「幽霊が出るだぁ?」

謁見の間にて、元親が呆れた表情を浮かべながら言った。
書類整理の途中で呼ばれて向かってみると、待っていたのは深刻な面持ちで座る武将の面々。
何か深刻な事態でも起きたのかと、元親が席に座ると、唐突に星が報告してきたのである。

彼女曰く「最近この辺りに幽霊が出没し、悪事を働いている」との事。

「御意。城外で仕事をしている民や、我が国を目指す旅の商人等が、幽霊に襲われると言う事件が多発しているのです」

真面目な表情を浮かべ、星が元親にそう告げた。
当の元親は頭を掻きつつも、耳を傾けている。

「私も報告を受けています。1件や2件なら見間違いで済むんですが……」
「何件も立て続けに起こってるって訳か……」

朱里の言葉に元親は顔を顰めた。

「鈴々の部隊の人達も見たって言ってたよ! こう空をビューッて飛んで、フワァーッと浮かんだんだって!」
「私の部隊の者達も見たと言っていたな。まるで地の底から響くような声で、恨み事を言っていたと……」

朱里に続き、鈴々と水簾からの報告に――

「まあ……幽霊だもんな。足が無いから飛ぶよな?」
「ええ、幽霊ですもの。未練や恨みもあるでしょう」

桜花と紫苑がそう答えた。
確かに彼女達の言っている事は的を得ている。

「そ、それは本当か…………ゴホン! 俄かには信じ難いな。私にはそのような報告は届いていないぞ」

愛紗が1度咳払いをした後、いつもの毅然とした態度で言った。
――最初に声が上擦ったように聞こえたのは気のせいだろうか。

「俺も流石に信じられねえな。幽霊なんざ、この世の中に居る訳ねえって」
「あたしも愛紗とご主人様に同感。どうせ何かと見間違えたに決まってるよ」

元親と翠が下らないと言った様子でそう言った。
同意見の者達が居て嬉しかったのか、愛紗は「うんうん」と何度も頷く。

「恨みを残して死んだ奴が幽霊になるんなら、この場に居る奴等の肩にはスゲェ数の幽霊が憑いてるぜ」
「――――ッ!?」

元親の言葉に愛紗が身体を一瞬震わし、後ろを見やる。
無論そこに誰かが居る訳がない。

「みょ、妙な事を言わないで下さい! ご主人様、不謹慎ですよ!」
「? 俺、そんな不謹慎な事を言ったか?」
「言いました! ふ、不謹慎です!」

愛紗の態度に不自然さを感じつつも、元親は余計な事を言わないように心掛けた。
これ以上彼女の御叱りを受けては、後で整理する書類を大量に追加されかねない。

「主。本当に幽霊が存在するか否かは、この際問題ではありません」
「星の言う通りだな。肝心なのは私達の領内にそんな噂が蔓延している事だ」

星と桜花が腕を組みながら言った。
せっかく三国を統一したと言うのに悪い噂は確かに好ましくない。

「そうなのだ! 幽霊が出るなんて評判になったら誰も寄り付かないのだ!」

今までボーッ席に座っていた恋が鈴々の言葉を聞いて即座に反応する。
ゆっくりと鈴々に視線を向け、恋は口を開いた。

「…………そうしたら、町が寂しくなる?」
「うんうん。寂しくなっちゃうのだ!」
「…………美味しい物も不味くなる?」
「とっても不味くなっちゃうのだ!」

刹那、恋の眼が光った。

「…………恋、それは困る」
「鈴々も困っちゃうのだ!」

凸凹な2人の会話に桜花が深い溜め息を吐いた。
やる気が満ちてくれたのは嬉しいが、何かが違う気がする。

「あらあら……こうなるともう幽霊退治しかないかしら?」
「た、退治だとッ!?」

紫苑の唐突な提案に愛紗が驚きの声を上げる。
若干彼女の声が震えたのは恐らく気のせいだ。

「なるほどな。枯れ尾花を刈り取りに行くって訳か」
「かれお……ばな? ご主人様、それって何ですか?」
「俺の国じゃあこう言うんだよ。“幽霊の正体見たり枯れ尾花”ってな」

幽霊の正体見たり枯れ尾花――
幽霊かと思ってよく見ると枯れたススキの穂だった。
実体を確かめてみると案外平凡な物である。

そう元親が意味を説明すると愛紗達が感心したように頷く。
――実際の元親の説明はとても雑な物だったが。

「紫苑の提案に賛成だ。我等が幽霊を討ったとなれば蔓延する噂もすぐに消えるだろう」
「実際は幽霊じゃねえと思うけどな。まあ俺も星と同じ、紫苑の提案には賛成だ」

元親が「他の奴等はどうだ?」と訊くと、愛紗を除く他の者達がゆっくりと頷いた。
愛紗だけはやりたくないのかと、元親が首を傾げながら彼女に問い掛ける。

「? どうした愛紗。お前は反対か?」
「…………い、いえ! 私も勿論、紫苑の提案に賛成です!」

落ち着かない様子で愛紗が手を上げて賛成の意を示す。
ここでも彼女に不自然さを感じながらも、元親は特に問い詰めなかった。

「それでは今宵にでもどうだろうか? この場に居る者達全員で幽霊退治と行こう」

星がやる気に満ちた眼で皆の顔を眺めながら言った。

「今日の夜にやっちまうのか? 別に構わねえが、随分と急だな」
「悪の芽は早めに摘み取っておくのが肝心ですぞ。あ・る・じ」

星の言葉を聞いた元親は即座に理解してしまった。
彼女の中に眠る“正義の華蝶仮面”の血が騒いでいると。

「では今夜……そうですね。何かあるかもしれませんし、単独行動は避けましょう。2人1組を3つ、3人1組を1つ作って行動しましょう」

朱里の提案に誰もが首を傾げた。
この場に居るのは10人、2人1組を5つ作れば良い筈である。
皆の視線が朱里に集中する中、彼女は――

「あ、あはは……私は屋敷で皆さんの報告を待ってます」

苦笑しながらそう言った。
どうやら彼女は幽霊の類は苦手らしい。

「朱里、幽霊が怖いなら最初からそう言えよな」
「はうう……」

溜め息を吐く元親に朱里は恥ずかしそうに顔を伏せた。
伏せているので分からないが、恐らく真っ赤に染まっているだろう。

「それで組み合わせはどうするのだ? 効率良く振り分けないと駄目だろう」
「あ、は、はい! え〜と……機転の働く人と勇猛な方との取り合わせで…………」

水簾の問い掛けに朱里が伏せていた顔を上げ、顎に手を添えて組み合わせを考えていく。
――彼女の顔が若干赤いのは気にしてはいけない。

「鈴々ちゃんと紫苑さん、翠さんと星さん、伯珪さんと水簾さん、愛紗さんと恋ちゃんに加えてご主人様と言うのは如何ですか?」

組み合わせが発表された途端、早速鈴々が不満の声を漏らした。

「え〜〜ッ! 鈴々、お兄ちゃんと一緒が良かったのだ」
「あらあら、鈴々ちゃんは私と一緒じゃ不満かしら?」
「不満じゃないけど……ぶぅ、良いなぁ。愛紗と恋はお兄ちゃんと一緒で」

鈴々が羨ましそうな眼で愛紗と恋を交互に見つめる。
愛紗は何処か戸惑っているが、恋は凄く嬉しそうだ。

「…………ご主人様、愛紗と恋が一緒」
「ああ、そうだな。頼もしくて嬉しいぜ」

笑顔でそう言う元親に恋は何回も頷いた。

「組み合わせ……変えようかな」
「ん? 朱里、何か言ったか?」
「い、いいえ! 何でもありません! ええ、何でもありませんとも!」

隔して組み合わせの決定と共に“幽霊騒動”の件で集まった面々は解散。
今日の夜まで各々の時間を自由に過ごす事となった。

そんな中、手と足が一緒に出る――ある意味器用で――珍妙な小走りを見せる愛紗が一部で目撃されたらしい。

 

 

 

 

空に満月が輝く闇夜――集合の報告を受け、元親達は屋敷の外に集まっていた。
朱里の仕切りの元、打ち合わせの最終確認を終え、各々が手に持った得物に力を込める。

「それでは皆さん、ご武運を御祈りしています」
「ははっ、大袈裟だよ朱里。心配しなくても大丈夫だって」

心配する朱里の頭を撫で、翠が愛用の十文字槍を靡かせた。

「大袈裟かどうかはすぐに分かる。うっかり腰でも抜かさないようにな」
「うっさい! そっちこそ、くれぐれも気を付けろよな」

小競り合いをしながらも、翠と星は指定された場所へと向かって行く。
2人の姿を見送った後、鈴々と紫苑が動いた。

「それじゃあ鈴々達も行ってくるね。幽霊なんてやっつけてやるのだ!」
「あら勇ましい。期待してるわね」

こちらは先程の2人とは全く違い、まるで仲の良い親子のようである。
ちゃっかり鈴々は紫苑と手を繋いでいるところを見ると、まさに親子。
璃々が見たら思わず嫉妬してしまいそうな光景である。

「私達もそろそろ行くぞ、伯珪」
「ああ。頼りにしてるからな」
「……お前も少しは働くんだぞ」

呆れたように言いながらも、頼られるのに悪い気はしないらしい。
水簾が若干先行しつつ、桜花はそれに付いて行った。

最後に残ったのは元親、愛紗、恋の3人。
各々を最後まで見送った後、行動を始めた。

「そ、それでは私達も参りましょうか」
「そうだな。さっさと済ませようぜ」
「…………(コクッ)」

元親達が指定された場所は近場にある少し深い森だ。
鬼が出るか蛇が出るか、今は誰にも分からない――

 

 

 

 

近場の森――鬱蒼と生い茂る木々が月の光を見事に遮っている。
昼には太陽の光が差し込み、綺麗に見えた森も今は不気味なだけだ。
愛紗が先行し、後ろには元親と恋が並んで歩いている。

「暗くて見え難いったらねえな……」
「…………大丈夫。ご主人様は恋が守る」

恋がそう言い、元親の横にピタリと張り付く。
そんな2人の様子に「うう……」と唸りながらも、愛紗は先に進む。
その時――

「――――ッ!? ご主人様! 恋! 警戒を!!」

風で揺れた木々の音に反応し、愛紗が裏返った声を出しながら青龍刀を構える。
無論元親と恋は風で木々が揺れた音と分かっているので警戒はしていない。

「単なる風だよ。そこまで警戒する必要はねえし、どうしたんだ愛紗」
「…………愛紗、さっきから変」

元親と恋の指摘に愛紗は気まずそうに顔を少し伏せる。
そしてその体勢のままポツリと呟く。

「べ、別にどうもしません。私はご主人様の護衛です。あらゆる危惧に備えるのは当然でしょう……」

そう呟いた後、愛紗は前に進むのを再開した。
しかしその足取りは重く、とても遅い。

「行きますよ。早く見回りを済ませてしまいましょう」
「その割に歩くのがかなり遅くねえか……?」
「き、気のせいです!」

元親が小さい溜め息を吐いた後、恋と共に愛紗の後ろを歩いて行く。
それから20分ぐらい経っただろうか――フクロウの鳴き声が聞こえてきた。

「幽霊の影も形も見れねえじゃねえかよ。今日は出ねえのかなぁ?」
「それなら嬉し……ゴホン。それなら安心するに越した事はありません」

愛紗が少しだけ胸を撫で下ろした時、草むらが突然揺れた。

「――――ヒィ!?」

愛紗が身体を震わしながらも、青龍刀を構える。
草むらから現れたのは――

「あら? こんなところで会うとは思わなかったわ」

いつもの余裕な笑みを浮かべる、元魏王の華琳だった。
彼女の傍らには護衛としてか、春蘭と秋蘭が付いている。

「そ、それはこっちが言う言葉だ! お前達、こんなところで何をやってるんだ!!」

青龍刀の構えを解き、愛紗が突然姿を現した華琳達を怒鳴る。
ギクリと身体を震わしたのが恥ずかしかったのか、顔は真っ赤だ。

「最近この辺りに幽霊が出るって聞いてね。暇潰しに幽霊でも見てみようと思ったのよ」
「私と秋蘭はこんな夜更けに出掛けられる華琳様の護衛だ」

当然の事だと言わんばかりに胸を張り、愛紗からの問い掛けに答える春蘭。
愛紗と元親は同時に深い溜め息を吐き、恋は首をゆっくりと傾げた。

「そう言えば桂花と季衣の姿がねえな。どうしたんだ?」
「あの子達はこう言う話が苦手なのよ。先に寝ちゃったわ」
「何処も似たような物なんだな…………そう言うお前は?」

元親の問い掛けに華琳が鼻で笑う。

「怖い訳ないじゃない。この曹孟徳を何だと思ってるの?」
「そう言うと思ったよ。春蘭や秋蘭も大丈夫そうだしな」

元親が春蘭と秋蘭に視線をやると、2人は同時に頷いた。

「幽霊を怖がっていては華琳様の護衛は務まらないので」
「……姉者はここに来るまでに結構震えていたではないか」
「――――なっ!? しゅ、秋蘭!! 出鱈目を言うな!!」

春蘭が慌てて妹の発言撤回を試みるも、その行動は苦手と言っているような物である。
意外な武将の意外な弱点発見に元親は妙に優しい視線を春蘭へと向ける。
そんな小競り合いをする2人を無視し、華琳は元親にある提案を持ち掛ける。

「どうせだし、一緒に回らない? ここで会って別れるのも何だしね」
「俺は別に構わねえが…………」

華琳の提案に元親が愛紗と恋に視線を向ける。

「…………恋も別に構わない」
「わ、私も別に良いです。それより早く行きましょう!」

愛紗の声を皮切りに元親一行と華琳一行は共に行動する事となった。
珍しい一団の幽霊退治、または幽霊見物――何とも言えない構図である。

「でもお前が幽霊を信じてるとはなぁ。そんなの頭から信じねえ奴だと思ってたが」
「あら? 例え信じ難い事でも、私の暇潰しの材料になれば何だって良いのよ」
「…………妙に納得出来ちまうな。お前の言葉」

そう他愛の無い会話をしながら歩いていると、草むらが突然激しく揺れた。
風で揺れた訳でも無く、今まで聞いた音と違って大きな物音だ。

それに即座に反応したのは愛紗と春蘭だった。

「い、今っ、茂みから……これまでと違う、大きな物音が……!!」
「だ、だ、誰だ! そこに隠れているのなら、さっさと出て来い!!」

名高い猛将の愛紗と春蘭が身体を震わせながら身構えている。
ハッキリと言ってしまえばかなり頼りない姿だった。

「落ち着け愛紗、姉者。どうせ動物か何かだろう」
「…………違う」

秋蘭の言葉に恋がポツリと呟いて否定する。

「違う……? それはどう言う事なの? 恋」

華琳がそう問い掛けるが、恋は首を横に振るだけだ。

「恋、一体どうしたんだよ」
「…………動物じゃない。何かが来る」

要領を得ない恋の言葉に元親が首を傾げる。
その時――

「「あ……あ……ぁ」」

愛紗と春蘭の震える声が森に響く。
2人が見て震えている方向を元親達も追って行く。

 

「「キャアアアアアアアアアア!?」」

常人の数倍はあるのではないかと言う、愛紗と春蘭の甲高い悲鳴。
この場に居る全員の視線が集中する先には草むらから出ている3つの黄色い影。

「まさか……本当に……!」
「幽霊が実在するとは……!」

華琳と秋蘭が眼を擦り、眼の前の現実を何度も確認する。

「…………」

一方、恋は黄色い影の動く先へ先へと視線を追っている。
どうやらすっかり釘付けになってしまっているようだ。

「お、おい! お前等、しっかりしろ!」

元親が声を掛けるが、すっかりパニック状態になってしまっている愛紗と春蘭。

「で、出た!? 出たぁ!? 嫌ぁ……来ないで、来ないで!!」

愛紗は青龍刀をバタバタと動かし――

「来るな! 来るなぁ〜〜〜ッ!?」

春蘭は得物代わりの木の棒で応戦中である。
最早この場は収拾が全くつかない状況だ。

『うう……俺を殺したあいつが憎い……!』
『寒いよう……苦しいよう……! 痛いよぉ……!』
『恨めしい……恨み晴らさでおくべきかぁ……!』

幽霊と思われる黄色い影は前、右、左の3方向の草むらから姿を現している。
3つの黄色い影は徐々に元親達の方へ近づき、声も大きくなってきた。

「黄色い影……もしや、黄巾党の亡霊ッ!?」

春蘭の声を聞いた愛紗が「ヒィ!」と声を上げ、元親に抱き付いた。
黄色い影は元親達を取り囲み、恨み事の数々を間髪入れずに告げていく。

「か、囲まれたわね……! ど、どうしようかしら……!」
「華琳様、私の後ろに……! 恋! 姉者を頼む!」
「…………(コクッ)」

未だパニック状態の春蘭に恋がピタリと傍に付く。
そして元親も何か行動に出ようとするが――

「か、囲まれました……ご主人様、はうっ……わ、私はもう……」
「しっかりしろ!? 天下の関雲長が気絶なんかするな!!」

愛紗が抱き付いているので思うように動けなかった。
気を失い掛けている愛紗の頬を元親は軽く叩くが、効果は薄い。
更には「許してくれ」と、何回も呪文のように唱え始めた。

「この野郎め……俺が追い払ってやらぁ!」

抱き付く愛紗を引き剥がして地面に座らせ、元親は黄色い影を睨み付ける。
そして碇槍を構え、威嚇しようとした時――

『金を置いてけぇ……良い女も置いてけぇ……!』
『服も置いてけぇ……出来れば高価な奴をぉぉぉ……!』
『食い物を……ええい、面倒だ。とにかく全部置いてけぇ……!』

元親の動きがピタリと止まる。
幽霊とは思えない程の、人間味が溢れた要求である。
眼を凝らし、元親は慎重に黄色い影を見つめてみた。

(おっ……! 成る程なぁ。下らねえ枯れ尾花だ)

冷静になってよく見れば、黄色い影の下から生える人間の両足が覗けた。
元親は深々と溜め息を吐いた後、パニック状態の愛紗達に告げる。

「お〜い。お前等ぁ」
「「「「???」」」」

元親の声に反応し、愛紗達が一斉の彼を見つめる。
更にそれに連動するように黄色い影の動きが止まった。

「こいつ等は幽霊なんかじゃねえ。コソ泥だ。ちっとばかし痛い目に遭わせてやんな」

元親の言葉に黄色い影の1つが反応する。

『こ、コソ泥だと! 失敬な野郎だ!! 親分が考えたスゲェ作戦を!!』
『あっ!? お、おい馬鹿!?』

刹那――愛紗達の震えが止まった。

「「「「………………………………何だと?」」」」

地獄の底から響くような声が、恋を除いた面々から出される。
愛紗は眼にも止まらぬ速さで青龍刀を振り抜き、黄色い影の1つを斬り裂いた。

『わ、わわっ!?』

黄色い影――黄色い布が無残に斬り裂かれ、中から現れた人間の姿。
その姿を見た彼女達の怒りと殺気が更に増していく。
今まで見た事が無い彼女達の怒りように、元親は呆然となった。

「ちょ、ちょっと待て!? 足があれば幽霊じゃないなんて早計じゃねえか!? よ、よく考えろ……考えて下さい…………!」

未だに布を被っているコソ泥の1人が必死に弁明を図る。
が、しかしそれも少しの時間を稼ぐだけで何の意味も無い。
そう――今の彼女達の前では。

「その物言いが、既に野党のそれだ!!」

愛紗が――

「姑息な手で金品を奪うなど、下衆な奴等め……」

春蘭が――

「よりにもよって死者に化けるなど、人間の風上にも置けんな……」

秋蘭が――

「ふふ……ふふふ。思わず驚いた私が馬鹿みたい……」

華琳が――

「…………やっつける」

恋がそれぞれ呟く。
そして彼女達は吠えた。

「「「「そこに直れえええええい!!!」」」」
「「「ヒィィィィ…………!?」」」

コソ泥達の運命はこの時に決定したと言って良い。
彼等は悲鳴を上げる間も無く、怒り心頭の愛紗達に打ち据えられ、蹴り倒される。
思わず元親は眼の前の惨劇を直視出来ず、明後日の方向へ視線を逸らした。

「あれがあいつ等の本気の怒りか……俺を越えてそうだ」

そう呟く間にも惨劇の場からは物騒な言葉が次々と聞こえてきた。

「俺の出番はねえな……」

元親が溜め息を吐いた時には、愛紗達は逃亡したコソ泥達を追い掛けて行った後だ。
1人取り残された元親は彼女達が戻って来るまで待つ事にするのだった――

 

 

 

 

屋敷へ戻る道中、愛紗達は肩を落としながら歩いていた。
それを後ろから歩きながら見守るのは元親である。

結局あの後、愛紗達はコソ泥達を後一歩のところで取り逃がしてしまったらしい。
地団駄を踏み、悔しがりながら帰ってきた彼女達を元親は穏やかに迎えた。
余程彼等は悪運が強いと見えるが、今回の事でもう懲りただろうと思った。

「そんなあからさまに落ち込むなよ。もうあいつ等も懲りただろうぜ」
「甘いです、ご主人様。奴等の事です。きっとまた繰り返しますよ」
「私もそう思う。奴等の悪鬼の如き所業、許し難いにも程がある」

一番ビクビクしていた愛紗と春蘭がハッキリとそう告げた。

「あのブ男達……今度見つけたら、生きているのが辛いくらいの拷問に掛けてやるわ」
「華琳様……その時はこの秋蘭、是非とも御手伝い致します」

華琳と秋蘭も物騒な会話を繰り広げている。
彼女なら本当に拷問の類を躊躇いも無くやりそうなので怖い。

――そんな中、元親がポツリと呟く。

「…………どちらかっつうと、悪鬼はお前等の方じゃ……」
「「「「…………何か?」」」」

愛紗、華琳、春蘭、秋蘭の冷たい視線が元親に注がれる。
元親は「ウッ」と一歩退いて唸った後――

「…………何でもねえよ」

脱力しながら答えた。
今頃はもう屋敷に戻っているだろう、皆への報告は何かと困難を極めそうだ。

「…………ご主人様、疲れたの?」
「ああ……何かもう精神的にな」

傍らで心配そうに訊いてくる恋に対し、元親は出来る限り優しく答えた。




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