「いい加減にせんか!!」

学園長近衛 近右衛門の一喝に魔法教師、生徒達は黙り込む。

「そもそもじゃ、わしの指示に逆らって行動したのは彼らじゃ!
 組織の一員が勝手に動く事の危うさをもう少し真剣に考えてくれんかの」


昨日の悪魔襲撃事件の報告が正式に為されてから、学園長室は一部の教師、生徒達の声で紛糾していた。
火に油を注ぐようにエヴァンジェリンは挑発的な笑みを浮かべて、ガンドルフィーニ達の責任の有無を確認するが、一部の魔法生徒達は納得できずに声を荒げ た。
しかし、生徒達の抗議は近右衛門の一喝に怯み、

「フン。組織の一員がそのボスにこうもあっさりと逆らうというのは……タガが緩んでいるんじゃないか?」

更に組織のあり方を嫌味っぽく告げるエヴァンジェリンにぐうの音も出ないくらい黙らされた。

「一匹狼でありたいのなら別に構わんさ。
 その場合は今お前達が受けている恩恵を捨てる覚悟を持ってからにするんだな」

組織の一員であるからこそ受けられるメリットだけを甘受するのは気に入らないとエヴァンジェリンの視線は物語る。

「私は一応の警告を発し、それを受け入れたジジィが指示を出した。
 それを守らずに勝手に動いた事が正しい事だとお前達は言うのだな?」

冷ややかで侮蔑を滲ませるエヴァンジェリンが放つ空気が学園長室に満ちる。
既にエヴァンジェリンの心の中には寛容に許すという気持ちはなく、これ以上くだらない文句を言うつもりならば……相応報いをくれてやろうと決めている。

「そこまでにしてくれないか、エヴァ」

若干疲れた顔色で仲裁に入る高畑・T・タカミチ。
昼休みにエヴァンジェリンに言われた事の影響で彼自身もまた心的に非常に重いストレスを抱えている。
こんな気分のまま、一部の事情を知らない生徒達からの一方的な弾劾を聞かされると流石に気持ちも滅入ってきた。

「で、どうするジジィ?」

仲裁に入ったタカミチの心理状態などお構いなしで、エヴァンジェリンは最初から生徒達を眼中に入れずに近右衛門に問う。
いつも以上に場の空気を読まずに傍若無人に行動するエヴァンジェリンにタカミチは相当怒り心頭なんだと思いつつ、その行為が更に生徒達に火に油を注ぐ事に なると分かっていてしているだけに後でフォローしなければならないタカミチは後の事を想像して陰鬱になっていた。

「さて、どうしたもんかの。
 ガンドルフィーニ君らを警備から外し、一線から遠ざけるというのは今の状況では無理じゃし……」
「追放して、自分達が如何に恵まれた立場にいたのか思い知らせてやれ」
「人手不足はどうするんじゃ?」
「はっ、そんなのそこらのガキどもにやらせろ。
 散々自己主張したがっているのだ……当然死ぬかもしれない現実であろうと結果を見せてくれるだろうさ」

エヴァンジェリンはいきり立っていた生徒達を一瞥して、戦わせてみろと進言する。

「人員が減った分、今まで以上に危険になるが、より実戦に即したものになる。
 元々研修が終われば、荒事有りの世界に出るんだ。特に問題はないだろうさ。
 私から言えるのは唯一つ……リスクのない戦いなどありはしないとという事だ」

腰が引けたわけではないが、人手が減少した状態での警備と聞かされて熱くなっていた生徒達も多少はクールダウンする。

「それは不味いよ、エヴァ」
「なに、ぼーやも使えば良い。そろそろアレも本当の実戦をさせたいと思っていた。
 ククク、正攻法以外の手段で向かってくる連中を相手に痛い目を見せるのも悪くない。
 アレは妙に正々堂々真正面から戦う事に拘っているから、実戦がそんな甘いものではないと身体で教えるのも有りだ」

ネギを実戦に出しても良いとエヴァンジェリンが告げると今日のネギの様子を見ていたタカミチは更に顔を顰める。

「わざと降伏するとほざいて、油断を誘う連中に一度は痛い目を味わうのも良い経験になる」
「それじゃあ……大怪我だってしかねないよ」
「だから良いのさ。そうやって本当に痛い目を見て人は育つ。
 アレは世界が善意の上で成り立っていると勘違いしているからな。
 現実は白でもなく、黒でもない、グレーゾーンで成り立っていると肌で感じてもらう必要がある」

完全な正義も悪もないと嘯くエヴァンジェリンに生真面目な生徒はいい顔をしない。
しかし、一方ではエヴァンジェリンの言い分に対して非常に不本意になって複雑な心中へと変化していた。

「この世界で魔法使いが正義を示す時、それは魔法使いが一般人対して魔法を使って非道な行為を行った場合だ。
 さて…魔法がなければ、彼らは傷付かなかったという問題に対する答えを誰か聞かせてくれないか?」

突然話をはぐらかすように別の疑問を口にしたエヴァンジェリンに答えられる魔法使いは居なかった。
魔法がなければという問題は自分達の存在に大きく関わってくる。
流石に自分達の存在……魔法使いの在り方を否定できる豪胆な人物はこの場には居ないのだ。

「ま、ナギ辺りはそうだなと肯定するかもしれん。
 アイツは魔法云々よりも人の命のほうを大事にするタイプだったからな」
「そ、そんなはずはありません! マギステル・マギと尊敬される方が魔法を否定などするはずがありません!!」

立派な魔法使いと言われたサウザンドマスターが魔法を否定するなど、あってはならないと叫ぶ高音・D・グッドマンに同調するように他の魔法使い達も否定的 な視線をエヴァンジェリンに向ける。

「ククク。なぁタカミチ、お前はどう思う?」
「…………」

この状況を愉しげに嗤うエヴァンジェリンに水を向けられたタカミチは口を噤んで……何も言わない。

「偶々アイツは魔法の才に恵まれて使っていたが、魔法はあくまで手段の一つとしか思ってなかったろう?」
「…………」
「近くで見ていたお前は全部知っているから答えてやったらどうだ?」
「…………」

エヴァンジェリンの言葉の全てを否定して欲しいと願う魔法使い達に反してタカミチは何も語らない。

「なに、別に問題はないさ。私のように悪の魔法使いになれば良いだけだ。
 正しいだの、正義だの、そんなのは悪の魔法使いにはどうでもいい話で終わる」

普遍的みたいな当たり前の話のように悪に正義が不要だと告げられると誰も否定は出来ない。

「アイツが戦った理由も正義じゃないだろう。
 ただ気に入らないから、ぶちのめした……ただの私情を最後まで貫き通した点は実に見事ではあるがな。
 偶々結果が伴っただけで、平和な時代だったらナギやラカンはただの暴れん坊だ」

エヴァンジェリンがナギの行った功績を否定しないというのはこの場に居る誰もが同意している。
しかし、マギステル・マギを否定するような言葉を納得できないので視線は反抗的なものにしかならない。

「さて、かなりに脇道に逸らしたおかげで考える時間が出来ただろう?」

近右衛門に目を向けて、考えをまとめる為に時間を作ってやったからどうすると聞く。

「……どこがじゃ? 非常に悩ましい問題を出したくせに」
「ククク、嫌がらせには丁度良いだろう?」

非友好的な命題を出しおってと睨む近右衛門にエヴァンジェリンは真面目な連中をからかって満足したと言わんばかりに笑う。

「とりあえず減給と厳重注意じゃよ。
 現状でこれ以上戦力を減らす真似は出来んのじゃ」
「そうだな。痛い目を既に見ているし……行方不明者も出した点がこれから重く圧し掛かってくるだろうさ」
「やはり藤林君は……」
「普段口ではマトモな事をほざいていたが、いざ全滅したら……怖くて逃げ出したんだろうな」

エヴァンジェリンの呆れた声に近右衛門は深いため息を漏らす。
行方不明とエヴァンジェリンは言っているが、近右衛門は死体が残らなかっただけかもしれないとも考えていた。
どういう形で動いたかはまだ聞いていないが、ガンドルフィーニだけではなく、参加した魔法使い全員に罪の意識が芽生えるかもしれない。

「ま、リィンは大丈夫だ。あいつは戦えば、自分が死ぬ事も覚悟しているし、誰かを死なせる事に禁忌はない」
「それはそれで問題じゃよ」

リィンフォースの心のあり方に近右衛門は異議を出すが、エヴァンジェリンは特に気にしていない。

「どこがだ? 基本的にリィンは自分から手を出す事はないぞ」

先に手を出すほうが悪いとあっさりと告げるエヴァンジェリンに、

「そう言うのならば、敵を作らんように少しは言動に注意してくれと話してくれんか?」

近右衛門は普段の言動に気を配るように行って欲しいと頼む。

「だったら余計な面倒事をこっちに押し付けてくるな。
 リィンの望みは平穏無事な日常だが、お前がそれを壊そうとしている以上は優しい対応などせんよ」

巻き込んでばかりいる魔法使いの方にこそ問題があると言われたら……非常に反論できない。
近右衛門はここ一連の問題に自分の対応が悪かったと反省するしかなかった。


……両者の関係修復への道のりは険しく遠かった。




麻帆良に降り立った夜天の騎士 六十八時間目
By EFF




ガンドルフィーニは妻と子の心配する顔を見ていられなかった。
魔法使いという事を隠している自身の後ろめたさに今回の事件の責任がその心中に暗い影を落としていた。

(…………私は運良く無事だったが、助からなかった命もある)

全員が無事だったという幸運はなかった。
重傷者だけではなく、死亡者も出た以上は自分達の判断の甘さを痛感してしまう。

「邪魔するぞ、愚か者」

ノックもなしにドアを開けて入ってくるエヴァンジェリンにガンドルフィーニは身構える。

「な、なんだね?」
「なに、面倒ではあるが一応見舞いという名の嫌がらせだ。
 なんせ人の忠告を無視して、勝手に貴重な人員を動かして消耗させたんだ。
 この後の責任の取り方をしっかりと見物したくてな」

クククと嘲りの視線を浮かべて、エヴァンジェリンはガンドルフィーニの様子を見る。

「全く持って運のいい男だよ。貴様と藤林のミスの煽りを食らって非番の教師達が苦労している」
「…………やめてくれ」

頭に血が昇って自身の能力を示す機会と勝手に判断した暴走。
その結果が今の惨めな姿だと思うと居た堪れなくなる。

「ま、姿を見せずに夜逃げするような恥を晒すとは思えんから……死んだな」

エヴァンジェリンは誰が死んだとは言わないが、ガンドルフィーニには分かってしまう。

「魔法を使って一般人を殺した場合……殺された人間は大概は行方不明扱いだ」
「何が言いたいんだ?」

突然、話が別の物に変わって、ガンドルフィーニは不審そうな顔でエヴァンジェリンを見る。

「なに、魔法使いの一般常識さ。
 魔法は秘匿しなければならない以上、その皺寄せは何も知らないただの市民に向かうだけ。
 その割を食った人間の家族は今も生きているかもしれないと思い……待ち続けていると考えると不憫だな」
「…………」

魔法で迷惑を被った人々は確かに存在し、公表出来ずに行方不明扱いしている事は知っている。
秘匿しなければならない魔法を表に出せない以上は死亡原因を公表できるわけがないのだ。

「魔法がなければ、彼らは死ななかったんだろう……な」
「…………本当に何が言いたいんだ?」

魔法を否定するような言葉にガンドルフィーニは不快げにエヴァンジェリンを睨む。

「貴様達が抱える罪という物をどこまで自覚しているのか、聞きたいだけさ。
 さっき学園長室でもぶちまけてやったが、この世界で魔法使いが活躍する機会は魔法で非道を働いた者を掣肘する時だ。
 この世界にも一応の法はあるが、それを無視してまで私的に裁く魔法使いは正義なのか?」

エヴァンジェリンの問いにガンドルフィーニは苦々しい顔で言葉に窮す。

「ククク、いい顔だ。少しは自分達が抱える問題を見てみる事だ。
 そうすれば、謙虚な物言いも出来るだろうさ」

法の埒外で好き勝手やっている正義の魔法使いを完全に否定する言葉がガンドルフィーニの心に重く圧し掛かる。

「今回の貴様の暴走で死んだ同僚は……報われるかな?」

貴様の罪だと言わんばかりの言葉の刃がガンドルフィーニの心に突き刺さる。
衝撃を受けたガンドルフィーニの姿に一応の満足を果たしたエヴァンジェリンは楽しげに肩を震わせて出て行く。
後に残された男は深い後悔に苛まれ始めていた。




面倒な報告と嫌がらせを終わらせたエヴァンジェリンは自宅へと帰る。

「お帰りなさいませ、マスター」
「……ああ」

別荘ではなく、玄関で迎えた茶々丸に朝の一件を思い出してジロリと一瞥するが、

「リィンは?」

此処に茶々丸が居る以上はリィンフォースも別荘の部屋ではなく、自室で休んでいると判断して尋ねる。

「……お部屋で休まれてますが、心ここにあらずと言いますか……」

主の問いに若干口篭りかけて答える茶々丸にエヴァンジェリンは告げる。

「しばらくはそっとしておいてやれ。
 リィンは夜天の娘だ……心の整理さえ付けば、大丈夫だ」

母親を失ったような状態のリィンフォースにどう接するべきか迷っている茶々丸を指示を出す。
自身も似たような経験があるだけに、へんに声を掛けられても逆効果にもなりかねない。

「少し距離を置きながら、側に付いていろ。
 そして、外に出た時は絶対に魔法使いどもを近付けさせるな」
「……分かりました」

警護を兼ねた監視みたいな指示ではあるが、今のリィンフォースに魔法使いが変なちょっかいを掛けると非常に危険である事は間違いなく、茶々丸は魔力探知の センサーをリィンフォースに常時合わせて見守った。
エヴァンジェリンにしてみれば、魔法使いがちょっかいを掛けたとしてもそれは自業自得だと判断するが、もしリィンフォースがマジギレで大暴れした場合、一 般人にまで被害が及ぶ可能性もある。
流石に一般人にまで被害が及ぶのはエヴァンジェリンの流儀に反するので止めなければならないのが面倒なのだ。

「と言うわけだ。面倒だがそっちも頼んだぞ」

エヴァンジェリンが顔を向けた先には壁に凭れたソーマ・青とその反対側の壁に浮かび上がった黒い染みのような形で存在するゾーンダルクの姿があった。

「了解っと」
『承知した』

二人とも保護者っぽい様子で返事をしたのでエヴァンジェリンは何か言いたげな顔付きに変わり……口を開く。

「……言っておくが、アレは私のだからな」
「はいはい……娘さんには手を出しませんよ、お義父さん」
「だ、誰がお義父さんだ!!」

明らかにからかわれていると分かっていても、反応してしまうエヴァンジェリン。
出産経験も子育ての経験もない女性という自覚があるのか、ないのかは不明だが父親扱いだけは認められずに怒鳴ってしまう。

『……釘刺しも構わんが、過保護過ぎないかね?
 あまり釘ばかり刺し続けると反抗期に突入しかねないぞ』
「何ィィィィィ!? リィンが……は、反抗期だとォォォォォ!?」

シェードという子供がいるゾーンダルクからの注意に大慌ててで反応する。
娘の反抗期などという一大事を言われては親としてはまだまだ見習いレベルのエヴァンジェリンは大混乱してしまう。

「マスター、お静かに願えませんか?」
「なっ? 茶々丸ぅぅぅ!?」

大声を上げるエヴァンジェリンに茶々丸がリィンフォースが休んでいるのを邪魔しないように注意する。
忠実な従者からも注意されて四面楚歌状態のエヴァンジェリンは涙目になる。

「わ、私が悪いのか?」
「ケケケ、イイ御身分ダナ」
「チャ、チャチャゼロまで?」

からかっていると分かっていても味方が全然いない事に動揺するエヴァンジェリンだった。




雪広 あやかは現状について大いに不満があるが、迂闊に手を出せない状況に頭を抱えて悩んでいた。

「ねぇねぇー、いいんちょってば!」
「……知りませんと何度も言ってますわ」

憔悴し、精神的にもかなり疲弊中のネギが心配なのは自分も同じだが、

(……魔法使いによるトラブルなんて話せませんわ)

秘匿を旨とした問題を勝手に何も知らない誰かに言えるわけもなく、黙秘を続けるしかない。
知っているなら教えてと迫ってくる佐々木 まき絵に辟易していた。

「いやーでもさ。ああもネギ君が悩んでいたら……何とかしたくない?」

まき絵をフォローするように明石 裕奈があやかに不満そうに言う。

「……ご自分でネギ先生に聞くという選択をなさってください」
「そんなの出来るわけないじゃん!!」
「そうだよ! いいんちょのイジワル!!」

今のネギにはいつもみたいな調子で踏み込めないと分かってるくせに踏み込ませようとするあやかに二人は感情的に叫ぶ。

「いい加減にしてください! 私だって、今の状況を良しとしていませんわ!!」

この場に居ないこの状況を作り出したエヴァンジェリンを恨めしく思いながらも、彼女のした行為を否定できない。
ネギが抱える心の問題は本人が自覚して、どう向き合うかを自分で決めなければならないのだ。
外側から負担を軽くしても、一時的な解決になりかねないし、根本的な改善には繋がらない。

(…………復讐などネギ先生には似合いませんわ)

普段の一生懸命に頑張っているネギこそが本当の姿だとあやかは信じている。
確かに力を求め、強くなりたいと思う気持ちもあるのが間違っているとは分かっている。

(ですが責任云々に関しては……どう捉えたらいいのでしょうか?)

魔法に関しては完全に専門外だからこそ、石にされた村の住民の治療法方など分かりようもない。
煩わしそうに説明をしていたエヴァンジェリンはアスナが言うには六百年以上生きている吸血鬼らしい。
思わずアスナの正気を疑いかけたが、疲労回復の為に目の前で輸血用の血液パックを絡繰 茶々丸から渡されて、ストローでメンドくさそうに飲む姿を見てしまえば……否定できない。
六百年も生きている魔法使いなら石化の呪いくらい簡単に治せないのかと問えば、身体能力が人間とは違う所為で回復、解呪は専門外とはっきりと告げられて、 一切の反論を許さない。
しかも、その手の治癒専門の魔法使いが居る筈なのに未だに呪いが解呪出来ないのは相当強力なんだろうと話されては返事の返しようもない。

―――まあ膨大な魔力で力任せに解呪するやり方はほぼ無理だな

―――何故かと言えば、悪魔という人外の存在が掛けた呪いだぞ

―――呪いの本質を理解して解くのが楽だろう

―――まあ二人ほど例外がいるかもしれんが……今は無理だな

(私達に仰りながら、何か考えておられましたが……)

何か当てがあるような話し方に変わった時はネギの為に詰め寄ったが、

―――私は悪の魔法使いだぞ

―――等価交換が最低ラインの原則で考えてから物を言え

嘲りの笑みを浮かべて、まるで人の不幸を喜んでいるかのように話した時には御伽噺に出てくる悪い魔女のように見えた。
アスナや近衛木乃香はそんなエヴァンジェリンの姿を見慣れているのか、ため息しか漏らさなかった。

(治せる人物の心当たりがあっても……容易に首を縦に振らない人なのよと言われても)

少なくともネギの心の負担が軽くなるのは間違いないとあやかは判断するも、魔法使いとの交渉など門外漢の自分では何処から手を付けて良いのか分からない。

「―――いいんちょってば!!」

裕奈が苛立つように肩を掴んで声を掛けられて、あやかは自分が二人を無視して自身の考えに入り込んでいた事に気付いた。

「ちゃんと話を聞きなって!」
「そうだよ!」

「……もううんざりですわ!!
 確かに私はクラスの委員長ですが、出来る事と出来ない事がありますわ!!」

逆ギレという感じであやかが本気で怒っていると問い詰めていた裕奈とまき絵以外のクラスメイトは気付いた。

「ネギ先生がご相談して下されれば、私はいつだって協力します!
 しかしながら、ネギ先生ご自身が何も仰ってくれない以上は私自身どうすれば良いのか判断付きかねます!!」

気分を害した程度では済まないようなあやかの怒り方に裕奈もまき絵も思わず怯んでしまう。

「ネギ先生がご自分で解決しようとなさっているのなら黙って見守るのも一つのあり方ではございませんか!?」

クラスメイトに囲まれていたあやかは強引に手で押し退けて輪の中から出て行く。
怒りをを押し隠さずに歩いて行くその背中に声を掛けられる者は居なかった。

「……ゆーな、まき絵も少し落ち着きなって」
「いいんちょだって、どうにかしたいのは同じなんだよ」

流石に一方的に言い過ぎたのではないかと大河内 アキラと和泉 亜子の二人を諫めつつフォローに入る。

「でもさー、心配なんだもん」
「今日のネギ君……あれは心配になるよ」

まき絵、裕奈の二人は少し反省したのか、さっきよりは力がない。
新学期早々、何か事件があったのか、心ここにあらずな様子の日はあったが、それでも今日ほど深刻ではなかった。

「多分さ……一睡もしてなかったんじゃない?」
「もう目の下真っ黒だったよ?」

深刻さでは今日ほどやばいと感じられた日はなく、ネギの様子はノイローゼ状態に陥り、フラフラと心の揺れ方がそのまま歩く姿を含む全ての動きに出ていた。

「なんかさ、痛々しいんだよ」
「いつもの頑張りが全部ダメになった感じみたいで……」

積み上げてきた全てが否定されたかのような絶望的な空気しかなかったとまき絵は呟く。

「…………宮崎は?」

アキラがこの場に居ないネギにぞっこんなクラスメイトの行方を尋ねる。

「本屋ちゃんもいない?」
「ホントだ……いない」

ネギの事ならば、絶対に引き下がらない少女の姿が見当たらない。

「……パル?」
「私も知らないよ。ユエにも逃げられたし」

授業が終わると宮崎 のどか、綾瀬 夕映の両名は別々の方向に分かれて校舎を飛び出した所為でどっちを追って行くかで迷ってしまった為に二人とも早乙女 ハルナは追跡できなかった。

「この頃、あの二人も別行動が多くてね」

仲良く一緒に行動していた筈の二人だが、別行動を取る時が徐々に増えている。
二人の仲が険悪になったわけではなく、互いにやるべき事が微妙に変わってきた所為だとハルナは感じていた。





「エヴァンジェリンさん! お、お話があります!」

客が来たとの茶々丸からの報告で自室に招いてみれば、肩にオコジョ妖精を載せた宮崎 のどか。
切羽詰った表情で話があると言われても、何が言いたいのか読めるだけに、

「……(あーメンドいな)」

やる気もなければ、ただつまらないという感情しか湧きあがってこない。

「ま、いいさ。場所を変えるぞ」

しかし、話の内容次第では退屈さを少しは晴らせるかと思い直して、後に付いて来いと別荘へと歩く。
のどかは一瞬だけ躊躇する姿を見せたが、慌てずにエヴァンジェリンの後を追った。



常春の南国リゾート感ばっちりの別荘だが、そこに居る二人とオコジョの感情は乖離していた。
のどかの方は悲壮感丸出しで、オコジョ妖精カモも似たような精神状態なのか表情は暗い。
相対するエヴァンジェリンは平静そのものでのどかとカモが見せる非難の視線を全く意に介していない。

「で、なんだ?」

テラスにあるベンチに優雅に腰掛けてエヴァンジェリンは面白そうに視線を向ける。
カモとのどかが何を言いたいのか知っているくせにまるで知らない振りをするだけに意地が悪い。

「分かっていて聞くんですかい?」

のどかが口を開く前にカモがやれやれと言わんばかりにエヴァンジェリンの意地の悪さを非難する口調で返す。

「さて、昨日からバタバタしていたおかげで分からんな」

エヴァンジェリンはクククと嗤い、底意地の悪さだけを強調して話をはぐらかす。
のどかとカモは互いに目を向けて示し合わせたように行動する。

「ネ、ネギ先生のことです」
「単刀直入で聞きますぜ。兄貴をどうする心算なんですかい?」

ストレートに聞くのが一番だと判断したカモとのどかは視線を逸らさずに向ける。

「聞きたいのなら、ぼーやの流儀……力尽くで試してみるか?」
「「え゛?」」

ゆっくりとした動作でベンチから立ち上がり、エヴァンジェリンはのどかとカモへと近付いていく。
その表情はどこか楽しげで、魔獣のように獲物を前にして舌舐めずりした嗤いがある。

「ケケケ、面白ソウダナ。俺モ混ゼロヨ」

チャチャゼロがエヴァンジェリンの様子からのどかとカモを弄り回すと判断して、更に油を注いで炎上させようとする。
既にその両手にはナイフと鉈のような幅広の刀身の刃物が握られていた。

「ククク、一つ良い事を小物どもに教えてやろう。
 いつもいつも助けを呼べば、誰かが助けに来てくれるほど……現実は優しくない」
「あ、あぐっ!!」
「みぎゃーぁぁぁぁ!!」

蛇に睨まれたカエルのように硬直したのどかの身体を縛り上げるエヴァンジェリンが操作する糸。
やばいと直感して、のどかの肩から慌てて飛び降りたカモを吹き飛ばしたチャチャゼロ。

「フフン……ぼーやの従者と言うには全然実力が備わっていない」
「ぐ、エ、エ…ヴァ……ンジェ…リンさん」
「ぼーやの過去を見たのならこういう事態に遭遇する事はあると知っているくせに……備えを怠っている。
 お前達は自殺志願者か? それともぼーやが一々口にしなければ行動できないクズどもか?」

縛り上げられて身動きが取れないのどかにエヴァンジェリンは冷ややかな視線で見つめる。

「……ぼーやもそうだが、お前達も危機感が足りん。
 裏に関わると言うのであれば、もう少しは必死さを見せてみろ!」

イライラを発散させるように叫ぶエヴァンジェリンにのどかは自分の甘えを痛感していた。

「あ、ああ、あぐ」

安全で健やかな毎日を送っていた一般人ののどかはこういう事態に対処する方法など分かっていない。

「ククク、自分の事でアップアップのぼーやは助けに来ないぞ」
「ネ、ネギ…せん……せい…」

エヴァンジェリンの告げる言葉が今ののどかには痛い。
ネギの助けになりたいと思っているのに、今の状況は足を引っ張っているのと同じ。

「綾瀬 夕映はこんな事態になっても足掻いていたぞ」
「ゆ、ゆえ?」

親友の名を聞いてのどかはエヴァンジェリンに目を向ける。

「ああ、アイツはリィンに叩きのめされても……立ち上がってきた。
 平和な日常を捨てるのなら、それ相応の覚悟がいると告げられ、痛い目を何度も味わいながらも此処に居る」

エヴァンジェリンはのどかに憐れみを込めた目で見つめる。
魔法という物を扱う以上は非日常の世界と関わる事になり、当然非合法な事が日常茶飯事に起きる可能性がある。
既にバカ弟子の過去を見ているのに、その従者が備えが中途半端というのが気に入らない。

「アーティファクトがあれば、強くなったとでも思ったのか?
 魔法を覚えたいと言いながら、その修業は学業の合間に出来るとでも思ったのか?
 それとも、いざとなれば……ぼーやが守ってくれると甘えているのか?」
「そ、それは……」

糸の縛りを若干緩くして、のどかに詰問するエヴァンジェリン。
問われたのどかは自身の心構えの悪さを指摘されて返事が出来ない。

「此処を開放してやっているのに自分からは行動しないという時点で必死さが足りん。
 遊び半分でコッチに関わるつもりなら、目障りだから消えろ」
「ケケケ、サッサト死ネ。バーカ、バーカ」
「小動物、貴様も一端の使い魔と自己主張するのなら主の従者の教育不足をフォローして見せろ。
 ただの小遣い稼ぎで甘ったれたガキどもを従者にするのなら……殺すぞ」
「ヒッ!!」

十二分に殺意が篭った視線でエヴァンジェリンに睨みつけられたカモは恐怖で身体を硬直させて動けない。

「私はあのぼーやが本当にマギステル・マギになりたいのかと問うている。
 貴様らは見掛けに騙されて、ぼーやの本質を見損ねているのだ」
「兄貴の本質って?」
「マギステル・マギになりたいという者が戦闘技能ばかり追い求めるようではダメだという事だ。
 此処には書庫だってあるのに、ぼーやは私に聞きもしなければ、図書館島に行って調べようともせん」

呆れ果てた様子でネギの行動を振り返るエヴァンジェリンにカモものどかも何も言えない。
実のところ、エヴァンジェリンはネギの過去を見て、自分の別荘に書庫があるのか聞いてくるのかと思っていた。

「貪欲に知識を求めずにマギステル・マギになりたいなどという人間など……戦い続けるしか方法がない。
 アレは賢者ではなく、戦闘巧者になりたいだけの復讐者かもな」

平穏な日常のありがたみを全く理解していないバカだとエヴァンジェリンは思う。

「アレの従者として運命を共にする気なら……死ぬ気で追い駆けろ。
 あのバカは自分ひとりで事を為そうとし、一人で死んでいく救いようがない愚か者になるタイプだ」
「ケケケ、自殺志願者ッテ奴ダナ」
「上辺は善人に見えそうだし、行動もそう見えるかもしれんが…ヘルマンだったか、あの悪魔に感情を暴走させて自爆した。
 その点を鑑みると、村を焼き討ちした悪魔を召喚した連中と出会えば……どうなるだろうな」
「簡単ニ罠ニ嵌マッチマウゾ」
「ククク、仲間も巻き込んでの自爆も有り得るな」

ネギの本質について語りだすエヴァンジェリンとチャチャゼロにカモとのどかは口を挟めない。
事実、ネギはヘルマンに対して暴走した経緯があるだけに六年前の事を前にすると自分の感情を抑えきれないのだ。

「今回の件はぼーやにとってイイ切っ掛けになる。
 貴様らが口出ししたければ好きにすればイイが……その時はアレを破門するぞ」
「そ、そいつは?」
「そ、それって?」

エヴァンジェリンの破門宣言にカモとのどかは絶句する。

「そ、それで良いのかよ!? 兄貴を見捨てるんですかい!?」
「フン、勘違いするなよ、小動物。私はな、黙って利用されるのが嫌いなのだ。
 ぼーやが復讐を成し遂げたいから強くなりたいというのなら吝かでもない。
 しかしな、本音を隠して学びたいなどというのは我慢ならんのだ」
「で、でも、まだそうと決まったわけじゃありませんよ」

のどかがエヴァンジェリンの言い分に慌てて話す。
確かにネギはエヴァンジェリンの言うように力ばかりを求めているのかもしれないが、復讐する為だけに強くなろうとしているとは思えないのだ。

「だが、責任を感じていると言いながら、村の住民の治療を二の次、三の次にしている時点で信じられんぞ」

一番の問題点を挙げて、エヴァンジェリンはネギの危うさを告げた。
この点にはカモものどかも反論のしようがなく、言葉が継げない。

「ぼーやが自覚せん限り、どうにもならんのだ。
 貴様らもその点を理解して、自分の力を高める事を優先していろ」
「……それが一番って事ですかい?」
「ネギ先生を信じろって事ですか?」
「フン、知らんな」

カモとのどかも問いにエヴァンジェリンは答える事なく去っていく。
結局のところ、ネギが抱える問題は自分で解決するしかないと言われたようなものだった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

魔法による犯罪の隠蔽はあるのだろうと思ってます。
魔法使い同士だけならまだマシかもしれませんが、一般人に及んだ場合は問題だらけです。
魔法の射手自体、拳銃なみの威力がありそうですし、中位クラスの魔法ならば、何の知識も持たない一般人だと確実に致命傷になると思ってます。
普通に生きていくのならば、魔法が必要かと問われたら……あれば便利程度かもしれませんね。
人助けもしているようですけど、掟に縛られて全力を出せずに行っているのは、魔法を持たずに頑張っている人々を馬鹿にしている気がします。

それでは次回でお会いしましょう。




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