元親の屋敷・謁見の間――治療を終えた元親以下、各々の武将達が席へと着いていく。
侍女である月と詠も元親の計らいがあり、特別に謁見の間に居る事を許可してもらった。
そしてこの席の場の主役である貂蝉が皆を1度見渡した後、上座の元親へ視線を向ける。
彼の視線の意を理解した元親はゆっくりと頷いた。

「それじゃあ貂蝉、全部話しな。テメェが何者なのか、左慈とはどう言う関係なのか……」

貂蝉は「ええ」と一言呟いた後、口を開いた。

「先ず初めにみんなに言っておくわ。私はこの世界の住人じゃないの。詳しく言えばこの世界に居る筈の住人の名を借りて、この世界に存在するように作られたのよ」

貂蝉の口から出た突拍子も無い話に謁見の間が一瞬にしてざわめく。
そんな中、少し落ち着いている様子の朱里が手を上げて質問する。

「この世界の住人では無いと言う言い方……それは他の世界があると言う事ですか?」
「そう言う事♪ 大正解よ朱里ちゃん。例えて言えば……ご主人様の居た世界とかね」

貂蝉の言葉を聞いた星と愛紗が納得したように頷く。

「ああ、成る程。天の世界と言う事か」
「ふむ……それなら納得出来る。天の世界と我等の居る世界、その2つがあると言う事だな?」

愛紗の言葉に貂蝉がゆっくりと首を横に振った。
どうやら2つ――だけと言う訳ではないらしい。

「残念だけど愛紗ちゃん、世界は2つとは限らないの。他にも様々に世界がある。私達はそれを“外史”と呼んでいるわ」

元親の瞳が一瞬だけ見開いた。
自分の気になっていた言葉が急に出てきたからである。

「その外史ってのは一体何なんだ? 左慈の野郎もその事をどうたらこうたら……」
「まあまあ慌てないの、ご主人様。その事についてはおいおい説明するわね♪」

貂蝉はそう言うが、元親にとってはもどかしくて仕方が無かった。
早くその意味を知りたい――そんな思いが溜まっているのだ。
貂蝉は元親の方に1度視線を向けた後、再び皆の方を見て話を続けた。

「とにかく外史と言うのはご主人様の居た世界、私達の居るこの世界、そして他の世界の事を言うんだけど……もう1つ、外史と対を成す概念である正史と言う物があるのよ」

元親が軽く鼻息を漏らした。

「正史と外史……正史と言うのは現実世界。人が居て生活しているけれど、世界は1つだけ。別々の世界を繋ぐ道なんて絶対に発生しない。魔法も無いし、竜なんて生き物も居ない。だけどそこに住む人々は、そんな物は存在しないって言い切れる物語を作り、そして見る側の世界に居る。存在し、その存在が存在すると言う抽象的で、普編的な概念に満ち溢れた世界の事よ」

貂蝉の長い説明が終わった。しかし耳を傾けていた者達は全員首を傾げていた。
特に翠や鈴々等の突撃武将達は混乱の極みに陥ってしまっているようである。
――元親もその内の1人と言う事を付け加えておく。

「ああ……駄目やぁ。ウチ、そう言う長くて難しい話は苦手やわぁ」
「…………恋、何だか眠くなってきた」

どうやら霞や恋も同じらしかった。
元親が「分かり易く言え」と呟くと、貂蝉が冷や汗を掻きながら言った。

「え、ええっとね……物凄く簡単に言えば、現実にはいくつもの世界があるって事! 今この外史で1つの物語の主人公としてご主人様が捉えている現実世界。そしてそんなご主人様を眺めている人達が居る。正史の現実世界って言うね」

ようやく頭の中に入ってきたのか、各々が頷いて理解を示し始めた。
貂蝉も安堵したように1度微笑を浮かべた後、話へと戻った。

「今度は外史について説明するわね。外史と言うのは正史の中で発生した想念によって、観念的に作られた世界の事を言うの。簡単に言うとすれば、正史の中で誰かが何らかの物語を作ったとしましょうか」

物語を作る――それは文章家が文章を書き連ねる事と同じ事らしい。
そうする事によって世界が作られ、1つの外史へと変わっていく。
更に貂蝉は詳しい説明を元親達に話し始めた。
外史の事について興味を寄せていた元親が真剣な表情で彼の話に聞き入る。

「作られた物語を面白いと思い、その物語を支持する人達があれこれ考え続ける……つまり物語に想念を寄せる訳ね。例えばご主人様、貴方は“三国志”ってご存知?」

元親は急に問い掛けられた事に内心戸惑いつつ、落ち着いた様子で口を開く。

「三国志っつう名前は聞いた事はあるが、中身は知らねえ。なんせ文に恵まれた環境じゃなかったからな」
「あらそうなの? 三国志って言うのは、この世界の武将達がみんな男性として描かれている物なのよ」

貂蝉の言葉を聞いた瞬間、元親の胸が驚きに高鳴る。
――愛紗達も元親と同様に驚いているのは言うまでもない。
そしてまさか――と、元親の頭に不意に過った物があった。

「ご主人様のその顔を見ると……どうやら予想が付いたみたいね。そう、三国志を読んで好きになった人達が考えるの。武将全員が男性ではなく、女性だったら……とかね♪」

貂蝉の言葉を聞いた瞬間、元親が頭を抱えた。

「そう言う想念が正史とは違う次元で外史と言う、人々の想念に沿った世界を作ってしまうのよ。物語の登場人物が自分達と同じように生きていて、同じ世界で生活をしている。色々な想いを抱えて行動している…………そんな世界を観念的に作り出してしまうって事」

刹那、紫苑が思い付いたように指を立てて言った。

「つまり人々の妄想って事なのかしら……?」

紫苑の言葉に場の空気が凍り付いていく。
それを溶かすように水簾が突っ込むように言った。

「その妄想が具現化して外史と成る訳か……」
「まあ……当たらずとも遠からずってとこね♪」

殆ど当たっているではないか――この場の誰もが考えた事である。
しかし貂蝉は楽しそうに笑うだけで答えてはくれなかった。

「そう言う正史で作られた1つの物語から、枝分かれして広がっていく世界の事を私達は外史と定義しているのよ。だけどその世界は脆弱で儚い物……基盤となる物語が人々に忘れ去られると、その外史は消えて無くなってしまうの。人々の記憶から消失すれば想念も無くなり、外史のある世界を支えられなくなって、その外史は消え去ってしまう。もしくは人々が違う物語に興味を持ち、今まで支持していた物語を忘れてしまって、その世界の存在が成立しなくなる……ってね」

貂蝉が一息入れた後、再び説明を始めた。

「その外史の1つ1つを潰そうとする……もしくは形を与えて概念を固定する。それが私達神仙とか、英傑とか、そう言う名前を持たされた者の役目なのよ。この外史では……と言う注釈付きでね♪」

刹那、今まで頭を抱えていた元親が貂蝉に問い掛ける。
彼の眼はまるで信じられないと言う色で染まっていた。

「全く訳が分からねえな。もう1つの現実だぁ、次元だぁ……あり得ねえだろ?」
「あらあら、あり得ないと言い切れるの? それはどうして?」
「ん…………そりゃあ俺は現にこうして居るじゃねえかよ」

元親の言葉に貂蝉が微笑を浮かべ、首をゆっくりと横に振った。

「今この世界にある現実が全てと言う訳ではないわ。この世界に無い現実だってある」
「この世界に無い……現実だぁ?」
「そう。現実と言う概念は具体的でありながら、人によっては抽象的で観念的な物よ」

最後の言葉を言った後、貂蝉は眼をゆっくりと閉じた。

「どのような事も否定が出来ないって事。例え認めたくないとしてもね。そしてこの外史もいずれは消えてしまう。愛紗ちゃんも、鈴々ちゃんも、朱里ちゃんも、他のみんなだって消えるのよ。全て……ね」

刹那、元親が勢いよく立ち上がり、貂蝉に詰め寄った。
彼の顔は激しく同様の色に染まっている。

「ふざけんな! こいつ等が消えるだと……デタラメ抜かすな!!」
「…………落ち着いてご主人様。話は最後まで聞いてちょうだい」
「くっ……うっ……!!」
「お願いだから……ご主人様」

貂蝉の今までにない真剣な剣幕に、元親は気圧されたように1歩ずつ下がる。
そんな彼の腕を月と詠が優しく取り、ゆっくりと席へ着かせた。
貂蝉は未だに動揺している元親を一瞥した後、中断された話を戻した

「正史に存在する人間の想念が作り出す外史世界。そこは外史の人間が導かれる新しい外史の世界。それを作り出す事によって、この外史世界の人間は消えなくて済む事があるの」

話し終わった貂蝉が再び一息を入れた。場の空気がドンヨリと重くなっている。
こんな話が終わった後では仕方がないと貂蝉は思った。

「まあ長々と話しちゃったけど、ようするにこの世界はもうすぐ無くなっちゃうって事なのよ。左慈と于吉、2人の手によってね」

貂蝉のあまりに残酷な宣告が、重い空気を更に重く変えていく。
すると今まで黙って聞いていた桜花がゆっくりと口を開いた。

「無くなるって……どう言う事なんだよ。一体私達はどうなるんだ……?」
「言葉通りの意味よ。この世界の存在事態が消滅してしまう……みんな消えちゃうのよ」

貂蝉が最後に「それが運命」と付け加え、口を閉じた。
その時――

「――――ふざけんなッ!!」

元親が机を感情のままに叩いた。けたたましい音が謁見の間に響く。
突然の騒音に思わず身体を震わしてしまった者まで居た。

「この世界は、ここに居る奴等の物だろうがッ! 奴等に勝手に消す権利があんのか!!」
「……そうとも言える。だけどそうでないとも言えてしまうのよ。外史に誕生した物語と言う概念からすればね」

元親が貂蝉を殺気の籠った目付きで睨んだ。
しかし貂蝉はそれに怯む事なく、元親を見つめる。

「だけどまあ……今この瞬間は、この世界の物かもね」
「――――ッ!? 貂蝉……テメェ……!」
「ご主人様……これからどうするの?」

貂蝉に問い掛けられた元親が、微笑を浮かべた。

「決まってるじゃねえか! この世界を無くすなんて事は俺が許さねえ!!」

この場に居る者達全員が元親を見つめた。
彼女達の視線を受け、元親は更に言葉を続ける。

「世界が無くなっちまえば愛紗達が消えちまう! そんな事はさせねえ。こいつ等は俺が守る。それが頭を張ってる者の務めって奴よ!!」

元親の決意の言葉に愛紗達の胸が高鳴る。そうだ――彼はこう言う男なのだ。
家族と称した者達を己が身を挺して守り抜く。元親はそう言う男なのである。
貂蝉はそんな彼の姿に頼もしさを感じ、微笑を浮かべて言った。

「そう……ならば戦いなさい。それがこの物語の始まりであり、終わりである貴方の役目なのだから」
「物語の始まりで終わりか……言われなくてもやってやるぜ。お前等、俺に力を貸してくれねえか!!」

元親が愛紗達を見ながら言った。
彼女達の返事は――もう決まっていた。

「「「「御意ッ!!」」」」

元親、そして彼女達の決意を眼にした貂蝉はゆっくりと口を開いた

「みんなの気持ちは分かったわ。じゃあ左慈と于吉のところに向かいましょう」
「左慈と于吉、奴等の居る根城へ殴り込みって訳か……」
「そう言う事。そこに大きな鏡があるの。それはこの物語を象徴する物……それを守る事が出来たなら全ての決着が着く筈よ」

鏡を守り抜く――その言葉は皆の心に固く残った。

「鏡は想念を写す象徴……それを守る事が出来れば、この外史は強固な物として人々の心に残り続けるわ」
「強固な物になりゃあ、この世界は消えずに済むって事か。絶対にその鏡とやらを守り切ってみせるぜ!」

元親が息巻く。
それを貂蝉が頼もしげに見つめた。

「頑張りなさい……左慈と于吉は泰山の神殿に居る筈よ。鏡を破壊する儀式をするには、次の満月……凡そ20日後となるわ。その間、しっかりと準備を整えておきなさいな」

改めて言われるまでもない――元親は力強く頷いた。最早一刻の猶予も無いのだ。
この世界を守る為、皆を守る為、元親は皆に向けて指示を出し始めた。

 

 

 

 

「悪ぃな。こんな時間に呼び出しちまって……」
「別に構わないわ。それでご主人様、訊きたい事があるんでしょう?」
「ああ……1つだけ、あの時訊けなかった事なんだけどな」

闇夜を照らす満月が輝く夜――元親は貂蝉を庭へ呼び出していた。
屋敷の中では愛紗達が決戦に向け、寝る間も惜しんで戦支度を整えている。
ここへ彼を呼び出したのも、屋敷の中ではゆっくり話が出来ないと思ったからだ。

「貂蝉……嘘は吐いてほしくねえ。正直に答えてくれ」
「ええ……」

元親は少し俯いた後、首を上げてゆっくりと口を開いた。

「お前は俺を物語の始まりで終わりだと言った。俺はこの世界に“天の御遣い”として来ちまった。この世界に平穏をもたらす為、だったっけな。白装束の奴等を倒して世界を救い、大陸に平穏をもたらした後……俺はどうなっちまうんだ?」

元親の問い掛けに貂蝉は暫く口を閉じ、沈黙する。
彼の態度に元親が再び口を開こうとした時、貂蝉が先に口を開いた。

「…………役目を果たした者は去る。私が言えるのはそれだけよ」

貂蝉の言葉か元親の耳を通り抜ける。そして彼は自嘲気味の笑みを浮かべた。
まるで予想していた答えが返ってきたかのようだった。

「やっぱりか……薄々こんな時が来るんじゃねえかと思った」
「ご主人様…………」
「人には出会いもありゃあ、必ず別れもある。分かってたさ」

元親がそう言いながら貂蝉に背をゆっくりと向けた。
貂蝉は彼の背中から、今の彼の心中が何となく感じてられた。

「あいつ等と居られるのも残り僅か、か。悔いが残らねえように1日を過ごさねえとな」
「…………1度愛着を持ってしまったら、悔いが残らないようにするのは難しいわよ?」
「ふん…………テメェに言われなくても分かってるぜ」

元親が右腕で顔を拭った。
何を拭ったのか――貂蝉はあえて訊かなかった。

「貂蝉……愛紗達には言うなよ? 動揺はさせたくねえ」
「分かっているわ。これは私とご主人様だけの秘密よ」
「テメェと秘密を共有する日が来るなんてな。世も末だぜ」
「あら嫌だ。ご主人様ったら酷いわねえ」

だがこの時、元親達は気付いていなかった。
露台に出て彼等2人の会話を聞いていた――小さい人影の存在に。

 

 

後書き
第60話をお送りしました。最終話直前の話でした。
貂蝉の会話文が多いのはご容赦下さい。大事な場面ですので。
次話の投稿は何時になるか分かりませんが、なるべく早くしたいですね。

では、また次回!




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