ネギ達一行は一度ホテルへ戻って、午後二時から父親ナギ・スプリングフィールドが数年滞在していた部屋を訪れる予定だった。

「……リィンさんは大丈夫でしょうか?」

ホテルに戻って、まずネギがエヴァンジェリンに尋ねたのは倒れ掛けたリィンフォースの体調だった。

「ああ、単なる魔力切れだぞ」
「そ、そうだったんですか」
「流石に連続して八連戦すれば……ぶっ倒れるさ」
え゛? は、八連戦です か?」

隣で頭に大きなたんこぶ付きの刹那が驚いた表情でエヴァンジェリンを見つめている。

「そうだ。あの石ころの回収にな(ま、超のことは言えんし……)」

ぼかした事情を告げて、魔力切れした理由をもっともらしく説明する。

「簡単には暴走しないように調整されていたみたいだったが……凶暴化するところは変えようがなかったらしい」

リィンフォースが目覚めた後、聞いた限りでは次元震というヤバイ事態にまでは発展しないように調整されていたらしい。

「あんなマジックアイテムは初めて見たが……魔法使いには制御出来るか怪しいものだ」
「ずいぶん、物騒な代物っスね」
「あれでも最悪の事態にまでは進展しないようになってたらしいぞ」

エヴァンジェリンがあっさりと投げ遣り気味に裏事情を話すとネギ達の顔から血の気が一気に退いていった。

「あ、あれで最悪じゃないっていうんすか!?」

暴走重然の姿を思い出してカモが叫ぶ。
強力な再生能力に、膨大な魔力を用いた障壁と攻撃力。
理性こそなかったが……魔法使い達が束になって掛かっても相当の被害の末に勝てるかもしれない化け物が最悪じゃないなどというのは信じられないと言わんば かりにネギ達の表情に出ている。

「最終的にはあの宝石が過剰に魔力を放出しながら次元震を発生させるそうだ」
「次元震って何よ?」

初めて聞く単語にアスナが不思議そうに聞く。

「簡単に言えば、空間が震える……地震の空間版だな」
「それってヤバイの?」

理解できずピンと来ないアスナが更に詳しく聞こうとするが、

「ネギ……何、白い顔になってんの?」

血の気が完全に退いて青白い顔から真っ白に変貌するネギを不思議なものを見るように見つめている。

「アスナさん、空間が震えるというのは防御が一切出来ずに崩壊するようなものなんです」
「へ〜〜って! 何よ、それ!?」

一歩間違えば、自分達だけではなく……その場にいた者が全員死亡という最悪な事態になっていた。
ようやくその意味を理解したアスナがバカレッドの真骨頂を露呈しながら大慌てて叫んでいた。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 三十二時間目
By EFF





「ま、終わった話にガタガタ騒ぐな」

騒ぐアスナを珍妙な生き物を見るような目で面白そうに眺めるエヴァンジェリン。

「……なんか、納得いかないけど」

明らかに自分の慌てふためく様子を楽しんで見ているエヴァンジェリンに憤りを感じながらアスナは落ち着こうとする。

「エヴァンジェリンの姐さんにとってはこんな事態も余裕なんすね」
「まあな」

ちょっと皮肉っぽいカモの声も何処吹く風のように流す。

「ところでリィンフォースの姐さんは?」
「最後の一個の回収と顛末を見届けに出掛けた」
「そりゃまた……二十四時間戦えますかっていう企業戦士みたいだぜ」

感心するやら、呆れるやらという感情がごちゃ混ぜになったカモの声が出る。

「あ、あの! もしかしてリィンフォースさんは来て頂けないという事でしょうか?」
「危機管理の意識の低い魔法使いに会ってもメリットがないそうだ。
 基本的にリィンは魔法使いを好んでいないから……必要がない限り、自分から足を運ぶ事はない」
「え、ええっと……お礼を申したいと言われて、連れてきて欲しいと頼まれていたんですが?」
「諦めろ」

詠春が事情を把握しようとして、お礼を兼ねた聞き取り調査でも予定したとエヴァンジェリンは考えるがにべもなく返事をする。

「……ど、どうしよう……もしかして、う ちって役立たず?」
「ちょっ!? せ、刹那さん!?」

京都に来てから良いとこ無しの刹那は自信喪失気味で……際限なく落ち込んでいく。

「ま、そうかもな」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………」
「エ、エヴァちゃん! トドメ刺してどうすんのよ!」
「お見事です、マスター」
「悪ノ魔法使イ、マダ健在ッテカ♪」

無言でエヴァンジェリンの背後に控えていた茶々丸、チャチャゼロの従者コンビは忌憚ない感想を告げる。
チャチャゼロがこの場にいて自由に動けるのはクリムゾンムーン→エヴァンジェリン経由の魔力供給が行われているからだ。
もっとも供給される魔力は最小限ではあるが。

「これでうっかりがなければ……」
「ケケケ♪ 妹ヨ、諦メロ」
「まだ引っ張るか―――っ!!」

昨夜のうっかりを揶揄する二人にエヴァンジェリンの怒りが簡単に沸点を超えて燃え上がる。

「しかし、マスター……昨日のアレは酷くないですか?」
「ソウダゾ。流石ニアレハナイゼ」
「ぐ……」
「結局、最後はリィンさんの負担を増やしただけではないですか」
「そ、それはだな」
「言イ訳ハ悪ノ魔法使イノスル事ジャネェナ」

茶々丸の、リィンの負担を増やしたという発言にエヴァンジェリンは顔を顰める。

「む……悪かったな」

最古参のチャチャゼロの言葉にエヴァンジェリンは表情を引き締めて謝罪する。

「確かに言い訳は見苦しい……どうやら少し慢心していたみたいだ」

新しい魔法を得て、パワーアップした事に油断、慢心があったかと思っているみたいだ。
実際にベルカ式に変換した魔法はエヴァンジェリンが想定していた以上に強力だった。

「それで? 何時に行けば良い?」
「あ、はい。二時にと聞いています」
「ぼーや、あのバカが読んでいた魔法書関係の資料はまとめて送ってもらう手筈で構わんか?」
「マスターのところで管理して頂けるんですね?」
「ああ、ぼーやが自由に読めるように本来の書庫とは別の場所で管理するぞ」
「それでお願いします」

エヴァンジェリンは刹那に予定を確認し、ネギに魔法書関係の管理の確認を取る。
ネギにしても態々京都へ足を運ぶことがなく、自由に読めるのは父を知る事に繋がるので反対する理由がない。

「これでマスターが掛けられた呪いの呪文が判明すれば助かりますね」
「だと良いが……アイツは適当なところが多いから、呪文の構成を適当に混ぜている可能性もある」
「……無責任な方ですね」
「アイツが麻帆良に来ない理由の一つが呪文を忘れている可能性もある」
「本当にマギステル・マギなのでしょうか?」
「ケケケ。ンナ、立派ナ野郎ジャネェゾ」
「その通りだ、世間の評判など嘘っぱちだ。
 私が見る限りマギステル・マギの定義から最も遠い男だな」

(…………父さん、あなたは何をやっているんですか?)

エヴァンジェリン達の会話を聞きながら、ネギは思う。

(世間の評判と父さんの人物像が全然違うなんて……)

「ネギ……アンタも苦労するわね」

ネギの肩を優しく叩いて慰めるアスナの声が……嬉しいような、居た堪れないような複雑な気持ちになる。

「英雄ってそんなもんっスよ、兄貴」
「そ、そうかな?」
「ああ、身近で知る者と知らない者の差ってやつだぜ」

カモのフォローの声に落ち込むギリギリの踏ん張る。

「ぼーやは頑張って、マギステル・マギになってみるんだな(ま、今のままじゃ難しいだろうがな)」
「は、はい」

偉大な魔法使い――マギステル・マギ――など目指すようなものではないとエヴァンジェリンは考える。

(あれは魔法世界のお偉方が自分達の動かし易い手駒を作るための手段の一つだからな)

優秀な人間を欲しいのではなく、自分達のルールを理解して従順に動く考え無しの連中が欲しいのだ。

(都合が良いだろうな。何処に居るのか分からず……表に一向に現れない人間なら偶像にはちょうどだ)

表に出ても、「メンドくせぇ」と言って逃げ出すナギなら目に見える目標として都合が良い。

(ま、結果はきちんと出したし、一応タカミチとは違って、魔力を除けば標準の魔法使いだからな)

魔力量は規格外だが、魔法世界の住民にとっては同じ呪文を唱える存在でもある。
こういう立派な人物になりましょうと言えば、反対しないのが普通の反応だ。
そして、自分達の決めたルール(法)を覚えさせて……従わせる。

(……いつの世も変わらんな)

高畑・T・タカミチも尊敬を集めているが、彼のようになれるかと問えば……なれない。
結果的に近づける可能性の高い人物を目指すから、扱い易くなるのは明白。

(最初から目指すのではなく、結果……そんな人物になったというのなら素晴らしいかもしれんがな)

人を救うついでにマギステル・マギになるのなら立派だとエヴァンジェリンは思う。
マギステル・マギになりたいから人を救うのでは意味合いが違う。

(ぼーやもそんな事を考えられるように捻くれると面白いんだが……まあ無理だろうな)

純粋と言うか、人を疑わない……人の好さだけでは裏の世界では生きて行けない。
良い様に利用されるのがオチだが、言っても信じないとエヴァンジェリンは考えている。

(真面目で純粋……ホントにこのぼーやはナギの子供なのか? 全っ然、似てないんだが……)

「……世界の七不思議かもしれんな」
「マスター?」

エヴァンジェリンが呟いた言葉にネギが反応して顔を向ける。

「いや、鳶が鷹を生んだのか、鷹が鳶を生んだのか……どちらかなと考えただけだ」
「は?」
「気にするな」

意味が分からずに首を捻るネギから視線を外して、エヴァンジェリンは刹那のほうに向ける。

「桜咲の所為じゃないさ……帰ってくるのが遅かっただけの話だ」
「そうそうタッチの差だから気にしちゃダメよ、刹那さん」
「そや、せっちゃんのせいやあらへん」

アスナと木乃香のフォローでようやく刹那は落ち込みかけた気持ちを立て直す。

「私からも口添えしてやる」
「お、お願いします」

エヴァンジェリンの一言に刹那はホッと一息吐いた顔で安堵する。
この後、ネギ達は修学旅行のスナップ写真の撮影に現れた朝倉 和美に図書館島探検部の三人が加わって京都観光へと出発する。
色々思うところはあるが、折角の修学旅行という事で気持ちを切り換えて楽しむ。

「ザジさん、お昼はこちらで予定したところで構いませんか?」
「……(コクコク)」
「…………ザジさん、いたんだ」

一行に付き合うというか、同じ班で参加していたザジ・レイニーデイ。
終始無言で付き合っていた為に今ひとついる事に気付かずにいたネギ達。

「一応、ザジさんの分の生八橋を買っておきましたのでよければお土産に」
「……ありがと、茶々丸さん」

ザジ・レイニーデイ……今回の修学旅行で最もお金を使わずに楽しむ事が出来た豪の者だが、その事を知るものは居なかった。





ネギ達が観光を楽しんでいる時、

「……どないしてもですか?」
「すまないが……お願いする」

関西呪術協会総本山の一室で天ヶ崎 千草と近衛 詠春がお互い複雑な気持ちを隠さずに話し合っている。

「うち……貧乏くじ引く趣味はないんやけど?」
「そこをなんとか……」

詠春から木乃香の教育係を依頼されて千草は逃げたいな〜という気持ちを包み隠さずに顔に出していた。
千草の表情から察して……木乃香からの願いと引き受ける人物がいない現状を考慮して、詠春も心苦しいみたいだ。
端的に言えば、今更ながらに次世代の育成を怠った不手際の後始末。

(最初から事情を話してこの地で育てたら良いものを……)

木乃香を取り巻く環境を複雑怪奇なものにしたのは……間違いなく目の前にいるこの親馬鹿だと千草は思う。
子を思う気持ちは何となく理解できるも、甘やかし過ぎというのはダメだとも感じている。
天真爛漫な性格は好ましいが、自分の秘めたる力も無自覚なままこの世界に放り込んだのは頂けない。

「誰か他の者を此処から派遣するというのは?」
「…………皆、嫌がってしまったんだよ」

(そら、まあそうどすな……火中の栗を拾う物好きはそうは居ませんえ)

木乃香は麻帆良学園都市で生活している。
そこへ赴くという事は……それは即ち魔法使いの陣地に陰陽師が少人数で入るようなものだ。
武闘派の連中ならば乗り込むのを躊躇わないかもしれないが、そんな連中は重然が……始末した。
今の関西呪術協会はどちらかと言えば……穏健派とか、日和見な連中が主流で大胆不敵な人間はそうそう居ないのも事実。
実力者は居るも、詠春のこれまでの行動を鑑みて……自分から率先して行くような真似はしないだろう。
詠春の対応次第では関西呪術協会そのものが空中分解する可能性だってある のだ。

「ある程度、魔法について理解している人物が良いのは間違いない」
「最初っから喧嘩腰で行くような阿呆やと……ダメでしょうな。
 麻帆良の妖怪ジジイがま〜た口出ししてくるのは目に見えてますわ」
「……………否定はしない」
「そんでもって、ジジイの口出しに応じたら……詠春はんの立場も更に悪うなりますな」

重然が打ち付けた楔は簡単に抜けるようなものではない。
その事を知っている千草と詠春は顔を見合わせている。

「いっそ戦争でもして……とことんやったらええんとちゃいますか?」
「…………本気で言っているのかい?」
「さあ……どうなんやろ? 自分でもよう分かりませんわ。
 とりあえず言えるのは……馴れ合いすぎちゅうことですえ」

馴れ合いすぎ……詠春と近衛 近右衛門の関係を端的に千草は告げる。
お互い戦争を回避しようとしているのは知っているが、身内として二人だけで先走っている感もある。

「上がそう考えても……下が付いて来んようなら意味がありまへん。
 無論、方向性を示すのは長の仕事ですけど、蟠りがある状況で仲良うしようではダメですわ」
「……そうかもしれません」
「高村はんがうちに付けてくれた小太郎っちゅう子も西洋魔法使いを侮っておりました。
 小さい子供からして、こんな有様どす。互いに認めようとせん連中を減らさんうちに仲良うしようと言っても聞きませんえ」

千草の真っ当な意見に詠春の表情が曇る。
子供のうちから魔法使いについて良い印象を持たないように教育している現状を改善しない限り……どうにもならないと千草は言っているのだ。

「大体、先の戦争での謝罪もせん連中に……腰の低い姿勢では家族を失った連中の感情は捌け口さえない状態おす」
「…………そ、それは……」
「言いたい事は分かっておますけど……魔法使い同士の諍いが発端なのが全ての元凶。
 勝者になったのも魔法使いなら、敗者になったのも魔法使い……うちらの家族は何の為に死んだんですか?」

ただ巻き込まれて死んだだけ……端的に言えばそういう事だが、遺族にしてみれば理不尽極まりない言い分でもある。

「詠春はん、勘違いしておりませんか?」
「勘違い?」
「魔法使いの戦争に陰陽師が巻き込まれて死人が出て……謝罪なしなんどす。
 勝った側の魔法使いは、うちらを敗者に協力した連中と勝手に思っているんおす」

頭の痛い話だと詠春は今更ながらに気付く。

「高村はんが言ったように、詠春はんが首を突っ込んだのが間違いとは言いませんが……正しいともうちは思うてないんです」

千草は複雑な顔つきで話す。

「偶々魔法世界に武者修行中やったのは聞いておりますし、人が目の前で死ぬのを放っておくものええ事やないのも分かります」

詠春の行動に非があるとは千草は思っていない。

「問題は戦争が終わった後、詠春はんや近衛の爺さんが魔法使い側の立場を重んじて……魔法使いによって血を流した陰陽師側に対する配慮が足りんかっただけ や」

配慮が足りなかった――関西呪術協会の長に就任して最初にやるべき事を怠ったと千草は告げている。

「和平があかんとは言っておりません。うちらはただ一言、魔法使いに"巻き込んですまなかった"と言うて欲しかったんです」

勝って驕らず……その言葉を忘れただけ。
謝罪の一文があれば……ここまで捩れるような関係にはならかったのかも知れない。

「今、謝罪の言葉があったとしても……うちにとっては、今更という感情が先に出てしまいますけどね」

苦笑しながら千草は犠牲者の遺族としての立場から話すと部屋の空気が詠春に重く圧し掛かる。

「ま、言いたい事は言いましたし……この仕事引き受けますわ。
 条件として、小太郎を連れて行きますけど……宜しいおすな?」
「……すまないがよろしくお願いする」

勝者側の視点で巻き込まれた陰陽師を敗者と見たのが痛恨のミスと詠春は今になって気付かされた。

(関係改善には相当の時間が掛かるかもしれないな……)

自分の代で終わるかどうか判断できないが、自身が犯した失態は自身の手で片付けたいと詠春は考える。

(どちらにしても……今戦争やっても駒不足で勝てませんしな)

苦悩する詠春を見ながら、千草は冷静に状況を分析する。

(戦争する気はないけど……魔法使いが今ひとつ信用できひんのも確かや。
 転ばぬ杖代わりに魔法使いというのを今一度見ておかんと……どうにもならんやろな)

こちら側から手を出さなくても、向こう側から手を出してくる可能性だってある。
少なくとも現状で戦争になっても……数が足りないのも事実で、重然が戦争を回避する為に選択する手段を否定する気もない。

「重然はんは敗者の立場で関西呪術協会を取り仕切ってましたわ」

視点の違い、とはっきりと口にして千草は部屋を後にする。

「…………はぁ……」

……残された詠春は憂鬱な深いため息を吐いていた。



部屋を出て、廊下を歩く千草もまた……ため息を吐いている。

「……はぁ…………ツキが遠退いているわ」

故郷に戻ってから、自身の力量以上の仕事をしている気がしてならない千草。
今回の事件でほぼ近衛 木乃香の関西呪術協会での立場が変わったと考える。

(少なくとも次の長候補からは外れるやろうな)

元々陰陽師としての教育を受けていない点と西洋魔法使いの下で暮らしている点はマイナスだと思う。

(詠春はんが頑張っても閉鎖的、もしくは排他的な場所になるやろうな)

魔法使いとは術式も違えば、考え方も違う陰陽師だ。
今までも良好な関係ではなかったが、今後は更にその傾向は強まり……地下に篭る可能性が高い。

(拒否してもええんやけど……その場合、お嬢はんは魔法使いになるし)

魔法使いになれば、東と西の関係は今以上に険悪なものになるのは間違いなく……、

(結果、戦争へと発展しかねない事態になりようやな)

次世代の看板の一つを潰され、顔に泥を塗られたと木乃香を逆恨みする連中も出るのは間違いない。

(ま、その頃には自分の身を守れるくらいの力はあるかもしれへんけど……ここには帰れんようになる)

自分達(陰陽師)の聖域に余所者(魔法使い)が入ってくるな、などと叫ぶのは明白だ。

(阿呆な親と祖父のせいで故郷を失うのは運のない子やな)

不憫な子だと千草は思う。
生まれ持った資質故に期待されたが、空気を読めない父親のおかげで立場を危うくしている。
長としての資質は十分にありそうだが、視点の持ち方が魔法使いよりだったのが致命的だったと千草は考える。
魔法使いを受け入れていたりしていたが……今後はどうなるか分からない。

(ま、なんにせよ……魔法使いじゃなく、陰陽師として確立できれば、多少の世間の荒波も跳ね返せるやろ)

魔法使いを理解している陰陽師というのは意外に少ない。
魔法世界という自分達の世界を持つが故に彼らは数を増やして、世界に独自のネットワークを構築している。
対して陰陽師は日本古来の魔法で土着の術でもあり、魔法使いのように独自の学校を作るわけでもなく、師が弟子を育てる徒弟制度のような体制。

(一番問題なんが、自分達の世界を持つ魔法使いは其処で堂々と魔法を使って教育できるのがええんやろうな)

秘匿を旨とするのは魔法も陰陽術も変わらない。
秘儀というものは表に出せないから……どうしても一般人の目から遠ざける必要性がある。
大量の人材を育てるからには、場所、金、人がどうしても必要だ。

(魔法使いは自分達の世界で堂々と育てて、陰陽師は副業を持ちながら育てなならん……勝ち目ないわな)

魔法を教える教師が職業として成り立つ魔法使いと、本業(陰陽師)と副業(寺社関係の維持など)を抱えて教育する自分達ではどうしても時間も金も場所も不 足しがちになる。

(生まれてきた子供がすんなりと魔法を受け入れて学ぶ環境があるのが強みやな)

隠す必要がないというのは競い合う環境を生み出す土壌になり、結果的に研究も進み易いはずだ。

(家内制手工業でちまちまと作る一点物と大規模な工場で作る大量生産品って感じ?)

オカルト関係は数があれば良いという訳ではないが……それでも無いよりはマシである。

「とりあえず一度弟子を取って、育てるのがどんなものか考えな……あかんわな」

弟子を持っていない以上、育てる苦労など知りようがない。
木乃香を弟子にして、一から教育プログラムを作り上げて……それを基に次世代の大量生産でもやってみるかと千草は考える。
規格外の人間がいる事は知っているが、そんな人間ばかりではない事はこの目で見てきた。
数の暴力は侮れん事を外の世界で学んだ千草だった。

「ん? なんや辛気臭い顔してんな、千草姉ちゃん」
「そやな。次の仕事が決まったんよ」
「ふぅん」

廊下で千草と顔を合わした犬上 小太郎が声を掛ける。

「麻帆良学園に小太郎も一緒に行く事になるえ」
「俺もなんか?」
「喧嘩しに行くんとちゃう……ま、人材交流の一環とでも考えとき」

流石に貧乏くじ引かされたとは言えずに小太郎には建前の指示を伝えておく。

「魔法使いというのがどんなもんか知るのも勉強や」
「めんどくせえ」
「敵を知り、己を知れば百戦百勝ちゅう言葉もある。
 敵対するかはどうか分からんけど魔法使いの戦い方を知っておくちゅうのもありや」
「……しゃーないな。これも仕事のうちって事にしとくわ」
「あのぼーやと仲良う遊んでやり」
「そやな。とりあえず一勝一敗のイーブンにしたし、向こうでしばらく修行してからもう一回やるか♪」

先程の試合では機動力を生かし、ヒットアンドウェイに徹してフルボッコで終わらせた。
瞬動を覚えていなかったネギは悔しそうに小太郎を見つめ、再戦を望んでいた。
ネギの肩に乗っっていたカモが、また次の機会にとネギを取り成して、のどかが慌てて止めていた。

「今度やる時までに瞬動を覚えとけや」
「すぐに覚えてみせるよ!」

売り言葉に買い言葉といった感じで二人は次回の再戦を約束して……別れた。

「ネギの周りには結構できる奴が多いし……あの姉ちゃんにもリベンジせなな」

麻帆良に行けば、強そうな連中とケンカが出来ると小太郎は考えて楽しそうに笑う。

「……楽しそうやな」
「おうよ! ケンカは楽しゅうやらんとな♪」

ケンカ好きというか、強くなる事が楽しくて仕方がない小太郎に苦笑しながら千草は思う。

(こういう子ばっかりやと……戦争なんか起きんやろな)

遺恨を残さない楽しいケンカをするのが好きらしい小太郎。
楽しいケンカというのが、今ひとつ千草には理解できないが恨みを買わない点だけは悪くないと思う。
連れ立って歩く二人が次に向かう先は関東魔法協会がある麻帆良学園都市。

(ノーテンキな連中が多そうやし……適度に気ぃつけながら仕込みますか)

何の因果か知れないが、千草は魔法使い達の暮らす場所で陰陽師の育成を始める事になる。

(さてさて……鬼が出るやら、それも蛇が出るか……妖怪ジジイが居るのは間違いないわな)

関西呪術協会に復帰しても居場所はないから、関東に送られるかもと考えていたので……高値で売りつけたようなものだ。
詠春が油断していたわけではなく、今回の一件の後始末に集中して頭が回らなかっただけ。

(これでほんの少し……黒字になったで♪)

必要経費やその他諸々の経費をちゃっかりと頂いた千草だった。





「……満足しました」

主であるエヴァンジェリンの観光に付き合いつつ、茶々丸は自分の都合も同時に完了させる。

「お、お前という奴は……」
「ケケケ、ヤルジャネェカ、妹ヨ」

観光の定番二条城、本能寺と案内し、錦市場を歩いただけだが……、

京野菜、京漬物……京都の 名産品を無事に買い揃えることが出来て満足です」

ミッションコンプリートと言わんばかりに茶々丸がリィンフォースの為に作る料理の材料集めに奔走した。
無論、エヴァンジェリンの意向に沿ってではあるが……、

「茶々丸さんって意外と強かね」
「まさかエヴァちゃんをダシに使うとはね」

ハルナとアスナが小声で囁きつつ、感心している。

「マスター、ご安心を……マスターの分も買ってありますから」
「む……ま、まあ良いだろう」

自分を蔑ろにしていないだけにエヴァンジェリンの胸中は複雑そうだった。

「ちなみに請求は全て学園長のほうに回しておきます」
「く、くくく、上出来だ♪」

茶々丸のその言葉にエヴァンジェリンは近右衛門への嫌がらせに笑みを浮かべて大いに楽しんでいた。
後日、近右衛門の元に届いた請求書についての問いに、"仕事料"だと笑って告げて……黙らせたのは茶々丸のファインプレーかもしれなかった。

「姉さんの分の名酒を何本か買っておきました」
「ヨクヤッタ、妹ヨ」

そんな茶々丸達の会話を聞きながらネギは呟く。

「僕もリィンさんにお礼用に買っておくべきかな」
「それでしたら、これをどうぞ」

ネギの呟きを聞いた茶々丸が買い物リストを渡す。

「一応全て配送するように手配しましたが、日持ちするオヤツならば喜ばれると思います」
「あいつは色気より食い気だからな」

エヴァンジェリンが苦笑しながら茶々丸の意見を補足する。

「あ、ありがとうございます、茶々丸さん」
「これなんかどうだ? ぼーや」

リストに目を通したエヴァンジェリンがネギに指示を出すも、

「マスター、自分が気に入ったオヤツを買わそうとするのはどうかと?」

さり気なくリィンフォースの好みを知っている茶々丸が注意する。

「何を言うか? リィンも美味しいと言ってたぞ」
「それでしたら、こちらのほうが美味しいと言っておられました」
「あ、そうなんですか?」
「はい」
「バ、バカもの! リィンはこれが一番美味しいと言ってたんだ!
 ぼ、ぼーや、私の言う事に間違いはない! これにしておけ!」

「は、はあ……」
「しかし、マスター「茶々丸、お前の主は誰だ?」……話を摩り替えるのはいけません」
「くっ!」
「ケケケ♪ 妹モ少シズツ俺ニ似テキタナ」

話を摩り替えて有耶無耶にしようとするエヴァンジェリンに茶々丸が嗜めるように注意する。

「や、やっぱり……この中から自分で考えて決めますね」
「……そうして頂けると助かります」
「くっ! い、良いだろう……期待しているぞ、ぼーや」
「マスター、そうやって脅しをかけるのは如何なものかと……。
 悪としては最高かもしれませんが、人としては何か間違っているような気が……」
「お、お前はいつもリィンの肩を持つんだな!」

いつもの問答が始まり、茶々丸の過保護っぷりにエヴァンジェリンが叱り付ける。

「相変わらず茶々丸さんはリィンちゃんのお母さん役なのね」
「なかなかイイボケとツッコミじゃないっすか」

そんな二人を見ながらアスナとカモが苦笑しながら見守っている。

「……無難に両方買う事にします」
「お♪ ネギ先生、日和ったね」
『ネギ先生……苦労しているんですね』

出費自体はたいした事はないが、精神的にドッと疲れが押し寄せてくる。

「ネギせんせー、良かったらこれどうぞ。甘いもの食べると疲れが取れますから」
「の、のどかさんの優しさが嬉しいです」

都会のオアシスのようにネギの心を癒すのどか。

「う〜ん、ちゃっかり美味しいところを持っていたわね〜」
「のどか……しっかりやるです」

ハルナが面白そうに笑みを浮かべ、夕映が一歩引いて見守っている。

「ま、こうやって日々の積み重ねが勝利に繋がるって事よね♪」
「そうですね」

一行は古都京都の街を楽しく歓談しながら歩いて行く。

「お、お嬢様、あ、あまり引っ張られると困ります」
「ああ〜〜!! またお嬢様っ て言うたん?」

自分の腕を取っていた木乃香に注意する刹那だが、またしても禁句を出した為に木乃香の機嫌が下がる。

「こっちはこっちで……どうしろって言うのよ」

仲良うしたい木乃香に妙に距離を取りたがる刹那にアスナは頭を痛めている。
原因は刹那のほうにあると思うが、なにぶん複雑な事情がある。

(馴れ馴れしく近付き過ぎると護衛失格と言われてもねー)

付かず離れずが一番良いらしいが……木乃香にすれば、幼馴染ゆえに側に居て欲しいと言うに決まっている。

(ま、刹那さんが根負けするまで見守るしかないか……)

刹那の都合も大事だが、意外と頑固な木乃香が折れるわけもない。

(ア、アスナさん、助けてください!)
(ゴメン、無理)
(そ、そんな〜〜!?)

目で助けを訴えている刹那に肩を竦めて無理だときっぱりと告げる。

「こうやって、せっちゃんと仲良う歩くんが夢やったんよ」
「……このちゃん」

しみじみと嘘偽りない気持ちを込めて呟く木乃香に刹那は離れて欲しいと言えなくなる。

「……向こうに帰ったら、一緒に遊びに行こな」
「…………毎日はダメですけど、偶になら」
「せっちゃんって……少しイジワルに なったんやな」
「……どうして、そうなります?」
「うちの気持ちを弄んだんはせっちゃんや! そんなにあの月詠って子がええの!?」
「ど、ど、どうしてそうなります!?
 う、うちが好きなんは―――って……ゴ、ゴホン……そろそろ行きましょうか?」


全員の視線が集中しているのに気付いて、慌てて刹那は一つ咳払いをして誤魔化している。

「詳しく聞きたいけど……武士の情けって事で敢えて聞かないわ」
『はわわ〜。桜咲さんって、そっちの方だったんですか〜〜?』
「私は聞きたいがな」
「マスター、の 形は人それぞれです。根掘り葉掘り聞くのも失礼かと」
「ゴ主人モ歪ンデイルガ、コイツモ病ンデルゾ」
「ええ〜〜! 桜咲さんとこのかってそうだったんですか 〜〜?」
「のどか……人の愛の形にあれこれ言うのはルール違反です。
 こういう場合、友人としては応援するのが正しい選択ではないかと思うです」
「イイね〜〜。新たなネタが舞い込んできたよ〜」
「…………ファイト」

心温まる意見に刹那は空を見上げて涙が零れないように我慢する。

「う、うちって……そんなふうに見られてたん?」
「大丈夫や、せっちゃん。うちはせっちゃんがそういう趣味でも離れんから」
「で、ですから……それは誤解なんです!」

木乃香にまで百合と思われた刹那は肩落として疑惑を否定する。
もっとも木乃香本人は今ひとつ理解しているような感じではないが……多分。

「アスナさん、僕、意味がよく分からないんですが?」
「……もう少し大人になったら分かるわよ」

疲れた表情で何も知らない純朴なネギを羨ましいのか、空気を読めと叫びたいのか、アスナは苦悩して告げる。

(説明なんて出来る訳ないでしょっ! 私はノーマルで高畑先生一筋なんだから!!)

そんなこんなで一行は和気藹々?な空気を持って観光を楽しんでいた。




―――うちってええとこなし?(By 刹那)






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EFFです。

多分……次辺りで修学旅行編は終わるはずです(……多分?)
そして新キャラ登場の予定なんだよな?(自分で書いているのに不安だ)
鬼神リョウメンスクナの魂を核にしたリィンフォースの守護騎士(いや、この場合はサムライ?)

ま、そんなわけであまり期待されるのも困りますが次回をお楽しみにしてください。





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