「あ〜〜〜お天道様が光ってやがる……」

屋敷の庭をゆっくりと歩く1つの影――屋敷の主である長曾我部元親はボヤいていた。
以前に桜花との愛引きを知られて以来、今の状態で外へ出歩くには――誰でも良いので――2、3人の許可が必要となった。
この事についての真実は全くと言って良い程に違うが、星や水簾の情報で愛紗達にはそう伝わってしまったらしい。

無論、今出歩いていられるのは許可を取ったからである。
今回の庭への外出許可人は愛紗、朱里、月(+詠)だ。
これも怪我が完治するまでの辛抱であるが、元親にとって堅苦しくて仕方が無い。
まあ、そもそも自分が無断で勝手に街へ行ってしまったのが悪いのだが――

「こんな天気の良い日は堅苦しい仕事なんかしちゃいけねえ」

元親は適当な木にゆっくりと寄り掛かり、自身の広い背中を預ける。
徐に上を見上げると木々が風で揺れ、日差しが丁度良く自身の身体を照らしていた。

「何だか船の上に居るみてえだ……」

穏やかな天気は元親の心を解すと共に、懐かしき故郷を思い出させていた。

自身が住む天界――故郷である土佐、家同然の船、広大な青い海が脳裏に思い浮かぶ。
元の地に帰る方法は未だに見つかっていないが、何処かに必ず方法はあると信じている。
天界に残してきた部下達、領土の四国の安否は1日たりとも忘れた事は無い。
せめて彼等の様子だけでも知る事が出来たらと、何回ぐらい思っただろうか。

だがいざ帰るとなったら自分はその時にどうするのだろう。
人間には出会いもあれば、必ず別れもある事は分かっている。
しかし愛紗達は――――

「ちっ…………もうあまり考えたくねえな」

一瞬だけ脳裏に浮かんだ、愛紗達の悲しい顔を元親はすぐに振り払う。
何を悲観的な気分になっているのだろう、とても自分らしく無かった。
元親が自嘲気味に笑い、溜め息を吐こうとした時――

「クゥン……」

聞き覚えのある動物の声を聞き、元親は前方に視線を移す。
そこには恋の友達であり、家族である愛犬セキトの姿があった。

「セキト、お前も日向ぼっこか?」
「アンッ!」

元親の問い掛けに答えるように、セキトは一声高く吠えた。
そしてゆっくりと元親に近づき、寄り添うように右に座る。
元親はセキトの頭を優しく撫でた。

「何だ何だ? 主の恋は一緒じゃないのか?」
「アンッ!」
「……そうか。まあそんな日もあるわな」

元親にセキトの言葉は全く分かってはいない。
あくまで雰囲気で答えているだけだが、元親にとってそれだけで会話が成り立つらしい。
事実、元親が答えるとセキトは満足そうに尻尾を振っているのである。

「……どうだ? お前も一緒に日向ぼっこするか?」
「アンッ! アンッ!」
「よしよし。そんじゃあ寝っ転がるか」

元親が木から背中を離し、両腕を後頭部で組み、枕代わりにして寝転がった。
セキトは元親が寝転がったのを確認した後、元親の右脇腹に寄り添った。

「そこがお前のお気に入りの場所か?」
「アンッ!」
「そうかそうか」

元親はセキトの頭を軽く撫でてやった後、再び両腕を後頭部に組んで頭を預けた。
セキトの穏やかな寝息が聞こえると共に、元親はゆっくりと眼を閉じる。
暖かい日差しが、1人と1匹に心地良い眠りを導いた――

 

 

 

 

「姉者、そっちに居たか?」
「いや、居なかった。お前は?」

春蘭からの問い掛けに、秋蘭は無言で首を横に振る。
その答えに春蘭は頭を抱え、深い溜め息を吐いた。
もう長い事探している人物――元親が全く見つからないのである。

「全く……元親殿は何処に行ったのだ? 先程から探しているのに見つからないとは」
「だがこれ以上華琳様をお待たせすることは出来ない。姉者、何としても探し出そう」

春蘭と秋蘭の2人は表面上は変わっていないが、内心では異様な程に燃えていた。
自分達の主である曹操――華琳の元へ元親の身柄を連れていく為である。
何故彼を華琳の元へと連れていくのか、その理由は単純明快だ。

華琳自らが――暇潰しに――お茶を点てる茶会に同席させる為である。
決して華琳が2人に「探して連れて来い」と言った訳ではない。

「それでは姉者は向こう側を、私はあちら側を探しに行く」
「分かった。見つけたらすぐに報せるようにな」

春蘭と秋蘭は互いにそう言って別れた。
それから暫く経った後――

「秋蘭ッ! 見つけたぞ!」

春蘭が見つけたらしく、捜索を続けていた秋蘭の元に大慌てで駆け寄ってきた。
この時の秋蘭はどうして春蘭が慌てているのか分からなかったが、現場に付いた所で理解する事になる。

「…………姉者?」
「お前の言いたい事は分かる。私も最初は眼を疑ったものだ」

秋蘭が眼の前の物に指を指し、春蘭に問い掛ける。
当の春蘭は何もかも分からないと言った様子だ。

「……元親殿はどうしてこんな事に?」
「さあな。さっぱり分からん」

秋蘭が思わず指を指してしまった物――それは動物の大群だった。
犬、猫、鳥、ありとあらゆる動物が集まり、気持ち良さそうに仲良く眠っている。
その中でも犬と猫が寄り添ったり、鳥が留まったりしているのは1人の人間である。

その人間こそ、2人が探していた元親だった。
彼の周りと身体の上で眠る犬と猫達――
彼の額にこれでもかと留まる鳥達――

最早この状態は1人動物園と言っても過言では無かった。

「それよりも今の状態は起こしにくいな。どうすべきか……」
「……とりあえず揺すってみよう」

そう言うや否や、秋蘭は元親へゆっくりと近づいて行く。
なるべく他の動物達を起こさないよう、気配をなるべく消しておいた。
そして手が届く範囲に近づいた時――

「――――ッ!」

秋蘭の瞳が驚愕の色に染まり、伸ばそうとした手が止まる。
妹の様子の変化に気付いた春蘭が首を傾げ、ゆっくりと彼女の傍らに近づく。

「どうした?」
「泣いている」
「……何?」

春蘭が元親の顔を覗き込むと、秋蘭と同じように驚愕した。
何故なら元親の瞳から一筋の涙が零れているのである。
そしてその眠る表情は、何処か悲しさが漂っていた。

「「…………」」

2人の間に微妙に気まずい雰囲気が流れる。
ますます起こし難くなってしまったのもあるが、それとは別な物があるような気がした。

「どうする? 姉者」
「起こせる訳が無いだろう。こんな涙を見せられて」
「……そうだな。無理矢理起こしては気の毒だ」

やれやれと言った様子で、春蘭は溜め息を吐く。
そんな姉の顔を見た秋蘭は対照的に微笑を浮かべていた。

「さて、華琳様には何と言い訳をしようか」
「正直に言えば良いと思うぞ? 華琳様も無理矢理に連れて来いとは言っていない訳だし」

春蘭と秋蘭はそんな会話をしつつ、元親からゆっくりと離れていく。
それを見送るように、動物の大群を作った張本人である1匹の犬が欠伸をした。
無論、2人がそんな事に気が付く筈も無かった。



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