砂塵が吹き起こる荒れ果てた荒野――そこに対峙するのは長曾我部軍と呉軍。
数km離れた地点に設置された本陣内では軍議を終えた武将達が、自身に任された部隊を纏める為に次々と出て行った。

元親はここで待機し、大人しくしているように小蓮に言い聞かせてから本陣を出た。
彼女もまた、孫権の豹変ぶりに戸惑った者の1人であり、辛い思いをした者の1人だ。
何故彼女がここに居るのか――小蓮は元親に無理を言って同行してきたのである。
実姉と正面から会って真意を確かめたいと言うのは彼女も元親と同じらしい。

更に大喬や小喬も同行を申し出たが、流石に元親はこれを了承しなかった。
だが必ず戦の結果は伝えると約束し、幽州を出て来たのである。

「場が荒れてるな……こりゃあ苦労しそうだ」

小蓮に言い聞かせた後に本陣を出た元親が戦場となる荒れた荒野を見つめた。
後少し経てば、この殺風景なところは雄叫びと地鳴りが響く戦場へと変わり果てる。
そこに強く吹きつける場違いな一陣の風――それは互いの軍旗と元親の心を揺らした。

幽州の守りは元魏軍の華琳達が糜竺と糜芳と共に引き受けてくれた。
魏の猛将達が守りに就いてくれるのだ。これ程頼もしい者達はない。
万が一奇襲されたとしても落とされる心配はないだろう。

しかし自分が強く気に掛けているのは――

「ご主人様……」
「ん……? 愛紗か」

覚えのある声が聞こえ、元親はゆっくりと後ろを振り向く。
そこには部隊を纏め終わったらしい、愛紗の姿があった。
しかし彼女の瞳は何処か悲しく、辛い色に染まっている。

「どうした? 何だか泣きそうな面をしてるじゃねえか」
「ご主人様こそ……戦うのが辛いと言う、御顔をされてます」
「う……まあ、な。そりゃあ戦うのは今でも気が引けるぜ」

苦笑しながら答える元親を見て、愛紗は胸が締め付けられるような痛みを感じた。
数日前の軍議の後、鈴々や翠、星や貂蝉の励ましによって決意を固めたことは聞いている。
しかしそこに自分が居ない事がどうしようもなく辛かった。

「自分が情けないです……」
「? 何がだ?」

愛紗の吹いた言葉に元親が首を傾げる。

「ご主人様の御気持ちを晴らせない自分が……情けないです」

愛紗が左手で自身の胸を押さえ、ポツリポツリと吹く。
愛する主を励ます事が出来なかった自分がとても愚かに思えてくる。
いつもは彼に守ってもらっていると言うのに、いざと言う時に自分は何も出来ない。
積極的に行動出来ない自分が恨めしく、積極的に行動出来る星達が羨ましかった。

「な〜にを言ってんだよ」
「えっ…………?」
「晴らせないってお前、もう十分に晴らしてもらってるぜ」

元親が微笑を浮かべると共に、愛紗の頭を優しく撫でる。
鮮やかな黒髪が風に揺れ、愛紗の頬が自然と赤くなった。

「お前等が何か言葉を掛けてくれるだけで、俺は楽になれんだよ」

愛紗が元親の瞳をジッと見つめる。
その色は穏やかで、明るい色に感じられた。

「それが家族ってもんだ。スゲェだろ? 声を掛けてもらったり、傍に居てもらえるだけで、やる気ってのが湧いてくるんだ」

微笑を浮かべ続ける元親に対し、愛紗の顔も自然と微笑を浮かべていた。

「…………はい。とても凄いです」
「へへっ、良い顔に戻ったな。愛紗はやっぱりそうでなくっちゃな」

瞬間、愛紗の顔が沸騰したように赤くなった。

「なっ……! か、からかわないで下さい!」
「お〜っと、怖い怖い」

怒声を上げる愛紗であるが、いつもの迫力がまるで無い。
元親もそれを知ってか、少々ふざけながら返した。

「…………愛紗」
「えっ……は、はい」

途端に真剣な表情へと戻った元親に、愛紗は戸惑いながらも返事を返す。
元親は真剣な眼付きで愛紗を見つめた。

「どうか、道を切り開く手伝いをしてくれねえか?」
「道を……切り開く……?」
「俺は孫権と正面から話がしてえ。そのためにはお前等の力が必要だ」

元親は左の拳を強く握り締め、決意を新たにする。
愛紗はそれを感じ取り、力強く頷いた。

「分かりました。この関雲長、ご主人様の道を必ず切り開いてみせます」
「頼んだぜ、愛――」
「承知したぞ、主」

何処からともなく聞こえてきた声と共に、元親が前方によろけた。
見ると星が元親の背後から抱き付き、意地の悪い笑みを浮かべている。
愛紗が星のその行動に怒り、元親から引き剥がそうとする。

「せ、星ッ!! お前、ご主人様にいきなり何を――」
「主も人が悪い。愛紗だけでなく、我等に話していただければ、道なぞいくらでも切り開くと言うのに」

星が後ろを見やると、そこには微笑を浮かべる数々の武将達の姿。
そしてやる気に満ち溢れている、多くの兵士達の姿があった。

「お前等……」
「ご主人様、我等はご主人様に何処までも付いていくと決めているんだぞ」
「頼み事があるなら言えよな。私達は……その……浅い関係じゃないだろ?」

水簾と桜花が照れくさそうに言いながらも、決意ある瞳を浮かべている。
元親が驚きに眼を見開きながらも、皆を見渡した。

「そうなのだ! 鈴々達はとっても仲が良い家族なのだ!」
「ああ! 力を合わせて戦ってこそ、家族ってもんだしな」
「恋……ご主人様を、みんなを絶対に守る」
「元っちの熱い期待に、ウチは正面から応えたるでえ!」
「あらあら、みんな元気が良いわね。私も負けないように頑張らなくちゃね」
「ご主人様の願う通り、私が上手く兵士さん達に頑張って指示を出します!」

鈴々と翠、恋と霞、紫苑に朱里と続き、皆が元親へ向けて言葉を送った。
皆が決意ある瞳を浮かべている姿は、今まで以上に心強く思えてくる。
元親は興奮によって、鳥肌が収まらなかった。

「ったく、お前等……頼もしいじゃねえかよ」

鼻を人差し指で擦り、元親は屈託の無い笑顔を浮かべる。
そして――皆に向けて言い放った。

「お前等!! 頼りにしてるぜ!!!」
「「「「ハッ!」」」」
「「「「オオオオオオオ!! アニキィィィィィ!!!」」」」

 

 

 

 

「皆の者! これから長曾我部との戦に入る! かつてない戦になるだろう!」

呉の布陣――そこでは、大将の孫権自らが兵士達に向けて激励を送っていた。
しかし彼女の瞳には感情と言う物が消え失せており、まるで人形のようだ。
兵士達はそれに気付かず、仕える君主の言葉を一字一句漏らさぬように聞いている。

「命を惜しむな! 死を恐れるな! 前へ出ろ! 勝利は我等の物だ!!」
「「「「オオオオオオオ!!」」」」

孫権の言葉を聞き、兵士達の士気が一気に高まる。
そんな彼女を陣内の陰から、左慈が鋭い眼付きで見つめていた。

「ふん……操り人形が。精々殺し合うが良いさ」

まるで汚い物を見るが如く、左慈の眼は冷たい。
その眼は彼が仕えている毛利元就と同じような物だった。

「勝利を呉にッ! 大陸を支配するのは我等だ!!」
「「「「オオオオオオオ!!」」」」

尽きることの無い、孫権の言葉と兵士の雄叫び。
しかし左慈からすれば耳触りで仕方が無かった。

「左慈様……元就様からの報せです」
「ん…………? 何だ?」

左慈の傍に――斥候と同じ役目を果たす――白装束の1人が現れた。
訝しげな視線を彼に向けつつも、左慈は耳を傾ける。

「もし孫権が失敗した場合は――――」

白装束の言葉を聞き、左慈は薄気味の悪い笑みを浮かべる。
元就と干吉の策を心底惨いと思いつつも、心の何処かでは楽しんでいる自分が居る。
自分も主や相方と同じくらいに壊れていると、左慈は次に自嘲気味の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

砂塵が軍旗を揺らし、砂嵐を起こした――それが戦の開始の合図だった。
歩行兵、騎馬兵、部隊長――互いの軍の兵士の数は概ね互角だ。
それ等が一斉に雄叫びを上げて駆け出し、真正面から激突した。

左翼側は水簾、恋、紫苑の部隊が――
右翼側は星、桜花、霞の部隊が――
そして正面は元親と愛紗、鈴々と翠の部隊が立ち向かった。

 

「ハアアアアア!!」
「……邪魔!」

左翼を担当する水簾と恋は雄叫びを上げながら愛用の武器を振るい続けた。
水簾の戦斧が一度振るわれれば、呉の兵士達が血飛沫を上げて吹き飛んでいく。
そして恋の戟も鋭い光を放ちながら振るわれ、兵士達の身体を斬り裂いていった

「うわっ……!!」
「ぎゃあああ!」

しかしそれと同時に自分達の部隊の兵士も敵の凶刃に倒れていった。
やはり三国の一角である呉の兵士は魏と同じく、とても手強い。
なるべく後ろから狙われる味方を援護しようと、紫苑は弓矢を放った。

「くっ……やはり辛い物があるわね」
「ああ。だが、勝てない訳じゃない!」

水簾がその一言と同時に戦斧で正面の敵を薙ぎ払った。
紫苑が彼女の背中を頼もしく思いつつ、弓矢を構えて放つ。

「覚悟ォォォォォ!!」

威勢の良い雄叫びと共に紫苑の横から剣を構えた呉の兵士が飛び出してきた。
紫苑は慌てて弓矢を構えるが、距離が近くて弓矢は役に立たない。
水簾の自分を呼ぶ悲鳴のような声が紫苑の耳に届いた気がした。

「……させないッ!!」

紫苑の身体に刃が喰い込もうとした直前、恋の一撃がその兵士を吹き飛ばした。
呆然とする紫苑を尻目に、恋は彼女の方を見ずに呟く。

「この前のお礼……」

彼女の言葉に紫苑の記憶が瞬時に蘇り、恋に笑顔を向けた。
この前の礼――それは魏との戦の時の事だろう。
紫苑は「ありがとう」と言い、恋は背を向けたまま頷いた。

その様子を横眼で戦いながら見ていた水簾は人知れずホッとしていた。

 

 

「白馬隊! 突撃だぁぁぁ!!」
「「「オオオオオオオ!!」」」

右翼を担当する桜花と白馬隊は積極的に敵へと挑んでいた。
桜花の長剣が敵を斬り裂き、白馬隊の槍が敵を次々と貫く。
その後ろを同じく右翼を担当する星と霞が続いた。

「伯っちも気合入ってるなぁ。ウチ等も負けてられへんよ!」
「ふっ……元より、伯珪に負けるつもりは無い!」

星と霞は息の合った動きで得意とする槍を振るい、群がる敵を薙ぎ払った。
倒れる敵を一瞥し、星は不敵な笑みを浮かべる。

「早く敵を片づけ、私が主の道をいち早く切り開かねばな」
「……な〜るほど。それで元っちの好感度を上げる気やな?」

霞がニヤニヤとした笑みを浮かべつつ、竜槍を振るった。
元親が新調する前の槍に似せた竜槍は小型ながらも、威力は十分である。
小回りの利く特異な動きで、向かってくる敵を順に刺し貫いていく。

「何とでも言うが良い。今日の私の槍はいつもより鋭い!」

開き直った様子で星は最後の言葉と共に槍を振るった。
まるで生き物のように自由に動く槍は予測不可能な動きで敵を貫いていく。
敵が信じられない表情で倒れ伏していくのを星は1度たりとも見なかった。

「ホンマやなぁ。じゃあウチも一味違うところを見せたる!」

そう叫ぶと同時に、霞が豪快な動きで槍を振るった。
敵の呻き声と共に、血飛沫が宙へ飛び散っていく。
そんな彼女達の様子を、遠眼で桜花が見ていた。

(あいつ等……強いのは認めるが、少しは真面目にやれ!!)

長剣を器用に振るいながらも、彼女達に恨み事を吐いていた。

 

 

「ウリャリャリャリャリャ!!」
「ドリャアアアアアアアア!!」
「ぐっ……鈴々に翠! あまり勝手に前へ出過ぎるな!!」

正面の部隊――ここを担当する愛紗は戦中ながらも、鈴々と翠を怒鳴っていた。
元親が横眼で苦笑を浮かべながらも、彼女達の事は頼もしく思っている。
その証拠に立ち向かってくる敵を次々に斬り倒し、道を切り開いてくれている。
それに自分を思っての行動なのだから元親が彼女達を責められる訳がなかった。

「お前等! 当たるんじゃねえぞ!!」
「ハッ! ご主人様、思いのままに!!」

元親は身体を使って碇槍を豪快に回転させ、自分に群がろうとする敵を一斉に薙ぎ払った。
新しい碇槍は思い切り振り回してみると、思ったよりも軽くて扱い易かった。
それに先端を繋ぐ鎖は鍛冶屋の心遣いか、意外に頑丈な感じもした。

「あの鍛冶屋……良い仕事するじゃねえか!!」

炎のように赤い碇槍は今の元親の心を表わしているかのようだった。
そんな彼に負けじと、愛紗と鈴々、翠が得物を振るって道を作る。
その道を元親は愛紗達や部隊と共に前進し、呉の本陣へ突き進んで行った。

そして――ある一角に差し掛かった時だった。

「長曾我部ェェェェッ!!」

憎悪の籠った雄叫びと共に元親が探していた女性が現れた。
女性――孫権は馬に乗り、一直線に元親の方へ駆ける。
その彼女の後ろには護衛隊か、数人の騎馬兵が槍を持っていた。

「孫権かッ!」
「貴様は私の手で討つ! 覚悟ッ!!」

馬の速度を上げ、孫権は擦れ違い様に元親を長剣で斬り付ける。
元親は瞬時に碇槍の持ち手で受け止め、難を逃れた。

「ウオオオオオオオッ!!」
「覚悟しろ、長曾我部ッ!!」

更に続けて騎馬兵が元親へ向け、槍を構えて突進してきた。
内心舌打ちした元親だったが、それは自分の部隊の兵士達によって止められた。

「兄貴ッ! ここは任せて下さい!!」
「兄貴と孫権様の話は、誰にも邪魔させねえ!!」

兵士達が元親を守る壁のように迫る敵から遠ざけた。
そして尚もしつこく迫る敵から愛紗達が立ちはだかる。

「ご主人様ッ! ここはお任せを!!」
「鈴々達が絶対に喰い止めるのだ!!」
「早いところ、孫権を説得しなよ! 何時までも保つ訳じゃないんだからね」

元親は深く頷いて感謝し、反転して戻ってくる孫権を迎え撃つ。
馬に乗り、こちらへと向かってくる孫権の眼――元親は信じられなかった。
本当に自分に深い憎悪を抱いているかのように光がまるで無いのだ。

「孫権ッ!!」
「上手く受けたようだが、次は外さん!!」

長剣が太陽の光に反射し、淡い光を放つ。
元親は顔を辛く歪めながらも、碇槍を構える。

再び――元親と孫権が激しい金属音と共に交差した。



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