いざ地下迷宮探索と思っていても、実際にすぐに始めるわけにも行かない。
ネギは血気逸る気持ちを自覚しつつ、普段通りの生活を行っていたつもりだが、

「ネギ、アンタさー……真面目に仕事しないと給料ドロボーよ」
「え、ええっ!?」
「そやな〜、心ここにあらずっていうのが今のネギ君やえ〜」

一緒に暮らしているアスナ、木乃香から見れば丸分かりだったので焦る。

(兄貴よー、隠していたつもりじゃダメなんだぜ

ネギの決心を知っているカモも呆れながら聞いている。

(この分じゃ、あの姐さん達にもバレバレなんだろうな)

バレているのは明白だが、何も言ってこないという事は"好きにしろ"なのだろうとカ モは考えている。

(リィンの姐さんは死なない程度にガンバレで、エヴァの姐さんは修業の一環なのかもしれねえな)

二人とも呆れ半分でネギを見つめているのかもしれない。

(ヤレヤレ、兄貴は分かってんのかな……少なくともリィンの姐さんが兄貴の事を快く思っていねえ事を)

アスナが言うように、ネギに与えられた仕事には教師としても職務がある。
一応仕事はきちんとしているのだが、心ここにあらずの状態でいるのは間違いなく良くない。
そんな態度で仕事をしているネギをリィンフォースが胡乱気な目で見つめているのをカモは気付いていた。

(リィンの姐さん、そういうところに厳しい人だからな)

どんなに私的な部分に大きな問題を抱えていても、それを理由にして仕事を置き去りにするのは間違っている。

(一人前の魔法使いになる為の試練を置き去りにしてないつもりだが……生徒に心配されるのはどうかと思うぞ)

アスナがちょっとキツめの説教を聞きながらカモは思う。

(もう少し力を抜けば……楽になれるんだぜ、兄貴)

慌てず、焦らず等と言っても無理な話かもしれないが、浮ついた心で動いてもダメなのだ。
父親の背中を追い続けるのが悪いとは言わないが、自身の目標であるマギステル・マギになるための試練を疎かにしていては本末転倒なのだ。

「……ヤレヤレだぜ」

誰にも聞こえないくらい小さい呟きを漏らしてからカモはネギのフォローに回る。
意外と真面目に助言者らしい立場に落ち着きつつあるカモだった。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 三十七時間目
By EFF





「…………はぁ〜〜」

朝のジョギングをしながら佐々木 まき絵は心の底から憂鬱なため息を吐き出す。
先日、偶然にも新体操部の顧問が同僚の源 しずなと話していた内容にショックを受けたままなのだ。

「天真爛漫……お子ちゃまって言われてもな〜〜」

自分の性格が子供っぽいのは何となく分かっていた。
そして一朝一夕で変えられないだろうとも感じている自分がいる。
テクニックが足りないのなら練習を増やして覚えて行けばいいが、

「色気とか、魅せる……なんて、どうしよう?」

人の目を惹き寄せる空気や雰囲気を演出する方法を得るなど……簡単じゃない。

「大会が近いし、メンバー選びのこの時期に〜〜」

今すぐ得る必要があっても、方法が分からない以上は……どうにもならない。
かと言って何もしないままでは次のステップへと進む事もできない。
基礎体力の向上の為にジョギングしているが、今ひとつ身が入らないまき絵だった。


――タン、タ――ンッ!

「ん? あ、ネギ君だ」

世界樹の丘の広場でただ一人黙々と中国拳法の練習を行うネギ。
朝日が広場を照らす中で真摯な表情で同じ型の練武を続ける姿はまき絵にはカッコ良く見える。

「――ふっ!」

一通りの型をやり終えたのか、息を整えている。

「甘いなぁ……そんなこっちゃあのバカ親 父には追い着けんぞ」
「へ?」

声を掛けようとしたまき絵とは別方向から冷やかしみたいな声が出ている。

「だ、誰ですか?」

ネギがその方向に顔を向け、まき絵も同じように向ける。
そこには右目が紅く染まり、左目は黒目で細身だが鍛えられた体躯の二十代後半から三十代前半の男性が自然体で立っていた。

「ネギ・スプリングフィールド……あのナギ・スプリングフィールドの息子と聞いてたんだが……全然似てねえな」

口元を軽く歪めて笑っているが、まき絵は何か嫌な感じに思えた。

「そ、それ! どういう意味ですか!?」
「なぁに、ちょっと縁があって殺し合った事があるのさ。
 もっとも俺は一人で、向こうは数人がかりで袋叩きにされたけどな」
「なっ!?」

男の言葉に驚くネギだが、男の方は肩を竦めて気にしていない様子で話す。

「おいおい、戦場で面合わせりゃ、そんなもんだろ……なんで驚く?」

飄々とした様子で驚くネギが理解出来ないみたいに見える。

「それにしても、あんなバカのどこが良いんだか……」
「と、父さんの事を悪く言わないで下さい!」

嫌味に対して即座に反応するネギだが、

「コラコラ、安易に挑発に乗って頭に血を昇らせてどうすんだ?」
「うっ!?」

その反応を見て、男は呆れた顔でネギを見つめている。
指摘されたネギは挑発にあっさりと引っ掛かった事に顔を真っ赤に染めている。

「くくく、まだまだ未熟な小僧だな」

挑発が上手く行った事を楽しみながら男はネギに背を向けて歩き出す。

「ま、今のままじゃ、あのバカの背中は見えてもツラは到底見えねえな」
「それって!?」
「親父には到底追い着けないって事さ、小僧」

男が何を言いたいのか、はっきりと分かってネギは睨むように目を細めている。

「未熟なお子様を挑発するのは止めなさい、ソーマ」
「おっと、すまねえな……姫さん」

新しい人物の声に素直に返事を返すのを見て、ネギとまき絵はその声の主を見つめる。

「あ、あなたはっ!?」
「おはよう、ネギ少年」
「久しぶりおすな、ぼーや」
「おう、久しぶりやな、ネギ!」

そこにはリィンフォースと天ヶ崎 千草に犬上 小太郎の姿があった。

「え? え? ええっ!?」

数日前に敵味方の立場であった二人がリィンフォースと連れ立って歩いている事に驚きを隠せずにいる。

「あ、しもた。ネギにこっちに来るん言うの忘れてたわ」
「え、ええっ!?」

ワリィワリィと片手を上げて謝罪する小太郎にネギは更に困惑している。

「ネギ君の知り合い?」
「へ? ま、まき絵さん!? 何故、ここに!?」
「いや、朝のランニングだけど」

更にまき絵に声を掛けられて混迷の度合いを深めるネギ。

「ダメだ、こりゃ。あの小僧、突発的な出来事に弱いみたいだな」
「だらしないでネギ! それでも俺のライバルかいな!
 ところでソーマの兄ちゃん、ネギが小僧で、俺が坊主やけど……名前で言う気ないんか?」

半人前扱いみたいな呼び方に些か不満げな小太郎が聞く。

「当然だろ、男が男の名前を呼ぶんはそいつを認めた時さ。
 俺に名前で呼んで欲しけりゃ……認めさせるだけのを見せてみな」
「ちっ! 納得できる部分もあるさかい文句が言えんけど……必ず呼ばせてやるで!!」
「くくく、男はそうでなくっちゃな。色々教えてやっから……強くなってみせろ」
「そんなわけでネギ! 俺の稽古に付き合ってもらうで!
 やっぱ相手がおらんとおもろないないしな」
「え、ええっ!?」

混乱するネギの様子などお構いなしで用件を告げる小太郎。

「リ、リィンさん! これは一体どういう事なんですか?」
「仕事でこっちに来たの。今日は夜間警備の帰りなのよ」

まき絵には聞こえないようにして、リィンフォースが簡潔に説明する。

「そ、そうなんですか?」
「そうなのよ」
「じゃ、じゃあ……あの人は誰なんですか?」

初対面の男性が誰なのか知りたくてリィンフォースに尋ねるネギ。
ネギにしてみれば、からかわれたのも少し腹が立つし、父親の事を知っていることも気になる。

「ソーマ・赤(せき)よ」
「よろしくな、小僧♪」

明らかに格下の遊び道具みたいに扱われている気がする。

「……父さんの事、知っているんですか?」
「まあな、アンチョコ片手に魔法を唱えていたバカだった。
 はっきり言って半人前の魔法使いで、周りの面子が援護していなければ……棺桶の中に放り込 めたんだがな」

まき絵には聞こえないようにネギの耳元でからかうように告げる。

「なっ!?」
「しっかし、まあ……あれが英雄達だって言うんだから、おかしな話だぜ。
 脳みそが筋肉で出来た戦士に、ぶっ飛んだ思考の変態魔法使いに、一流のくせに妙に甘いところがあった侍……マトモに見えたのは高畑だったか、そいつの師 匠のガトウだけだな」

一人だったら死んでいたと嘯くソーマを険しい顔で睨むネギを気にせずに話していく。

「呪文も暗記できない男が戦場に出て、勝てて調子に乗って行方不明か……ま、甘い連中の末路はこんなもんだ」

嘲笑っているわけでもなく、淡々とした様子で納得した顔でソーマは現在の状況を呟く。

「そして息子はそんな父親を尊敬しているってか…………は、ははは、何の冗談だ?」
「い、いけませんか!?」
「いいんじゃねえか……親を尊敬しないアホに比べりゃマシだろうさ。
 もっとも、あんなのを尊敬しているようじゃ……誰も救えないと思うがな」
「そ、そんな事はありません!!
 と、父さんは 「あいつがしたのは被害を最小にしただけで……肝心な部分は変わってねえぞ」

自分の中にある父親像を否定されそうになって反発するネギだが、

「お前、親父に育てて貰ったわけじゃねえだろ?」
「そ、それは……」
「英雄って奴は世界に扱き使われる運命で、家族なんてものを守れる力はあっても大概は守れねえんだぜ」
「そ、そんな事はないです!!」

ソーマの言葉に、ネギはフラッシュバックを起こして六年前の出来事を脳裡に浮かべる。

――焼き討ちされて燃え上がる家

――人の肉が焦げる嫌な臭いと血の臭い

―― 物言わぬ石像にされてしまった村の住人

――ギリギリ間に合った父親の勇姿

だが……ソーマの言い方を当て嵌めると、「息子を助けに来たわけじゃなく、悪魔に襲われていた村の住人を救いに来た」のかもしれないと考えてしまう。

「ん? 図星だったか?」
「そ、そんなわけないです!!」

悪意ではなく、当たり前の決まり事を端的に告げただけの様子のソーマにネギが声を荒げて大反発する。

「そうか……まあ、気にすんな。小僧の父ちゃんはズボラな人間だから……」
「……全然フォローになってまへんよ」

噛み合わない会話に顔を顰めて聞いた千草が仲裁に入る。

「フォロー? 俺は事実しか言ってねえぞ。
 ちょっとキツイ言い方すりゃ……この小 僧、親父の仕事の邪魔になるから捨てられたんだろ?

瞬時にその場が凍りついたと千草は感じていた。
チラリと横目でネギを見た千草は、その様子に内心で大きな吐息を零す。
そう、ネギの顔からは血の気が一気に下がって青よりも更に血の気のない白へと変化している。

(悪意はないんやけど……言い過ぎですわ)

詠春からも同じような話を聞いているし、それとなく伝手を使って調査した千草にはソーマの言い分にも納得できる。

(少なくとも物心つく前に預けられて……顔を合わしていないのはホントやな)

親としてはどうかと言いたいし、育児放棄してまで何を求めて活動していたのか……よく分からない。
魔法使いは陰陽師と違って、自分達の世界を持ち……そこで安穏とまでは言わないが、それなりに暮らす事もできる。

(よう分からんけど……無償で奉仕活動するメリットってあるんか?)

この世界で活動する前に、自分達の世界を良い方向へと動かすために活動するのが一番だと千草は常々思う。

(未だに奴隷制度が罷り通る社会を改善する為に働くんがスジちゃうん?)

人を金で売買するような社会を是としている魔法使いが素晴らしいとは千草には思えない。
人身売買による奴隷制度をこの世界は否定して捨てただけ……魔法世界よりはマシだと感じる自分がいる。

(確か中世の時代にこの世界から逃げ出したくせに未練タラタラというのは……覚悟が足りんおすな)

魔女狩り――魔法使い達に対する弾圧から世界を渡って逃げたのなら、新しい世界できちんと根を張って生きて行けば良いのだ。
なのに、魔法世界のお偉方は中途半端に係わろうとしているのは頂けない。

(この坊やも……洗脳されているんやな)

リィンフォースとは昨夜の警備で一緒になった時に" 魔法使いの異常性について"をお題目に会話が弾んだ。
見た目は中学生だが、中身は危機管理にシビアな一人前の魔導師だと知る事が出来た。

(古臭いカビの生えたような因習か……否定は出来んわな)

魔法の隠匿について、何故今も隠し続けるのか……言われてみれば、不自然でもある。
昔の古い迷信や盲目的な教義に凝り固まった愚か者が減っている今の時代に隠し続ける意味はあるのか……、

(自分達が、魔法を隠匿するために犯罪行為をしても構へんという免罪符なんか……随分とまあ身勝手な話おすな)

人の記憶を勝手に消したり、精神を操作するのが正しいとは千草には思えない。
そもそも魔法使い達がこの世界の法の外で好き勝手に動いているのが正しいとは到底考えられないのだ。
国ごとに違いはあるし、宗教観の違いなどもあるがこの世界にはこの世界の法がある。
魔法使いとて、この世界で活動するのならその法に従うのがスジなのだと千草は考えていた。

「そ、それ以上! 父さんの事を侮辱するのなら――「どうすんだ? 決闘でもするか、小僧?」」

ヒートアップしていたネギが一気に血が昇る様を見て……、

(ま、ええわな。聞けば、地下迷宮へ入る予定やったけど……少し時間を稼げるんとちゃうやろか?)

決闘と言っているが、ソーマが手加減しての稽古に近い形になるのは明白だと千草は考える。

「……しょうがないわね。ソーマ、週末にネギ少年の相手をしなさい」
「いいぜ」

リィンフォースもネギが無茶をするよりはマシと判断したのか、仕方なさそうに告げている。

「そうね、ネギ少年……」
「な、なんでしょうか?」

真面目な顔でネギを見据えるリィンフォースに、ネギのヒートアップした頭が少し冷える。

「ソーマに勝てるようなら……下への通行 許可の口利きをしてあげるわ

リィンフォースの口から出た言葉に息を呑むネギ。
父を侮辱する男を倒せば、父の手掛かりを掴むチャンスが容易になる……俄然目の輝きに力が篭る。

「勝てるようならって……千年くらいは早いと思うぜ」
「いいのよ。少なくとも一撃くらいは入れられないと軽い怪我程度じゃすまないでしょ?
 悪いけど……死なない程度に手加減よろしく」
「了解。ま、子供のお遊びに適当に付き合ってやるさ。
 それより、姫さん……朝飯が冷める前に帰らないと、茶々丸殿が悲しむぞ」
「はっ! さっさと言ってよ! ち、千草に小太郎、行くわよ!!」
「そやな……せっかく用意してくれた朝ご飯を粗末にするのは嫌やな」
「お、おう。ほな、ネギ。続きは放課後や!」
「う、うん……」

勢いよく駆け出す四人を唖然とした顔で見送るネギとまき絵。

「なんて言うかさ……割り込めなかった」

口を挟めるような雰囲気じゃなかったのも事実だが……温厚なネギが感情的になる場面を始めてみたので、少し不謹慎だが新鮮に思えて見ていたのも間違いな かったのだ。

「……絶対に勝つ」

ぼそっと呟いたネギの言葉には力が入っていた。

「ネギ君も大変なんだね〜」

自分だけが悩み苦労しているわけじゃないとまき絵は感じながら、ネギがどんなふうに頑張るのかを見てみたいと思っていた。




昼休み、いつもの場所で昼食中のリィンフォース達にアスナ達が駆け寄ってくる。

「さっき聞いたんだけど……ソーマって人とネギが試合するってホントなの?」
「まあね。ネギ少年が勝てれば……口利きするって約束したのよ」
「フン、勝てるわけがなかろう」
「確かに勝率は……あるでしょうか?」

身も蓋もない言い方のエヴァンジェリンと茶々丸にアスナは不安な表情に変わっていく。

「それで良いのよ。今のネギ少年に地下迷宮は危険だからソーマ相手にしておけば……目が届くでしょう?」
「まあな」
「子供相手に大人気ない戦い方をするような方ではありませんし、ネギ先生の安全は確保できます」
「…………そういう事か」

ネギが父親の事になるとどうも危なっかしいのはアスナも何となく気付いていた。

「ま、放課後にでも学園長には伝えておくけどね」
「ジジイもそのほうが楽だから文句は言わんさ。ぼーやが単独で潜るのなら誰か魔法使いをフォローに回す必要があるしな」
「はぁ〜〜あいつって、頭イイわりには意外と無鉄砲なのよね。
 ところでさ、別荘って私も偶に使っていい? ちゃんと剣の練習をしたいけど……時間がないの」

納得しつつ、アスナはネギから聞いたエヴァンジェリンの別荘の使用許可を求める。
寮生活とはいえ、先立つものがなければ何も出来ない。
その為にバイトを外すという考えはアスナにはない以上はどうしても……時間が足りない。
ネギから聞いた話では別荘の中の一日がこちらでは一時間という……足りない時間を埋める事が出来る便利な代物だ。
使い過ぎると歳を取るのが早くなるらしいが、適度に使うのなら大丈夫だろう。
刹那にもその事を説明して、練習の効率を上げたいと告げたら、構わないと言ってくれた。

「別に構わんが……こっちの修業の邪魔をするなよ」
「うん、そう言えば……このかも使うんだって?」
「ああ、本当はゆっくりと時間を掛けたいらしいが……そうも言ってられんみたいだ」
「ふぅん、急ぐ理由でもあるの?」
「ま、ここは安全だが、本来……自分の身は自分で守るのが常識なんでな。
 例え親の不始末でも、本人が足を踏み入れた以上は泣き言など甘えに過ぎん」
「ま、そういう事ね」
「自分の意思で危険な世界に入る以上は泣き言を言う時点で愚か者だと判断します」

身も蓋のない厳しい意見にアスナは鼻白み絶句し、木乃香は泣きそうな顔で聞いている。

「……う、うぅぅ、せっちゃん」
「あ、あの〜厳しい容赦ない発言は……その……出来れば…………」

控えて下さいと言いたかった刹那だが……エヴァンジェリンの一睨みで沈黙する。

「と、ところで……ソーマさんって強いんだよね?」

手厳しい意見に口篭る刹那を庇うべく、アスナが今、この場にいる者が最も知りたい事を口にする。

「強い……全く以ってリィンの力には呆れてしまうぞ」

この場にいる茶々丸以外の者はソーマの正体を知らない。

(無限に近しい魔力炉を体内に有した……使い魔に近い守護騎士、いや侍か。
 明らかに魔法の質が違うのを実感したよ)

ジュエルシードを制御する術式を見たエヴァンジェリンが最初に感じたのは精緻で美しく纏められた魔法体系だった。
数値化された魔法というものを見たのは……長い時間を生きてきた魔法使いでも滅多にお目に掛かれない。
この世界の魔法が感覚で生み出される術式ならば、あれは感覚ではなく……数値化された科学の公式だと判断する。

「ふぅ……(世界の違いとはこんなにも差が出るのか?)」

魔法が公のものとして認識されている世界故に……コソコソ隠れて研究しているはずのこちらとの差が明確に現れてくると最初は考えていた。
しかし、実際は違うのかもしれないとエヴァンジェリンは思い始めている。

(魔力を精霊に与えて効果を発動させている借り物の威力では……ダメなのかもしれんな。
 所詮、魔力そのものを使って効果を生み出している魔法の前には無意味なのか?)

昨日、極秘で行われた超のラボでもAMF――アンチマギリングフィールド――の実験を見た時に衝撃を受けたのは事実。
フィールド内では外に放出する魔力は拡散されて……魔法を使う事が出来なかった。
外から攻撃を仕掛けても……同じように精霊に与えた魔力が減衰して効果が消失したのをこの目で見た。

(アレが兵器として実用化されたら、魔法使いは……滅びるだろうな)

実体弾を弾く魔法の盾も掻き消されてしまえば……後に残るのは少し頑丈でただの一般人よりマシな動きの人間で、どうとでも料理出来る。
銃火器をあまり用いずに魔法を使った遠距離攻撃に頼りきりの魔法使いなど……この世界の火器にどこまで対応できるか不明だ。
アンティークの魔法銃に設置型の魔法の罠など最初からAMFを展開していれば、役に立たないガラクタと変わらない。
自らの魔力で物理攻撃力を生み出さなければ……話にならないのだ。

「あ、あの〜〜エヴァちゃん……そんなにヤバイの?」

エヴァンジェリンが魔法使い達の未来に不安を覚えながら思考中のところにアスナが恐る恐る声を掛ける。

「ん?……ああ、そう危なくもない。なんせ、訳あってあいつは本来の力の25%程度しか使えんしな」
「そうなんだ」
「それでもぼーやの実力の三、四倍は固いがな」
「げ……そ、そう」
「ま、現実の厳しさってやつを肌で味わうのも悪くない。人はそうやって強くなるもんだぞ」

不条理、理不尽……そんな現実を味わって挫折するか、しないかは本人が決める。

(石に齧りついてでも強くなる気持ちがないのなら……さっさと諦めればいい。
 もっとも、あのぼーやは賢いようで愚か者だ。諦めきれずに足掻き続けるだろうがな)

負けず嫌いという性格もあるが、父親に対する執着心に関しては異常な点もある。
今現在はマギステル・マギなどという幻想に捉われているが……一つの切っ掛けから容易に転げ落ちそうな部分がある気もする。

(真面目な人間ほど極端に傾くし、非常に洗脳しやすい。
 しかも、確固たる意思を持たぬぼーやは……他人の意見に流されやすいからな)

人から与えられた意思など脆く崩れやすい。
一流の人間ほど生きて歩き続けてきた過去が背骨――バックボーン――となって自分を支え続ける強さを得ていく。
エヴァンジェリンから見たネギ・スプリングフィールドは芯の入っていない背骨で歩いている未熟者以外の何者でもない。

(ま、精々人に上手く使われて……お終いってとこだな)

アスナ、刹那、木乃香の三人が楽しそうに笑うエヴァンジェリンから不安を感じて距離を取って相談している。

「……大丈夫だと思う?」
「不安やな〜」
「その……ソーマという人物に会ってみないと」

修業に関しては相当厳しいとネギから聞いていたエヴァンジェリンが楽しげに笑うのは不安を掻き立てる。

「ね、ねえリィンちゃん。ソーマさんに会いたいんだけど……いい?」
「朝の合同練習の時なら顔を出すからいつでも会えるわよ」

あっさりと居場所というか、顔を合わせる機会を用意するリィンフォースにアスナ達は拍子抜けする。
もしかしたら、当日まで情報を一切与えずに……ネギを負かす気ではないかと考えていたのだ。





放課後、学園長室でリィンフォースは近右衛門と話し合っていた。

「人手不足みたいだから、一人用意したけど?」
「それに関しては礼を言うべきじゃろうな」
「背後関係を調べても無駄よ。ソーマは私が魔導の技で生み出した存在なんだから(実際は違うけど)」

警備員が足りないと愚痴を漏らしていた近右衛門にリィンフォースはソーマを雇ってみる気ある?と持ち掛けた。
昨日の警備でその実力を見せつけ、どうするかを尋ねている。

「雇う? それとも断る?」
「そうじゃのう……」

勿体ぶっている訳ではなく……リィンフォースが用意した点をどう説明するべきかで近右衛門は悩んでいる。
人手不足の解消は正直ありがたいが、生真面目な連中から文句までは行かなくても物言いが出る可能性が高い。

(生真面目なガンドルフィーニ君あたりがネックかのぉ……)

派閥とまでは行かないが、リィンフォースがエヴァンジェリンの仲間という点が真面目な魔法使いには気に入らないのだ。

「のう……リィンフォース君」
「何よ?」
「もう少し……仲良く出来んかね」
「無理ね」
「……即答せんでも」
「あのね、譲歩するのは向こう側であって、私じゃないのよ」

リィンフォースの主張には納得できる部分があるだけに困る。
"魔法使い殺し"の 異名が出てきてから……煙たがられているのは知っている。
何もそこまでしなくても、というのが魔法使い達の甘さというのも分かっている。
魔法使いが同情的な気持ちを抱くのが間違っているとリィンフォースは考え、魔法使いの甘えを嫌う。
犯罪者に人権は不要、というのが魔導師であるリィンフォースの主張というもの分かる。
少なくとも正規の手続きをすれば、この学園都市に入る事も可能なのだ。
強奪行為をしなければ問題ないのだが……貴重な物だけに閲覧だけでは物足りないと思う欲深い馬鹿どもが居るだけなのだ。

「ねえ……ここに居る魔法使い達って、自分達が犯罪行為を犯していると理解しているの?」
「……それはどういう意味じゃ?」
「世界樹……あれの存在を出来る限り気付かせたくないからって、サブリミナルコントロールはやり過ぎじゃない?」
「むぅ……」

認識阻害の術で学園都市を覆い、世界樹とその地下にある遺跡の存在を隠蔽しているのは事実だ。

「この世界が魔法使い達の世界なら……文句は言わないけど、生憎とこの世界はあなた達の世界じゃないのよ」
「そうは言ってものぉ」
「ひっそりと隠れ住んで隠者みたいな生活なら良いけど、表側にも権力を持っている時点で悪用じゃない。
 大体なんで魔法を隠しておくの? 確かに中世の時みたいに盲目的な魔女狩りをするような事は流石にしないでしょう」

掟として定められたのは遥か昔の事で……いつまでも引き摺っているのは不自然とリィンフォースは訴えている。

「自分達の領域があるのに、別の世界に拘っているのはどうかと思うわよ。
 この世界で活動する前に、まず自分達の世界の歪みを正しなさい」
「……わしの一存では決められんのじゃ」
「分かっているわよ。でもね、上に居る責任者が声を出さないと何も変わらないという事も知っているでしょう」
「そうじゃのう」
「いつまでも隠しきれると思うのは甘いと言わせてもらうわよ。
 もっと徹底した隠蔽工作をしていれば、大丈夫かもしれないけど……都市伝説みたいに話題になるようじゃね」
「……頭の痛い話じゃな」

噂話という形で魔法使い達の存在が話題になったりしているのは知っている。
人が多い都市部で活動している以上は、ほんの一瞬でも見られたりする事もあるだけではなく、巻き添えを食らってしまう事も否定できない。
強力な認識阻害を都市全域に掛ければ……確実に洗脳の領域に入る為に、匙加減が難しい。

「今更ながらの話じゃが……なぁ」
「どうでも良いわよ」
「冷たいのぉ」
「自分達が棚に上げて、目を逸らしてきた問題を人に押し付けるのはどうかと思うわよ。
 ああ、でも無責任な魔法使いなら……それも有りかもね」

リィンフォースの嫌味とも言える言葉にぐうの音も出ない近右衛門。
自分達の正体を隠すために一般人の事を蔑ろにしていると悪意ある見方にも取られる可能性は少なくない。
隠し事をしているのは自分達、魔法使いであって……この世界の人々は何も悪いわけではない。

「魔法使いが魔法を使って犯罪を犯しても司法が裁くわけじゃなく……同類の魔法使いが勝手に裁いてお終い。
 さて、巻き込まれて泣きを見るのは誰な のかしら?
「むぅ…………」

魔法の隠匿を是としている魔法使いには一般人に被害が出ても隠すしかない。
怪我ならば、傷を癒して、記憶を操作して……隠し通せば良いといつしか決まり事になりかけている。

「死者ならば……行方不明扱いで死んだ事さえもなかった事にしたわね」
「……痛いとこを突くのぉ」
「家族の帰りを今も待ち続けている人々の前でどういう言い訳をするの?
 実はあなた達の大切な人は魔法使いに殺されて、遺体さえも返す事が出来ませんって……随分と傲慢な事を言うのね」

部屋の室温が一気に下がるのを近右衛門は感じていた。
魔法使い全てが善人ならば、犯罪行為など発生しないが……現実にはそんな上手く行くわけもなく。
リィンフォースの指摘通りに事件は起きる事もある。

「元々の魔法世界の住民である亜人種はこの世界に興味がないから来ない」
「……そうじゃな」
「犯罪を起こすのはこの世界で魔法を覚えた人間か、魔法世界から来た人間というのは……締め付けが足りないんじゃない?
 魔法という超常の力を得た所為で気が大きくなったのか、箍が外れやすくなるのは人間らしいけどね」

人間そのものを蔑むように話すリィンフォースに違うと否定したいが……犯罪記録を見る限り否定できない。

「マギステル・マギを目指すんだったら、自分達の足元をきちんと固めてからにしてよね」

話したい事を全て言い終えたのか、リィンフォースは近右衛門に背を向けて部屋から出て行く。

「……足元を固めろか」

言いたい事は分かるし、今の現状で満足するなと告げている事も言葉の端から伝わってくる。
さりとて、そう簡単な話でない事も確かだから……困っている。

「ま、人手不足というのは確かじゃろうし……許可を出しておくべきじゃな」

リィンフォースの提出したレポートを読む限り、麻帆良にナギ・スプリングフィールドの血縁者がいる事は隠しようもない。
魔法使いばかりで構成されていた村ではなく、一般人が多数いる都市だから過激な真似はしないと思うが……こちらの都合良いように考えているのも危険なの だ。
学園長として、そして関東魔法協会の理事としての認印を手に取り、書類に判を押す。
この瞬間、新たな人員が警備に配置される事が正式に認可された。

ソーマ・赤(青)――関西の地に封じられていた鬼神リョウメンスクナの魂を核にして誕生した侍。

麻帆良学園都市の結界など、リィンフォースに掛かればまるで役に立っていない事を近右衛門は知らなかった。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

リョウメンスクナの中身をベースにした新キャラ登場。
もっとも本来の強さには程遠い状況ですが、おいおい調整して強化されていく予定です。

魔法使いが魔法を悪用しないとは到底思えません。
それを前提にして、このSSではマギステル・マギについては今後も色々書くと思います。
この世界の紛争地帯に首突っ込む前に、自国の治安を何とかしろと思うのは間違いなんでしょうか?
一応法はあるみたいですけど……ある意味、強さにモノを言わせることも可能みたいな世界ですね。

それでは次回も刮目してお待ち下さい。




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