を返していた。

「……呪いの解呪だ」
「は?」
「だから、こっちとしては無償でして貰うのは借りを作ったみたいで嫌なのだ」
「論外……家族の為に苦労するのは当たり前に話だと思うけど?
 私にとって、エヴァは大事な家族だもん。エヴァの為に頑張るのはダメ?」

リィンフォースに家族と言われて、エヴァンジェリンは複雑な気持ちになってしまう。
吸血鬼になってから……ずっと独りに近い状態で生きて来た。
伴侶になれ、と言った男は拒絶して、呪いを掛けて、三年後に解呪すると告げて……そのまま放置された。

「フ、フン! 当然だろう、お前は私が拾ったんだ。
 だから、私の許可なく、私の元から離れるなど許さんからな!」
「はいはい」

素直に嬉しいと言えずにへそ曲がりな言い方をするエヴァンジェリンに、リィンフォースは肩を竦めて返事をする。

「ちなみに今のは……嬉しいが素直になれずに、思わずへそ曲がりな「ちゃ、茶々丸!」……失言でした」
「ゴ主人ハ捻クレテ、歪ンデルカラナ「チャチャゼロ!」……妹ヨ、ソロソロ行クカ」
「はい、姉さん」
「バッタバッタト切リ刻ムゾ!」
「援護は私がしますので心置きなくどうぞ」
「お、お前ら!」

エヴァンジェリンの怒りの声など、何処吹く風のように聞き流して従者姉妹は鬼達の元へと進撃する。

「超! 茶々丸の頭の中身をどう作った!」
「自己進化してるネ……非常に興味深いヨ」

マッドサイエンティストらしい雰囲気で超は自分が作ったガイノイドの成長を見つめている。

「解体は止めてよ。茶々丸は大切な家族なんだから」
「…………そんな事はしないネ」
「だから、その間が怖いのよ」

危ない方向に進みそうな超に釘を刺しつつ、リィンフォースは準備を始める。



……後に黒の魔導師の従者として、敵対する者達の心を恐怖で震撼させる守護騎士ならぬ武士(もののふ)。

ソーマ・赤(せき)、ソーマ・青(しょう)となる存在の中枢を得る為に。








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

さて、いよいよ佳境に入るかもしれません(汗ッ)
そろそろ新キャラというか、守護騎士の一人くらいは出したいな〜と常々思っていました。
ま、こういうのもありという事でお願いします。
それでは次回を活目して待て!






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