学園長室は重苦しい空気に包まれていた。
事前に連絡のあった通り、きっちりと一時間後にエヴァンジェリン達はやってきた。

「……事情を説明してはもらえんかの?」
「…………本気で言っているのか?」

近衛 近右衛門のこの一言で重い空気の学園長室に殺意という名の重圧が更に増していく。
エヴァンジェリンが思うに防衛体制を強化していれば、今回の事件は水際で食い止められた可能性は十分にあった。
しかし、現実はゾーンダルクによる侵入事件があったにも係わらずに……何ら変更もなく、容易に学園結界を越えて悪魔が入り込んできたのだ。

「マスター、私が説明します」
「フン、任せる」

超のラボから合流してきた茶々丸がいつも以上の平坦な声で話す。
現れた茶々丸の姿は一見同じように見えたが、全身を覆うように人工スキンに変更され、人と変わらぬ姿へと変貌していた。

「本日、いえ日付が変わりましたので昨日夕刻、魔法使い達のノーテンキな警備体制の隙を突いて悪魔が侵入しました」

いきなり毒っ気のある言葉が混じった報告に聞いていた魔法使い達が顔を顰める。
そんな魔法使い達の様子など気にせずに茶々丸は淡々と続きを述べる。

「悪魔達は三つの部隊に分かれ、まず一つは陽動で関西呪術協会所属の犬上 小太郎と周囲に居た民間人ごと襲撃しました」
「魔法使いは全然気付かずに、俺が小太郎のフォローをしたんだがな」

学園長室の出口付近の壁に凭れ掛かっていたソーマ・赤が嫌味混じりの発言をする。
今回の事件はソーマ・赤には明らかに油断していた大人の魔法使い側のマヌケさだけが浮き彫りになっていたのだ。

「此処が自分達の領土と言うのなら……それ相応の守りを固めとけってんだ。
 それともアレか? 主義主張ばかり囀るしか能のないおバカさん達だったか?」

ソーマ・赤は魔法使い達の初動の遅さを嘲笑う。
毒っ気のあるソーマ・赤の問いに魔法使い達は不愉快な表情で睨んでいた。

「一般人の社会に紛れ込んでいる弊害というよりも……弛んでるんじゃねえか?
 良いか、いつもいつも夜に侵入してくると勘違いして、昼間を疎かにするなよな」
「私が昼間に侵入者モドキの真似事をしたのに改善していない時点で能無しだろう?」
「違いねえな」

ソーマ・赤の言の尻馬に乗ったゾーンダルクの発言に一部の魔法使い達が怒りを含ませた視線で睨みつける。
しかし、二人ともそんな視線など意に介さずに嘲笑っていた。

「二つ目の部隊はネギ・スプリングフィールドに縁のある悪魔がリーダーとなって……襲撃。
 その際に近衛 木乃香、神楽坂 アスナの二名が人質に取られました。
 幸いにも両名は無事に取り戻し、悪魔自身も暴走状態ではありましたがリィンさんが撃退しました」
「……困った事をしてくれましたな。
 木乃香お嬢さんは立場上……関西呪術協会所属の術者ですえ。
 何かあったら、今度はホンマに洒落にならん事態になるって自覚しておりますか?」

元々最重要警備対象があっさりと侵入者の手に落ちるという事態に千草が顔を顰めて抗議する。

「この街の警備体制は万全と聞いていたからお嬢さんを預けたんですえ。
 ネギ少年と係わらせた以上……こういう事態は起き得ると想定していなかったちゅうのは聞く耳持ちませんしな」

死亡したと噂されるサウザンドマスターの後継と目されている以上、その恨みの矛先はどうしてもネギに向かう。
当然預かる以上はそれ相応の警備をしなければならないし、安全面を鑑みれば……他の保護対象とは別個に扱うべきなのだ。

「奇襲……定石破りなんてもんは油断している方がマヌケではないんとちゃいますか?」

いつもいつも夜に襲撃し続けて、昼を油断させて奇襲する。
在り来たりな手ではあるが、本来昼もきちんと油断せずにしていれば、防げたかもしれないと千草は見ていた。

「お嬢さんから学園長に伝言、「いい大人があんまり遊びと仕事を混同させたらあかんえ。酷いようやと縁切りするわ」」
「ほう、言うようになったじゃないか?」
「一応自分の立場をきっちり頭に教え込みましたんや。
 このくらいの棘のある言葉を言わんかったら……聞く耳持たんやろ?」
「全くだな。良かったな、ジジイ……孫に見切りを付けられそうだぞ」

千草の嫌味にエヴァンジェリンが若干苛立ちを紛らわせている。

「…………」

木乃香からの容赦ない言葉に近右衛門のハートはズタズタだった。
千草は言うべき事を終えるとこの場から退出し、本来の仕事である木乃香の護衛をする為に別荘へと戻った。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 五十六時間目
By EFF




「問題は三つ目の部隊です。
 これは明らかに特定のターゲットを狙ってきました」

茶々丸の言葉にエヴァンジェリンの怒りが簡単に沸点を超えた。

「ジジイ、言い訳を聞こうか?」

"返答次第では殺すぞ"と言わんばかりに本気の殺気を漏らし始める。
学園長室の空気は凍りつき……固まっていた。

「フェイト・アーウェルンクスを取り逃がした時点で警備体制の強化は必要だったのに……現状維持と来た。
 ヤツがどういう人物か、貴様には話したはずだが?」

アーウェルンクスの名を持つ人物が現れた以上、決して油断するなと忠告し、守りを固めるべきだったが人手不足を理由に現状維持にした。
エヴァンジェリンはリィンフォース、千草からの話を聞く限り、フェイト・アーウェルンクスがナギの仇敵であると判断していた。
そしてネギ・スプリングフィールドの所在が明らかになれば、父親に恨みを持つ者が動く可能性を考え、必ず麻帆良に何らかのアクションを起こすだろうと思 い、警告したが無駄に終わった事に腹立っていた。

「明らかに責任者の怠慢とお見受けしました」
「…………人手不足なんじゃよ」
「理由にならんわ! 人手不足なのは私が来た十五年も前からだろうが!!」

エヴァンジェリンが力任せに机を叩き潰し、そのまま近右衛門の服の襟を掴み上げる。

「十五年! それだけの時間があれば、それ相応の人材を育て上げる事だって出来るだろうが!!
 それを怠ったのは貴様の甘えだ!!」

怠慢と断じてエヴァンジェリンの苛立ちが頂点に達する。
十五年前に人材不足で自分がこの地に縛られてから、殆ど変化がなかった。
一から育てるとしても十分な時間だと思ったが、何ら変化がない以上は監督責任者の怠慢に過ぎないとはっきりと感じていた。

「貴様はこの地の責任者なんだろう?
 遊び心があるのは構わんが……そういう物はな、きちんと仕事をしてからにしろ!!」

掴み上げた手を放して近右衛門を下ろす。
エヴァンジェリンの発する濃密な殺気が充満して、誰も動く事が出来ない。

「失礼するネ」

そんな中、人払いの結界が施されたドアを開けて、超 鈴音が入ってくる。

「ちゃ、超 鈴音!? な、何故、ここに!?」

魔法使い達のブラックリスト筆頭の少女――超 鈴音が綾瀬 夕映を伴って室内に入る。
一部の魔法使い達は警戒感を顕にして身構えていたが、超は何処吹く風のように気にも留めていない。

「此処は関係者以外「私が呼んだ、文句があるのか?」……」

ガンドルフィーニが慌てて退去させようと声を掛けるも、エヴァンジェリンの一言で黙らせられた。

「そういう事ヨ。事情は夕映サンから聞いたネ。
 魔法使いの失態は今更どうこう言ても……仕方ないから本題に入るヨ」

そう告げて超は魔法使い達の目の前で空間スクリーンを展開する。

「こ、これはっ!?」
「現在、師父は此処で回復中ヨ」
「そうか」
「これ以上はダメネ。入た瞬間に破壊されたヨ」

最大望遠で洞窟らしい場所が映るも、即座にブラックアウトした。

「……見ての通りネ」

肩を竦めて守護騎士に撃ち落された瞬間をエヴァンジェリンに見せる。

「で、学園都市の結界の解除はどうなたネ?」
「スマンがそこまで話は行っていない……」
「なんの話じゃ?」

二人の会話を聞いていた近右衛門が一応の確認を取る。

「分かっているだろう……リィンフォースの救出に向かうから学園結界を解除しろ。
 アレがあると無駄に魔力を消耗するから面倒なんだよ」
「いや、そうは言うてものぉ……」

近右衛門は言葉を濁して、結界の解除に難色を示す。

「解除中の警備はコイツらにやらせろ。
 その程度くらいは能無しにでも出来るだろ?」

侮蔑の意味を含ませて魔法先生、魔法生徒を横目で見つめるエヴァンジェリン。

「本来自分達の領土を主張する以上、己の手で守るのがスジだ」
「待ちたまえ。それならば、私達が彼女を助けるというのは?」

ガンドルフィーニが能無しと言われて、苛立ちを抑えながらエヴァンジェリンに対抗するように意見を述べる。

「……正気か? 相手はタカミチクラスが四騎に魔力量が其処のジジイの孫娘以上の魔力を持つ魔導師だぞ?」

呆れた声でエヴァンジェリンが身の程知らずと言わんばかりに告げる。

「リィンは普段リミッターを掛けて、力を抑えている。
 手加減された状態でも勝てんくせに勝てるわけがなかろうが」

ジロリと高音・D・グッドマンとそのパートナーである佐倉 愛衣を一瞥する。
言われた方は最初その意味が分からずにしたが、徐々にエヴァンジェリンの告げた内容を噛み砕いて慌て出す。

「ま、待ちたまえ! それは本当なのか?」
「嘘偽りない事実です。リィンさんの最大魔力総量は近衛木乃香さんの1.5倍は確実にあります」

淡々と事実を述べるガイノイド茶々丸の声に学園長室は騒然となる。

「師父が本気で広域殲滅呪文を使用すれば……一時間掛からずに廃墟になるネ」
「否定しないです」

あっさりと超と夕映が認めて、落ち着いた様子であと一人の人物の到着を待っていた。

「失礼する」

一応礼儀を弁えて学園長室のドアをノックして龍宮真名が入ってくる。

「今回の仕事は誰が報酬を出すんだ?」
「私が出そう。別荘の中にある宝物庫から、幾つか見繕って換金するさ。
 そうだな。前金でこれでどうだ?」

真名の問いにエヴァンジェリンが人差し指、中指、薬指の三本を立てて話す。

「……三百か?」
「一桁少ないぞ。私が出すと言ったろう?」
「三千万か……十分過ぎるな」
「後金で同額……ただし相当危険な仕事だぞ?」
「フ、仕事とはそういうものだろう」

大胆不敵に笑って見せる真名にエヴァンジェリンが納得して頷く。

「で、ジジイ。結界はどうするんだ?」
「…………分かった、事態が事態じゃからな」

ようやく事態の深刻さを理解した近右衛門がエヴァンジェリンの要求に応える。

「ああ、どうしても納得行かんと言うのなら……先に動いても構わんぞ。
 私達は今から一時間後に行動に移るからな」

納得できないと言わんばかりの表情でエヴァ達を見つめる魔法先生に肩を竦めて告げる。

「良いのかね?」
「良いも悪いも自己責任で好きにするだけだろ?
 死にたいヤツ、魔法使いとしても人生を終わらせたい自殺志願者に止まれと言うだけ無駄さ」
「それはどういう意味だ?」

エヴァンジェリンの物言いに反発するようにガンドルフィーニが睨みつける。

「言葉通り、今のリィンは過剰防衛行動に出ている。
 要はいつもみたいに魔法使いの呪文ではなく、魔導師の呪文で容赦なく攻撃し、躊躇う事なく傷つけ……殺すだけだ」

冷え切っていた部屋の温度が更に低くなる。

「一応、修学旅行の報告は耳に入っているんだろ?
 ナギが仲間と協力して倒し、封印した鬼神を相手に単独で戦い……撃破したんだぞ。
 半端な実力の持ち主程度で相手になろう筈がない」
「そうですね。非殺傷設定が入っていなければ、死人が続出するだけです」
「何だね……その非殺傷設定とは?」

夕映の肯定に魔法先生の一人が尋ねる。

「魔導師の攻撃魔法には怪我を最小限に抑え、魔力ダメージのみ与える効果のある殺傷、非殺傷設定があるです」
「今の師父は私が見る限り殺傷設定をオンにしているナ。
 おそらく魔力ダメージだけではなく、致死になりかねない攻撃呪文だて使うヨ」
「あくまで試算ですが、半端な魔力障壁など紙切れ同然です。
 一撃で障壁を貫き、手足を吹き飛ばすくらいのダメージを与える事など簡単に出来るでしょう」
「と言うか、京都での攻撃力を見る限り……直撃を食らえば、魔法使いなら即死だろう?」

夕映、超に続いて、茶々丸、真名も口々に魔導師リィンフォースの攻撃の恐ろしさを話す。

「少なくとも家族に遺言の一つでも遺してから行くんだな」

締め括るようにエヴァンジェリンが魔法使い側に死人が出ようが気にしないと嘯く。

「ジジイの事だから覗き見していただろう? 先程の私とリィンの前哨戦を?
 言っておくが、あの状態でもリィンはリミッターが掛かったままだったぞ」

エヴァンジェリンの睨みつける視線に目を逸らす近右衛門。
そんな近右衛門にエヴァンジェリンは、フンと鼻を鳴らして蔑むように見ていた。
そしてエヴァンジェリンは不本意そうに空間スクリーンに先程のリィンフォースとの戦闘映像を映し出す。
見た映像には、確かに自分達でもあの程度の派手な攻撃は出来るかもしれないが……如何せん威力に違いがあった。
ポピュラーと言うか、魔法使いが最初に覚えるであろう魔法の射手なら無茶をすれば、千を超える数を撃ち出せるかも知れないが……その後が続かないと理解せ ざるを得ない。
膨大な魔力なだけでなく、一発一発の威力が魔法の射手では対抗しきれないのは否応なく思い知らされる。

「リィンの真骨頂は足を止めての超長距離からの広域破壊だ。
 貴様達がリィンを視認する前に、その砲火に曝されて……あの世行きだ」
「だ、だが、近付きさえすれば「その死角を補う為の守護騎士だ」……」
「今のリィンを倒すには、タカミチクラスの実力を持つ四騎の守護騎士を足止め、分断して撃破するしかないのさ」

新たに出てきた情報に魔法使い達はその背中に冷たい汗を流すしかなった。

「超、夕映……一騎。そうだな、鉄槌の騎士を押さえられるか?」
「連係すれば、足止め程度は……ナ」
「同じくです」

エヴァンジェリンの指示に超と夕映は頷く。
何気にこの二人は訓練を兼ねて、次元世界ではコンビで組んで行動している。
以心伝心のようにどちらも最善の方法を瞬時に想定して息の合った行動を選択していた。

「待つんじゃ。綾瀬君の実力は先程見たが……超君は?」
「リィンの一番弟子だ。私が見る限り、コイツはタカミチが苦戦するくらいの実力がある」

あっさりとエヴァンジェリンが告げた内容に一同は騒然とする。
一般人だと思っていた人物が、実は魔法使い以上の実力を持った魔導師だったとは信じられなかった。

「別に問題ないネ。あなた方の魔法とは別物だからナ」

慌てている魔法先生、魔法生徒に肩を竦めて超が痛烈な皮肉を込める。

「都合のイイ時だけ、力を借りたがる誰かサンとは違うのだヨ」

魔法の事を完全に秘匿しようとせず、都合の良い時だけ人を使おうという魔法使いの姿勢にチクリと釘を刺す。

「ククク、その通りだな。
 さて、ソーマ・赤……烈火の将に勝てるか?」

超の皮肉を聞いて嗤うエヴェンジェリンが次の指示を出す。

「オイオイ、誰に言ってんだ?
 確かにそれなりに強いみたいだが……万全じゃねえヤツに不覚なんざしねえよ」
「なら訂正しよう、必ず勝て」
「はん、楽勝してやるよ」

気負う事なく、自然体で楽しげに獣じみた笑みを浮かべるソーマ・赤にエヴァンジェリンは楽しげに笑みを返す。

「では、私が盾の守護獣を倒すとしようか」
「任せたぞ、ゾーンダルク」

何処からともなく聞こえてくるゾーンダルクの声にガンドルフィーニは不機嫌に顔を顰めている。
自分達は役に立たず、素性も分からぬ連中が重要な仕事をするというのが非常に不本意みたいだった。

「では、私と龍宮さんで湖の騎士の相手をすれば良いのですか?」
「そうだ。お前の新しい力は対魔法戦に於いて、かなりのアドバンテージを得るからな。
 現状でコンビを組めそうなのはコイツくらいだ」
「……そうなのか?」
「言っておくが必ず実弾を使用しろ。魔法の効果のある弾丸は役に立たんぞ」

疑問符を挙げた真名にエヴァンジェリンが注意する。

「そういう事ヨ。リィン師父と合同で開発したAMF発生システムを搭載した新しいボディだからナ」
「AMF?」
「アンチマギリングフィールド……一定範囲内の魔法を無効化するシステムを搭載したヨ。
 魔導師には対抗策があるが、対魔法使い戦なら……魔法使いが放つ呪文を完全に無効化が可能ネ」

何気なく放った超の説明に学園長室に緊張が走る。

「間違いないぞ。テストで放った魔法使いの呪文は……本当に魔法を無効化した。
 まあ使える呪文は多少はあるが、放出系の魔法は役に立たんよ」

同じ魔法使いのエヴァンジェリンがあっさりと肯定した事で嘘偽りない真実だと思い知らされる。
近右衛門はリィンフォースの持つ知識が魔法使いにとって如何に危険な物であるかを知る。

「良かったな、ジジイ。今回の一件で貴様に対する信頼度は更に下がったぞ♪
 どう足掻いても、リィンは貴様達の言葉を信じないだろう」

楽しげに嗤うエヴァンジェリンの様子に、近右衛門は修学旅行以前からの魔法使いとリィンフォースとの関係の危うさをきちんと解消せずに大丈夫だろうと安易 に構えていた見通しの甘さを痛感した。

(……何とかせねば。後手に回ったのはわしのほうじゃな)

"魔法使い殺し"の異名程度では済まされない事態へと発展しそうな問題を抱え込み苦悩する近右衛門だった。
危険だからと言って、他の魔法使い達がリィンフォースに危害を加えようものなら……本当に関係修復など望めない。
強権を発動してでも守るか、関係修復を諦めて……危険な手段を取るか、近右衛門は選択を迫られていた。




南国風の明るい日差しが降り注ぐ別荘の中で一人暗い空気を放つ少年が居る。

「…………」



(何とかしなさいよ!?)
(お、俺っちに言われても!?)

少し離れた場所で際限なく落ち込んでいくネギに声を掛けられない神楽坂 アスナとオコジョ妖精のカモ。

「しゃーないな。俺がガツンと言ってやるで」
「アンタはダメよ!」
「そうですわ! 失礼ですけど……あなたにはナイーブなネギ先生のフォローなど無茶としか言えません!」

小太郎が、俺に任せんかいと言わんばかりにフォロー役に名乗りを上げるもアスナと雪広 あやかの二人が待ったを掛ける。

「失礼なやっちゃな」
「ちなみにどうやってフォローするの?」
「決まってるやないか。男やったらコレやろ」

しっかりと握り締めた拳を突き上げる小太郎に聞いた夏美の顔に縦線効果付きの汗が浮き出ている。

「ウジウジ悩む前にガツンと体を動かしゃええんや」
「いや、それはどうかと思うけど?」
「フ、フフフ、やっぱり小太郎くんは元気な男の子よね」

微笑ましく小太郎を見る那波 千鶴に、

「ガキ扱いすんなや!」

小太郎は子供扱いされて不満タラタラだった。



「はぁ…………どうしてなんだろ。力を得たはずなのに……」

周囲の心配する気持ちとは裏腹にネギは自身の力の足りなさに絶望感を抱く。
頑張ってきた……六年前とは違うはずなのに、何も出来ない。
自分の、父親の問題が表面化してきて、周囲に迷惑を掛けているのに……自身の力では解決できない。

「…………フェイト・アーウェルンクス」

京都ではほんの僅かな擦れ違うような邂逅だった。
後でエヴァンジェリンに聞いたら、かつて父親と敵対していた組織のリーダーと同じ顔、同じ家名を持つ少年。
そして、今回も関与しているらしいかもしれない。
その事を聞いて、ネギの胸の中にモヤモヤとした焦燥感のようなものがある。
自分が父親――ナギ・スプリングフィールド――のように警戒されない、取るの足らない魔法使いと見下された気がする。

「…………」

見習い魔法使い――エヴァンジェリンがはっきりと告げた言葉に間違いはない。
実際に一人前の魔法使いになる為にこの地に来たのだ。
分かってはいるが、どうしても居ても立っても居られない焦燥感が心の中で膨れ上がる。

「や、やっぱり! い「あきませんえ」――っ!?」

自分の所為だから、自分で解決したいと思うネギを制止する声。

「あんな……ぼーやが役立たずとは誰も言うてません。
 そうやって血気に逸るのは……え、ええっと確か、マギステル・マギやったか、それを目指す者としてはどうかと思うえ」

振り返って見ると近衛 木乃香と桜咲 刹那と連れて歩いてきた天ヶ崎 千草がいる。

「こ、このかさん! だ、大丈夫ですか!?」

自分の事ばかりに考えが向かい、気を失っていた木乃香に注意が行かなかったネギ。

「ま、一応回復系の術を最初に教わったおかげや」

ネギに余計な心配させないように元気よく無事を告げる木乃香。

(一歩間違えたら……ショック死しかねへんかったけどな)

チアノーゼ――過酷な運動のおかげで心臓麻痺が起こっても不自然ではない状態だったと言いたげな千草。
それなりに守りを固めていたはずの魔法使い達の拠点で起きた事件に彼らの危機管理の甘さはちょっと腹に据えかねていた。

「ほんに……洒落になりませんわ」

ここでもし、木乃香に万が一の事があれば、関西呪術協会いや、陰陽師はは関東魔法協会、引いては魔法使いを二度と信用しようとは思わなくなるだろう。
立場上、次の後継候補からは外れたような形ではあるが、近衛 木乃香は関西呪術協会の一員だと思っている者は大勢居る。
人の好い術者は、"親のエゴのおかげで余計な苦労を背負い込んだお嬢さん"と同情している者も居る。
好意的に見ていない術者でも、その潜在能力の高さは認めて、不本意ながらも次の時代を支えるだろうと考えてもいた。
京都大乱の影響で戦力的に勝てないと判っているだけに、もし木乃香に何かあっても抗議するだけで……それ以上は行えない。
しかし、行えない分……深い怨恨が関西呪術協会に根を張るのは確実で、暗闘が始まるのは目に見えている。

(……呪詛、呪殺というのはこっちの得意分野やで、一致団結してこの地に呪いを掛けられたら……どうするんや?)

地脈の力を利用し、集団の力を以って足りない分を補い……魔法使いが生きる地を呪いで汚染する。
魔法使いと違い、陰陽師には世界樹を重要視する謂れはない。
大地の流れを意図的に歪めて、世界樹を枯らす事だって……出来ない事もない。
世界樹を失えば、魔法使い達が管理しているシステムも大打撃を喰らう。
遺跡――世界樹の力を利用しているらしい太古のシステムが使えなくなれば、麻帆良の価値も下がる。
なりふり構わずの状況に追い込まれている以上、一般人を巻き込む事に躊躇するとは千草には思えない。
もっとも一般人をこの地に引き入れたのは魔法使いであるならば、守るのも彼らの義務だと言える。
険悪な関係になり、手段を選ばない交戦状態にならないように配慮できない方が悪い。

「坊やは……人を殺せるか?」
「え?」

少し疲れたような顔つきと声で千草はじっとネギを見つめて尋ねる。
近くで聞いていた刹那、木乃香に、ネギが心配で隠れて見ていたアスナ達も千草の質問に意識を凍りつかせる。

「最悪……リィンはんを殺す可能性もあるんえ。
 その時、坊やは自分の手を血に染める覚悟が出来とるんか?」

殺す、命を奪う覚悟と真正面から聞かれて、ネギの身体が硬直する。

「はぁ〜〜…………京都で言われたやろ……英雄とは殺人者の側面を持ってるって?」

ため息を吐いて、千草は非常に嫌そうな顔で大人として、未成熟な子供を諭すように話す。

「マギステル・マギ……正しい魔法使い、もしくは立派な魔法使いやったか……それに必要なんは力やないんえ」
「え、ええっ?」
「無論、力があるほうが色々と都合がええけど……本当に大事なのは道を指し示す知恵、知識やとうちは思う。
 困った人々の問題を一時的に解決するんやのうて、根本から解決する為に知恵を絞って、みんなの力を借りるんや。
 人はどうしても出来る事は限られていて、身の丈に合った事しかでけへん」

一旦言葉を区切って、ホンの一瞬だけ隠れて聞き耳を立てている面子へ視線を向ける。

「坊やは、自分の力だけでリィンはんを救えると自信満々に言えるちゅうわけやな?」
「そ、それは…………」

無理と言ってしまえば、此処に留まるしかないネギは言葉尻を濁して俯く。

「周りの大人の魔法使いが腰引け取る状況で何とかしようという気概は悪うない。
 ただな、相手の力量と自分の実力を考えた上で難しいもんは難しいと認めるだけの勇気は蛮勇やないで」
「…………でも」

俯いたままでネギは耐え切れずに叫ぶ。

「ぼ、僕が原因なんです!! 僕と僕の父さんが原因で!!」
「アホ言いないな。子供が大人に甘えんでどうするんえ。
 子供を守んのは大人の仕事で、でけへんようやったら一人前の大人やないんや」

大人が未熟な子供をきちんと一端の大人に育て上げるのが当たり前の話と千草は言う。

「ええか、坊やが一人前やと主張していても……師であるエヴァはんが半人前と言ってる限りは世間的にはそんなもんや。
 エヴァはんは、なりは子供やけど、中身は……立派な大人やで」

若干?逡巡しつつも千草が今にも飛び出しそうなネギを諭すように話す。

「師から来るなと言われたのに、弟子が勝手したら……破門されても文句は言えへんよ」

破門という単語にネギの決意が揺らぐ。

「坊やはエヴァはんに破門されたら……今現在魔法による戦闘を教えてくれる人が居るんか?」

千草の質問にネギが進退窮まった表情で言葉に詰まる。
この学園都市には他の魔法使いも居るのは間違いないが、今のネギは魔法使いが誰かは知らないし……教えて貰っていない。
一人だけ心当たりがあるが、その人物は図書館島の最深部で隠棲中。
友人の高畑・T・タカミチは体質によるものらしいが魔法を唱える事が出来ないために、実戦訓練は出来ても魔法を教えられるかと問われれば……微妙かもしれ ない。

「リィンはんに教えてもらうのは……多分無理ですえ。
 あん人は魔法使いではなくて、魔導師なんやから」
「…………そうですね」

ある意味手詰まり、独りでやれない事もないが……戦闘は実践が物を言うので単独では限界がある。
事実エヴァンジェリンに教わる事で実力は確かに向上しているだけに、師に見限られると何かと不都合が出てくる。

「此処も使えんようになるし……結界を張って訓練できるんか?」

教師の仕事をしながら、チマチマ時間の合間を縫うように修行するのは難しい。
魔法の秘匿もあるので必ず人払いの結界を用いての修行をしなければならない。
そういう問題点を解消してくれている別荘の使用が不可となれば、もし何かあった時……何も守れないかもしれない恐怖感がネギの心の中に宿る。

「……後先考えんで、ただ悪戯に突っ込んで……」

千草が何を言わんとしているか……ネギには理解してしまう。

「師の足を引っ張って、友人を死に追いやる…………それがマギステル・マギを目指すもんのする事なんか?」

言われたくない、聞きたくない言葉をハッキリと口に出される。
困っている人を救う立派な魔法使いになりたい……そんな気持ちからネギは修行に励んでいる。
しかし、六年前のあの時の感じた無力さに苛まれるような事は二度としたくないという感情もある。

「…………」

俯いて黙り込むネギの様子に千草はまだ突っ走りそうな気配を感じて……呆れるべきか、きちんと叱るべきか、悩む。

(……荒療治しょっか)

大人にはない子供特有の理屈ではない……感情の発露をネギから感じて、千草は決断する。

(なんで、うちが……よりにもよって、親の仇みたいな連中の後継者を聡さならんのやろ?)

此処でネギを好き勝手させると碌な事にならないと千草は判断し、心底嫌そうな気持ちを押し隠して話す。

「……そんなに人の血と自分の血が見たいんか?」
「……え?」

千草に問われた内容の意味が今ひとつ分からずに途惑った顔で見つめるネギ。

「人を呪わば、穴二つ……これは陰陽師にとって、ごく当たり前のことやな」

チラリと後ろに居る木乃香に視線を向けて、よう聞くように目で告げる。
視線の意味を理解した木乃香はまっすぐに千草に目を向け、一言も聞き漏らさないように居住まいを正す。

「呪詛……呪いというもんに対する心構え。
 誰かを呪うという事は、当然その人とその周囲の者を不幸にするわけや……ここまでは判りますやろな?」
「…………は、はぁ」

呪いとキーワードにネギが途惑いつつ……不安そうな表情に変わる。
"登校地獄"……師であるエヴァンジェリンに父親が掛けた呪いがネギの頭の中を過ぎる。

「呪いで誰かを不幸……いや、この場合は人を殺すんやから、その手を血に染めるちゅうことや」

誰かを殺すという言葉にネギも木乃香も息を呑む。

「何でそこで驚くんや?」

二人の様子を揶揄するように何処か馬鹿にした目付きで千草は嗤う。

「木乃香はどうか知らんけど、坊やは将来そんな世界に足を踏み入れるんやろ?」
「…………そ、それは……」

逡巡、躊躇いみたいな不安げな空気を醸し出してネギが途惑った声を漏らす。

「魔法が人を救えるというのは……嘘やな」
「そ、そんな事はありません!」

千草の言葉にネギは即座に反論しようとしたが、千草の差し出された手に押し留められる。

「……人を殺す事で、人が救えると?」
「―――ッ!!」
「京都で言われたやろ……坊やのお父さんもまた人殺しやて。
 戦場に出て、誰も殺さずに英雄なんてもんには成れんえ」
「ッ!!」

矢継ぎ早に告げられる非情な指摘にネギは絶句する。

「あんさんの周りにはそんな過酷な決断を強いる連中しか居らんと……何故気付かんの?」
「そ、それはどういう意味よ!?」

思わずアスナが飛び出しながら大声で訊ねる。

「うちが見る限り……エヴァはんとリィンはん以外の魔法を使う連中は坊やをマギステル・マギになって欲しいみたいやで」

肩を竦めて千草は呆れを含んだ声を出す。

「少なくともうちが思うに、マギステル・マギというのは危ない橋を渡らな成れへんような存在に見えるし」
「え、ええっと……それだけじゃないように思ったんだけど?」

アスナが人助けがメインじゃないのと目で訴えながら、冷ややかな底冷えした感のある千草にお伺いを立てる。
この場で年長者で、それ相応の経験をしている千草に安易にこうだと告げると……鼻で笑われて、追撃にボロクソに言われそうな気がしたのだ。

「分かってまへんな。この坊やが目指しているのはお父さんと同じ戦闘方面のマギステル・マギや。
 そして、周囲の連中もこの坊やが戦場に出て、誰かを……殺す事を望んでいるんとちゃうか?」

千草の放った発言に周囲が息を呑み、場の空気が凍る。

「坊やのお父さんは戦場で魔法を使って……人を傷つけ、殺した事実は変わらへん。
 分かるか? 此処の連中はそんな部分を見ずに、ええとこだけ……光り輝く部分だけしか見とらんのや」

千草は肩を竦めて呆れた空気を纏って、"正義の味方"に憧れる魔法使いの馬鹿さ加減を嘲笑う。
ナギ・スプリングフィールドの功罪の内、功の部分だけしか見ずに褒め称えるミーハーな部分が千草には好きになれない。
どんなに魔法使い達がナギを褒め称えようが、千草にとっては家族を奪った原因の一つである事には変わりないのだ。

「ええか? 十歳の子供に人を殺す、殺さないの……重い決断をさせるわけにいかんのや」

真剣な表情で甘えを許さない大人の女性が子供達を諭す。

「ええか……返り血を浴びたくらいでパニックになる半端もんが戦場に立てば、死ぬだけや。
 そういう事を弁えた上で坊やは、この街にいる事情を知らん住民を守る為に最悪リィンはんを殺す決断が出来るんか?」

答えろと鋭さを秘めた視線をネギに向ける千草。
半端な返事を許さない姿勢を感じてネギは…………答える事が出来ない。


マギステル・マギ……立派な魔法使いの言葉の持つ重さを見習い魔法使いが実感した瞬間だった。





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EFFです。

マギステル・マギの代表格が戦場で功績を挙げた人っていうのはどうよ?と思う。
悪くはないと思う点もありますが、人道的な功績を積み上げてきた人をもっと尊ぶべきだと考えます。
プロパガンタという点では分かり易いのは間違いないですけど。
原作でネギが父さんの後を継ぐと宣言したのを聞いた高畑が嬉しいよと言うのは過去を懐かしんでいるんでしょうね。
ネギ……子供に自分達が出来なかった事を期待するのは間違いじゃないですが、紅き翼の面子はナギと別れてから引き篭もって今になって大慌てと言うのが腹立 たしいと言うか、無責任だなと思ってしまう。
子供の高畑が僕達が何とかするようなセリフを言ってましたが……現実は厳しかったんでしょうか?

では次回でお会いしましょう。




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