戦場で対峙する2人の武人――
2人の武人――元親と張遼は身体中から闘気を醸し出した。
互いに似て非なる武器の碇槍を構え、眼の前の敵に意識を集中させる。

その刹那、2人が同じ頃合いで勢い良く駆け出した。

「おおおおおりゃあああああ!!」

元親の雄叫びと共に、手に持つ碇槍が縦に大きく振るわれた。
対する張遼は攻撃を受ける寸前、上手く碇槍の刃先で受け流す。
刃に装飾されている竜が一部衝撃で削り取られた。

「信じられん力やなぁ。せやけど勝負は馬鹿力で決まるもんやないで!」

元親が碇槍を引っ込めると同時に、張遼がすかさず構えた碇槍(以下、竜槍)を突き出す。
突き出された槍の先端をギリギリの所で避けた元親は反撃に出ようとするが、張遼の攻撃は止まない。

張遼が持つ竜槍は元親の碇槍を模して作られた物だが、大きさが二回り小さくなっている。
元親のように豪快な攻撃こそ出来ないが、小回りが利く素早い攻撃を得意としていた。

「ちっ!」

間髪入れず突き出される鋭い先端に元親は思わず舌打ちをしてしまう。
碇槍を武器として使ってきた経験は元親が言うまでも無く上である。
だが張遼は足りない経験を、自分が今まで乗り越えてきた戦場での経験で補っていた。

戦場で生き残るには自身の持つ武器を如何に上手く扱えるかどうかで決まる。
張遼もまた、そんな戦場を生き残ってきた武人の1人だ。
その武人としての経験が、碇槍を使う経験を補っているのである。

「ちっ! やられっぱなしってのも、割に合わない……ぜ!」

元親が突き出される竜槍を避けると同時に、一か八かの反撃に碇槍を突き出した。
張遼は瞬時に先程までの攻撃の手を止め、すかさず突き出された碇槍を受け止める。
攻撃が一旦止んだ隙を突き、元親は崩れた体勢を瞬時に立て直した。

「小さい武器ってのも、なかなかに厄介だな」
「ふふ、あんたみたいにゴッツイ破壊力のある攻撃は流石に無理や。せやけど……」

張遼が竜槍を構え直す。

「豪快な攻撃より、小回りの利く攻撃の方が何かと便利やで!!」

張遼が一歩踏み出し、竜槍を突き出す。
元親は舌打ちと共にそれを避けた。

「ほれ、もう一発!」

踏み出した足を軸に、張遼が身体を回転させ、元親の胴体目掛けて竜槍を横薙ぎに払う。

「おっと危ねえ!」

元親はまたもギリギリでそれを受け止め、胴が斬り裂かれる事を避けた。
互いの武器の刃と刃が組み合い、激しい火花を散らす。

しかし力は元親が遙かに勝っている為か、張遼の顔は苦しげな面持ちだった。
今は互角に組み合っているが、一瞬でも気を抜けば斬り伏せられる予感さえ感じる。

「ぐっ……!? やっぱ化け物やで、あんたは……」

目前にある元親へ向け、張遼は皮肉めいた言葉を吐く。
彼女の顔は意地でも負けるかと、汗で濡れていた。

「化け物は今更だな。俺は鬼ヶ島の鬼なんだぜ? 鬼は化け物って相場が決まってんだよ」

元親は張遼の吐いた皮肉を気にも留めず、微笑を浮かべて返した。
未だに武器が組み合っていると言うのに、元親からは余裕が感じられる。
刹那、元親は勢いよく組み合っていた状態の張遼を突き放した。

「ずっとこのままの状態は退屈だろ? もっと打ち合おうじゃねえか」
「…………望むところや!!」
「はっはっはっはっは! そうこなくっちゃよ!!」

それからすぐさま元親と張遼の雄叫びと、碇槍と竜槍が打ち合う音が響いた。
大地を地鳴らすかのような、2人の壮絶な決闘――
両軍の兵士達はその場に一歩も踏み込めずに居た。

 

 

 

 

魏軍の本陣――こちらは今、非常に慌ただしい状況に晒されていた。

「そんな……!? 呉の援軍が来たからって、私達が好き勝手に押されるなんて……!?」

軍師の荀ケは斥候が報せてくる悪い報告の数々に頭を悩ませていた。
考える間も空けず、また1人の斥候が荀ケに報告内容を告げる。

「報告します! 左翼の部隊が長曾我部、援軍の呉によってほぼ壊滅状態です! 各配置に致しましても討ち死にする兵士が続出しています!」
「くっ……! 夏候惇と夏候淵、張遼と許緒はどうしている!」
「何とか奮闘されております。しかしこのままではいずれ……」

荀ケは思わず親指の爪を噛み締めた。
夏候惇達猛将が、こんな状況下で討ち取られていないのは流石だ。
しかしいくら魏が誇る猛将と言っても、所詮は1人の人間である。
時間が経てば疲労するし、1人で長曾我部と呉の大軍に適う筈が無い。

このまま戦い続けるよりも、1度撤退して体勢を立て直すのが先決。
そして本国に伝令を送り、主である曹操から援軍を賜うしかない。

曹操を誰よりも敬愛する荀ケは、主の手を出来る事なら煩わせたくなかった。
だがこのまま無様に殲滅されるよりかは何倍も遥かにマシである。

致し方ない――荀ケの決意は固まった。

「各部隊に伝令を送って! ここは一旦退いて本国からの援軍と合流した後、決着を着ける!」
「「「ハッ!!」」」

荀ケの指示を聞き、斥候が次々と本陣から飛び出していく。
それから荀ケは本陣内に居る1人の兵に向け、曹操へこの事を報せるように指示した。
幸いな事にこの戦場から本国まであまり遠くは無い為、早い合流が期待出来るのだ。
1人だけいち早く戦場から出る事が心苦しいのか、命じられた兵士は涙を流しながら本陣を出て行く。

それを見送った荀ケは曹操に心から謝りつつ、この場からの撤退準備を始めた。

 

 

 

 

「このままでは不味いな……」

馬上の夏候淵は得意の弓矢で長曾我部方の兵を撃ちつつ、現在の戦況を見極めていた。
何万と言う呉の援軍が来た事により、形勢が徐々こちらが不利になってきている。
このまま無理に戦い続ければ――その時の結果は眼に見えて明らかだった。

(1度体勢を立て直すべきか……? いや、しかし……)

無表情で敵兵を次々に射抜きながらも、内心で夏候淵は思案していた。
その刹那、夏候淵の傍らに来た1人の斥候から伝令を告げられる。

「軍師、荀ケ様からの御指示です。この場は退き、本国からの援軍を経て決着を着けるとの事。夏候淵様、急いでお退き下さい!」
「…………やはりか」

斥候からの報告を聞き、夏候淵は何処か確信していたように吹いた。
この決断は荀ケからすれば、主の手を煩わせてしまう苦渋の決断だっただろう。
しかしこのまま無理に戦い続ければ戦に大敗してしまう事は明らかだった。

人知れず頷いた夏候淵は馬の手綱を引き、戦場から身を翻した。

「皆の者、撤退するぞ! 命を惜しめ、無駄に命を散らすな!!」

夏候淵からの指示を聞き、周りの兵士達は次々と撤退を始める。
無論、その中で夏候淵を敵の手から守ると言う事は忘れない。

「命さえあれば、機会はいくらでも訪れる……!」

夏候淵の吹いた言葉は誰にも聞かれる事は無く、空の彼方に吸い込まれていく。
空は嫌に青く、雲が1つとして無かった――

 

 

 

 

「ハアアアアアア!!」
「オオオオオオオ!!」

雄叫びと共に碇槍と竜槍が火花を上げてぶつかり合った。
これで打ち合うのは何度目になるだろう、元親と張遼は数さえ覚えていない。

「ははっ……どうした? 息がだいぶ上がってるぜ?」

そう言い放つ元親だが、顔や身体は既に大量の汗に塗れている。
しかし元親は疲労を少しも相手に感じさせていなかった。

「ハア……ハア……まだや……! まだまだやれるで!」

対する張遼は多大に疲労している事は一目で明らかだった。
竜槍を持つ両手は震え、掌は腫れたように赤く染まっている。
更に顔と身体は汗と泥が塗れ、無残な姿を晒していた。

「オリャアアア!!」

張遼が雄叫びと共に竜槍を横薙ぎに振るう。
しかしその攻撃は元親に簡単に止められた。

「さっきまでのキレが全く無えな。無理は禁物じゃねえのかい?」
「余計な……ハアハア……お世話や。意地でもあんたと……勝負を着けたる」
「その姿勢は結構だ。だが周りを見てみな。あんた等の兵が撤退を始めてるぜ?」

元親が顎を小さく振り、周りで撤退する曹操方の兵士達を張遼に示す。

「敗走か、もしくは体勢を立て直す為の撤退って所だろ。お前は逃げないのか?」

張遼は兵士達の姿を見つめた後、首を横にゆっくりと振る。

「それでもウチは逃げへん。こんな楽しい勝負をしてるんや、逃げるんは武人の恥や」
「お前…………」
「あんたはウチの心の人……今日の戦でようやく出会えたんや。それを中途半端なまま終わらせてたまるかい!!」

元親の傍から離れ、張遼は息を大きく吸い、呼吸を整える。
身体がどんなに疲労していようと、眼の前の戦いに挑む張遼の姿勢は立派だった。

(まったく……根性だけは俺と同等だな)
「さあ! やろうや!!」

元親は彼女の声に応えるように微笑を浮かべ、碇槍を構える。
対する張遼も同じような微笑を浮かべ、愛用の竜槍を構えた。
2人の表情からは一切の疲労が消え去っていた。

「「……………………」」

周囲は敵と味方の兵士達で溢れかえっている。
しかし2人の耳からは一切の騒音が排除されていた。
次の一撃に全てを懸ける――2人の思いは同じ。

そして――元親と張遼が一斉に駆け出す。
1歩、2歩と近づき、2人は槍を振りかざした。

「おおおおおりゃあああああ!!」
「ハアアアアア!!」

碇槍と竜槍が大きな音を立ててぶつかり合った。
両者は1歩も動かなかったが、元親の腕は大きく震えていた。
腕に青筋が浮かび、鍛え上げられた筋肉が盛り上がる。

「残念だったな――」

元親はそう吹くと同時に、碇槍を思い切り横に振り抜いた。
そのせいで起こった巨大な衝撃が張遼を襲い、身体が自然と宙に舞った。

「ふっ――」

宙を舞った張遼の表情に笑顔が浮かぶ。
負けたと思った。しかし悔しくは無い。
正面から全力で戦って負けたのだ。恥じる事は何も無かった。

宙を舞っていた張遼の身体が地面に落ちる。
竜槍も持ち主の手から離れ、転がった。

「――なかなかの一撃だったぜ。張遼」

元親は地面に倒れている張遼に向けて言った。
力を思い切り出して振り抜いたせいか、掌の感覚が少し無い。

「ご主人様! ご無事で!!」

背後から呼び掛けられた声に元親は後ろを振り向く。
するとそこには笑顔を浮かべてこちらに駆け寄ってくる愛紗の姿があった。
衣服は汚れているが、外傷が擦り傷以外見当たらない為、どうやら無事らしい。

「よう愛紗。夏候惇の奴はどうした?」
「はい。勝負の途中、兵士達と共に撤退していきました。追撃も考えましたが、深追いは危険だと判断しましたので……」

愛紗の言葉を聞き、ふと元親は周囲を見渡す。
張遼との勝負で気付かなかったが、殆ど敵兵の姿は無い。
例え見つけたとしても、それは撤退をする途中だろう。

「鈴々達は無事……だよな?」
「ええ、鈴々達が討ち取られるとは思えません。きっと無事ですよ」

元親は小さく溜め息を吐く。
そして空を見上げた。

「とりあえず勝ったな」
「はい。我々の勝利です」
「…………本陣へ戻るぞ」
「はい」

それから後、元親は愛する家族達が戻っているであろう本陣へと歩を進めた。
愛紗と、更に気絶している1人の武将を抱えて――

 

 

 

 

魏の本国――元親達が戦に一先ずの勝利を味わっていた頃、荀ケから指示された兵士が曹操の元へと辿り着いていた。
兵士から戦場での報告を受けた曹操は怒りとも興奮とも取れぬ思いを抱いた。

「やってくれるわね……長曾我部元親。こうなったら嫌でも私に跪かせてあげる」
「そ、曹操様……」
「お前はもう下がりなさい。私は出陣の準備を始めるわ」

兵士は頭を深く下げた後、王室から慌てた様子で出て行った。
曹操は玉座から立ち上がり、愛用の武器である大鎌を手に取ろうとした時――

「失礼します。曹操様」
「――――誰ッ!」

不意に背後から声が掛かり、曹操は瞬時に後ろを振り向く。
するとそこには白装束に身を包み、眼に眼鏡を掛けた青年が立っていた。

「勝手に王室に入った無礼をお許し下さい。これも急ぎの用なもので……」
「黙りなさい。知らない者は当然の事、それが男だったら更に許し難いわ」

曹操が墳怒の表情を浮かべ、大鎌を構えた。

「お前の言う無礼を償わせる為に、私が直々に殺してあげる。そこから動くんじゃないわよ」
「お〜っと、怖い怖い。私は別に争う為に来たのでは無く、協力を申し入れに来たのですよ」
「協力ですって……?」
「ええ、そうです。長曾我部元親を倒す協力を申し入れに来たのですよ。貴方にとって悪い話ではないと思いますが……?」

青年の言葉を聞いた曹操は微笑を浮かべ、鼻で笑い飛ばした。

「笑わせないで。長曾我部元親ぐらい誰の力も借りずに倒せるわ。それにさっき言った筈よ? お前を殺すってね!」

曹操は玉座から跳び立ち、大鎌を大きく振りかざした。
狙いは青年の細い首だけ、一瞬で絶命させる。

「やれやれ……仕方ありませんね」

青年は両手で奇妙な印を切り、そして叫んだ。

「『縛』!!」

そう言い放った瞬間、曹操の動きが一瞬にして止まった。
手から大鎌が音を立てて落ち、曹操は地面に倒れ伏した。

「お前……何をした……?」
「そう言えば名乗っていませんでしたね。私は于吉、方術使いです」
「なん……ですって……?」
「身体が全く動かせないでしょう? 私の得意とする方術の一種です」

曹操は何とか身体を起こそうとするが、身体が全く言う事を利かなかった。
指一本でさえ動かせない不自由さに、曹操は唇を噛み締める。

「本当は穏やかに行きたかったんですが、貴方が我々の協力を拒むので強行手段を取りました。ちなみにまだ術はそれで終わりじゃありませんよ♪」
「な……何を……」

青年――于吉は再び両手で奇妙な印を切る。
そして先程と同様に叫んだ。

「『操』!!」
「――――ッ!?」

于吉がそう言い放つと、曹操の瞳から徐々に光が無くなっていく。
完全に光が無くなった事を確認した于吉は曹操から『縛』の術を解き、身体を動かせるようにした。

「人形は出来たか?」
「……これはこれは。ここに来るとは思いませんでしたよ、元就様」

王室に響く冷たい声に于吉は少々驚いた様子で声の主を見つめた。
声の主――毛利元就は瞳から光を無くした曹操に近づいて行く。

「曹操は完全に私の術に陥りました。彼女はもう意思の無い人形ですよ」
「ふん……」

于吉からそう聞くやいなや、元就は曹操の頬を強く叩いた。
華奢な身体が地面に倒れるが、曹操は何事も無かったように再び立ち上がる。
頬は赤く腫れているが、彼女は痛みなどを感じている様子は微塵も見せない。

「便利な物だな。そなたの術は」
「お褒めに頂き、光栄の限りです。左慈の方はもう準備は出来たのですか?」
「当に出来ている。憎き奴と関係のある女2人を見事に攫って帰ってきた」
「流石は左滋。だから私、好きなんですよね」

うっとりとした表情を見せる于吉を無視し、元就は王室を出て行く。
置いていかれた于吉は元就の数歩後ろの方に立ち、付いて行った。

「ここに居る魏の兵は全て掌握したのか?」
「勿論。ここへ来る前に全て人形にしておきました」
「…………結構」

元就は冷たい瞳をまだ見ぬ憎き敵に向けた。
そして――心の中で呟く。

(長曾我部元親……貴様と再び対する日も近い。その時こそ貴様の死ぬ時だ)

元就の身体から激しい憎悪が溢れ出した――




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